ここ此処に至り、神代と石戸の主は憤慨。
器量も外面も心もそこらの有象無象など歯牙に掛けないほどの娘たちの望みを、この男は何を由縁として拒むのか。
幾度も重なったアプローチは、やがて受け入れられることとなる。
それは、或いは己の居場所を見失った男の狂おしい程の承認欲求と、孤独への恐怖と、絶望的なまでの失望感の果てに有るとは知らず。
霧島に来た当初、彼は自己を著しく低く評価していたのか、自虐的とさえ見えた。
元々旅をしていたと騙る彼に嬉々として部屋を貸し出し、暫くと約束した上で交流していく最中の、とある夜。
霞と小蒔は、深夜、庭で泣いていた京太郎に出会った。
夏の大会以後に狂った歯車、絆。
部活にも、学校にもなくなった居場所。
自身に会いたいという奇特な娘に、最期に会ってみたいという興味。
そして、孤独───
霞と小蒔は、彼と共に泣いた。
仲間に恵まれていなければ、自分もそうなっていたやもしれぬという思いがあった。
三人で静かに泣き、霞と小蒔は京太郎と床を共にした。
男女の関係に至りはしなかったが、寄り添い、赦し、癒やし、求められたかったから。
果たして、三人は夫婦の如く固い縁を結び、毎夜床を共にした。
神代、石戸の主も手を出さぬ京太郎の事を評価しつつ、さりとて跡継ぎは早く欲しいと言外に示すようになり、妻となるまで清らかであれかしと躾けられた小蒔の代わり、霞が一足先に深い沼へと足を踏み入れることとなった。
電話があったのは、秋も深けて冬の顔が仄かに姿を見せるようになったころだった。
『急の連絡申し訳ありません。清澄高校の原村和と申します。『うちの』須賀京太郎君がそちらに御迷惑をかけていると人伝に聞きまして、少しお話を、と』
何を偉そうに。
霞は苛立ちそうな感情を噛み殺した。
「はい、確かに当家には次期当主として、良き許嫁として、旦那様──須賀京太郎様は逗留なさっております」
息を呑むような気配に、霞は笑む。
「旦那様は現在姫様と共に勉学の最中となります。須賀家にも確りと承諾は得ておりますし、そも、清澄高校には籍を残しておられないはずですが」
霞は淡々と告げる。
彼を傷付け、彼の居場所を奪ったことはまだ許されるだろう。
そのおかげで彼は霧島に来てくれたから。
だが、うちの、とは不可解な。
切り捨てた相手に今更未練か。
「旦那様は貴方方とはお会いになられません。以後、旦那様を乱すような連絡も控えて戴ければと思います」
受話器を置いて、艷やかに笑む。
閉ざされた世界に彩りを与えてくれた、己に存在意義を与えてくれた、己が女だと教えてくれた『旦那様』を手放したりはしない。
その美しき眼に宿るは、情愛の光か、妄執の闇か。
最終更新:2020年04月06日 23:22