「ずぶ濡れで、何をやっとるんじゃ」

呆れたような声を出して、買い出しから帰ってきた須賀君に近付く姿が羨ましくて。

「いやぁ、傘を忘れてきちゃってまして、」
「朝から曇っとったじゃろ。何を考えとるんじゃ」
「面目次第もございません」

きっと先輩が体育の後などに汗を拭くのに使ったであろう大きめのタオルで、椅子に座る須賀君の髪を拭いて。
まるで大型犬を拭いているような光景。
濡れた制服を脱ごうとする須賀君も窘めず、どことなく優しげな顔で見つめていて。

(須賀君は────染谷先輩に心変わりしたんですか?)

暫く前に告白されて、フッたのは確かに私。
だけど、心変わりするのが早すぎませんか?
認められるまで頑張ろうとは思いませんか?

見当違いの不満を隠しながら、私の目は着替える須賀君に釘付けになります。
がっしりとした身体、運動をそこまでしなくなったといわれても嘘にしか思えない、絞られた身体。
濡れた身体を甲斐甲斐しく拭いては、筋肉に触ってからかう染谷先輩。

「そうじゃ。今日は行けるかの?」
「制服がこの有様ですし、帰って着替えてからなら」
「おんしの服ならうちにもあるじゃろ。風呂ぐらい入らせてやる、そのまま来れるじゃろ」

染谷先輩の家に須賀君の服?
何故?
どうにも強い視線を染谷先輩に向けていたらしい。
体操着に着替えた須賀君がトイレに行った途端、視線が重なる。

「すまんの、和。京太郎にはうちの仕事を手伝ってもろうとるんじゃ」

あぁ、成程。
完全にではないが納得出来た。

「うちにもよう泊まっとるし、親はいい婿やいうて喜んどっての。ええ男なんは間違いないわな」

──泊まる?

「京太郎は浮気とかせんみたいじゃからの。ええ男じゃ。恋人甲斐もあるけえ」

その眼はなんですか?
その、憐れむような視線はなんですか?
その、優越感を隠さない視線はなんでさか?
その、女を感じさせる微笑みはなんですか?
須賀君を追うように部室を出ようとした染谷先輩が、妬ましくて。

「あ───」
「京太郎をフったのはおんしよ。同じ立場には二度戻れん。──あんなにええ男じゃ、譲らんからの?」

身体が弛緩する。
現実が刃物を突きつけるような錯覚。
力なく座り込んだ私を顧みることなく、染谷先輩は須賀君の後を追っていった。

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最終更新:2020年04月06日 23:04