インハイが終わって長野に帰ってきて数日たった。
色々と騒がしくもあったがそれも落ち着き、俺は本を持って咲の家に向かっていた。
咲から借りていた本、押し付けられたともいうが、それを返すためと、貸していた漫画の回収のためだ。
「ごめんね京ちゃん、急だけど明日返して欲しくて……もちろん私も明日返すから!」
「あ、勿論私が京ちゃんの家まで行くから!」
「いや、俺が咲の家まで行くわ。どっかで絡まれるだろ、お前」
「そんなこと……あったけど……うん……お願いします……」
そんな電話をしたのが昨日。
落ち着いたとはいえ、インハイの活躍で有名人になったんだ。
見知らぬ人に話しかけられ、そして上手く対応できず時間がかかるのは簡単に想像できた。
なお、同じ部だが男子の俺は特に変わりなかった。
そんな訳で何度か行った咲の家に到着した。
「おーい咲ー。来たぞー」
適当にチャイムを鳴らして聞こえるように言う。
親父さんとも何度も顔は合わせているし、咲には家に居るように言ったし、問題ない。
はずだった。
「…………?」
「え……」
扉から出てきたのは咲でも親父さんでも無かった。
咲に似てはいるが、少しだけ背も高く髪も長い。
咲の姉、宮永照さんだった。
(え、なんでだ?東京にいるんじゃないのか?)
(つーかやっぱ似てるな……じゃなくて、初対面なのに顔まじまじと見てどうするんだ俺)
向こうも誰?と言いたげな視線を向けてくる。
想定外のことに内心驚きつつ、とりあえず何かしゃべろうとしたが
「……あぁ、咲の友達!」
パッと笑顔でそう言う宮永照さん。
先程までの表情との差に少々面食らう
「へ……あ、はい。咲の同級生で、同じ麻雀部の須賀京太郎っていいます」
「そっか!あの娘からちょっと聞いていたけど、家に来てくれる程の男の子の友達が居たんだ!」
試合中とまるで印象が違う、明るい感じで話す姿。
そういえば記者会見とかの映像も見る機会があったけど、こんな感じだったな。
「ごめんね、咲、ちょっとお菓子買ってくるって出掛けちゃって……」
「え、家に居るって」
「持ってきてもらうのが申し訳ないからって言ってたけど」
「あー、そういうことですか」
気をきかせたつもりだろうが、時間かかるな
本だけ置いていってもいいが、咲を放っておくのも、返してもらわず帰るのもちょっとな……
「上がって待ってる?多分だけど、何度も家に来てるんだよね?」
「えぇ、そうですけど」
「じゃあ、お茶でも飲んで待ってて。今、他に誰もいないけど、すぐ帰ってくる……かどうかは分からないけど」
「……宮永さんも知ってるんですね。それじゃ、お言葉に甘えて」
勧められるままに上がり、適当に座る。
宮永照さんはお茶を用意して、持ってきてくれた。
「わざわざすいません、ありがとうございます」
「いいよ、咲の友達だし。でも男の子の友達が居るって聞いた時は驚いたよ」
ニコニコしながらそう言われる。
でも……なんというか……
「…………」
「どうしたの?」
「いや……その……」
「あ、もしかしてお茶美味しくなかった?」
「……その、失礼かもしれませんが、それ、疲れません?」
「……え」
あ、やばい。
初対面で言うことじゃなかった……
けど、咲に似てるからか、どうもそのままにはしておけなかった。
「咲にも話は聞いてましたし、記者会見とか見ましたけど、そんなに気を張ってると疲れませんか?」
「…………」
「別に気にしないので、楽な方で俺は大丈夫です」
言い過ぎたか?
そう思っていると、宮永照さんはにこやかな笑顔からすっと無表情になった。
「……正直、愛想笑いって疲れるんだよね」
「インハイでのインタビューの後、咲も言ってましたよ。疲れるし、お姉ちゃん凄いって」
「慣れもあるけどね」
無表情、だけど先程までよりリラックスしているような感じだった。
多分だけど、これがこの人の素なんだろう。
「ごめんね、初対面の人相手だとつい」
「いや、俺もいきなりすいません」
「いいよ、こっちが楽だし……それにしても、よく言えたね?」
「本当にすいません……」
深く、深く頭を下げる。
「なんというか……咲に似てるのもあってほっとけかったというか……」
「そっか……」
少し考え込むような仕草をする宮永照さん
やっぱ姉妹だけあって咲に似てるな……
そして、少し間を空けて話す。
「……咲と付き合ってるの?」
「いえ全然」
「……即答」
驚いたような、呆れたような感じだった。
まぁ実際は無表情のままだが、なんとなくだ。
「よく言われるので。咲とは昔からの友達っていうのと、あいつの抜けたとこが多いのがあるのとで」
「あぁ……そこは変わってないね……」
うんうんと納得したと言いたげだった。
そうだ、忘れない内に
「今日来た理由というか、この本を返しにきたんです。後、貸した漫画を返してもらいに」
「この本……私がまだある?って咲に聞いた本」
なるほど、だから急に返してって言ったのか
「こっちに居る時、何度も読んだけど、また読みたいって思って」
「俺も借りたというか、咲に『おすすめだから!読んでみて!!』って押し付けられたんですが、面白かったです」
「そっか、君も面白いって思ったんだ」
うんうんと共有できる相手が見つかって嬉しそうな宮永照さん。
その様子に俺も感想を言いたくなる。
「えぇ、俺は中盤から終盤までが好きなんですけど、宮永さんは?」
「私は途中の主人公が…あ、照でいいよ」
「じゃあ、俺も京太郎でお願いします」
「うん……咲みたく京ちゃんって呼ぼうか?」
「それは……恐れ多いというか」
「冗談だよ、京太郎くん」
愛想笑いと違う、自然に微笑みながら照さんは言った。
そして、我慢できないとばかりに
「ちょっと感想とか話したいんだけど、いいかな?長くなるかもしれないけど」
「えぇ、俺も読んだばっかりで、話したかったんです」
「じゃあ、まずは……」
それから延々と話は続き、盛り上がり、帰ってきた咲が楽しそうに話す俺と照さんにえらく驚いていた。
カンッ!!
最終更新:2020年04月06日 23:09