呼吸が当たる

その表現が正当であるほどの至近距離、眼前いっぱいに彼の顔が広がっている.
どうしてこうなったのか,思い返しても分からない,いつものように彼と挨拶を交わし,そのまま日常が始まると思っていたら……

呼ばれる名前

振り返る

鳴り響く音

塞がる手

至近距離

――私はいわゆる壁ドンをされている.彼に,同じ部活の須賀京太郎に.こうして壁を背に,追い詰められている.
脈が早くなっている、心臓はもう既に限界を迎えようとしている、私はただ彼の言葉を待つしか出来ない.

呼吸が当たる……

そうだ、私はこんな風に、ドラマチックに、告白されたかったのだ.
そのために彼の気を引くようなことをして、時にからかい、時に優しくして、ずっとこうなることを望んでいた。

呼吸が止まった。

彼の表情を見ると、いつものような優しさを帯びた目はそこにはなく、鋭い眼光に射られてしまう。
遂に私は言われてしまうのであろう、あの言葉を、契約を望む魔法の言葉を……
その一語一句を聞き逃さないよう,鳴り響く心音を無視して、彼の唇をジッと見つめて、五感で、全てで感じ取るために集中する。

――時が止まったかのように錯覚した。彼の言葉が待ち遠しい。

漸くその口が開き、吐息を感じ、そして――

~~~~~~~~~~ジリリリリリリリリリリリリ!!!~~~~~~~~~~~

けたたましい音と共に目覚めるのは,容姿端麗,才色兼備な天才美少女,原村和である.
その憎き時計を乱雑に叩き、布団を押しのけ,ベッドに腰掛け,枕を抱きしめ

(……どうしてあそこで終わるのですか!!)

枕をポスポスと叩き始める!
それもそのはず,彼女は須賀京太郎に恋をしており,そんな彼に壁ドン告白される夢を寸止めで終わらされたのだから,怒りを覚えるのは当然のことである。

(…はぁ、夢ぐらいはちゃんと夢を見せてほしいものです)

そう文句を呟きため息一つ,さらに夢と現実の差を再確認してため息一つ,彼女の恋路はまだまだ遠い…

カン!

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最終更新:2020年04月06日 23:13