「無理して付いて来なくても良かったのに。他のラウンズは、部下を全員別室に待機させているんだから」
紫のマントをなびかせたナイトオブゼロ――ロイ・キャンベルは、政庁の廊下を歩きながら後ろに付き従うアルフレッドに言う。
アルフレッドは勘弁願いたそうな顔で答えた。
「何か誤解をなさっているようですが、私とマリーカは別段何でもありませんよ」
「いや、さすがアルフレッド先生だ。年下からの人気は学園だけに留まらないらしい」
「……今日はやけに絡みますねキャンベル卿」
「ふふ、すまなかった」
ロイは足を止めた。そこはシュナイゼル殿下が待機している部屋の扉の前だった。
「少し緊張しているのかもしれない」
「? シュナイゼル殿下とは何度もお会いになった事があるではありませんか」
「いや、そっちじゃないよ」
「そっちじゃない?」
「僕が言っているのは、黒の騎士団さ」
ロイは腕をのばして扉を開けた。
部屋に入ると何対もの視線がロイとアルフレッドに集中した。
政庁最上階にある謁見の間。正面にはシュナイゼル宰相。隣にはナナリー総督の姿もある。ジノを初めとする六人のラウンズ――ノネット・モニカ・ルキアーノ・ジノ・スザク・アーニャはすでに傍で待機していた。
「やあ、待っていたよ二人とも」
柔和な微笑が、ロイとアルフレッドの入室を促した。
「お久しぶりです。シュナイゼル殿下」
ロイが片足を地面につけて頭を下げると、アルフレッドもそれに習った。
「今回は困った事になった。また君達の力を貸して欲しい」
「我らの力は、帝国と皇帝陛下のために存在致します。お好きにお使い下さい」
シュナイゼルは満足そうに頷いた。
「アルフレッド。君にも期待しているよ」
「私の気持ちはキャンベル卿と同じです」
「頼もしいねぇ」
一通りの挨拶を済ませると、ロイとアルフレッドはカラフルなマントを身につけた同僚達の前を歩き、末席に並んだ。途中、ノネットが軽くウィンクをしたので、ロイは頭を微細に下げて応じた。
「さて諸君、時間になったようだ」
ロイが定位置に付いたのを見計らってシュナイゼルが言うと、ナナリーの傍に立つローマイヤから指示が飛んだ。
彼女の部下が動き、シュナイゼルとナナリーの正面にモニターを配置した。モニターにはすぐに光が灯された。
ブリタニアの権力者達が見守る中、彼らの最大の敵が産声をあげようとしていた。
○
連合国家構想。
「やはり予想通りですね」
超合集国憲章批准式典会場のTV中継に視線が集中する中、シュナイゼルの副官カノンが言葉を漏らした。
合衆国に組み込まれたのは47ヶ国。戦力的にはブリタニアと比肩する勢力が誕生した事になる。しかも、その戦力は黒の騎士団――ゼロが主導となって組織されたものであるため、ブリタニアに対する敵対行動は約束されたようなものだった。
「しかし、どうなのでしょうか」
ナイト・オブ・トゥエルブ――モニカ・クルシェフスキーがどこか合点がいかない様子で発言した。
「国単位で組織された軍は連携に欠けるものですし」
「小さな魚がいくら群れて大きな魚に見せようとしても、最終的には少しずつ大きな魚に食べられて、群れすら維持できなくなる」
そのナイト・オブ・ナイン――ノネット・エニアグラムの例えを聞いて、長身の金髪が声を上げずに笑った。
「エニアグラム卿の言う通りだと思いますよ。所詮、烏合の衆でしょう」
スリーの称号を持つラウンズ――ジノ・ヴァインベルグである。
それらの会話を黙って聞いていたシュナイゼルは、テレビ中継に集中しながらも、
「君はどう思う。ナイトオブゼロ」
と、末席の位置に立つ男。ロイ・キャンベルに問いかけた。
ロイは即答せずに数秒間黙ってモニターを注視する。部屋中の視線がモニターからこのロイ・キャンベルに移り始めた頃、
「私なら……」
そうしてロイは告げる。ブリタニアにとってもっとも最悪なパターンを。
軍人の司令官として必要な素養というのは二つある。ひとつは常に最善のパターンを考え出し、それを実行できること。そしてもう一つは、
「批准した国の持つ軍事権を一箇所に集めます」
自分達の身に降りかかる最悪のパターンを考え出し、それらに備られる事である。
「なるほどね」
シュナイゼルは、ロイの答えにとても満足した様子だった。なるほどね、と口では言っているが、それを予想していた事は、ロイから見ると目に見えて明らかだった。
「宰相閣下もそう考えられたからこそ、ここに来られたのではないのですか」
「ふふ、どうだろうね」
ロイとシュナイゼルは視線を交わし、そして笑みを浮かべる。二人が話している内容はブリタニアの高官であればピクリとも笑える話ではなく、事実この部屋にいる人物は誰もが皆表情に緊張の色を貼り付け始めていた。
しかし、二人は笑っていた。まるで同じ考えを持つに至った相手の存在を称え喜んでいるかのようだった。
『最後に合衆国憲章第十七条……』
TV中継では、今もなお皇カグヤの演説が続く。
しかし、この場にいる誰もが、もはや先ほどまでのような過剰な興味を持ってモニターを見つめてはいない。彼らが知りうる中でも最高に切れるコンビの答えが同じだったのである。彼らにとってこれ以上の“答え合わせ”は無いのだ。
だが、世の中とは広いもので、どうやらこの二人にも予想できない事態というものは存在するらしい。
『ゼロよ』
モニターから重く響く鈍重な声。
ロイをはじめ、部屋の者達はモニターを改めて注視させられた。
モニターの奥。先ほどまで合衆国の紋章が映し出されていた画面には、すでに違うものが映し出されていた。
ガタッと音がした。シュナイゼルが胡桃製の椅子から立ち上がった音だった。彼のその表情に先ほどまでの楽しげな笑みは消えていた
「こ、皇帝陛下が」
「お戻りになられた?」
スザクは明らかに動揺して、ルキアーノは怪訝そうな顔でそれぞれ驚きを漏らす。
画面の奥に映っていたのは行方不明となっていた皇帝――シャルル・ジ・ブリタニアだった。
「偽りの劇場を気取られますか。父上」
シュナイゼルが言う。どこか怒りをこめて、非難とも取れる口調で。
○
ロイの執務室では何人かが集まってお茶会が催されていた。先ほどの 超合集国憲章批准式典会場のTV中継で皇帝陛下の生存が判明してから、すでに3時間が経過している。
あのあと、シュナイゼルはエリア11に臨戦態勢を指示し、何人かのラウンズメンバーにはエリア11のキュウシュウ地方に築かれた拠点への移動を依頼した。
「今回出撃されるのはエニアグラム卿とブラッドリー卿とクルシェフスキー卿ですか」
「何か含んだところがありそうだなアルフレッド卿」
アルフレッドの淹れた紅茶を口に含んでから、ノネットは言う。
アルフレッドは、キュウシュウに出撃するラウンズの中にロイの名前が入っていなかった時から少し不機嫌だった。なによりもロイの大成を望む彼なのである。それなのに、今回もその機会がなさそうだった。
「まぁ、お前の上司が今回の出撃に加わってないのには、私も若干の不満はあるがな」
「そうですよねぇ、これでは何のために無理をしてエリア11に来たのやら」
隣に座るモニカも白い机の真ん中にあるクッキーに手を伸ばしながら言った。小さな机の周りに七人が等間隔で座っているものだから、真中にあるクッキーを取るのは男のロイでも体を伸ばさないと取れないので疲れるのだが、
先ほどから手を伸ばす回数が一番多いモニカである。
「そもそも、こんなにラウンズが勢ぞろいする必要性あったの」
と、アーニャは自分の半眼を同僚の女性騎士に向けた。
「おいおい、そんなに私たちがロイの所に来たのが気に入らないのか」
「女の嫉妬というのはスパイス程度なら殿方には好まれる傾向がありますが、行きすぎはよくありませんね」
「そうやって子ども扱いをされるのは嫌いって知ってるでしょ」
「まぁまぁ三人とも落ち着いてくださいよ」
険悪な空気になりかけていたのを払拭するように、ジノは三人の間に声を割り込ませた。
「アーニャが言ってるのは、ブリタニアの面子の事だ。そうだろ」
アーニャが頷く。
「今回、私やロイみたいに元からエリア11に赴任していたラウンズにはキュウシュウへの出撃が指示されなかった。人選の理由として、シュナイゼル殿下は諸国にこの反乱がブリタニアの中でもそんなに問題にしていない、
つまり小さな問題であるとPRしたいから、新たに赴任してきたラウンズとエリアの防衛軍とシュナイゼル殿下の一部の直属部隊のみで対応すると言っていた。だけど、それならこの人数のラウンズをエリア11に集めた意味がよく分からない」
「確かに、この人数のラウンズをエリア11に集めた時点で、結局ブリタニアは合衆国を気にしているとPRしているようなものだからね」
と、発言したのは途中から話の流れが自分の理解を超えてしまったため、だんまりを決め込むしかなかったロイだった。
「まぁ、その辺りはシュナイゼル殿下に何かお考えがあるのかもしれないけど、それでも少しエリア11に戦力を集めすぎかなとも思う。
僕としてはラウンズの応援はシュナイゼル殿下が来られるのなら護衛で一人、多くて補佐としてもう一人、計二人だと思ったけど三人も来るとは」
ロイはシュナイゼルの思惑と、実際に配備された戦力の相違にどんな意図が隠されているのかを探ろうと思考の穴に潜り込もうとした。しかし、その直前に親友の声が立ちふさがった。
「あ~ロイ。その辺りはお前がいくら考えても結論は出ないぞ」
「? なぜそう言い切れるんだジノ」
「元々新たにエリア11に来るラウンズは二人だったんだが、とある事情で三人になったんだ」
「だから、そのとある事情を考えようとしてるんじゃないか。それともジノは何か知ってるのかい?」
「それはだな。そのとある事情っていうのは、好きな男の傍にいる自分よりも明らかに年下な少女に対するどう考えてもスパイス程度を超えた女の嫉妬ってやぎゃあああああああああ!!」
「ああっとヴァインベルグ卿ごめんなさ~い。手元が狂いました」
「おっとヴァインベルグ卿。すまんな手元が狂った」
ジノの悲鳴の理由は、突如モニカとノネットが、隣に座るジノの膝にポットの中のお湯を垂らしたからだった。
「ア、アル先輩。今、クルシェフスキー卿とエニアグラム卿は、謝った後にポットを傾けませんでしたか」
お茶会に特別参加していたヴァルキリエ隊のマリーカ・ソレイシィは、何かに恐怖したのか震える手で隣のアルフレッドの軍服の裾を掴んだ。
「知らん。俺は何も知らん。俺は何も見ていない」
すでにこういった類で何度か痛い目にあっているアルフレッドは、この件について関わることを放棄していた。
「あと、アル先輩という呼び方はやめろ。今は仕事中だ」
「あ、すいませんアル先輩」
「……」
「す、すいません。私ったらまた」
「ふふふ、よいではないかアルフレッド卿。仕事中と言っても今は休憩の時間だし、それに何よりこれからマリーカは戦地に赴くのだ。今のうちに目いっぱい甘えさせてやれ」
ポットの中身を空にしたノネットは、それをそっとテーブルに置いた。
「お言葉ですがエニアグラム卿。甘やかすのはこいつのためになりません。って、そういえばマリーカ、お前も出撃するんだったな。どうも、お前は私の中では騎士というより従卒の方のイメージが強いから失念していた」
アルフレッドは手に持ったカップを皿に戻して、後輩の肩に手を置いた。
「まぁ、あれだ。無事に帰って来い」
「私の事をご心配していただけるのですか」
マリーカは嬉しそうに両手を手の前に持っていった。アルフレッドは少し拗ねた顔をした。
「……お前な。私を同じ軍の後輩の生還も望まないような人間だとでも思ってるのか」
「いえ、違います。私はただアル先輩に心配されるのが嬉しくて」
「アル先輩? 何度言わせる気だ。一度言った間違いを正せん奴は戦場では早死にするぞ。それともお前は私の助言など聞く価値は無いと考えているのか」
「す、すいませんアルフレッド卿、私……」
マリーカは先ほどの笑顔もどこえやら、シュンとして元気を無くしてしまった。
「あんまり苛めるなよアルフレッド卿~」
ジノが茶化すような口調で咎めた。太ももが大火事な故か目元には涙が浮かんでいるがこういった茶々を入れるのは彼の仕事である。逞しい親友を横目で見ながらロイもは口元をほころばせ、
「女性に優しいアルフレッドにしては珍しいよね」
「……私ってコイツに冷たいんですか」
アルフレッドは心底意外そうな顔をした。
「うん、まぁ他の女性騎士や学校での女子への対応に比べたらそう見える」
「アルフレッド卿は、私の事お嫌いなんですか……」
「ちょ、マリーカなんでお前半泣きに」
「アルフレッド。年下に何か不満が?」
「アールストレイム卿。なぜそんなに怒ってるんですか……。ってまぁ、理由は何となく分かりますけど」
そして誰かが笑い始めたのを皮切りにみんなが笑いだした。
しばらくして、その笑いがおさまると、その場の年長者が会を閉める。
「さて、行くか」
エニアグラム卿が立ち上がると、モニカも「そうですね」と腰を上げた。マリーカもハッとして立ち上がる。
ロイが時計を確認すると、すでにモニカ・ノネット・マリーカが出立する時間だった。
「無事に終わったら、みんなでどこか遊びにでも行きましょう。エリア11にはお風呂に入ってドンちゃん騒ぎをするっていう風習があると聞いたけど」
モニカの提案はとても魅力的だった。
「よくご存じですねクルシェフスキー卿。温泉旅館ですか。良いですね。僕も一度行ったことがあるんですけど、楽しいですよあそこは。分かりました予約しておきましょう」
「さすがロイくん。何でも知っているのね」
「がぜんやる気が出てきた。期待しているぞロイ」
「ええ、任せてください。とびっきりの旅館を押さえておきます。だから」
ロイは立ち上がり背筋を伸ばした。
「三人とも、ご武運を」
ロイが敬礼すると、待機組の同僚もそれに習った。
その光景を見てノネットが声を上げて笑った。敬礼を几帳面に返したのはマリーカだけだった。
「そんなかしこまったのはいらん。私達を誰だと思っているのだ」
「ちょっと行ってくるわね。みんなお留守番をよろしく」
「ありがとうございます。がんばります」
「マリーカ」
敬礼を崩して、アルフレッドはマリーカに歩み寄った。
「はい、なんでしょうかアルフレッド卿」
「強者とは生き残る者の事だ、この一年で強くなったと言うなら、私にそれを証明してみせろよ。いいな」
「アル先輩……」
「お前と言う奴は、最後の最後まで私の事をアル先輩、アル先輩と気安く……」
アルフレッドが拳を震わせて説教を始めようとしたのをロイがなだめて、マリーカが頭を下げながら半泣きになって、そしてみんなでまた笑ってその場は解散となった。
○
「それも積み込むのか?」
黒の騎士団旗艦――斑鳩の格納庫。そこでKFの積み込み作業を手伝っていた朝比奈昇呉は、せわしなくコンソールを打ち込む整備員に問いかけた。若い整備員は作業の手を止めて、
「ええ、ゼロの指示です」と伝えた。
「何でまたこんなロートル機を」
朝比奈が首を捻っていると、
「あんたの眼は節穴かい」
と、隣から声をかけてくる女がいた。合衆国科学長官ラクシャータ・チャウラーである。
「ラクシャータ」
「もう一度目ん玉かっぽじってよーく見な」
朝比奈は改めて蒼月をジーと見つめ、そしてポンと手を叩いた。
「あ、飛翔滑走翼」
ラクシャータはたばこの煙でわっかを作りながらフフフと笑った。
「正~解」
「なるほど、しばらく見ないと思ったらこんな事をしていたのか」
一見すると、従来と何も変わりが無いが、よく見ると飛翔滑走翼が装着できるバックパックと、空中での機動を考慮してか細部に補強とも取れる装甲板やパーツが装備されている。それに腕も以前の甲壱型腕から徹甲砲撃右腕部、もとい徹甲砲撃左腕部になっている。
「しかし、何でまたこいつにこんな改修を……、まさか、ライの情報を何か掴んだの!?」
ラクシャータは煙草を味わいながら煙を噴き出す。
「違うみたいよ。私も詳しくは聞いてないけど、たぶんカレンちゃん用じゃないかしら」
「なるほどね」
朝比奈はその一言で納得した。紅月カレンは現在エリア11の政庁に捕らえられている事は判明しているが、同時に捕らえられた彼女の愛機、紅蓮弐式の行方は依然として不明のままである。
“今回の作戦”でカレンを助け出した後、紅蓮弐式が見つかる保証も無いので念のため似たような機体をカレンのために持っていこうという事だろう。
「蒼月飛翔滑空式、とでも呼べばいいのかな」
「そんな所でしょうね」
朝比奈は、ずれた眼鏡を人差し指で調節しながら蒼い機体を見上げた。
“蒼月”。かつて黒の騎士団で作戦補佐を勤めた男の機体である。
昨年まで黒の騎士団で武勇を轟かせた月下、その先行試作機をカスタマイズしたこの機体は、すでに第一線級の戦力とは言いづらい。
しかし、ある種の神がかり的なものを信じたがる現場の兵士にとって、この蒼い月の存在は心の支えとなっていたため、暁が生産されスペックが二級以下になっても、廃棄される事なく大事に保管されてきた。
黒の騎士団も人数が増えたとはいえ、この斑鳩に搭乗するものの多くは彼がいたころから共に戦っていた者達である。
みんな彼に道を切り開かれ、背を守られてきた。その事実は、彼がいなくなった後も変わることが無い。ラクシャータも何やら物思いにふけっているらしく、二人はしばらく無言でそこに佇んでいた。
「私は最近入ったばっかりなので、よく分からないのですが。この機体のパイロットはそんなにすごかったのですか」
いつの間にか、先ほどの若い整備員が二人に近寄ってきていた。
朝比奈はその若い整備員に体を向けると、こう訊ねた。
「お前、歳は?」
「十八になったばかりですが」
「じゃあお前、今すぐこいつに乗って僕と互角以上に戦えるか?」
黒の騎士団で五指に入る実力者、と噂されている朝比奈にそんな事を言われて、若い整備員は困惑の表情を浮かべた。
「そ、そんなことできるわけ無いじゃないですか」
「お前より若くてそれができる奴だったんだよ。この機体の主はね」
そして朝比奈はその場から背を向けて歩き出した。
朝比奈は今でも覚えている。彼と打ち合った剣の重さを。日々自分の技能を吸収していく初めての“弟子”の姿を。
最初は面倒臭かった。押しつけられたような気さえしていた。そもそも他人に教えるなんて柄じゃないと思った。
尊敬する藤堂 鏡志朗から言われなければ絶対に引き受けなかった。
――朝比奈。お前はすでに自分で自分を磨く術を身につけている、今度は他人によって自分を磨く術を身につけなければ次の進歩はないぞ。
そう言われたから、朝比奈は嫌々ながら“彼”に剣術を教えるようになった。
しかし、彼は日に日に強くなり、これは自分もうかうかしてられないと、自分自身の稽古にも以前以上に気が入るようになった。
彼は賢く、稽古の度に技や戦法を変えて挑んでくる。それが楽しみで楽しみで、いつの間にか、朝比奈は彼との稽古の時間というのを大切にするようになっていた。
それが、あんな事になって……。
「そうだな、今、もしお前がここにいたのなら……」
今。黒の騎士団は様々な幸運が重なって最盛期を迎えようとしている。
しかし、もし彼がこの場にいれば、
自分は黒の騎士団に対してこんな感情を抱かずに済んだのだろうか?
その考えは、黒の騎士団にとって危険であることは自覚している。しかし、そう思わずにはいられなかった。
「きっと僕にどこまでも、黒の騎士団を信じさせてくれたんだろうな」
出撃の時は一刻一刻と迫っていた。
○
ロイ達がお茶会で様々な談笑で盛り上げっていたころ。その会への参加を断ったスザクは中庭で空を見上げていた。
空には、黒の騎士団との戦いが今にも始りそうな情勢を表すかのように、軍用機が忙しなく飛び回っている。
空がまた騒がしくなってしまった。
「……」
連想するのはあの日の空。あの日も空は騒がしかった。
ずっと共に生きていこうと誓った少女と、ずっと共に手を取り合っていけると思っていた少年たち。全てを失ったあの日。
スザクは諦めた。分かりあい、分かち合うという美しき人間関係を。
諦めた、はずだった。
「なぜ、迷う」
スザクは手に取っている携帯電話を握りしめる。
「なぜ、僕は一人で奴に会いに行こうと考えている。この事を僕はシュナイゼル殿下にお伝えすべきだ。しかし、なぜそうしようとしない。なぜそうするために足を動かさない。ナナリーのためか。それとも、僕は――俺はやはり奴を……」
スザクの携帯電話を握る力は、いつになっても弱まる気配が無かった。
今より六時間後、このエリア11において黒の騎士団とブリタニア軍の戦いが始まる。
シーン12「初恋」Bパート 終わり。
シーン13「罪を負う者」に続く。
最終更新:2010年10月30日 23:34