カレンも部屋を去り、一人残された形となったC.C.。
「全く、あの女は」
彼女は微苦笑を唇に湛えながらカレンを見送った後、ルルーシュに向き直ると少々棘のある口調で問い正す。
「で?どういうつもりだ?」
しかして、ルルーシュはあっけらかんとした口調で問い返す。
「何がだ?」
「ライが生きているということさ。一体、何を根拠に――」
「無いんだ」
「何?」
C.C.が疑問の声を上げると、ルルーシュは机に両肘を付き手を組む。そしてその手に額を押し当てると俯いた。
「生徒会の皆から、ナナリーとライ。二人の記憶が……」
「……」
その仕草から彼の表情を伺い知る事は出来ない。
だが、C.C.は察していたのだろう。彼女は何も言わずにただ無言で続きを促すと、ルルーシュは自身の考えを告げた。
「ナナリーに関する記憶を奪ったという事は、学園に現れないと知っているからだ。だが、ライはどうだ?本当に死んだのなら何故奪った?奪う必要など無いだろう?」
「ルルーシュ。あいつはギアスを、王の力を持っているんだぞ?」
C.C.の指摘にルルーシュは面を上げる。彼女の予想通りだったのか定かでは無いが、彼の顔は憎しみに歪んでいた。
「そう、ギアスだ。だからこそ皇帝がライを押さえている可能性は十分にある。相手は実の子供でさえも道具として使う男だ。ライの存在は……大層魅力的に映るだろうな!」
そこまで言うと遂に耐えきれなくなったのかルルーシュは拳を机に叩き付けた。そんな彼を余所にC.C.は諭すかのように続ける。
「なぁ、ルルーシュ。私はギアスと繋がりのある者の事なら分かる」
その言葉にルルーシュはC.C.の瞳を無言で見据えた。
「お前が生きていると分かったのもそのお陰だ。ギアス能力者が持つ特有の波長…とでも言うか。それを感じ取ったからなのだぞ?だが、この一年ライの波長は一度も感じていない」
だが、相変わらずルルーシュは鰾膠(にべ)も無い。
「魔女のレーダーも錆びたな。それとも、何処からECMでも出ているんじゃないか?」
ルルーシュの軽口にC.C.が眉を曇らせると、それを批難と受け取ったルルーシュは鼻を鳴らすとソッポを向いた。
C.C.は内心「ガキめ」と小馬鹿にしながらも再び問う。
「本気で信じているんだな?」
「ああ」
「まさか、信じたくないという想いからでは無いだろうな?」
「くどいぞ」
話は終わりだとでも言わんばかりに吐き捨てたルルーシュは、今一度決意を述べる。
「ナナリーもライも必ず見つけてやる」
「分かったよ。私も、もう一度探りを入れておく」
最早、何を言っても無駄だと悟ったC.C.は溜息混じりに答えるとルルーシュは驚いた様子で振り向いた。
「まさか、心当たりがあるのか!?」
「……当てにはするな。それと、ルルーシュ。これだけは頭に入れておけよ?」
C.C.はそう前置きした後、紫色の瞳に疑問の色を浮かべているルルーシュに向けて何時になく真剣な眼差しで告げた。
「生きているのなら、皇帝がライを従えているのなら、間違いなくライは敵になっているぞ。それも、最悪の敵にな」
C.C.が何を言わんとしているか瞬時に理解したルルーシュは、剣呑な瞳を浮かべながら口を開く。
今日のブリタニアの覇権主義。それを決定付けたのは、現皇帝シャルルの「力こそ絶対」との国是。その源となった存在。伝説に謳われた古の王の名を。
「ライゼル、か……」
C.C.は静かに頷く。だが、ルルーシュは一層の決意を露わにした。
「良いだろう。俺はこれから世界を手にしようと言うんだ。親友一人取り戻せずして何が世界だ!!ナナリーもライも絶対に取り返してみせる!」
ルルーシュのそれが揺るぎないものであると認めたC.C.ではあったが、彼女は依然として思慮していた。
本当にライが生きているとして、ライゼルに戻ってしまっていた場合、ルルーシュは果たして勝てるのか?と。
何よりも、仮に取り返せたとしてもライに対してはルルーシュのように記憶を取り戻す術は無いのだ。
試しにC.C.はルルーシュと同じ方法を取る事を考えてはみたが、直ぐに却下した。
あれは彼女が持つルルーシュの記憶を流し込んだだけであり、ライにしようものならルルーシュの記憶を持ったライが誕生しかねない。
そこまで考えた時、C.C.は考えるのを止めた。そして、これ以降、彼女は密かに自身の懸念が事実で無い事を祈るようになった。
しかし、残念ながらその祈りは長くは続かない。ライを想う者達の中で、彼の生存とその変貌。それらを真っ先に知るのは彼女となるのだから。
―――――――――――――――――
「おおっ!懐かしの団員服!」
「やっぱりこれじゃないとなぁ。拘束服なんて二度とごめんだぜ」
領事館の中庭では、一年ぶりの団員服に袖を通し肌触りを懐かしむ面々の姿があった。
だが、そんな彼等とは一線を画すかのように相も変わらず剣呑な表情を浮かべる一団の姿も見受けられる。藤堂達だ。
「そうか、桐原翁は……」
「はい、キョウト六家の方々は神楽耶様を除き皆様……」
藤堂の呟きに卜部もまた無念といった様子でいると、そこに仙波が割って入る。
「その神楽耶様は?」
「ラクシャータ達と共に中華連邦へ難を逃れられたと」
「一先ずは安心という事か」
仙波は腕を組むと安堵したかのように溜め息を一つ溢す。一方で、今後の事を思案していた藤堂は思わず愚痴る。
「何れにしても、これからの戦いは更に厳しいものになるな」
それを聞いた二人は一様に口を噤んだ。それもその筈。嘗てのような、キョウト六家の支援はもう望めないのだ。。
周囲を敵に囲まれた、まさに陸の孤島とも言えるこの領事館から全てを始めなければならないのだから。
三人は皆一様に渋い顔を浮かべるとそれっきり押し黙ってしまった。
所変わって少し離れた場所では、そんな壮年の男達の姿を心此処に有らずといった様子で見つめる一人の女性の姿が…千葉だ。
すると、不意に彼女の側に居た朝比奈が悪戯っぽい笑みを浮かべながら背中を押す。
「告白しちゃえばいいのに…」
「な、何を告白しろとっ!」
慌てて否定する千葉。そんな時、周囲に声が響いた。
「ゼロだ!」
隊員の誰かが言った言葉に二人の目付きが鋭くなる。
千葉は我先にとゼロの元へ集まる隊員達へ向けて、牽制の言葉を発した。
「待て待て!ゼロ、助けてくれた事には感謝しよう。だが、お前の裏切りがなければ私達は捕まっていない」
「一言あってもいいんじゃない?」
遅れ馳せながら朝比奈も援護射撃を行う。
だが、ゼロには彼等の口撃は予測済みだった。
「全てはブリタニアに勝つ為だ」
ゼロが切って返すと、言葉の続きが気になる隊員達を代表して玉城が尋ねる。
「ああ、それで?」
「それだけだ」
何の謝罪も無かったゼロの言葉に隊員達の間でどよめきが起きると、千葉は更に食って掛かる。
「そんな言葉で死んでいった者達が納得するとでも?」
「その者達には心より哀悼の意を表する。だが、戦いに犠牲はつきものだ」
「戦場から真っ先に逃げ出したお前が何を言う!」
燐とした千葉の声が辺りに響くと隊員達はただ無言でゼロの言葉を待つが、ゼロは何も答えない。その事に千葉の怒りが増す。
「見下げ果てた奴だ!お前より彼の方が余程リーダーに相応しかった!」
「彼?」
「惚ける気か!?ライの事だ!お前は知らないだろうから教えてやる!彼は…彼は最後まで仲間を護ろうと戦った!!!」
その言葉に殆どの隊員達は顔を伏せた。すると、彼等の仕草を見たカレンは左手を胸に懐き一人思う。
――ライ。今でもあなたを想ってくれてる人達が……こんなにも居るわよ。
一方で、そんなカレンの様子を勘違いした扇が慌てて口を開こうとしたが、それはゼロに遮られる事となった。
「生憎、ライについては詫びる気は無い」
「何だと……?」
俄にざわめき出す隊員達。すると、呆れて物も言えないといった様子でいる千葉の代わりに朝比奈が噛み付いた。
「どういう意味だい?場合によってはゼロ。君はここに居る全員を敵に回す事になるよ?」
だが、半ば脅しに近い台詞にも関わらずゼロは事も無げに言い放つ。
「簡単だ。ライは生きているからな」
「はぁっ!?」
朝比奈が素っ頓狂な声を上げると隊員達は俄然騒ぎ出した。
「マジかよ……」
「でも、幹部の人達は生きてる筈が無いって……」
「いや、ゼロはああ言ってるんだし……」
「でもっ!……」
各々、混乱しつつも思い思いの言葉を口にする。
そんな中、いち早く立ち直った朝比奈はゼロを睨み付けた。
「君はあの爆発を見ていないからそんな事を言えるんだよ!良いかい!?あの爆発の中で――」
「やめろっっっっ!!」
「っ!!…藤堂…さん?」
「中佐?」
突然声を荒げた藤堂に驚いた様子でいる二人を余所に、彼は一人壇上に上がる。
「ゼロ、彼は生きているんだな?」
「私はライの事で嘘は吐かないと誓っている」
それを聞いた朝比奈の瞳が鋭さを増す。
「何それ。俺達には吐くって言ってるような物だよね?」
「敵を騙すには、まず味方からという言葉もある」
「そんな言葉――」
「朝比奈っ!」
二度目の叱責。
朝比奈は、怒りに染まっていたとはいえ藤堂が話している最中に割って入ってしまった事を恥じたようで押し黙った。
「もう一つ聞きたい。あの時も勝つための策を練ろうとしたんだな?」
「私は常に結果を目指す」
「分かった」
短く答えた後、振り向いた藤堂は眼下に居並ぶ隊員達に向けて言った。
「作戦内容は伏せねばならない時もある。それに今は争いごとをしている場合では無い。我々には彼の力が必要だ。私は、彼以上の才覚を――」
そこまで言った時、藤堂の脳裏に灰銀色の青年の姿が過った。
藤堂は、一瞬だけゼロに視線を移すと直ぐに向き直る。そして、軽く咳払いをした後、言った。
「彼以上の才覚を持つ者はこの場には居ないだろう!」
隊員達は互いに顔を見合わせる。そんな最中、後に続くように壇上に上った扇は一人気を吐く。
「そうだ、みんな!ゼロを信じよう!」
だが、以前のような盲信は危険だと思った南が苦言を呈する。
「でも、ゼロはお前を駒扱いして……」
それでも、扇はめげなかった。彼は一人の旧友に狙いを定めた。
「彼の他に誰が出来る?ブリタニアと戦争するなんて中華連邦でも無理だ。EUもシュナイゼル皇子の前に負け続けてるらしいじゃないか。俺達は全ての植民エリアにとって希望なんだ。
独立戦争に勝つ為にも、俺達のリーダーはゼロしか居ない!」
「そうだぁ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!」
扇の狙い通りに、玉城が音頭を取ると疎らながらも半数近くの隊員達が後に続いた。響き渡るゼロコール。
そんな中、壇上より降りた藤堂は未だ納得出来ない様子でいる二人の元へ歩み寄る。
「千葉…」
「中佐の仰る事は分かります。ですが、ゼロは彼の事を山車に使っているように思えてなりません」
申し訳なさそうに答える千葉。藤堂は視線を移す。
「朝比奈」
「俺の居場所は藤堂さんの側であって、ゼロの側じゃありませんから。その考えを変えるつもりはありません」
朝比奈は強い決意を秘めた瞳を藤堂に向けた後、再びゼロに向けて言い放った。
「ゼロ!俺が従うのは藤堂さんだけだ。俺は君の事を信じた訳じゃない。特に彼の事についてはね。この中にも俺と同じ気持ちでいる隊員は多いよ。皆を信じさせたいなら――」
「ライを捜し出せばいいんだな?」
千葉と朝比奈。二人のゼロに対する不信感は、さも簡単に言ってのけるゼロを見て更に深まって行く。
が、そんな事はお構いなしとでも言いたげにゼロは言葉を続ける。
「彼奴を大切に想うのは私も同じだ。ライは私の大切な左腕だからな」
「協力は出来ないよ?」
「構わない」
ゼロが言い切ると、朝比奈は「見つけれるなら見つけてみろ」とでも言いたげな視線を送った後、踵を返すとその場を後にした。
やがて、朝比奈の後ろ姿を見送りながら渋い表情を浮かべていた仙波が藤堂に歩み寄る。
「難しいですな」
「ああ、今は団結せねばならないというのに溝は深いようだ」
「朝比奈は戦闘隊長殿の事を評価しておりましたからな。居なくなってしまった今、それが下がる事は無いでしょう」
そう、生きている筈が無いと信じている朝比奈にとって、ライの評価が下がる事は無い。いや、むしろ上昇して行くだろう。思い出とは美化されるものなのだから。
一方、朝比奈と同じスタンスでいたがその場を立ち去るまでには至らなかった千葉は思わず尋ねた。
「中佐はゼロの言葉を信じるのですか?」
「信じると言うよりは、信じたい、だな。卜部、お前もそうでは無いか?」
「……はい」
藤堂は、いつの間にか背後に控えていた卜部に向けて振り返る事無く問い掛けると、卜部は短く頷いた。
そして、藤堂は未だ熱心にゼロコールを送る隊員達とそうでない隊員達に視線を向ける。
「何れにしても、今の我々は彼の捜索にさえ人員を割けないのが現状だ。ライ君の事はゼロに任せて吉報を待つしかない」
「「「はい」」」
三人は力強く頷いた。
一方、藤堂が彼等と会話していた頃、壇上では別の会話が行われていた。
「ゼロ、信じていいんだな?」
扇の縋るかのような視線をその身に浴びながらも、ゼロはハッキリと言い切る。
「結構だ」
頼もしい言葉を聞いた扇は、思わず呟いた。
「変わった…よな…」
「変わった?私がか?」
意外な言葉にゼロが思わず反芻すると、扇は気恥ずかしそうに言った。
「ライの事だけじゃ無い。救出の時もそうだ。俺達を……同胞と呼んでくれた」
「覚えていないな」
ゼロは夜空に浮かぶ月を眺めながら惚けてみせた。だが、ゼロが自身の言った事を忘れるような男では無い事を承知していた扇は、その仕草を見て微苦笑を浮かべると次に疑問を口にした。
「分かった。けど、何故そこまでライの事を?」
扇としては嬉しかった。自分にとっても仲間にとっても。何よりもカレンにとってライが生きているという言葉は他ならぬゼロが言った言葉だ。
扇は彼が何の根拠も無しに言うとは思えず、それは希望が持てる言葉だった。
だが、一方で千葉や朝比奈のような感情を抱く者も中には居るという事を、扇は囚われの身であった時に重々承知していた。
「彼奴は……いや、止めておこう」
一瞬、扇の前で「親友だ」と言いかけたゼロは、咄嗟に思い留まった。これ以上の特別扱いは出来なかったのだ。
「お、おい。ゼロ?」
扇の言葉を聞き流し、未だ鳴り止まぬゼロコールの中、必ず見つけるという決意を胸に一人その場を後にするゼロ。
だが、彼にはそれ以前に対峙しなければならない存在が居る。
嘗ての親友、スザク。
ゼロを、ルルーシュを未だ憎む彼がこの地に舞い戻っている事を彼が知るのは翌日の事だった。
―――――――――――――――――
その翌日の事。
何の前触れも無く突然学園に復学して来たスザク。彼は素知らぬ顔でルルーシュに笑みを送りながら手を差し延べた。
その時のルルーシュの怒りは如何程のものであっただろうか。今更推し量る必要も無いだろう。だが、それを顔に出す程ルルーシュは愚かでは無い。
彼もまたスザクと同じように何食わぬ顔で再開の握手に応じた。
丁度その頃、何処とも知れぬ場所ではルルーシュとは対照的に一人の青年が怒りを顕にしていた。
「お前は一体何を考えている!?」
黄昏の間にライの怒号が響く。
「何故あの男、枢木を日本に送った!?」
しかして、怒りの矢面に立たされている皇帝、シャルルは臆面無く言い放つ。
「新しい総督の警護の為に一足早くエリア11入りさせたまで。枢木の件はその者たっての願いでもある」
「願いだと?実の息子を餌にするような輩が、何時からそれ程寛容になった?」
「不服か?」
「当たり前だ!枢木は仮にもラウンズ。機情と対極の存在だ。あの男の事だ。必ず駒共に協力を命じるだろう。そうなれば、あの者達は立場上断る事が出来ない。このままでは命令系統が二つ存在する事になるだろうが!」
「ならば、互いに協力せよ」
譲る気は無いとでも言いたげに不遜な態度を崩さぬシャルルに、ライは軽い目眩を覚えた。
「いいか?あの男はルルーシュを憎んでいるのだぞ?引っ掻き回されるのは目に見えている」
ライは溜め息を一つ吐くと、声のトーンを幾分か落として懇切丁寧に説明したが、結果としてそれが仇となった。
「引っ掻き回す?既にしている御主が何を言う」
「何の事だ?」
意味深な発言にライは風向きが変わったのを肌で感じ取ると思わず眉を曇らせる。が、シャルルは尚も語る。
「御主はゼロに要らぬ力を与えたではないか」
「奪われる可能性があるとは言った筈だが?」
シャルルの言わんとしている事を理解したライは、せめてもの抵抗か。咄嗟に嘯いて見せたが、所詮は無駄な足掻き。シャルルは全てお見通しだった。
「奪われる事が分かっておったであろう?いや、御主はあの者達の忠誠心を利用した。ゼロが奪い易いよう仕向けた。違うか?」
「………………やれやれ、V.V.か」
ライはたっぷりと間を置くと、やがて観念したかのように呟いたが、同時にその右手は左腰に据えた剣、その柄尻を弄り始めていた。
それを見咎めたシャルルが釘を刺す。
「あの者は不死。斬り伏せた所で死にはせぬぞ?」
だが、今のライに効く筈も無い。
「分かっている。だが、首と胴が泣き別れになったら、どのように生き続けるのか。興味が湧かないか?」
陰惨な笑みを浮かべるライ。
これ以上は危ういと判断したシャルルが再び口を開こうとした時、不意に二人の背後より疑問の声が浴びせられた。
「何に興味があるって?」
「来たか。告げ口魔め」
ライは待ち侘びたかのような声色で呟き蒼い炎をその身に纏うと、白い外套を翻しながらゆっくりと振り向いた。
背後より差し込む夕陽のせいでV.V.はライの表情を伺い知る事は出来なかった。
だが、一年近くも行動を共にしたのだ。ライがどのような表情をしているのか十分理解していたV.V.。その瞳に剣呑の色が揺蕩う。
「同志に牙を向けるの?」
V.V.は自分達の関係を再認識させるべく問うたが、シャルルと同じく無駄だった。
「必要とあらばな」
ライは依然として陰惨な笑みを崩す事無く瞳を見開き凍えるような声で応じると、V.V.は不意に感慨深げに呟いた。
「君は、壊れてるね」
しかし、そんな皮肉めいた言葉も今のライには意味を成さない。
「そうだろうな、私はあの日に壊れてしまった」
ライは少し自嘲気味に笑った後、柄を握り締めると今にも切り掛からんとする。が、結果としてその剣が振るわれる事は無かった。
「止めよ!!!奪われた事を責めてはおらぬ。結果としてC.C.の居場所を突き止めた。その功績に免じてな。だが、斬り伏せた所であの者に対する命を撤回する気は無い!」
怒号にも似たシャルルの言葉。
そこに含まれる並々ならぬ決意にライの纏う炎が陰ると、それは徐々に小さくなってゆき遂には消え失せた。
柄より剥がすように手を離したライはシャルルに向き直る。
「どうしても連携を取れというか……」
「如何にも」
「だが断る。私の邪魔をするのなら例えラウンズであっても許しはしない」
検討するに値しないとでも言いたげにライはシャルルの言葉を切り捨てた。
だが、シャルルも「はい、そうですか」と簡単に引き下がるような男では無い。
「あの者達の生殺与奪は儂が握っておる」
「なら、精々肝に命じさせておけ」
シャルルの再びの忠告に、ライは苛立ちを隠さず吐き捨てると会話は途切れた。
身の安全を確認したV.V.がその小柄な体を利用して二人の間に割って入ると、シャルルのみが僅かに間を譲った。
すると、その時なってやっとV.V.は柔和な笑みを浮かべた。
シャルルもまた口元を僅かに緩めた後、再びライに視線を向けた。
「希望は確信へと変わったか?」
その問いにライはやや苦笑した。
「いや、少し薄れた。当日は私の駒がルルーシュに付いていたからな」
「思い違いか?」
「その結論に至ってしまうのは簡単だ。しかし、それでは楽しみが減る」
――楽しみ――
先程の会話から、遂にシャルルにも自身の思惑を把握された事を知ったライが遂に心情を吐露すると、呆れた様子でV.V.が忠告する。
「精々ゼロに足元を救われないようにね」
「分かっている。ところで、先程言った新しい総督の件だが、その者は皇族か?」
「何故そう思う?」
予期せぬ言葉だったのかシャルルは眉間に皺を寄せ、V.V.もやや驚いた様子で瞳を見開くと二人の様子を見たライは鼻で笑った。
「当たりだな」
「何故分かったの?まだ教えて無い筈だけど?」
一人納得しているライを余所に未だ驚いたままのV.V.が問うと、ライは自身の考え。その根拠を告げた。
「ラウンズの警護を上奏し、然もそれを認めさせた。とてもでは無いが、矮小な貴族共に出来る事とは思えなかっただけだ。まぁ、ただの推測だったがな」
「君には本当に畏れ入るね」
たったそれだけの理由で見事に正解を言い当てたライをV.V.は賞賛した。
しかし、ライが予測出来たのはそこまで。当然と言えば当然だが、新総督の名前までは言い当てる事が出来なかった。
「一体誰を送る気だ?」
今のエリア11、ライに言わせれば日本だがそこは再び甦った魔人、ゼロが巣食う地。
例え皇族であろうとも余程のやり手でなければ、ライはカラレスの末路を辿るだけだという認識でいた。
問われたシャルルは端的に答える。
「ナナリーを送る」
「ナナリー?」
シュナイゼル辺りを予想していたライにとって、その名は全くの想定外だったようで彼は思わず反芻した。
だが、直ぐに誰であるかを思い出したライは驚愕の表情そのままに叫んだ。
「ルルーシュの妹か!!」
「如何にも」
微笑を湛えるシャルルを見て、ライは冷静さを取り戻した。
「成る程、お前はお前でルルーシュがゼロか見極めるつもりか。しかし……悪趣味だな」
そう言って愉快げに唇を歪ませた瞬間、ライの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「そう言えば、何故ナナリーはこちら側に居る?報告書には――」
顔を上げたライはシャルルに向けて問うたが、意外にもその答えは下から聞こえた。
「僕が連れて来たんだよ」
ライが足下に視線を落とすと、そこにはV.V.の笑みがあった。
「拐ったのか?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。まぁ、そうなんだけどね」
ほんの少し口をへの字に曲げて抗議するV.V.。すると、シャルルが口を開く。
「出立は一週間後。事前に会っておくか?」
「良い子だよ、ナナリーは」
「興味が湧かない」
二人に断りを入れたライは踵を返してその場を後にしようと歩き始める。すると、V.V.は突然思い出したかのように尋ねた。
「そう言えば、もうすぐ"あの日"だよね?」
ライは脚を止めると些かゲンナリした様子で独り言のように呟いた。
「"あの日"か……」
「それでね、今回僕はちょっと行けないんだ」
「何だと?」
慌ててライが振り向くと、シャルルはV.V.に向かって心底残念そうに呟いた。
「それは残念ですな」
「ごめんね、シャルル。この埋め合わせはするからさ」
緩やかな雰囲気で会話する二人。
その様子をライが両腕を組んで憮然とした態度で眺めていると、V.V.は再びライに視線を向けた。
「という訳で、よろしくね。ライ」
「断るという選択肢は?」
「無いよ」
先程のお返しとばかりに満面の笑みで答えるV.V.。
「だろうな」
我ながら馬鹿げた事を聞いたと思ったライは、そう呟くと足早にその場を後にした。
やがて、シャルルが視線を落とすとライの気配が空間より消え去ったのを確認したV.V.は小さく頷いた。
それを認めたシャルルは口を開く。
「兄さん。余り挑発はなさらぬ様にして下さい」
「心配性だね、シャルルは」
V.V.は破顔したが、シャルルが険しい表情を崩す事は無かった。不思議に思ったV.V.が首を傾げると、シャルルは言葉を続ける。
「あの者の持つ剣。あれで斬られれば例え兄さんであっても――」
「どういう事?」
「あれは、あらゆるモノを打ち砕く剣です」
意味深な発言にV.V.が瞳を細めた。
「僕の定めも?」
「恐らくは……」
短く肯定するシャルルに対して、V.V.の瞳が益々鋭さを増す。
「単なる剣だと思ってたよ。そんな物が存在してるだけでも驚きだけど…シャルル、彼の気性は知ってるよね?何故そんな危険な物を与えたの?、僕にはこっちの方が驚きだよ」
「お忘れですか?兄さん。あの剣は元々彼奴の所有物です」
「ああ、そうだった。年は取るものじゃないね」
V.V.が短く声を零して気恥かしそうに頬を軽く掻くと、シャルルはV.V.の容姿と仕草。そして言葉のギャップに少々苦笑しながらも言葉を続けた。
「与えたのでは無く返したのですよ。彼奴を確実に取り込む為には刀のみを返せば良かったのでしょうが、それでは"剣はどうした?"と言い出しかねないので。それに、確認の意味もあったのですよ」
「確認?本当にライの契約者が与えた物かどうかを探る為だね?」
「ええ。当初は剣と刀。果たしてどちらが…と悩みましたが、年代測定を行った結果、答えは直ぐに出ましたよ」
そこまで話してシャルルは一旦会話を切ったが、V.V.は興味津々といった様子で続きを促す。
「それで?」
「刀については作られた年代は特定出来ました。ですが、剣については――」
「何も出なかった?」
「それどころか何で作られているのかと言う事さえも……」
シャルルは頭を振った。
一般的に剣の構成物質ならば鉄である筈。だが、そうでは無いどころか、何で出来ているのか分からないという答えにV.V.は驚嘆した。
「一体、何なの?」
「あれは聖剣、エクスカリバー」
呟くように答えたシャルル。それを聞いたV.V.は剣呑な表情を浮かべると夕日を見つめながら暫しの間無言となる。が、やがてゆっくりと口を開いた。
「…シャルル。前から思ってたけど、君はライの事で…僕に話してない事が沢山あるよね?幾ら昔憧れたと言っても、君がここまで一個人に執着するのは珍しいもの」
V.V.からの追求にシャルルは僅かに頬を緩めると、あっさりと認めた。
「何時から気付いておられましたか?」
「記憶を僅かな改竄だけで済ました時から、かな?」
V.V.の答えは、殆ど最初からと言えた。が、シャルルは何も言わずにただ無言で兄の言葉を待つ。
「あそこまで強烈な自我を持たす必要があったの?」
「彼奴には自らの意思で動いてもらう必要があったのですよ。さすれば、何かの切欠で記憶が戻ったとしても、最早逃げられません。機情の長として、彼奴が如何程の血に染まっているか。御存知でしょう?兄さん」
「成る程、罪の意識に苛まれて逃げ出れなくなる、か。……でも、これ以上の隠し事は無しだよ?僕達は、この世界でたった二人の兄弟なんだからさ」
そこまで言ってV.V.は再び向き直る。すると、シャルルは遂に重い腰を上げた。
「では、話すとしましょうか」
そして語り出した。今まで誰にも話すことの無かったライの存在理由について……。
最終更新:2009年05月31日 21:39