数人の兵士が持っていた火炎放射器のタンクに銃弾が当たり、ブリタニアの兵士や民間人の死体に火は燃え移っていった。
業火の炎が、深い闇を背負う『彼ら』を彩っていた。
まるで『魔神』の復活を讃えるかのごとく、幾多の命が生贄のように捧げられている。
仮面の被った人間は眼前にいる『魔神』に話しかけた。副音声が周囲に鳴り響き、ゼロは『魔神』に手を差し出した。
『お目覚めですね。ゼロ様。早速ですが、ここは危険なので場所を…』
「待て」
強い口調で、『魔神』はゼロの言葉をさえぎった。
『魔神』の整った表情が険しくなった。
「誰だ?お前は」
『魔神』は左目に赤い紋章を宿らせたまま、仮面を被った人物を睨みつけた。
自分に強い警戒心を抱いていることを察したゼロは、差し出した手を引き戻し、何かを諦めた様に仮面に左手を当てる。
『……学園では何度かお会いしているんですが…』
仮面の後頭部が展開し、長い髪が晒された。右手で首筋から髪を振り払った。
黒に限りなく近い青色で、腰まである髪が宙に舞った。
『魔神』の目が見開かれる。
仮面の下には、透き通るような白い肌の美少女がいた。
背丈は『魔神』と差ほど変わらない。整っている容姿に、強い意思が宿っている琥珀色の瞳。
年端もいかない一人の少女が、ゼロの衣装を纏っていた。
彼女の口が薄く開いた。
「改めて、はじめまして。ルルーシュ先輩」
彼女は首をかしげ、『魔神』に優しく微笑んだ。
ベールの下に隠されている容姿は、彼が想像していた容姿よりさらに美しく、あらゆる男を惹きつけるような魔性の美貌を持っていた。
もう一人の『魔神』が告げる。
「2代目『ゼロ』、リリーシャ・ゴットバルトです」
コードギアス LOST COLORS
「反逆のルルーシュ。覇道のライ」
TURN02 「合衆国 日本」
ルルーシュの頭に急激に血が上る。彼の整った顔が憤怒に歪んだ。
「っ!お前はッ!!」
射殺しかねないほどの殺気を込めた視線で、左目のギアスをリリーシャに向けた。
赤い紋章が羽ばたく。
「やめろ。ルルーシュ」
緑髪の女は左手を突き出し、ルルーシュの視線からリリーシャの顔を隠した。
「何故庇う!C.C.!お前は知ってるだろう!こいつが何をしたか!こいつが俺たちをっ…!」
ルルーシュはC.C.の腕を振り切るが、その隙に彼女はゼロの仮面を被りなおしていた。目が見えない相手には、ルルーシュのギアスは効力を失う。
「知っている。だが、ここでリリーシャを殺しても何のメリットも無い。少しは冷静になれ」
「これが冷静でいられるか!一体どうなっている!?こいつは、俺たちを陥れた張本人だぞ!」
「話を聞け!ルルーシュ!リリーシャは私たちを…」
『…いいわ。C.C.話は私のほうでするから』
今にも飛び掛かりそうなルルーシュを止めていたC.C.に、リリーシャは声をかけた。
ゼロの仮面で反射している青白い光の炎が、ゆらゆらと揺れていた。
「…何が2代目ゼロだ。ふざけるな!」
『それが普通の反応ですよ……でも、頭で分かっていても、言われると堪えますね』
ゼロは、心の苦しみを押さえつけるように、マントの上から胸元の服を握り締めていた。
彼らの間に沈黙が漂う暇なく、唐突に紅蓮弐式からオープンチャンネルで紅月カレンの声が聞こえた。
『話し合いは後にして。それよりもリリーシャ。7時方向からサザーランドが一機!』
『…始末して。ナイトメアはもう必要ないわ』
『了解!』
ランドスピナーが急回転し、ルルーシュたちの頭上を一気に飛び越えた。丁度、ルルーシュたちの視界に現れたサザーランドは、禍々しい鉤爪に頭部を捕らえられた。サザーランドは態勢を崩し、壁に叩きつけらた。
強烈な光と音共に、右腕から輻射波動が放たれた。
赤い光に彩られたサザーランドは、機体全体がぶくぶくと膨れ上がり、瞬く間に爆散した。
爆風がルルーシュたちに吹きつけ、ゼロのマントが揺れる。
『じゃあ、19階に上り、ヴァルハラの残存勢力を叩いて。ポイントは…』
『D-37、でしょ?』
『あら?大正解。有能な部下を持つと嬉しいわ』
『…あー、はいはい』
穴が開いている天井に紅蓮弐式の胸部から2本のスラッシュハーケンが発射された。紅蓮弐式は高く舞い上がると、瞬く間に姿を消した。
白い通信機を外すと、ゼロは懐からナイトメアのキーらしきものを取り出し、ルルーシュに手渡した。
「…何だこれは?」
『奥に強化型の月下が用意されています。それに乗ってください。私はそのサザーランドに乗りますので』
ルルーシュに背を向けたゼロに、C.C.が声をかけた。
「リリーシャ。忘れてるぞ」
C.C.はクリアケースに入ったディスクを、ゼロに手渡した。
それを取ったリリーシャは、ゼロの仮面の下から呟いた。
『トランスファープログラムを忘れるなんて…結構動揺してるみたいね。私……』
神聖ブリタニア帝国。
王都ペンドラゴン。
華やかな衣装を身に纏った貴族や皇族が、赤い絨毯が敷かれた道を歩いていた。巨大なホールから、オーケストラが奏でる音色が響いていた。
石柱が立ち並ぶ講堂の一角で、軍の大幹部が華やかなパーティをしている中で、青いマントを羽織った騎士、枢木スザクと、彼の足元で跪いている黒尽くめの兵士がいた。
「ゼロがエリア11に?」
「未確認情報ですが、エリア11の機密情報局から、ナイトオブセブン様に至急伝えるようにと…」
「分かった。黒の騎士団討伐の全権は皇帝陛下から預かっている。その情報の真偽が確認され次第、準備を整えてくれ」
「Yes, my lord」
スザクに一礼し、彼は音も無く立ち去っていく兵士の後姿を見ていた。
唐突に、スザクの背中に重荷がのしかかった。
「スーザクゥー」
スザクより一回り大きく、人懐っこい陽気な性格をしているが、ナイトメアの腕はナイトオブラウンズに名を連ねるほどの実力を持つ騎士、ジノ・ヴァインベルグがスザクに寄りかかっていた。
「……重いんだけど」
「何でマントなんて羽織ってるんだ?まだ時間はあるだろ?」
「ジノ、ちょっと飲んでる?」
「まーまー、仕事の話は無しによーぜ」
ジノは片手にシャンパンを持ったまま、もう片方の手でスザクの頬をつついていた。
「いいじゃん。今日くらいはさ。アーニャなんて、『…ドレス着てくる』とか言って、聞かなかったからな」
ジノの話を聞いていたスザクは、緊張の糸を解いた。徐々に表情が柔らかくなる。
スザクは賑やかな周囲を見回し、笑顔で答えた。
「うん…それもそうだね」
バベルタワーの14階にあるモニタールームに二人の男女がいた。
「D1、南南東上部30度に一斉射撃。D3、D4、17階のポイントK-04から突破口を作れ。IFFの番号変更を伝える。通信はKURに切り替えろ、Y6TTKF9…」
ゼロの格好をした少女は、途中で指示をやめた。
背中に銃を突き付ける学生に目を向けることなく、言葉をつむぐ。
「質問はありませんか?」
「…ありすぎて、何から聞くか迷うほどな」
「…質問にはお答えします。もちろん、嘘偽りなくですよ」
「お前の目的は何だ?」
「…いきなり核心をつきますか」
「振り向くな」
少女は振り向こうとするが、拳銃の金属音と共に強い言葉で制された。
ルルーシュは拳銃をリリーシャに突き付けたまま、視界内に入ったリリーシャの左目に疑問を持った。
「……なぜギアスを持っている?報告では…」
「貴方を助けること、そしてゼロとなることを条件に、C.C.と再契約しました」
「なに?」
「本当は煩わしい交渉云々を簡単するために『絶対遵守』のギアスが欲しかったんですけど、発現した能力は以前と同じ『絶対操作』の能力で…
この能力は『戦術』的には向いているんですが『戦略』的には不向きなんです。
黒の騎士団の再建と支援者との交渉に手間取ってしまって、ここまでこぎつけるのに約1年かかってしまいました…」
「…そして、目的は」
「この地に新たな国家をつくります」
ルルーシュは言葉に詰まった。
銃を向けられたまま、リリーシャは話し続けていた。彼女の顔を見ることは出来ないが、これは冗談ではない。彼女が本気であることを悟った。
「……お前は、ユフィの命を奪った。それだけじゃない。スザクだって、あんなことには…」
リリーシャは強い口調で話を塗りつぶした。
「貴方は、私の兄を奪った。兄の人生を、命までも踏み躙った」
「お前は特区日本を潰した!俺たちの世界を!争いの無い世界の礎を、壊した!」
その言葉を聞いた瞬間、彼女は鼻でルルーシュを笑った。
「…それがなにか?」
ルルーシュの頭に血が上る。
手に力がこもり、トリガーを引きそうになった。口を歪ませ、大声を張り上げた。
「なんだとっ!」
「正しいことに価値など無いのですよ」
リリーシャはルルーシュの心情を理解しながらも、彼に言葉をつづる。
「この世は強いものが勝ち残ります。それこそが、弱者が目を背けようとする現実、強者だけが知っている真理、いや、自然の摂理です」
「ふん、お前も皇帝と同じ、弱者を蹂躙することを是とする、ただの…」
「でも、それは先輩も理解していることでしょう?」
彼は言葉を噤み、リリーシャは言葉を続けた。
「力がなければ、何も出来ない。ただ、憎み続けることしか出来ない。遠くからただ、睨みつけることしか出来ない。
だから貴方は力を欲した。
そしてギアスという力を得た貴方は行動した。
黒の騎士団という武力を使い、その頭脳を使い、ギアスという王の力を使い、人々を動かし、ブリタニアに反逆した」
彼女のダークブルーの長髪が揺れる。
リリーシャの瞳にはモニターの光だけが映っていた。
「自分たちの居場所を作るためだけに、ブリタニアの秩序を壊し、私のような人間を巻き添えにして、悲劇をもたらし、多くの血を流した。
『自分たちが幸せに暮らすことができれば、それでいい』
聞こえはいいが、それは単なるエゴだ。
ブリタニア人と、行動原理は何ら変わりは無い。
自分たちの居場所が欲しい。そんなエゴを押し通すために、多くの人間を手にかけてきた男、それが貴方です。
貴方の言う『正義』はただの…」
リリーシャの言葉はそこで止まった。
ガンッと、デスクにリリーシャの顔が叩きつけられ、ゼロの漆黒のマントが揺れる。
「うぐっ…!」
銃口が後頭部に押し当てられ、彼女の綺麗な長髪が乱れた。
彼の整った容姿は怒りで歪み、紫色の瞳が鋭い眼光を放っていた。
ルルーシュは体を震わせながら、吼えた。
「お前に何が分かる!!貴族として、ぬくぬくと生きてきたお前なんかに、俺の何が!俺の何が分かるっていうんだ!」
ルルーシュの脳裏には、様々な記憶が蘇ってきた。
皇族として誕生し、厳しい教育と皇族の競争の中でも、妹と母を支えに生きてきた。
だがそんな日々も、母の死によって唐突に終わった。
皇位継承権を失い、小国に身柄を売り飛ばされ、彼の世界は一変した。
ブリタニア人だからという理由で蔑まされ、いじめられ、居場所を無くし、手足が不自由になった妹を守り続けた。
そして、影でひっそりと暮らす日々を、たった一人の妹と共に生きてきたのだ。
戦争という悲劇に飲み込まれ、想像を絶する人生を歩んできた彼は、孤独だった。
誰にも打ち明けることなく、誰からも理解されず、誰よりも賢いからこそ、彼は一人だった。
リリーシャは抵抗することなく、押さえつけられた状態でルルーシュに言葉を投げかけた。
髪が散乱し、リリーシャの目元が隠れていた。
「…かつての貴方も、そしてかつての私もそうだった」
「ただ、自分のエゴを、最悪のやり方で押し通して、そして、潰れただけ…」
「ルルーシュ先輩…私たちは、負けたんですよ。だから、私たちは『悪』なんです…」
ルルーシュは黙ってしまった。
彼女は、分かっていたのだ。そして、自分も気付いていた。
世界の摂理は、どんな言葉で飾り立てても変わらないことを。
だから彼も、武力でブリタニアを潰そうとした。
それが正しい。
だが、認めたくなかった。
自分は正義だと、巨悪を成してでも悪を討つ正義であると、信じていたかった。
それを彼女は否定した。
ルルーシュに、現実を突き付けたのだ。
目的が何であれ、自分のやってきたことは人殺しに代わりは無いのだと…
いつの間にか、ルルーシュの肩から力が抜けていた。銃を持った手が下ろされた。
ゆっくりと上半身を起こしたリリーシャは、乱れた髪を抑えながらルルーシュの方向を向いた。
左頬が赤くなっていたが、気にする素振りも見せずにルルーシュに笑顔でこたえた。
「引き金を引いても構いません。作戦の70%は既に完了しているんで、後は先輩が指揮を取ってくれれば問題ありませんから」
それを見た彼は一瞬、目を見開いた後、瞼を深く閉じた。
ルルーシュは彼女の態度の意図することに気付いた。
罰を受けたい、ということを。
「そうか…」
そして、瞳を開けた。
彼は左手をゆっくりと突き出した。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる――――――――――――」
『魔神』は少女に命令した。
左目に輝く『絶対遵守』のギアスが羽ばたいた。
『Yes, your highness…』
それを見たリリーシャは表情を消し、彼女の両目が赤く縁取られる。
リリーシャはマントの下から拳銃を取り出した。
アッシュフォード学園。
高等部女子寮の一室。
淡い紫色の長髪の美少女、ヘンリエット・T・イーズデイルは眼鏡をかけて、赤いシャーペンをノートに黙々と走らせていた。
ノックもなしに、部屋のブラウン色のドアが開いた。
真っ白なランニングシャツに黒の短パン、左腕には黒のリストバンド、首にタオルをかけ、ランニングを終えたような格好をした少女が入ってきた。
茶色の短髪に赤い瞳、ランニングシャツの首周りは、日焼けした後がくっきりと残っている。
体育会系特有の活発な雰囲気がある少女、ノエル・パッフェンバウアーが2本のスポーツドリンクを持ってきた。
ヘンリエットの机にスポーツドリンクを置くと、ヘンリエットはペンの動きをとめて紫色の瞳を動かし、ノエルの顔を見た。
「…紅茶を頼んだのに」
「あれ?そうだっけ?なはは、まあいいじゃん!一本余ってたからさ。今日の自主練も終わったし、休憩、休憩!」
ノエルは頭をかいて、スポーツドリンクのストローに口を付け、ヘンリエットのベッドに座った。
「あっ!シーツを綺麗に敷いたばかりなのに!どうせなら向かい側のリリーシャのベッドで寝そべって!」
「…リリーシャのベッド、何か仕掛けてありそうで怖いもん」
「そんなものはないわ。大丈夫よ。いつも私が掃除してるから」
ヘンリエットはノエルと視線を合わせず、ストローから一口ジュースを運ぶと、再び勉強に戻った。
その姿を見たノエルは、小さなため息をついた。
「…がんばるねぇ。ヘンリー。私、尊敬するよ」
「…あの貧乳女、学校は全然来ないくせに、成績はいつも私より上で……」
「前回はついにトップだったもんね」
ボキッ、とペン先が音を立てて折れた。
「あの『ガリ勉ゴールズ』を抜いて、ぶっちぎりの一位ですわよ!悔しくてなりません!でも、それでこそ私が認めた永遠のライバル!」
「……で、今回こそリリーシャを追い越してやると…」
「ええ!打倒リリーシャですわ!」
左手でガッツポーズを取り、ヘンリエットの紫色の瞳は競争心でメラメラと燃えていた。
スポーツドリンクを飲み干したノエルは、大きなため息をついた。
「…で、ノエル。どうだった?」
その声を聞いたノエルが顔を上げると、目の前にヘンリエットの顔が視界一杯に広がっていた。
驚く暇もなく、ノエルの肩がヘンリエットの両腕に掴まれた。
眼鏡の端がキラリと光り、ノエルはさらに恐怖を感じた。
「…リリーシャの勉強のやり方でしょ?」
「ええ。私の言うとおり、さりげなく話を振って、聞いてくれたのね」
「うん。でも…」
「いいから言いなさい。まあ、大体予想はつきますわ。勉学に裏技なんてありませんもの。
リリーシャは人前では努力する姿を見せないタイプ…そして、最近は私が日々追い詰めているから、取り繕う余裕が無いのですわ。
うふふっ、リリーシャったら意外に可愛いところが…」
「『そんなの、一回見たら分かるでしょ?』だって……」
その瞬間、ヘンリエットの腕に尋常ではない握力がこもった。ゴキッ、と鈍い音が彼女たちの耳に届いた。
曇り一つ無い晴天の下、アッシュフォード学園の一室で、女の悲鳴が響き渡った。
「……え。私、今何を」
呆然と立っていたリリーシャが目にしたのは、椅子に座って、デスクに2丁の拳銃を置き、彼女のノートパソコンを見ているルルーシュの姿だった。
「…ほう、なるほど……よく考えたな」
あごに手を当てながら、ルルーシュはギアスが解かれたリリーシャの方に向き直った。
「…あの、一体、私に」
ルルーシュはUSBメモリをパソコンから引き抜き、閉じたノートパソコンをリリーシャに渡した。
「俺は『作戦内容を教えろ』と命令しただけだ」
ルルーシュは、瞳はまだ鋭いものの、顔には微笑を浮かべた。
その言葉を聞いた彼女は、すぐさまルルーシュにギアスをかけた。
ルルーシュは金縛りにあい、自分の意思とは無関係に腕が動いた。両手で自分自身の首を絞め、ルルーシュの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「!おいっ、何をする!?」
デスクに置かれた拳銃をルルーシュに突き付ける。
今度はリリーシャの顔に大きな笑みが浮かんだ。
「あははっ、言っていたことは本当のようですね」
目元をこすりながら、もう一方の片腕は腹を押さえて、笑っていた。ひとしきり笑うと、リリーシャは言葉を続けた。
「私はてっきり『私に逆らうな』、『私に刃向かう意志を抱いた場合、自害しろ』というギアスをかけたと思ってました」
突き付けている拳銃を再びマントの中に隠し、彼女の左目からギアスが消えた。
「この場で私を殺さないのは分かってましたけど、万一に備えて今までのデータだけはまとめておいたんですよ。作戦完了後に確認してください」
そう言って、携帯電話から小さなメモリーカードを取り出し、ルルーシュに手渡す。ルルーシュの顔は歪んでいたが、リリーシャは気にせず、彼にとびきりの笑顔を見せた。
リリーシャの年相応の笑顔に気を取られながらも、ルルーシュは言葉を続けた。
「こんな言い方は嫌いだが、
「では、協力してくれるんですね…」
「何を言っている。もともと、黒の騎士団は俺のものだ」
特区日本を創った男。
特区日本を壊した女。
二人は手を取り合った。
「それに、お前は殺すには惜しい人材だ」
右手を口に当てながら、リリーシャは苦笑気味の表情で答えた。
「うふふ、物騒な口説き文句ですね」
「口説いたつもりは微塵も無い」
手を握ったまま、リリーシャは取り繕いのない微笑を浮かべた。ルルーシュは彼女の真剣な表情とのギャップに、内心では何かもやもやしたものを感じていた。
「ライ先輩に感謝してください。こうやってルルーシュ先輩と手を組めたのは、ライ先輩のおかげなんですから」
「…そうか」
手を離したルルーシュは、モニターのほうに顔を向けた。
背中越しに彼は、言った。
「ライは、どこにいる?」
ルルーシュの表情は分からない。
だが、リリーシャは彼の顔を見ようと思わなかった。
制服の後姿から、彼の心情を感じ取ったからだ。
「…申し訳ありません。でも、生きているのは確かです。C.C.がそう言っていますから、間違いないです」
「ふん、魔女の言葉は、どうも納得がいかないな」
「一つだけ心当たりはあるのですが…」
「だが…なんだ?」
「もしそうだったら、最悪のケースです」
ルルーシュが問いかけようとした時、デスクに置いてあったリリーシャの銀色の携帯が鳴った。
彼女は表示されている文字、『Q2』を見るなり、すぐさま電話に出た。
『ゼロ様、こちらの任務は完了いたしました』
「予定よりも早いな…レナード。感謝するよ」
『…勿体無いお言葉です。では、作戦終了後にお会いしましょう』
通信を終えると、リリーシャは二つ折りの携帯電話を両手でパタンと閉じた。
琥珀色の瞳を細め、ルルーシュに微笑みながら彼女は言った。
「フェーズ4完了です。では、そろそろ私たちも行きましょうか。ゼロ様♪」
中華連邦の大宦官との食事を欠席したカラレス総督は、指令用のトレーラーの中でバベルタワーの状況が刻々と伝えられていた。
「敵性ナイトメアを確認しました。総数は確認されているだけでも7機。しかし、どれも旧型ばかりで・・・」
連絡員からの報告を聞いたカラレス総督
「ふん。黒の騎士団がEUに見限られたというのは本当だったようだな」
「では、いかかがなされますか?」
「奴らの逃走ルートを塞げ。悪あがきのテロリスト共は一匹たりとも逃すな!」
「Yes, my lord!」
バベルタワーの20階層に3機のナイトメアがランドスピナーを走らせていた。
リリーシャはサザーランドのアサルトライフルの残弾数を確認し、操縦桿を握る。
「サザーランドは使いづらいわね。こんなことだったら専用機を持ってくるんだった…」
『…バベルタワーを灰にしたいの?リリーシャ』
カレンのため息交じりの声が、サザーランドのコクピットに伝わる。
扉を越えて、薄暗い大きな空間に出た。
目的地に着いた紅蓮弐式、月下がサザーランドを守るように陣形を取る。
リリーシャの通信機に、部下の緊急連絡が入った。
『ゼロ様!一機のナイトメアが…うわあ!』
『消えた!?いつの間に!?』
リリーシャは即座に反応する。
「…消えた?どういうことだ?」
だが、部下はその返事をすることもなく、通信は途切れた。
彼女の額にいやな汗が流れる。
眼前が爆発と共に、粉塵を巻き上げた。
金色のヴィンセントが空中で一回転し、地面に降り立つ。
敵を視認したヴィンセントは背中からニードルブレイザーを取り出した。
『ルルーシュ!輻射障壁をオンにして!』
『だから命令するなと!』
月下は回天刃刀を構えた。
紅蓮弐式と月下はランドスピナーを起動して、ヴィンセントに襲い掛かった。
だが、
『なっ…!?』
『消えた!本当に…』
彼らの眼前から忽然と消え、
リリーシャが騎乗するサザーランドの前に、ヴィンセントが一本に組み合わさったニードルブレイザーを構えた。
『リリーシャ!』
それを見たカレンが叫ぶ。
ルルーシュは、目の前で起こった現象に驚愕していた。
(……バカな。物理的にありえない)
リリーシャ眼前で起こった現象に目を見開いていたが、ルルーシュとは正反対に、思考がフル回転する。
(ランドスピナーの初速度…
タイヤの痕跡・・・
ここからの距離・・・
ニードルブレイザーの接続のライムラグ・・・
そして、この武装からして私を殺すのではなく、拿捕が目的・・・
私をなぜ背後から斬らない?
いや、背後に回れなかった・・・
すなわち・・・)
「25,7メートル…」
物理的な要因を無視するナイトメアの動きに驚くことなく、リリーシャは呟いた。
突如、サザーランドのランドスピナーが後方に急回転し、スラッシュハーケンと共に、後方の天井に舞い上がった。
「カレンさん!先輩!距離をとって!」
その言葉に、二人は反応した。
『…俺に命令するな!』
ルルーシュは悪態をつきながらも操縦桿を握り、金色のヴィンセントと距離をとった。
回天刃刀を捨て、コイルガンを発射した。
巧みな動きでヴィンセントは銃弾を避けていく。
『Q1!先ほどの動きを読み取ってUDDを逆算!
R2!同じくUDDを用いて、コイルガンの発射時間を2,3秒後に設定!』
『R2!?俺のことか!』
三機のナイトメアは、ヴィンセントを中心に、三角形の布陣を引いた。
壁に張り付いた紅蓮弐式は、そのままヴィンセントに襲い掛かった。
「10メートル手前で輻射波動を放出!」
『は!?当たるわけないじゃない!』
『いいから!』
半信半疑にもカレンはボタンを押した。
『え?』
カレンは声を上げた。
カレンが次に目にしたのは、鉤爪の掌にある輻射波動の影響で変形したナイトメアの腕だった。
金色の腕から煙が上がり、すぐさま爆発した。
リリーシャは見上げた。
「4,9秒……範囲と時間は若干操作できるみたいね」
右腕を失った金色のヴィンセントがいた。
爆発音が木霊し、バベルタワーが傾き始めた。
「時間切れか……でも、結構面白かったわ」
轟音と共に、床が崩れ、金色のヴィンセントが灰色の粉塵に包まれていった。
「じゃあまた会いましょ。坊や♪」
リリーシャはモニター越しに投げキッスをはなつと、スラッシュハーケンを近くの壁に撃ち付けた。
バベルタワーが音を立てて崩壊していく。
カラレス総督を乗せていた軍用車は抗うすべもなく、バベルタワーの下敷きになった。
政庁の中央モニタールームでは、その光景がリアルタイムで映し出されていた。
目の当たりにしたグラストンナイツとギルフォードは驚愕に染まる。
「なっ…」
それと同時に、一人のオペレーターから声が上がった。
「ギルフォード卿!トウキョウ租界に向かってくる3機の未確認飛空挺が!」
「なに?モニターに出せ!」
画面が切り替わり、トウキョウ租界沿岸部上空にいる3機の白い飛空挺が映った。
アヴァロンと同程度の大きさを持つ3機の機体であり、中心に円形のコクピットがあり、その端に回転式の大型砲が装備された船だった。
翼は機体に比べて小さいことが特徴的なEUの最新式の戦闘機である。
グラストンナイツの一人、アルフレッド・G・ダールトンが声を上げる。
「EUの飛空艇『パルテノン』?なぜエリア11に…」
だが、隣にいたエドガー・G・ダールトンが叫んだ。
「違う!船尾のマークを見ろ!」
その指摘に従い、モニターには右下に船尾の拡大図が表示された。
司令室にいた人々は息を呑む。
黒い鳥を象った、有名なテロリストである『彼ら』を象徴とするマークがそこに描かれていた。
「あれは、黒の騎士団!?」
「バカな…EUとは手を切ったはずでは…」
「ギ、ギルフォード卿!」
またもや、オペレーターの一人から声がかかる。
ギルフォードは普段の冷静さを失い、少し声を震わせながら叫んだ。
「今度はなんだ!」
気圧された中年のオペレーターはギルフォードの声に気圧されつつも、報告した。
「先ほど、トウキョウ監獄から緊急連絡がありまして……ナイトメアの強襲があり、黒の騎士団の幹部、251名全てが奪還されたという知らせが…」
「なんだと!?」
司令室が再び揺れた。
次々と報告される情報に対応が追いつかず、司令室は混乱の窮みに陥っていた。武官を支持するカラレス総督が死に、文官の人間がこの騒乱に乗じて介入を果たしていた。
指揮系統が乱れ、ギルフォードは唇を強くかみ締める。
(黒の騎士団は健在だったのか…!
組織の弱体化を装い、注意をバベルタワーに引き付けた。
多数の軍隊をおびき寄せた上で、中華領事館へと渡るラインを造ると同時にバベルタワーの構造を利用して殺害…
そして主力部隊は人員が少なくなった刑務所に送り、最小限の被害で仲間を救出した…
この大胆さと策略……これはっ…)
「ゼロだ!奴は本物のゼロだ!」
そして、『魔神』は現れる。
『私は、ゼロ』
エリア11にある電波は全て掌握され、あらゆる場所にあるモニター画面に『ゼロ』の映像が映し出された。
『日本人よ!私は帰ってきた!』
背後に日本の国旗を掲げ、仮面の人間は言葉を紡いだ。
『私は愚かだった…』
仮面に手を添え、副生音の声が響く。
『血が流れることなく、ブリタニアと調和する国家が実現することを、私は信じていたのだ』
『だが、特区日本は終わった。偽りの希望は潰えた!日本の独立を拒んだユーフェミアによって!』
『だから、私は彼女に天誅を下した!そして、この日本を苦しめるカラレスも、我が手で葬ったのだ!』
『仮初めの平和を謳うユーフェミアはもういない!欺瞞に満ちた国家も無い!』
『私は、ここに日本の独立を宣言する…』
『人種を問わず、あらゆる主義、主張を受け入れる国家!』
ゼロは両手を仰ぐ。
漆黒のマントが大きく羽ばたいた。
『その名も――――』
『合衆国日本!!』
『うおおおおおおおおおおおおおっ!!!』
エリア11のあらゆる場所で、歓声が上がった。
ゼロの姿に涙を流す者もいれば、狂喜の声を上げ、握りこぶしを空高く上げる者もいた。
全ての日本人が奮い立った。
テロリストたちは、機関銃やナイトメアのアサルトライフルを掲げて『ゼロ』の帰還を称えた。
戦闘艦『パルテノン』の船内では、多くの囚人服が宙を舞った。
ゼロの帰還と、自分たちの救出を心の底から喜びあっていた。抱きしめあい、涙を流す幹部たちが大半だった。
幹部たちの無事な姿に、井上は涙を堪えきれなかった。オペレーターの水無瀬むつきと日向いちじくは手を叩きあった。
双葉綾芽は十字架のシルバーネックレスを両手で握り締め、頬を紅く染めながら、円満の笑顔を見せる。
扇と杉山は肩を組みながら、笑いあっていた。
瞳から流れる涙と鼻水をぬぐい、玉城は歓喜の声を上げる。
「ゼロォ…俺は、お前を信じてたぜぇ…やっぱりすげぇよ!俺のゼロはよぉ!!」
『ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!…』
『彼ら』は叫ぶ。
やがて、ゼロを称える声は日本全土に広がっていた。
中華連邦総領事館。
放送を終えたゼロは、星刻の前を通りすぎていった。
長い黒髪を揺らす星刻は、黒の騎士団の部下と共に部屋に戻る『ゼロ』の後姿を見守っていた。
(いつの間に高亥様と取引を…いや、括目すべきものは彼の策略…噂以上の腕前だ)
ゼロは自動ドアを跨ぎ、中華連邦の国旗の下にある、広いテーブルにつくと仮面を取り外した。
リリーシャは眼前のソファに座っているカレン、C.C.そしてルルーシュに声をかけた。
「皆、お疲れ様」
カレンは身を乗り出し、リリーシャに話しかけた。
「大成功よ!リリーシャ!皆も無事に帰ってこれたし、『パルテノン』が停泊している大広場に皆がいるわ。後で顔を見せに行きましょうよ!」
「…分かったわ」
リリーシャは深く椅子に座り、ルルーシュに声をかけた。彼女の表情から疲労の様子が伺えた。
「先輩は心配しなくてもいいです。後で私たちと共に地下通路から、表に出ますので…」
「…分かったが、これからどうするつもりだ?」
リリーシャが答えようとしたとき、彼女の携帯電話が震えた。
彼女が電話を取ると、電話の向こう側から男の大声が聞こえた。
『ゼロ!!』
『何事だ。ディートハルト』
『た、大変です!ブリタニアの中継をご覧ください!』
普段のディートハルトから想像できない声に、その声を聞いたルルーシュたちは首をかしげた。
C.C.はリモコンを操作し、部屋にあるテレビに電源を入れた。
大広場で酒盛りをやっていた幹部たちは、大広場にある巨大スクリーンが突然映ったことに興味を示し、全員の視線がそそがれた。
「ほへ?」
すでに出来上がっていた玉城は、とろんとした瞳でそのスクリーンに目をやった。
そして『彼ら』は目にした。
『ここで番組を一時中断し、ブリタニア本国からの中継をお送りします』
女性アナウンサーの声と共に、王都ペンドラゴンの謁見室の映像が映った。
大きな音と共に、ブリタニアの国歌が響き渡る。
名だたる貴族が並び、皇帝陛下が座る王座への道には、赤い絨毯が敷かれていた。
そして、貴族、皇族が並ぶその先に、帝国最強の騎士たちが並んでいた。
ルルーシュはその内の一人の顔を見て、怒りがこみ上げた。
「…スザク!」
一人の近衛兵が大声を張り上げた。
「ナイトオブラウンズ様!ご入来!」
大声と共に、オーケストラの音が奏でられ、重厚な扉が開かれた。
一人の騎士が、姿を現した。
その姿を見た皇族、貴族たちから割れんばかりの拍手が巻き起こった。
皆は驚愕に震えた。
それは真紅のマントを羽織った騎士であった。
未だ史上最強といわれた騎士、『閃光のマリアンヌ』のみが許された『真紅』。それを羽織ることは何を意味しているのか。誰もがわかることだった。
『彼』が一歩一歩、皇帝陛下に近づく度に拍手の音は増していった。
一人の騎士は悠然と赤い絨毯の上を踏みしめていた。
銀色の髪。
深遠な青い瞳。
誰もが目を惹く、端麗な容姿。
『彼』は壇上を登り、シャルル皇帝陛下の眼前で膝を折った。
金色の大剣が、『彼』の肩にかかる。
そして、シャルル皇帝陛下は告げた。
「我が剣となり、盾となることを誓うか?」
「誓います」
「ここに騎士の誓約を立て我が力として戦う事を誓うか?」
「誓います」
「我欲、夢、野望、その全てを抱き我が剣となり戦うことを誓うか?」
「誓います」
皇帝陛下は大剣を地面に突き刺した。
覇者たる豪快な笑みの先に、一人の男が映っていた。
「よかろう!では、そなたにラウンズの称号を授ける!」
両手を広げ、皇帝は一人の騎士の誕生をここに宣言した。
「ナイトオブツー、ライ・アッシュフォードよ!!」
「―――――――Yes, your majesty」
歓声は頂点を迎える。誰もが『彼』を称える。
ナイトオブラウンズの騎士たちも『彼』を心から祝い、拍手を送っていた。
「ええ!?ウソっ!ライ!?」
アッシュフォード学園で一部始終を見ていたミレイは驚愕の声を上げた。
他の生徒会のメンバーも同様だった。
「…マジで?」
「ライくんが・・・」
「う、そ・・・」
赤い髪のカレンは呆然と呟いた。
「――――っ!?」
ルルーシュは衝撃に目を見開き、絶句した。
ライ・アッシュフォードと呼ばれた騎士は大剣を引き抜き、皇族や貴族たちの方に振り返った。
黄金の剣を、優雅な振る舞いで、『彼』は鞘に戻す。
『彼』は瞼をゆっくりと開く。
両目には、不死鳥を象った赤い紋章が宿っていた。
この瞬間から、世界は、
一人の男の『反逆』と――――――
彼の『覇道』を―――――――――
認識した。
最終更新:2009年05月29日 16:45