041-137 反逆のルルーシュ。覇道のライ TURN04 「偽りの弟」 前編 @POPPO



「ふんふふん、ふんふーん♪」
軽快な鼻声とともに、強い日差しが差し込む廊下を歩くミレイ・アッシュフォードは、喜色の表情で手元にあるバッジを見つめていた。それには獅子と蛇が対峙する刻印に銀メッキが施されており、盾の形をしている。それは貴族だけが身につけることを許された代物であった。
バッジの色は階級ごとに分かれており、皇族とナイトオブラウンズを除けば、世界に四家しかいない大公爵に次ぐ爵位、『公爵』を表すバッジである。裏にはアッシュフォード家の家紋が刻まれている。
よほどの成果を上げなければ、このようなものを陛下から承るわけがない。これは先週、正式にナイトオブラウンズを拝命した義理の弟、ライ・アッシュフォードが成した功績だ。
ミレイはライのことを考えると、胸がいっぱいになった。彼が無事でいたことを知った喜びもあるが、まさかこのような形で恩返しをしてくるとは思いもしなかったからだ。
困った人を助ける。それが当たり前の彼女にとって、ライから対価を要求するという発想自体が皆無であり、ミレイは嬉しさから込み上げる笑いが抑えられなかった。
8年前、マリアンヌの後ろ盾を失ったアッシュフォード家は没落貴族と成り果てた。その衰退を目の当たりにしてきた彼女だったが、肩身が狭くても、今置かれている立場や環境に、彼女は彼女なりに満足していた。
生徒会のメンバーがいて、スザクくんがいて、ライがいて…鬱陶しい見合いが無ければもっと良いと思っていたが、不満があるとすればそれくらいだった。
そして、その不満は一夜にして消滅することになる。もはや、彼女が頭を痛めていた悩みは無い。彼女を縛っていた鎖は、ライによって打ち砕かれた。彼には感謝しても感謝しきれない。
ライのことを想うだけで、ミレイは熱くなった。心なしか、頬まで赤らめていた。
高揚した気分した彼女は、軽やかにステップし、勢いよく生徒会室のドアを開けた。彼女は通常よりも5割増しの大きな挨拶をする。
「やっほー、皆さん!元気に…」
ミレイ・アッシュフォードの声は、そこで止まった。生徒会室に入ると、そこには額をハチマキで縛って、分厚い本と睨めっこしているシャーリー・フェネットの姿があった。彼女の机の両脇には学校の教材が並んでいる。
生徒会長たるミレイが生徒会室に入ってきたというのにシャーリーは挨拶すらしない。それほどシャーリーは集中しているということだろう。
ミレイは紅茶を運んできたリヴァル・カルデモンドに声をかけた。私の問いを待っていたかのように口を開く。
「シャーリー、どうしちゃったの?」
「ルルーシュの好みは『知的な女の子だ!』って思ったらしく、いきなり勉強しだして…」
ミレイは「ははぁーん…」と声をあげて、シャーリーの様子を眺めた。カップが置かれた席に座り、一口すする。
シャーリーがルルーシュに思いを寄せているのは周知の事実である。彼女も男子から人気がある女の子だが、容姿端麗、頭脳明晰のルルーシュの人気には比較にならない。
クラスメイト、生徒会と、ルルーシュと多くの接点がある彼女であり、ルルーシュの彼女になる可能性ナンバーワンの女子生徒だったが、突如として強力なライバルが現れたのだ。
「こんにちは、皆さん」
「おっと、噂をすれば♪」
その声に、びくっとシャーリーは肩を震わせて彼女を見た。その時、やっとミレイの存在に気がついたようだ。「…あ、会長。こんにちは」と言って、眼鏡をかけたシャーリーはミレイと初めて目を合わせた。彼女の姿に、ミレイは思わず笑ってしまう。
「ふふふっ…あら、いらっしゃい。今日は早いわね。補習授業はいいの?」
「私には必要ありませんから」
そう言うと、リリーシャは鞄を置きながらシャーリーの向かい側の席に座った。
「おー。さすがトップは違うな~」
リリーシャはテーブルに置いてある書類を見つめていたが、シャーリーはリリーシャを強い眼差しで見つめていた。傍目から見ても、シャーリーが生徒会新メンバーに対抗心を剥き出しにしていることが丸分かりだ。
全く、どちらが上級生なのか分からない。
リリーシャは頭が良く機転が利く娘だと、ミレイは彼女との数日のやりとりを通して実感していた。上級生である私たちに臆病に接することも無ければ、必要以上に親しく接したりはしない。時には率直な意見を述べることもあるが、下級生としての一線を必ず守っている。
特に事務処理に関しては感嘆せざるを得ないほど優秀だった。放浪癖が問題だが、成績や人格、協調性においては文句のつけようが無い。
そして、彼女の実力はこんなものではないと感じさせるようなミステリアスな彼女の雰囲気から、ミレイはルルーシュの印象と似た印象を受けた。ルルーシュが言う通り、次期生徒会長の器としても申し分ない人材だと、ミレイは素直に思った。
そして、ルルーシュが強く推す理由は彼女の能力に加えて、業をよく休むサボり常習犯の優等生同士、通じ合う部分があるのだろうとミレイは推測する。
ゼロが姿を現した時はどうなることかと不安で身を震わせたが、今は正反対の感情で身を震わせていた。
ゼロの中継があった後にライのラウンズ就任があり、それに伴い爵位の拝命。そして、同じくナイトオブラウンズへと出世したスザクの復学。彼女にとっては吉報のオンパレードだった。
(笑いが止まらないわ。ライ…)
ミレイ・アッシュフォードは、胸一杯に膨らんだ幸せを噛み締めていた。
ふと視線を戻すと、リリーシャは持っているペンの動きを止め、向かい側で黙々と勉強をするシャーリーをじっと見ていた。
彼女がシャーリーに話しかけるようだ。リリーシャの心情は分らないが、彼女に一方的な対抗心を燃やしているシャーリーをどんな会話を展開していくのか。ミレイの好奇心は刺激された。整った容姿に宿る知的な雰囲気と、深遠な琥珀色の瞳は見たミレイは、素直にリリーシャを美しいと思った。
「あの、シャーリーさん」
「……なに?」
「本…逆さまですよ」
一瞬、呆けた声を出したとたん、シャーリーの顔は羞恥心で真っ赤になった。
「えっ…~~っ!」
本で顔を隠すように身を縮めたシャーリーを見て、リヴァルは呟いた。
「…こりゃ、だめだな」
ミレイは、今度こそ笑いが堪え切れずに大きな声で笑い出した。会長の唐突な爆笑に、シャーリーは「そこまで笑うこと無いじゃないですか…」とさらに顔を紅潮させ、リヴァルとリリーシャはミレイを見て首をかしげていた。
アッシュフォード学園の地下にある機密情報局の一室に、ロロは訪れていた。
多くのモニターにはアッシュフォード学園のいたるところに設置されている監視カメラから、24時間体制であらゆる場所の状況が映し出されていた。そして、ターゲットであるルルーシュの映像は逐一映し出されている。
情報局員と潜入捜査員であるヴィレッタが論議を交わしている中、制服姿のロロだけが蚊帳の外だった。何の感情も無い瞳で、携帯電話に付けられているハート形のストラップを触っていた。
「C.C.はどこにいるんです?」
局員は議論はロロのその声で沈黙を漂わせた。あれだけ、ゼロと黒の騎士団が激しく行動を展開するなか、何の進展も無かったということである。
彼らの無能さにロロは内心で溜息をついた。
だが、一人の局員がロロに対抗するように、彼に話題の矛先を向けた。
「…この数日で、局員3人が殺されました。その、48人目の潜入調査員の手によって!」
ロロは怒りに震わす声を聞き流していた。ヴィレッタも意味深な視線を投げかけるが相手にしなかった。
「私は、これ以上、彼との行動はできません!」
他の局員たちも『沈黙の肯定』を作り出していた。この機密情報局のリーダーであるヴィレッタ・ヌゥも頭をかかえた。
突然、ロロの携帯が鳴った。彼は携帯の相手を確認する。
「ルルーシュから電話です」
そのことだけを伝えると素早く席を離れて、機密情報局に漂う空気を抹消するべく、ロロは部屋を退出した。
眼前に隠しエレベーターの門が見えた。暗闇の中で、ロロは携帯の電源を押した。
彼はこの時だけ、ルルーシュの存在に感謝した。
「どうしたの?兄さん」
『ロロ…話がある』

そして、彼の『悪夢』は始まりを告げた。



コードギアス LOST COLORS
「反逆のルルーシュ。覇道のライ」

TURN04 「偽りの弟」




エリア11にあるトウキョウ租界の政庁で、事件が起きていた。エリア11最大の軍事施設に未確認MRFが突如として奇襲をしかけてきたのである。政庁はけたたましいサイレンの音が鳴り響き、爆弾らしき轟音で地面が震えるたびに、役員たちには緊張の色が浮かんでいた。
素早い動きと的確な射撃により、一機のMRFになす術もなく、次々にKMFは戦闘不能に陥っていた。そのMRF のパイロットは、
「ははぁ!何だこのあっけなさはぁ…ゆるゆるだな。呆れるほどに」
と楽しげな口調で的確にこの政庁の実態を述べた。
「エリア11の防衛線は…この程度か!」
金髪の男は、意志の強い青き瞳を鋭くすると、操縦桿を勢いよく前に倒した。
一気にMRFが急降下をかけると、下で待ち構えていたバズーカを装備したサザーランドの一個小隊が一斉に火を吹き始めた。それをモニターで確認したMRFのパイロットは声を上げて、操縦桿を巧みに操作する。
「へえ…その判断はまあまあだ!」
MRFは縦横無尽な軌道を描き、発射された全弾を回避した。サザーランドに乗っているパイロットたちは驚く暇もなく、MRFから発射された大型スラッシュハーケンの打撃を浴びて、全機が瞬く間に戦闘不能に陥った。MRFの猛進はとどまるところを知らず、一気に政庁の一本道を突き進んでいた。そして、MRFのパイロットはモニターで2機のグロースターを発見し、小さく声を上げた。
今は亡き気高き将軍アンドレアス・ダールトンの息子たち、グラストンナイツが駆るグロースターだった。
2機のグロースターからオープンチャンネルから怒号の声が響いた。
『何者かは知らぬが、ここで終わりだ!』
鈍い音共に、ナイトメアの全長を超えるランスを床に突き刺した。その武装を見たMRFのパイロットは不敵に笑う。
『失格。その武装は建物を守ることを優先している。…仕方ない!』
MRFのパイロットが操縦桿を大きく振り上げたとき、その未確認物体は大いなる変貌を遂げた。戦闘機から腕や頭部が現れ始める。
やがて、それは一機のナイトメアフレームと姿をかえ、細いシルエットを持ち、機動性の高い機体と思わせるような体型であった。金色の2本の角に、白い仮面のような頭部。それを見たグロースターのパイロットたちは驚きの声を上げた。
『なに!』
『まさか、この機体はっ!』
彼らが持つランスに匹敵する長い武器とともに、地面に足をつけた。ランドスピナーが展開し、その機体の全貌を現した。
一人のグロースターのパイロットは低い声で告げる。これは敵の強襲ではなく…
『そういうことですか。可変ナイトメアフレーム。『トリスタン』…ということは』
彼は、目の前に迫る騎士の名を告げた。

『ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ卿ですね』
第8世代型相当のナイトメアフレーム「トリスタン」のパイロット、ジノ・ヴァインベルグは返答する。
『ああ。君たちを試しにきた。さあ、私を止めて見せろぉ!』
掛け声とともに、トリスタンはMVSのランサーを稼働させ、完全に戦闘状態に入った。彼らの間に戦慄が走る。その意思を真っ向から彼らは受け止めた。
『いいでしょう…私たちも恥をかかされたままでは済みません』
『ああ、本気で頼むよ』
その言葉に堪忍の緒が切れたグラストンナイツは、
『言われずともぉ!』
と誘いに乗った。だが、勢いに任せた動きは単調なリズムしか奏でない。2機のグロースターは彼らの連係プレイでトリスタンに襲いかかったが、彼らをはるかに上回る技術と戦術で、攻撃が当たることも無く、トリスタンの武器の餌食となった。その悔しさから、殺気を込めた反撃を食らわせようと2機は動いたが、
「やめろ!」
一人の学生によって制された。
「そこまでだ。決着はついた」
『…それはナイトオブセブンとしてのご判断ですか?』
「そうだ」
『…ぐっ!』
彼はただの学生ではない。栗色でくせ毛のある一人の名誉ブリタニア人は、グラストンナイツよりもさらに格上の存在、ジノと同じくナイトオブラウンズの一角である枢木スザクだった。「スザクー!」と少年の声をしたジノはコクピットを降りるとそのままスザクによりかかった。
「ジノ。ランスロットを持ってきてほしいと頼んだのに」
「ああ。来週、ロイド伯爵に一緒にくるよ。それより何だい?この服」
「学校帰りだからね。制服。…ジノ、重いんだけど」

ジノとのやりとりに気をとられていると、唐突にもう一機の異形のナイトメアフレームが姿を現した。鈍い音と共に巨大なナイトメアは降り立った。
スザクはそれを視認すると、声を上げた。
「モルドレット…アーニャも来てくれたのか」
同じくナイトオブランズの一人、アーニャ・アールストレイムの声がモルドレットのオープンチャンネルによって響き渡る。
『もう終わり?』
「もう、終わりだってさ。スザクが」
『ふーん…つまんない』
スザクはモルドレットを見据え、一言付け加えた。
「ライは、EUの件が片付いたら来るよ」
だが、アーニャから帰ってきた答えはスザクの期待とは大きく外れたものだった。誰が聞いても分かるほど不機嫌な声で、
『だから…来た』
ジノはスザクに小さく呟いた。
(スザク。アーニャはライがEUに行くって言ったとき、シュナイゼル殿下に自ら頼みにいったくらいなんだぞ!?少しは察してやれよ。ただでさえ、マリーカにアドバンテージがあるっていうのに…)
(え?ああ、ごめん。ジノ。僕、そういうことには少し疎くて…)
そして、彼女はさらに不機嫌な声で言った。
『ジノ。声、全部拾ってるから』
ジノ・ヴァインベルグの背筋には悪寒が走り、枢木スザクは苦笑した。ジノとアーニャがやりとりをしている声を聞きながら、スザクの思考回路は切り替わった。
スザクは冷静な目で、帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズのKMF、『トリスタン』と『モルドレッド』を見据えた。
(ライが来れば黒の騎士団の殲滅は確実だったが、ラウンズが三人。これで戦力的には十分だ。
さて…どう動く?ゼロ…いや、ルルーシュ)



三日後、天気に恵まれた日のことだった。
『にゃー☆』
「萌え」なのか?何を狙っているのか?
『枢木スザク復学就任記念パーティー』は気が抜けた掛け声とともに始まった。
ミレイ会長の話によれば、ライ先輩が戻ってきた際にもパーティーを催すらしい。アッシュフォード家が公爵になったことで、ライ先輩が所有している植民地エリアの収入が入ってきたらしく、予算が潤沢になった今回は、前回と比べて規模がさらに増している。
ライ先輩のパーティーはもっと凄いことになるらしいので、期待1割、不安9割といった心境だ。
テロ活動の活発化で中止を予定されていた修学旅行も、爵位のおかげで軍が護衛をしてくれるらしく、予定されていた当初よりも豪華なツアーになるらしい。
ゼロが日本に帰ってきて、再びエリア11は慌ただしくなっているというのに…

ああ、まったく、余計なことをしてくれましたね。ライ先輩。
私、貴方に会ってからというもの、人生が狂わされっぱなしです。
本物のゼロになるわ、EUに亡命するわ、マフィアと取引するわ、生徒会に入って次期生徒会長に抜擢されるわ、
そして…

お化けの格好をしている自分自身が鏡越しに捉えた。
(……なにこれ?)
浴衣?というのかしら。よく分からない白い服を着ている。胸辺りには包帯を巻いて、肌が見えるところには白いクリームが塗られていて肌まで真っ白だ。
三角の布がついた帯を額に巻いていた。唇から顎にかけて、血のりが付着している。
(…血のりって、変な味)
一組のカップルが近づいてくるのが見えた。薄暗い空間にある作り物のお墓に私は身を隠していた。
姿を現す。
私は客を見たらこう言えばいいらしい。
「うーらーめーしーやー!」
悲鳴を上げた女性は本当に怖がっているのか甚だしく疑問で、笑顔で彼氏の胸に飛び込んでいた。男のほうも満更ではなく、そんな彼女に笑顔で対応して私から駆け足で走り去っていった。
その後ろ姿を見ながら、私は腕を組んで首をかしげた。
…うーむ。
いまいちインパクトが足りない。
「『私がゼロだ!』……って言ったほうが驚くかしら」
などということを本気で考えていた。
前のカップルは、男のほうが私の顔をまじまじと見て「…かわいい」とか言って、隣にいた女性と喧嘩をする始末だ。私のお化けとしてのメイクと演技が二流であることは既に確信していた。
ヘンリエットがこの姿を見て随分と怖がっていたので良しとしていたが、準備室に行って、もう一度化粧をしてもらう必要がある。
草鞋を履いていた私は、かぎ分けて暗闇の道を歩き出した。暗幕やクーラーを使って本格的な雰囲気を演出している。薄着の私は少し肌寒いくらいだ。
そして、道角で人とぶつかってしまった。強い衝撃で体がよろめいたが、どうにか持ちこたえた。だが、私より一回り小さい相手の体は、大きな音を立てて尻もちをついた。彼女が持っていた懐中電灯が床に転がり、私の視界を照らした。暗闇に慣れた眼球は瞳孔が大きくなっているので、眩しい光に目がくらんだ。
「き、きゃー!」
女の悲鳴が耳に響いた。本当に怖がっているようで、声に真剣味を感じた。当然の反応だろう。お化けのようなメイクをした私の顔を間近で見てしまったのだから。それにここは来客が通る道であり、そこでお化けとぶつかるなど考えもしないだろう。
眩んでいた視界が、尻餅をついた女性の輪郭を捉えはじめた。そして、その人こそが私が探していた目的の人物だとわかった。青い髪のミディアムヘアーに黄色の瞳、黒いバッグを提げて、白のロングにブラウンのジャケット。ミニスカートにブーツを履いている女性に、私は声をかけた。

「あら?綾芽(あやめ)?」

私の声に彼女は敏感に反応した。
黒の騎士団のオペレーターである双葉綾芽は、はっとして私を見上げた。
目が開ききっている。
(ちょっと、幾らなんでも驚き過ぎよ)
「は、ははは…ほ、本当にいた。発信場所がこんなところだから、私、半信半疑で……な、なんて格好してるんですか?『ゼロ様』…」
「てやっ!」
私は彼女の頭にチョップする。
「…いたたた、何するんですか~ゼ、うぷっ!」
リリーシャは双葉の口を押さえ、人差し指を唇に当てた。
「しーっ。そんな大声で言っちゃダメ。ここでは『リリーシャ』よ。分かった?」
ウインクをして、私は彼女に笑顔を浮かべる。そして、一瞬呆けていた綾芽は、笑顔になって返事をした。
「…うん!」
彼女の首元にあるシルバークロスのネックレスが、懐中電灯の光を浴びて輝いていた。




中華連邦総領事館の広場にある3機の飛空挺、『パルテノン』のKMF整備室が設けられていた。一度に10機のナイトメアの整備ができる空間がある。
暁の改良型であり、迷彩色のカラーリングが施されている四聖剣のナイトメア『月影(げつえい)』4機に、ブリタニアのフロートユニットより一回り小さいナイトメアパーツ『フロートユニット・ソニック』の取り付けが、今まさに終了した。それを強化ガラス越しに見ていたナイトメア開発者の錚々たるメンバーが見つめていた。
「システムチェック。オールグリーン。フロートユニット・ソニック、エナジフィラーとのリンク、完了しました」
一人の研究員がモニターでユニットの装着された確認を報告した。
それを見つめていたインド系の女性開発者、ラクシャータ・チャウラーは隣にいる大柄な男、長い金髪を結わえた髪形に凛々しい顔立ち、30代後半の年齢とは思えないほどの若々しさをもったレナード・バートランドに束になった資料を手渡した。
「…これは?」
「ゼロから頼まれた専用機の開発。その子の名前は『蜃気楼』」
ラクシャータは自分が開発するナイトメアを子供扱いする癖があり、ナイトメアを「子」呼ばわりするのは周知の事実である。
レナードはパラパラと資料をめくっていく。そこには新型ナイトメアフレームの構造が描かれていた。ふと、彼の手が止まる。
「拡散粒子砲…ですか。しかし、なぜこのようなものを?ゼロ様はすでに…」
レナードは緑色の瞳で、整備室の奥にある『とある』ナイトメアフレームを見据えた。ラクシャータも、彼女より一回り大きいレナードと同じ方向を見ながら、キセルを吹かす。
「んー?やっぱ、スペックが高すぎたかしらねぇ。セレスティアルドライブの出力を上げ過ぎたかしら?」
「おそらく『隠し玉』の方だと思いますよ。『あれ』は確かに強力ですが、絶大な威力を発揮できるのは一度きりですから」
「やっぱり?でも八面体強化型ブレイズルミナスとか輻射波動の武器だけでも十分だと思うんだけどぉ」
「ゼロ様は移動型と攻撃型のナイトメアを使い分けたいのではないかと?」
レナードは資料を読み終えると、ラクシャータに返した。ものの数十秒で理解できるだけでも、彼の技術者としての能力を伺える。だが、彼の専門はナイトメアフレームではない。
ラクシャータはレナードを見ながら笑った。
「あははは、レナード。アンタ、あの男が考えてることが分かるのぉ?」
「…今は分かりませんが、いつかは分かるようになりたいと思っています」
「うふふっ、確かにアンタは、優秀なエンジニアだけじゃ勿体ないわね」
「…ありがとうございます」
レナードは笑顔で、ラクシャータに返事をした。



(アッシュフォードの制服を着たC.C.がいた気がするけど…気のせいよね)
多くの人が賑わっている学園の大広間で、魔女らしき緑色の髪をした少女を見かけたが、リリーシャはそれを無視した。人が多く集まる場所に来るわけがない。常識のないC.C.でもそれはないと、リリーシャは判断した。最近、テスト勉強も兼ねて睡眠不足がたたったのだろうと考えたていた。
クレープを二つ買い、私の両手はクレープとLLサイズのジンジャエールで塞がっていた。
私と綾芽は話しながら歩いていて、途中で男の人とぶつかったりもしたが、転びはしなかった。人気の無い野原の上で、私はクレープとバッグに入っていたオレンジジュースを手渡した。無論、ジンジャエールは一人で飲む、

つもりだ。

私たちはテレビや他愛もない話をして楽しんでいた。一年前まではイレブンと蔑んでいた私からすると驚異的な変わりようだ。いや、価値観がひっくりかえるようなことは何度も起こったし、私は今もその延長線上にいる。綾芽はオレンジジュースを飲み終えて一段落すると、遠い目でお決まりの話をし始めた。
…ああ、またいつもの話か。
「最初は悪い冗談かと思ったわ…まさか、男たちに襲われそうになっている女の子がゼロだなんて」
「もう、ゼロって言わないでって、何度も言ってるのに…」

リリーシャの脳裏には一年前の記憶が蘇った。
双葉綾芽を連れて、自分が絶望で打ちひしがれていた時に籠っていた部屋を訪れた。鍵が
ついた引出しから、ライ先輩たちを殺しかけた時に奪ったゼロの仮面を取り出した。それを見た綾芽の顔は未だに忘れられない。先ほどのお化け屋敷の時よりも驚いた顔をしていた。まさに「腰を抜かしたほど」というやつであろう。

「失望した?」
「ううん。むしろ逆よ。ゼロがこんなに可愛い、年下の女の子だったなんて。私、ゼロがますます好きになっちゃった」
顔を朱色に染めながら生き生きとしゃべる綾芽を見て、私は嬉しくなった。私は彼女の華奢な体を抱きしめた。
「もう、綾芽ったら、高校生みたいに可愛いんだから!」
「私は…リリーシャが羨ましいな。背が高くて、頭もいいし、性格も大人っぽくて…」
綾芽の言葉はそこで止まった。彼女の視線は私のある部分に注がれていた。
(…ブチッ)
そう、私が最も気にしている部分で、一度ノエルが指摘して、散々『お仕置き』して泣いて謝ってきたほどだ。
頭の中で、何かが切れた音がした。
「私は綾芽がすごく羨ましいわ外見も性格も可愛くってまるで小学生みたい♪」
「へ?」
「なんならそこにあるコスプレイベントでアッシュフォードの制服着てみましょうそうしましょう綾芽ハ幼ク見エルカラ誰モ気ヅカナイカモヨ?」
「ちょっと!私、今年で23よ!?」
コンピューターのように、発音の起伏無く棒読みに喋るリリーシャを見て、綾芽は異変を感じ取ったがすでに遅かった。リリーシャが綾芽の腕を信じられないくらい強い力で掴み、コスプレ服が用意されている『コスプレバス』と大きく書かれたバスが近くに来たので、それ一直線に向かっていた。背丈が20センチ近く差があるので歩幅が合わず、綾芽はつっかかりながらリリーシャと引っ張られていった。
「え、ええー!ちょ、ちょっと待ってリリーシャ!目が笑ってないんだけど!」
「はいはーい!二名様ご来店でーす!」
「やめてー!制服も駄目だけど、バニーガールだけは!あ、あっー!」
双葉綾芽は抵抗する力もなく、リリーシャの剛腕にずるずると引き摺られていった。



「記録」
ピンク色を基調とした服を着こなしたアーニャは、ブリタニアロールを持ったジノと売店の女の子とのツーショットを映した。
「ありがとな。可愛い子ちゃん。お礼にあーん、してあげる」
「あーん♪」
ジノは千切ったロールケーキを売店の女の子の口に入れた。彼女は頬を染めて、そのケーキを食べていた。となりにいた女の子も、「私も私も!」と言って、ジノにねだった。ジノは快くその頼みごとを引き受けた。
「なあ、アーニャ。この娘たちとの写真もいいか?」
「…(こくり)」
桃色の少女は無機質な表情で首を縦に振った。
「ライに見せつけてやろうぜ。アーニャ。アーニャとこんな楽しい行事に参加できなかったことを後悔するように、なっ♪」
アーニャは無言で、首から下げている小さな赤色のポケットから掌いっぱいに乗ったメモリーカードを見せた。若干引いたジノだが、彼女のノンバーバルメッセージは十分伝わった。
激しく同意!という意思表示である。
そろそろメモリーが限界なので、アーニャがデジタルカメラのメモリーカードを入れ替えていた時、ジノの左腕に絡まっていた女の子が声を上げた。
「ねえ、ジノさん。ライって、もしかして…ライ・アッシュフォード様?」

「ん?そうだけど……へえ、ライも有名人になったもんだなぁ」

このとき、ジノ・ヴァインベルグはこの一言を口に出したことを激しく後悔した。
となりにいた女の子は大きな声を上げた。
「きゃああああ!え?うそっ!?ライ様とお知り合いなの!?」
「お…おおう?」
「まさかジノさんって、ライ様の部下なの!?凄く筋肉があるし、ジノさんって軍人なんなんでしょ?そうしたら、ラウンズ直属?たしか本国から来たって言ってたわよね!?」
(お、俺が…ナイトオブスリーの俺が、ライの…部下?)

軍でナイトオブラウンズのメンバーのフルネームと顔を知らないものはいない。戦争や軍人に興味の薄い一般人がナイトオブラウンズのメンバー全員の名を知らないことは知っていた。もちろん、この学園祭も半分、お忍び気分で訪れているつもりだ。しかし、頭ではわかっていても心で納得できないものがある。
ジノはすごくショックだった。
それはもう、ナンパした可愛い子がニューハーフだったことくらい、ショックだった。
「ねえねえ!ジノさん!ライ様の連絡先教えて!私、ライ様のファンクラブに入ってるの!ね…お願い」
「そういえば、ライ様の本国の写真とか持ってる!?お願い、一枚いくら売ってくれる!?」
彼女たちの喜々にとんだ声はジノには聞こえなかった。そう、ジノだけには。
「ねえ、アーニャ、ちゃんって言ったけ!?ライ様の写真持ってる?ねえ、持ってるなら一枚くらい…」

バキッ!

アッシュフォード学園のその女子生徒は、いたいけな少女が片手の握力でデジタルカメラを握りつぶす光景を見た。
少女の背中に迫り来る『何か』を感じ取った女子生徒は言葉を飲み込んだ。桃色の髪をした可愛らしい少女は、周囲の人々が寒気を覚えるくらいドスの聞いた声を発した。
「……行くわよ。三枚目」
半分放心状態であったジノは、アーニャの後ろをとぼとぼと歩きはじめた。ジノは長身であるため、余計に落ち込んだ雰囲気を漂わせていた。



アッシュフォード学園の屋上で、学園中で行われているフェスティバルを観察していた女がいた。一見、パトロールに出回っている体育教師の身なりをしているが、彼女は軍用の無線機を使って、ルルーシュの動向を監視しているヴィレッタだ。
彼女の胸ポケットで携帯が鳴り、即座に応答した。
「はい。ヴィレッタです」
『久しぶりだな。ヴィレッタ。いや、今はヴィレッタ卿というべきかな?』
思わぬ相手にヴィレッタは驚愕した。一年前の事件で戦死したとされる嘗ての上司の声だった。
ジェレミア・ゴットバルト。
ルルーシュのギアスの最初の犠牲者であり、悲運な運命を辿った男だ。
「ジェレミア卿!生きて…」
『ああ、近々、エリア11に向かうかもしれないのでな』
「えっ!」
(ジェレミア卿が!?エリア11に!?)
だが、目的は分かった。
間違い無く、日本に戻ってきた『ゼロ』の始末である。
しかし、彼は知っているのだろうか。ルルーシュが、ブリタニアの皇子がゼロであったということを。そして、ギアスの存在を…
『…リリーシャはどうしている?』
次々に溢れてくる疑問を余所に、ジェレミアの声と質問の内容はごく普通のものだった。ヴィレッタは双眼鏡を覗く。
高等部の3階の窓際で、お化けの格好をしたリリーシャが、アッシュフォード中等部の制服を着ている少女が涙を溜めている姿を見ながら、腹を抱えて笑っている姿を見た。
「ええ。元気でやってますよ。学校を時々抜け出しているみたいですが…」
『…相変わらずだな。我が妹は』
ジェレミアの声色から安堵の感情を感じ取った。その一言だけでヴィレッタの張りつめた緊張感は、溶けていった。
妹を想う気持ちが電話越しにありありと伝わってくる。ヴィレッタは口元を緩め、話を切り出した。妹の安否のためだけにこの秘匿回線を使用するはずがない。
「用件はそれだけですか?」
『ああ。妹を心配するのは悪いか?』
ヴィレッタはまた呆気にとられた。
(…昔と変わっていない)
思わず、彼女は表情を綻ばせた。
「いえ…ジェレミア卿がお変わりないようなので、少し安心しました」
『違うな。間違っているぞ。ヴィレッタ』
そして、彼女の体に緊張が走った。重く響くジェレミアの声は、彼女の胸を突き刺した。
「…え?」
『私は変わったよ。ヴィレッタ。私はもう戻れないのだ。無論、引き返す気も無い。貴殿と同じようにな。では健闘を。オールハイル・ブリタニア』
唐突に電話を切られた。一定の電子音が鳴り響き、ヴィレッタは携帯電話を耳に近付けたまま、手が固まったまま動かない。
ゆっくりと手を動かし、『No Number』と表示された携帯の画面を見ながら、ヴィレッタは小さく呟いた。
「…ジェレミア卿」

学園祭に訪れていたC.C.を捕まえたルルーシュは学園の裏側に来ていた。制服姿のC.C.は
愛らしいが、ルルーシュはそんなことには気にも留めず、話を進めていた。
「カレンはどうしている?」
「訓練に身を投じているが、心のほうはまだケアが必要だな」
「…そうか。藤堂たちの完全復帰はまだ難しいな。カレンが使えないとなると黒の騎士団の戦力は大幅に落ちる」
「ラクシャータとレナードが突貫作業で月下や暁を整備している。フロートユニットを装備できるナイトメアは30機程度はあるはずだ」
レナードと言う名前を聞き、ルルーシュは中華連邦領事館での彼とのやりとりを思い出していた。
背が高く、長い金髪を結わえた髪形に凛々しい顔立ちは、30代後半の年齢とは思えない
ほどであった。黒の騎士団の幹部奪還の際には、彼が指揮を取っていたらしく、事務能力も優秀であり、リリーシャが右腕として傍に置いていた人物である。
「レナード・バートランド…EU屈指の軍事企業、バートランド社の総帥、マテュー・バートランドの御曹司…あいつは使えるのか?リリーシャは大層気に入っていたが…」
「EUの航空技術は世界一だからな。今、黒の騎士団のナイトメアに装備しているフロー
トユニットはレナードが開発した最新鋭の機材だ。
それに、あいつは航空戦術の指揮能力もある。かなり優秀な男だよ。かつてのカレンのように、ゼロに心酔しているところを除けばな」
『かつての』カレンと言われたことがルルーシュの胸に響いた。今のカレンが信じているのはルルーシュではない。二代目ゼロであるリリーシャでもない。
ライ。
心から愛し、尊敬する彼一人だけなのだ。現在の情緒不安定なカレンは、いつか黒の騎士団を裏切ってライの下についてしまう恐れすらあった。
「レナードはEUの堕落した政治と軍部に嫌気がさしていた。ブリタニアに飲み込まれることを予見していたあいつにとって、ゼロは救世主だったらしい…」
「…リリーシャに魅了されたのか。あいつも大した女だ」
ルルーシュは彼女に対して複雑な思いを感じた。彼女こそ、ルルーシュが抜けた黒の騎士団を再建した張本人だ。彼女がいなければ、黒の騎士団は壊滅し、ルルーシュは永遠に虚無の平和に捉われたままであっただろう。
しかし、黒の騎士団を壊滅に追いやったのも、他ならぬリリーシャだった。反特区日本の組織である『新日本党』を裏で操り、特区日本の主軸であったユーフェミアもろともルルーシュを殺そうとした。
ユーフェミアは部下の凶弾に倒れ、スザクと対峙した。
そして、ライまで…
だが、ルルーシュにはリリーシャを憎む資格はない。なぜなら、リリーシャもまた、自らが生み出した犠牲者の一人だったからだ。もし、自分が彼女の立場であればと思うと、胸が締め付けられるような思いがした。
『悲劇は連鎖する』
誰が言った言葉なのか、ルルーシュは強固な意思が揺らぐほど、自らが起こした行動の責任を改めて感じていた。
だが、彼はもう立ち止まれない。引き返せもしない。
(…ならば進むしかない。どんな犠牲と罪が待っていようとも)
ルルーシュは思考を切り替え、C.C.に話を切り出した。
「C.C.…皇帝にギアスを与えた奴を教えろ」
「…もう、引き返せなくなるぞ」
上目がちに言葉を発したC.C.を見て、ルルーシュは鼻で笑った。
「ふん、何をいまさら…それに、リリーシャはもう知っているんだろう?ならば同じ契約者として、俺にも聞く『義務』があるはずだが?」
彼は『権利』と言わずに『義務』と言った。
ルルーシュの意志の固さを知ったC.C.は、一瞬躊躇って、口を開いた。
「V.V.…」
「V.V.?そいつが皇帝にギアスを与えた奴か」
「…そうだ」
「リリーシャにもギアスを?」
「……いや、違う」
「お前みたいなやつはそのV.V.という奴以外にもまだいるのか。まったく、世界はひろい…」
「有り得ないんだ…」
ルルーシュの声を遮るように魔女は独白した。
彼女は白い指に力をこめ、心を抑えつけるように拳をつくった。
「一体どういうことだ?」

「リリーシャにギアスを与えたやつは…X.X.は…死んだはずなんだ。私たちの目の前で…」


最終更新:2009年07月20日 21:51
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