花というものは見かけによらずしたたかである。
道端に咲いているタンポポはアスファルトを突き破っており、青い花弁を並べている藤は頑丈なツタを這わし、こうべを垂らして佇んでいるスズランは恐ろしい毒を含んでいる。
その見かけはいずれも美しく、どこか庇護欲をそそられるようであり、放っておけない。
実を残すことなく萎れそうな花を見ると、たとえ愛着が無くとも、どこか寂しげに感じてしまう。
最初はそんな出来心からだった。
『えーと…宮永さんだっけ?』
『え、えぇっと…なんですか?』
片隅で本を読んでいる少女、友達と話している様子もなく、黙々と本を読んでいる。
ただただ本を読んでいるだけだった。勉強しているわけでもなく、本の内容を誰かと共有するわけでもなく、ずっと孤独に本を読んでいた。
それでも寂しいなどと思っている節はなく、そんな彼女がとても不思議な存在だと感じた。自分とは真逆だったからだ。
そんな不思議な彼女は、愛想が悪いわけでもないのにずっと一人で、それを許容しているようで……だからこそ
彼女は一生独りになるのではと思ってしまった。
そんな傲慢な憐憫からだろうか、彼女によく声をかけるようになった。
大半が無視されていたが、徐々に鬱陶しく扱われ、しまいには声をかけあう仲になった。
そして高校生になり、相も変わらず一人な彼女を見て、やはり放っておけなくなった。
お節介を焼いて、無理矢理麻雀部に勧誘し、色々とごたごたがあって、麻雀を通じて友達が増えた彼女を見て安心した。
誰にも知られず萎れそうになっていた花が、華やかな花壇に移し替えられ、息を吹き返し燦々と輝いている。
これでもう彼女は独りじゃない。
そう思っていたのだろうか、彼女と話す時間は少しずつ減っていった。
彼女が友達と一緒にいる時間が増えていったのも原因ではあるが、そういう身勝手な安堵感が主な原因であろう。
そう、身勝手だったのだ。
『京ちゃん』
『一緒に帰ろ?』
『えへへ…遊びに来ちゃった』
彼女から声をかけることが多くなった。
飯を食べていると隣に座ってきて、麻雀の本を読んでいると後ろから声をかけ、休日には突然家に来る。
そう、かつて自分が彼女にやっていたかのように……家には押しかけたことはないが。
『今度の日曜ひま?』
『私も何か作ってほしいな』
『今日も京ちゃん家行くね』
そしてそれは、急激に、急速にエスカレートしていった。
あたかも恋人同士かのように、毎日、一緒に居るようになった。
今思えば、この時に何らかのアクションを起こすべきだった、受け入れるにしろ、拒絶するにしろ。
そう……今は
「京ちゃん、大好き」
「私は…京ちゃんとずっと一緒にいたいし」
「京ちゃんと離れるのは……嫌」
彼女に――咲に押し倒されている。
か細い腕に肩を掴まれ、上に乗っかられている。
すぐにでも振り払えるはずなのに、体が全く動かない。
「ねぇ、京ちゃん」
「京ちゃんがもし……受け入れてくれるんだったら、そのまま動かないで」
余計に動けなくなった。
いつの間にか心は雁字搦めに縛りつくされ、体はすでに侵されていたのだろう。
もし、ここで動いてしまったら……ほぼ間違いなく、彼女は孤独になる。
だからこそ動ける訳がない、お互いに望んでいない結末だとは分かり切っている。
彼女はそれを分かっている。絶対に動けないという確信を持っている。
「じっとしてて…」
顔が近づく。瞳には暗い炎が揺らめいている。勝ちを確信したような仄かな笑みを浮かべている。
あの唇が触れた時、それが最期であろう。一瞬で毒が回ってしまうのだろう。
なぜだか、更に動けなくなった気がした。
「京ちゃん…」
彼女が呟く
「ずっと一緒だよ」
その言葉と共に、そっと唇が触れた。
カン!
最終更新:2020年04月06日 23:14