040-082 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(前編) 01~ @ライカレ厨



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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  
 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(前編)~

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 薄暗い嚮団の地下施設。
 その場所をライは黒衣の男を道標に悠々と歩みを進めていた。
 やがてその歩みが止まると、二人の正面には巨大な壁が立ちはだかっていた。
 ライが「行き止まりか?」と首を傾げていると、男は壁に手を添えた。
 すると、掌程の凹みが出来ると同時に、カチンという短い音が鳴り目の前の壁がゆっくりと開いていく。
 その仕掛けを見た時、嚮団を隅々まで歩き回り全ての施設を把握したと自負していたライは、一年近くも気付けなかった事に「失態だ」と内心舌打ちしつつも歩みを進めた。
 部屋の中には、V.V.を筆頭に此所までライを案内して来た男とは別に4人の黒衣の男達が、ストレッチャーに横たわる大柄な男を取り囲むように居た。
 また、彼等の奥にはその部屋よりも遙かに大きなガラス張りの空間が有り、そこには今までライが見た事も無い重武装と重装甲が施された巨大なナイトメアらしき機体が、その部屋の主よろしく鎮座している。
 ライはまだ知る由も無いが、その機体の名はジークフリートと言う。一年前、C.C.の乗るガウェイン諸共海底に沈んだ筈の機体だ。
 二人が部屋に入ると男達は皆驚いたようで一斉に視線を向けるが、ライが目を細めると男達は今度は一斉に視線を逸らした。
 そんな中、たった一人視線を逸らさなかった存在、V.V.は残念そうに呟いた。
 「あ~あ。見つかっちゃた」
 しかし、ライが我関せずといった様子で周囲を観察していると、V.V.は彼を連れてきた男を見据え瞳に批難の色を滲ませた。
 「言いつけを守れないなんて悪い子だね」
 「も、申し訳ございません」
 咎められた男がやや畏縮しながら謝罪の言葉を口にすると、V.V.は軽く溜息を吐いた。
 「まぁいいよ。どうせ脅されたんでしょ?それに、何れ彼には見てもらおうと思ってたし」
 そう言ってV.V.は再びライに向き直る。
 「それで、ここに来た要件は?……ひょっとして――」
 「推察通りだ。C.C.を確認した」
 「そう…やっぱり領事館に居たんだね」
 目元を緩ませるV.V.を尻目に、ライは軽く相槌を打った。
 「ああ」
 「それなら――」
 「残念だが、これ以上は無理だ」
 言葉の続きを予測したライが口を挟むと、V.V.は一転して怪訝な表情を浮かべた。
 「どうして?」
 「皇帝が禁じている」
 「…そう、だったね」 
 僅かな間をおいて、V.V.が心底残念そうに呟くとそれを認めたライが問う。
 「あの男は本当に目的を果たす気があるのか?」
 「彼を疑うの?」
 V.V.は再び瞳に批難の色を滲ませるが、相変わらずライは気にもしない。
 「私は当初、領事館の直接占拠を提案したがあの男はそれを却下した。揉め事は避けろと言ってな」
 「でも、彼が契約を蔑ろにする事は無いよ」
 「何故そう言い切れる?」
 「彼とは長い付き合いだからね」
 「長い付き合い、か……だが、人の心は移ろい易い。心変わりをしたとしても不思議では無いだろう?」

 ――心変わり――

 その言葉を聞いた時、V.V.の表情が僅かに曇った。それを見逃すライでは無い。
 「どうやら思い当たる節があるようだな?」
 ライの問いは当たっていた。だが、V.V.は答える事無くライから視線を逸らすと一人思慮に耽る。以前はどうしたか、と。
 そして、直ぐにその結論に至ると徐に口を開いた。
 「仮にそうだったとしても、それならそれで彼の心を変えた理由。それを消せばいいだけだよ。でも、やっぱり杞憂だよ」
 V.V.はそう前置きした後、今度はどこか懐かしむかのような瞳を虚空に向けた。
 「あの日、僕達は地獄で誓ったんだ。僕達だけは絶対に裏切らないって」
 本来、その言葉の後には続きがあるのだが、V.V.がそこまで語る事は無かった。既に破ってしまっているからだ。
 「ライ、君も裏切らないと誓ってくれない?」
 「馬鹿馬鹿しい。そもそも、私には心変わりする理由やお前達を裏切るべき理由が無い」
 その言葉にV.V.は僅かに顔を顰めた。
この一年、ライを見続けて来たV.V.にとって、確かにその言葉は一定の説得力が有るには有った。
 今はゼロに並々ならぬ関心を懐いているとはいえ、それが元でライが裏切るという要素は垣間見えない。しかし、唯一の気掛かりも有ったのだ。
 ライの左手の手袋の下。その薬指に填められている指輪。その送り主。
 それが誰であったかと言う事だけだが、下手に問い詰めた結果、年代記に語られていないだけで過去にそういう存在が居たとなったら目も当てられない。
 皇帝のギアスによって自分を契約者だと信じているライに、「何故知らないのだ?」と問われかねないと考えていたからだ。
 その時、言葉を濁す事は可能であっても問うたが最後、ライの鋭すぎる洞察力がV.V.に嫌疑を掛けて来る事は想像に難く無い。
 さすれば、ライは契約を果たす事。それ即ち母と妹の仇に繋がると言った皇帝の言葉さえも疑い出すだろう。
 そうなれば、今まで契約によって縛ってきたこの狂える王。その強大な牙を抑えきる事は自分であっても不可能だと、下手をすれば弟にまで危害が及ぶ可能性があるとV.V.は懸念してたのだ。
 ライが呆れた口調で答えた時、V.V.には見えた事だろう。
 今にも引き千切られそうな程にか細い鎖がライの首に巻き付いているのが……。
 だが、そこは年の功とでも言うべきなのだろうか。V.V.は直ぐに気を取り直すと、心情を気取られぬよう嬉しそうに笑みを浮かべてみせた。
 「それもそうだね」
 その笑みの裏にそんな想いが隠されているとは露知らず、ライはV.V.の真横まで歩み寄る。

 因みにV.V.も一つ、夢にも思っていなかった事がある。
 自分がライに見張られているという事。
 そして、それを頼んだのが他ならぬ弟、皇帝だと言う事を。
 しかし、この場合それを裏切りと言えるかと言えば答えは否だ。
 V.V.が弟との約束を違えなければ良いだけの話なのだから――

 ライは、ストレッチャーに横たわっている男。顔半分を仮面に覆われ固く瞳を閉じている大柄な男に視線を落とす。
 「この者は死んでいるのか?」
 「眠ってるだけだよ」
 先程の笑みそのままに答えるV.V.を見て、ライは再び疑問を口にする。
 「新しい駒か?」
 「似たようなものかな。彼は僕の騎士にしようと思ってね」
 ライは再び視線を落とす。男が身につけている装束は確かに騎士と呼ぶに相応しい物だった。が、一箇所だけどうにも解せない所があったライは、神妙な面持ちで呟いた。 
 「妙な男だな。これでは仮面の意味が無い」
 「其処に突っ込むの?」
 真剣な眼差しで何とも間の抜けた事を言ってのけるライ。最も本人にその自覚は全く無く、ごく自然な感想を口にしたつもりだったのだが、それが余程可笑しかったのかV.V.は愉快そうに笑った。
 その態度がカンに障ったライは思わず睨み付ける。
 「使えるのだろうな?」
 「さぁ?まだ何とも言えないよ」
 自身の眼光に全く臆する事無く、相も変わらずヒラリと受け流すV.V.を見てこれ以上は無駄だと悟ったライは、続いて奥にあるガラス張りの空間を指差しながら問うた。
 「あれはナイトメアか?」
 「正しくは、ナイトギガフォートレスって言うんだけどね」
 「何だ、それは……」
 怪訝な表情を浮かべるライに対して、V.V.はそれまで二人の会話の邪魔にならないよう無言で佇んでいた黒衣の男達に命じた。
 「説明してあげて」
 「畏まりました」
 男達は優雅に腰を折ると口々に説明を行った。
 やがて、彼等から一通り機体の設計思想を聞かされたライは端的に思いを述べる。
 「乗せろ」
 「無理だよ」
 余りにも明瞭な言葉にV.V.が思わず苦笑すると、ライはその笑みを侮辱と受け取った。
 「私では操れないと?」
 ライの眉が危険な角度を描く。
 すると、突然周囲に居た黒衣の男達がV.V.を庇うかのように二人の間に割って入ると、その内の一人が口を開く。
 「お、恐れながら申し上げます。あれは機体とパイロットを接続することで神経回路と直接連動させる、神経電位接続という特殊な操縦法を用います。今の陛下のお体では……」
 男が震える声で何とか言葉を紡ぐと、それを聞いたライは瞳を細めた後、さも残念そうに呟いた。
 「無理と言う事か」
 「そんなにナイトメアが欲しいの?」
 ライの呟きを聞いたV.V.が不思議そうな表情で問うと、彼は思わず心情を吐露した。
 「私は一日の大半をこの薄暗い地下施設で過ごしているのだぞ?それ以外は黄昏の間だが、彼処には何故か常にあの男が居る。
だからと言って外に出たところで、其処は一面既に見飽きた砂の海。お前の様に千年以上も生き続ければ退屈という思いさえ忘れてしまえるのだろうが、生憎と私はそうでは無い」
 珍しいライの愚痴を聞いたV.V.は顎に手を置くと暫しの間考え込む素振りを見せるが、やがて何かを思いついたらしく徐に口を開いた。
 「分かったよ。じゃあ、僕がプレゼントしてあげる」
 「何だと?」
 予想外の言葉だったのか、瞳を見開くと驚いた様子でいるライを余所にV.V.は更に語る。 
 「そうなると、君のデータを取らないといけないね。丁度此所にはシュミレーターもあるし、今から乗ってみる?」
 「それを早く言え」
 ニンマリと笑みを浮かべるV.V.に対して棘のある口調で言ったライだったが、目元は僅かに緩んでいた。
 そんなライを横目で捉えながらV.V.が男達に視線を送ると、主の意図を察した彼等は恭しく頭を垂れる。
 「では、陛下。こちらへ……」
 「じゃあ、僕は彼の調整を見てくるよ。終わったら言ってね」
 V.V.はそう言ってストレッチャーを押す2人の男を従えると、隣の部屋に消えて行った。
 ライもまた、男達に促されるままその部屋を後にした。

 ~そして、30分後~

 V.V.は、両腕を後ろに回すとベッドに横たわり無数の管に繋がれている半面の男を物思いに耽った表情で眺めていた。すると、不意に入口の扉が開いた。
 その音を聞いたV.V.は振り返る事無く問い掛ける。
 「どうだった?」
 だが、返事は無い。不思議に思ったV.V.が向き直ると、そこには怪訝な表情を浮かべたライの姿があった。
 「妙な体験だった。ナイトメアなど乗った覚えが無い筈なのだが、不思議と操縦方法が分かるうえに自然と体が動いた」
 「ああ、それかぁ……」
 「V.V.。お前まさか――」
 納得した様子でいるV.V.を見たライの表情が強張る。
 「寝ている間に私の体に何かしたのか!?」
 「まあ、それもあるかな」
 「貴様っ!!」
 「僕じゃ無いよ」
 右手を突き出し激昂しかけたライを制すると、V.V.は陰惨な笑みを浮かべながら問い掛ける。
 「でも、そのお陰で君はいとも簡単にナイトメアを乗りこなしたんでしょ?寧ろ感謝するべきなんじゃない?」
 「私の体は母が与えてくれたものだ!それを――」
 「そんな大事な体にギアスを宿したのは何処の誰?」
 「っ!!…それは……」
 ライは珍しく口籠もった。何故か?
 V.V.の問いは正に正鵠を得ていたからだ。

 ――ギアスの力は王の力――

 聴覚を媒介にあらゆる者を従わせる事が出来るライのギアス。正に王の力と呼ぶに相応しく、ライもそれについて異論は無かった。
 だが、それが表向きの表現なのだと言う事を彼はあの日、嫌という程思い知った。
 ギアスは彼にとって全てとも言える二人の命をいとも簡単に奪い去ったのだから。
 誰かが言った。表があれば裏がある、と。
 V.V.が言った言葉は、正にその裏の意味を暗に示していたのだ。「呪われた力を宿したクセに何を言っているの?」と。
 契約の際にそれを知らせなかったとは言え、ライにV.V.を責める事は出来なかった。
 押し付けられた力では無く、自ら望んで手にした力。それを御する事が出来なかったのは他ならぬ自分自身なのだ。
 何よりも己の過ちを他者に擦り付ける等、彼のプライドが許さなかった。まぁ、そもそもV.V.はライの契約者でも何でもないのだが……。
 「……二度と、するな……」
 ライは眉間に皺を寄せると、これまた彼にしては珍しく辿々しい口調で呟いた。
 その時、V.V.には見えた。
 か細い鎖とは別に、遙かに太く強靱な二本の鎖がライの体に巻き付いているのを。
 その瞬間、V.V.は理解した。ライは絶対に裏切れない、と。
 先程の憂いが消えていくのを感じたV.V.が今度こそ心よりの笑みを浮かべていると、再び扉が開き黒衣の男が入って来た。
 「陛下、こちらに記入を」
 男はそう言って手に持ったバインダーを差し出した。
 受け取ったライは、それに綴られた数枚の用紙を捲りながら怪訝に思う。
 「これは何だ?」
 「はい。どういったタイプの機体をご所望されるか聞き取りを――」
 「タイプは指揮官機でいい。だが、個別戦闘にも遅れを取る事が無いようにしろ」
 ライはバインダーを突き返してサラリと言ってのけると、受け取った男は恭しく頭を垂れた。
 「畏まりました。……後は、カラーリングですが――」
 「不要だ」
 「さ、左様で……」
 男が少々驚きを隠せない様子でいると、ライは一瞥をくれた後に持論を展開した。
 「どれだけ着飾ろうとナイトメアも所詮は戦いの道具。私は武器を下手に着飾るのはどうしても好きになれない」
 「では、機体保護の為の塗装は施すとして、それ以外は行わないとなりますと機体カラーは銀色になりますが?」
 「それでいい」
 「畏まりました。では」
 男は腰を折ると踵を返して部屋を後にした。
 やがて、二人の会話が終わったのを見計らったV.V.が再び問い掛ける。
 「彼への報告はもう済んだ?」
 「そう言えばまだだったな」
 「なら、先に行っててよ。僕も直ぐに行くからさ」
 「全く――」
 「小間使いのような事をさせてごめんね」
 ライの言葉を予測したV.V.が三日月を浮かべて言葉だけの謝罪を口にすると、虚を突かれる形となったライは思わず目を見張る。
 だが、直ぐに剣呑な表情を貼り付けると事も無げに言い放った。
 「……今後の方針を決める必要がある。さっさと来る事だな」
 そう言って、ライは立ち去るべく扉に向けて歩き出す。
 すると、入れ違いに今度は二人の黒衣の男達が入って来た。見た目からは判断し辛いが、一人は先程部屋を後にした筈の男だ。
 鉢合わせになった事に驚いた男達は、慌てて道を譲ると頭を垂れる。
 が、ライは当然とも言いたげに彼等の脇をまるで無視するかのように通り過ぎて行った。
 やがて、扉が閉まるのを確認するした男達は、しどろもどろといった様子で口を開く。
 「嚮主V.V.。一つ申し上げにくい事が……」
 「どうしたの?」
 「はい、先程の陛下のシュミレーター結果なのですが。その、何と申し上げたら良いか………」
 「報告は簡潔にね」
 煮え切らない態度でいる男達を見て、V.V.は内心首を傾げながらも目敏く指摘すると、咎められた男達は簡潔に思いを述べる。
 「はっきり申し上げて異常です。我々の手では、陛下に満足して頂ける性能を持ったナイトメアは……」
 「造れない?」
 「お、畏れながら……」
 「それを聞いたら彼は怒るだろうね」
 V.V.の呟きにライの怒れる様をありありと脳裏に描いてしまったのか、二人の顔がみるみる蒼褪めていく。
 他の男達も、哀れむかのような瞳で同僚達の身に起こった不幸を嘆いていた。
 すると、V.V.は余りにも不憫に思ったのだろうか?いや、違う。プレゼントすると言ったのはV.V.自身だ。
 それが無理になるという事は怒りの矛先はまず自分に向くと考えた彼は、果たして誰に向けて言ったのか、助け船を出した。
 「仕方ないね。僕からシャルルに頼んでおくよ」
 「も、申し訳ありません」
 「有り難うございます」
 男達は頭を垂れて口々に感謝の意を述べた後、再び口を開く。
 「ですが、このような数値。果たして身体調整だけで出せるものなのでしょうか?」
 V.V.は何を今更といった様子で僅かに鼻を鳴らす。
 「彼の天賦の才も一因だろうね。でも、彼が記憶を改竄されるまで何をしていたのか知ってるでしょ?」
 男達はハッと何かを思い出した様子で瞳を見開いた。
 「彼は騎士団に居たんだよ?嘗てのゼロ、ルルーシュの左腕としてね。ナイトメアの操縦に関しても、シャルルが弄ったのは彼の記憶であって知識じゃないし」
 V.V.の言葉を聞きながら男達は再び手に持ったシュミレーター結果に視線を落とした。
 そこに記された数値は正に異常の一言だった。ラウンズのデータと見比べても何ら遜色は無い。
 いや、知らない者ならラウンズの物だと勘違いを犯しても可笑しくない程だ。
 だが、これは男達のみならずV.V.も知らない事ではあるが、そこに記されているデータは騎士団に居た頃のライの戦い方とは全く違うものだった。
 以前の彼の戦闘スタイルは紅蓮のサポートに重きを置いた戦い方だった。
 個別戦闘に関して言えば、紅蓮の討ち洩らした敵を仕留める。主にナイトメアの頭部や動力部を狙うと言ったような活動停止を目的とした戦い方だった。
 最も、それは相手との力量差がある場合だけだ。拮抗していた場合は流石にそんな戦い方は出来ない。が、そもそも当時のエリア11でそんな相手はスザクを除けばまず居なかった。
 直ぐに機体が爆散する事も無く、脱出の猶予が与えられている事からも分かるように、どちらかと言えばそれは敵にも幾分か優しいものだった。
 しかし、弓矢が飛び交う嘗ての戦場の記憶を思い出した今のライの戦い方はそれとは正反対なのだ。
 敵が死のうがどうなろうが知った事では無いというような、端から殺す気で相対する戦い方。
 頭部を狙うだとか、脚を撃って活動停止にするだとか、そんな事は一切考えていない。立ち塞がるものは全てねじ伏せる。情け容赦無いものだった。戦場に立てば、味方さえも駒として使い捨てるだろう。
 それは、嘗て数多の戦場を勝ち続けて来たライ本来の戦い方。
 個別戦闘に関しては帝国最強と言われるナイトオブラウンズの一角に食い込む程であり、まだ明確なデータは無いが今なお伝わる過去の戦績と照らし合わせれば、指揮能力についても比類無き者という事が容易に想像出来る事だろう。
 しかし、それ程のデータだと言う事を彼等はまだ知らない。
 やがて、V.V.はデータを見ながら何やら囁き合っている男達から視線を移すと、再びストレッチャーの主に向き直った。
 「で、こっちの彼の調整は?」
 「既に8割方終了しております」
 「そう、ここまで来るのに1年近く掛かったけど、あと少しか。早く見たいよね」
 「畏まりました」
 主の要請に対して、男達は一斉に頭を垂れる。
 V.V.はそんな彼等を尻目に、ストレッチャーの上で未だ眠り続けている男に対して酷く陰惨な笑みを浮かべた。
 「光栄に思うといいよ。君は今まで誰も持ち得なかった力を得るんだから。ねぇ?ジェレミア・ゴットバルト……」
 嘗てゼロによって全てを失った男、ジェレミア・ゴットバルト。
 彼の存在はルルーシュのみならずライの運命さえも大きく揺さぶる事となる。正に分水嶺とも言える立ち位置に居るのだが、当の本人は未だ深い夢の中。
 だが、目覚めの時は近い。そして、目覚めた後に彼の取る行動。それは確実に運命の歯車に組み込まれているという事を、この時はまだ誰も知る由も無かった。

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 救出劇より数時間後。
 同胞を奪い返したルルーシュは、領事館の一室に居を構えていた。
 部屋の中には、彼の他にゼロの素顔を知る者としてC.C.とカレン。そして新たに加わった卜部の姿が見受けられる。
 彼等の中で最初に声を発したのはカレンだった。
 「ゼロを助けたパイロットは?」
 「星刻のルートで外に出した」
 カレンの問いに対して、端的に返すC.C.。すると、その聞き慣れない名前にルルーシュが口を開いた。
 「星刻?」
 「中華連邦の人。今の此処の責任者よ」
 「そうか。では、私も使わせて貰おう」
 C.C.の代わりにカレンが答える。
 それを聞いたルルーシュが納得した様子でいると、それまで一度も語る事の無かった卜部が動いた。
 「少しいいか?ゼロ」
 「何だ?」
 卜部の突然の問い掛けに、ルルーシュは怪訝に思うと同時にある決意を胸に懐いた。
 自分の正体について納得が出来ないのなら、他の者達に打ち明ける気なら、残念だが使うしか無い、と。
 ルルーシュは、ライが大切に想った仲間に対して出来る事なら使う事は極力避けたかったのだ。
 注意深く探るかのような瞳で見つめるルルーシュ。対して、卜部もまた普段よりも些か真剣な眼差しで見つめ返すと徐に口を開く。
 「改めて見ると…本当に若いな。それに、まさか学生とはな」
 「不満かな?」
 自身の思惑が外れた事に安堵しつつ、ルルーシュが不敵に笑うと卜部は首を横に振る。
 「いいや、驚いているだけだ」
 「卜部さん。この事は――」
 「分かっている。話す気はない」
 「藤堂達にもだぞ?」
 「っ!……ああ。俺はゼロ、君に懸けたんだ」
 心配そうに問うカレンには力強く答えたが、C.C.の問いには少々口籠もった。
 だが、それでも卜部の決意は堅いようで、その瞳に宿る強い光を認めたルルーシュは又しても不敵に笑った。
 「フッ、では今後とも宜しく頼む」
 「ああ、こちらこそ」
 そんな願いにも似たルルーシュの言葉に卜部が力強く頷くと、二人の会話を聞いていたカレンは内心胸を撫で下ろしながら話題を変えた。
 「それで、あのパイロットの事は?まさか秘密にする気?」
 「お前達とアイツの間には、バベルタワーでの一件があるからな」
 「やっぱり、同一人物なのね」
 「やはり、か」
 納得した様子でいるカレンと、寡黙な態度を崩さないでいる卜部。
 C.C.はそんな二人をチラリと見た後、ルルーシュに視線を移すと僅かに口元を緩めながら問うた。
 「知れば殴りに行くからか?」
 「ちょっと!失礼な事言わないでよ」
 「それ位は弁えている」
 二人は思わず非難の声を上げたが、案の定、魔女に効果は無い。
 逆に冷やかな視線を浴びせられる事となり、それを見透かされていると勘違いしたカレンはばつが悪そうな顔で言うのだが、その言葉は魔女にとっては恰好の餌だった。
 「その…少しとっちめるぐらいよ」
 「おい、紅月?」
 「フッ、やはりな。しかし、それぐらいで済むのか?」
 得意気に語るC.C.。その時になって誘導された事に気付いたカレンは、お返しとばかりに冷やかな視線を送る。
 「騙したわね。それに、一体どういう意味かしら?」
 「加減を知らない女だろう?」
 「あんたねぇ――」
 一触即発の空気が辺りを漂い始めると、卜部は思わず肩を落とした。こうなってしまってはどうしようも無いのだ。
 律義な彼は当初何とか止めようと割って入ったが、その結果一度語るも恐ろしい程酷い目にあっており、経験から学んでいた。
 それに、彼女達は数日も立てば何事も無かったかのように普段通りの仲に戻るのだから。
 しかし、今回ばかりは少し勝手が違った。
 卜部が触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに無関心を決め込んでいると、突如としてルルーシュが割って入ったのだ。
 「二人ともそれぐらいにしておけ」
 「でもっ!――」
 「カレン。今は言い争いをしている場合では無い」
 「それは…そうだけど……」
 「C.C.お前もだ。あまりカレンで遊んでやるな」
 「……分かったよ、坊や」
 ルルーシュが窘めると、口論は一応の集結をみた。互いに不祥不精といった様子ではあったが……。
 一方で、卜部は先程の無関心さも何処へやら。一転して安堵したかのような表情を浮かべると、それを不思議に思ったルルーシュが問う。
 「どうした?」
 「……いや、君が戻って来てくれて本当に肩の荷が降りたと思っただけだ」
 「その様子だと苦労したようだな」
 同情するかのような視線を送られた卜部は、珍しく愚痴を溢そうとする。
 理由は簡単だ。
 一年もの逃亡生活の中で、これまで騎士団には彼の上に当たる人物や同僚は居なかった。
 かといって部下に愚痴を溢すなど彼の美学が許さない。そういった事を言える相手が居なかったのだ。
 「ああ、それはもう……」
 そこまで言って、卜部は自身に浴びせられる強烈な怒気と冷気に気付くと、はたりと言葉に詰まる。
 彼は恐る恐るといった様子でそれらが漂って来る方向に視線を向けると、そこには案の定、カレンとC.C.の姿があった。
 卜部は慌てて話題を変える。
 「と、兎に角。俺はこれからも君の事はゼロと呼ばせてもらう」
 「そうしてくれると助かる」
 「ああ、それじゃあ俺は中佐の所に行っている」
 卜部はそう言うと足早に部屋を後にする。
 そんな彼の後ろ姿に容赦無く視線を浴びせ続ける二人。
 「逃げたな」
 「逃げたわね」
 すると、互いの意見が一致した事に驚いたのか。視線を交わらせた彼女達は、今度は一転して微笑を浮かべあった。
 ルルーシュはそんな二人の様子を見ながら思う。仲が良いのか悪いのか良く分からないな、と。
 どうやら彼の明晰な頭脳を以てしても答えは出なかったらしい。いや、そもそもルルーシュに女心が分かるのか甚だ疑問だ。
 やがて、卜部が部屋から逃げ去ったのを確認したカレンは、徐にルルーシュの真向かいに歩み寄ると手に持った小型のレコーダーを机に置いた。
 「ルルーシュ。約束の物よ」
 カレンが告げたのはたったそれだけ。しかし、ルルーシュにはそれだけで十分だった。 
 徐にレコーダーを手に取ったルルーシュは僅かに瞳を細める。二人はそんなルルーシュの様子を無言で見守っている。
 が、次の瞬間、ルルーシュは二人にとって予想だにしない行動に出た。
 「必要無くなった」
 そう言うとあろう事かカレンに突き返してみせたのだ。突き返されたカレンは驚きに瞳を見開くと、怒りを孕んだ口調で問う。
「どういう意味?」
「言葉の通りだ」
 カレンが怒っている事など容易に理解出来る筈だったが、ルルーシュは敢えて短く返した。当然、それは火に油を注ぐ結果となる。
 「何よそれ!死んだ人間に用は無いって言いたいのっ!?」
 激昂したカレンが詰め寄るが、ルルーシュに動じた様子は見られない。それどころか、彼は彼女達にとって信じられない言葉を言ってのけた。
「生きている」
「えっ?」
「ライは生きている」
 自身に言い聞かせるかのように反芻するルルーシュを見て、カレンのみならずC.C.さえも驚いたかのような表情を浮かべた。
 依然としてC.C.が口を挟む事は無かったが、ライの事でカレンが黙っている筈も無い。
 カレンは、なまじ先程の怒りに染まっていた方がまだ優しい。そう思わせるに十分な冷え切った瞳を向けながら詰め寄った。
「本気で…言ってるの?」
「愚問だな」
 「気休めは止めてよっ!ルルーシュ、あなたはこの一年私達がどれだけ探したか分かってない!!」
 「気休めじゃない。俺には確信がある」
 「何よそれ!」
 「それは言えない。だが、生きていると信じている」
 息をする事さえも忘れて矢継ぎ早に言葉を紡ぐカレンだったが、ルルーシュは真っ向から受けて立って見せた。
 そんな彼の態度に、本当に信じているのだと理解したカレンはゆっくりと落ち着きを取り戻して行った。
 やがて、完全に落ち着いたカレンは顔を伏せると肩で息をしながら震える声で呟いた。
 「……本当、に?」
 「ああ」
 短くも力強いルルーシュの言葉にカレンは思わず顔を上げると、彼女の瞳に飛び込んで来たのは何処までも真っ直ぐなルルーシュの瞳。
 それを見たカレンは、拳を固く握り締めると机の上にあるレコーダーとルルーシュ。双方に視線を行き来させる。
 やがて、意を決した彼女は左腕を高々と掲げると次の瞬間、あらん限りの力で降り下ろした。
 机が割れたかのような音とともに砕け散るレコーダー。
 その様子にルルーシュのみならずC.C.までもが呆気に取られいると、カレンは再び顔を伏せて辿々しい口調で語り始めた。
 「これで、もうライの声は聞けない。私がこれをずっと持っていたのは、これがライの最後の声だったから。でも――」
 「聞かせてやる」
 遮るかのように告げられたルルーシュの言葉に、カレンは思わず肩を震わせるとルルーシュは今一度告げた。
 「聞かせてやるさ」
 「……なら、お願い。ライを、探し…て……」
 普段の彼女を知る者達からすれば信じられないだろう。
 蚊の鳴くようなか細い声で願うかのようにカレンが呟くと、ルルーシュは優しげな声で応じた。
 「その願い聞き届けた。だからカレン。君も二度とライが死んだ等と思うな。必ず、必ず見つけてやる」
 カレンは顔を伏せたままルルーシュに背を向けると、先程より幾何か明るい声で答えた。
 「ありがとう、ルルーシュ」
 突然の感謝の言葉にルルーシュは一瞬目を見張る。が、彼は直ぐに申し訳なさそうに唇を噛み締めると謝辞を述べた。
 「いや、礼を言うのはこっちの方だ。信じてくれて感謝する。だが、こうなってしまったのは元はと言えば俺のせいなんだからな。カレン、済まなかった」
 「あの時はあなたなりの理由があったんでしょ?それに、あなたがライの事で嘘を吐かないって事は信じてるから」
 「そうか…」 
 ルルーシュはバベルタワーで自身が言った言葉を思い出すと、少々気恥ずかしそうに呟いた。
 それが可笑しかったのか、カレンは天井を見上げると一転して明るい口調になる。
 「皆の所に行ってるわ」
 そう告げるとカレンは幾分か軽い足取りで部屋を後にした。
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最終更新:2009年05月30日 18:56
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