044-330 渇望の理由 @穴熊



面白い、面白いぞ。やはりこのエリアに来て正解だった。
なかばバカンス気分だったが、予想以上に面白い男だなゼロ。
まさかフロートも無いくせにKMFで空中戦をやろうなんて最高じゃないか。それでこそ倒し甲斐があるってものだ。
笑いを堪えながらしかし顔をにやけさせて機体を前進させていると、所々から煙を上げている飛行艦隊が見えてくる。
戦闘が近いことを感じ取り胸を高鳴らせていると不意に違和感を覚える。
「なんだありゃ?誰だ戦艦のフロートなんて攻撃したのは?」
艦隊の中でも一際大きいログレス級浮遊航空艦のフロートから煙が上がり、船体も僅かに傾いているようだ。
『落ちる?』
私の少し後ろを飛んでいたアーニャもそのことに気づいたようで尋ねてくる。
「ああ、あと一時間くらいか?確実に落ちるな」
機体の特性上それなりに勉強した航空力学やら何やらの知識を総動員して答えてやるとアーニャは小さく頷くと速度を上げる。
あの艦に乗るお姫様のお陰かめったに見られない同僚のやる気に今度は堪えずに笑い声を上げ追い抜いていく。
このままじゃアーニャに全部持っていかれる。こんな“面白そうなこと”独り占めさせるものか。
艦隊が近づくにつれて艦にへばりつく騎士団とその周りを飛び回るブリタニア軍、両方のKMFが確認できる。
「一番強そうなのはどいつだ?うおっと!?」
速度を落とし獲物を物色していると右後方から銃撃。それを避けつつ襲撃者を確認する。
黒色の雑魚が大半のなか一際目立つ灰銀色の機体“月下”。大物がかかった。
口元を緩ませながら機体をフォートレス形態からKMF形態に可変させながら甲板に降り“相手と同じステージ”にあがる。さて、どのくらい楽しませてくれるかな?
こちらの可変機構に面食らった様子だったが流石はサムライ、すぐにこちらとの間合いを計りカタナを構える。
まずは小手調べに上段からの振り下ろし。
それを斜めに構えたカタナで流しすかさず攻撃に移る。しかし相手が構えるよりも早くMVSを手の中で回転させ今度は下段から振り上げる。
並みの敵ならこれに反応も出来ずに切り捨てられる。しかし見事に“避けてくれた”。
かすりもしなかった切っ先を横目に見ながら緩んでいた口元に明確な笑みを浮かべる。
「いいぞ!もっとだ、もっとついてこい!」
右上段っ!左中段っ!突きっ!払いっ!右下段っ!回し蹴りっ!
間髪入れない連撃に相手も食いついてくる。避けて、防いで、流して、さすがに反撃までは来ないがここまで“楽しい”のは久しぶりだ。
その“お礼”に隙を作る。回し蹴りの勢いのまま背中を向ける。
来た!背後から感じる必殺の殺気。それをギリギリまで引きつけ紙一重でかわす。
刃が行き過ぎたことを感じとるとカタナを振り切った体勢で硬直する敵に再び回し蹴り。
距離が開き互いに武器を構え直す。そろそろ仕留めるか。
ここまで楽しませてくれたことに感謝と敬意を表してMVSを上段に構える。初手と同じ軌道の単純な振り下ろし。
ただし今度は本気、機体の全重量を懸けた振り下ろし。
それはカタナをへし折りそのまま敵を切り裂き、刃は甲板に深々と刺さる。
爆煙を上げる機体の後方に向かって射出されたコックピットを眺めながら呟く。
「次はもっと楽しませてくれよ?」

「ほらほらどうした?そんなんで私たちに勝つつもりだったのか?」
甲板の上を走りながらMVSを振るう。気合も何も込めていない慣性だけで振るわれる刃に次々と敵機が吸い込まれていく。
時たま死角に潜り込んだヤツがライフルで狙ってくるが、単機からの銃撃などかすりもせずハーケンで撃墜する。
つまらない。さっきのヤツを仕留めずにもっと楽しむべきだった。
戦闘前の興奮も過ぎ去り胸の内に残るのは義務感だけ。溜め息まじりにまた雑魚を切り伏せたとき視界の隅に薄紫色の機体を捉えた。
「あれはギルフォード?なんで、ってそういうことか!」
艦の側面を飛び中を覗き込む、すなわち敵は艦内に潜り込んだ。
一人で納得しているとギルフォードがMVSを艦内に突き刺す。
「私にも分けてもらうよ!」
ランスを構えていたグロースターを押しのけ突きの構えを取る。見ればギルフォードの方は仕留めそこなったようだ。
「こっちも避けてくれよっと!」
しかし、残念ながらこちらの機体は避けきれずMVSが装甲に食い込む。が、残念と思ったのもつかの間、刃がすべり辛うじて敵機は右上半身を失うだけに留まった。
もっともそれは避けられたのではなくこちらが吹っ飛ばされたからだが。
揺れるコックピットの中でその犯人を睨みつける。ハーケンを使いぶら下がった蒼い月下。
こちらが反撃に出る前に艦側面に着地すると垂直に壁を走り始めた。
無意識にそれに合わせて上昇していく。この敵は強い、それも今までの中でトップクラスだ。
今日一番いや、ここ数年で一番の笑顔を浮かべ蒼い背中を追う。


甲板に上がると敵はこちらを待ち構えていた。蒼いカラーリングに左腕の特殊兵器、あれはおそらく輻射波動とか言うやつだろう。
資料にあった“ショーイ”とかいうヤツの専用機。噂ではかなりの腕前らしいがどれほど楽しませてくれるかな?
「さあ!楽しもうぜ!」
右下からの切り上げ。さあ、どうする?避けるか?防ぐか?
「何っ!!」
驚きと共に機体に急制動をかける。まさか切り返してくるとは思わなかった。
しかもこちらより早い、明らかに後から動き始めたのに向こうの刃が先に届いた。
「どんな手品だよ!?」
胸の奥底から歓喜の嵐が吹き荒れる。さっきのヤツのように楽しめる相手とはたびたび戦った。だが、それは全て格下。同格だと思える相手などいなかった。
同格ということならラウンズの連中がいるが彼らは味方だ、模擬戦で戦うことは出来ても所詮は模擬戦。お遊びでしかない。
だからこそ、この同格の敵の登場は長年渇望し続けた悲願。喜び以外の何物でもない。
「今度はどうだ?」
高ぶる感情のままにMVSを振るう。それを軽々と避けられカタナで襲われる。
横っ飛びにそれを回避、刃の軌道は先ほど戦った敵の最後の一振りに近いがスピードが段違いだ。
何だ?何が違う?根本的には同じ機体、それでどうしてここまで違いが出る?
強さの秘密を思案していると今度は向こうから仕掛けてくる。左上段から振り下ろされる刃をMVSで受ける。
しかし、私の予想よりもだいぶ下で刃がぶつかる。もう少しで切られた、やはり早い。
そして近距離で高速戦が始まる。相手が振れば避け、こちらが振れば避けられ反撃、そいつを捌いてこちらも反撃。
見れば見るほどおかしい。機体自体は特別早いわけではないのだが、攻撃だけがいちいちこちらの予想よりも早い。
「これでどうだ!」
僅かに開いた距離を利用し、スピンの要領で勢いをつけた攻撃。
それは防がれたが、ふっ飛ばしてやったのでとりあえずさっきの艦側面で食らった最初の一撃を返したとしよう。
互いに武器を構えを直したところで周囲が暗くなる。
「なっ!!」
何事かと上空に目を向けると戦艦が落ちてくる。この機体ではあれには対処できない。
飛んで逃げようかとも思ったが、足場に使っているこの艦には護るべきお姫様が乗っている。
どうしようかと混乱していると今度は落ちてくる艦に対して極太の赤黒い光“ハドロン砲”が突き刺さり、艦が爆発する。
降りかかる細かい破片を回避しながら光の発生源に通信を入れる。
「ありがとよアーニャ。だけどこっちの艦に当たるとまずいからもう勘弁してくれ」
『護ったのに』
不満げに呟き通信を切られてしまう。文句も言ったが感謝の気持ちは本物だ、おかげでこのすばらしき敵と決着をつけられる。
改めて向き合って相手の構えに違和感を覚える。先ほどは興奮のため気にしていなかったが、普通と比べて腕が縮こまっている。
その意味に思い至る前に再び切り結ぶ。しかし、一度落ち着いたお陰か今度は相手の動きと構えの違和感がつながって見える。
数度目の激突、偶然にも私と相手は同じ右上段を選んだが、やはり向こうが先に届く。
そこで速さの秘密に気づいた、刃の描く円が小さい。
分かってしまえば何てこと無い、円が小さければそれを描く刃の移動距離が短くて済む。それだけのこと。
理解すれば盗むことも可能。柄の中央を掴んでいた両手を左右に開いていく。
「これはいいな!」
リーチを短くするのはどうかとも思ったが、接近戦ではなかなか使える。攻撃速度だけでなく武器の取り回しもしやすい。
中近距離の違いで微妙な調整がいるがこれから使ってもいいな。まあ、これを使うほどの敵にめぐり合えるか分からないが。
相手の戦法を取り込んだ私が押し始めると距離をとられる。
すぐに追いかけるが、逃げに徹するつもりかけん制の銃撃しか飛んでこない。
「おいおい、そりゃ無いだろ?もっと楽しもうぜ」
つまらない追いかけっこを始めて三つめの曲がり角、敵の姿が消えた。いや、しゃがんで待ち伏せされただけだが一瞬視界から消えた。
まずいと思ったときには足元からカタナが迫る。それを避けるために飛ぶがそこを狙われた、ハーケンが眼前まで迫り無意識にフロートを吹かす。
そのまま相手の頭上を跳び越し距離をとる。手にはまだ振るえが残っている。頭には久しぶりに感じた恐怖が焼き付いている。
「くっ、くっ、くっ、はぁー!はぁー!はぁ!いいぞ、最高だ!よくぞ私を“ステージ”から追い出した!それでこそ本気でぶつかれる!」
フロートを最大出力で降下。重力も味方につけた突撃は避けられたが、相手の装甲をかすめる。
回避体勢のまま反撃をされるが、それが届く前に甲板を強く蹴って再び飛翔。
突撃、飛翔、また突撃して飛翔。教科書通りの一撃離脱だがそれを実現できるのも圧倒的スペック差があってのこと。
本当はこんな力任せの戦い方は趣味ではないがこの相手は特別だ。
単純なスピードと力で勝る私と渡り合うほどの創意工夫。プレゼントのリボンを紐解くかのような何が飛び出してくるか分からないドキドキ感、だから。
「如何にかして見せろ!」
四度目の突撃で新たなアクションを起こされる。左腕を突きつけた体勢で突っ込んでくる。
“輻射波動”。機体内部に高周波を打ち込む防御不能の必殺兵器。玉砕覚悟で来たか。
戦闘の終了を感じ見逃そうかとも思うが最後まで全力で挑むのがここまで楽しませてもらった礼。
互いに全速力で交差する。そして空を舞う“左腕”。
輻射波動が届く直前にそれを横からMVSで切り捨てた。先ほど盗んだ技を使わなければ向こうの左手が先に届いていただろう。
しかしこれで安心はしてはいられない。左手のハーケンを打ち出しながら振り返る。やはりハンドガンを構えている。
機体を飛翔させ銃撃を回避しながらハーケンのバーニアに火を入れる。空中で方向転換したハーケンが弾丸を撒き散らす敵の右腕に食らいつく。
ハーケンは更に火を噴き勢いを増すと蒼い敵機を甲板からはじき出す。落下しながらも最後の抵抗かハーケンを打ち出されるが難なくMVSではじく。
最後に落下していく敵を視認するとそのまま背を向ける。ナイトオブテンのような虐殺趣味はない。
「もっと強くなってきてくれよ。っ!!」
久しぶりに満足いく戦闘の直後、緩みきった頭に警鐘が鳴り響きとっさに振り返ると重い衝撃。
モニターには左腕の破損表示と落下していくひしゃげたコックピット。まさかと思い蒼い機体に目を向けるとコックピットが無くなっている。
ぞっとする。もしもあの時直感が働かなければフロートをやられて一緒に海の藻屑だ。いや、海上には騎士団の回収部隊がいるだろうからこちらが捕虜になるだけ。
両腕を失い翼もなく空に放り出されて尚も食らいつく闘争心。今仕留めなければ危険だ、しかしもう一度戦いたい。
心の定まらないうちに右腕のハーケンを構える。撃つのか?
その時ひしゃげていたコックピットの一部が剥がれ落ちショーイの顔が見える。男から見ても綺麗だと思う整った顔立ち、イレブンではありえない銀髪、機体と同じ深い青色の瞳。
知ってしまった。ただの強敵ではない、私を敗北一歩手前まで追い込んだショーイだ。
撃ちたくない、もう一度戦いたい。その願いが天に届いたのか落ちていく蒼と入れ替わるように赤が迫る。
「フロート付だと!」
戦闘態勢をとるが、相手は右腕を突きつけて停止。
形状からそれも輻射波動だと分かったが近接兵器を距離をとって構えるわけが分からない。
こちらから仕掛けようとすると、その右腕から赤い光が撃ち出された。何とか避けられたが、ハドロン砲とは違う光おそらく。
「撃ち出せるのかよ、輻射波動」
呟く暇もなく再び右腕を向けられるが来るとわかっていれば回避は簡単大きく迂回しながら敵に迫る。
しかし、今度の光は先ほどよりも広がり安全圏と思っていた場所にまで届く。
やられたかと思ったが機体に外傷はなく身体もピンピンしている。が、機体が動かない。
そんな私をみると赤い機体は行ってしまい、ショーイもすでに騎士団に回収されたようだ。
「とりえずありがとよ。そしてショーイ決着は必ずつけよう」
ショーイとの再戦を楽しみにしながらとりあえず今は疲れた体を休める。
チャンスは思いのほか早くに訪れた。
ナナリー新総督が着任挨拶の席で突如発表した“行政特区構想”。一年前の惨劇以来ブリタニアでタブーとされていた構想を再び実現すると言い出した。
当初はイレブンの参加者はいないと思われていたが、そこにゼロから百万人の参加約束が申し込まれた。
ただの時間稼ぎとしか思えなかったが、ゼロの考えはその斜め上をいった。
「私を見逃してくれ」
それがゼロの交換条件だった。内輪で少々問題もあったがゼロは国外追放ということで落ち着いた。
これが本当にゼロ一人が逃げるのであれ、策略であれ一騒ぎあるだろう。そこがチャンスだ。
最悪生身であろうと再戦の機会も訪れるだろう。待っていろショーイ。

そして特区落成式当日。私の眼下には本当に百万人のイレブンが集まっていた。
黒髪の人の群れの中から銀髪を探すが見当たらない。
「おかしいな?嫌でも目立つと思っていたが、帽子でもかぶってるのか?」
諦めずにショーイを探していると式典が始まる。
『日本人の皆さん本日は私たちを信じて集まっていただきありがとうございます―――…』
ナナリー総督の挨拶が続くなか会場を見渡して確信する、ショーイはいない。
全てのイレブンの顔を確認したわけではないが、総督の挨拶の中で警備のKMFの配置や挙動に注意を払っている者だけをチェックした。
手配書で見た顔が並ぶ中ショーイの顔は無かった。とするとゼロの国外追放はヤツらの策略でそのためにショーイが暗躍している可能性が高い。
「ギルフォード注意しろ。奴ら何か仕掛けるつもりだ」
『イエス・マイロード』
一応忠告はしたが向こうもそう考えていたらしく、モニターに映ったギルフォードはこちらではなく会場に視線を向けていた。
『…―――次に特区参加における日本人の待遇について』
ナナリー総督から進行を引き継いだローマイヤがいよいよ問題の部分に触れる。
限定付きイレブンの権利復帰、テロリストたちの減刑、そして。
『ただし、クロヴィス殿下殺害等の重罪の主犯及び実行犯であるゼロの罪は許されざる物である。よってゼロだけは国外追放処分とする』
きた!仕掛けてくるならここしかない。さあ出て来いショーイ!
『ありがとう!ブリタニアの諸君!』
ゼロの声とともに会場が煙に包まれる。
『発砲準備!』
『ダメだ!まだ彼らは攻撃していない!』
『総督こちらへ!』
『枢木卿攻撃許可を!』
私たちの混乱をよそにイレブンたちからのアクションはなく徐々に煙が晴れていきそこに姿を現したのは。
「ゼロ!?」
ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ―――…。
会場を埋め尽くしていた百万人のイレブン全てがゼロに変身した。そうか、これがゼロの策略!
『さあ!全てのゼロよ、判決は下りた!共に新天地へ行こう!』
言葉とともにモニターの映像がゼロから一隻の船に変わる。あれは中華連邦の氷塊船、まさか!
思いつきのまま視線を会場に隣接した海へと向けるとそこにはやはりモニターに映った物と同じ船が、そしてその船首にはゼロともう一人。
「そこか、ショーイ!」
待ち焦がれたその銀髪に向かってフロートを吹かすがそれを遮られる。
『待てジノ!これは反乱ではない!』
勢いを殺されてスザクに文句を言おうとしたが横から割り込まれる。
『これが反乱で無いというの枢木卿!』
グラストンナイツを率いたギルフォードが叫びローマイヤも続く。
『枢木卿あなたが責任者なんですよ!決断してください!』
迫られたスザクが遥か彼方にいるゼロに向かって叫ぶ。
『ゼロ!約束しろ、この百万人を必ず幸福にすると!』
それに答えるように再びモニターにゼロが映る。
『約束しよう、彼らは私が必ず幸福にしよう!』
ゼロの答えを聞いたスザクは拳を握り締めたまま全軍に命令を下す。
『ゼロは国外追放だ!全てのゼロを追放しろ!』
その命令に皆が異論を唱えるがついにスザクの意思は覆らなかった。
百万人を乗せ小さくなっていく船を睨みながら胸中に決意する。
中華連邦だろうとどこだろうと必ず追いかける。そして必ず打ち倒してやるぞショーイ。


最終更新:2010年05月14日 05:07
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