042-354 反逆のルルーシュ。覇道のライ TURN05 「ルルーシュ 入団」 01 @POPPO



王都ペンドラゴン。
神聖ブリタニア帝国の象徴である王宮であり、同時に世界最大とも言える国家権力を持つ場所でもある。
石柱が多く立ち並び、壁には歴代皇帝の肖像画が掛けられていた。ブリタニア皇帝の始祖たるリカルド・ヴァン・ブリタニアをはじめ、第97代皇帝アレクセイ・ラン・ブリタニアの顔があった。
広い廊下を行き来する文官たちは立ち止まり、その場所を悠々と闊歩する武官たちを見据えていた。悠々とは多少の誇張しているかもしれない。
彼らにとっては他の文官たちと同じく、歩いているだけだ。しかし、彼らが纏う軍人独特の雰囲気を指しているのではない。一流の軍人のみが持つ圧倒的な存在感に文官たちは気圧されていた。文官たちは通り過ぎる武官を見ながら小声で話し合っていた。
「おい。あの長髪の男って、ユレルミ・ブラントじゃないのか?」
「エリア15の…「王国の剣」と呼ばれたほどの王に忠実な男…まさかあの男まで配下に就くとは…」
「あの小柄な男は、リンディ・スレイマー!?北アフリカ共和国の戦神じゃないか!?」
その声を耳にした軍人が一度、振り返った。その視線を浴びた文官は急ぎばやにその場を立ち去っていった。
ある程度の距離を置いたところで、二人の文官たちはその行列を見ていた。30人ほどの人数だった。
「彼の直属の騎士はナンバーズが多いが…問題はそのメンバーだ」
「誰も彼も、ブリタニアに牙を向けた強敵だったが、我々に仕えるくらいであれば死を選ぶ者たちだったはずだ。それが今では彼に忠実に仕えている」
「末恐ろしいな。彼の器は」
「…彼は一体、何者なんだ?」
その光景を羨望するものもいれば、畏怖する者もいた。二人の文官は一人の人物に目を向ける。
その集団の先頭に一人の男がいた。
真紅のマントを羽織り、白を基調とした軍服を纏った少年だった。銀色の髪をなびかせ、端正な容姿に宿る蒼の瞳は人々を惹きつける。皇帝陛下直属の騎士、ナイトオブラウンズの一角と言えど、容姿にはまだ少年のあどけなさが残っている。
ライ・エルガルド・ヴァン・アッシュフォード。
先々週の正式なラウンズの拝命の際に、今までの功績の恩恵として公爵の爵位を授かり、皇帝陛下から直々に「エルガルド・ヴァン」の名を与えられた。ミドルネームはその人物の爵位を表す。ミドルネームの存在こそが、貴族の当主を名乗る資格があるといっても過言ではない。
皇帝陛下に名を与えられる事は、貴族にとっては最大の名誉だ。
一年で没落貴族から公爵まで上り詰めるという異例の出世は、彼が成した異例の功績に似合った対価だと、他の貴族から大きな嫉妬を買いつつも認められたものであった。
当初は数十年の見込みを持って展開していた侵攻を、彼の独断ともいえる英断なる策略、戦略により、瞬く間に解決していったのだ。
この年にブリタニアが配下に治めた国は10カ国。その内の9カ国に貢献した人物として彼は名を連ねていた。
皇帝陛下による命令で彼の情報規制が成されていたとしても、人の口に角は立てられない。
新たに就任したとされる「ナイトオブツー」の存在を、ブリタニア国内は感じ取っていた。
群を抜く政治的手腕と、人目を惹きつける端正な容姿、自分の実力に鼻に掛けない柔和な
性格は、会う人々を魅了していった。
強烈な頭角を現した一人の男の姿は、年頃の女性や少年たちを魅せるものがあった。それは貴族や皇族も例外ではない。
だが、同時に彼を危険視する者もいた。
確かに彼が成した功績や実力は誰もが認めるものである。人格も年齢にそぐわぬほど素晴らしい。
だが、異常すぎるのだ。
彼が持つ実力、人柄、頭脳、どれをとってもまだ20歳にも満たない人間が持ち合わせられるものではない。
同時期に就任したナイトオブセブンも、ナイトメアの実力は驚異的とはいえ、性格やその他の技能は年齢相応である。特にナイトオブラウンズは実力に匹敵する地位であるがゆえに、ナイトメアと騎士の資格たる能力以外に欠ける人物は少なくない。
武と知と兼ね備える騎士は、理想とはいえ現実にはごく少数だ。それはラウンズに置いても例外ではない。彼の才能はその中でも群を抜いていたのである。
年齢が近い人々にとっては憧れや嫉妬の対象とか認識されていないだろうが、天才という言葉で片付かないほど、彼の器は大きすぎた。
美しい花であるほど、その命と美貌は瞬く間に枯れ果ててしまう。一代かぎりのラウンズという称号だけではなく、何代も続く貴族の地位を与えられた今日も、一部の人々の疑心は拭えるものではなかった。
だが、彼に対する民衆の評価は日につれて注目を浴びる一方だった。
まだ18歳の若さで平民出身という肩書が大衆を惹きつけていた。世間の波というものは、冷静な見解を狂わせ、反対派すら飲み込んでしまうものだ。

それが、彼の栄光を間近で目の当たりにし、彼を一途に想う少女であれば尚更であろう。
彼の後ろに控えている一人の少女がいた。赤いワンピースのような軍服に白いジャケットを羽織り、黒いブーツを履いていた。
ジャケットの袖には金縁の刺繍が施されており、背中には赤のブリタニアの国旗、襟にはラウンズの副官を示す双龍の銀バッジが左右対称に付けられていた。
茶髪のショートヘアーに、前髪を花飾りのヘアピンで留めている少女、マリーカ・ソレイシィは口を開く。
「ライ様」
「ん?何だい?マリーカ」
ライと呼ばれた少年、真紅のマントを羽織るナイトオブツー、ライ・アッシュフォードはマリーカに目を向けた。
「宜しいのですか?戦艦『デュランダル』の準備は整っております。シュナイゼル殿下は既にEUに向かわれているというのに…」
「確かにね。だが、皇帝陛下の命令を反故にすることはできないよ」
「こ、皇帝陛下のご命令だったのですか?」
息を呑んだマリーカに、ライは優しく微笑みかけた。
「ああ。スザクも…いや、ナイトオブセブンも急遽呼び出されている。それにこれは殿下のお願いでもあるからね」
ナイトオブセブンは先週、エリア11に赴いたばかりだ。ナイトオブスリーとナイトオブシックスも小隊を率いて向かったと聞いている。エリア11には異色のテロリスト、『ゼロ』が帰還したという話題で注目を浴びていた。
「…エリア11をそこまで重要視する必要があるのでしょうか?サクラダイトの産出国としてのイメージしか、私には無いのですが」
「ははっ、それはそうだろうね。でも、僕にとってもあの国は特別なんだ」
何所か懐かしむ瞳をしていたライの横顔を見て、マリーカは胸を高まらせていた。
「ライ様が生まれ育った故郷でもあるのですね」
その言葉を聞いたライはマリーカに顔を向け、微笑んだ。
不意打ちとも言える彼の表情にマリーカは頬を赤く染めた。
「じゃあ、EUの件が終わったら、エリア11に行こうか。いや、行くことになっているんだけど、マリーカのお兄さんのこともあるから、ね?」
ライに言われてマリーカは初めて気づいた。マリーカの兄、キューエル・ソレイシィが戦死した地でもあったのだ。
ライの微笑みに心奪われていたマリーカは、兄の死地であることを忘れていた自分を深く恥じた。その様子を見ていたライは彼女に優しく問いかける。
「このところ、激務だったからね。気が回らないのも無理はないか。一段落したら、長い休暇を入れるから、楽しみにしておくといいよ。マリーカ。キューエル卿の追悼は僕と一緒にしよう。お兄さんに報告する事は沢山あるだろう?」
ライは部下に対する配慮も心得ている。実力ある名誉ブリタニア人を相応の地位につけることや、人を管理する能力も一流であることは直属の部隊では有名であり、
かつて「ブリタニアの吸血鬼」とも呼ばれるナイトオブテンの下で働いていた彼女にとって、その違いは歴前であると感じていた。
マリーカ・ソレイシィは一年前に行われたナイジェリア戦線で、一瞬の油断でナイトメアのチーム連携を崩し、大きな被害を被った。それは彼女自身も例外ではなかった。
一瞬の油断とはいえ、それは予想外の奇襲であり、一般的に見れば咎められることは無いだろう。だが、功績に泥を塗ったとして、ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリーの反感を買った。
大破したナイトメアで戦地に置き去りにされ、死を待つか、捕虜にされ、非人道的な扱いを受けて殺されるしか無かったマリーカを救ってくれたのは、ナイジェリア戦線で初陣を飾ったナイトオブツー、ライ・アッシュフォード本人だった。

病院に運び込まれた彼女に届いたのは、ヴァルキリエ隊の除名通告。他のヴァルキリエ隊のメンバーは、メールや手紙を送ってくるものの、ブラッドリー卿の反感を恐れて、見舞いに来る人間は誰ひとりとしていなかった。家の名を穢すこと最も嫌う軍事貴族のソレイシィ一家も例外ではない。
挫折と失望に暮れていたマリーカの元を訪れたのは、ライだけだった。

ライがマリーカの元を訪れた日の事を、彼女は一生忘れはしないだろう。
あの日、マリーカは自殺を試みていた。全てに希望を失いかけていた彼女の手には、大量の睡眠薬があった。それを口に含もうとしたとき、ライは病室に駆け込み、彼女を止めたのだ。
ライは彼女を強い力で抱きしめた。
彼の腕の中で涙を流しながら、心の内を打ち明けたマリーカに、ライは告げた。
「なら、僕の副官になってくれないか?ラウンズに成りたてで、助け手が欲しいんだ。いや、違う。僕は君が必要だ。マリーカ」
ライの申し出に、マリーカがどう答えたかは言うまでもない。
再び軍に復帰した彼女の活躍と精進は、凄まじいものだった。ライの成果で影を潜めているとはいえ、同じ部隊に所属していたヴァルキリエ隊の頃とはまるで別人と言われるくらいの変貌ぶりで、現在ではナイトオブツーの副官として相応の実力を身に付けていた。
特にナイトメアの操縦技術の上達ぶりは驚嘆すべきものであり、模擬戦を行ったナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムに「ラウンズの仲間入りも夢ではない」と言わせたほどだった。
彼女の実力と、実直な性格は部隊だけではなく、軍内部の評価も高い。
今の彼女があるのは、ライのおかげであるとマリーカ自身はそう思っている。そして、ライに対する尊敬の念が、恋心に変わるのは時間がかからなかった。
(…いや、違う)
と、マリーカは思う。
彼女は一目惚れだった。
ナイジェリアで、降り注ぐ雨が、大破したナイトメアを打っていた。傷ついたフレームからコクピットに流れ込み、血と雨で濡れていた自分を救ってくれた時から、ライに恋していたのだ。
彼女に手を差し伸べてくれた、純白のナイトメアを駆った白馬の王子様。
傷ついたマリーカをクラブのコクピットに乗せ、基地へと戻るまでの時間、マリーカの意識は朦朧としながらも、ライの腕の中で、彼の瞳に宿る強い眼差しと、直に伝わる鼓動ははっきりと覚えていた。
その時に見せてくれた微笑みが、今のライの微笑みと重なる。
マリーカは頬を染めながら、ライに感謝した。
「はい。喜んで」
ライとマリーカの話が終わるころ、彼らは足をとめた。それに続いて率いている部下たちも足を揃えて立ち止まった。ザッ、という音が力強く聞こえる。
彼らの前には四メートルを超える大きな扉があった。その両端には二人の門官がいる。右端にいる男が無線で短いやりとりを交わすと、ライと目を会わせ、笑顔になった。
「お待ちしておりました。ナイトオブツー様」
「御苦労さま」
開かれた扉から、シャンデリアの眩い光が差した。一度、その場でライたちは頭を垂れた。
大きな講堂で、彼らの眼前には大きな赤絨毯が敷かれた道があった。その先には多くの貴族や少数の報道陣がいた。
ライの方に目を向けた報道陣の一部がすぐさまライに駆け寄っていった。
そして、ライは壇上にいる二人の人間に目を向けた。
一人は、彼と同じナイトオブラウンズの一角、青のマントを羽織ったナイトオブセブン、枢木スザク。
そして、もう一人は―――――




コードギアス LOST COLORS
「反逆のルルーシュ、覇道のライ」

TURN05 「ルルーシュ 入団」




曇り無い晴天下、中華領事館の大広場では、黒の騎士団の団員のトレーニングが行われていた。
総勢は1000名ほどで、各グループに分かれて行動している。彼らの飛空艦隊『パルテノン』に備え付けられたシミュレーターに励む者。ランニングをしている者、二人一組で格闘技の訓練を行っている者、それを監督している長身のイギリス人、レナード・バートランドも声を張り上げて、直属の部隊を指揮していた。

その片隅で、腕立て伏せをしている二人の男を、竹刀を持った玉城が見守っていた。
一人の男が、汗を地面に垂らしながら呟いている。
「73…74…ななじゅう…ごっ…」
彼の声はそこで途切れ、地面にねっ転がり、息切れになりながらも弱弱しい言葉をはいた。
「も、もうダメだ」
だが、彼の耳元で大きな大きな音が鳴った。
バキッ!という甲高い音が彼の心臓を驚かす。
「ひっ!?」
竹刀を振り下ろした玉城が、彼の視界に映った。太陽の光が目に入り、視界が眩んだ。
「…またお前か。おい!ルルーシュ!もうギブアップか?なら、もうワンセット追加だ!」
「そ、そんな!」
「あぁ?口答えする気か?ならもうワンセット追加するぞぉ!」
「は、はい!」
黒の騎士団の制服を着て、玉城の命令に従って腕立て伏せに励む男の名は、ルルーシュ・ランペルージ。
黒の騎士団を作り、ブリタニアに反逆する男だった。
黒の騎士団の司令室として使用している一室で、大きなスクリーンに一人の男の訓練光景が映し出されていた。
その一室にはソファーに座っている3人の少女たちと、お盆に水が入ったカップを乗せて持ってきた女性がいた。
ソファーに座っている3人は身を震わせていた。そして、もう一人の女性はその光景に首をかしげていた。
指令室にいるカレンやC.C.は腹を押さえながら笑いを必死に抑えていた。
「くっくくく…」
だが、ゼロの衣装をまとったリリーシャの吹き出しが、引き金となった。
「ぶっ…!」

「「「あーっはっはっは!!!」」」

突然、指令室に少女たちの大きな笑い声が響いた。
カレンは両手で腹を押さえて、頭を揺さぶっていた。しかし、それでも笑いが止まらない。
「いーひっひっひっ…あの、ルルーシュが…玉城のパシリにされてる…くっはっは」
中華連邦の国旗の上に日本の国旗を背に、大きな椅子に座っているリリーシャも同様だった。顔は空を向き、声を上げて笑っていた。
C.C.にいたってはチーズ君人形を握り締めたまま、目に溜まった涙を拭っていたほどだった。
「…は、は、腹が痛い」
「や、やめろ…私を、笑い殺す気か…」
その風景をポカンと眺めているオペレーター、双葉綾芽はお盆から一杯の水をリリーシャの机にあるノートパソコンの横に置いた。
「あ、綾芽…み、水を」
「皆さん…どうなされたんですか?何か面白いことでも?」
コップの水を一気に飲み干したリリーシャは、置かれている小さなハンカチで口元をぬぐいながら双葉綾芽に返事をした。
「ああ、ちょっとね。……ぷっ」
まだ笑いが止まらないリリーシャを見つつ、長いテーブルの方からカレンの声がかかった。
「双葉さん。水はそこに置いといて…い、いーひっひっ。駄目、ちょっと待って。笑いが止まんない…」
カレンもリリーシャと同様で、身を震わせてソファーの角を握り締めていた。
C.C.にいたってはチーズ君人形に顔を埋めて、先ほどの必死に笑いを堪えていた。体中が小刻みに震えている。
綾芽がテーブルにコップを置く前に、カレンは彼女の手をとってカップを受け取った。綾芽とカレンの目が合う。カレンは綾芽より5歳ほど年下だ。だが、色々な部分が負けている気がした。近くで見ると、女の綾芽でも見とれるくらい可愛かった。
整った容姿に豊満な胸。男どもが騒ぐ理由も分かる、と改めて思った。
「でも、まさか貴女が、ゼロの正体を知っている特別な団員だったなんて…」
「綾芽は私の命の恩人なの…だから、カレンさんー…ぶふぅっ!あ、あっははは!!だ、だめ!これ、超ウケる…」
先ほどから、笑っている3人が見ているものは大きなスクリーンだった。
「え?あっ、この人ってルルーシュ君じゃないですか。皆、噂してましたよ。とても格好良い子が入団してきたって…」
「他にどんな噂が立ってた?」
「うーんと、ナイトメアのパイロットには向いてないかなって…」
その言葉は、3人のツボをもろに直撃した。

「「「ぶわぁーはっはっはっは!!あーっはっはっはっはっは!!」」」

綾芽はびくっと体を震わせた。冗談や笑い話になるようなことを言った覚えはない。いつも冷静沈着なリリーシャや、ナイトメアに乗れば騎士団随一のパイロット、カレン。今だに得体の知れない魔女、C.C.の意外すぎる一面を垣間見た綾芽は、少々面喰っていた。
彼女の心の中で、理想化されていたリリーシャの像にヒビが入るくらい、今の彼女は年相応の表情だった。
だが同時に、天才的戦略家と呼ばれるゼロも一人の人間であり、リリーシャの女の子らしい一面を見て、親近感が湧いた。
そんな彼女の複雑な心情もお構いなしに、リリーシャは綾芽の肩をバシバシと叩いた。ゼロの格好をしているリリーシャは笑い過ぎて涙さえ溜めていた。
「綾芽!あ、アンタって…やっぱり最高!」
笑顔満点のリリーシャから送られた、いきなりのガッツポーズ。
「…………はい?」
やっぱり訳が分からず、双葉綾芽は混乱するばかりだった。
同時刻。
アッシュフォード学園の生徒会室では、4人のメンバーが事務処理に追われていた。それは歓迎会パーティの後処理のようなものだ。経費として支払うレシートを確認しながら、ノートやパソコンに記録する手作業である。
今までの書類をシュレッダーにかけていたシャーリー・フェネットはテーブルの上で四苦八苦しているメンバーに声をかけた。
「ルル、今日も休み?」
シャーリーと目を合わせることなく、リヴァル・カルデモンドは書類にチェックを入れながら、シャーリーに返事をした。
「ついでに、リリーシャちゃんもね♪」
ガタッ、とシャーリーの手元が狂い、不安定な彼女にロロの体がぶつかった。
シュレッダーにかける書類とロロが持っていた未読の書類が混ざり合ってしまい、多くの用紙が床に散らばった。
「うわっ!」
「あああああっ!」
その言葉とシャーリーを見たミレイ・アッシュフォードはペンを止める。
「ちょっと、リヴァル!」
咎めるミレイの顔を見たリヴァルは肩を狭めながらも、ミレイに言葉を返した。
「ごめん!シャーリー、ロロ…でも会長。俺、あの二人マジでお似合いだと思うんですよ。だってあのルルーシュが…」
「ルルーシュが?」
書類を集めていたシャーリーの手が止まり、リヴァルの話に食いついた。
「ルルが!?」
「リリーシャちゃんとは普通に話してたんですよ?」
その言葉に、ミレイ、シャーリー、ロロが首をかしげた。
「…は?」
「あいつ、女の子に対しては言葉を選ぶじゃないですか?でも。リリーシャちゃんは俺と話すようにフランクな感じで話すんですよ。『おい、そこをどけ』とか『お前は何を食べるんだ?』とか…」
ミレイはあごに手を当て、何かを考え始めた。
シャーリーは口に手を当て、
「…う、そ……」
と呟いていた。
事情を知っているロロは「何だそんなことか」と心で思い、淡々と書類を拾っていた。すると、ミレイから声がかかった。
「ねぇ、ロロ。ロロは…リリーシャちゃんのこと、どう思ってる?」
シャーリーがルルーシュに恋心を抱いているのは知っている。兄さんも薄々は気づいていることも知っている。つまり、彼女はリリーシャが恋敵になることを恐れているのだ。
くだらないなぁ、と内心で思いながらも、ロロはミレイに目を合わせて答えた。
「兄さんとリリーシャさんとの間にそんな恋愛感情は無いですよ。
ただ、兄さんと同じレベルで話せるからだと思います。リリーシャさん、チェスも兄さんと同じくらい強いし…
授業のサボり仲間だし…気が合うだけですよ。だから、シャーリー先輩が思うことは…」
唐突にロロの頬が引っ張られた。
「はひゃっ!?」
ミレイは席を立って、ロロの頬を両手で引っ張り、顔を近づけてきた。その迫力にロロは気圧される。
「もうーっ!なんで兄弟揃って恋沙汰には鈍チンなのよ!ロロだけは違うって思ってたのに」
「へ?へ?」
「それって、脈ありってことじゃない…シャーリー、今の話、聞いた?」
「…ええ……やばい…私、いつの間にかリードされてる…」
書類がもう一度、床に散らばった。
シャーリーの落ち込みを見たミレイは両腕を腰に当て、大きく一息吐いた。そして、とたんにガッツポーズを作った。その時、プルンとミレイの豊満な胸が揺れ、リヴァルの目が釘付けになったことをここに記しておく。
「もう!スザク君の歓迎パーティーの後だって言うのに、修学旅行に、ライの歓迎パーティー。シャーリーとリリーシャちゃんのルルーシュを巡る対決!もう、イベントは盛りだくさんね!
それだけじゃ終わらないわよ!卒業式までやりたいことはやり尽くすわ!」
「「「………っ!!」」」
瞳が爛々と輝くミレイ・アッシュフォードを見て、3人は言葉を失った。
あれだけやってまだやり足りないのかよ!という突っ込みは言うだけ野暮なので、3人は心の中で止めていた。
ニャー。
というアーサーの声が、生徒会室に木霊した。
場面は再び、中華連邦領事館に戻る。
午前中の訓練を終え、休憩に入った黒の騎士団の団員たちは、食事をとりながら、気が合う仲間同士で談笑していた。大広場にある食事の配給を行っているテントは人で埋め尽くされ、今日のメニューはカレーであった。
四聖剣のメンバーも藤堂を囲み、カレーを口に運びながらも、中央の席で、真剣な面持ちで話し合っていた。

そんな集団を離れて、木の木陰で一人、黙々と焼きそばパンを食べる青年がいた。黒の騎士団の制服を身に纏い、肩には白いタオルがある。
深い深呼吸をして、木に深く腰掛けた。目を閉じて、遠くから聞こえる団員達の声をさえぎる。
(…午後の訓練は、後1時間後だ。その間30分は仮眠をとろう)
その青年の名はルルーシュ・ランペルージ。
彼はゼロ『だった』男だ。
今頃なら、アッシュフォード学園に戻って、授業を聞き流しながら、黒の騎士団のこれからの計画をリリーシャと一緒に練っていたところであろう。
なぜ、こんなことになったのか。
それは4日前に遡る。

ルルーシュが、突然部屋に入ってきた玉城に姿を見られた。それは予想外の事態だった。リリーシャが咄嗟に言い含めて玉城を納得させたが、彼女は「ギアスを使え」とルルーシュにメッセージを送っていた。ルルーシュも同じ考えに至っていたし、ギアスで忘れ去れば、何の問題もなかった。
だが、不測の事態は続く。
こっちに酔った玉城が来なかったか、と藤堂と扇が姿を現したのだ。ルルーシュはパニックに陥った、なぜなら、藤堂と扇には一度、ギアスを使っていたからだ。
それは一年前、ルルーシュが撃たれた「二〇一七事変」の時である。ライに運ばれている間に、奇襲を受け、仮面が外れ落ちたのだ。その時、扇と藤堂はルルーシュの顔を見て、絶句していた。
それも当然の反応だろう。自分たちを率いるリーダーが年端も行かぬ若者だったとは。
ギアスで解決することは不能になった。一学生がゼロの個室にいる。これだけでも十分に興味の対象となってしまう。いくらライやカレンの関係者と言ったところで意味は無い。
ルルーシュはルルーシュとして団員に参加する以外、手立ては無かった。


冷たい感触がほほに当たり、ルルーシュは目が覚めた。
「うわっ!?」
「はい、ルルーシュくん」
そういって、ルルーシュに冷たくなったボトルを手渡したのは、ルルーシュと同い年の日本人の少年だった。ルルーシュのストレートの髪とは対照的にツンツンとした黒髪、日で焼けた肌に、右頬に切り傷がある。
「え?ああ…ありがとう。宮本」
「俺のことは大典(だいすけ)でいいよ。皆もそう呼んでるし」
「俺の事も、ルルーシュでいい。同年齢で同じ部隊なのに、さん付けは気持ち悪いだろ?」
ルルーシュはボトルを手に取った。
「冷たいな。冷蔵庫に入れておいたのか?先輩方に怒られるぞ?」
「いいんだよ。同じ名字の人が三番隊にいるから、皆勘違いしてたみたいだ」
その言葉に笑いを返して、ルルーシュは口に付けた。冷蔵庫で冷やしたらしく、とても冷たくて味気のないミネラルウォーターが喉を潤した。
「でも、玉城先輩…じゃなかった。玉城副隊長の指導は酷いな。俺達しか部下がいないからって、一五キロ走らされるとかやりすぎだろ」
「まあ、出世したことで浮足立ってるんだろ…だが、奴の指導は三流であることは確かだ」
「うわ…何気に言うね」
「…そうでもしないとやってられない」
(リリーシャめ。俺が体育会系では無いことを知ってて、この部隊に俺を入れたのか…だが…)
ルルーシュがリリーシャの口車に乗ったのは、実は単なるプライドの問題が主な要因だった。
リリーシャに言われたのだ。「ゼロである貴方は、運動も一流にこなせない男だったんですか?」と。
プライドを傷つけれたルルーシュが思い切って取り組んでみたが、やはり合わないことはするものではないと、改めて感じていたことも事実である。
スポーツマンと軍人は根本的に違う。その訓練の内容もハードなものだ。意思が強いとはいえ、根性だけで乗り切れるようなメニューでない。文化的なルルーシュにとってはハードルが高い運動訓練だった。
「俺、零番隊に入りたいって思ってるんだ」
ルルーシュの隣に座った宮本大輔は、そう言葉を発した。身長は167センチほどで、ルルーシュより頭半分ほど小さいが、ルルーシュはブリタニア人としては背が低いほうだ。
「零番隊?ゼロ直属の部隊じゃないか。確か、腕も相当なんだろ?」
そう言いながら、ルルーシュは宮本大典の実力を分析する。彼は元々、「日本赤軍の血」のテロリストだったらしい。二〇一七事変の際に黒の騎士団に加わり、リリーシャ率いる黒の騎士団と共にEUや各国を回ってきたらしい。
平和主義者で、暇さえあれば訓練をサボる不真面目な団員と聞いていたが、ルルーシュはまったく異なる印象を受けていた。
小言は言うが、訓練は真面目に取り組んでいるし、ルルーシュがブリタニア人であることは差別なく話してくる。
今一度、資料の信憑性を疑うルルーシュであり、情報部の甘さを感じ取っていた。
戦前、近所に人のいいブリタニア人の夫婦がいて、お世話になったことがあるらしく、人種差別を嫌うらしい。ブリタニアと戦争する団員としては稀な部類に入るだろう。
ナイトメアの操縦技術はシュミレーターで適性ありのレベルで、四聖剣と比べるまでもなく、一般以下だ。零番隊に入るのは困難だろうと、エールを送りつつ思った。ルルーシュは彼の言葉を軽く聞き流していると、

「俺、紅月隊長が好きなんだ」

と、聞き流せない言葉に耳を疑った。
「ぷはっ!」
ストローから、水がこぼれて、ルルーシュは咳き込んだ。
「ルルーシュ!大丈夫?」
「ゴホゴホッ…まさか、お前が真面目に取り組み始めた理由って…」
「…うーん。まあ、そう…かな?」
頬をかいて、あさっての方向をむく宮本。男の照れ笑いはどうも絵にならない。というか、体育会系の印象がある宮本はむしろ気持ち悪く見えた。野球一筋だった少年がマネージャーに恋心を持ったようなイメージだ。
ゴホゴホと、咳き込んで息を整えた後、ルルーシュは宮本の肩を掴んで言った。
「宮本…悪いことは言わない。あの女はやめとけ」
「あの女って…ルルーシュ、知ってるのか?」
「…ああ、かつてはクラスメイトだったからな」
その言葉に宮本は大きく反応する。
「マジで!?じゃあ、カレン…いや、紅月隊長の好きな食べ物とか教えてくれ!それとできれば携帯の番…」
「カレンには…心に決めた男がいる。悪いことは言わない…諦めたほうがいい」
「…それって、やっぱりゼロの双璧の…」
「ああ。俺が…」
唯一、尊敬できた男だ。
と心で呟いた。
(ライ…お前の凄さは身をもって感じたよ。戦いながら的確な指示を下すことがどれほど大変か。やはりお前がゼロに相応しいのかもしれないな…)
心の中でライのことを思うと、ルルーシュはどうしようもない気持ちになった。ライとカレンは恋人同士だった。カレンはライを失って、その傷は未だに癒えていない。
(お前さえいてくれれば、黒の騎士団は…いや、ブリタニア打倒は…成せるんだ。お前さえいれば、スザクや皇帝だって敵じゃない…)
黙りこくったルルーシュを見た宮本は、声を潜めた。
「……ルルーシュ」
今度は宮本がルルーシュの肩をつかんだ。その衝撃にルルーシュは顔をあげ、浸っていた感傷から目を覚ました。
宮本大典の表情には、何とも言えない感情が浮かんでいる。いや、同情と言った方がいいのだろうか、悲しみを含んだ視線だった。
「……大輔」

「…お前も、カレンさんにフラれたクチなんだな」

と、また聞き流せない言葉にルルーシュは意表を突かれる。さっきのセンチメンタルな気分がその一言で、一瞬で吹き飛ばされた。
「……おい。何処をどう勘違いしたら、そうなるんだ?」
「分かってる。分かってる…みなまで言うな!分かるぜ、その気持ち」
「…っ!お前は勘違いしている!誰があんなガサツな女をっ!」
「あれー?皆してラジオを聞いて何してるんだ?」
「おい!大輔!人の話を聞け!」
ルルーシュから目を離して、宮本は人だかりの出来ている場所を見ていた。そこには確かに人が集まっていた。藤堂たちも腕を組んで放送を聞いている。
ルルーシュも少し興味を抱いた。宮本に手を引っ張られてルルーシュはその人だかりに近づいて行った。ひび割れた電子音が徐々に鮮明に聞こえてきた。
そして、

『第87代皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニア様が、エリア11の新総督として正式に決定されました。なお、本国から到着するまでの期間は―――』

ルルーシュは、耳を疑った。


02

POPPO
42
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