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両親不在の自宅、階下の風呂場でシャワーを浴びる少女を思い、京太郎は嘆息をひとつ。
スコールのような雨に濡れた桃髪も、肌が透けて見える程に濡れた制服も。
雨とは違う熱を持ちながら、頬を伝っていた幾筋の雫さえ、不埒な考えを過らせることを許さなかった。
一度はフラれ、麻雀部を去る理由の一つにもなった相手の、憐れささえ感じさせる姿。
ただ軽薄でだらしのない男なら、弱みにつけ込んで…とも考えたのだろうが、幸か不幸か彼はそんな考えとは真逆に位置していた。

Yシャツ一枚、短パン一枚。
それもサイズの合わないものだからかブカブカで。
それが尚の事いやらしさを感じさせるのは、この少女の業といえば業なのだろう。
部長が引退し、眼前の少女にフラレた京太郎が去った後の麻雀部での不和、噛み合わぬ日々、繊細故に自己の責任を強く大きく感じてしまった、哀れといえば哀れな少女。
心を擦り減らしながら、それでも怪物と呼んで差し支えない程に強くなった親友たちに追い縋り、並び立とうとし、それが更に心残り摩耗を加速させて。
そして京太郎はその感情の名を知っている。

「原村さん」

呼び捨てられていた名を、名字で──それも『さん』まで付けられたことの意味を分からぬほど、少女は呆けてはいなかった。
救いを求めるような、媚びるような眼差し。

「親が心配するし、制服が乾いたら帰ったほうがいい」

ベッドの縁に腰掛けていた京太郎の声に、『原村さん』は恵体を震わせて。
やがて、顔を紅潮させて。
最初は眼から雫が滴るだけだったのに、呻くような泣き声が雨音に混じりだして。
きっとこの少女は、なまじっか才覚にも努力にも困ることがなかったから、外面が恵まれすぎていたから、本当の挫折を知らなかったのだ──京太郎はそれを理解していた。
軽薄とは思われたく無かったが、一度は、そして今もまだ恋心を燻らせている相手の泣く姿を見て、何も出来ないような人間ではなく。
泣く美少女を優しく抱きしめ、受け止めた。

夜はまだ、始まったばかり。

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最終更新:2020年04月06日 23:11