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inferiority complex その4

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lakcy

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~岩崎みなみの場合~

彼女は、黙秘していた。

もとより人と関わるのは得意な方ではなかった。
端的に表現するならば無口、寡黙、物静か、といった辺りが適切であろう。
鬼才でこそあれ、その炯々たる眼光に恐れをなす者もいないわけではなかった。

クラスメート達に深く立ち入ることをよしとせず、それゆえ立ち入られることも
ない。
極めて表面的で浅はかな言い回しを用いるなら、謎めいていてクールで、それで
いて孤高の一匹狼という見方が普通だろうか。

そのため今までに深い対人関係を持った経験がほとんどなく、強いて挙げるなら
隣人で幼馴染のみゆきに遊んでもらっていたくらいだろう。
それでもみゆきが中学に上がる頃には、その年齢差ゆえに行動をともにする機会
は減っていった。

しかし、高良家と岩崎家は、父不在(ともに単身赴任)で母1人娘1人という非常
に似通った境遇にあり、そのため長年に渡って手を携えてきたのである。
今でも付き合いは続いているし、みゆきとその母ゆかりには感謝している。
2人は、彼女の奥深くまで知悉している数少ない人間なのだ。


岩崎みなみとは、静かな水面[みなも]のような外面と、揺れ動く内面を併せ持つ
存在。

陵桜学園はみゆきの母・ゆかりの母校だった。みゆきが陵桜を志望した理由はそ
れである。
そして彼女は、みなみは、みゆきの後を追うために陵桜を志望した。
しかしそれは表向きの理由に過ぎず、彼女の真意は別のところにあった――有り
体に言えば、人間関係の一新を望んだがための選択だったのだ。

中学時代までは友人にも恵まれていたとは言い難い彼女。自身の社交性の乏しさ
は重々承知していたのだが、かと言って進んで俗人の間に自らの居場所を探すこ
ともまた彼女にとっては耐え難い屈辱となりえた。

彼女は、何事もそつなくこなす手腕を持っていた。自覚はなかったが、危機回避
や緊急時の臨機応変な対応などは常人のそれよりも遥かに効率の良いものであっ
た。要領がいいと言ってもいい。

しかしそれがまた彼女を苦しめた。
自身が没個性的な、凡庸な存在なのではないかと疑うようになったのだ。
実際のところは凡庸どころか万事において平均を上回っていたのだが、飛び抜け
た部分が無いために彼女は勘違いから自己嫌悪に陥ったのである。

また、周囲からひがまれる事も多かった。(ひがむ、というのは第三者的表現であ
り彼女には羨望という自覚はなかった)
何かにつけ彼女に負けるが為に、面白くないと感じたのであろう、男子生徒連中
が殴りかかってきたこともある。普通は女に対して手など出さないのが常、即ち
俗物達にとって彼女は、1人の女性たる以前に憎悪と嫉妬の対象でしかなかった
のである。
格闘技の経験こそなかれど、持ち前の運動神経と咄嗟の機転を利かせ、彼女は何
とか事なきを得た。自ら手出しはしなかった。振り回される拳をホールドして腕
を捻り上げるだけの初歩的な護身術。

睨みを利かせたら尻尾を巻いて逃げて行った。これでいいのだ。後味は悪いが仕
方あるまい。そう自らを説得した。

厳格な私立一貫校にもかかわらず、彼女は罰せられなかった。目撃者の証言によ
って正当防衛が証明されたからである。
しかし彼女は自身を叱咤した。このまま高校に上がるわけには行くまいと。
もうこの学校に残ることは出来ない。内部進学はしたくないと、彼女は担任教師
にはっきりと告げた。
彼女は絶望していた。俗たることの愚かさとその弊害、自身が自身であるが故に
、他人との間に見えない断絶が在ることを。

しかし変わった。自分が助けた少女を、引き金にして。

単なる人助けのつもりだった。他意はない。
見たこともない制服。この近辺の地区の、即ち受験生の大多数が着ているそれと
は明らかに違う。(後に埼玉県内の山の手の中学だと判明するのだが)
誰かの親類が紛れ込んでいるだけだと思った。入試そのものに影響もなく、彼女
は特待生として陵桜学園に迎え入れられた。

しかし3月下旬、入学前オリエンテーションの場で、事態は一変する。
自分にハンカチを返しに来た少女。以前出会った時と同じ、キャメルブラウンの
ブレザー姿。奇面ではなかったため正確な顔立ちは覚えていなかったのだが、異
様なほど(という印象を彼女は受けたのだがもちろん吐露してはいない)小柄な体
格と、赤味のかかった髪色で結論を得た。
それはおおよそ彼女の予想していたものからはかけ離れていたが、兎にも角にも
彼女は、陵桜学園で最初に友人を得ることになったのである。

その新しい友人は正直だった。
少々、自分自身に対してのみアイロニックな言動が見られたのが、彼女にとって
は気に入らなかったことは確かだが、自信を得ることによって、その振る舞いも
消えていった。

彼女が手に入れたのは、自分を深層から理解してくれる、全力で守り抜くべき真
の友。
初めて出会えた“親友”の恩義に報うことを望み、彼女は今日も、ありったけの
信頼と親愛の意をこめて、親友の名を呼ぶのである。
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