045-523 コードギアス LOST COLORS R2 神逆のライ TURN 03 「反逆の処刑台」@龍を食べてみたい人



『仮面の男――、ゼロ』
マスメディアの存在を逆手に取り、劇場型テロリズムという斬新な手法をこの世に知らしめたテロリスト、ゼロの復活は、瞬く間に世界の人々が知ることとなった。
『――当エリア11に再び姿を現したゼロを名乗る仮面の男の消息は、いまだに不明です。
総督カラレス侯爵を殺害し、多数の政治犯を強奪したゼロとその一味は、現在もエリア11内に潜伏しているものと思われ、市民の間では不安が広がっています。
情報は引き続き、現場から入り次第、――』
この他の放送局以外はジャックされ、ゼロの演説が今もなお続いていた。
アナウンサーが読み上げるニュースとともに、事件の記録映像も次々と流されていく。足元の骨格を爆破され、大きく傾き、崩れ落ちていくバベルタワー。
ブリタニア軍主力KMF・グロースターと刃を交える無頼と、紅いナイトメア。ブリタニア側の見るも無残な敗北劇が映し出されていった。
「すごい騒ぎになりましたね」
「近いうちに戒厳令が敷かれるのは、間違いないわ…」
アッシュフォード学園の生徒会室でシャーリー・フェネットは、同学年になった年上の先輩、ミレイ・アッシュフォードに声をかけた。
鼻にシャープペンシルをひっかけているリヴァル・カルデモンドは、テーブルの上に重なる雑務から現実逃避しながら、テレビの画面を眼の端にとらえている。
「こわいです…」
か細い少女の声を聞いた三人は、はっと振り返る。車椅子に乗っている少女、ナナリー・ランペルージが眉をよせ、呟いた。シャーリーは近づくと、彼女の手の甲に、自分の掌を優しく乗せる。
「大丈夫。大丈夫、だから…」
「お義姉さま…」
盲目のナナリーがシャーリーの表情を見ることはできない。しかし、シャーリーの微笑みと穏やかな心の情景は、彼女の手の温もりを通してナナリーに伝わってきた。リヴァルは二人の光景を見て、ここにいない親友に内心毒づく。
途端、ドアが開かれる音が聞こえた。
「ごめん!ナナリー。シャーリー…みんな」
 銀髪と透き通った碧眼、すらりとした体躯の青年。アッシュフォード学園の制服を身にまとった少年は帰還する。
「ルルーシュ!」
「遅いぞー!ルルーシュ」
皆は、ルルーシュを心配していた。
一年前のルルーシュとは、似ても似つかない少年、ライを『ルルーシュ・ランペルージ』と認識しながら――

ナナリーは顔をほころばせ、ミレイは「やっほー」と手を振り、リヴァルとは視線でやりとりを交わす。
違和感しかない平凡な日常に、ライは身の毛も立つ戦慄が走った。友と呼べる人々の表情が、ライの心を無情に掻き毟った。
 皆、ギアスで記憶を書き換えられている。
 残酷すぎる現実に、ライは眩暈がしそうだった。咄嗟に笑顔を取り繕うにも、唇の端が引きつり、不自然な表情になってしまう。
 ぴしゃりという音とともに、ライの眼から火が出た。
「…え?」
 ライが痛みを認識するのに、数秒の時間を要した。
頬がひりひりと熱くなってくる。
「シャー、リー…?」
ライは呆気にとられ、ミレイやリヴァルも思わぬ事態に、息を呑んだ。ライの眼前で、眉間にしわを寄せたシャーリーが恋人に平手打ちをくらわせたのだ。ナナリーもはっとした表情で、口元を両手で押さえていた、
「…こんなときに、どこに行ってたの?ルル」
 シャーリーの据わった緑色の眼差しが迫る。
「シャ、シャーリー…実は俺が」
「リヴァルは黙ってて!私は、ルルに聞いてるの!」
 彼女の気迫に、年長者のミレイも二の句がつげないでいた。
「私に嘘ついて!ナナリーを心配させて!こんなことになってるっていうのに、一人で賭けチェス!?信じられない!」
シャーリーの罵声は止まらない。
「ルルって、付き合う前はとっても優しい人だと思ってた。けど、本当はものすっごいエゴイストだよね!ナナリーや私の為だとかいって…ただ単に、自分の気ままな行動を、言葉で取り繕ってるだけじゃない!
…私が気付かないとでも思ってた?」
「シャ、シャーリー!ルルーシュを責めないでくれ!俺も悪かったんだ!今回はレートが高かったから、つい。…」
「…すまないっ。シャー…」
ライはそれ以上言えなかった。
シャーリーの両手はライの頬をつかんで、そのまま、口が塞がれた。
「んっ…!」
室内に静寂が訪れる。
くぐもった吐息だけが、聞こえるだけ。
 ミレイとリヴァルは唖然となり、ライとシャーリーは深い口づけを交わし、ナナリーは見えなくとも、その場の事態を把握した。
「本当に…心配、したんだから…」
潤んだシャーリーの瞳が、ライの目いっぱいに広がる。
細い彼女の両腕が、ライの背広に手を回し、温かい抱擁が恋人を包んだ。胸板に伝わる柔らかな乳房と、茜色の髪からかすかに漂うシャンプーのにおいが、ライの鼻腔をくすぐった。
(――――――…ッ!!)
シャーリーが無償で与えてくれる愛情と温もりに、声にならない悲鳴をライは心の中で叫んだ。
まるで大麻のようだ。
心地良すぎて、いつまでもこの愛に浸っていたくなってしまう。
シャーリーが愛しているのは、『ルルーシュ・ランペルージ』であって、彼のふりをしている『ライゼル・エス・ブリタニア』ではなくとも、ライは、シャーリーを愛し、抱いてしまった。
彼女もまた、ルルーシュとしてのライを、愛していた。
ライはシャーリーの全てを知っている。
彼女の好きなものも、嫌いなものも、微笑む顔も、愛欲におぼれた淫靡な姿も――彼女の友達よりも、ルルーシュよりも、あるいは彼女の肉親よりも…ライはシャーリー・フェネットという女を知り尽くしていた。
そのシャーリーと、この関係は清算しようと心に決めて戻ってきたつもりだった。
徐々に距離を取り、元通りとはいかないまでも、せめて彼氏彼女の関係は断つつもりだった。
左眼に宿る悪魔の力を利用してまでも、彼女の意思を捻じ曲げる覚悟も、出来ていたつもりだった。

ライには、カレンがいる。

ライの呪われた過去を知り、それでも受け止めてくれる紅月カレンが、黒の騎士団で待っている。
(だけど……)
シャーリーを穏やかな笑顔を前にして、この一年間育んできた蜜月が脳裏をよぎると、ライはふんぎりがつかなくなった。
シャーリー・フェネットもまた、ルルーシュとして生きていた虚無のライの日常に、色を与えてくれた、大切な人であったから――
ライの複雑な心中を知らずに、ただ安堵するシャーリーは恋人を抱きしめている。静かに近づいてきたナナリーがライの手を取った。
「お兄、様…?今朝とは、なにか…雰囲気が違いますね?」
恋人にも嘘を隠し通せるライも、ナナリーには異変を気付かれた。視覚以外の感覚で他者の心を読み取る彼女に、嘘をつくことは難しい。
だが、ギアスは、そのナナリーにすら大虚を信じさせることができる。
長年苦楽をともにしてきた実の兄、ルルーシュを忘却させ、赤の他人であるライを、ルルーシュとして認識し、想うように操った。
超常の力、ギアス。
考えれば考えるほど、ライは息が詰った。人とは思えぬ悪魔の所業に、内臓が焼け爛れるような憎悪が、ライの心底からふつふつと込み上げてくる。
しかし、ライはそのような心境をおくびにも出さず、彼は見る者全てを安心させるように、柔和な微笑みをたたえた。
「…リヴァル。もういい。俺から話すよ。……素直に白状します。実はバベルタワーにいたんです」
ぎょっとする面々を目視して、ライは言葉をつづけた。
「運よく難から逃れて、ブリタニアの軍人に保護されました。でも、身分証明とか色々と面倒なので、途中で抜けてきたんですよ。
皆に、心配はかけたくなかった。それだけです……特に、ナナリーとシャーリーには」
ライは頭を下げた。
平然と皆に嘘をつける自分が、怜悧で、恐ろしい。
「…ルルーシュ。貴方の罪は重いわ。情状酌量の余地は、無いわね」
ミレイ会長の容赦ない言葉。
ライは弁明しない。
リヴァルもシャーリーも、ミレイの判決を待った。
そして。
「だから――――罰ゲームよ!」
「……え?」
ミレイ・アッシュフォードのとびきりの笑顔を向けられ、きょとんとするライ。
「それじゃあ、今日のディナーは全部、ルルーシュに作ってもらいましょう♪デザートもよ?それとねぇ~…んーふっふぅん。メイドエプロン姿で、というのはどうかしらぁん♪」
ミレイは豊かな乳房を蠱惑的に揺らし、意地悪な視線を向ける。
ライは、しばし黙然として――、絶句した。
「会長!私、賛成です!」
「……ちょ!シャーリー!?」
「私も賛成ですっ♪ミレイさん」
「な、ナナリーまでっ!?」
ライは身に起こるであろう悲劇を想像し、同性の悪友に、視線で助けを請う。
その前に、ミレイの蛇のような目つきで睨まれたリヴァルはあっけなく平伏した。
「…すまねぇ。ルルーシュ」
ライは咆哮した。
「―――リヴァルゥウウッ!!」
ライの両腕はシャーリーとミレイに絡めとられ、リヴァルはナナリーの車椅子を押して、生徒会のメンバー総員で衣装室に移動を始めた。

いつもの平穏。
いつか終わる平穏。
穏やかで優しい、偽りの平穏。
もう目覚めてしまったライには、この日常が、愛しくも、寒々しい虚無なものに思えた。


      ◇


バベルタワー崩壊から、数日がたつ。
そんな折、黒の騎士団の団員が勢いよく室内に飛び込んできた。
「大変です! 扇さんたちが!!」
団員の声色が、ただならぬ事態が起こったということを告げている。
三日前、ブリタニアの帝営放送を通して、ギルバート・G.P.・ギルフォードが大々的に通達した、収容された黒の騎士団の幹部の処刑劇が、ついに始まろうとしているのだ。
紅月カレンは、大宦官の椅子に座る一人の美男子、黎・星刻(リ・シンクー)に、ただならぬ警戒心をこめて睨みつけた。東洋人にしては背が高く、しなやかに伸びた手足と分厚い胴体は、高水準に鍛え抜かれている。
ナイトメアの操縦だけではなく、生身の肉弾戦においても、男顔負けの実力を持つカレンでさえ彼に敵わないことは、手を合わせずとも理解していた。
さらに、C.C.によれば、黎星刻は頭も切れるらしい。
C,C.が人を評価することは非常に稀なことだ。彼がただの武官であるなら、二〇代の若さで領事館に出入りする重役に抜擢され、中華連邦に害を齎した上司をくびり殺し、
しかも、その罪を黒の騎士団になすりつけるような、悪辣きわまる手腕を振るうことはできないだろう。
黎星刻は役員に耳打ちし、すぐに退席すると、カレンもC.C.に目配せし、即座に席を立ち、魔女は赤髪の少女に続いた。

『聞こえるか! ゼロよ! 私はコーネリア・リ・ブリタニア皇女が騎士、ギルバート・GP・ギルフォードである。今日の15時より、国家反逆罪を犯した特一級犯罪者、256名の処刑を行う。
ゼロよ、貴様が部下の命を惜しむなら、この私と正々堂々勝負をせよ!』

 コーネリア親衛隊のKMF『グロースター』のコックピットから、姿を現したギルバートの背後には、窮屈な拘束服を身につけ、見知った顔ぶれが、大型トレーラーの壇上で磔にされていた。
扇、玉城、藤堂、四聖剣の三名……その他、一年前のブラックリベリオンまで、苦楽を共にしてきた多くの団員達、監獄生活でやつれた仲間たちの姿を見たカレンは、心臓が張り裂けそうになった。
刀を固く握りしめ、乱杭歯を剥き出しにして苦渋の表情に満ちた卜部も、また同じ気持ちだった。
処刑場と化した中華連邦領事館の前で、固唾を?む日本人の群れ。
正義の名のもとで、執行を下す準備を着々と整えるブリタニア軍人。
溢れ出す感情をなんとか抑えながら、カレンは愛機である紅蓮弐式のコクピットに乗り込んだ。出来るのならば、今すぐにも発進して、皆を助け出したい。
だが、それだけの力が自分に無いことは、カレン自信が一番よく分かっていた。
多くの民衆と報道陣が詰めかけ、いつの間にか、中華連邦領事館の周囲は、異様な盛り上がりを見せていた。刻々と時間は過ぎていく。
緊張が高まるなか、約束の時間を、ついに迎えた。
『さあ、いよいよ刑の執行時間です。黒の騎士団の残党に、正義の裁きが下されます』
「ゼロ様!!」
「お願いです!!」
「どうか奇跡を――――!!」
処刑台の周囲に集まったイレヴン、日本人たちが祈るように懇願の声を漏らす。
自分たちの最後の希望、黒の騎士団の団員の解放を、ゼロの出現とその奇跡を信じて。
そんな彼らの希望を打ち砕くように、ナイトメアに乗ったギルフォードが鋭い声を放った。
『イレヴンたちよ。お前たちが信じたゼロは現れなかった! すべてはまやかし。奴は私の求める正々堂々の勝負から逃げたのだ。―――――構えろ』
 処刑台の前に佇むナイトメアの銃口が、台に縛り付けられた黒の騎士団のメンバー、扇たちへと向けられる。
 紅蓮弐式に乗り込んだカレンは、操縦桿を握り締め泣き出しそうな声を吐き出した。
「みんな……っ!!」
『動くな。紅月!ここから出たら、お前も殺される!今の戦力じゃあ、嬲り殺しにあうだけだ。誰も救えない!』
「わかってる! でも……!!」

『―――――違うな。間違っているぞ、ギルフォード』

静まりかえる民衆。
その声は間違いなく―――――ゼロだ。
大多数のブリタニア軍の戦力に対して、ゼロの戦力は、無傷のサザーランド、ただ一機だった。
『なるほど、後ろに回ったか、ゼロ!』
ギルフォードの視線の先には、処刑台の周囲に集まっていた日本人の合間を縫って近付いてくるゼロの姿だ。
『ギルフォードよ、貴公が処刑しようとしているのはテロリストではない。我が合衆国軍、黒の騎士団の兵士だ』
『国際法に乗っ取り、捕虜として認めよ、と?』
 ブリタニア軍だけでなく、日本人を始め、捕らわれている黒の騎士団のメンバー、そして報道陣もゼロの登場に一斉にざわざわと騒ぎ始めた。
 そんな中、ゼロの乗ったサザーランドは静かにギルフォードへと近付いていく。
『お久しぶりです、ギルフォード卿。出てきて、昔話でもいかがですか?』
『せっかくのお誘いだが、遠慮しておこう。過去の因縁には、ナイトメアでお答えしたいな』
「ふん、君らしいな。では、ルールを決めよう」
最初から、ギルフォードが素直にこちらの言葉に従い、姿を見せるとは考えていなかった。
ギルフォードは自分の言葉に従い無防備に姿をさらけ出すような、そんな愚かな人間ではない。
出せば、あのオレンジと同じ末路をたどることになる。
『ルール?』
コックピットに乗り込むと、ギルフォードの怪訝な声が響いてきた。
「決闘のルールだよ。決着は、一対一でつけるべきだ」
『いいだろう、他の者には手を出させない』
すんなりとこちらの申し出をギルフォードは受け入れる。
それほど自信があるのだろう。
「武器は一つだけ」
『よかろう』
ギルフォードは手にした対ナイトメアフレーム用大型ランス以外の装備されていた武器を外し、その切っ先をこちらへと向けた。
『では、こちらの武器は―――――廻転刃刀』
ゼロが駆るナイトメアの後背部に備えられた、無骨な剣を、サザーランドは抜いた。
ブリタニア軍に、失笑がおこった。
策略に長けたゼロを警戒していたギルフォードにも、流石に、驚いた。
ゼロは、本気でギルフォードに一騎打ちを仕掛けている。
コーネリアの騎士となったギルバートの実力は、ブリタニアだけではなく、君主と共に駆け巡った植民地でも、その名を轟かせている。
そのギルバートの実力を、天才戦術家として名を馳せるゼロが知らないはずはないのだ。
『悪に手を染めてでも悪を倒すか。それとも、おのが正義を貫き、悪に屈するをよしとするか』
『…ッ!我が正義は、姫様の元に!!』
 武術の腕は長けても、話術では、ゼロに多分の部があると思ったギルフォードは、口車に乗せられまいと、早々に話を打ち切った。大型ランスを構え、一気にこちらに向かって突進してきた。
『…ほう、君は、コーネリアの名のもとに、騎士の名を賭けたのだな』
ゼロはその姿を静かに見据え、馬鹿にしたように笑みを零し、小さく頭を振った。避けるような素振りは一切見せずに。
『なるほど。私は、悪を為して巨悪を打つ!』
眼前から消え失せた。
「ッ!?」
ギルフォードが乗るコックピットに衝撃が伝わると同時にアラームが鳴り響いた。液晶モジュールを目にしたギルフォードは言葉を失う。
機体の頭部が多大なダメージを受けたとの情報が記されており、その事実を示すべく、ギルフォードの頭上にある外部モニタが光を消失していた。
ゼロの乗ったサザーランドは機体を急回転させ、スタントトンファをグロースターの首にぶつけ、強引に捩じきったのだ。
外部カメラの死角を突かれ、思わぬ一撃を食らったギルフォードだったが、すぐに平静な戦闘心を取り戻し、グロースターの体勢を整えた。
頭部の故障だけでナイトメアが動かなくなるはずはない。
電波をとらえる機材が損傷したのは確かに手痛いが、地上戦の一騎打ちにおいては些細な被害だ。視界が狭まっただけだと思い込めばいい。
しかし、決着はすぐについた。
ゼロが乗るサザーランドはグロースターの背後に回ると、近距離からスラッシュハーケンを射出した。グロースターの両足は粉砕され、ギルフォードの騎馬は、ついに戦闘不能に陥った。
無傷のサザーランドは回転刃刀を静かに、コックピットに近づける。
あまりにも呆気ない展開であり、誰もが予想しなかった結果に、観衆だけではなく、ブリタニア軍人たちも、押し黙った。
コックピットのなかで、ギルフォードは、絶句する。
『―――――――ゼロが、武芸にも、秀で、ている、とは…初耳だ、な』
 今起こった現実が、ギルフォードには信じられない。
言葉を紡ぐことだけで、精いっぱいだった。
『…約束だ。同志たちを…返してもらおう。騎士の誓いに、嘘が無いのならば』
 ゼロはギルフォードの問いに答えない。
ただ、ゲームの勝者の条件を突きつけるのみ。
コックピット内で、ギルフォードは下唇を噛み切る。他者にはあれほど、注意を怠るなと叱咤しておきながら、自分自身がゼロを見くびっていた。
一騎打ちに持ち込まれた時点で、気付くべきだった。
ギルフォードのナイトメアの操縦技術は、親衛隊だけではなく、ブリタニア国内でも有数の実力を持っており、その腕で幾戦の功績も挙げている。
だからこそ、慢心した。
謀略家の男、ゼロの操作技術が自分に劣るものだと、誰が決めつけた。一騎打ちを破断し、何か仕掛けてくると、誰が決めつけた。
純粋な勝負を仕掛けてくるという事態を、なぜ考慮していなかったのか――!?
ダンッ!とギルフォードは必死の形相で拳をパネルにたたきつけた。

ブリタニア人の運転手は、隠しきれない動揺を顔に浮かべたまま、死刑囚256名を乗せた巨大トレーラーを駆動させる。
中華連邦の領土にタイヤが跨ぐ。ブリタニアの軍勢はただじっと目視することしかできない。
『ギルフォード卿!我々に追撃の命令を!』
『一級犯罪者たちを黙って見過ごせというのですか!?』
部下の非難めいた声が逆に心地よかった。冷静さを失ったギルフォードは、己の不甲斐無さを恨みつくし、いまにも奥歯をかみ砕きそうだった。
騎士としてのプライドを捨てればよい。ゼロとの口約束など反故にして追撃を命令すれば、黒の騎士団の幹部は処刑できる。
だが、その時、エリア11の民には大きな反感を買うだけは無く、一人の騎士としても、一人の司令官としても、人望の失墜は避けらない。
先ほどの問答は一般市民だけでなく、メディアの中継で、不特定多数の人々にも知れ渡っている。一度伝播した情報を隠ぺいすることは国家総力を持ってしても、不可能に近い。
ギルフォード自身が泥をかぶることでことが治まるのなら、進んで泥にまみれる意思は持っている。
しかし、この約束の反故はそれだけでは済まされないのだ。
ギルフォードは主君、コーネリア・リ・ブリタニアの名に誓って、約束した。
自分だけが害を被るのは構わない。だが、コーネリアの名を貶められることは断じて許すことができなかった。
どこまでも、彼は、高潔な紳士であるがゆえに―――
その時、一機のランドスピナーが撃音をたてた。IFF(Indentify Friends or Foes)を外し、巨大ランスを構えたまま、トレーナーに猪突していく。
「アルフレッドッ!」
『…私は、命令無視、領土侵犯、独断専行を行いました。懲罰は、のちにいくらでも受けましょうぞ!』
それを最後に、アルフレッドのグロースターとの通信が途絶する。
ゼロは高らかに笑い、
『ふはははははははっ!約束破りは大の得意というわけだな?ブリタニアは!虐殺皇女、ユーフェミア然り!』
 ギルフォードには、返す言葉も無かった。
『虐殺皇女の姉、コーネリアの騎士、ギルフォードよ!』
グロースターのランスは奪われ、太陽の日差しが地に這うKMFを照らし、ゼロの駆るサザーランドの全貌が日陰となった。
『―――…』
そっと呟かれたゼロの言葉にギルフォードは思考が停止し、凍りついてしまった。
刹那――

大地が揺れる。

ブラックリベリオンを経験したブリタニアの軍人たちは、あの時の同様の仕掛けであることに気付く。しかし、物理法則に従って巨体のナイトメアが傾く現象には、誰もが狼狽した。
ゼロが乗るサザーランドは、ギルフォードのグロースターから奪ったランスを持ちかまえると、足場を固定し、大槍を投擲する。
そのランスは、中華連邦領事館の領内に侵入したグロースターに目がけて飛んでいき、金属製の胸部をコックピットごと深々と貫いた。
パイロットの生死など、確認するまでも無い。
『アルフレッドォォオオオオッ!!』
ギルフォードの絶叫は届くことなく、アルフレッドのグロースターはサクラダイトの誘爆とともに爆散した。ギルフォードが乗る大破したグロースターは、傾斜がある床を転がるように、滑り落ちていった。
幾多のナイトメアを足蹴にしながらアクロバティックな軽技で、不安定な足場から離れ、中華連邦領事館の区域に入ったゼロは、ナイトメアのマイクを通して、芝居がかった口調で叫ぶ。
『黒の騎士団よ!卑劣にも決闘に勝った私達を討ち取ろうとしたブリタニア軍は我が領内に落ちた!領内に侵略したブリタニア軍を壊滅し、同胞を守るのだ!』
そして、ブリタニア軍との第二幕が上がった。
赤鬼と化した紅蓮弐式は、けたたましい地響きを鳴らせ、両脚に備え付けられたランドスピナーを起動し、体を急発進させた。卜部が駆る月下は回転刃刀を抜刀し、怒涛の勢いで、平坦なアスファルトを颯爽と駆け抜けていく。
カレンが操縦する紅蓮弐式は、彼女の心の姿を映すように、血に飢えた獣じみた動きで、相手を翻弄した。
右腕に装備された禍々しい鉤爪でサザーランドを捉えると、瞬時に濃縮エネルギーをこめた薬莢が装填され、甲高い音と鈍い光を放つ輻射波動の餌食となった。
月下も巧みな剣捌きで、ブリタニア製のナイトメアを次々に斬り伏せていく。
飛び交う砲弾、激しく鳴り響く剣戟――、観衆はパニックに陥った。報道陣は身の危険を感じ、中継を打ち切って、早々に撤退していく。

「どぅわっアアアア!?」
玉城は恐怖で尿意を催しながら、ありったけの悲鳴をあげた。手足が拘束された状態でありながら、眼前では、ナイトメア同士が大々的な戦闘を繰り広げている。数秒前には、敵性ナイトメアの銃口が囚人たちのほうに向けられていた。
対ナイトメア用のアサルトライフルの銃弾を、生身の人間が被弾すれば、人は肉片も残らない。
そのピンチを助けてくれたのは、他ならぬ、ゼロの機体だった。
サザーランドは回転刃刀を投擲し、銃口を構えていたナイトメアの腕を斬り飛ばした。ゼロが駆るサザーランドの影が、玉城の眼前に広がる。
身に迫る恐怖とゼロに対する恩と感動に、玉城は思わず尿を放ち、叫んだ。
「うおおおおおっ!ゼ、ゼロォォオォオオオおおおおっ!!お前はやっぱり、最高の親友だだぜぇえッ!!」


ナイトメア同士の血みどろの殺し合いが繰り広げられている。
黒の騎士団の幹部を乗せた大型トレーラーが中華連邦領事館の区域を過ぎたところで、事実上の中華連邦のトップとなった黎星刻が、凛々しい怒号で、戦場を制した。
「そこまでだっ!ブリタニアの諸君!これ以上は武力介入とみなす!引きあげたまえ!」
戦闘本能に呑まれ、仲間の仇に情熱を燃やすブリタニアの軍人たちは、頭が冷えた。
領土侵犯の罪は、決して軽くはない。国際問題に発展すれば、一人の責任だけは済まされないことは、誰もが理解している。
無残に撃破されたナイトメアが、軍人一人一人の脳裏に焼きついた。黒の騎士団に対して、身を焦がすような憤怒を覚え、一人残らず殲滅してやりたい殺意を必死におさえつけがならも、ブリタニアのナイトメアのパイロットたちは命令に従い、撤退していった。

『良い、部下を持っているな――』

コックピットのなかで、敗北という辛酸を舐めたギルフォードは、全身が麻痺するような呆然自失の感傷に浸りながらも、かつてない怒りを覚えていた。
 オペレーターの声が、全く耳に入ってこない。モニタに映る情報をうまく頭の中で整理できず、忘却されていく。
 ゼロに、慰められた――
無様な敗北を蔑むことも無く、殺されることもなく、己の心境を全て把握したうえで、敵に心を救われてしまった。そして、憎むべきゼロの器を知ったギルフォードは、ほんの僅かでも、敬意を払ってしまったのだ。
それが、たまらなく悔しかった。
狭い機械の籠のなかで、ギルフォードは雄叫びを上げた。
「う、うおおおおっ!貴様は、私から姫様だけではなく、騎士の名誉までもっ、コーネリア様に対する忠義すら、奪ったのかぁあああ!!!ゼロ…!ゼロォオオ!!」


中華連邦領事館は、日中の嵐のような騒乱が嘘のように無くなり、静けさを取り戻していた。陽はすでに傾き始め、クリーム色の夕焼けがトウキョウ租界を染め上げている。
 捕えられていた黒の騎士団の幹部は、誰も欠けることなく、救い出された。
歓喜の声が彼らを取り巻くなか、遠く離れたところで、仮面の男は、魔女に寄り添った。
『C.C.』
 魔女は、黒いマントを纏った男に振り向く。ゼロの背後には、損傷軽微のサザーランドが膝を折り、鎮座している。彼女の琥珀色の双眸が仮面を通りこし、サファイアのような輝きを放つ瞳を持ったライと、交差した。
C.C.の麗しい唇が、ゆっくりと開いた。
「なんだ?」
『…皇帝は何故、僕をこのような檻に閉じ込めたんだ?』
 ブリタニア皇帝は、記憶を書き換えるギアスを有している。
ライに、ルルーシュとしての記憶を刷り込み、アッシュフォード学園の生徒にも、その記憶操作は行き届いていた。一年前とは全く別人の人間を、「ルルーシュ・ランペルージ」として認識し、また、ライも、ルルーシュとして生き、日々を送っていた。
「ナナリーを人質として取ること…だと、私は思っていたんだがな、どうやら、シャルルの目的は別のところにあるらしい」
『というと?』
ライの問いに、C.C.は目を伏せ、
「…わからない。だが、この一年で変化したのは、私たちだけではないみたいだ」
と、複雑な感情をのせた言葉を吐いた。
ライにとっては、皇帝の真意よりも、C.C.の真意のほうが分からない。まずは、聞きそびれていたC.C.の話から、じっくりと腰を据えて聞き、アッシュフォード学園の学生としてのアリバイ作りにも、それなりの手段を講じなければならない。
ひとまずの危機は脱したとはいえ、問題は山ずみだった。
 扇たち旧テロリストのグループや藤堂たちと言葉を交わすカレンと、目があう。ライは仮面の中で微笑し、隣に立つC.C.に声をかけた。
『C.C.…僕は、決めたよ』
 魔女は緑色の長髪を風に揺らしながら、ライの確固たる決意を、耳にした。



『俺は――、ゼロになる』


最終更新:2011年07月12日 11:59
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