あ、と声がして、立ち止まる。
アスファルトに一滴、また一滴と黒い染みが出来て、頭や頬に雫が降ってきて。
差し伸ばされる手を取り、次第に強さを増していく雨の中を駆ける。
こういうときはやけに育った胸の肉が邪魔だと頭を過ったが、その胸のお陰で想い人の気を引けていることを思い返して。

巫女装束が肌に貼り付いて、気持ち悪い。
家族が出払っていた家で着替えながら。
もし──もし、彼がこの部屋に入ってきたら、今の一糸すら纏わぬ身体を見られたら。
彼は、責任を取ってくれるんだろうか。
押し倒して、嫌がるポーズを取る自分を、言葉巧みに籠絡するのだろうか。
タオルで濡れた肌を、髪を拭きながら、ポツリと嘆息が漏れる。
姫様──小蒔ちゃんの想い人と知っているのに、横恋慕してしまう自分の醜さを自覚して──

夏の大会で、困ったときに助けられて。
軽薄そうだという印象と、明朗快活という印象が同時にあって。
それでも、夏の大会の最中に人知れず悔し涙を流す姿を見たときに、愛おしさを感じた。
同時に抱いた憤慨。
噂に聞くところでは、彼は五人ギリギリの仲間たちの為に頑張っていたというのに、助けられたはずの仲間は何をしているのか。
泣いている姿を見られたことを恥じる顔を、たっぷりと肉のついた胸で受け入れて。
汗の匂いと、男の匂いの混じる金髪を撫でながら、何も知らない女が口先だけで赦しを与え、癒やしを与え、涙を受け止める。
辛さを吐露し、苦しさを吐露する男に、母性に似た感情を抱いて。
この人は、私が護るべき存在だと。
言葉巧みに心を奪い、自分に依存させて。
身体と、言葉と、心を以て、結ばれた。
──数ヶ月後、彼は一人で鹿児島を訪れ、そして私達の近くに生活拠点を得る。

家族のいない家。
タオルで髪を拭く旦那様の元へ寵愛を求めに向かう時、果たして私はどんな顔をしているのだろうか。
小蒔ちゃんの良人となるであろう殿方の、妾となりたいと希う未練がましい淫らな女。
二人同時に愛でられることは数多あったが、自分一人で愛でられるなど、数ヶ月はない。
普段から優しい旦那様の、時折見せる狂おしい程の情愛と獣欲を受けるには、小蒔ちゃんはまだ届かない。
愛でられるのは、小蒔ちゃん。
ならば、穢され、屈従する悦びだけは、私の権利にして欲しいと。

年上の巫女は、獣に堕ちる。

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最終更新:2020年04月06日 23:17