044-412 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ TURN04 太平洋奇襲作戦(中編) ~ 02 @ライカレ厨


 ◇

 デヴィットが翼下から飛び出した時。
 一人レーダー画面を注視していた事が功を奏したと言える。
 藤堂は反射的に振り向くと、カミソリのように鋭い瞳を見開き叫ぶ。
 「紅月君! 後ろだ!」
 『っ!?』
 藤堂の声に導かれるかのように振り向いたカレンの眼前には、MVSを振り上げるグロースターエアの姿が。
 一瞬遅れて紅蓮のコックピットに警告音が鳴り響く。しかし――。
 「今更気付いたところで、もう遅い!」
 獲った!!とばかりにデヴィットはMVSを振り下ろす。
 が、そこで紅蓮は信じがたい程の反射速度を見せた。
 左腕に忍ばせていた呂号乙型特斬刀を引き起こし最小の動作で弾いてみせると、返す刀でMVSを握ったデヴィット機の手首を切り飛ばしたのだ。
 「なっ!?」
 驚愕と共にデヴィットは機体のバランスを崩してしまう。 
 「舐めんじゃないわよっ!!」
 短く吐き捨てると射殺さんばかりの瞳で睨み付けるカレン。
 肉薄する二機。
 しかし、それはとどのつまり……紅蓮の距離。
 背筋に悪寒が走ったデヴィットは、咄嗟に距離を取ろうとする。対するカレンはそうはさせじとハーケンを射出。
 「くっ! このっ――」
 「逃がさないって言ってんでしょ!!」
 グロースターの足首にハーケンを絡ませた紅連は力任せにたぐり寄せ始めた。
 「デヴィッド!」 
 そんな部下の危機を目の当たりにしたギルフォードは直上より急降下する。
 が、そうは問屋が卸さなかった。
 「させん!」
 藤堂は瞬時に上空に向けて速射砲を構えると、千葉と朝比奈もその後に続く。
 大空に響く無数の銃撃音。
 しかし、ライはそんな灼熱の戦場を見て只一人、嬉々とした笑みを浮かべていた。
 ――成る程、枢木に匹敵するとのロイドの言葉。間違いでは無いな。さて……。
 胸中で紅蓮に及第点を付けたライは思考を切り替える。
 「餌と成り果てた者に用は無いのだが。ギルフォードめ……仕方無い」
 ギルフォードの行動を目の当たりにしたライは、短く舌打ちすると指示を飛ばす。
 『オ前達モ続ケ! 射撃ヲ分散サセロ!』
 変声機越しに命を下した後、一転してライはまるで下らない喜劇でも見ているかのように冷めた表情のまま、送られて来る映像を眺めていた。

 ◇

 旗艦後方より再び迫る二機のグロースター・エア。それを視界の端に捉えた千葉が吠える。 
 「朝比奈、そっちは任せた!」
 『全く、無茶言ってくれるよね!』
 千葉は朝比奈の言葉を聞き流すと再び上空を見上げ狙い撃つ。
 対する朝比奈はというと、千葉の頼みを何とも軽い口振りで引き受けたがその表情は真剣そのもの。
 朝比奈はいつ何時飛来するとも分からない光弾。
 その発射時を発見するべく、周囲を睨み付けながらも迫り来る二機に対して隙の無い銃撃を加えていた。
 この朝比奈の働きは、ライにとって少々予想外だった。
 ――あのパイロット……中々やる。あの二人では荷が重いか。
 モニターから送られて来る朝比奈の働きを見たライは率直な感想を胸に抱く。
 しかし、それも一瞬の事。
 ――さぁ、餌は目の前だぞ? 紅蓮二式。
 ライは邪な笑みを浮かべると操縦桿を握り締めた。
 一方、ライの指摘した通りに二機のパイロットは苦戦していた。
 腕ではギルフォードやデヴィッドより劣る彼等は、朝比奈の的確な射撃に反撃する事が出来ず回避運動を取る事で精一杯。
 全く以て近付けないでいる。
 その頃、彼等と同じくギルフォードもまた、苦戦していた。
 「くそっ! これではっ!!……」
 直上より降下した為、翼上に陣取る藤堂達にその翼を盾にされる格好となってしまっていたからだ。
 ギルフォードは翼への損傷を気にする余り撃ち返す事が出来ず、二機から放たれる苛烈な対空砲火を必死に回避しながら、徐々に距離を詰める事しか出来ないでいた。
 結果、デヴィッドの命運は決まった。
 「ぐっ!!」
 デヴィッドの乗るコックピットに衝撃が走った。遂に捕まったのだ。
 グロースター・エアの喉元を鷲掴みにする異形の右腕。そして――。
 「食らいなぁっっ!!」
 勝利宣言にも等しいカレンの一声。
 必殺の一撃。
 三本爪の間から紅い光が迸り、唸り声にも似た重低音が響き渡るとグロースター・エアの装甲が泡立つ。
 「くっそおぉぉぉっ!」
 輻射波動の直撃を受けたデヴィッドは堪らず脱出レバーを引くと、彼を乗せたコクピットブロックは海原に落ちて行った。
 それを見たギルフォード達は再び射程圏外へと離脱する。
 直後、轟音と共にグロースター・エアは爆散した。巻き上がる黒煙。
 しかし、その時。
 轟音を聞いた藤堂が、一矢報いた事にフッと一息吐き呼吸を整えた正にその時。
 雲海の中から光弾が現れた。
 それも、一定の距離を開けて左から右へとほぼ同時に。 
 「光った! 10、12、14時の方角!! やっぱり居ましたよ! 藤堂さん!!」
 目を光らせていた朝比奈は、捉えた瞬間早口で捲し立てた。
 しかし、そんな彼を嘲笑うかのように三発の光弾は瞬く間に距離を詰める。
 振り向いた藤堂は気流に乗って不規則な軌道を描きながら、しかし、狙い澄ましたかのように迫るそれを視認した結果、誤解した。
 「少なくとも三機かっ!」
 千葉もまた、朝比奈の警告に射撃を止めると三人は一様に回避運動を取る。
 その頃、ギルフォード達には再び命が下っていた。
 『"A1"!! 紅イ機体ヲ狙エ! 残リハ彼我ノ戦力ヲ分断セヨ!』
 「はっ!」
 ギルフォードは、命じられた通りに再び紅蓮に狙いを定めると急降下。
 残りの二機も千葉と朝比奈を射程圏内に捉えるべく迫るが、光弾はそんな味方をあっさりと追い抜いた。
 光弾との相対距離が700mを切る。その時――。
 「妙だ……」
 藤堂は不意にこれまでとは違う三方向からの一斉射を訝しむと、咄嗟にその射線軸を脳裏に描く。
 瞬間、戦慄と共に振り向いた藤堂は瞳を見開いた。
――まさか、これが本当の狙いかっ!?
 彼の視線の先は、黒煙に覆われていたのだ。
 「いかんっ!!」
 相手の意図を察するや否や藤堂は叫んだ。
 彼の脳裏に浮かんだビジョン。
 先程と寸分違わず自分達に向けて飛来する三発の光弾。しかし、それらは藤堂達だけを捉えていた訳ではなかった。
 その射線軸の交点は、まさにその黒煙の中に収束されていたのだ。そして、その中に居るのは……。
 「紅月君を守れぇっ!」
 藤堂の鶴の一声にハッとなる千葉と朝比奈。
 一方で名を呼ばれたカレンは慌てて紅蓮を振り向かせるが、巻き上がる黒煙により視界は頗る悪い。
 だが、今の藤堂に詳しく説明している余裕は無かった。
 機体を正対させ廻転刃刀を真横に構えた藤堂は二人に激を飛ばす。
 「何としても止めろ!」
 『『承知!!』』
 藤堂の動きを視界に捉えていた千葉と朝比奈の両名は、瞬時にその意図を理解する。
 藤堂と同じく射線軸に陣取りながら、再び迫り来る2機のグロースター・エアを射撃でもって牽制。
 光弾との相対距離が300mを切った。
 その時、中央に陣取っていた千葉の視界に一瞬だけ影が過ぎった。
 彼女はほとんど反射的に振り仰ぐと、その瞳に映ったのは再び急降下を開始した影の主。
 続いて彼女が見たのは気流に流され薄れつつある黒煙と、その中にうっすらと映える紅の機体。
 相対距離100m。
 「紅月ィィッ!」
 「っ!?」
 千葉が叫んだ時、カレンの視界がようやっと晴れる。
 しかし、時既に遅し。
 射線上に陣取った三人に光弾が襲い掛かった。
 「「「くうっ!」」」
 至近距離での爆発。砕け散る藤堂の廻転刃刀。
 朝比奈も同じく刀を、千葉は速射砲ごと左腕を持って行かれた。
 同時に、ようやっとカレンの視界も晴れる。
 「あ、ありが――」
 『上だ!!』
 千葉の一喝。
 同時に藤堂が速射砲を紅蓮の頭上に構える。ハッとなったカレンが直上を見上げると――。
 「ハァァァァッ!」
 そこには今にも切り掛からんとするギルフォード機の姿があった。
 だが、千葉の切羽詰まった叫びが功を奏していた。
 二機の間は先程のデヴィッド機の奇襲よりも幾分か距離があったのだ。
 カレンは咄嗟に操縦官を握り締める。
 煙を上げるランドスピナー。翼上に黒い轍を残す。
 カレンは紙一重の所で機体をターンさせると、振り下ろされた刃を躱してみせた。
 「っ!? まだだっ!」
 ギルフォードは打ち落とした刃を左斜めに切り上げる。が、紅蓮は右腕でMVSを握った敵機の手を掴みそれを阻止。
 整った必殺の態勢に、ギルフォードの顔が焦燥に染まると猛禽の瞳をしたカレンが叫ぶ。
 「あんたも食らえ!…しまった!」
 しかし、カレンはここにきてカートリッジの射出を済ませていない事に気付いた。


 「っ!? 撃てないのか? ならばっ!」
 好機と捉えたギルフォード。機体の右手が腰に据えたライフルに触れる。が――。
 「させるかぁぁぁっ!!」
 カレンは咄嗟に左腕の刀で胸部を狙う。
 「っ!!」
 ギルフォードは咄嗟にライフルに触れかけた右手を素早く戻すとそれを阻止。
 結果、互いに両手を塞ぎあう形となった二機。
 掴んだままでは紅蓮のカートリッジは射出出来ない。しかし、手を離せばMVSの打ち落としが待っている。
 ギルフォードの場合も似たようなもの。
 右手を離せば、ライフルに触れる前に貫かれてしまうのだから。
 膠着状態。
 朝比奈は、依然として懐に飛び込まんとする二機の対応で手一杯。
 藤堂は速射砲を構えつつも、紅蓮を盾にするかのように陣取るギルフォードに対して引金を引けずにいた。
 「これでは撃てん!」
 藤堂が思わず歯噛みすると――。
 「紅月! そのまま捕まえていろ!!」
 現況を打開するべく、残った腕に廻転刃刀を握り締めた千葉の月下が駆け出した。

 ◇

 その頃、再び雲海の切れ目より顔を出していたトライデント。
 二機の攻防を俯瞰していたライは感嘆の声を上げる。
 「良い反応速度だ……やるな」
 愉しくて堪らないとても言いたげにライは口角を釣り上げたが、飛び出した千葉機の動きを見るや否や形勢不利と判断した。
 『"A1"、ソイツゴト上昇シロ』
 「Yes, My Lord!!」
 即応したギルフォードはフロートの出力を全開にして機体を上昇させる。
 紅蓮の爪は獲物を捉えて離さない。
 「逃がさないって言ってんでしょ!!」
 だがゆっくりと、しかしながら確実に引き上げられていく紅蓮。
 『紅月! 手を離せ!』
 『無茶だよ!』
 後少しという所で間に合わなかった千葉と、迫る二機を追い返した朝比奈が。そして、構えながらも撃てずにいる藤堂が叫ぶ。
 『紅月君!』
 「でもっ! やっと掴まえたのにっ!」
 そうこうしているうちにも紅蓮はその高度を上げて行く。
 ライはそんな紅蓮を見て一言。
 「ザリガニのような奴だな………ザリガニ? V.V.め、余計な知識を……」
 少々間の抜けた感想を溢しながら、ライはギルフォードよりやや低い高度まで自機を降下させると再び命を下す。
 『"A1"、ソコデ止マレ』
 「い、一体何を?」
 慌てて停止するギルフォード。
 時を同じくして、カレンも困惑の色を隠せずにいた。
 「止まった? な、何で!?」
 そんな戸惑う二人を余所に、陰惨な笑みを浮かべたライは――。
 「確かに良い乗り手だったが、これでさよならだ」
 そう告げるとトリガーを引いた。
 『また光った!!』
 紅蓮のコックピットに朝比奈の声が響くと、自身目掛けて飛来する光弾を認めたカレンは焦る。
 「ち、ちょっと待ちなさいってばっ!!」
 咄嗟に右手を離し備えようとする紅蓮。
 しかし、左手はギルフォードに捕まれたまま。
 一方で、自由を取り戻したギルフォードの左腕は当然のようにMVSを振り下ろす。
 が、カレンは直ぐさまカートリッジを射出すると、今度はその振り下ろされるMVS自体を掴んでみせた。
 同時に放たれる紅い光。ギルフォードは堪らず柄を手放す。
 「くっ!!」
 直後に起きた至近距離での爆発と、輻射波動が使用可能という事を見せつけられたギルフォードが顔を顰めると――。
 『"A1"、右手ヲ離セ』
 再びの命に、その意図を図りかねたギルフォード。
 しかし、彼は困惑しつつも直ぐさまそれに倣う。
 法則に従って落下する紅蓮。
 カレンは直ぐさまカートリッジを射出すると、再び親指を輻射波動のスイッチに添える。
 「お願いっ!!」
 瞬間、紅い光が発せられたかと思うと、それは頭部に着弾寸前の光弾を弾いてみせた。
 その光景を目の当たりにしたライは思わず身を乗り出した。
 「バカなっ!! 防いだのか!?」
 ライの驚きを余所に、紅蓮はその右腕を正面にかざしながら墜ちて行く。
 「た、助かった……」
 間一髪。
 難を逃れたカレンは心底安堵したかのような声を溢したが、それはまだ早かった。
 『残り二発!』
 再び響いた朝比奈の声。
 「何なのよ、これ!!」
 紅蓮の落下に合わせるかのように、寸分の狂いも無く襲い掛かる光弾にカレンは一瞬舌を巻く。が――。
 「でも、残念!」
 勝ち誇った笑みを浮かべたカレンは、二発の光弾も同じ要領で弾くと後方へ振り向きハーケンを射出。
 ハーケンが旗艦の翼に食い込むと、走り寄った千葉機がすかさずワイヤーを引く。
 結果、遂に紅蓮は翼上へと舞い戻った。
 「あれを防ぎ切った、だと? こちらの出力不足か……いや、何れにしても楽しませてくれる。シミュレートではこうはいかないからな……」
 翼上に立つ五体満足な紅蓮の姿を見つめつつ、ライは子供のように口元を綻ばせると胸の内で認めた。
 あの機体は、己が全力で対峙する価値がある、と。
 故に、続いて発せられた言葉は必然と言える。
 「全機距離を取れ。次は私が出る」
 それは、真の意味での出撃宣言。
 ライはペダルをゆっくりと踏み込む。
 銀色の装甲の上を雲が流麗に流れてゆく。
 雲海の中より浮かび上がるかのように姿を現す、赤色巨星にも似た色の双眸を光らせる銀色の機体。
 遂に、トライデントがその全貌を現した。

 ◇

 「陣形を建て直せ!」
 翼上では藤堂がギルフォード機に射撃を加えながらも激を飛ばしていた。
 カレンは紅蓮を駆ると真っ先にそんな藤堂の正面に陣取ると、僅かに遅れてその両翼を千葉と朝比奈が固める。
 そんな彼等の見事な守勢とは裏腹に、ギルフォード達は後退を始めていた。それを見た千葉は安堵の吐息を零す。
 「引いて行く……」
 『気を緩めるな』
 「は、はい!」
 一瞬、緊張の糸が緩んだ事を藤堂に指摘された千葉は慌てて襟を正す。
 その様子に小さく頷いた藤堂は続いて口を開いた。
 「朝比奈、何処からの射撃か分かったか?」
 『………』
 「朝比奈?」
 『やっぱり雲海の中からでした。でも、あまり認めたくないですね』
 剣呑な表情のまま呟いた朝比奈は、続いて雲海の一点を指し示した。
 その先、ギルフォード達が集結しつつある方角に泰然と浮かぶ雲よりも後方にあった巨大な雲海。その一点が煌めいていた。
 藤堂達の瞳が剣呑の色を濃くするのと同じく、煌めきはジワリジワリとその光度を増してゆき――。
 「ち、中佐!」
 千葉は驚愕に瞳を見開いた。
 雲海の中より現れた白銀色の翼を持つ銀色のナイトメア。
 その機体はまるで藤堂達に己の風貌を見せ付けるかのように、不貞不貞しくも腕を組むと仁王立ちしていた。
 『あぁ、やっと見えたぞ、彼奴だ!』
 「バカな! あんな距離から狙い撃っていたというのですか!?」
 心中穏やかでは無いにも関わらず、それを決して表に出さない藤堂に対して千葉の驚きは尋常では無かった。
 それはそうだろう。彼等が視認している機体、トライデントが居る位置は、彼女が想定していたポイントよりも後方だったのだから。
 『だから言ったでしょ。あまり認めたく無いってさ』
 スピーカーから響く朝比奈の口調も何処か厳しい。
 一方、カレンは最大望遠にした紅蓮のモニターに映るトライデントの姿を無言で睨み付けている。
 そんな最中、不意に朝比奈がそれまで心中に渦巻いていた疑問を吐露した。
 「でも、妙だね。一機だけってどういう事さ……」
 『まさか、今までの射撃は全て彼奴がやっていたなんて事は――』
 「面白いね、それ。でもさ、それが本当なら悪夢だよ?」
 千葉が思わず口にした言葉を朝比奈はやんわりと否定した。
 彼がそう思うのも当然の事。
 三発全てがほぼ同時に別々の方角から射たれた。それを目撃したのは朝比奈ただ一人。
 そんな芸当が出来る機体ともなれば、既存のナイトメアの飛行速度を遙かに凌駕する事になるからだ。
 最も、朝比奈はトライデントがまさにそれに該当する機体なのだという事を知らないのだから無理も無い。
 「そ、そうだな」
 暗に笑われている事を感じ取った千葉は、少々気恥ずかしそうに頬を染めた。
 「兎に角、気をつけろ。まだ周囲の雲に潜んでいるかもしれん。これ以上狙い撃たれても億劫だ。今のうちに身を隠せ!」 
 『『了解!!』』
 藤堂の命を受け、二機の月下がホイールを唸らせながら後退する。
 しかし、紅蓮だけはまるで脚に根が生えたかの如く微動だにしなかった。
 その事に藤堂が疑問の声を上げる。
 『紅月君!?』
 「行って下さい! 皆が隠れるまで私が――」
 『しかし――』
 「大丈夫です。全部防いでやりますから!!」
 危惧の念を抱く藤堂を余所に、カレンは愛機に対する絶対の自信から来るのだろう。壮絶な笑みを浮かべてみせた。

 ◇

 「なんという方だ……」
 ギルフォードは率直な感想を口にした。しかし、それも当然と言える。
 戦闘開始より10分も経っていない。
 にも関わらずカリグラは月下一体を含む四機を仕留め、更には他の三機にも損害を与えている。
 デヴィッド機を失ったとは言え、この戦果は十分に釣りが来るものだったのだから。
 しかし、アヴァロン艦内で戦況を見守っていた者達の驚きはそれ以上だった。
 静まり返るブリッジ。本来、戦闘中であるのだからこの場はもっと喧噪としていて然るべき。
 にも関わらず、誰も言葉を紡げずにいた。
 皆が皆、目の前の光景に理解が及ばなかったからだ。
 しかし、ここでもやはりと言うべきか、ロイドだけは異彩を放っていた。
 「アハッ。流石というかやっぱり凄いね、彼。これは杞憂だったかな??」
 そう言うとロイドは右隣に居るセシルに合いの手を求めたが、それが差し伸べられる事は無かった。
 「どしたの?」
 不思議に思ったロイドが問うと、セシルはようやっと口を開く。しかし、それはこの場に居た皆を代表するかのような言葉だった。
 「い、異常です……」
 「そんなの先日のシミュレートで分かってた事じゃない」
 微苦笑を浮かべるロイド。しかし、セシルは引き下がらない。
 「で、でも! 最初の射撃の後に一帯の気象データを取り寄せて、その後は気流に乗せて射撃してるんですよっ!?」
 「へぇ?。彼、そんな事までしてたんだ」
 「その後の射撃は防がれこそしましたが、それでも照準は全て敵ナイトメアの急所を狙い撃ち。誤差は5cmも無いんですよ!?」
 セシルは「これでもですか!?」とでも言いたげな視線をぶつけるが、当然と言うべきか。ロイドに効果など有る筈も無い。
 「ふ?ん」
 「ふ?ん、って。そ、それだけですか?」
 「今更驚いても仕方無いでしょ。でも、まるで機械のような正確さだね、彼。皇帝ちゃんの直属にしとくには惜しいよねぇ」
 驚くどころか不敬な言葉と共に一層笑みを深くするロイド。
 セシルは堪らず肩を落とした。

 ◇

 セシルとロイドが騒いでいた頃、ライはモニターに映る紅蓮を睨み付けていた。
 その紅蓮はというと、両脚を肩幅まで広げ腰を落とすと異形の爪を翼上に叩き付けた後、「撃ってみろ」とでも言わんばかりにその右腕を翳している。
 その勇姿を受けてライの瞳に光が宿る。全てを切り裂き兼ねないような鋭い光が。
 「私を挑発するか……そうだな、許そう。貴様にはそれだけの力がある」
 しかし、激昂するどころか愉快げな声色を響かせたライはモニターに視線を落とす。
 「リミットは、6分27秒……良いだろう」
 エナジーの残量を一瞥すると瞬時に活動時間を導き出したライは、続いて右の操縦桿を動かしながら左手でモニターパネルに指を走らせた。
 トライデントが動く。
 右腰からエネルギー供給用のケーブルを引き抜くと、右脚側面に装着していたヴァリス。その銃床部位に繋げた。
 すると、それまで絞り込まれていたヴァリスの銃口が花開く。
 遠距離用の狙撃モードから、中、近接戦闘用のフルバーストモードへと姿を変えたのだ。
 フルバーストモード。
 それは撃つ際に機体エナジーを使用するのと、射撃の際に発生する熱量を逃がす為に砲身冷却を行う必要性が生じる為、連射は出来ない。
 が、出力は桁外れに跳ね上がる。ランスロットのハドロンブラスターを鼻で笑う程に。
 ヴァリスがその形状を変えると、続いて機体全体から小刻みな電子音が生じ、それが周囲に響くと今度は機体背面の空間が波打つ。
 刹那――。
 「なっ!?」
 トライデントを睨み付けていたカレンは思わずたじろいだ。機体後方にあった雲海。それが跡形もなく消し飛んだからだ。
 それはエナジーウィングから溢れ出た暴走にも似たエネルギーの奔流。その所業。
 雲を消し飛ばしたエネルギーの流れは、やがて収束に向かうと続いて空間を歪ませる。
 断続的に発生する歪な銀色の波紋。それはさながら光輪を背負っているかのよう。
 その異様な姿を視認したカレンは、背筋に悪寒を感じながらも一人気を吐き撥ね除ける。
 「あんたが天使を気取るなら、あたしは羅刹斯(らせつし)になってやるっ!!」
 カレンの瞳に焔が宿る。
 「こんな所で終われないのよ! 私はっ! ライを見つけるまで、戦って戦って生き抜いてやる! さぁ……かかって来なっ!!!」
 操縦桿を握る手にこれでもかと力を込めたカレンは相手の一挙手一投足も見逃すまいと、正に鬼神の如く睨み付けた。
 丁度その頃、トライデントの変貌を呆然と眺めていたギルフォード達。彼等の機体にも異変が起こっていた。
 「な、何だこれは!? 機体が動かない……」
 突然中空で停止した事にギルフォードが驚きの声を上げると、二人の部下もそれに追従する。
 『こ、こちらも同じです!』
 『一体何が……』
 彼等の機体は操縦桿やペダルを踏み込んでも一切の反応を示さなかった。
 最も、射程圏からは外れている為、撃ち落とされる危険性は無い。
 が、整備不良ともなれば黒の騎士団を相手にするどころでは無くなってしまう。
 「フロートが生きているのが不幸中の幸いか……しかし、これでは……」
 無念そうに呟いたギルフォードは、状況を打開するべくアヴァロンとの通信回線を開く。
 「こちらギルフォード! ロイド伯爵は居るか?」
 『…………』
 しかし、通信機はノイズを響かせるのみ。
 己の懸念が深まっていくのを感じたギルフォードは思わず頭を抱えた。
 だが、彼等の機体に起きた異変は故障等によるものでは無かった。
 それに真っ先に気付いたのは、アヴァロンでデータ収集を行っていたセシルだった。
 手元のモニターに映るトライデントの機体データ。
 下から上に流れて行く無数の数字。
 常人であれば目が追いつくどころか、全くの意味を為さないその数字の羅列を真剣な眼差しで追っていた彼女は、異変に気付いた瞬間大声で叫んでいた。
 「ロイドさんっ!!」
 「ど、どうしたの?」
 突然の大声に隣で佇んでいたロイドは思わず後退るが、セシルは言葉を続けた。
 「ト、トライデントが、味方機に対してハッキングを……」
 この世の終わりのような表情を浮かべるセシル。この一報には流石のロイドも瞳を見開いた。
 「ちょ、ちょっと待って! それは――」
 「事実です! 既にギルフォード卿や他の機体の全システムに侵食を!!」
 セシルの声は、最早悲鳴に近かった。
 ライが現在進行形で行っている方法は、指揮形態のまま個別戦闘を行った場合の活動時間の限界を計っていた時、つまりは出立前に行ったシュミレート時に偶然発見された。
 強固なデータリンクシステムと、情報処理能力。
 更には、皇族やラウンズ以外では拒否出来ない程の命令権限を有するトライデント。
 それが味方機に対して、データリンクを介して無理矢理操縦権限を奪い取る。
 奪われた機体は、意のままに操られるだけでは無い。その性能全てを敵撃滅に傾注させられるのだ。生命維持機能さえも停止させて。
 結果、機体は高い機動性能を発揮出来る事となるのだが、同時にそれは搭乗者にとっては空飛ぶ棺桶と同義。唯一の救いがあるとすれば、活動時間の短さだけ。
 常日頃よりパイロットをデバイサー扱いする事を憚らないロイドでさえ「いくら何でも使っちゃ駄目だよねぇ」との一言と共に、容易に踏み止まらせてみせた最悪の戦術。
 しかし、全ては遅かった。
 「ああっ! もうっ――」
 何とか停止させようと、忙しなくパネルに指を走らせるセシルに向けて、ロイドは達観したかのような表情を送った。
 「……無理だよ」
 「で、ですけどこのままじゃ!!」
 セシルは沈痛な思いを吐き出したが、それ以上何も言えなかった。
 そう、彼女も分かっていたのだ。
 ロイドが言った通り、今、この中にトライデントを静止させる事が出来る立場の人間は居ないという事を。
 彼等が出来る最後の手段として、トライデントが演算処理に使用しているアヴァロンのメインシステムをシャットダウンさせるという方法も有るには有る。
 が、それをすればアヴァロンが墜落する。
 「……ギルフォード卿達の身体が、丈夫な事を祈るしか無いね」
 ロイド達が出来る事といえば、アヴァロンの望遠レンズが捉えるトライデントの姿を眺める事ぐらいだった。


最終更新:2010年07月29日 22:29
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