ナイトオブゼロとナイトオブセブンの直属開発機関“キャメロット”に割り当てられた政庁格納庫の一角。整備員が忙しなく動いているのはどこでも同じだが、元々技術開発を専門としていた特派のころから人員は特に変わっていないので、
他に比べて技術者の姿が現場で多く見られるのが特徴である。
キュウシュウにおいて黒の騎士団との戦闘が始まり、数日が経ったある日。ロイドに呼び出されたロイは、この格納庫にきていた。隣には自機の整備を終わらせたアーニャの姿もある。
「それで、話とはなんですか」
目の前に立つロイドは、常に現場で作業しているにも関わらず一切汚れのない白衣を揺らしながら、珍しく苦笑を浮かべた。
「まぁ、大した用事じゃないんだけど。“フレイヤ”の件でちょっと」
「フレイヤ?」
聞きなれない単語を耳にして、アーニャが首を傾げた。
「……その話ならすでに済ませたと思いますが」
ロイは少々乱暴にメガネの位置を指で直す。
“フレイヤ”。シュナイゼル直属の研究チームが開発した新型爆弾の名称である。その威力は――資料を読み終えたロイの額に冷たい汗を浮かばせるものだった。その“フレイヤ”をランスロット・クラブに搭載したいと話をされたのが三日前、
ノネット等の三人のラウンズがエリア11に来てすぐの事だった。
その話に色々思うところはあったものの、拒否をする理由も見当たらなかったロイは、クラブへの搭載を許可した。
「すでに僕のクラブへの搭載は済ませてあるんでしょう?」
自身の専用KF――ランスロット・クラブを下から見上げる。流動的な青い装甲を持つ、小柄な騎士を連想させる機体である。現在、その機体の腰部には、外観に不釣り合いとも言える巨大なハンドキャノンのような武装が取り付けられていた。
それがフレイヤの射出装置だった。ロイが、自身の機体に装備を許可したが使用を固く戒めた新兵器だった。
「資料にはすべて目を通し、指示されたシュミレートもすべて済ませました。この兵器の説明なら僕にはもう必要ないと思いますが」
言葉に少し刺が内在していることを自覚し、思い直して修正する。確かに、ロイはこのフレイヤに対して嫌悪感に近いものを抱いているが、だからと言ってそのフレイヤを避けるような言動は、あまりにラウンズとしてふさわしくないものだった。
「追加の情報でも?」
そうロイが聞き返すと、ロイドは否を示すように軽く手を振った。
「そうじゃないよ。実は、クラブに取り付けたフレイヤをスザク君のランスロットに付け替えようと思ってね。君の許可をもらいたいのさ」
ラウンズ専用機の武装・仕様の変更は、すべてそのラウンズ本人の了承を経て行われるもので、フレイヤという武装をクラブから取り外すためにはロイの許可が必要である。
ちなみに、現在のクラブに装備されている可変型ハドロンブラスターなどはロイの知らぬ存ぜぬところで開発された経緯はあるものの、換装はロイの了承の下で行われたのである。
「許可を出すのは構いませんが……」
と口では言いつつも、ロイは視線で理由を求めた。それを察したロイドは、何から説明すればいいのか分からないといった様子で考え込んだ。
「一人、頑固者がいてね」
「ロイド先生。その先は私から」
その時、ある女性がそう遠くない格納庫の入口から姿を現し、ロイ達に近寄ってきた。体格は細見で歳は十代後半程。大きな眼鏡をかけている点はロイに共通するところがあるが、瞳が除けないほど分厚いレンズではなく、
その少女の表情はロイ達からでも良くうかがえた。
「紹介するよロイ君。彼女はニーナ・アインシュタイン。フレイヤを開発したグループのチーフだ」
そう少女を紹介したあと、ロイドはロイに近寄って、
「そして戦術兵器に、戦略兵器を搭載する事を思いついたユニークな子さ」と呟いた。
フレイヤは戦略兵器どころか、国の存亡をも直接的に作用する政略兵器だ、とロイは思っていたが、この場ではあえて口には出さなかった。それよりも、噂には聞いていたが、フレイヤを作ったのがこんな少女だという驚きで言葉を失ってしまった。
「はじめましてキャンベル卿。ニーナ・アインシュタインと申します」
「はじめまして。ロイ・キャンベルです」
型通りの挨拶を済ませたとき、ロイの頭の中で何かがひらめいた。
「ニーナ・アインシュタインって、まさか、アッシュフォード学園の」
ニーナはすでに思い当っていたのか、ロイの反応を面白そうに眺めている。
「生徒会役員をしていたことがあります」
「先輩でしたか」
ここでロイは初めて微笑を浮かべた。しかし、それも長くは続かなかった。ニーナの表情が真剣なものに変わったからである。
「今回の件ですが、私がスザクのランスロットへの搭載を希望しました」
差し出そうとしていた右手は出番を失った。それを他者に感じられない程度に困惑しながら戻しつつ、ロイは尋ねた。
「私では、ご心配ですか?」
「いいえ、違います。スザクはユーフェミア様の騎士ですから。彼に、その意思を継いで欲しいんです」
すんなりとニーナから出たその言葉は、ロイの思考をひどく惑わした。
「それは、どうゆう意味ですか」
ニーナの言葉は、取りようによってはひどく偏った認識のように思えた。
「だから、申し訳ありませんがキャンベル卿。どうかスザクにフレイヤを譲ってくださいませんか」
「ちょっと待ってください。それって本当にどうゆう意味ですか」
ロイの言葉に混じりだした迫力に、ミーナは少し鼻白んだ。えっ、私何か変なこと言いました? と言いたげに首を傾げる。
「あなたの言いようだと、まるで」
ユーフェミアが喜んでイレヴンの虐殺をしていたような言い草である。
その時、二人の間に浮くような足取りで割り込んできた人物がいた。ロイドだった。
「と、こう言う人がいるんだよロイ君」
出鼻を挫かれて、ロイはつま先に移動しかけていた体重をかかとに戻す。少々感情的になりかけた頭を冷やすために、次の発言には数瞬だけ間を置いた。
「……スザクは何と言ってるんですか」
「取り付けてくれてかまわないそうだ。どうせ使わないからと」
そう言われてしまえば拒否する理由はロイには無い。しかし、そうすることに対して、言いようのない不納得感がロイの中で広がっていく。
その原因は分からない。いや、それは嘘だ。ロイ自身、分かっていたけどそれが分からないように誤魔化してきただけだった。
スザクを信じられない?
自身に問いかける。一年前までなら鼻で笑ってそんな馬鹿な、と否定しただろう。しかし……。
――ロイ、君なら分かるんじゃないのか。
シャーリーが亡くなった後、スザクに言われた言葉が脳内で反芻される。あの時、スザクはロイに疑惑をかけた。その瞬間、ロイとスザクの信じ、信じられて成り立っていた強固な関係は確実に崩れ去っていた。
ロイは、少し強めに指で頭を掻いた。
「いいでしょう、許可します。別段断る理由はありませんから」
ロイドが意味深に瞼を細めると同時に、ニーナは小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、無理なお願いをしてしまって。しかし、これできっと戦争はおわります」
「……ニーナさん。最後にひとついいですか」
「はい」
「戦場に向かう軍人に余計なものを背負わせると、総じて上手くいかないものです」
「……え?」
「僕が言いたいのはそれだけです。行こう、アーニャ」
ロイがニーナ達から背を向けて歩き出すと、呼びかけに従ってアーニャもその後に続いた。
残されたニーナはしばし呆然としていた。
「ロイ君の言う事はもっともだよニーナ君」
と、彼女の横からため息交じりに告げたのはロイドだった。
○
政庁最深部。未だ、監禁状態から抜け出せない紅月カレンは、建物の中心をを貫くように作られた檻の見えない天井を見つめながら、彼に再び会うための考えを巡らしていた。
絶対に、彼にまた会って、そして改めて確かめなければならない。しかし、そのためにはここから抜け出さなくては。
「そうやって何を考えているのかな」
カレンの思考に、軽薄だが好感のもてる声が割り込んだ。天井から視線を戻すと、そこには白い軍服を着た長身の男が立っていた。
隣の部屋で息を潜める人数と、性別まで把握できるカレンに気付かれずに入室してくるとは、相変わらずラウンズという人種は底が見えない。
カレンは警戒心を強めつつその名を呼んだ。
「ナイトオブスリー」
「二人の時はジノでいいよ。同じ生徒会役員なんだし」
ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグは油断ない足取りで、曇り一つ無い強化ガラスの檻の前まで歩いてきた。
「なぁ、スザク。来てないか?」
「そんなこと、私が知るわけ無いでしょ」
「そうか、てっきりここに寄ってると思ったんだが」
きょろきょろとあたりを見渡すジノ。この部屋は広大とは言え、人が隠れられる遮蔽物などは一切ないので、この部屋に入った時点でカレン以外に誰もいない事は分かるはずだが、多分こういう無駄な行動が好きな性格なのかもしれない。
「用事が終わったのなら出口はあっちよ」
冷笑を返すと、それを中和するかのようにジノは緩んだ笑みを浮かべた。
「そう邪険にしないでくれよ。いいものを持ってるんだ」
ジノは手に持っていた分厚い本を、檻越しに開いて見せた。
そこには懐かしいアッシュフォード学園生活の写真が貼り付けてあった。
カレンは思わず冷笑の衣をはがして尋ねてしまった。
「それって、アルバム?」
「スザクの。ロッカーの裏に大事そうにしまってあった」
改めてアルバムを見ると、そこには笑顔のみんなが写っている。楽しかったあのころがカレンの記憶の中で猛烈に呼び起される。
「……」
「そういう顔もするんだな」
「えっ」
「すごく、いい顔してた」
恥ずかしげもなく女性の容姿を褒めるジノの言動に、カレンは困惑した。どことなく、そういうことを平然と発言するところは彼と似ている、とめくられていくページを眺めながらも、カレンはそんな事を考えていた。
「こんなものでもスザクの気晴らしになるかと思って持ってきたけど。君にとっても効果はあったみたいだね」
「……」
懐かしい顔や、楽しかった思い出をそのまま焼き付けたアルバムは、最初、カレンの心に穏やかな風を吹かせたが、その表情は次第に険しく――いや、寂しげに変化していった。
「彼の写真は無いんだよ」
カレンの表情を察して、ジノがその心境を代弁した。
「まぁ、君たちと仲良くしている写真が見つかれば、スザクとしてはまずいから手元に残しておけなかったんだろうけど、さすがに一枚も無いとは少々がっかりだ……なぁ、カレン。君は持ってない?」
そして、ジノはどこか不敵に口元を歪めた。
「興味があってね」
カレンは心の中で警戒心を強めた。軽率な発言はまずい。このナイトオブスリーの傍にはいつも彼がいる。
「テロリストが仲間の写真を肌身離さず持ってると思う?」
そんなもの持っていたら、万が一捕まった時、他のメンバーの顔が割れてしまう。追われる立場の人間はそんなもの持たない。特に大切な人なら尚更だ。
「分かってたよ。聞いてみただけさ」
「つかめない男ね、あなた」
「親友にもよく言われるよ」
カレンは、ジノの言葉に心を揺らして口を閉ざした。ジノが親友と呼ぶのは二人しかいない。それぐらいカレンは知っていた。スザクと、
「んっ、どうかしたか?」
ジノの問いに、カレンは即答できなかった。
「まぁ、いいや。女性の秘密を無理に聞くのは趣味じゃない」
ジノは手元の分厚いアルバムをゆっくりと閉じた。
「さて話を変わるけど。紅月カレン。檻の外に出たくないか?」
唐突な提案に、思い描き始めた彼の笑顔が頭から追い出される程にカレンは困惑した。
そんなカレンに、ジノは無邪気な笑顔で応じた。
「スザクを探してたのは本当だけど、正直に言うと君にこの事を提案しに来たんだ。どうだろうカレン。君にはもう一つの名前がある。それなら、“こっちに戻ってこれるし”、さらに望めばラウンズにだって――」
ジノの言わんとしている事を、カレンは瞬時に理解した。
カレン・シュタットフェルト――過去に捨てて、二度と名乗らないと誓った名前。その誓いを破ってブリタニア人になるなど、黒の騎士団の零番隊隊長としては決して許容できることではない最悪の裏切りである。しかし……、
同時に、自分はただの紅月カレンでもある。一年前、それに気付かされた……。
「少し考えさせて」
カレンの返答に、ジノは肩をすくめた見せた。
「そう言われるとは思ってたけどさ、少しは考えてみてくれてもいいんじゃ……」
とここで、ジノは目を見開き、思わず檻代わりの強化ガラスに顔を近づけた。
「今、何て言った?」
「少し考えさせてほしい。急には決められない」
カレンは、はっきりとした口調で告げた。
自分で提案しておきながら、ジノが一番驚いていた。
○
森に囲まれたその神社は、外で起きている激しい戦争がまるで別世界の出来事と思えるぐらい静寂な空気に包まれていた。
その境内の中心に立ちながら、スザクはとある人物を待っていた。
しばらくして風が彼の気配を運んできた。不審者を訝しがるように、木々で羽根を休めている鳥たちが小さく、しかし重ねて鳴き声を漏らす。
スザクは、待ち人の姿を確認して組んでいた腕を解いた。
「よく僕の前に顔が出せたね」
黒い髪の持ち主――スザクの親友だった男は学園生活ではひた隠しにしていた、野望じみた雰囲気を復活させて、姿を現した。
スザクの待ち人とは、記憶を取り戻した黒の騎士団リーダー、ルルーシュ・ランペルージだった。
スザクの携帯にかかってきた一本の電話。それは記憶を取り戻したルルーシュからのものだった。ルルーシュは自身が記憶を取り戻したことを明かし、そしてとある懇願をしてきた。
スザクはその懇願を聞き届ける場として、この神社を指名し、そして今に至る。
「約束だからな」
その言葉に、スザクは自身の中で湧き上がる憤怒を感じ取った。脳裏にかすめるのは桃色の長髪をなびかせながら、子供のようにころころと表情を変化させる少女の姿だった。
いつの間にか、スザクの拳には力が込もっていた。
「約束? 君との約束なんて僕が信用すると思っているのか?」
ルルーシュの顔が目に見えて強張った。
「なら、なぜお前はここにいる。お前だって俺の事を――」
「信用したからここに来たとでも?」
スザクは奥歯を強く噛んだ。
「笑わせるな。そんな感情を君に抱く次元などとうに通り越している」
スザクは、ルルーシュから視線を外し囲まれた森の木々から覗かせる青い空を見上げて、小さく深呼吸した。気持ちを落ち着けるための行動だった。しかし、感情は穏やかになるどころか、ますます加速していった。
「ずっと僕を裏切っていたくせに。僕だけじゃない。生徒会のみんなも、ナナリーも、ユフィだって!」
最後には言葉があふれ出した。気づけば涙が頬を伝っている。
その声を、ルルーシュは苦しげな表情で受け止めていた。その姿が、スザクにとってはとても腹立たしかった。
「確認したい。君がユフィにギアスをかけたのか」
無理に激しい感情を抑え込んだような震えた声の問いかけ。返答は、すぐに返っては来なかった。
スザクはしびれを切らし、続けて問いかけた。
「それとも、“君達”がやったのか」
ルルーシュは目を伏せて、その場の景色と同化したかのように佇むだけだった。
○
六対四。それがキュウシュウブロックにて切って落とされたブリタニア軍と黒の騎士団の戦いの戦力差だった。
「三日間も戦っていて、未だに勝利の目処が立たん。まいったまいった」
と、キュウシュウブロック、そのブリタニア防衛軍の軍司令に任命されたナイトオブナイン――ノネット・エニアグラムはG-1ベース艦橋の巨大モニターを眺めながら、うんざりするように言った。
周りには参謀が並び、それぞれの職務を果たさんと、移り変わる戦況を逐一確認し、意見を述べようとする。しかし、彼女の軽口に応える人物はその中にはいない。
借り物の軍隊はこれだから扱い辛い、とノネットは思った。しかし、自身に常に同行しているはずにの側近はモニカとの模擬戦でことごとく病院送りにされてしまったため――しかも責任は自分自身にもあるため――仕方がないと納得する他無かった。
「あなたに責任はありませんよエニアグラム卿」
ノネットの呟きに反応したのは、同じく自身の側近を連れて来れなかった同僚、ナイトオブトゥエルブ――モニカ・クルシェフスキーだった。彼女は、司令席に座るノネットの傍に立ち、この三日間副指令的な立場で軍に指示を出していた。
「局地的に部隊を突出させて、損害を与え、こちらが対応するころには突出してきた部隊は守備を固めて後退。指揮系統が極端に一本化されているこちらの弱点を突いた良い作戦です」
一般的に拠点攻めは守備の方が有利と言われているが、それは一点に防衛を絞った時の話で、今回のように防衛目的が国のような広大なものに変わってくると話は別である。
守る範囲が広大で、どうしても指揮系統が一本化、つまりノネット・エニアグラムの指示ありきの行動が徹底されているキュウシュウブロックブリタニア防衛軍では局地的に戦力を集中され攻撃されると、
状況報告、指示発令、指示伝達と経緯を踏まなければいけない防衛軍の反応は少々遅れてしまう。本来ならこういう場合、攻撃を事前に知っておくための情報戦が重要で、どこを攻撃されるかの情報収集は徹底的に行っているのだが、
相手の部隊の隠密移動が巧妙でなかなか先手を取れない。もっとも、しょせん隠密行動を行える程度の戦力しか攻め込んで来れないため、防衛軍の被害は大きくならないが積み重なれば小さくもない。
ノネットの感覚で言えば、チマチマと攻めてきて非常に面白くない!
対策としては、こちらも局地的に権限を持った司令官を配置し、局地の攻撃には局地で迅速に対応させるというのがあるが、モニカと話し合った末に、この手段は却下した。理由は簡単。強固な指揮系統の確立こそブリタニアの強みなのである。
しかし、逆を言えば指揮系統が強固であるが故に、現場で適切な判断ができる司令官たる器の軍人が育ちにくい環境であるため、全体的にはそう言った軍人の数が少ない。
上からの命令を適切に遂行できる司令官と、現場の状況を見て、場合によっては己の考えだけで適切に判断し任務を遂行できる司令官は似ているようで本質が違う。特にブリタニアという国は前者は育ちやすいが後者は育ちにくい。
その上、今回ノネットとモニカが指揮する軍隊の現場指揮官達は、元々二人が指揮していた部隊ではなく、いわば借受の部隊。
指揮に優れた適切な人員配置を一日二日で見極めて実行するのも難しいため、結局ブリタニアとしては指揮系統を一本化したスタンダードな戦法を取るしかない。
もちろん、ノネットとモニカが自身の部下を連れてこれていれば状況も違うのだろうが、無いものねだりをしても仕方がない。
「いっその事、もっと積極的に攻めてきてくれればな」
「そのつもりはないみたいですね」
モニカの言葉はおそらく真実だろう、とノネットは思った。事実、会戦当初は全軍を動かすような激突もあったが、現在は黒の騎士団の攻勢が弱まっているので小康状態である。
普通に考えたら、海をわたって攻め込んできている以上、補給線等の問題もあるため、黒の騎士団は短期でこちらを落したいはずであるのに、である。
「あいつらは何のために攻めてきてるんだ」
問いかけるというよりは、自分の疑問を自分に認識させるような呟きだったが。モニカは意見を求められたと思ったのか目線を上に向けて、少々思考を巡らせた後、
「……拠点を攻略する気の無い軍隊の目的というのは、歴史をひも解いてみたら選択肢はそう多くないですよね」
ノネットは背もたれに預ける体重を増やし、腕を組んだ。
「陽動か」
「ゼロはいままで自身も前線に立つ事を信条とし、それを是としててきました。その彼がこのエリア11を奪還する戦いに未だ姿をさらしていない。気にするなと言う方が無理でしょう」
ゼロが姿を現していない件については、ノネットも気にしていた事である。確かに、黒の騎士団の司令官――黎星刻は前に出てきているものの、やはりここはゼロの姿が見えなければ安心はできない。
そうなれば、ゼロは今どこで何をしているのか。
ノネットは考えを巡らして、やがて諦めた。結論を出すにはあまりに情報が少なすぎる。
「推論のやり取りをしていても仕方がない。とにかく、我々は受け持った現場の被害を最小限にする方法を考えよう」
「まぁ、そうでしょうね。考えをまとめるには情報が足りませんから。それにもし敵がこっちの本丸に奇襲をかけたとしても大丈夫ですよ。あそこには、うちの隠し玉がいますし」
どこか得意げに言うモニカを見て、ノネットは愉快そうに笑みを浮かべた。
「えらい信頼のしようだな」
「私が惚れるぐらいですから」
「言うねぇ」
「若いですから」
「それは誰と比較して言っているのかな」
「さぁ、誰でしょうね」
二人の乾いた笑い声が司令室に響く。と、その時、若い兵士が司令室に飛び込んできた。
「何事だ。騒々しい」と、参謀チームの一人が飛び込んできた若い兵士に近づいた。
「ほ、報告いたします!」
若い兵士は、ひどくあわてているらしく、うわずった声を漏らす。
そうして告げられた報告を聞いて、ノネットとモニカは自身の推論の正しさをため息交じりに確認したのだった。
シーン13「罪を負う者」Aパート 終わり。
最終更新:2010年10月30日 23:33