「おーい、みんなー。合宿についての返事来たぞい」

「おー」
「来ましたか」

 まこがスマホ片手に声をかけると、部室にいた一年生組が反応を返す。

「来られるのはうちらと龍門渕、風越、白糸台、臨海、阿知賀、姫松、千里山、そして………」

 そこでまこは一旦言葉を切る。
 その視線の先には、唇を真一文字に結んだ状態で直立不動になっている京太郎がいた。
 表情は真剣そのもので、もう寒さがつらい秋口の長野だというのに汗をだらだらと流している。

「…………新道寺じゃ、よかったな京太郎」

「いよっしゃああああああああああ!!!!!!!」

 瞬間、京太郎は諸手を挙げて叫ぶ。
 あまりの声の大きさに他の部員たちは肩を跳ねさせるが、京太郎の喜び様に苦笑しながら祝福する。

「よかったね京ちゃん」
「どうどう、おちつくじぇ」
「それにしてもよく許可が下りましたね」

「まぁ、いくつか条件があるがの。
 ゼロとは言わんが出来る限り雑務に当たってもらうから、卓に入れる回数はかなり少なくなるぞい」
「構いませんっ! むしろ卓外こそ俺のアピールポイントッ!」
「麻雀部員としてどうなんじゃそれは…………」

 まこの呆れた声は、有頂天になっている京太郎の耳には入らない。
 大丈夫か……とも思うが、むしろこんな有り様だからこそ、他の学校の麻雀部たちも男子である京太郎の同伴を許してくれたのだろう。

「ああ、ありがとうございます神様…………!」

 何だか今度は床に膝をついて頭を垂れ、手を固く握りしめて祈りを捧げ始めた。
 神様も謂れのない感謝を受け取っても、困るだけなのではなかろうか。

「これで姫子さんに会える……!」



同時刻 新道寺高校

「みんなー、集合ー………」

 新たに部長に就任した姫子が部員に号令を出す。
 しかしその歯切れの悪さに、疑問が投げかけられる。

『どげんしたんばい新部長?』
『元気なか?』

「何でんなかばい……。
こないだ言うとった合同合宿ん、日時ん詳細が決まったばい。
とりあえずウチからは一軍全員と、二軍ん上位四名がかたるけん」

『合宿! 
そういえば、長野ん部長ん彼氏は来るんと!?』
「うっしゃい、彼氏やなかって!」

 同年代の女子からかしましい問いかけが殺到するが、姫子はこれに答えず早口で合宿の詳細を一方的に告げる。

「以上! 何か質問は!?」
『はい! 彼氏しゃんの写真はあると!?』
「黙りんしゃい! しゃっしゃと練習せれ!」

 えー、ぶーぶー と、ブーイングの嵐を受けながら、姫子は頬を赤く染めたまま踵を返し、部室を後にする。
 練習開始とは言ったが、もう少しほとぼりを冷まさないと全員練習どころではない。

「ぜー……ぜー……、なんなん全くもう……」
「あはは……やっぱり女子高でこの手の話題は良い餌っていうか……」

 廊下で肩を上下させて息を整えていると、部室から様子を見に来た煌から声をかけられる。

「それもこれも花田が言いふらすけんやろうが!」
「いやー、ごめんごめんって……」
「はぁ……全く……」

「須賀君に会うたら、どうすりゃよかやろう?」



始まりは、本当に偶然だった。3ヶ月前、東京。
団体戦を清澄高校の優勝で終え、個人戦を待つまでの数日。
個人戦を控えた姫子と哩の訓練に、他の新道寺メンバーが付き合っていた時のことだった。

「部長、お昼ご飯はどうします?」
「まだちょっと早かし、グルメ情報でも見ながらゆっくり探してみる?」

 昼前の時間に一区切りついたのだが、東京観光に詳しい者がいるわけでもない。
 各自が携帯でよさそうなランチを探していた時だった。

 チョーテンマデアトーヒトイキ!
 アガリーチオーライ!

「おや、私ですね」

 煌の携帯が鳴り、電話に出る。

「はい、花田です」
『お、花田先輩だじぇ? お昼まだだったりするか?』
「おや、優希。ええ、お昼ご飯はまだですが、どうかしましたか?」
『丁度いいじぇ! 奇数人引っ張ってきて、料理対決の審判をやってほしいじぇ』
「???」

 中学の後輩からの要領を得ない説明に、頭の中が?マークで埋め尽くされる。

『ゆーき、それじゃわかりませんよ、貸してください………。
 あ、花田先輩ですか? 原村です』
「ああ、和、助かりました」
『すいません。実はうちの高校と、龍門渕高校で合同練習をしていたんですが、なぜかお昼ご飯ご飯代わりに、それぞれの陣営から料理人を出して料理対決をすることになりまして……。
 それで審査員に、清澄でも龍門渕でもない人が欲しいという話になりまして。
 今こちらに10人いるので、出来れば先輩を含めて奇数名の方にいらしてほしいと思って連絡したのですが』
「なるほど、そういうことですか。ちょっと待ってください」

 煌は一旦携帯から耳を放し、部員に事情を話す。
 幸いにも、反応は好意的なものだった。

「丁度よかやなか。みんなでお邪魔しゃしぇてもらおう」
「うちもそれでよかばい」
「わかりました。……あ、和? ちょっと多いですが、5人で行ってもいいですか?
 はい……はい……、じゃあ今から向かいますね。
 清澄と龍門渕の宿泊先を教えてもらいましたので、今から向かいましょう」

 和から送られたLINEメッセージを頼りに、新道寺の選手5名が対決の会場に向かう。

「料理対決とか実際に見るん初めてだし」
「テレビん中ん話やて思うとった」
「まぁうちらもテレビに出て麻雀やっとったわけだけど」
「ていうかお題ん料理って何?」

 そんなことを話しているうちに、件の会場に着いた。
 旅館の前では和と優希が待っており、合流して一緒に入る。

「すいません、個人戦の前日なのにわざわざお呼び立てしてしまって」
「いえいえ、構いませんよ。お昼に何を食べるか決めていませんでしたし、すばらなタイミングでした」

 和と煌が先頭に立ち、食堂へと向かう。
 小さめの宴会場のような部屋で、そこにはすでに清澄の選手と、龍門渕の選手らが揃っていた。

「うむ! よく来たな! 歓迎するぞ!」
「うーっす」

 顔だけは知っている猛者同士が、互いに小さな戦慄を覚えながら挨拶を交わし、座布団に座る。

「こーいう旅館ん厨房って借らるーもんと?」
「か、からる……?」
「こういう旅館の厨房は、お客が借りられるものなのか、と言ってますね」

 聞きなれない博多弁を、煌が逐一翻訳する。

「そこは問題ありませんわ! この旅館も龍門渕系列に組み込まれておりますので!」

 そしてその質問に、耳聡く会話を聞きつけた透華が声高々に答える。
 本物のお嬢様というものを始めて見た新道寺の面々が、おー と声を上げる。

「わかるぞいその気持ち……」

 今はもう慣れてしまったが、清澄の面々もその感想にうんうんと首を縦に振る。

「凄かー……。そう言えば、誰と誰が対決すると?」
「我が龍門渕家に使える執事と、その友人にして弟子の男性ですわ! 彼、清澄の部員でもありまして」
「それでお昼の用意を二人に任せようと思ったら、二人とも料理が上手いって聞いたから。どうせなら対決でもしたら面白くないって言ったら、ここまで本格的になっちゃって……」

 透華が喜々として質問に答える一方、何気ない一言で藪蛇をつついてしまった(?)久が頭を掻く。

(日本に執事さんているんやなあ……)
(仁美んお父さんには執事さんおらんの? 政治家やろ?)
(あれは秘書ばい)
(ちくわ大明神)
(誰だ今ん)

 料理が来るまで待つ間、初対面ではあるものの話したいネタはいくらでもあるため、麻雀談義に花が咲く。

「そういえば清澄の皆さん、優勝おめでとうございます」
「ええ、ありがとう」

「宮永さん、嶺上を当てるためのコツとかあると?」
「えっ、えっ、えっと、暗刻か明刻を作って、山を見ます。すると槓できるので、あがります」
「日本語んはずなんに理解できん」

「毎回タコス食べよーばってん、マンゴージュースんごと甘かもんの方が良うなか?」
「味は問わず、タコと名前が付いて旨いものなら何でもオッケ―だじぇ!」
「姫松か千里山に行った方が良うなかそれ?」

「さぁ、参りましてよ!」

 透華の合図とともに、お膳に乗せられた料理が運び込まれる。
 片方にはエビフライ・野菜スープ・チキンライスが、もう片方にはチキンカツ・ポテトサラダ・色合いが少し違うがこちらもチキンライスが乗せられていた。
 それぞれA,Bと書かれた紙が共に乗せられ、全員の前に置かれる。

「これからそれぞれの料理を食べて頂き、最後にどちらの方が美味しかったかをお答えいただきますわ。量はそれぞれ控えめにしていますので、全部食べても大丈夫かと。
 あ、アレルギーがありましたら言ってくださいまし」

「何か………思うたよりずっと美味しそうなんやけど」
「お金払わんでよかとが申し訳なかレベル」

 料理からは湯気を立て、揚げたて・出来立てなだけでなく、香りだけで両方かなり美味しそうなことが食べる前から分かった。
 高校生のする料理対決ということで、軽い気持ちで来たのだが、今更場違いな場所に来てしまったのではと緊張してくる。

「にしたっちゃ、何かやけにメニューがお子様ランチっぽかとは気のせい?」

 チキンライスに刺されたプラスチックの旗を指先でつつきながら、哩が首をかしげる。

「それはあれだよ、ほら…………」
「?」

 純の指さす方を見ると、そこでは衣が早速エビフライとチキンカツにタルタルソースを山のように盛っていた。
 その様子とお子様ランチの単語を組み合わせると、なんとなくこの手の料理が選ばれたのも理解が出来た。

「それじゃあとりあえず、いただきます」
「いただきます」

 とりあえずアルファベット順に、Aのお膳から手を付けていく新道寺メンバーたち。
 一口口にした途端、揃って目を丸くする。

「うっま……」
「すばら……」
「え、なにこれ、ばり美味か」

 顔を突き合わせ、絶句にも近い言葉の失い具合の中でその味を賞賛する。

「え、これドッキリやなかよね?
 帰る時になって0がいくつも並んだ金額要求されんよね?」
「そ、それはないはずですよ。優希はともかく和はそんなことするわけ……」

 あまりの美味しさにむしろ不安を覚える新道寺の面々。煌が恐る恐る和の方に視線を向ける。

「しませんよ、先輩。ですから普通に味わってください。にしても本当においしいですね……」
「なんか聞き捨てならないことを言われた気がするじぇ」
「気のせいですよ、温かいうちにいただきましょう」

 そう言われて新道寺の面々も安心し、そそくさと賞味に戻る。

「え、何このスープ。誕生日とかで行くレストランよりはるかにうまかっちゃけど?」
「こげん衣がサクサク言うんって、CMん効果音とかだけじゃなかったんか」
「もうこんチキンライスだけ山盛りで食べたかばいけど」

 自分達の経験を遥かに超越した料理に賛辞を飛ばしつつ、次のお膳に移る。

「正直Aん後に食べるってだけで気ん毒でしかなかね」
「こっちも見た目は結構……てかばりおいしそうやけど」
「いただきまーす」

 あの絶品の数々の後に食べられる料理人を気の毒に思いながら、次の料理に箸を伸ばす。

「あ、うまか」
「ん、こっちもうまかばい」
「少なくともうちよりはばり上手」

 しかしその懸念はすぐに消える。
 見た目を裏切らない味に、次々に称賛が寄せられる。

「うわ、こんポテトサラダばり甘かばいけど」
「本当や、え、ニンジンってこげん甘かもんと?」
「マヨネーズもうまかばってんひょっとして自分で作った奴?」

「……………」
「姫子?」

 その中で唯一無言でチキンカツを咀嚼しながら、無言の姫子に哩が呼びかける。

「うまかー……」(もぐもぐ)
「姫子?」
「…………はっ、すいません、ぼーっとしとったです」
「そんなに旨かったと?」
「いえ、旨かともそうばってん、こんチキンカツ皮に切れ目が入っとって……」
「ん? あ、ほんとだ」
「サイズは大きかばってん、ちゃんと一口サイズにも噛み切るーごとなっとって、親切ばいって……。
それに味もこっちん方が好みですばい」
「そう? うちゃエビフライん方が上かな? どっちもうもうはあるばってん」

 それぞれの味付けの方向性などに賛否が分かれつつも、総じて箸の止まらない幸せな時間が過ぎる。

「さぁ!それでは採決の時間ですわよ!」

 そして全員が食べ終わったころ、口の端にソースをつけたままの透華が声高々に進行を務める。

「うーん……両方ともとてもすばらでしたが……」
「うちらが順番ばつくるのが失礼なくらいな美味しさやったとしか……」
「わかる」
「うーん………」

「何ならどっちの料理人に胃袋を掴まれたいかでもいいわよー? 二人とも外見は揃っていい方だし」
「部長、またそんなことを……」

 悩む新道寺女子達を見て、にやにやと笑みを浮かべた久が茶々を入れ、和がそれに呆れる。

「……大会終わったら、女子力磨こ」
「うちも」
「うちも」

 大なり小なり全員がうんうんと唸った後、とうとう投票が行われる。

「それでは、美味しかったと思う方の札を、伏せておいて行ってください。無記名で結構ですわ」

 透華の手元に、それぞれがお膳に備え付けられていた、AかBの札を持ち寄る。

「開票は衣がやるぞ!」
「衣、わかりましたから、ちょっとお待ちなさい。両選手をお呼びしませんと。須賀さん、ハギヨシ!」

『はーい……』
『はい、ただいま』

 透華の声に応え、襖を開けて入ってきたのは、割烹着を着た揃って身長190cmはありそうな青年たちだった。
 黒髪の青年の方は穏やかな笑みを浮かべて息一つ乱していないのに対し、金髪の方は右手で目許を覆いながら肩を落としていた。
 ぜぇぜぇと荒い息遣いが聞こえ、披露しているのが見て取れる。

「京ちゃん凄い疲れてるね」
「いやー……さすがに疲れた。しかもその後でハギヨシさんの飯食わされて差を見せつけられるとか、心身ともにヤバい」
「はは、流石に年季が違いますから。でも初めて数か月でここまで出来るなら大したものです。
 私が修行を始めて半年した頃でも、ここまでは出来ませんでしたよ」
「ちなみに何歳の頃から修行を?」
「4つの時ですね」
「それを聞くと喜べねぇ……。んじゃ、結果はわかり切っていそうなもんですけど、お聞きしますか。
俺がBで、ハギヨシさんがA」

「わかりました、衣」
「うむ! ではまず一票目! A!」

 衣が短い腕を伸ばして掲げる手には、Aの札が握られていた。

 うへ、と京太郎が漏らす。
 そして間を置かず。

「2票目、A! 3票目、A! 4票目、A!」

 もうこのあたりから部屋中の人間がある結末を思い浮かべる。
 ただし、一人を除いて。 

「9票目、A! ………10,11,12,13,14票目もぜんぶA!」
「飽きてきたな?」

 純が衣にツッコミを入れつつ、料理の感想を述べる。

「須賀のも十分旨かったんだけどよ、やっぱどっちか選べって言われるとハギヨシのなんだよなー」
「てっきり衣からの票を狙って、須賀君がエビフライ作ってくると思ったんだけどね?」
「それも考えたんですけど、慣れてないものを作ってまで衣さんからの1票に縋りつくのも違う気がしまして……。
 やっぱり作り慣れたもので全力をぶつけるべきかと思いまして。
 出来た時は結構うまくいったと思ったんだけどなぁ……。ハギヨシさんのをその直後に食わされるとやっぱりね……」
「須賀君のはそーねぇ、毎日食べるならどっちの方がいいかって訊かれたらまた違うかもしれないけど、若干おとなしいのよねぇ。一回きりの食事として比べると見劣りするというか、おふくろの味、みたいな?」

 久の言葉に、異口同音に似た意見が寄せられる。
 その全員が京太郎の料理に賛辞を送りながらも、やはり順番を付けると劣ってしまうとのことだった。

「それでは一応最後の票を……、お? 15票目、B! よかったな、京太郎!」
「え!? マジっすか!」
「あ、それ僕が可哀想に思ってマジックですり替えておいたやつ……」
「マジっすかぁ!?」
「いや、冗談。ちゃんと須賀君にも入れてくれてる人がいたんだよ」

 一のジョークに京太郎が振り回されるが、それでも京太郎への投票が明らかになる。

「良かったなー須賀ー。これ入れたの誰だー?」
「いや、無記名の意味ないでしょそれ」
「あ……」

 か細く放たれた声に、部屋中の視線が向く。

「う、うちです、それ……」

 部屋中の注目を集めながら、姫子が恐る恐る右手を上げる。
 当の京太郎は、姫子と目が合った途端それまでの表情が抜け落ちていたのだが、周りは姫子を向いていたせいでそれに気づかない。

「えーっと、は、ハギヨシ、さん? の料理もうまかったばってん、須賀さんの方が好みに近かったちゅうか……
胃袋ば掴まれたか方やったちゅうか……はは……」
「……………」

 若干照れを覚えて、頭を掻きながら姫子がそういうと、京太郎が無言のまま姫子の元へ歩み寄る。
 その力のない様子が夢遊病患者のようにも見えて、周りが訝しむ。

「須賀君、どうかしました?」
「おい、犬、どうしたじぇ? ハウス!」

「え、えーっと……?」

 190cm近い身長で、無表情のまま見下ろされると怖いものがあり、姫子が少したじろぐ。
 何か気に障ることを行ってしまっただろうかと不安になると、不意に京太郎が膝をつき、

 ハシッ

 姫子の両手を自らの両手で握って胸の前で合わせた。

「えっ」
「じぇ!?」

 その行動に、周囲の女子はおろか、ハギヨシまでもが目を見開く。
 しかし京太郎の顔はうつむいたままなので、その表情は見えない。

「………新道寺女子の、鶴田姫子さんですよね?」
「は、はい」
「………さっき、あなたと目が合った時に、あなたに一目惚れしました」
「は、はい!?」

 姫子の顔が、急速に熱を帯びると同時に、真っ赤に染まった顔で姫子を真正面から見据えた京太郎が

「その上、15人いたら14人が俺のよりハギヨシさんの料理の方が旨いという中で、俺の作った方が好みだと言ってくれて、こんなにうれしいことはありません。
 どうか……お、俺の、恋人になってください!」

「え……」
(え、え、えええええええええええええええええ!?)

 心の中で、姫子が叫び声を上げる。
 恐らく周囲も同じ心地であろうが、みんな驚きのあまり声が出ないでいる。
 結果、壊れた機械のような意味をなさない姫子の声だけが漏れることになる。

「え、や、あの、ほんき、え、みんなみて、その、て……」
「本気です! 俺は姫子さんに、毎日俺の作った料理を食べてもらいたいと思っています!」
「ま、まいにち……」

 握られている手から京太郎の熱が伝わり、それが姫子の混乱に拍車をかける。

「はい! 毎日! 味噌汁でもスープでもお好きなのを!」
「ぶ、ぶちょぉ……」

 混乱が頂点に達した姫子は、涙目になりながら哩へ助けを求める。

「ちょ、ちょ待っ、姫子、リザベーション働いとっ………!?  …………はぐぅ」

 姫子の混乱を共有してしまい、哩が眩暈で倒れる。
 そして間を置かず、姫子もそれに引っ張られて気を失う。

「わーーーー!? 部長、姫子ーーー!?」
「ひ、姫子さん? 白水さん!?」
「須賀君とりあえず一回手離しなさい!?」
「ハギヨシ、医務室の準備を!」

結局その後、京太郎が姫子と直接会う機会はなく、後日煌と和を通し、「友人として付き合い、その後で考えさせてくれ」という無難な返事に連絡先を沿えて返したのだった。
 長野と福岡の距離は決して短くなく、連絡はLINE、たまーに通話だけだったが、交流自体は続いていた。

 姫子のために料理を修行すると決めた京太郎の成長は目覚ましく、二人のLINEの会話記録には、最近のものほど上達しているのが目に見える京太郎の作った料理の写真が並んでいる。
 幸い京太郎も、お腹がすく時間帯には決して画像を送らないように気を利かせているが、それでも見るだけで食べることの叶わないこれは、飯テロではなくもはや飯ジェノサイドだ。


「まぁ、合宿の楽しみが一つ増えたと思えばいいんじゃない?」
「そげなわけにもいかんって……。
 あげん好き好き言われて、何も答えんのも悪かし……」
「じゃあ付き合う?」
「極端すぎ! イエスかノー以外ん返事ってなかね……」
「ノーって言うつもりなの?」
「いやたぶんそりゃなか……んやろうか。ばってん、イエスも恥ずかしか……」
「ぜいたくな悩みだねぇ」
「贅沢って……はぁ」

「須賀君に、どげん顔して会えばいいと?」

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最終更新:2020年04月06日 23:29