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枢木スザクの復学祝いより翌日の夜。私立アッシュフォード学園。
人気の無い機情の地下施設には、背もたれに身を預けると頬杖をつきながら剣呑な表情を浮かべるルルーシュの姿があった。
ルルーシュは、もう片方の手に持ったチェスの駒の角で机の上に置いた盤上を一定のリズムで鳴らしている。
彼の正面には真新しいモニターがあり、そこには緑髪の女、C.C.が映っていた。
C.C.は淡々した口調で告げる。
『卜部から報告があった。ニイガタでの物資受け取りは上手くいったらしい』
「そうか……」
作戦が無事に終了したというのにも関わらず、ルルーシュはさして喜ぶ素振りを見せなかった。
一方、その理由を百も承知であったC.C.は咎める事を控えているのか、相変わらずの態度で問う。
『しかし、この総領事館に戻る方法が無いが?』
「だろうな。だが、それについては問題無い。既にラクシャータ達が中華連邦を発った。卜部達には、ニイガタ沖で合流するように伝えておけ。座標は後で送る」
『分かった』
端的に返したC.C.は、学園での戦利品でもある黄色い人形を抱き締める。
『それで? この後はどうするつもりだ? 戦えるのか? ナナリーと……』
「戦う? ナナリーと? それは何の冗談だ?」
ルルーシュは瞳を細めると批難めいた視線を送るが、C.C.はさして気にした素振りを見せない。
『では、放っておくのか?』
「論外だな。このままでは、昔の様にまたナナリーが政治の道具に……」
『歩けず、目も不自由な少女。駒として使い捨てるつもりかな?』
C.C.の歯に衣着せぬ発言に、ルルーシュは激昂すると手に持った黒のキングを握り潰さんばかりに力を込める。
「そうさせない為に俺は行動を起こした! その為の黒の騎士団だ! ナナリーの為のゼロなんだ!」
『それがお前の生きる理由である事は知っている。しかし――』
「俺はナナリーが幸せに過ごせる世界を創る! その為にもブリタ二アを破壊する!!」
怒気を孕んだ口調で断言したルルーシュは、黒のキングを盤上に叩き付けるとモニターを睨み付ける。
「V.V.とかいう奴はブリタニア本国に居るのか!?」
『そこまでは分からない。しかし、V.V.はお前の父、ブリタ二ア皇帝シャルルの最初の同志……』
「同志?」
『嘗て、二人は誓った。神を殺し、世界の嘘を壊そう、と……』
「それは何かの比喩か?」
『…さぁな』
答えるまでの僅かな間をルルーシュは見逃さなかった。
それはC.C.が何かを知っている時に見せる反応だという事を、薄々ながら理解していたからだ。
尤も、問うた所でまともに答える事が無いという事も重々承知しており、問い詰めるだけ無駄だと悟ったルルーシュは話題を切り替えた。
「………まずはナナリーだ」
『動くのか?』
「愚問だな。航行ルートも既に手に入れている」
さも当然の如く鼻を鳴らすルルーシュに対して、C.C.は僅かに身を乗り出すと詮索するかのような眼差しを向けた。
『機情の長とやらはどうするつもりだ?』
「ロロやヴィレッタから必要な情報は得ている。例えば、奴はこちらから報告を上げない限り、定時以外に連絡して来る事は無い……とかな」
不敵な笑みを浮かべるルルーシュ。だが、C.C.が表情を崩す事は無かった。
『そんなに単純な存在か?』
「万一に備えて当日はヴィレッタをここに張り付かせる。連絡が有ったとしても問題は無い。条件はクリアされている」
ルルーシュは、抜かりは無いと言わんばかりに胸を張ってみせた。
対するC.C.は『そうか……』とだけ言うと、短く息を吐きその身をソファーに沈める。
ルルーシュはそんな彼女の仕草が少々気になった。
「何か言いたそうだな?」
その問いに、C.C.は黄色い人形を抱いた腕に悟られぬ程度の力を込めると問う。
『以前、お前は言っただろう? 気になる存在だ、と。それで? 見た感想は?』
「気になるのか? 魔女らしく無いな」
『ルルーシュ、はぐらかすな。どうだった?』
問い掛けるC.C.の瞳は笑っていた。
心中を見透かされているように思えたルルーシュは、歯噛みしながらも口を開く。
「…………ライである筈が、無い……」
するとルルーシュの態度を見たC.C.は、不意に形の良いその唇に微苦笑を湛えた。
『まるで願い事のように聞こえるぞ? 魔王らしく無いな』
C.C.の鸚鵡返しを不愉快に思いながら、ルルーシュは拳を握り締める。
「確かに、機情に長官ポストが新設されたのはあの戦いより後だ。ライの消息が途絶えた時期と近いものがある」
『なら、尚更だ。そいつの素顔が分からない以上、疑ってかかるべきでは?』
C.C.の指摘はもっともだったが、ルルーシュは一瞬苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた後、俯きがちに言う。
「……予想以上だった」
『何?』
「以前、ライが見せた雰囲気とは比べものにもならない程の威圧感。それに、あの冷徹過ぎる性格……」
『お前の予想を超えていたという訳か……だが、そうでなくては狂気の王とは呼べまい?』
「あいつの悪口は止せ!!」
顔を上げたルルーシュは再びC.C.を睨み付ける。が、批難の視線も何のその。
C.C.は普段の捉え所のない表情に切り替えると言った。
『悪口では無い。歴史的な評価だ。お前が教えてくれたのだぞ? 尤も、ブリタ二アでは英雄だったな』
「機情の本部があるのはそのブリタニア本国だ。今はまだ彼奴がライかどうか確かめる……その術が無い」
『だから今はこのままで良いと? それは只の逃げだ。ルルーシュ、お前の目的にはブリタニアの破壊も入っているのだろう? このままでは、何れは否が応にも対峙するハメになるのだぞ?』
「っ!!」
痛い所を突かれたルルーシュは言葉に詰まる。
しかし、C.C.はお構いなしとばかりに捲し立てる。
『その時に確かめれば良いなどと考えているのなら、愚鈍にも程がある』
「…………」
『その上で聞くが、もし、仮にそうだった場合はどうする? 戦えるのか?』
「……ライは友達だ……」
C.C.の執拗な問いに、ルルーシュは遂に本心を吐露した。しかし、それでもC.C.は追求の手を緩めなかった。
『甘いな。その甘さが命取りになった事を忘れたのか?』
そう前置きすると、C.C.は嘲笑の気配を漂わせながら思い出したかのように語る。
『白兜のパイロットがスザクだと分かってからも、機会など幾らでもあったというのにお前はギアスさえ掛けようともしなかった。いや、そういえば説得はしていたな。無駄に終わったが……』
「お前という奴はっ!!」
ルルーシュはバンッ!と両手を机に叩き付けると立ち上がる。対するC.C.はしたり顔。
『だが、結果はどうだ? 嘗ての友はお前を売り……今やナイトオブラウンズだ』
「そんな事は分かっている!!」
『いや、お前は何も分かっていない。もし、その仮面の男がライだったとしたら? 冷酷無比と伝えられる頃の性格に戻っていたらどうする? そんな気構えでは確実に殺されるぞ? 私はお前に死なれるのだけは困る。それを忘れるな』
「…………」
ルルーシュが黙り込んでしまうと、C.C.もルルーシュの言葉を待つかのように口を噤む。
暫しの沈黙の後、ルルーシュは口を開いた。瞳に並々ならぬ決意の色を滲ませて。
「戦おう」
『討つのか?』
よもやこれ程早く決断するとは思っていなかったC.C.は瞳を丸くする。
が、ルルーシュは鼻を鳴らすと否定した。
「有り得ないな」
『……そうか、捕縛する気か』
ルルーシュの意図に気付いたC.C.は、納得しつつも剣呑な表情を浮かべると問う。
『その任に当たる者達は、一歩間違えれば全員死ぬ事になるぞ?』
「ギアス、か……」
『お前の時のように忘れさせられている可能性もあるがな』
自身の懸念する所を告げたC.C.に対して、ルルーシュは頭を振ると意地の悪そうな笑みを浮かべる
「手駒とするなら忘れさせるメリットが無い……あの男ならそう考える。だが、お前にギアスは効かないだろう?」
その問いには、流石のC.C.も苦笑した。
『やはりそう来たか。だが、私一人では無理だ』
「10秒程度動きを止めてやれば、お前でも可能だろう?」
『ほぅ。どうやって?』
ルルーシュはその問いに対しては何も答えなかった。ただ、口元を釣り上げるのみ。
(しかし、ルルーシュはまだ知らない。ロロとライの繋がりを。そして、ロロのギアスはライに封じられているという事も……)
一方、その仕草にどうやら策はあるようだと判断したC.C.は、それ以上の追求を控えた。
『まぁ、いい。それで? 万事上手くいったとして、その後はどうする?』
「今更だな。記憶を取り戻す以外に何をすると思ったんだ?」
ルルーシュが、さも当然とでも言わんばかりに胸を反らすと、C.C.は逆に哀れむかのような視線を送った。
『ほぅ、どのように取り戻す?』
「待て……俺の時のような事は出来ないのか?」
気になったルルーシュが怪訝な表情で問うと、C.C.は一転して愉快そうに微笑を浮かべる。
『さて、それはどのような事だ?』
「お、お前っ!!」
ルルーシュは狼狽した。
そんな彼を尻目にC.C.は妖艶な笑みを浮かべてみせる。
『フッ。何をそんなに焦っている? これだから童貞坊やは――』
「黙れ、魔女!! それよりも…どうなんだ?」
ルルーシュは一喝するが、その後に続いた言葉は何処か縋るかのような響きを含んでいた。
C.C.は暫し黙り込んだ後、視線を逸らすと言った。
『あれは私が持っていたお前の記憶を流し込んだに過ぎない』
「ライの記憶は?」
『あいつとはああいった接触は行っていないからな』
そこまで告げると遂に意を決したのか。C.C.はルルーシュに向き直ると――。
『持っていない』
何時になく真剣な眼差しで告げた。
自身の目論みが瓦解する音を聞いたルルーシュは呆然とする。
「ライを取り戻しても……記憶は取り戻せない?」
『……私の方でも方法は考える。だが……』
「覚悟は必要だと?」
『………………』
今度はC.C.が何も答えなかった。ルルーシュは唇を噛み締める。
静寂。
しかし、それを打破したのはルルーシュだった。
「そこにカレンは居るか?」
『隣の部屋で待機している』
「呼んでくれ」
その頼みに、C.C.は思わず剣呑な表情を浮かべた。
『告げる気か?』
「詳細は控えるが、カレンには知る権利がある」
『………………』
見つめ合う二人。先に口を開いたのはC.C.だった。
『……分かった』
諦めたのか納得したのかは定かでは無いが、C.C.は了承の言葉を紡ぐと人形をソファーに残し席を立つ。
暫しの間が空き、スピーカーが遠くの方で何事か話し合う二人の声を拾う。
それからまた間が空き、ルルーシュが黄色い人形に見飽きた頃、モニターには背後にカレンを従えたC.C.の姿が映った。
C.C.は画面の左端に座ると再び黄色い人形を抱き締める。
カレンは先程までC.C.が座っていた場所に腰掛けると、画面に映るルルーシュを見据えた。
『話は終わったの?』
「あぁ」
『用件は? 私もあなたに聞きたい事があるから手短にお願い』
「ライに関する事だろう? こちらの用件もそれだ」
『見つけたの!?』
カレンは身を乗り出すとモニターに詰め寄った。
すると、その逼迫(ひっぱく)した表情にルルーシュは及び腰になる。
「い、いや。まだだ……」
『……そう』
肩を落としたカレンはソファに座り直すと俯いた。
「済まない……」
ルルーシュの謝辞を聞き、カレンは俯いたまま口を開く。
『うぅん、私こそごめんなさい。探してくれてるのにね』
そう告げると顔を上げたカレンは精一杯の笑みを浮かべた。
『感謝してるわ……ありがとう』
突然の感謝の言葉。
ルルーシュは、予想だにしなかった事態に困惑しながらも胸を痛めた。最も、それを面に出すような事はしなかったが。
しかし、そのせいで話すべき事を失念してしまう。
ルルーシュが必死に思い起こそうとしていると――。
『私には何も無いのか?』
憮然とした態度でC.C.が口を開いた。
時間稼ぎなのか本心なのか分からないが、カレンの意識はC.C.に向く。
『あんたにも感謝してるわ、C.C.。ありがとう』
驚くべき事に、カレンはC.C.にも礼を述べた。
が、ルルーシュと同じく予想していなかったのか。C.C.はそれまでの態度を忘れてしまったのか瞳を丸くした。
しかし、その態度には流石にカレンの表情も曇る。
『何よ、その顔』
『……なに、意外だったのでな』
『前言撤回した方がいいかしら?』
『いや、感謝されるのは気分がいい』
C.C.はそう答えると僅かに口元を綻ばせた。
呆れたカレンが口を開こうとすると――。
「そろそろ良いか?」
考えが纏まったルルーシュが口を開いた。
ハッとなったカレンはモニターに向き直ると、ルルーシュの真剣な眼差しが彼女を出迎えた。
「ライに繋がる情報は、未だ見つかっていないのは事実だが………」
『言って、ルルーシュ。どんな些細な事でもいいの』
「ブリタニアに一人、妙な男が居る」
ルルーシュの発言を聞いたC.C.は気取られぬ程度に一人眉を顰める。
一方で、カレンは露骨に顔を顰めると問う。
『妙な男?』
「銀色の仮面を被った男だ」
『ゼロにそっくりだそうだ』
C.C.の補足にカレンは瞳を瞬かせた。
『名前は?』
『カリグラ……機密情報局長官、カリグラ。最も、名前かどうかは疑わしいがな……』
『カリグラ……』
視線を落とすと男の名前を呟くカレン。
ルルーシュはその姿に妙な胸騒ぎを覚えた。
「そいつが居るのはブリタニア本国だが。いいか、カレン。これだけは言っておくぞ?」
一旦会話を区切ると、ルルーシュは剣呑な表情を浮かべた。
『な、何よ?』
すると、困惑するカレンに向けてルルーシュは釘を刺す。
「絶対に独断専行するな」
しかし、カレンは一瞬呆気にとられた後、微苦笑を浮かべた。
『その男が居るのはブリタニア本国なんでしょ? 手が出せる訳――』
「カレン。約束してくれ」
言葉を遮ると何時に無く真剣な眼差しを向けるルルーシュ。
カレンは少々気圧されつつも、そんなルルーシュの態度が気になった。
『わ、分かったわよ。でも、どうして?』
カレンが問うと、彼女の疑問に答えたのはC.C.だった。
『こいつは心配しているのさ』
『心配?』
『何でも、相当に凶暴な奴らしい。こいつが密かにライでは無い事を祈る程だからな』
「C.C.!!」
『何だ? 事実だろう?』
「お前という奴は……」
ルルーシュは眉間に手を当て苦言を呈した。
その後、二人は普段と同じように犬も食わない口論を始めた。
そんな二人の言い争いを聞き流しながら、カレンはルルーシュより告げられた男の名を胸の内で反芻する。
――カリグラ……機密情報局の……。
ライとのファーストコンタクトまで……後3日。
最終更新:2009年10月24日 22:20