043-645 生きる理由 @穴熊

中華連邦、ブリタニア、黒の騎士団による三つ巴のキュウシュウ戦役から一週間がたった
私の所属していた日本解放戦線も中華連邦とともに戦ったが上層部の早期撤退により指揮系統が崩壊、その隙をつかれ多くの仲間が散っていった
解放戦線の生存者は黒の騎士団に合流、これによりエリア11最大の反ブリタニア勢力の完成となった
しかし、ブリタニア軍や一般市民には知られていないが騎士団は今、内部にいくつかの問題を抱えている
その中で私が気にかけているのがこの食堂の有様である
食事が不味いわけではない、衛生面に問題もない、十分な広さもある。団員たちは今日も親しい者と肩を並べ談笑しながら午後の仕事に備え食事をとっている
では何が問題なのか?それは色だ
食堂右半分は黒、これは騎士団の制服だ。そして左半分は緑色、こちらは解放戦線で使っていた旧日本軍の軍服である
さて、なぜ食堂が左右二色に分かれているかと言うと
敵同士として戦ったキュウシュウ戦役
素性を明かさないゼロに対する解放戦線側の不信感
と、幾つかあるがそれは異なる組織を束ねていく時にどうしても生じてしまうことだ。元より私が気にかけることではない
では、なぜ私が気にしているかというと、その問題の中に元日本解放戦線少尉ライが含まれているからだ
事の発端は解放戦線を吸収した黒の騎士団の組織体制の発表のときだった

「これより黒の騎士団新組織体制を発表する。まず、総司令官に私ゼロ、副指令扇要…中略…第三特務隊玉城真一郎以上だ。細かい部隊構成は追って書面で知らせる」
トップはゼロこれは仕方ない。個人的には不満だが多くの団員は彼のカリスマに惹かれているのだから
軍事総責任者に藤堂鏡志郎、その補佐として四聖剣が要所に組み込まれている。前線はこれで磐石だろう
あとは、情報関係の長のディートハルト・リートと開発主任のラクシャータ・チャウラー、この二人については詳しく知らないが能力主義のゼロが日本人以外を抜擢するのだから適任なのだろう
概ね納得のいく采配だが、一つだけ納得がいかないことがある。そのことをゼロに問いただそうとした時、私のすぐ横から声が上がる
「ちょっといいかな?」
声の主は四聖剣の一人朝比奈省吾だった
「なんだ?」
ゼロに問われて朝比奈が言葉を続ける
「彼の、ライ少尉の名前がなかったけど、言い忘れかい?」
その質問は彼だけでなく、私や多くの解放戦線メンバーの質問でもあった。少尉の能力は四聖剣と比べても見劣りしない、その彼が役職なしはありえないだろう
「いや、彼は藤堂の直轄部隊に配属した。先ほども言ったが細かい部隊構成まで発表していたらきりが無いからな」
ゼロがそう言うと集まっていた団員たち、とりわけ元解放戦線メンバーに動揺が走る
藤堂の直轄部隊となればエリートといって差し支えないが所詮は一兵士、とても彼の能力に見合ったものではない
「馬鹿な!少尉の能力は知っているだろう!」
「たしかに、能力“だけ”は平にしておくのはもったいないですね」
ありえない人事に私がゼロに詰め寄ろうとするがそれをディートハルトが遮る
その少尉への侮蔑が含まれた言葉に皆が厳しい目を向ける
「まるで少尉に問題があるような口ぶりだな」
怒りを抑え何とか冷静に言葉を返す
「ええ、そう言ったんですよ」
その言葉に室内が殺気だつが、気にした風もなくディートハルトが言葉を続ける
「解放戦線ではどうだったか知りませんが、彼は一度KMFを奪い騎士団から脱走しています。そんな人間の合流を認めただけでも感謝すべきでは?」
それをいわれ私たちは何も言い返せなくなる。そう、理由はどうあれ彼は騎士団を脱走している。普通はKMFに乗せるどころか、合流さえ認められないだろう
ならば、この人事は感謝こそすれば文句を言うべきではない。しかし納得できないのが私たちの心情だ
「いいですよ」
なを食い下がろうと言葉を探していると、当の本人がそう声を上げる
「KMFに乗れるだけでもありがたい。それ以上は僕には分不相応です」
誰もそんなことは考えていないが本人が言うのならば周りは何もいえない
結局その日はそれでお開きとなったのだが、ライの脱走暦を気にする団員と人事に不満のある解放戦線の者が醸し出す空気が広がり自然と騎士団内は黒と緑の二色に分かれていった

そんなことを思い出しながら食事を取っていると見慣れた銀色が目に入った
少尉が食事の乗ったトレイを持ったまま食堂の中を見渡している。おそらく空席を探しているのだろう
さいわい私の隣の席は空いている
「少「お~いライ!ここあいてるぞ!一緒に食おうぜ!」
少尉を呼ぼうと声をかけたがそれは別の声に塗りつぶされた。声の主を探すとそれは黒色のど真ん中に陣取った玉城だった
玉城は脱走など気にせず少尉に接してくれるいい人物なのだろうが、もう少し空気は読めないだろうか。見ろ、黒色の真ん中に一人緑色が混ざって回りも少尉も微妙そうだろ
その後も玉城は何かと大騒ぎしながら時折少尉の背中をバンバン叩いては笑っている。少尉も困りながらもそんな触れ合いを楽しんでいるのか笑顔だ
それを横目に見ながら食事を続ける。心なしか周りに座っていた者との距離が開いている気がする
「お、おい!大変だ!今すぐテレビをみろ!」
食事も終わりそろそろ仕事に戻ろうかと考えていると、一人の団員が駆け込んでくる
「ユーフェミアが!ユーフェミアが!」
よほど興奮しているのか、それ以上はまともに聞き出せない
結局我々がユーフェミア・リ・ブリタニアの提唱した行政特区日本構想を知ったのはその数時間後のことだ

黒の騎士団アジトのラウンジに多くの幹部が集まっていた。普段からここは会議などによく使われるし、居心地がよく特に用事がなくとも一休みに使う者も多い
しかし、いまはどちらでもない。突如発表された特区構想をどう受け止めていいかわからず、つりあえず誰かの意見を聞きたく誰からとも無く集まってきたのだ
「俺たちも参加するべきじゃないかな?」
始めに口を開いたのは副指令の扇だ。彼の性格ならそう言うだろう。だが皆の表情は芳しくない
「んなこと言ったって、ブリキの皇女様の言うことなんかうそに決まってるって」
そう言うのは玉城だ。彼の言葉には偏見が混ざっているものの、納得もいく。たしかに今更ブリタニアから歩み寄るなど考えられない
「ゼロは何て言ってるんだ?」
杉山の質問に扇に視線が集まる
「今は何も言ってこない」
騎士団が浮き足だってるこのときに何も?いったいあの男は何を考えているんだ
皆の困惑が伝わったのか扇が言葉を続ける
「ライ、君はこの特区どう思う?」
突然話を振られてはじめは戸惑っていたようだが、すぐに考えをまとめ口を開く
「そうですね、確かにブリタニアが譲歩するとは考えにくいです。かといってこれが僕たちを捕まえる罠だとも思えない」
少尉の言葉はまさにその通りだった。譲歩はありえなく、罠だとしても世論を敵に回すだけだ
「どちらにせよゼロはこれを利用する気だろう。ただ、」
続く言葉に皆が注目する
「平和になるならそれが一番だ」
微笑みながら少尉はそう言った。『平和が一番』言葉にすればこんなに安っぽい台詞も無いだろう
しかし彼の言葉に嘘はない、ただまっすぐにそう言える男なのだ
少尉に毒気を抜かれたのかその後一人また一人とラウンジを出て行った

「ユーフェミアの真意を問いただし特区への賛同か否かを決める」
そういってゼロは一機で乗り込んでしまったが、騎士団のほぼ全戦力が終結しているいま、ゼロはユーフェミアの真意にかかわらず戦いを始めるつもりだろう
少尉は同行をもとめていたがディートハルトをはじめとした彼をよく思わない者たちの反対で却下となってしまった
彼は時折ゼロに対し不信の目を向けるが、いったい少尉はなにが気になるというんだろうか?
しかし、随分たつ。どんな策があるにせよ遅くないだろうか?
いいかげん撤退を進言しようとしたとき、その通信が入った
『黒の騎士団全軍に告げる!行政特区日本は我々をおびき出すための罠だった!現在ブリタニアは日本人を虐殺している!ユーフェミアを見つけ、殺せ!』
ゼロの言葉に騎士団全体に激震が走る。罠の可能性は考えていたが、虐殺までするとは
すぐにでも出撃したかったが、藤堂中佐から号令がでない。結束にかける騎士団ではいかに中佐といえど統率できず、まごついている
すると号令も待たずに一機の蒼い月下が出撃する。少尉の機体だ
その蒼い月下の後姿に回りの者も次々と出撃していく。私も慌てて少尉の背中を追う
しばらくすると呆然と立ち尽くす少尉の月下があった。隣まで行くと彼の見ていた者が目に入った
人いや、人だったモノの山。瓦礫、粉塵、黒煙、血飛沫、そして人だったモノ
遠くにはこの惨劇の犯人であろうグロースターの後姿が見える
自分も軍人として多くの戦場を見てきたが、これはそんなものじゃない。虐殺、まさに虐殺だった
「少尉」
まだ若く、この虐殺に立ちすくんでいるであろうと声をかけるが反応がない
「少尉?」
『……ぉ…』
不信に思いもう一度声をかけるとかすかに声が聞こえる
『やめろぉー!』
通信越しに私にではない叫びを上げると少尉はグロースターに向かって走り出す
そのときになって敵は我々に気づいたようで振り向きざまにアサルトライフルを撃ってくる
私はとっさに建物の陰に隠れたが、少尉は襲い掛かる弾丸を無視して敵に迫る。左右に動きながら多少はよけているようだが、装甲を削られながら突進する
ランスで応戦しようとする敵に対しさらに踏み込む。通常ならばその距離は互いに手出しできない距離だが、彼の月下の左腕“甲壱型腕”の輻射波動はまさにその距離で真価を発揮する
左腕の爪に胸を掴まれた敵は逃げ出すことも出来ず、内側から膨れ上がり爆散する
その爆音を聞きつけたらしい敵機が向かってくる。グロースター一機とサザーランド二機
月下二機でなら遅れは取らないだろう
「少尉!私が前に出る援護を!」
そう言って月下を走らせるが、少尉は私の言葉が届いていないらしくまた敵に突っ込んでいく
輻射波動で防御しているが、それでも三機からの銃撃は激しく取りこぼした弾丸が機体にダメージを与えている。傷つきながら進む彼の姿に威圧されたのか敵機が前進を止める
そのわずかな隙に月下を跳躍させ間合いを一気に詰める。立ち上がりながら目の前のサザーランドを逆袈裟に切り上げ、その爆煙を目くらましにグロースターにスラッシュハーケンを打ち込む
一瞬にして両機を失った最後のサザーランドが威嚇射撃をしながら後退するが、彼はそれを許さずハンドガンで足を破壊すると動けない敵機に回転刃刀を突き刺した
おかしい、これは彼の戦い方じゃない。確かに無茶をすることもおおいが、それは仲間を守るときだけだった
こんな敵を“殺す”ための無茶をすることなどなかった
『うぅぅおおおぉぉーーーー!』
獣じみた叫びをあげながらさらに敵を求めて走り出す。私にはそれを見ているしか出来なかった

戦闘が終わると少尉の月下の周りに団員たちが集まってくる
皆始めは今回撃墜数が最も多かった少尉に賞賛を言いにきたのだが、機体から降りてこない彼に戸惑っているようだ
「何をしている、すぐにトウキョウ進撃が始まるぞ、今のうちに休んでおけ」
そういって団員たちを散らせていると不意に朝比奈と目が合う
「本当はどうしたんだい、彼?」
声を潜めて尋ねてくる。この男を誤魔化すのはさすがに無理か
「虐殺の光景を見てから様子がおかしい。これ以上は戦えないかもしれん」
簡素な説明だったがそれだけでおおよそ察したのか苦い顔をしながら頷く
「藤堂さんたちには俺から言っておくから、少尉を頼むよ」
そういって足早に出て行った。少尉のことは頼まれるまでもなくそのつもりだったが、報告までは頭が回っていなかった。どうやら私も落ち着いたほうが良いようだ
だいたいの者が帰ったことを確認すると月下の元に戻る
「少尉あけるぞ」
言ってから月下のハッチを外部入力で開ける
予想以上に酷い。顔は青ざめ、目は虚ろ、手は振るえ、何かに怯えるように時折体をびくりと震わせる
こんな姿を誰かに見せるわけにはいかない。彼の腕を担ぎ部屋まで運ぶ
幸い部屋まで誰にも会わずにこれたが、少尉の反応がない。せめて抵抗するなり、暴れるなりしてくれれば心は守られる
だが、それすらない今の少尉の心は決壊寸前だ、下手な言葉は追い討ちになりかねない
「いったいどうした?」
「……」
刺激しないようにやさしい口調でたずねるが、返事はなく何も写さない瞳を床に向けるだけだった
「なんでもいい、話してくれ」
「……記憶が」
ようやく少尉が口を開く
「記憶が、戻ったんです…」
確かに彼は記憶喪失だと聞いていたが、なぜ今それを言うのかわからなかった
「それは、聞いてもいいことか?」
彼の意図が分からず、慎重に質問をする。やはり顔を上げないまま答えが返ってくる
「聞かないでください、僕は、貴方に嫌われたくない」
「馬鹿を言うな、私がお前を嫌いになるなどありえん」
そういって彼の背中をなでてやろうと手を伸ばすが、それは彼の言葉に遮られる
「そんなことない、だって僕は、ここにいちゃいけない、死ぬべき人間なんだから」
それは決して大きな声ではなかったが私は動けなくなった
何が彼をここまで追い込むのかわからなかった。わからなかったが、私のすべきこと、言うべき言葉はわかった
「ライ」
初めて彼を名前で呼びそっと抱きしめてやる。戸惑いながらも抵抗しない彼の頭をやさしくなでながら言葉を続ける
「お前はここにいて良い、生きていて良いんだ。だってそうだろ?お前のおかげで私は生きているんだ」
「僕の、おかげ?」
本気で分かっていないらしい彼の様子が可笑しくつい笑みがこぼれてしまう
「ああ、ナリタのときも、初めて直接会ったときも、お前が助けてくれたおかげで私は生きている。私だけじゃない、藤堂中佐や朝比奈たちもだ、だからお前は生きていて良いんだ」
「僕は、生きていて良い?」
ここまで言ってもまだ自信がないらしく震える声で尋ねてくる。それに力強く答えてやる
「そうだ、お前は生きていて良い、いや生きなくちゃいけない。お前が自分の命を否定するということは、お前に救われた私たちの命も否定することになるんだからな。だから、」
言葉をいったん切り、彼の目を見据える。それは先ほどまでの虚ろな目ではなく、涙を我慢する子供のようだった
「生きてくれ、私のために」
「千葉、中、尉、う、うわぁ~~~」
ついに我慢しきれなくなったライは私にすがりつくようにして泣きじゃくる
その背中をなでてやりながら、千葉は決意する
生きると、いつかこの少年が笑いながら生きていてよかったといえるように


最終更新:2010年02月03日 21:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。