040-113 告白Distraction 02 @蒼い鴉

01


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「行ったね……出てきてもいいわよ」
荒々しく廊下を走る二人の女性が格納庫に続くドアの向こうに消えると同時に部屋のドアを煙管の先で軽く叩いたラク
シャータはドアに、正確にはドアの向こう側にいるモノに話しかけた。
少しの間を空けて、ドアがゆっくりと開いた。
ほんの少し開けたドアの隙間から銀色に近い髪を持つ頭が出た。髪の下で輝く瑠璃色の双眸が辺りを見回す。
周りにラクシャータしかいないのを確認して安堵したのか銀髪の主は彼女に声を掛ける。
「ありがとう、ラクシャータ」
「大した事はしてないわよ。で、何で追われてたの?」
当然ともいえる疑問をラクシャータは訊いてくる。
できれば言いたくない。だが、それでは匿ってくれた彼女に対して失礼だ。僕は決心して言葉を紡ごうとする。
「えっと」
「待った。とりあえず、中で話さない?」
確かにこんなところで話していたら、いつあの二人に見つかるか分からない。ラクシャータに促され、僕は隠れていた
部屋の中に戻った。
ラクシャータも中に入り、僕はベッドの縁に座った。ラクシャータは僕の前に椅子を置いて座った。
僕は丁度、そのタイミングで話を切り出した。

「ふ~ん…成る程ね」
銜えた煙管を唇で上下に動かしながら頭を数度頷かせる。ラクシャータは僕の話の大部分を理解してくれたようだ。
「でも助かったよ。あの時、ラクシャータと偶然居合わせて…」
格納庫に隠れようと向かった時にラクシャータと鉢合わせになり、僕の息を切らした顔と更に聞こえてくる足音の状況
で察してくれたらしく、僕を部屋の中に放り込んで二人から隠してくれた。
もし、あの二人に捕まったりでもしたら、と思うと背筋に鳥肌が立つ。
「……でも、何で僕の名前が入った婚姻届なんかあの二人が持っていたんだろう」
僕はずっと感じていた疑問を口にした。僕自身が婚姻届に名前を書いた事実はある。
だが、それはカレンと井上さんの持っていた婚姻届にではなく数日前の告白に使用した、リヴァルに騙されて書いた婚
姻届にだ。
あの時は恥ずかしさのあまりにそれの行方に関しては考えていなかった。
ミレイさんが捨てたというのは考えにくい。だが、カレンと井上さんの持っていた二枚に書かれている僕の名前の筆跡
は告白の時に書いたものと酷似していた。
これはどう言う事だ?
「…そういえばさ、こんな話知ってる?」
「こんなって、どんな話?」
考え込む僕の耳にラクシャータの声が入った。僕は思考を中断させて彼女の言葉を聞く。
「騎士団の中であなたの名前が入った婚姻届が女性団員に売られてるって話」
口の端を上げて微笑むラクシャータ。
「な!だ、誰がそんな事を!」
思わぬ所で疑問を解く鍵が見つけた僕は思わず立ち上がってやや興奮気味に彼女に尋ねた。
「さぁねぇ……結構な枚数が出回ってるらしいわよ?あなたを狙ってる女の子って結構多いから」
「………」
僕はラクシャータの言葉に思わず沈黙してしまった。犯人が分からなかったからではない、彼女の言ったことが事実で
あるならば、これはまさにピンチである。
カレン達でもかなり大変だったのにそれ以上の数の女性が僕の妻と言って現れる。そう考えると顔が青くなってしまう

「あら、大丈夫よ。ここに居れば少なくとも見つからないだろうし」
青くなった僕に声を掛けるラクシャータに僕は少なからずの安心感を覚えた。
「ねぇ」
すると、ラクシャータが猫撫で声と共に急に顔を近づけてきた。僕は突然のことに驚きの表情を浮かべる。
蠱惑的な香水の香りが鼻腔の奥に入り込んで脳をくすぐる。
「あの、ラクシャータ?何を」
「あの時私があそこに居たのって偶然だと思う?」
「はい?」
彼女の言葉が理解できずに僕は間抜けな声で返す。艶やかな笑みを浮かべ、腰を屈めるポーズは豊かな双丘と黒い下着
を半ばも覗かせているだらしなくはだけられたシャツの胸元を強調し、目のやり場に困らせて自然と目を逸らせる。
初心とも言えるその反応を楽しみながら見るラクシャータは僕の肩を思いっきり掴んでベッドに押し倒す。ぼふん、と
いう音が部屋の中に浸透する。
「あの、ラクシャータそれはどういう事で?」
それでも、僕は先程の彼女の言葉に疑問を持って問い掛ける。すると、彼女は僕のシャツの後ろ襟に手をやって何かを
探っている。やがて、後ろ襟を探っていた手は何かを抓んだ形で目の前に佇んでいた。それは、十ミリにも満たない
丸型の小さな機械であった。
親指と人差し指に抓まれたそれに対して僕は恐る恐ると声を出す。
「まさか…それって、盗聴器?」
あまり考えたくないものであるが、頭が意思とは裏腹に答えを導き出す。そう、彼女は偶然あそこに居たのではない。
僕が格納庫に隠れようとしていたことを見通してあそこに居たのだ!
「正解♪」
クイズの出題者よろしく彼女は嬉しそうに声を出す。そんな表情に対して恐怖を覚える僕はシャツとズボンを脱がしに
かかるラクシャータの手に抗うだけで精一杯だった。
「ラ、ラクシャータさん!こ、こういう事はですね!まずは相手側の意思を尊重し…てもらわないと……!」
「ダぁメよ。こうでもしないと、アタシのものにならないじゃないの」
「はい?!」
「ホラ」
僕の両手に脚を乗せたラクシャータは体重を掛けることで簡易の拘束具を完成させた。
しかも、確実にマウントポジションを取られているので、余程のことがなければ逃げられまい。そんな事を考えている
僕の眼前に最早、見慣れたと言ってもいい紙が突きつけられていた。
「紙の上で二人の名前を書いたって完全に夫婦になったわけじゃないわ。だったら……」
言葉を紡ぎながら、突きつけていた婚姻届とシャツを一緒に放り、自分のシャツのボタンを外すラクシャータ。全ての
ボタンを外し終えると半ば覗いていた下着と豊かな双丘が完全に姿を表した。
「既成事実を作っちゃえば、あなたも他の女も文句が言えないわよねぇ?」
己の唇をチロリと舌で舐めて妖艶な笑みを浮かべて言うラクシャータの姿はどこか、御伽話に出てくる夢魔を髣髴とさ
せる。
思いっきり彼女の体から目を逸らせようとするが、褐色の肌を持つ細い指がそれをさせてくれなかった。
「ラクシャータ……今なら、まだ間に合うから」
「無理よ。あなたが、欲しいの、今スグに」
顔を体を火照らせた褐色の美女は獣が如く己の欲望を区切りながら力強く言う。
舌なめずりしながら彼女の唇が僕の唇と重なろうとした時、僕はこの世に神は居ないのかと真剣に虚空へ問い掛けた。

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「し、死ぬかと思った」
あの後、何とか隙を見て逃げ出すことはできたのだが、その際にかなりの体力を消費した僕はふらふらと歩きながらラ
ウンジに向かっていた。
顔の至るところに付いたルージュの唇跡を落とし、乱れるシャツを直しながら足に鞭を打ってラウンジに続く廊下を歩
いてく。
恐らくは今日の僕には、災難を司る神様が二桁以上憑り付いていると思ってもいいかもしれない。でなければ、一体な
んだと言うんだろうか?
だが、今の目的はラウンジに向かうことだ。とにかく今はゆっくりと休める場所で休みたいのだ。壁に手をつきながら
、ようやくラウンジのドアの前に着いた。
どうか、誰も、できれば女の人がいませんように……
言葉に出さず、小さな希望を胸に秘めてラウンジのドアを開ける。
「………」
ドアを開けてまず目に入ったのは、ピザの箱だった。それも、かなり大量のだ。
突然、鼻腔に侵入してきた部屋に充満するチーズの匂いに僕は思わず手で鼻を覆う。
「ん?何だ、お前か」
ソファに寝そべりながら、ピザを喰らう緑の髪の少女はチーズを垂らしながら来訪者に視線を向けた。
その周りには空となったピザの箱が乱雑に散っている。一体、何処にそんな数のピザが入るのだろうか、と疑問を覚え
ざるを得ない。多く食べているのは明らかなハズなのに外見上その細い体には何の変化は見られないのも不思議なもの
である。世の女性からすれば、羨ましいの一言であろう。
「C.C.」
僕は呆れ顔で行儀の良くない食べ方をする彼女の名前を呼んだ。だがそれと同時に安心をした。目の前にいる彼女が結
婚という女性が抱く理想と憧れなど持たず、そんなのよりも頬張るピザに熱意を向けている方が得と考えているからだ

「ここでピザを食べるなってゼロに言われてたんじゃなかったっけ?」
部屋の中を歩み、散らばっている空のピザ箱を拾い集めながら言った。
そう、ラウンジは作戦会議などにも使われ、それに対する集中力が損なわれるからという理由でゼロからC.C.にピザ購
入禁止令が出されたはずだ。
「それはゼロのカードで買ったものに限りだ」
「じゃあ、自分の金で買ったのか?」
「そうだ、私が自分の金で買ったものだ。カードを止められたんでな。自分で稼いで買ったピザを私がどこで食おうが
勝手だ。奴も私が自分で買ったという想定では何も言わなかったからな」
ゼロに対して、してやったりという表情だろうか、C.C.ニヤリと口の端を上げる。
それは屁理屈だろう、と言いたかったが敢えてそれを口に出すのはやめた。彼女にそんな事を言ったとしても素直に聞
いてくれる訳でもないし、それを言う体力も今は惜しいのだ。
「それはそうと……どうした?妙にやつれているように見えるぞ」
「……別に何でもないよ」
C.C.が他の人物の心配をすることには驚いた。だが、先程から考えている通りそれに対して驚くことや自分の身に降り
かかった事を話す体力も無いのだ。
僕は素っ気無くC.C.に返す。C.C.もそれ以上のことを聞いてくることも無く残りのピザを食べ始める。
「そういえば、よくこれだけのピザを買えたな」
改めてラウンジの中を見回してピザの箱を改めて数えながら僕は言った。
かなりの量だ。一つや二つという単純な数ではない。十や二十……それ以上はあるかもしれない。
それに比例して料金もかなりのものになるはずだ。C.C.はゼロのカードでピザを購入していたのだから、それらの金を
稼ぐことは容易ではないはずだ。だが、C.C.が自分でバイトでもして金を稼ぐということは考えにくい。
「お前の婚姻届を売ってかなりの金ができたからな。心配は無用だ」
「あぁ、僕の婚姻届を売って…成る程」
…………あれ?
ピザの箱を片付けながらC.C.の紡いだ言葉に対して答えると、僕は自分の発言に対して疑問を覚えた。
婚姻届?本日聞くのは何度目となるこの単語が頭の中を駆け巡り、その単語に続く言葉をもう一度思い出させる。
婚姻届を、売った?
「C.C.……今、なんて言った?」
「ん?“心配は無用だ”と言ったが?」
「違うッその前だ!婚姻届を売ったって聞いたけど!?君が僕の名前が入っていた婚姻届を売っていたのか??!」
「何だ、そのことかそれがどうした?」
C.C.のこの発言は天然なのかそれとも本気で言っているのか?思わず、彼女の頭の中を調べたいと考える僕であったが
と、とりあえず真相を追究することを優先させた。
「どうしたもこうしたもないよ!君のせいでどれだけの目に遭ったか……」
「安心しろ。婚姻届自体は複製品だからな、役所に届けても正式に受理はされん」
「そういうことを言ってるんじゃないの!」
「カリカリするな、減るモンでもあるまいし…それと眉間の皺が固定するぞ?」
「誰のせいだ!そして危うく僕は貞操を奪われかけましたが?!!……それで?その婚姻届はどこから手に入れたん
だ?」
さすがに怒ったままでは話が進まないと考えると僕は気持ちを抑えてC.C.に訊ねる。カレンや井上さん、ラクシャータ
が持っていた婚姻届を複製品と思われる中でそれらの元となった“あの日の放課後”に使用したと思われる婚姻届を持
っているのは彼女しかいない。C.C.の手にあるのはおかしいからだ。
「ちょうど、学園を散歩していたら見つけた。丁度、その日はルルーシュからはカードの使用を止められていてな」
「それで君は僕の婚姻届の複製を売ってピザ代にしてたって事か……」
ということは、何らかの拍子で落としてしまったということであろうか?
「フフッそれに関しては、非常に感謝しているぞ。おかげで餓死寸前であった私の胃袋は満たされた」
本人は感謝しているつもりかもしれないが、微笑みながらの口調と態度から感謝の気持ちが伝わってこないのは何故だ
ろうか。今日の出来事を思い出すたびに痛くなる頭に手を添えながら僕は言葉を紡いだ。
「で?出回った複製品の元になった婚姻届はどこにある?」
「何故お前に教えなければならん。アレを拾ったのは私だ、どうしようと私の勝手だ」
「な…っ!?あの婚姻届は元々は僕のものだ、君には関係の無い代物だ!返してもらわないと困るんだ!」
「それはお前の都合だ、アレは暫くの食料の生命線だ。誰が渡すか」
「そ、それこそ君の都合だろうが!」
「ほう……お前はこのか弱い少女から食料を奪い取るのか……ヒドイ奴だ、私は生きる為にやっているというのに」
そう言うと、C.C.は芝居がかった動きでヨヨヨっと嘘泣きを始める。今更ながら、彼女と対等に口喧嘩ができるゼロを
尊敬する。だが、さすがにここで退くわけにはいかない。
ここは騒動が収束に向かうかどうかの分岐点だ。僕としては、何としてでも収束の道を選びたい。
しかし、それはC.C.も同じ事だ。生半可な説得では折れてくれないだろう。
先程以上に僕の頭はこの状況に対する改善策を見出そうと回転を始める。そして、すぐにある単語が浮かび上がる。だ
がそれは、諸刃の剣であったが今は四の五の言っていられなかった。
「…なぁ、C.C.知っているか?」
「何をだ」
「拾得物を落とし主に教えるか届けた場合は拾得物の価値の十分の一を取得できるってことだ」
一瞬、C.C.がピクリと反応した。この話に興味を示した、或いは何かを計算しているのだろうか。
「ほう……それは初耳だな。それで、この場合はどうなるんだ?」
「君の暫くの間の……一ヶ月いや、二か月分のピザ代を持つ。どうだ?」
C.C.は一日に何枚もののピザを食べる。それが月単位は続くとなると金もかなりのものになるはずだ。
「足りんな、三ヶ月だ。アレの価値を考えてみればこれぐらいが妥当だろ?」
「……わかった、それで飲もう」
「成立だな」
口の端を上げて微笑む様はまさに魔女と言ってもいいかもしれない。いや、言ってもいい。
三ヶ月のピザ代はさすがにキツイものがあるかもしれないが、これで平穏が戻るのであれば安いものだ。
「それで僕の婚姻届はどこにあるんだ?」
「あぁ、無い」
C.C.の言葉に僕は一瞬、自分が耳の中に入れた情報が間違っているのではないかと疑った。思わず、その言葉に対して
間抜けな声が大きく出てしまうぐらいに。
「な、無いって。どういうことだよ!!」
「実は数日前に是非とも原本を買い取りたいという上客がいてな、なかなかにいい値段が付いたぞ」
こちらに対して顔を向けずピザを頬張るC.C.はとんでもないことを言ってのけた。
平穏が戻ると思われた真っ先に地獄に落とされたのだ。僕は暫くの間、開いた口を閉じることができなくなった。
「そうだ。言っておくが婚姻届の行方は“教えて”やったんだ。三ヶ月分のピザは予定通り貰うからな、反故は許さん
ぞ。まぁ、複製品の販売はやめてやるから安心しろ」
恐らくこのときの僕の耳にはC.C.の言葉が入っていなかったかもしれない。いるかどうかわからない神様に目の前でピ
ザを頬張る魔女を退治して欲しいと一心に願っていたからだ。

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その次の日、僕は誰も居ない生徒会室の椅子に座っていた。
何日も休んでいたので正直どのようにして生徒会に顔を出せばいいのかと悩みながら生徒会室に入ったのだが、誰もい
なく、暖かそうな日差しが部屋の中を照らしていた。早く来すぎてしまったと考えると近くにあった椅子に腰を下ろし
ていた。
実に何日振りとなる感触だろうか、数日座っていないだけだが何週間も座っていなかったという気分にさせてくれる。
だが、どうしてか嬉しい気分にはなれなかった。
ここに来てしまうと連想ゲームのようにミレイさんの事が頭に思い浮かんでくるからだ。リヴァルに教えられた嘘の告
白方法を実施したあの日のことを、その時のミレイさんの反応と表情が今も鮮明に思い出されここに来るべきではなか
ったと何度も考えさせられる。
『大体、交際する前にプロポーズしてどうするのよっ』
あの日の言葉を思い出して、僕は本日何度目となる紅潮を果たした。
あぁ、何度思い出しても恥ずかしい……
ここから離れたいと思う気持ちが強くなってきている。だが、それでは何の解決にもならない。それに日が空けば空く
ほど顔を合わせづらくなってしまう。
そして彼女の顔が浮かび上がる。
あの時、僕の告白を彼女はどう思っていたのであろうか?告白の仕方が知らなかったとはいえ、あの行動は常識のある
人間からすればやはり、変わっていると思われても仕方が無い。
「ヘンだと思われたのかな……やっぱり」
誰に聞かせるわけでもなく一言呟くと、僕の耳は後方から発せられた小さな音に反応した。
「会長チョップ!」
「アガッ!?」
誰かが来たと考えて頭を振り向かせようとした。だが、その行為は顔を振り向かせようとした時に、聞き覚えのある声
と共に頭頂部に衝撃が走ったことで虚しく終わった。
衝撃の走った脳天を手で押さえて涙目になりながらも僕は半身を振り向かせた。すると、そこには予想通りの人物がそ
こにいた。
「はぁ~い。久しぶりね♪」
ただ一つ予想と違っていたのは、その人物が笑顔で額に四つ角の青筋を浮かべていたことだ。
「ミ、ミレイさん」
「お久しぶりね~ライ?ルルーシュの影響で貴方もサボり魔になったと思ったわよ?」
あまりにもミスマッチな表情で詰め寄るミレイさんに僕は苦笑を浮かべることしかできなかった。
「あの、これにはちょっとした理由があるようで、無いような……その」
恐怖とミレイさんの顔が近くにあることで発生する照れが絡み合って僕はしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「どっちなの?」
「ご、ごめんなさい……」
更に詰め寄られると僕の口は自然に謝罪の言葉を紡いでいた。頭をしゅんと項垂れさせると、ミレイさんが吐いたと思
われる溜め息が聞こえた。刹那、僕の心臓に何かが刺さるような音が聞こえたような気がした。
「で、どうしたの?理由は訊かせてくれるんでしょう?」
ミレイさんが椅子の前に回りこんで僕の顔を覗き込むように屈み、まるで、小さな子供をあやすように僕の頭を優しく
撫でる。その感触に押され僕は言葉を紡ぎ始める。
「なるほど…あの時のこと、まだ引きずってたのね」
ミレイさんは指先で頬を掻きながら、僕の言葉に理解を示してくれた。僕はミレイさんに生徒会の活動に参加しなかっ
た理由をあらいざらい吐き出すと、ほんの少しだけスッキリした気分になっていた。
「でも、顔を合わせるのが恥ずかしかったって言ってもねぇ、記憶探しなんて嘘をつくのはどうなの?」
真剣な瞳で見つめられながら、ミレイさんの言葉を聞くと心が重くなると共に僕は頭をしゅんとさせる。
確かにその通りだった。いかなる理由があったとしても僕は人を欺いた、好きな人に嘘をついた。これは簡単に許され
ることではない。
嘘をつくことはとても簡単なことだ。だが、嘘をついて落ちた信頼を取り戻すことは簡単なことではない。そして、嘘
は人を傷つけ自分をも傷つけるのだ。
その時、僕の目尻には何故か涙が浮かび、再び謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめん……なさい、ミレイさん。ごめん、な…ざい」
「ちょっと、どうしたの!何で泣いてるのよ」
嫌われたくない、嫌わないでほしい。
“好きな人に嫌われてほしくない”ただその一心で言葉を紡いでいた。それを見ていたミレイさんは始めこそは驚いて
いたが、冷静に今の状況に対処を始めていた。
「……ほら、男の子でしょ?泣かないの」
ミレイさんの柔らかい親指の腹が流れ出る涙を拭っていた。それが終わりを見せたのはどれほどの時間が経った頃であ
ろうか時間が経つと共に僕は徐々に落ち着きを見せ始める。すると、両頬に鈍い痛みが走った。彼女の手が僕の両頬を
抓んでいるのだ。
「…もう嘘つかない?」
「……ふぁい」
「ん!ならば、許そうか♪」
パッと抓っていた両手を離すとそのまま頭の方に移動させて頭を軽く撫でた。
「……まぁ、偉そうに言ってなんだけど、私にも半分は責任があるわね。ごめんね」
そう言うと、ミレイさんは微笑んだ。それが、彼女がよく見せていた微笑であると知ると僕は心臓が一度だけ跳ね上が
る感覚を覚えた。
そして、いきなりミレイさんは両手を合わせて叩いた。乾いた音が鼓膜を震わせる。
「さてと!お説教はこれでおしまいよ。そろそろ本題に移りましょうか」
「本題……?」
抓られた頬を擦りながら、椅子から立ち上がったミレイさんに対して僕は問い掛けた。
すると、突然両膝の上に重さを感じた。それは、ミレイさんが僕の両膝に座ったからであった。僕の心臓の鼓動はまた
一度跳ね上がった。視線を下げれば、すぐ傍にはミレイさんの顔が視界に入り込む。
「あ、あのミレイさん……?」
「ん~いい座り心地ね」
僕の心臓の動きを知ってか知らずかニコニコしながら彼女は機嫌よく僕の膝の感想を述べた。
僕の問い掛けには全く応じようとしてくれなさそうだ。
「ねぇ、ライ?」
「は、はい?」
先程とは違った声に戸惑いを覚えつつも僕はその声に応えた。
「少し前の放課後の事なんだけど……覚えてるよね?」
ミレイさんの言葉は確実にあの時のことを指していることは明らかであった。
「え?あ……はい」
「じゃあ、これも覚えているわよね」
片手を首の後ろに回し、空いた手でポケットを探るとミレイさんは四つに折られた紙を取り出して開いた。
「え……?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまったのは昨日、騎士団アジトで一生分の体力を使い果たしたと思われる騒ぎの発端
となった婚姻届を持っていたからだ。だが、今彼女に手にあるのは説明が付かない。それはC.C.が学園内で拾って、複
製して売っていた。しかも、C.C.はその元となった婚姻届は別の人物に売り払ってしまった、と……
「苦労したのよ?あの後、どっかに落としちゃってね。でも、拾った人がいたみたいなの。それでね……色々と交渉し
て返してもらったのよ、お金が掛かったけどね……」
なんとはなしに僕の頭の中には、一つの答えが浮かび上がっていた。あの時、C.C.が言っていた『上客』とはミレイさ
んのことだったのだ。
そうと分かっていれば、わざわざC.C.に三ヶ月分のピザ代を奢るなど言わなければ良かったと今更ながらに後悔する。
だが、それよりも優先させるべき考えがあった。それは、僕の名前の他に今、膝の上に座っている彼女の名前がフルネ
ームで書かれていたことだ。
「ちょっと、聞いてるの?」
思考の海に潜り込んでいた僕を吊り上げたのは、少々の怒りを含んだ彼女の声であった。
婚姻届から視線を動かすと子供のように頬を膨らませたミレイさんの顔が数センチの間を空けてそこにあった。
「もう!……それにしても、あの時のことは驚いたわ。貴方ったら、いきなり婚姻届なんかを差し出すんだもん、ちょ
っと考え付かなかった」
あの時のことを思い出しながら話しているためかミレイの顔を微笑んでいた。だが、僕としては微笑んではいられなか
った。自分でも分かるように今にも、顔が沸騰しそうなくらいに赤くなっていたからだ。これ以上聞いていると、どう
にかなりそうだ。
「あ、あの……ミレイさん聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「その…あの時、僕がしたことで…えっと…」
話題を反らせる為とはいえ、今からする質問は少し無謀だったか?しどろもどろな言葉使いから逡巡して僕は覚悟を決
めた。
「僕…を変な奴だと、思いましたか…?」
僕は一番不安と思っていたことを口に出す。すると
「会長デコピン!!」
ほんの少しの静寂の後に軽快な音共に痛みが額を走った。突然の痛みに対処できなかった僕は数秒間痛みに悶える。そ
れと同時に首に衝撃が加わった。
「か、会長…?!」
首の衝撃は腕が巻きついてきた為だった。自分の首に巻きついている腕の正体は確かめるまでもなかった。それから、
彼女が自分の首に抱きついていると分かるまで時間を要さなかった。
「……おバカ」
驚きの最中に鼓膜を叩いたのは柔らかい呆れ声だった。
「さっきも言ったでしょ、ちょっと驚いたの。だって、好きな子にいきなりあんなことされたら…驚くに決まってるじ
ゃない」
続いて聞こえる声に僕は何かが湧き上がるのを感じずに入られなかった。
「でもね…とても嬉しかったの。それにね」
力を緩めて、首から顔を離すとミレイさんは僕の額に唇を落とした。
「……私、ずっと前から貴方にこんな事をしたいと思っていたのよ?」
恥ずかしそうに頬を掻きながらミレイさんは言った。
その時、僕の視界は真っ赤になった。恥ずかしさによる熱のせいか、それとも嬉しかった為の紅潮か原因は定かではな
かった。僕は静かに両腕を彼女の背中に回した。
「きゃん!ちょっと、ライ……?」
可愛らしい悲鳴を一言上げる同時に僕はミレイさんの細い体を抱き締めていた。力強く、しかし優しく。
「そんなコトしちゃうのね?おりゃ!」
お返しと言わんばかりに頭を抱きしめられると僕は彼女の腕の中の感触を心地よくを覚えはじめた。
そんな僕も抱く腕にまた力をこめて優しく温かく抱きしめる。
「大好きよ、ライ」
「僕もです。ミレイさんのことが大好きですよ」
すると、ミレイさんは嬉しそうに僕の首に抱きついて囁いた。

「ずっとずっとず~~~~っと一緒だからね!」

その言葉に応えるように僕はミレイさんの金髪を掻き上げて額を晒すと今度は自分から額に口づけをした。


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蒼い鴉
最終更新:2009年05月29日 16:52
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