042-261 反逆のルルーシュ。覇道のライ TURN04 「偽りの弟」 後編 @POPPO



一年前。
現世とは思えない空間、黄昏の間に二人の男がいた。
一人は、世界の3分の1を統べる帝国の現皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
もう一人は、少年のような容姿と体躯をした不老不死の人物、V.V.
いつ何時でも、夕焼けのような光が不可思議な神殿を彩っている。時間を超越した世界だった。
その世界に、幼い声が響き渡った。

「半世紀ぶりだね。『コードL』」

その声にシャルル・ジ・ブリタニアとV.V.は振り返り、目を見開いた。この場所に入られる人間はごく少数だ。彼らはこの場に誰も招いていなかった。
神殿の階段を上りきった場所に、招かざる客人の3人がいた。
一人は10歳ほどの子供であり、舞踏会で踊るような赤い貴族服を纏っていた。白い後ろ髪を黒いひもで結わえ、整った容姿には左右非対称の目があった。左目は銀、右目は金色の光を放っている。
もう一人は、背丈が2メートルを超える大柄の男で、顔から足まで黒のフードで覆われていた。表情も窺い知ることはできない。
肩に一人の少年を抱えていた。
彼らを見たシャルルは懐から拳銃を取り出し、彼らに向けた。隣にいるV.V.にシャルルは叫んだ。
「…兄さん!」
V.V.はシャルルを余所に、突然現れた招かざる客を鋭い目つきで睨みつけた。
その視線は一人の子供に集中した。
「前から、妙な気配がすると思っていたけど、君だったんだね。X.X.……『狂王』を連れて、何の用かな?」
X.X.と呼ばれた子供は、屈託のない笑顔を浮かべた。その口には三日月のように裂かれる。
「昔と違って、随分と口調が高圧的だねぇ。『コードL』」
右目は金、左目は銀の瞳にV.V.の姿が映る。X.X.の皮肉めいた話にV.V.は乗ってこなかった。彼の反応を見れなかったX.X.は、残念そうな顔で手短に用件を言った。
「ライを預かっててほしいんだ。その『時』が訪れるまでね」
黒いフードを被った大男は、ゆっくりと一人の少年を床に置いた。
銀髪の美少年であり、青いパイロットスーツを身に纏っている。意識が無く、瞳は閉じたままであった。
「ほら、あれなんて言ったっけ?円卓の騎士、ナイト…オブラウンズだったかな?それにライを加えてくれないか?席が一つ空いたはずだよね?ライの存在は君たちの願いを実現するために、とても役に立つと思うよ」
銀髪の少年、ライを目に捉え、V.V.は言葉を放った。
「狂王を?…何のために?」
「ライを『神の王』にするためさ」

その言葉を発した途端、X.Xの後ろに控えていた大男は、突然、力を失ったように膝を折った。
巨大な体躯が床に崩れ落ちる。フーケが捲れ、その男の顔が晒された。引き締まった肉体に、日に焼けたような浅黒い肌、乱れた黒髪の男であった。緑色の瞳には、すでに光は無かった。
大きな男は死後、X.X.の操り人形にされていた。役目を終えた大男は、死体へと戻った。彼は『狂王』を運ぶためだけに使われていた、ただそれだけだった。
V.V.は倒れた男の顔を横目に、X.X.に無表情で冷たい視線を放つ。
「…だから、狂王をラウンズに加えるために、セルゲイを殺したの?」
「うん♪」
その場に相応しくない、明るい声でX,X.は返事をした。
大男の正体は、セルゲイ・サザーランド。ライと死闘を演じたナイトオブラウンズである。
ナイトメアの開発者でもあった彼は、ナイトメアの操縦技術だけならナイトオブワンすら凌ぐ騎士だった。『生ける伝説』と言われていた男は、すでに物言わぬ屍になっていた。
X.X.は後ろで横たわっているセルゲイの亡骸に気をとめることも無く、V.V.と話を続ける。
「心配することはない。歩む道は違うけど、目的は同じだよ」
「X.X.…だからといって、君が僕たちを邪魔しないという保証はないだろう?」
突然、X.X.は口を噤み、下を向いた。
そしてすぐに顔を上げる。額には血管が浮き出ており、その顔には明らかな憤怒が宿っていた。
「ジョゼフ……君は何を言ってるのかな?」
X.X.はV.V.を見据えて、彼の本当の名前を告げた。
ジョゼフ・ジ・ブリタニア。
シャルル・ジ・ブリタニアと血の分けた兄弟。
それが、V.V.がコードを受け継ぐ生前の名前だった。今はすでに、彼の存在は歴史上からは消えている。
「V.V.という名前も…僕の片割れって意味じゃないか」
X.X.は唇を噛みしめ、手は強く握りしめられていた。
「一度、君は『私』との約束を破った。それも最悪の形で…」
そして、X.X.はシャルルとジョゼフを見据えて、言葉を放った。
「勘違いするな、小僧ども。これは取引じゃない。命令だ」

世界が揺いだ。

黄昏の間が突然大きく揺れ、周囲に赤い光が宿る。神殿の一部が崩壊し、破片が降り注いだ。シャルルはどうにか立っていたが、V.V.は床に手をつき、神殿の揺れにさらされながらも彼らは声を上げる。
「アーカーシャの剣が…!」
「X.X.!お前!」
V.V.はX.X.を睨みつける。
その時、白髪の子供の両目に『金』と『銀』の紋章が浮かんだ。
それを見たV.V.は目を見開き、驚愕した。まるで信じられないものを見たような表情をしていた。
「これでアーカーシャの剣は『私』のものだ。…これは保険だよ。どうも『私』は、お前たちを信用できない」
シャルルたちの前に立っていたX,X,の両目にはギアスと呼ばれる紋章があった。だが、普通のギアスではない。その紋章は赤色ではなく、『金』と『銀』で彩られていた。それを意味することを悟ったV.V.とシャルルは、驚きを隠せなかった。
「…まさか、君は…いや、貴方は…」
『金』と『銀』の瞳でX.X.は彼らを射抜いた。
「シャルルのギアスでライの記憶を改ざんしても構わない。でも、約束を破ったら…分かってるよね?『コードL』」
殺気を込められた視線を受け止めたシャルル・ジ・ブリタニアは、構えていた銃を懐に戻した。不老不死であるX.X.に銃など意味をなさない。しかし、シャルルはそれを理解して銃を下したのではなかった。
目の前にいる『人物』に銃を向けること自体、大罪だと悟ったからだ。
額に一筋の汗を流しながら、目の前にいるX.X.に声をかけた。
「…狂王に随分と入れ込んでいるようですね。貴方ほどのお方が……」
後光が差し、X.X.はこの世はとはかけ離れた存在と思わせるような雰囲気を纏っていた。
まばゆい光を背に、X.X.は笑顔でこう答えた。


「なんせ、『私』は女だからね」




時刻は丁度13時を過ぎたあたりだった。空は眩いほどの快晴だったが、ランペルージ兄弟が住む別館は暗闇に満ちていた。二階へ上る二つ別れの階段がある一階の広間に、ロロは訪れていた。
「なに?兄さん…こんな処に呼び出して…」
兄さんと呼ばれた少年は、日光が照らされる階段の中央にいた。眩い光を背に、ルルーシュ・ランペルージは弟を真剣な情報で見つめていた。
「ロロ」
ルルーシュの紫色の瞳はロロを射抜く。
「記憶が…戻った」
その言葉が、ロロの表情を一変させた。
ロロの瞳に殺人者の冷たい感情が宿る。制服のポケットから折りたたみナイフを抜きだした。
「ルルーシュ…」
「話を…話を聞いてく…」
ルルーシュの声はそこで止まる。声だけではなく、全身が凍りついたように停止していた。
ロロの右目には赤い紋章が浮かんでいた。
「さようなら…ルルーシュ」
ロロは階段を上る。彼が3,4段上ったところで彼の足は止まった。
静寂の空間に、彼以外の足音が響いていた。
ルルーシュが階段をゆっくりと下りてきたのだ。
ロロは絶句した。
(…な、なんで!?ありえない!僕のギアスが効いているはずなのに!)
驚愕した弟を見据え、ルルーシュは口を開いた。
「話を聞いてくれ。ロロ」
ロロは身を震わせた。ギアスが無ければ、ロロは一般的な少年と何ら大差はない。いくら暗殺者とはいえ、ギアスに頼りきりの暗殺だ。ナイフの腕も軍人と比べるとはるかに劣っていた。
「単刀直入に言う。黒の騎士団に入ってくれ」
予想外の言葉に、ロロ・ランペルージはさらに驚愕する。自分がブリタニアから送られてきた刺客ということを分かっていて聞いてきたことは明白だったからだ。
「ふ、ふざけるな!…僕の使命は、記憶が戻ったらお前を殺すこと!ただそれだけだ!」
「俺を殺した後、お前はどうなるんだ?」
「…え」
「俺を殺し、この任務が終わった後だ。どうなるかと聞いている」
「…そ、それは……次の指示が出るまで…」
「そして、また人を殺すのか。つくづく救えない話だ」
「う、うるさい!!僕の何が分かる!」
「分かるさ。ロロ、お前はそうやって使われ続け、いずれは捨てられるという未来がな」
ロロは言葉を失った。
そう、自分は殺人マシーン。人を殺し続けることでしか生きていくことができない。昔はそれでもよかった。
だが、この学園を訪れて、日の当たる人間たちと生きて、未来が当たり前のようにある人々を見て、ロロは羨ましいと感じていた。
人々の付き合いが煩わしいと感じたこともあったが、その度に心に流れ込む温かい感情が、ロロの凍りついた心を溶かしていた。そう、愛情という麻薬はすでに彼の心を蝕んでいたのだ。
「ロロ、お前は俺の弟だ。血が繋がっていなくても、俺たちは兄弟だ」
ルルーシュは階段を一段ずつ降りてくる。
コツコツという音が広間に響いた。
「やめろ…やめてくれ」
ロロはナイフを構えながらつぶやく。
自分が優位な立場に立っているにも関わらず、足が震えていた。
「俺は…記憶が戻った。最初はお前を殺そうと思った。でも、できなかったんだ」
また、一段、彼は階段を下りた。
二人の距離は少しずつ狭まってゆく。
「ロロ…お前が、血の繋がらない弟だったとしても…ロロと過ごしたその日々に、偽りはない。そして、この思いが偽りに彩られていたとしても、それでも…俺はお前を、弟だと思っている心は本物なんだ!」
ロロは吼えた。
「やめろぉぉおおお!」
ロロの右目に宿るギアスが何度も羽ばたく。しかし、ルルーシュは止まらない。
痺れを切らしたロロは、ナイフを強く握り突進した。二人の距離は一気に縮まる。ロロはナイフを突き出した。
しかし、ナイフは空をきった。
ルルーシュがロロの腕を掴んだのだ。ルルーシュは弟を真摯な眼差しを向けた。ロロの動揺は表情に明確に表れていた。
「お前が人を殺すところなんて、見たくないんだ…誰が何と言おうとこれだけは変わらない」
「やめてくれ…」
「もう一度言う」

「ロロ、お前は俺の弟だ」

「……っ!!」
ロロはその言葉に息を呑んだ。
そして、ルルーシュはロロの華奢な体を強く抱きしめた。その抱擁がロロの身体を停止させた。
「お前の居場所はここだ!ロロ…お前はこんなところにいちゃいけない。俺が、おれが絶対に守ってやる!」
「兄さん…」
キィーン、と、ナイフが床に落ちる音が広間に響いた。
ロロの瞳から、大粒の涙がこぼれ始める。力が抜けた彼の腕が、少しずつ兄の背中に回っていった。そして、震えるロロの腕が、しっかりとルルーシュの服を掴んだ。顔を制服に埋め、声が抑えきれなくなった。
「う、うわあああ、あああああ…」
「…今まで、辛かっただろう。お前の辛さを今まで分かってやれなかった俺を、許してほしい」
「…ああ、あああううぅ、に、にい、兄さんっ…僕は…僕は、ここにいたい…兄さんの弟でっ…いたいよ…」
「それは俺の願いだ。ロロ」
ルルーシュはさらに強く弟を抱きしめる。ロロの嗚咽はさらに大きくなった。
そこで、
魔法は解けた。

ルルーシュの瞳に宿っていた赤い光は、失われた。
はっとしたルルーシュは、現在の状況を素早く認識し、口を吊り上がらせた。
邪悪な表情が宿る。ロロの頭に手を置きながら、ルルーシュは黒い笑いを押し殺していた。
彼の胸ポケットには会話中の携帯電話があった。
(よくやった!リリーシャ!
…あの手帳は使えた。ロロ。お前はギアスしか価値の無い人間だ。そして、天涯孤独の殺人者。だが、年相応の情緒の不安定さが最近頻発していた。
当たり前だな。お前みたいな人間にとって、平和な環境は毒だ。その居心地の良さはお前の心を蝕む)
別館の屋根に一人の少女がいた。
ダークブルーの長髪の、白い死に装束を纏った女で、右手には携帯電話を持っていた。
携帯電話の吸音機にはガムテープが巻いてある。彼女の視線の先には、二つの鏡の破片を利用して、階段のガラス窓からルルーシュとロロの姿が写っていた。
少女の左目には、赤の紋章が浮かび上がっていた。
ルルーシュがロロのギアスが受けても動いていたカラクリはここにあった。ロロのギアスの範囲外からリリーシャがルルーシュを操作していただけだ。
ロロの範囲は直径25,4メートル。それに比べ、リリーシャのギアスは500メートル強の範囲。20倍もの差がある。
携帯電話から聞こえてくる声を聞き、リリーシャの表情が笑顔に歪んだ。
彼女の下にあるアッシュフォードの別館で、ルルーシュの独白は続く。
(そこにつけ込んだんだ。くくく…こんな簡単に籠絡できるとは…ロロ。お前にはナナリーの居場所を土足で踏みにじった罪を償ってもらうぞ。使い果たして、ボロ雑巾のように捨ててやる)
「ロロ…お前の居場所は、ここだ。そして俺が、お前の居場所をつくってやる」
(…ああ、つくってやるさ。俺の奴隷として飼い殺される場所を、そして無様な死に場所をな!!ふははははははっ!)
魔神の心で叫ぶ声はあまりに残酷で、高らかだった。
広間には、弟の嗚咽だけが響いていた。

リリーシャは携帯電話を切った。
彼女は眼鏡をかけると再び、ギアスを発動した。
そうして、リリーシャは3階ほどの高さがある屋根から飛び降りた。長い髪を靡かせながら着地する。普通の人間なら足を骨折するほどの高さだが、彼女には傷一つついていない。
リリーシャの後ろから、袋をかぶり、アッシュフォード学園の制服を着た少女が現れた。彼女の容姿は分からないが、緑色の長髪は隠せていなかった。
「茶番とやらは終わったのか?」
「ええ。問題無くね」
緑色の髪の少女、C.C.は手に持っているLLサイズのカップを渡した。リリーシャはその中に携帯電話を入れた。
水に弱い携帯電話はすぐに光を失った。
そして、リリーシャは懐から自分の携帯電話を取り出した。素早いタッチで文章を打ち込んでいた。その文面を見たC.C.がリリーシャに問いかけた。
「…やるのか?また、多くの血が流れるぞ」
「中華連邦の後ろ盾も時間の問題よ。このエリアに戻ってきた目的が、単にルルーシュ先輩を目覚めさせるだけだなんて、そんな理由で私が動くわけ無いでしょ」
ピピピッと、電子音が断続的に続き、リリーシャはC.C.と視線を合わすこと無く、携帯電話を動かす。
そして、メールを送信し、開閉式の携帯電話を閉じた。
「うしっ!今日はこれで終わり。生徒会の仕事はもう終わってるから、綾芽もつれて、3人で回りましょうよ。C.C.」
リリーシャはC.C.が被っている袋を外した。
彼女の整った容姿が、日に晒された。
「…ルルーシュがうるさいぞ」
「心配すること無いわ。私はゼロよ?文句は言わせないわ」
リリーシャはLLサイズのコップをダストボックスに投げ入れると、眼鏡をはずした。
C.C.の手を取り、売店が多く立ち並ぶ広間の人ごみに紛れていった

その頃、
アッシュフォード学園の運動場で行われていた特大のピザのイベントに、ちょっとしたハプニングが起きていた。
巨大なピザ生地にトマトを投下した運搬用ナイトメアから、一人の男の笑い声が聞こえていた。
本当はスザクが搭乗しているはずのナイトメアだが、聞こえてきた声は明らかにスザクではない。
イベントの進行役であるリヴァルは目を丸めるばかりであった。眼前にはアーサーを捕まえているスザクの姿があったからだ。
『あっーはっはっはっ!庶民の祭りは面白いな!』
『…えーっ、と…ナイトメアに乗っているのは、誰?』
よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに、ジノ・ヴァインベルグが乗ったナイトメアはガッツポーズをした。
そのシュールな光景を、少し離れた場所でアーニャ・アールストレイムはカメラに収めた。可愛い電子音が鳴って、その画像を確認して一言呟いた。すぐ近くにはスザクがアーサーに指をかまれていた。
「やっぱり、ジノ…馬鹿」
「ははは、でもジノらしいね」
眼前では、ナイトメアによって蓋がされる。
プシューッと大きな煙をあげて、巨大オーブンに火がついた。
空に、七色の大きな花火が上がる。それを見たアーニャは即座にデジタルカメラを向けた。




オレンジ色の夕陽がトウキョウ租界を照らす頃、都市高速を走る一台のリムジンがあった。
黒塗りの高級車は大きなカーブを緩やかに曲がり、車の窓からは夕焼けに染まるブリタニア政庁が見える。
車内は対角に席が設けられており、中華連邦所属の星刻は、チーズ君のヌイグルミを持ったC.C.と頬杖をついて、外の景色を見ているカレンが座っていた。
赤髪の少女は、となりに座っている緑髪の少女に話しかけた。
「ねえ、双葉さんって知ってる?」
「双葉?…あぁ、あのオペレーターか」
「朝から姿が見当たらないんですって。ちょっとした騒ぎになってるわよ。まあ、アンタが学園祭に出かけていたことのほうが、私は驚いたけど」
「私のことは気にするな。お前は自分のことだけを心配していろ」
「…じゃあ、余計な心配をかけさせないでよ」
カレンはC.C.の言葉にため息をつくと、再び外の夕焼けに目を逸らした。蜜柑色の太陽が彼女の表情を照らしていた。
それを見つめる彼女の瞳には、どこどなく力が無い。
「紅月カレンさん」
カレンとC.C.のやりとりが終わったところを見計らって、向かい側に座っていた星刻が柔和な笑顔でカレンに話しかけた。カレンは再び視線を戻す。
「え?あ、はい。何でしょう。星刻さん」
「貴女に少し伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
カレンは身構えた。
目の前にいる男は油断ならない。彼の体格や身のこなし方から、腕が立つ武人だということは分かっていた。しかし、それだけではない。彼は腕が立つだけでなく、頭の回転も速い。
話や口調から、彼女は感じ取っていた。
雰囲気がどことなく似ているのだ。
自分の恋人と…
「ええ、いいわ。答えられる範囲であれば」
「貴女のパートナーである『ゼロの双璧』の一翼は、今どちらに?」
思わぬ質問に、カレンは息がつまってしまった。
それだけではない。頭の中に『ライ』の姿がフラッシュバックする。込み上げる体の震えを必死に堪えた。そっと左腕をつかんで力を込めた。表情を崩してはいけない。カレンは顔をぎこちない笑顔を取る。だが、舌が上手く回らなかった。
星刻はカレンの異変に察知しながらも、言葉を続けた。
「調査したところ、その人物だけが不明でした。黒の騎士団の実質的なNo.2だというのに、顔も、名前すらも…」
答えられないカレンを横目に、C.C.は言葉を発する。
「ふふん。ディートハルトの情報操作は優秀だな」

「風の噂では、貴女のパートナーこそが、『ゼロ』だという話がありますが…」

柔和な笑顔で、しかし眼光は鋭いままの表情で、星刻はカレンとC.C.の心を貫いた。
カレンは領事館での幹部会議の内容を思い出した。
かつて、ライが黒の騎士団にいた頃、ディートハルトは独断でライの情報を隠ぺいしていたと告白し、ブリタニアに寝返ったライのスキャンダルにすることができなかったことを謝罪した。
その理由は、「ライがゼロである」という推測に基づいたものだった。
扇さんや藤堂さんが、その言葉に息を呑んだことを覚えている。
彼曰く、ライが展開した軍事的、または政治的戦略が、ゼロの下す戦略内容と酷似しているといった。
そう言われればと、カレンも思う節はいくつもあった。フクオカやヒロシマで、反特区組織と戦ったとき、ライの指揮は鮮やかすぎるものだった。四聖剣の人たちは舌を巻いていたし、他の団員たちはゼロの戦略だと勘違いしていたほどだ。
ディートハルトの情報操作についても同様だった。確かに、幹部以外で、ライの直属である壱番隊のメンバーですら『隊長』または『副司令』の名でしか呼んでいなかった。
カレンは絶句していたが、C.C.はくすくすと笑い始めた。彼女の笑いを不思議に思った星刻はC.C.に目を向けた。
「ふははは、随分と面白い冗談だな」
「ええ、全く」
黄色の瞳で、C.C.は星刻を見た。
(こいつ…)
「ただ、一つだけ言えることは…」
カレンはC.C.の表情を見た。彼女の言おうとしてることが分からない。
C.C.は一瞬だけカレンの方を見て、薄い笑顔を浮かべたまま言った。
「いずれ会える。楽しみに待っていろ。星刻殿」

アッシュフォード学園の地下にある機密情報局に、ロロに銃を突き付けられたヴィレッタはルルーシュを共に訪れていた。カードキーを使って部屋に入ると、三人は予想外の人物を目にした。
黒に近いダークブルーの長髪が揺れ、彼女は入ってきた人物を見て、彼らに振り返らずに言った。
「遅いですよ。先輩」
「リリーシャさん!?まさかっ、貴女も!」
「リ…リー、シャ…?」
ルルーシュは、彼女の迅速な行動に驚きつつも、何くわぬ顔でリリーシャを見据えた。彼女はルルーシュ達のほうに顔を向けた。
リリーシャは黒ぶちの眼鏡をかけていた。知的というよりも若干幼く見える。
「流石は皇帝直属の機密情報局…口が堅い。尋問をしたのですが、説得の余地はありませんね」
リリーシャの長身で見えなかったが、彼女の視線の先には椅子に縛られ、俯いている局員の男の姿があった。肢体の関節は全て外されていて、手足がありえない方向に曲がっている。
凄惨な光景を目にしたロロは絶句した。
また、他の局員たちは部屋の隅に、鎖で体中を拘束されていた。口はガムテープで封じられている。
椅子に縛れていた一人の男は、涙と唾液にまみれた顔でリリーシャを見上げた。震える声が言葉を紡ぎ、
「は…早く…こ、ころし、殺してく…」
「ええ」
パァン!
唐突だった。彼が言い終わる前に、彼の願いは叶えられた。
リリーシャは男の額に銃口を当て、即座にトリガーを引いた。
「…ルルーシュ先輩が来たことですし、もう用済みですね」
銃声と共に、血飛沫が壁に飛び散った。頭をスイカのようにかち割られた男は絶命した。それを目の当たりにした情報局の人間から、ガムテープで口を塞がれている為にぐぐもった悲鳴を上げる。
「そこにいる連中は先輩のギアスをかけてといてください。それ以上利用する手立ては
ありません」
リリーシャに指を差された情報局員からまた大きな悲鳴が聞こえた。ギアスをかけて操り人形となるということは、彼らにとっては死刑宣告に等しい。
だが、おびえる彼らを見ても、リリーシャの表情は眉ひとつ動かなかった。
「ヴィレッタ先生をどうするつもりです?」
「…お前が何とかすると、言わなかったか?」
「うふふふ、意外に信頼されているんですね。私って」
「能力は認めている…ただそれだけだ」
リリーシャとルルーシュは軽いやり取りを交わしていた。だが、その光景は場に全くに相応しくない。
男は人々を脅し、女はついさっき、人一人を殺した。それが、まるで日常の一ページのように気にも留めず、普段通りに話し合う姿はむしろ異常だった。
リリーシャはヴィレッタの顔を見据え、一人の男の名を告げた。
「扇要」

その言葉にヴィレッタは絶句し、ルルーシュは首をかしげた。
「扇?扇がどうしたというのだ?」
「…これが表沙汰になれば、情報局の人間である貴女はどうなるか…分かっているでしょう?」
ヴィレッタは口を震わせ、口を閉じたままだ。リリーシャはヴィレッタの表情を見ると、笑顔で彼女の肩を叩いた。
「今後ともよろしくお願いしますよ。ヴィレッタ先生」
そしてリリーシャはヴィレッタの肩を掴んだ。
眼鏡の奥で、リリーシャの左目に悪魔の刻印が現れる。
「私は兄さんみたいに、甘くないですから…」
彼女の眼鏡はただの眼鏡ではない。左目にはマジックミラーがつけられており、あらゆる角度から見ても、ギアスが自分の額に向けられるようになっている。
自分自身にギアスをかけることにより、自身の身体能力を限界以上に引き出すことができる。
ギアスで増した握力でさらに彼女の肩を握り締めた。
ゴキッ、と鈍い音が響いた。軍人であるヴィレッタさえ耐えきれない激痛に声を上げ、その場にへたり込んだ。
肩の関節が外された。苦痛に顔を歪ませるヴィレッタはリリーシャの顔を見上げ、凍りついた。
軍人であるから分かる。
リリーシャの瞳に宿る、冷徹な殺人鬼の目は本物だということを。
一介の高校生ができる目つきではない。
そして、その左目に宿る悪魔の紋章を捉えた。
「リリー、シャ…お前も、ギアスを…」
ヴィレッタの声はそこで途切れた。
リリーシャはヴィレッタの顔を踏みつけた。ドガッと、床を叩きつられた音が響く。
「あ…がっ!?」
顔を踏みつけた。
「ぎっ…!」
さらに踏みつけた。
「い…っ!」
ギアスが宿った瞳で、リリーシャはヴィレッタを睨みつけた。
「うるさい。この売国女が」
そして、リリーシャはステップを利かせ、ヴィレッタの腹部に強烈な蹴りを突き刺した。
ギアスで肉体が強化されており、その威力は女性の力をはるかに凌駕している。ヴィレッタの体は宙を舞い、モニター画面にぶち当たった。
「がはっ!」
ガラスが割れる音が響いた。一部のモニターを壊し、ヴィレッタの体はキーボードの上を転がり、再び地面に叩きつけられた。
リリーシャは即座に、悶絶しかけているヴィレッタに拳銃を向ける。
「やめろ!リリーシャ!殺す気か!?」
ルルーシュは彼女に向って叫んだ。
「はっ…はあ、はあ、はあっ……すみません。思わず、殺してしまうところでした…」
息を整えて、リリーシャは再度ヴィレッタの顔に足を乗せた。
ギアスで強化された肉体であれば、トマトのようにこの女の顔を踏みつぶすことができる。
邪悪な快感がリリーシャの心に押し寄せてくる中、拳銃を突きつけたまま彼女は徐々に足に力を込めた。
「貴女は最後まで、兄さんをかばってくれたらしいじゃないですか……でも、裏切った」
リリーシャの殺意を感じ取ったルルーシュは彼女を止めようとしたが、
「うふふ、うふふふ…」
突然笑い出したリリーシャを見て、ルルーシュは彼女に伸ばす手を止めた。
ヴィレッタの銀色の長髪は乱れ、ヴィレッタの瞳からは大粒の涙がこぼれ始めた。リリーシャは笑いをこらえきれず、顔を天に仰いだ。
「あはははははははははははははっ!」
彼女の狂気に満ちた笑い声は一室に木霊した。
「力無き者は悪なり。どうです?皇帝陛下が仰るとおりでしょう?」
ひとしきり笑った彼女はいきおいよくルルーシュの弟に振り返った。
「改めてよろしくね。ロ・ロ♪」
ロロは喉が冷えあがった。リリーシャ・ゴットバルトという『魔神』を垣間見たロロは、言い知れぬ恐怖を感じていた。





スザクの歓迎会パーティーから、数日が経過した。
中華連邦総領事館の一室に、長方形のテーブルを挟んで大きなソファーが2つある。テーブルにはピザの箱と、多くの資料が乗せられていた。
ルルーシュとC.C.は同じソファーに座り、ルルーシュは黙々と資料に目を通していた。
カレンとリリーシャが同じソファーに座り、カレンはピザをつまみながら、紅蓮可翔式『改』の説明書を熟読している。
カレンは横目でリリーシャの姿を見て、呆れていた。
「リリーシャ。お願いだから、仮面だけでも外してくれない?ゼロのイメージが…」
リリーシャはソファーに寝転びながら、ゼロの格好で『中華連邦。首都、北京のおすすめスポット!ベスト10!』と書かれている雑誌を見ていた。仮面をつけた人間が、ソファーに寝転がっている姿はとてもシュールだ。
他の団員達が見れば卒倒ものだろう。
一枚のピザを食べ終えたC.C.は指についたケチャップを舐めながら、ルルーシュに話しかけた。
「情報局を掌握したのか?想像以上に早いな」
「ふん。あれくらい、俺一人でもできたことだ」
向かいの席から、リリーシャの副生音が聞こえた。
『ギアスのおかげですよ。あーあ。私に『絶対遵守』のギアスがあれば、10ヶ月は早かったのになあ』
「…減らず口を」
『私は事実を言っただけです』
「事実?…ほう、事実、ねえ?」
ルルーシュは読み終えた資料をテーブルに置き、そう言いながら、リリーシャのある部分を見つめた。
私の視線も自然とそこに向かう。
(…ブチッ)
頭の中で、何かが切れた音がした。
ルルーシュの顔が薄い笑顔が張り付いている。それも黒い。
「聞いたぞ。お前の親友と名乗る人物から」
仮面の下で、彼女の思考回路は、猛スピードで間違えた方向性に展開していた。
(……生憎、私を親友と呼べる人間は『2匹』しかいないの。
ねえ?どっちのバカ?
無駄にでっかい方?
引き締まった方?
先輩、どこ見てんの?
何々?私ニ欲情シテンノ?カワイイ娘ガ3人モイルカラ頭オカシクナッテンノ?大、中、小選ビ放題ダッテ?
ソンナコトヲ考エテタラ私ノ専用機ノ『ラ…)
「元々貧弱だと思っていたが、事実はさらに酷いものだった。お前のその凹凸は偽りの…」
ルルーシュ先輩は私の心情を気にすることなく、声高らかに私の秘密を暴露しようとしていた。
仮面の一部がスライドし、私は何の躊躇も無く左目にあるギアスを発動して…
その時だった。

「おーい!ゼロー!お前も飲めよー!これは俺のお気に入りの酒…ん?」

世界が止まった。
小瓶を片手に、酔いどれた玉城が入室してきたのだ。
指令室として使っていた部屋に、一人の男が入ってきた。
自動扉はこちら側のスイッチが無ければ開かないはずだった。先日から調子がおかしいと思っていたが、まさかこのタイミングで壊れていたとは!リリーシャとルルーシュは全身に冷や汗をかいた。
*1
その上、リリーシャは仮面をかぶっていたが、ルルーシュは制服の姿だ。
完全にその姿を見られた。酔っていた玉城の表情に真剣さが宿った。鋭い目つきでルルーシュを睨んだ。ルルーシュに指射して、仮面の男に問いかけた。
「おい。ゼロ。このガキは誰だ?」
その声に敏感に反応したリリーシャは、すぐにルルーシュを突き飛ばし、彼女は頭をフル回転させ、言葉を放った。それは彼女を除く全てが予想だにしなかった言葉。

『あ、ああ。そういえば紹介していなかったな。彼はルルーシュ・ランペルージ。お前のが欲しがっていた部下一号だ』

再び、世界が止まった。
唖然とするカレン。
C.C.すら動きを止めてしまい、ピザを取り落とした。
玉城は尻餅をついた学生を見た。

「……なんだと?」

ルルーシュの呟きが、一室に木霊した。
酔いが回っている玉城がルルーシュを見ている。
彼の思考は、完全に停止していた。


最終更新:2009年07月20日 21:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。

*1 やばい!見られた!