◇
モニターに浮かぶ文字は制圧完了。
「ギルバート・GP・ギルフォード。帝国の先槍。では、これより私の先槍となってもらおうか」
ライは今一度、決意の眼差しでもって紅蓮を睨み付けるとEnterキーを押す。
絶対遵守の命令が、下された。
ギルフォード達の機体が急反転する。
「ぐっ!!」
予期せぬ自機の動きに、ギルフォードは意識を持って行かれそうになる。
彼等の機体は先程までの流麗な動きとは一線を画し、およそ人が乗っていられるのか不安になる程の不規則な軌跡を描きながら、翼上に立ち構える紅蓮目掛けて突進を開始。
1機に対して4機で襲い掛かる。
それは、戦場であれば何ら問題無い戦術だが今のギルフォード達の現状を知る者、セシル辺りに言わせれば「非人道的」と切って捨てるだろう。
だが、これこそが「至上の指揮官機を」との合い言葉と共に開発されたトライデント。
それが偶然とはいえ手に入れた戦術。言うなれば、紛れも無くその能力の一部でもあるのだ。
最も、単機決戦にシフトしたとしてもトライデントと紅蓮。その二機のスペックには如何ともし難い差が有る。勝負は一瞬で決まっただろう。
しかし、ライはそれを否定した。
一切の手を抜かずに自機のポテンシャルを総動員させて、眼前の紅蓮一機を撃滅する道を選んだのだ。
即ち、それはライが紅蓮の能力を、そして気高く立ち構えるパイロット。紅月カレンの心意気を高く評価したに他ならない。
左手にMVSを握ったトライデントが前傾姿勢を取る。
その機体内部では、正八面体に加工された特殊コアルミナスが円形かと見紛う程に激しく回転し、時折、雷光にも似た光を放つ。
ここに、全ての準備は整った。
先槍と化したギルフォード達は紅蓮との距離を2km弱まで詰めている。対するライと紅蓮の距離は8km近い。
並みの機体ならば、今動いたとしてもギルフォード達がカレンと刃を交える時には間に合わない。
しかし、トライデントであれば間に合うのだ。
「さぁ、私と踊ってくれ」
膝を付き淑女を舞踏に誘うかのような口振りで、ライは届く筈も無い言葉を手向けるとそっとペダルに足を乗せる。
そうして、踏み込むべく脚に力を込めた時。
不意に小刻みな電子音がライの耳朶を打った。音の正体はアラート音。
トライデントのレーダーが遥か前方、エリア11の方角より迫り来る飛行体を捉えたからだ。
僅かに顔を顰めたライがモニターに視線を落とすと、そこにあったのは三つの光点。
そしてその光点の隣に表示された数字を見た瞬間、ライは眉間に皺を寄せると嫌悪感を顕わにした。
【 Tristan 】3:13
【 V-TOR 】6:39
【 Mordred 】6:47
記されるのは見知った文字。表示される数字はそれらの到着予定時刻。
「…………存外、早かったな」
そう呟くや否や、ライはモニターパネルを殴りつけた。
同時に、不規則な軌道を描いていたギルフォード達の機体も止まる。
「っ!?」
突然の停止につんのめりながらも、操縦が回復した事に驚きを顕わにするギルフォード達。
だが、直ぐさま眼前に迫っていた紅蓮より距離を取るべく機体を操作する。そして――。
「な、何だったのだ? 今のは……?」
朦朧とする意識の中、安全圏まで離脱して初めて安堵の吐息を零すギルフォード。
彼の部下二人も離脱に成功していたが意識の混濁がギルフォードよりも酷いのか、こちらは一言も言葉を発する事が出来ない。
しかし、そんな満身創痍の彼等に向けてスピーカーからは無情ともいえる機械音声が響く。
『誠ノ騎士トヤラノオ出マシダ。貴公等モ、後ハ好キナヨウニ振ル舞ウガイイ。私ハ帰艦スル』
一方的に告げ終えたライは、口元を固く結ぶと憮然とした表情のまま指揮形態までも解いてしまう。
収納される左右の角。
双眸も紅より蒼へと変わると、一本角となったトライデントはその機首をアヴァロンに向けて飛び去ってしまった。
残される形となった部下達が覚醒しつつある意識の中、問う。
『ギ、ギルフォード卿……』
『如何、致します、か?』
カリグラの行動が全く理解出来なかったギルフォードは、やれやれといった様子で頭を振ると代わりに命を下す。
「直ぐに機体状況を走査しろ。その後、我々は再び攻勢を仕掛ける!」
◇
「どう、なってんの?」
背を向けて飛び去るトライデントと、突然動きを止めた三機を目の当たりにしたカレンは拍子抜けしていた。
すると、遮蔽物に身を隠しながらも援護するべく速射砲を構えていた朝日奈の月下が紅蓮の傍に歩み寄る。
『君の迫力に尻尾を巻いたのかな?』
「こんな時に冗談ですか?」
『まぁ、何にしても助かったね』
ジロリと睨むカレンの視線を朝比奈は戯けた様子で受け流した。しかし、その語尾をカレンは聞き逃さなかった。
「どういう意味です?」
ムッとした表情で問うカレン。
すると、朝比奈は咎めるでもなく真摯な眼差しを向けた。
『あのまま戦ってたらマズい事になったと思うけど?』
「そ、それは……」
カレンは言葉に詰まった。
大言を吐いたものの、彼女はトライデントが前傾姿勢を取った瞬間、恐怖にも似た感情を抱いていたからだ。
もっとも、それは朝比奈も同じだった。
その様子に、カレンも自覚しているという事を察した朝比奈は話題を変えた。
『さて、敵さんが一時後退してる今がチャンスだ。さっさと艦内に侵入しようか』
独り言のように告げると、朝比奈はカレンの返答を待たずして艦内制圧に向かおうと機体を反転させる。
その姿を見たカレンが後を追おうとしたその時、二機のコックピットに警告音が鳴り響いた。
慌てて視線を落とす二人。
すると、二機のレーダーモニターには旗艦の進行方向、エリア11の方角より迫る謎の機影を映し出していた。
「またっ!?」
「やれやれ、今度は何だい?」
口振りとは裏腹に、機影に向けて素早く機首を向ける二人。
そこに、視線の先より正体不明の機影が二機に向けて銃撃を浴びせ掛けた。
しかし、二人は難なく躱してみせる。
一方、躱されたというのに撃った機体のパイロットに「外した」という動揺は微塵も無い。
「さぁ、お仕置きタイムだ」
可変ナイトメア、トリスタンのコックピットでジノは挨拶代わりとでも言いたげに不敵な笑みを浮かべると、速度を落とす事無く翼上で身構える二機に迫る。
するとその時、突然遮蔽物の影から右腕を喪失した藤堂機が。
そして翼上からは朝比奈機とカレンの駆る紅蓮が苛烈な銃撃を加える。
が、トリスタンはお返しとばかりに難なく躱してみせた後、まるで嘲笑うかのように彼等の頭上を凄まじい速度で飛び過ぎる。
しかし、すれ違った際に視認した敵の機体状態にジノは「あれ?」と首を傾げた。
「おいおい、無事なのは一機だけかぁ?」
自身の思惑とは想定外の惨状を晒している敵機に驚きながら、ジノは旗艦後方で方向転換。
その時、トリスタンに向けて一本の映像通信が入る。
『その機体、ヴァインベルグ卿ですか?』
モニターに映る男の姿を知っていたジノは、戦闘中であるにも関わらずまるで挨拶するかのような軽い口振りで応じた。
「やぁ! ギルフォード卿か。良くここまで持たせた。それにちゃんと損害を与えてるし。流石だよなぁ』
『い、いえ。それは――』
「いいって、いいって。そんなに謙遜しなくてもさ。ところで、今から私も混ぜてくれないかな?」
『それは……願ってもいない事ですが……』
「有り難う!!』
ジノは嬉しそうに告げると機体を加速させた。
迫るトリスタン。
「この! 次から次へと!!」
「妙な戦闘機だね」
カレンと朝比奈は再び向かって来るトリスタンを左腕の速射砲で狙い撃つ。
が、ギルフォードの時とは違いトリスタンは華麗に躱しながら二機との距離を瞬く間に詰める。
そして、難なく旗艦上空に侵入を果たしたトリスタンは飛行モードを解いた。
「っ!? ナイトメアッ!」
戦闘機と見誤っていた朝比奈は瞳を見開いたが、時既に遅し。
「うわっ!!」
トリスタンが持つ鶴嘴形のMVSが横一線に振るわれ、朝比奈の月下は腰元から一刀両断されてしまう。
「まずは一つ!!」
弾むような声色で戦果を口にするジノ。
「す、すいません! 後は……」
対照的に、朝比奈は口惜し気な言葉を残すと脱出レバーを引いた。
◇
格納庫へと舞い戻ったトライデントは所定の位置、入り口より一番奥の場所にその体躯を収めた。
コックピット内で再び仮面を被ったライは昇降機を使い降り立つ。
そんな彼が見たのは、格納庫内を慌ただしく走り回る整備員達の姿だった。
一人の整備員が一際大きな声を上げる。
「次は枢木卿が着艦されるぞ! 場所を開けろ! ランスロットが出るぞっ!!」
その声に、カリグラが格納庫中央に鎮座すると主の到着を今か今かと待ち続ける白騎士に視線を向ける。
と、その後方に大口を開けている入り口より見える蒼い空。
その彼方より迫るVーTOR機を視界に捉えたのだが――。
「煩ワシイ男ダ」
一瞥すると出迎える事なく格納庫を後にした。
やがて、5分程掛けて悠々と通路を進んだ後、ブリッジの扉を潜ったカリグラ。
彼に向けて喧々囂々としたブリッジ内では只一人、ロイドが彼なりの労いの言葉を送る。
「おかえり。早速だけど、機体の感想は?」
「"エナジーウィング"カラ言ウゾ? 雲ヲ消シ飛バシタノハ見タナ?」
カリグラの問いに、無言で頷くロイド。
「原因ハ左右ノ"ウィング"ノ"エネルギー供給量"ガ均一デハ無イ事ダ。ソノ場デ調整シテハミタガ、ソレデモ全速飛行スレバ機体ハ空中分解スル。ツマリハ翼数過多ダナ。シカシ、ソノ他ノ"システム"ニオイテ文句ハ無イ」
「それはどうも。となると次は8枚で試してみようかな。所で、どうして途中で帰って来たの?」
「私ノ戦場ニ自由意志ハ必要無イカラダ」
「あれは使わない方がいいと思うけどねえ。ギルフォード卿達の心拍グラフは大分治まったけど、酷い乱れ様だったよ?」
珍しく苦言を呈するロイド。しかし、それを完全に聞き流したカリグラは椅子に腰掛けると問う。
「ソレデ、状況ハ?」
問われたロイドは諦めたのか肩を竦めるとモニターを指差す。
「流石、僕のランスロットだよね、ほら」
その先を追ったカリグラが見たのは右腕を喪失した紅い機体。
――ラウンズ3機を相手にするのは荷が重かったか……。
自ら討つ事が叶わなかった事に、心中で一抹の侘しさを感じたライがバランスを崩し翼上から墜ちる紅蓮を眺めていると――。
「そんな事言ってる場合ですか!!」
セシルの叱咤が二人に浴びせられた。
五月蝿い女だな、と口にしようとした所でライは口を噤んだ。モニターに映る旗艦が煙を吐いていたからだ。
「ドウイウ事ダ? 何故、旗艦カラ煙ガ上ガッテイル?」
「エンジンに損傷を受けたみたい」
カリグラの問いに他人事のように返すロイド。
それを聞いたセシルは肩を震わせるが、咄嗟にそれどころでは無いと判断したのか。
正面に向き直るとモニターパネルに指を走らせる。
そんなセシルを置いて、二人は呑気に語る。
「黒ノ騎士団ノ仕業カ?」
「さぁ? そこまでは分からないけど、結果的に2番フロートが停止状態。3番4番の出力も低下してる。最も、直ぐに爆発って事にはならないと思うけど、このままじゃ皆で海水浴だね」
「……………」
「それと、アプソン将軍が戦死したって報告もあるけど?」
「ソレハドウデモ良イ。デ? 総督ノ現在地ハ?」
ロイドの現状説明を聞いたカリグラが最も気に掛けている事を問うと、間髪入れずに手を動かしたままのセシルが答える。
「現在、旗艦内部にスキャニングをかけてます!」
「発見次第、"ラウンズ"ニ位置情報ヲ送レ」
「はい!」
命じ終えたカリグラは長椅子に腰掛けると頬杖を付き思慮に耽る。
――どういう事だ?
未だ機情より何の連絡も無い事と、フロートへの攻撃をゼロが命令したとするならば、彼の中で今のゼロはルルーシュでは無いという図式が成り立つ。
旗艦には、彼の妹であるナナリーが乗っているのだから。
しかし、それだと何故今まで旗艦を制圧するかのような行動を取っていたのかの説明が付かなかった。
――それとも、既に身柄を確保した故の行動か?
答えを導くには、ライを以てしても情報が決定的に足らなかった。
その為、ライは思考を一時中断すると戦況を注視する事とした。
◆
同時刻、黄昏の間。
「今頃は海の上かな?」
「でしょうな」
眩しげに瞳を細めながら金色の夕日を眺めていたV.V.が、ふと思い出したかのように言葉を紡ぐと、隣に居たシャルルが相槌を打った。
するとその時、彼等の背後に黒衣の男が一人、現れた。
男は臣下の礼を取ると徐に口を開く。
「申し上げます。太平洋上に黒の騎士団が出現。新総督を乗せた護衛艦隊と交戦状態に入ったとの事です」
その一報を聞いた二人は互いに顔を見合わせた後、振り返ったV.V.は意味ありげな笑みを男に送る。
「彼はどうしてるの?」
「新型機で出撃されたとの知らせを受けております」
男の返答は最新のものでは無い。
既にこの時ライはアヴァロンに帰艦していたのだから。
だが、それを知らないV.V.は嬉しそうに語る。
「それじゃあ始めるけど……構わないよね?」
「えぇ」
V.V.の提案にシャルルは短く返す。
「C.C.の驚く顔が目に浮かぶよ」
そう独り言のように呟くと、V.V.は陰惨な笑みそのままにゆっくりと瞳を閉じた。
◆
中華連邦を出港して佐渡に向かい、卜部達を拾うとそこから津軽海峡を抜け太平洋へ至る航路。
そんな長い船旅の末、戦場に到着した黒の騎士団の潜水艦。
その艦内にある大型モニターには今、一機のナイトメアの姿が映し出されていた。
黒の騎士団初となる飛翔滑走翼を備えた紅いナイトメア。紅蓮可翔式だ。
モニターに映し出されるその勇姿に団員達は熱い声援を送る。
しかし、そんな中にあっても緑髪の女、C.C.は彼等とは一線を画していた。
「カレン、頼む……」
冷静さを失わない麗貌のまま、C.C.は小さく願った。
しかし、その時。
彼女は思い掛けない事態に遭遇する事となった。
「っ!?」
突然、感じ慣れた気配を察知したのだ。
その気配に彼女は思わず瞳を見開くと、咄嗟にモニターから視線を逸らし一人虚空を見やる。
当然、そこには無機質な灰色をした隔壁しかない。
しかし、その視線は確実に捉えていた。潜水艦内から見える筈の無い蒼い空。そこに浮かぶアヴァロンを。
隔壁を浸透するかのように漂って来る気配に対して、C.C.は傍目には分からぬ程度に柳眉を顰める。
それは、ギアス能力者が持つ特有の波長だったからだ。
C.C.は直ぐさま記憶を探り始める。これを持つ者が誰であったか、と。
答えは呆気なく出た。
「ライ、お前なのか?」
知らず、C.C.は尋ねるかのように呟いた。
近くに居た神楽耶やラクシャータ達は、獅子奮迅の活躍を見せる紅蓮可翔式の勇姿に釘付けになっており、気付く事はなかった。
明後日の方向を見つめたまま、返って来る事の無い返答を待つC.C.。
だが、いつまでも黙っているというのは彼女の性格上有り得ない。
C.C.は微笑を浮かべながらライに向けて念を飛ばした。随分と女泣かせな事をしてくれるな、と。
実際の所、彼女はこんな台詞を飛ばす気は毛頭無かったのだが、久方ぶりに弄れる事に我慢出来なかったのか、つい使ってしまった。
しかし、今となっては後の祭り。
同時に、珍しく興奮気味であった彼女は忘れていた。以前、自身がルルーシュに警告した筈の言葉を。
C.C.は内心驚きに満ちた言葉が返って来るのを期待する。反応は直ぐにあった。
だが、その聞き覚えのある声を受け取った瞬間、C.C.は露骨に柳眉を逆立てた。
――貴様か、C.C.……。
その言葉は、殺意の固まりだったからだ。
並の人間ならば、聞いた瞬間全身に鋭利な何かを突き立てられたと錯覚しても可笑しく無い程の。
だが、彼女はC.C.だ。
直ぐに皮肉めいた笑みを浮かべると、売り言葉に買い言葉といった様子で軽口を飛ばす。
――フッ。坊や風情が随分と勇ましく……。
が、飛ばしている最中にライの波長は突如として消えた。
C.C.は本能的に理解した。邪魔をされた、と。
そして、己の念話を遮る事が出来うる力を持つ者を彼女は一人しか知らなかった。
同時に、以前何気なく言ったルルーシュの言葉が彼女の脳裏を過ぎる。
―― 何処からECCMでも出てるんじゃないか? ――
言い得て妙とでも言うべきか。ルルーシュの言葉は的を得ていた。
――そうか。やはりお前だったか……V.V.。
この時、彼女は全てを理解した。
何故今までライの波長を感じる事が出来なかったのかという事を。
C.C.がライの波長を喪失する原因となった事案は後にも先にもたった一度。
そう、それは1年前の事。
ジェレミアの駆るジークフリードを心中相手に見定めた彼女が海に突っ込んだ時だった。
圧壊されてゆくコックピット。同時に空気も失われていった。
如何に彼女が不死であろうとも、酸素の乏しい空間で意識を保つ事は不可能で、遂に彼女は意識を失った。
同時に、それまで朧気に感じていたルルーシュとライ。二人の気配も手放さざる負えなかった。
次に彼女が目を覚ましたのは機体の残骸の中、大海原を彷徨っていた所を卜部達に救出された時。
直ぐに探りを入れたC.C.が真っ先に感じ取ったのは、遠ざかって行くルルーシュの気配。
当然だ。ルルーシュの契約者はC.C.なのだから。彼に対する優先順位は彼女にある。
一方で、ライの気配は微塵も感じられなかった。
そこに卜部より知らされた「生死不明」との一報。
C.C.は、当初それを全く信じてはいなかった。
いや、内心信じたくは無いという思いもあったのだろう。
その後、C.C.は密かに探りを入れてはみたものの、ライの存在は霞の中に消えたようで全く分からなかった。
それが1ヶ月も続けば、いい加減彼女としても諦めに近い感情を抱くというもの。
しかし、V.V.はあの時に全てを済ましていた。
ライの契約者はC.C.でもV.V.でも無い。故に、先に奪った者勝ち。
V.V.はC.C.が意識を失っているのを良い事に、狙い澄ましたかの様に彼女から優先権ごとライを掻っ攫った。
脳裏に「言えるものなら言ってごらん」とほくそ笑むV.V.の姿を思い起こした彼女は、珍しく怒りに肩を震わせた。
しかし、流石にそんな雰囲気を醸し出しては周りに居る隊員達も気付く。
だが、彼等も怒りの理由までを理解出来る筈が無く、触らぬ神に祟り無しとばかりに距離を置いた。
が、すぐ傍に居た二人だけは真逆の反応を見せた。神楽耶とラクシャータだ。
「どうされたのですか? カレンさんは頑張って下さってると思いますけど?」
「そうよ。あたしの新型をあそこまで乗りこなしてるのよ?」
しかし、流石の二人もC.C.の怒りの理由を理解出来てはおらず見当外れな意見を口にした。
すると、返事が無いどころかC.C.の視線に気付いた二人は揃って首を傾げた。
C.C.は自分達とは違ってモニターを見ておらず、まるで猫のように明後日の方向を凝視していたからだ。
「どうされたのでしょうか?」
「さぁ? あたしに言われてもねぇ」
小声で互いに疑問を口にする二人。それもC.C.には全く聞こえていない。
彼女にとってライの生存を確認出来た事は喜ばしい事なのだが、如何せんタイミングが最悪な上にV.V.は他者に対して絶対に気付かれない方法で告げて来た。
今の騎士団の現状を知っているC.C.からしてみれば、告げようにも告げられない。
喜びよりも先に、腸が煮えくりかえる思いだったのだ。
言えばルルーシュはどうなるか。
只でさえ最愛の妹が敵側に居るのだ
今の状態でライの事まで告げるのは憚られた。
尤も、ルルーシュに関してはナナリーを無事に救い出してからでも遅くは無いだろうと結論付ける事が出来たが、他の隊員にはとてもでは無いが言えたものでは無かった。
彼らもまたライを大切に思っており、今では日本解放と同じ程にライの仇を、と思う者達も少なくない。
更に言えば、幹部である四聖剣メンバーの中にはゼロよりも寧ろライ寄りだと言っても良い者達も居る。
どうしたものかと考えるC.C.の脳裏に、不意に悲しみを湛えた紅髪の少女の姿が浮かんだ。
彼女が最も考えたく無かった事でもあるのだが、それは無理からぬ事。
C.C.は軽い頭痛を感じながらも考える。
伝えたとしたら恐らく、いや間違いなくカレンは喜ぶだろう。それこそ良く教えてくれたと言ってピザを自腹で奢る可能性すらある、と。
C.C.は、それは実に良い事だと思いながらも、一方では絶対に言えないという事も理解していた。
今のライはルルーシュの時とは訳が違うのだから。
先程感じた殺気は一年前、ディートハルトにギアスを掛けた時に見せた雰囲気を遙かに凌ぐものだったからだ。
下手に出会ってしまえば、その変貌ぶりにカレンはどうなるか。C.C.は考えるまでも無かった。
いや、カレンだけでは無い。
ライの仇を誓う者や生存を願う者。それらを力の糧としている者達に与える衝撃は計り知れない。
だが、対するライは違う。
躊躇する事無く殺しに来るだろうという事は容易に想像出来ていた。
そうなれば、待っているのは惨劇のみ。
C.C.は、伝える事が許されるのはかろうじてルルーシュのみだと結論付けると、戦況に見をやる。
すると、モニターにはラウンズ2機を退けたカレンがスザクに突貫する映像が映っていた。
◇
「どっけえぇぇっ!!」
猛禽の爪が白騎士に襲い掛かる。
激突する両者。互いに一歩も引かない。
しかし、押し返す事が出来ない事にスザクは驚きを隠し切れなかった。
「そんな!? ユグドラシルドライブのパワーも上がってる筈なのに……」
「このっ!! 流石にキツイかな……」
対するカレンも流石に力任せ過ぎたと反省していると、ランスロットのコックピットにセシルの声が響く。
『スザク君っ!! 総督の現在地が分かったわ! ブリッジ後方のガーデンスペース。でも、墜落まで後47秒!!』
「必ず助けます!!」
強い決意と共にコックピットモニターに映ったセシルを見やるスザク。
しかし、一瞬とはいえ紅蓮より視線を逸らした事が仇となった。
「っ!? しまった!!」
虚を突いて放たれた紅蓮のハーケンがランスロットの左側頭部を抉る。
「ぐっ!?」
衝撃に揺れるコックピット。
スザクは堪らず顔を顰めるが、直ぐ様ランスロットを反転させると紅蓮に背を向けた。
それを見たカレンが「逃げる気?」と憤慨した直後、今度は潜水艦内からC.C.と神楽耶。二人の声が飛ぶ。
『カレン、今はスザクより――』
『ゼロ様を!』
「分かってるけど、何処に――」
カレンが悲痛な面持ちで嘆いた時――。
―― カレン! スザクを追え!! ――
彼女の脳裏に一年前に聞いたライの声が過ぎった。
「そっか……分かりました、神楽耶様!!」
力強く応じたカレンは、旗艦の装甲にコアルミナスコーンを使って大穴を開け突入するランスロットを追うべく、ペダルを踏み込んだ。
◇
アヴァロンのブリッジに据えられた椅子。そこに居座る銀色の仮面の下で、ライは一人物思いに耽る。
――何が嬉しいというのだ? 私は……。
突然の標的からの念話。
それが明らかに上から目線で発せられた言葉だと理解すると、沸々と怒りが沸いたライは殺意で以て応じた。
だが、僅かな間と共に再び返って来た声には臆した様子など微塵も無かった。
いや、それは寧ろ先程以上に尊大な響きを持っていたが、言葉の途中でその声は突然聞こえなくなった。
当然の如くライはその理由を考える。
すると、その時になって初めて自分の口元が緩んでいる事に気付いた。
そして、当初に記述した思いに至るという訳だ。
その笑みはライ自身喜んでいると分かるものだった。目標が見つかった事に対してでは無い。
何故か。
あの声を心の内で反芻する度に、ライは酷く懐かしいような感覚を覚えていたのだから。
心に波風を立てられた今のライにとって、最早戦況など眼中に無かった。
ただひたすらに、その答えを探るべく思考の海に沈み行く。
しかし、それはセシルの悲痛にも似た声にサルベージされる事となった。
「ああっ! 重アヴァロンがっ!」
その声に我に返ったライは仮面越しにモニターを見やる。
飛び込んで来たのは海面上で爆散する旗艦。
これにはライも思わずといった様子で椅子から立ち上がる。が――。
「だからさぁ、セシル君。総督ならさっき救出したってスザク君が言ってたじゃない」
果たして目の前の現状を理解しているのか。全く心配しているといった素振りを見せないロイドの言葉。
それは、ライを固まらせる程にこの場には似つかわしく無い声色でもあった。故に――。
「ロイドさん! 何であなたはそんなに暢気なんですかっ! あの爆発見て無いんですかっ!?」
セシルの表情には普段の温和な面影は見る影も無い。しかし、これもロイドには効果が無かった。
「だからさぁ。大丈夫だって――」
ヒラヒラと手を振りながらロイドが言葉を発した時、遮るように通信が飛び込んで来た。
発信者はスザク。
そして、それは総督の無事を知らせるものだった。
通信内容が告げられた瞬間、ブリッジは大歓声に包まれた。
ある者は同僚と固い握手を交わし、またある者は両手を高々と突き上げる。
セシルも両手を口元に添えると瞳を潤ませる。
が、そのような只中にあってもロイドは一人自慢気に語る。
「まぁ当然だね。何といっても僕のランスロットは――」
「ランスロットじゃなくて救助したのはスザク君です! ス・ザ・ク・君! 分かりましたか?」
安心した結果、それまで渦巻いていた感情を全て怒りに向ける事が出来たセシルは、普段の温和な表情のままに寒々とした怒気を向ける。
すると、これには流石のロイドも肝を冷やした。微笑みながら怒られる事程恐ろしい事は無いのだから。
「そ、そうでした。そうでした。いやぁ~、流石だよね、彼」
ロイドは額に冷や汗をかきながらも全面的に同意する。
だが、若干不満だったのか直ぐさま背筋を丸めて顔を逸らすと子供のように口を尖らせた。
それを見咎めたセシルが口元を引き攣らせる。
と、危険を察知したロイドは背筋を伸ばすと回れ右。話し相手を変えた。
「慌て無くても大丈夫だよ」
「慌テル? ハッ! マサカ……」
ロイドと視線が合ったカリグラは、そう言いかけたところで自身が未だ中腰のままである事に気付いた。
「…………………………」
無言で身を正したカリグラは椅子に座り直すと、ロイドは愉快げに口を開く。
「ふーん。君にも一応喜怒哀楽の感情は揃ってるみたいだね」
「ソウイウ貴様ハ"喜々楽々"シカ無イノデハナイカ?」
「あはぁ。一本取られたね」
二人はブリッジに詰める者達の冷ややかな視線を無視して、暫しの間、埒も空かない言葉の応酬を続けた。
最終更新:2010年07月28日 03:27