ガチャリ
「すまない、遅れた……」
「あー! スミレ―! スミレは誕生日祝い持ってきてるよね!?」
「何だいきなり……」
菫が部室の扉を開けると、涙目の淡が大声で駆け寄ってきた。
騒がしいことはいつものことだが、初手から大声をかけられると面食らう。
「みんなひどいんだよー!?
どうせ誰かが準備するだろうって、結局誰も誕生日プレゼント用意してくれなかったんだよ!?」
「なるほどな……」
菫が部内に目を配ると、確かに淡の誕生日だからと言って普段と何か変わった箇所は無いようだった。
誠子はやや申し訳なさそうに頭を掻いているし、尭深は我知らずとお茶を飲んでいる。照に至ってはそんなもん知るかとばかりに自分用のお菓子をほおばっている。
「一週間以上前からもうすぐ誕生日誕生日だとやかましく騒いでいたのが裏目に出たな。それを聞いた全員が、お前を祝ってやる気を失った上に、誰かがやるだろうと思ったわけだ」
「全員って、じゃあスミレも……」
「うむ。淡、誕生日おめでとう。プレゼントなぞないがな」
「ひどーい!!」
菫が微笑を浮かべて頭をなでてやると、淡はぽかぽかと叩いてくるが、それを無視してソファに腰かける。
「須賀の奴もいないのか? 奴にすら見限られるとは、残念だったな淡」
「寮に取りに戻るものがあるって言ってた」
「プレゼントだもん! 絶対にキョータローはプレゼント持って帰ってくるもん!」
淡はぷんぷんと頬を膨らませるが、その様子を見て菫は揶揄うのが面白くなってくる。
「どうだかな? 少しは来年の誕生日はプレゼントをもらえるよう、今からお淑やかに振舞うようにしてみたらどうだ!?」
「そんなの高校101年生らしくないし!」
「そこは200年じゃあないのか……」
相変わらず像が見えてこない100年生とやらに困惑を覚えながら、菫が呆れる。
コンコン
「!」
その時、チーム虎姫専用の部屋をノックする音が聞こえた。
ノックするのはメンバー以外の部員なので、淡は京太郎が来たのかと大いに反応した。
『すいません、須賀です。今入って大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ」
『しつれいしまーす』
ガチャリ
「キョータロー!」
「どわぁ!?」
京太郎が入って来るや否や、淡が突進して抱き付き、涙を浮かべて訴えかける。
「ねぇ! キョータローは誕生日プレゼント持ってきたよね!?」
「は? いやまぁちゃんと準備したけど……」
「キョータロー愛してるー!!」
「おいおい………」
ドアの外に押し返す勢いで抱き付いてきて、一歩も中に踏み入ることが出来ないので、京太郎がどうしたものかと菫たちに助けを乞う視線を送る。
「お前以外、淡に誰もプレゼントを用意しなかったんだよ。
毎日毎日ああもうるさく騒がれては用意する気も失せてしまってな」
「だと思いましたよ……。ほれいったん離れろ」
京太郎は淡を剥がすとソファに座らせ、手にした紙袋から簡単にラッピングしたお菓子を取り出す。
「ほい、どーぞ。上手くできたかは保証できないけど」
「おお! なにこれなにこれ!? 花びら!?」
プレーンのマフィンの隣に置かれた真紅のジャムのビンが目につき、淡が手に取って様々な角度から眺める。
「また変わったものを選んだな。食用花のジャムか?」
「バラのジャムです、前から使ってみたいなとは思っていたのでいい機会に。ほれ、これにつけて食えよ」
「いただきまーす!」
淡が早速マフィンの上にジャムを塗り、大口を開けてかぶり付く。
「むぅーーー! むぅいいむーー!!」
「飲み込んでから言え」
口にマフィンを含んだまま歓声を上げる淡を、どぉどぉと京太郎が諫める。
尭深から分けてもらった緑茶を差し出すと、淡はぐびぐびと呑み始める。
「おいしーー! 褒めて遣わすぞキョータロー!」
「そりゃどーも」
バシバシと背中を叩いてくる淡に苦笑を漏らしながら、京太郎は別の袋を取り出す。
「こっちは食用花のゼリーです。人数分用意したんで、良ければ皆さんもどうぞ」
「そうか? 済まないな」
「いえいえ、普段お世話になっているお礼です」
京太郎がプラスチック容器に入れられたゼリーを配り始めると、今まで遠巻きにマフィンへ熱烈な視線を向けていた照もこちらに押し寄せる。
我先にと奪い合う淡と照を尻目に、部室で小さなお茶会が開かれる。
「ふむ、食べたことはなかったが、なかなかいけるな」
「んー、味はいいけどフルーツゼリーとかと比べると、食べ応えに欠けるなー」
「まぁそう思ってマフィンとか準備……あ、いけね」
京太郎は思い出したように紙袋の底に手を伸ばすと、小さな箱を取り出した。
「ほれ、こいつは力作だぞ。誕生日おめでとう、淡」
「なになに? おおーーー!」
箱から覗いたのは、ケーキの上にリンゴをバラの花弁の様にカットして幾層にも重ね、タルトの上に乗せたものだった。
「すごいすごーい! なにこれ、リンゴ!? どうやって切ったの!?」
「口で説明は……ちょっと難しいな。まぁ必死で頑張ったよ。こっちは食べ応えあるから、ゼリーで足りなければ、夕飯に差し支えない程度に食
「いただきまーす!」
「聞いちゃいねぇ」
幸せ満面な笑みを浮かべる淡が、早速タルトを口にする。
「あ、おい淡待て……、せっかくの造詣だし写真を撮ろうと思ったのだが……」
「この笑顔は笑顔で中々いい写真になると思いますけどね」
「それには同意だがどことなく腹が立つな」
「んむぅ?」
「何でもない。いいから食べてろ」
自分のことが話されているのか気になった淡が顔を上げるが、すぐにまた食べる方に夢中になる。
「これ、バラだけじゃないよな? 何種類くらい入ってるんだ?」
「花びらだけじゃわかりにくいけど、多分バラと、赤菊と……ベゴニアと、パンジー……リナリア?」
尭深がゼリーに入った花びらを1枚1枚見て、その種類を当てていく。
それを聞き、慌てて京太郎が口を開く。
「ああ、ドライフラワーにしてあるのもあるから、リナリアとかまだ咲くのには早いのも買えるんですよ」
「へー……ん?」
尭深は眉根を寄せるとゼリーの容器を一旦置きしばらく考え込む。その後私物化しつつある棚に向かい、一冊の本を取り出す。
そして何ページかめくると静かにその本を閉じ、息を吐く。
お菓子に夢中になっている淡と、それを見て嬉しそうにしながらも、どこかもどかしそうにしている様子の京太郎。
その風景に羨望の念を覚えつつ、手にした本を淡の目の前に置く。
「淡」
「むぐ? ……んくっ、何、タカミー?」
「これ、私からの誕生日プレゼント」
「え?」
お古の本を渡され、淡が?マークを浮かべる。
その意味を理解する前に、尭深は菫と誠子に声をかける。
「弘瀬さん、亦野さん、ちょっと運びたいものがあるので手伝ってくれません?」
「ん? いいけど……あれ? 尭深―――
「あ、荷物運びなら俺が……」
「須賀君はだめ。ちょっと男の子には手伝ってもらいにくいものだから」
「え、あ、はい……」
「行きましょう。あ、淡はゆっくり食べてていいよ」
尭深の唐突な提案を妙に思いながら、菫と誠子も後に続き、部室には淡と京太郎の二人が残される。
「何この本?」
尭深がくれた本は、「四季の花ことば全集」と銘打たれていた。
淡は何と無しにその本を適当にパラパラとめくるが、それを見る京太郎の表情は硬直する。
「えっと、バラは『あなたを愛しています』だよね、有名だし。
で、何だっけ? 赤い菊は……あ、これも『愛しています』なんだ。へぇ~~。
それで、ベゴニア? は………あれ?」
そこで、淡のページをめくる手がゆっくりになる。
『ベゴニア:愛の告白、片思い』
『パンジー:私を想って』
『リナリア:この恋に気付いて』
目の前の菓子に使われた花々の意味するところを知り、淡の思考がゆっくりしたものになり、まさか、と思い至る。
しかし、「その可能性」について考え始めた途端、羞恥心が勝りすぐに思考を回れ右させる。
「へ、へぇ~~~! すごい偶然! ほ、ほら、見てみてキョータロー。
このゼリーの花、みんな愛の告白って………」
淡がわざとらしく明るい声を上げ、京太郎の方を見ると、そこには顔中を耳まで真っ赤にした京太郎がいた。
その様子に、淡も言葉を失う。
「キョ、キョータロー……どうか、した………」
「淡………」
京太郎は、本にかけられた淡の手に自分の手を重ね、握る。
そして何かを言いかけて口を開け、言葉が出ずに閉じて目を逸らし、を何度か繰り返した。
繋がれた手から伝わる熱と、その様子に、淡も自分の体中が熱くなるのを感じた。
これから京太郎が何を言うのかを、否応なしに理解してしまう。
「淡、それは……偶然じゃ、ない。ちゃんと、その意味を知って、このプレゼント、作った、から……」
「え……」
「淡……俺は……」
京太郎は一度そこで、何かを覚悟するように目を思い切り瞑った後、淡と向き合った。
「俺はお前が…………淡が、好きだ。友達としてじゃあなく、一人の男として、淡という女の子が、好きだ……!」
「…………………あ」
「子供っぽくても、誰かが周りで落ち込んでいたらすぐに心配するし、悪いことをしたらちゃんと素直にごめんって言えるし、いつまで経っても中々麻雀上手くならない俺に付き合ってくれるし、俺が勝ったら自分の時より喜んでくれるし………」
淡は何も言えないまま、京太郎の言葉に聞き入る。
手から伝わる震えから、京太郎が本気で言っているのだと理解しながら。
「俺は、そんな淡が好きだ。だから、俺じゃあ釣り合わないかもしれないけど……。
俺の、恋人になってほしい…………!」
「キョータロー…………」
京太郎の告白に、淡自分の心臓が強く脈打つのを感じた。
ドンドンと、まるで誰かから力任せに叩かれているかのように鳴り響く。
「きょ、キョータロー。わ、私もね……」
決して淡から目を逸らそうとしない京太郎の眼差しを受け、淡が少し目を伏せて口を開く。
「キョータローは、いっつも私に優しくしてくれるし、スミレに怒られたら慰めてくれるし、一緒に居てすごく楽しいし………私ね」
「私も…………キョータローが………好き」
「じゃ、じゃあ…………」
「え、えっと、その、こ、恋人、に……なりたい、です」
「淡……!」
淡が頷くと、京太郎が淡を自分の方へ引き寄せ、軽く抱きしめる。
「あわっ!?」
「ありがとう……!すっげぇ嬉しい……!」
「う、うん……」
京太郎の抱きしめる力は、本当に触れる程度なので、もう少し強くてもいいんだぞというように、淡が京太郎の背に手を回して、シャツを掴む。
京太郎にもその意図が伝わったのか、おそるおそる、ゆっくりと力を込めていく。
淡もそれに応じて京太郎に身を寄せ、首筋に顔をうずめるようにする。
「キョータロー……私もね、今度、キョータローの誕生日に、お花の、バラのお菓子、あげるね」
「ほんとに?」
「うん……キョータローみたいに、上手にできないと思うけど………」
「何言ってんだ。好きな子が、自分の誕生日にプレゼントくれるんだぜ? それ以上幸せなことがあるかよ」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとほんと」
やっと言葉を交わせるようになってきたが、互いに内心穏やかではない。
触れ合う肌から、相手のせわしなく脈打つ鼓動や熱を感じるだけで、どうにかなってしまいそうなのだ。
「キョータロー」
「ん?」
「こんなに美味しいだけじゃなくって、素敵な誕生日プレゼントくれて、ありがとう」
おそるおそる、小さく震えながら、本当に触れるだけの強さで、淡の唇が京太郎の頬にあてられた。
そのことを理解した京太郎は、嬉しさのあまり淡を思い切り強く抱きしめる。
少し痛いくらいだったが、この時淡は出来立てほやほやの恋人に抱きしめられ、世界で一番幸せな女の子は自分だと思った。
オマケ
『俺は、そんな淡が好きだ。だから、俺じゃあ釣り合わないかもしれないけど……。
俺の、恋人になってほしい…………!』
「お、おい、尭深、流石にこれ以上は………」
いけないと分かりつつ、どうしても誠子のスマホの画面から目を離せない菫が、良心の呵責に苛まれる。
部室を出る寸前、カメラを京太郎と淡の方に向けた状態でテレビ通話にし、誠子のスマホに電話を入れておいた尭深は口元のどや顔を崩さぬまま指を縦に立てた。
(しー。通話状態だからこっちの声も聞こえちゃいますよ)
(見て見て見てほら二人とも!)
『私も…………キョータローが………好き』
(おおおおおおおおおおお!!!!!!)
誠子がよくわからないニヤニヤ笑いと歓びを表す小躍りを始める。
照は音を立てないようにお菓子を食べ続け、「京ちゃんも大人になったね……」と感想を述べている。
『キョータロー……私もね、今度、キョータローの誕生日に、お花の、バラのお菓子、あげるね』
『ほんとに?』
『うん……キョータローみたいに、上手にできないと思うけど………』
『何言ってんだ。好きな子が、自分の誕生日にプレゼントくれるんだぜ? それ以上幸せなことがあるかよ』
(ッ…………………!!!!!) バンバンバンバン!
初々しい二人の睦言を聞いて、誠子が耐えられずに音無く大笑いしながら自分の太ももを叩く。
(も、もういいだろう!? さすがにこれ以上はプライバシーの侵害………!)
その中で唯一菫だけが止めに入る。
しかし視界を塞ぐはずの手の指の間はガバガバで、見たいという本音が筒抜けである。
最後の最後で抵抗し、せめてスマホの画面は直視しないでいると、
『あ、淡………?』
『えへへ……ちゅーしちゃった…………』
(おおおぉぉ! ちゅーした! 淡からちゅーした!)
(な、なあぁ!? い、いや、もういい加減に………)
他人が覗いてはいけない線を本当に超えそうになり、菫が耳を塞いで後ろを向くが、
『淡………なんでお前ってこんなにかわいいんだよ……!?』
『ひゃあ、キョータロー!?』
(押し倒した! 須賀が淡押し倒した!!)
「そ、それは流石に待てえええええぇぇ!!!!」
「あ、菫!?」
正常な判断力を失った菫が、部室に向かって猛ダッシュする。
誠子や尭深が止める声も無視されてしまう。
「待って! 単に抱きしめあってるだけだから、スト―――」
(バァン!!)
『『うわぁぁ!!? スミレ/部長ーーー!?』』
『おお、お前ら! それはだめだ! 部室でそれはだめだーーーー!?』
『『えええぇ!!?』』
「あー………」
部室の方から、阿鼻叫喚の混沌を極めた状況が聞こえてくる。
「これ絶対後で怒られるやつだよね」
「菫も素直に見守ればよかったのに」ポリポリ
「もう逃げて寮でお茶にします?」
もういっこカン
最終更新:2020年04月06日 23:35