それは、数ヶ月前のことである。

『お願いします!福路さんのパンツを見せてください!』

見事なまでの土下座に、正気を疑うような──否、正気ではないだろう懇願。
美穂子は、眼前で無様を晒す少年の名前を知っていた。

『須賀君……だったかしら。何故私なの?』
『頼めそうな人が…最後は、福路さんだけだったんです……』

そんなまさかとも思ったが、清澄の麻雀部部員の面々を思い返すと、なる程断られるのも理解できそうだった。
とはいえ解せない。
記憶にある須賀京太郎という少年は、確かに軽薄そうだったが、そこまで愚かだったか。
数瞬の思考の後、美穂子は下着を見せる事を承諾していた。
自分ならば構わないという妥協、大して害はないだろうという読み、他者にこの面倒が渡ることを止めたいという思いもあった。

『その代わり、約束してほしいの』

他の誰にも言わないこと、パンツを一度見せるごとにお願いがあること、パンツを見せる以上のことは出来ないこと。
京太郎はそれを快諾し、忘れもしない、宵闇に染まる公園で、初めてパンツを見せてもらった。

それからというもの、美穂子は何度もキョにパンツを見せたし、その度におねだりもした。
買い物、携帯の扱い方……京太郎はそれに真摯に応えたし、美穂子もパンツを見せることに抵抗がなくなりつつあって。
なのに。

最近、京太郎から連絡がない。
パンツを見せてください、十文字を僅かに超えるおねだりメール。
最初は、終わったのかという乾いた感想。
しかし久に聞いても、京太郎に恋人が出来たとか、或いは新たにパンツを見せてやるような女が現れたとは聞かない。
有り触れた日常に還ってきたはずなのに、日に日に物足りなさが心を蝕んでくる。
何故、何故、何故、何故──
呆れ返ったこともあるのに、彼に乞われなくなったのに、彼が一番に褒めてくれたパンツを大事にしているのは、何故──

再会は、本当に偶然だった。 
一人、どこか寂しそうに街を歩く後ろ姿。
見慣れた後ろ姿に、胸が弾む。
声を掛けて、振り向いた顔で本人と確信。
そのまま腕を取って、人混みをかき分けて、二人きりになって───

「須賀君は、何で私に連絡してくれなくなったのかしら?」

まるで恋人のような問い詰め方だ、と反芻。
幾らか口ごもったあと、観念したかのように口を開くと、そこからは京太郎の苦悩らしきものがあった。
曰く、これ以上甘えていたら手出しするのを我慢しきれなくなりそうだった。
曰く、迷惑をかけているだけだと薄々気付いてはいたが踏ん切りが中々付けられなかった。
美穂子は、自分が安堵していることを理解していた。
パンツを見せなくて済む安堵ではない、彼が他の誰にも願っていなかったことへの安堵。
京太郎が顔を上げたとき、そこには清楚な福路美穂子はいなかった。
女の顔で、京太郎に懇願する痴女が一人。
そして、そのまま美穂子は京太郎におねだりして───

美穂子「私達、恋人同士になったの」
京太郎「幸せです!」
久「SOA」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年04月06日 23:15