043-310 反逆のルルーシュ、覇道のライ TURN06 「ナナリー ヴィ ブリタニア」 01 @POPPO



EU前線。
スペイン南西部にある沿岸部の都市、マルベーリャ。
曇り一つない快晴の下、丘では黒煙が上がり、機械の騎馬に乗った人間たちが殺し合いをしていた。
海には、ブリタニアの旗を掲げる何十隻もの艦隊が、陸に銃砲を向けて、火を放つ。
空には、百を超えるKMF。
戦況は、誰が見ても分かる。
EU軍の劣勢。
だが、地形を利用した戦闘配置でEU軍は必死の抵抗を続け、数日間、膠着状態が続いていた。
一二〇〇の進軍で三度目の上陸攻撃だが、相手のゲリラ作戦にブリタニアの戦力も徐々に削られている。
その時、
突如として、空から一騎のKMFが地上に降り立った。
敵性ナイトメアフレームの熱源反応に、EUの指令室は確認を急いだ。モニターでその姿を確認するや否や、その正体は判明する。
「あの機体は…ランスロット・クラブ・イスカンダル!先日、正式にラウンズとして就任した ナイトオブツー、ライ・アッシュフォード卿のナイトメアです!」
指令室が揺れる。
「『蒼の亡霊(ファントム)』…」
「あの小僧に、一体どれだけの兵が失われたか!マデイラ諸島での敗北を、忘れてはいまい!?」
「エリアE5に待機しているレスフォッグ卿に連絡を――」
その時、『征服王』の名を冠したナイトオブツーの専用機、ランスロット・クラブ・イスカンダルの角の部分が、光を帯びた。
広範囲の一般回線がジャックされ、KMFのコクピットにいるライのメッセージが伝えられた。
『勝敗は決しました。降伏してください』
劣勢と言えど、EUの敗北は決定していない。
敵地の中央に降り立った騎士が吐く言葉では無かった。
彼には、マデイラ諸島で敗北を喫したことがあり、司令官は頭に血が上った。
地上にいるブリタニア兵は、ランスロット・クラブ・イスカンダルのみ。
戦況を見て、怒号と共に命令を下した。
「やれっ!相手はたったの一騎だぞ!」
四方から突撃するパンツァーフンメルを視認して、深く息を吐き、
『…残念です』
と、述べた。

『マリーカ』

『Yes, my lord』
ランスロット・クラブ・イスカンダルの一〇〇〇メートル頭上、白と青でカラーリングされたヴィンセントが、動いた。
背後のエナジーフィラーの供給を受けることができるエナジージョイントが、手元にある可変ハドロンブラスターと連結した。
ランスロット・クラブ・イスカンダルが武装する可変ハドロンブラスターと同系のライフルであり、短、中、遠距離に対応する。
そして、エナジーフィラーをリンクさせることで、威力を半減させることなく、一〇キロメートル以上の超遠距離攻撃を可能した。
 コクピットの頭上からスナイプサーチャーが自動的に展開し、マリーカは両手で握った。
トリガーに指先が伸びる。

『船長!この艦がロックオンされました!距離三〇〇〇〇メートル!』
「ナイトメアにしては優秀なIMFだな。だが、この長距離でこの艦を狙撃できるとでも?」
サーチモニターの標準が固定され、高性能の演算プログラムが稼働する。
『LOCK ON』
の赤文字が表示された。
マリーカはトリガーを引いた。
彼女が乗るヴィンセントから、高出力のハドロン砲が放出される。
天空から放たれた一筋の光が、EUの司令塔を射し抜いた。

上昇する海水の柱。
 強烈な熱を帯び、残骸へと化す一隻の戦闘艦。
 唐突に一般回線が遮断されたことにより、兵士たちは指揮艦の喪失を察知した。
 ブリタニア側の指令モニターには、数秒遅れでEUの指揮艦に『LOST』と表示される。 
動揺を隠しきれないEUの兵士たちに、オープンチャンネルと一般回線にライ・アッシュフォードの声が耳に届く。
『これでお前たちのリーダーはいなくなった。君たちはどうする?これ以上の戦闘は意味をなさない。降伏すれば、命は保証する。祖国の為を想うなら命を無駄に――』
『し、死ねぇぇえええ!』
ライのメッセージが言い終わることなく、一機のパンツァーフンメルは牙を向いた。
現実を受け入れられない一人の兵士は、憤怒に身を任せ、死んだ上官の命令に従った。
一機の銀色のKMFが迫りくる中、ランスロット・クラブ・イスカンダルの両手には何も持っていなかった。背部にある可変ヴァリスも黄金の剣も控えている。
突撃する機体に対して、クラブはあまりにも無防備の状態だ。
クラブは武器を持つことなく、両手から発射されたスラッシュハーケンを飛ばし、そのパンツァーフンメルを捕まえた。
一機を遠心力で振り回し、他の機体を次々となぎ倒していく。遠距離から構えていたKMFは容赦なく、クラブにアサルトライフルを撃った。
その弾丸は、クラブが捕らえていたパンツァーフンメルに直撃する。
穴だらけになった同胞は爆散するが、クラブの両腕にあるブレイズルミナスが全てを防いでいた。
 コクピットにいたライは、深く息を吐くと、
『では、君たちの気が済むまで、存分に挑んでこい!』
クラブの鞘から、黄金の長剣が引き抜かれた。
右手には剣を。
左手には銃を。
可変ハドロンブラスターの銃身は最小になり、近距離散弾モードに展開する。
太陽の光で彩られた剣に、KMFの碧眼が写った。
同時に、ライの碧眼に戦士の意思が宿る。
躊躇うこと無く殺戮を成す、冷たい瞳。
『誰一人として、容赦はしない』
襲いかかる敵に対して、ランスロット・クラブ・イスカンダルは猛威を振るった。
ワンセカンドアベレージ、一三回の入力。
ライは常人を逸した操作技術で、雨のように降り注ぐ弾丸を掻い潜った。
敵兵には、弾がすり抜けるように見えているはずだ。
その姿な、まさに『蒼き亡霊(ファントム)』――
縦横無尽に戦地を駆け巡り、敵を蹂躙する。
その姿は、まさに『征服王(イスカンダル)』――
 その姿に、彼と背を共にする者は歓喜に震え、彼に敵対する者は、恐怖に震えた。

 ライ・エルガルド・ヴァン・アッシュフォードの勇敢なる背に、畏怖と愛き想いを抱えた者は、彼も例外ではなかった。
 ラウンズの就任から、彼の非凡なる才覚に気づき、いち早く目を付けた人物。そして、強大な後見人として彼を支えた実力者、シュナイゼル・エル・ブリタニアは微笑をこぼす。
「騎士の手本だねえ。彼は」
「ええ。崇高なる騎士道。まるで、かつてのナイトオブツー、サザーランド卿のようですね」
彼の背後に控えている側近、カノン・マルディーニは率直な感想を述べた。
「そして、優秀な政治家でもある」
「……ええ」
「ふふっ、まったく。アッシュフォード卿といい、枢木卿といい、そして、ゼロといい…エリア11には、面白い人材が埋もれているものだね」
シュナイゼルの失言ともいえる発言に、カノンは眉をひそめた。
今や世界的に有名な国家反逆者となった「ゼロ」に対して、面白い、とは、らしからぬ言動だ。
しかし、と彼は思う。
 カノンは、シュナイゼルに意見する事を止め、数メートル先に表示されている巨大モニターに目を移した。
 そこには、戦地状況を逐一知らせるフィールドスコアが映されており、中央にはブリタニア軍のKMFを示す青い点滅があった。
 その機体は、第8世代型KMF、ランスロット・クラブ・イスカンダル。
 周囲には、赤い縁で表示された『LOST』の文字が多数あり、情報が更新されるごとにロストメッセージは増加し、文字が重なり続けていく。
 青い点滅はその場から動かない。ただ、敵性KMFの熱源反応が、一機のKMFの距離に関係なく、次々と『LOST』の文字に変換されていくだけだ。
 これが何を意味するか。
 それは、たった一騎のナイトメアフレームによって、敵性KMFが次々と撃墜されている、という事実の表示に他ならなかった。 
戦場では、ライによる一方的な虐殺が繰り広げられている。
『LOST』の文字が表示されるたびに、人間の命が散ってゆく。
ライの上空に控えている副官のマリーカの援護もあり、彼の猛攻は勢いを増した。
まさに、一騎当千。
わが軍にとっては吉報でありながらも、目を疑いたくなる戦況報告に見入っている者も少なくなかった。
島の四方からナイトオブツー直属のKMF部隊が進撃を開始し、『LOST』の増加は一気に加速した。



コードギアス LOST COLORS
「反逆のルルーシュ、覇道のライ」
TURN06 「ナナリー ヴィ ブリタニア」



「ルルーシュがいなくなったぁ?」
カレンの素っ頓狂な声に、ピザを摘まんでいたC.C.の手が止まった。
中華連邦領事館の指令室にいる二人は、目を合わせた。
「それは本当なの?玉城」
『ああ。何処捜してもいねェんだよ。これからKMFの訓練が始まるってのによぉ』
携帯越しに、苛立っている玉城の声が届く。
『部下の話によると、ラジオを聞いた後から様子が変だった、だとよ。皇女様のバカ話でなに同様してやがるんだ。あのブリキ小僧は』
エリア11の新総督となったナナリーが、ルルーシュの実の妹であることは知っている。玉城がそれを知るはずはなく、彼の言い分も理解しているが、カレンは玉城の辛辣な言葉に怒りに震えた。
さらには、「部下」という言葉を強調する玉城の言動に落胆すら覚えていた。
適当に相槌をうって、すぐに携帯電話を切ると、
「C.C.は知らない?」
「ルルーシュの行方は見当が付かないが、理由は分かる」
「それぐらい、私にも分かるわよ」
「ナナリーが総督か。確かに、これは私にも予想外だったな」
C.C.はもう一度、ピザを手に取り、口に運んだ。
 チーズがとろりと伸びて、口元に落ちる。
それを綺麗に舐めとる姿は、女のカレンから見ても、蟲惑的な色気を感じた。
「…探さなくてもいいの?ルルーシュを」
「それはお前の仕事だろ。カレン」
「はぁ?」
「ならば、リリーシャに任せておけばいい」
そう言うと、C.C.は最後の一枚をたいらげ、手についたケチャップを舐める。
カレンは無言で立ち上がり、その場を離れようとした。
その時、背後から声がかかる。
「何処に行く?」
「決まってるじゃない。ルルーシュを探しにいくわ。リリーシャの負担は、少しでも減らしてあげたいし…」
「…ルルーシュに会ってどうする気だ?」
「どうって、それは…」
カレンは言い淀んだ。本当にその先の事を考えていなかったらしい。
否。
 その先の言葉が、今の自分自身に言えるものなのかと、躊躇しただけだろうと、緑髪の彼女は思った。
「あいつを焚きつけようと思ったのか?それはお前に必要な事だよ。カレン」
「……」
「私は、お前に問いたい」
「…なに?」
チーズ君人形を抱きしめ、紅髪の少女を見据えた。
黄色の瞳が、彼女を静かに射抜く。

「お前は、黒の騎士団とライ、どっちを取る?」

カレンの目が見開かれる。
彼女の反応を無視して、C.C.は言葉をつづけた。
「今、黒の騎士団を抜けられると非常に困る。特に次の作戦では、お前の戦力は必要不可欠だからな。
…だが、私個人としては、お前がどの道を選択しようと構わない。自分の未来は、自分自身が決めることだ」
長い言葉を浴びせた後、今一度、彼女の顔を見た。
返答に困るのでもなく、睨むのでもなく、ただ、口を一文字に結んでいる。
「私は…黒の騎士団に残るわ。そして、ブリタニアと戦う。でも、私、私は…」
言葉を区切り、告げた。

「ライを取る」

カレンは、明確な意思を持って答えた。
「ライが記憶を取り戻して、それでも黒の騎士団に帰らないというのであれば、私はライの傍にいる。
必要なら、黒の騎士団だって辞める。私はライと一緒にいたい。離れたくない。
それが私の答えよ。C.C.」
…扇さん達には申し訳ないけど、とカレンは小さく呟いた。
C.C.は、天井を見上げながら、
「…そうか。それはよかった」
と、理解しにくい返答がかえってきた。
カレンは首をかしげる。
「…よかった?」
ふん、と鼻息をあらすと、
「お前が人間でよかった、と言ってるんだ」
その言葉に、紅髪の少女はさらに困惑する、
口を三日月にして、緑髪の少女はカレンを見据えた。
薄く口が開かれる。
「なぁ。カレン。私は誰だ?」
「…?何言ってるの?C.C.はC.C.でしょう?」
「そんなトートロジーな答えは聞いていない」
身を翻し、チーズ君人形を隣にそっと置くと、彼女は話を切り出した。
「私は魔女だ。その魔女たる所以はどこにある?」
「それは…」
言うまでも無い。答えはすでに出ている。
不老不死。
頭を撃ち抜かれても死なない不死身の肉体。
C.C.はカレンの心情を読み取ったように、言葉を続ける。
「そう。私は死ぬ事が出来ない。もう何百年もだ。その不死の体。そして、契約者に与える能力。ギアス。それが、私が魔女と呼ばれる理由だ。
だが、この世には人の身でありながら、「神」や「悪魔」と人ならざる呼称で名づけられる者がいる。
…ああ、「狂王」と呼ばれた人間もいるな」
その言葉を聞いた途端、カレンの瞳が鋭くなった。
不快感と敵意を露わにして。
彼女の意識無く、両手に拳が作られる。
「そういう奴らとカレンのような人間、何が違うと思う?」
「……何がって言われても」
「心だ」

「精神が、人間を超越しているんだよ」

声を潜めるカレンに、言った。
「…言っておくが、ライもルルーシュも、すでに人間ではない」

彼女の意図することはこうだ。
天才の中でも、さらに飛び抜けて才を持つ者は、例外なく、強烈な利己(エゴ)主義(イズム)と現実(リア)主義(リズム)を持っている。
自我が強すぎるあまり、意思がブレることはない。
幼い頃に願った夢。十人十色違えど、一度は、その身に余る大志を抱いたことがあるはずだ。だが、人は時が経つにつれ、その道の険しさを知り、現実と折り合いをつけていく。
時間や環境によって心が移り変わる。それは人の常だ。だが、ほんの一部だけ、幾多の時が経とうとも、その大志を燃やし続け、目的に愚直に推進することができる人間がいる。
 想いが強固であるがゆえに揺るがない。ただひたすら愚直で、強烈な意思。
それを傍観しているだけなら、敬服に値する姿勢に見えるが、所詮はただのエゴでしか無い。
思考と行動の差は、意思の強さが約一〇倍異なると言われている。では、時が経っても移ろいゆくことなく、持続するためには、どれほど強烈な意思(エゴ)が必要であるか。想像に難くないであろう。
C.C.はルルーシュの軌跡を物語る黒の騎士団のマークを見ながら、
「意思(エゴ)もここまでくれば、馬鹿はいつしか天才と呼ばれるようになるものだ。ルルーシュしかり、ライもまた然り、だ」
彼女は大きな溜息をついた。
「…より強いチカラを持った意思(エゴ)が生き残る。人間の歴史はいつもそうだ。何も変わっていない」
「……C.C.?」
「だから、お前には普通の人間であるべきだ。あいつらのような馬鹿は、二人だけで沢山だ」
黄色の瞳が少女を見つめる。
彼女の不安定な視線と口調が、いつもと違っていた。
普段は飄々としていて。捉えどころのない魔女が、カレンには何故か小さく見えた。
二人の間に妙な空気が流れる。
カレンは話をどう切り出そうか考えていた。
今から、ルルーシュを追わなくてはならない。彼こそ黒の騎士団、牽いては日本に必要な人間だ。自分には、ライという男が必要だが、彼を取り戻すためにも、ルルーシュの協力無くては成しえない。
彼女はまだ、心の奥で願っているのだ。
ライを救い、日本の救うというゼロの奇跡を。
そんなことを考えていると、C.C.はカレンを見ていた。
ニヤついた目つきで。
嫌な予感がした。
無論、その予感は的中する。
「カレン。お前も難儀な奴だなぁ。惚れた男が普通の男であれば、ここまで思い悩む事も無かっただろうに。
力ある者に靡くのは女の本能だが、ライに愛され、ライを愛したお前だ。
極上の雄の味を知ったお前にとって、他の男はさぞかし霞んで見えるのだろうなぁ」
空気を変えるにしても、あまりの痴話にカレンも言葉を失った。
「ちょっ!?C.C.!アンタってやつは!」
カレンの詰まった表情を見ると、薄い笑みを浮かべた。
緑髪の魔女はひらひらと手を振る。
「行くなら行って来い。日が落ちる前に行け。ブリタニアの警戒は夜のほうが厳しいからな」

誰かが肩を揺さぶっている。
私は虚ろな目で、
「……ん?」
「リリィ…寝ないでよ」
シャープペンシルを持ったノエルが、私の制服をプチプチと指していた。
全然痛くないけど止めて。制服汚れるから。
「で…終わったの?ヘンリーのプリントは…」
メガネをかけているヘンリエットはふん、と口をとがらせると、持っていたプリント全てを私の目の前に差し出した。
すでに赤ペンでチェックがつけられている。
…これは、ヘンリーも怒るなぁ。
「ノエル。これ、やばいよ?マジで」
「だ・か・らぁ!こうして頼んでるんじゃないかぁ!」
今、私ことリリーシャ・ゴットバルトとヘンリエット、ノエルは、私とヘンリーの部屋で勉強会を開いていた。
無論、私は高校程度の勉強などする気も起きなかったけど、カレン先輩からもらったテストで大体の範囲と傾向を掴んでいたから、気に病む必要もない。
ヘンリーは、元々勉強は得意だし、今回は特に気合いを入れていたらしいから、テスト返却日の午後に、復習なんてやるはずはない。
残りは体育会系のノエル。
去年までは成績は順調に伸びていたのに、今回は再試を受ける始末。
私とヘンリーは、ノエルに再試対策のプリントを作っていた。
…でも、これは酷い。
「現在まで返却された5教科の内、世界史以外はすべて追試決定…先月は陸上部の大会もありましたし、エリア11内でベスト8に入った功績が認めます…で・す・が!」
「ひぃ!」
「それでも2週間ですよ!準備する時間は余分にあったでしょう!」
まったくその通り。
ノエルがSOSのノンバーバルメッセージを発しているが、無視。
ヘンリーの愛の鞭をありがたぁく受けなさい。
2週間も時間を無駄にするなんて、馬鹿としか言いようが無いじゃない。時間を無駄にするってことは、命を無駄にしているということに等しいのよ?そのへんの自覚が足らすぎるわ。
たった今流れている時間さえ、二度と戻らないって皆知ってるはずなのに。
「ところでノエル。その頭に巻いてる白い布は何?全然似合ってないわよ」
「ハチマキっていうんだって、イェルクとゲットーに行った時に売ってたんだよ」
「…バンダナとどう違うの?」
「さあ?」
興味無さそうに、ノエルは首を振った。
「それに、イェルク?また彼氏変えたの?ノエル」
「今年に入って、すでに四人目ですよ。この娘。男にばかり現抜かしてるから、こういう結果を招くのです!」
ヘンリエットの剣幕に拍車が掛かる。
折角綺麗な肌してるんだから、シワばかり作っちゃだめよ。ヘンリー。それにノエルの彼氏の模様替えは、今に始まったことじゃないんだし。

「だってぇ、私、アッシュフォード家を卒業すると同時に、男爵家に嫁ぐことになってるんだもん」

いつもいがみ合う二人が、今度ばかりは同調した。
「「はぁっ!?」」
ヘンリエットは大声を上げて、私は目を丸くして、頬杖をついているノエルを見る。
「ちょっ…初耳ですわよ!そんな大事なこと、何故今まで黙っていたのですか?!」
ノエルは、あごでシャープペンシルをカチカチしながら、
「パパ。上昇志向が激しくて、貴族になりたいらしいの。ウチは平民だけど、金持ちだし、繋がりが欲しいんだって…相手の人は見たことも無いんだけど」
「侯爵家である私も、まだ決まっていないのに…」
「私も…」
「えっ!?ウソォ!?」
今度は、ノエルが驚く番だった。
ノエルの勉強会は一先ず休憩に入って、彼女から根掘り葉掘り聞いた。
しかし、驚いた。まさかノエルがそんなことになっていたなんて。休学届を併用して、学校を休んでは、黒の騎士団を指揮していた私にとって、友達の大きな悩みすら知らかったのはちょっとショックだった。
それに、私がこうして彼女たちと共に時間を割いていることにも理由があって、少し後ろめたさを感じた。
それは、

「ねぇ、ヘンリー。ライ様って、何時このエリア11に帰還なさるの?」

「…私のソースによると、EU遠征に赴いているらしいですわ。このエリア11に帰ってくるのは、早くてもあと半年はかかるでしょうね」
出来るだけ、自然な流れで…違和感無くライの情報を得る。
この一言を聞くためだった。
ヘンリエット・T・イーズデイルは軍事企業を有する侯爵家の令嬢だ。軍との深いパイプラインを持っている。
さらには、ヘンリエットはライ・アッシュフォードに会いたいと父上に進言し、父もライを高く買っているらしく、彼に取り継ごうとしているらしい。
アッシュフォード家も公爵家になったとはいえ、つい先日の事で、貴族としての人脈は何も変わってはいない。
だからこそ、ライに関してのみ、彼女の情報は下手な報道機関の人間よりも確かな情報を持っている。
義理の姉に当たるミレイ先輩すら、ライの動向はナイトオブセブンを介してのみの情報しか持っていないが現実だった。
今回の件は、ディートハルトの情報と照らし合わせても、誤差が無い。
…どうやら、私の杞憂だったようだ。
これで、今回の作戦における最大の不確定要素は消えた。
カレン先輩の不安も、すこしは取り除くことが出来る。
「ヘンリーったら、お父様の伝手でEUに行こうとしたんだよ。流石、ライ様親衛隊隊長…というか、ヘンリーは侯爵家だから、チャンスはあるよね。羨ましい」
きっ!とメガネを添えて、目をつりあげるヘンリエットは紫理の髪を揺らせた。
「羨望を行動に移しなさい!ノエル。それが大義を成す者と成さぬ者も違いですよ!」
「…イエス…マイロード」
ノエルの何気ないジョークが私のツボにハマった。
「……ぷっ!あっははは!」
私は声を上げて笑う。
そんなにおかしい?と、二人揃って私の顔を見た。
だから、私は瞳で彼女たちに語った。
ええ、おかしいわ。

だって、領事館とは、たった数キロしか離れていないのに、此処はこんなにも平和なんだから。

誰にも聞こえることなく、私は心の中で呟いた。
この平和だけは、失いたくない。
これが、私の意思(エゴ)。


最終更新:2009年10月24日 22:03
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