045-235 コードギアス LOST COLORS R2 神逆のライ TURN 02 「ゼロ 来たりて」@龍を食べてみたい人



「ルルーシュ・ランペルージ…」

少年は、拾い上げた手帳に目を落としていた。
無二の友の名であり、少年がこの一年間、名乗り続けた名前でもある。
「アッシュフォード学園高等部三年生、生徒会副会長を務める。授業を欠席し、趣味に興じることが多々あるが、学業成績は至って優秀。友好関係は広く、現在、同じ生徒会役員であるシャーリー・フェネットと交際し…っッ!!」
ライは怒りで頭が沸騰しそうになり、乱暴に本を投げつけた。
この手帳には『ルルーシュ・ランペルージ』として生きてきた自分の日々が事細かく記載されていた。持ち主である機密情報局の男は、先ほどギアスで殺害している。手帳も死体も炎に焼かれ、焦げ付いた匂いが鼻についた。
灰色のナイトメア、『月下』を駆る卜部は、
「作戦補佐が…ゼロだったのか」
モニターに目を向けつつ、コクピットの中で一人呟いた。
 銀髪の少年は魔女に歩み寄る。
彼の形相を見て、はっと気づくがもう遅い。ありったけの力を込められた左手が、少女の胸倉を掴んだ。片腕の膂力だけで、女の体は宙に浮く。苦しみと悲しみが入り混じった顔をする魔女を余所に、魔神は咆哮した。
「…これはどういうことだ!?答えろっ!C.C.!」


時は、一年前に遡る――
幻の露と消えた、行政特区日本の設立。その式典の悲劇から始まった内乱、ブラックリベリオン。
エリア11のテロリストをまとめ、コーネリア率いるブリタニア軍と激突した黒の騎士団は、仮面の総帥、ゼロの突然の戦線離脱によって、指揮系統は乱れ、結果、敗北を喫した。

その詳細を語ろう。
「うっ…うう」
ユーフェミアに撃たれ、気付けば、式典で使われた会場の医務室のベッドに寝かされていた。時は夕暮れ。カーテンから差し込む光が小麦色に輝いている。
「目が覚めたか!?ライ!」
「…ルル、ーシュ?」
ゼロの衣装を着た黒髪の少年が、銀髪の少年の顔を覗き込んでいた。
「…どうしたんだ?その眼は」
仮面を外したルルーシュの左眼には黒革の眼帯が巻かれており、それを聞くと、途端に顔を変えた。苦虫を潰したような表情に染まっている。
「暴走したんだよ。ルルーシュのギアスがな」
答えたのは緑髪の魔女。
その事実を知るや否や、ライはある答えにたどり着く。
腹部の銃創がズキリと疼いた。
「もしかして、君は…」
「…ああ、そうだ。俺は、ユフィに、ギアスを…かけたつもりは無かった!」
胸の内を吐露するように、近くにあった台に拳を叩きつけた。
彼の手が、震えている。
「ルルーシュ…」
ライは、そっと掌を添える。
「それで、現状は…」
「特区日本は終わったよ。多くの犠牲が出た。日本人は、虐殺された。ユーフェミアは…」
「俺が、撃った…」
もう見ていられなかった。ルルーシュの苦渋に満ちた顔を。
言葉の端々から、血の惨劇がありありと伝わってくる。
『日本人を虐殺してください』
普段の彼女からは想像すらできない言の葉。一目ですぐにわかった。彼女はギアスに操られているのだと。
ライは彼女を止めようとした。
だけど、止められなかった。撃たれても、彼女を救おうとしたのに、ギアスの力に打ち勝つことはなかった。
かつての自分が、そうだったのように…
「君も…やってしまったんだね」
「俺、も…?どういうことだ?ライ」
「記憶が全て戻ったんだ…いや、全てじゃないけど、ほとんど思い出しつつある…僕はね。ルルーシュ。この時代の人間じゃない」
「な、に?」

「数百年前、ギアスを暴走させ、敵国に全国民をぶつけ、総玉砕させたブリタニア史上最悪の暴君、『狂王』ライゼル・エス・ブリタニア…それが、僕だ」
ルルーシュは大きく目を見開き、絶句した。
それは、長い年月を生きてきた魔女も例外ではなかった。
「…やはり、そうだったのか。確信は、無かったが…」
C.C.の発言に、ルルーシュは訝しげな視線を浴びせる。
「…ライの契約者も、お前なのか?C.C.」
「違う。私はっ…」
魔女の顔に動揺が浮かぶ。
意外な彼女の反応に、ライもルルーシュも目を向ける。
その時、コンコン、とドアをノックする音が三人の耳に届いた。
声で分かる。
「……ッ!」
ライは立ち上がろうとしたが、体中に激痛が巡る。ルルーシュは眼帯を外し、悪魔の刻印は銀髪の少年を捉えた。
「お前は休んでいろ。いいな」
「…ああ。了解した」
ギアス。
絶対遵守の力。
その眼を見たライは、虚ろな表情でルルーシュの言葉に従う。
「ルルーシュ…」
「こうでもしなければ、ライは戦場に出ようとする!自分の命を顧みることも無くな。こいつの性格は、お前もよく知っているだろう!」
「…ああ」
 ルルーシュはおもむろに仮面を顔に当てた。ゆっくりと瞼を閉じる親友の顔を確認すると、漆黒のマントをひるがえし、C.C.は何も言わず、ゼロとなった少年の後に続く。
ドアの先に立っていたのは、予想通りの人物だ。
「ゼ、ゼロ!?それにC.C.まで…」
『あまり大きな声を出すな。カレン。ライは眠っている』
 部屋を出た途端、組織の首領と鉢合わせたカレンは慌てた。変声期を通して、ゼロは紅髪の少女を諌める。
「ライの、ライの容態はっ…!?」
ゼロを前にしても、カレンは胸の内に迫る感情を隠しきれていない。
幹部の不振な態度は、下の人間に余計な不安を与えかねない、と一喝するところだが、彼女とライの関係を身近で見てきたからこそ、ルルーシュは、カレンを気遣った。
『…治療が早かったため、命に別状はなかったようだ。だが、ナイトメアを操縦できる状態ではない。絶対安静、ということだ。本作戦において、ライは外す』
カレンは黙って、その事実を受け止める。ライを出陣させる気はカレンにも微塵もない。だが、ブリタニアとの戦力差は素人の目からも見ても歴然。猫の手でも借りたいこの時に、ライの欠如は手痛い。
彼のナイトメアの操作技術と部隊の指揮能力は、どちらも甲乙つけがたいほど、優秀なのである。
紅蓮弐式を駆るカレンも、ゼロの懐刀と呼ばれるほどの実力者だが、それは戦闘面においてだけだ。
部隊の統制、指揮だけではなく、組織の運営、管理、事務においても遺憾なき実力を発揮する彼は、黒の騎士団にとって欠かすことのできない人材だ。日本貴族の血を引く遺児という肩書が、組織の表の顔となっているといっても過言ではなかった。
事実、ゼロではなく、ライに信頼を置き、黒の騎士団に入隊した人間も少なくない。四聖剣の朝比奈が良い例だ。その長である藤堂鏡志朗もライの実力、人柄に一目置いている。
カレンも、ゼロに重用されている人間とは言え、信頼性の度合いは彼の足元にも及ばない。ライの特別扱いは黒の騎士団でも有名であるし、幹部にすら話すことの無い秘密裏の作戦も、ライに相談を持ちかけている節がある。
「ライのやつ、ゼロとデキてるんじゃねえのか?」という玉城の不謹慎な発言も、ある種の信憑性を持っていた。勿論、カレンは鉄拳の制裁を加えておいたが。
今や黒の騎士団は、ゼロの組織、というより、ライとゼロ、二人の組織と言えるほど、彼の存在は大きくなっていた。
カレンは、それが悔しくもあり、同時に嬉しくもあった。

彼女は病室に足を踏み入れ、静かな寝息を立てて、横たわる少年を見た。人形のように完成された端正な顔立ち。自分の容姿には多少の自信があるカレンですら、引け目を感じてしまう。この少年は、本当に美しい。
そして、カレンは気付いてしまった。
彼に特別な感情を抱いていることに。
否。
気付かないふりをしていた、というほうが正しいのかもしれない。
「ライ…私ね。貴方のことが――――」
彼女は言葉よりも、行動で告げる。
眠れる王子に、少女はゆっくりと唇を近づけていった。


  ◇


――ライが再び目覚めた時、それは、全てが終わっていた後だった。
強い衝撃が頭を揺さぶる。


「ぐっ――!?」
冷たい床の温度が頬を通して伝わってくる。乱暴に掴まれた毛髪が、痛い。首を上げると、ライは驚愕した。
(スザク!?)
自分の頭を押えつけている男は、まごうことなき、枢木スザクだった。 
体を必死に動かそうとするが、動かない。全身が拘束具に縛られていることに気づく。
そして、目先に悠然と立つ男は、
(皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア!?な、なぜだ?なぜ、ここに!?)
荘厳な風貌と衣装、体から滲み出る存在感は尋常ではない。王、という地位を体現している人間から出た言葉は、存外に柔らかいものだった。
「お目覚めになりましたか?ライゼル・エス・ブリタニア様」
丁寧な言葉遣いが、逆に肌を栗立たせる。世界の頂点に立つ男が、年端もいかない少年に敬意を払う異様さ。自身の正体を知っていたとしても、それが当然のように受け入れられる。
「初めて聞いた時は…信じられなかったよ。君が…あの、狂王だなんて…君も、カレンも…ルルーシュも……皆、嘘つきだ」
スザクが向けた表情は、ライの思考を凍り付かせるには十分な威力を誇っていた。
初めて見る、殺意と憤怒に染まった親友の横顔。柔和をたたえていた彼は、どこに行ったのか。
何か言い返そうとしたが、声が出ない。
口も何かを噛まされ、遮られている。
「陛下。自分を、帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズにお加えください」

「ゼロを殺した、その褒美を寄こせと?」

(―――――――――は?)
スザクは力強く頷く。
「はい」
「…ルルーシュ。所詮は、小賢しいだけの弱者であったか」
今、何ていった?
殺した? 
 ゼロを…殺した?
スザク、が?
――――ルルーシュを!?
「気に入った。よかろう。そなたにラウンズの称号を授ける。枢木よ。その者の目を開けよ」
「イエス・ユア・マジェスティ」
実の息子の死を平然と受け止める父親を見ても、ライは驚かなかった。彼も皇位継承権で争い、実の父と実の兄二人を手にかけた男だ。
だが、親友を殺し、それを代償に地位を求める人間の存在を、ライは知らなかった。
鈍器で頭を強く殴られたかように、語られた事実を咀嚼することができない。
「今も名高き狂王様。貴方に、試練を与えましょう」
皇帝の両眼に、悪魔の刻印が浮かび上がる。
(奴も、ギアスを持っていたのかっ!?)
「シャルル・ジ・ブリタニアが偽りの記憶を刻む――」
 両手を広げ、尊大に告げる王の言葉。
 それは、『死』よりも過酷で、生ぬるい、空虚な悪夢の始まり。
ライは声にならない絶叫を喚いた。
(…や、やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!)
必死の拒絶も、ギアスの前では意味をなさない。
それは、誰よりも知っていたはずなのに…銀髪の少年は抗い続けた。
記憶が消える、最期の一瞬まで。




「ああっ!思い出すだけでも、腹が煮えくり返るッ!」
魔女を振り払い、ライは無頼の装甲を殴った。
ガァン!と、鈍い音が響く。
「C.C.!なぜ私と契約を交わした!?目的は何だ!答えろ!」
「毒を盛って、毒は、制した、か――」


彼の行為を咎めることもなく、魔女は言った。まるで行動を予想していたかのような表情に、ライはますます苛立つ。
「なんだと!?」
「お前の絶対遵守のギアスは、本来、持っていたものか?」
「そうだっ!それがどうした!?」
「今は、何とも無いだろう?」
急速に頭が冷えた。ライは身に宿るギアスを確かめる。ギアスを持つ者にしか分からない感覚だが、理解できるのだ。
「…これしか、無かったんだ。二重契約を果たすことで、ギアスの暴走を食い止める。お前のギアスの暴走は、タチが悪すぎる」
ライのギアスは聴覚を媒体とする。
ルルーシュとは違い、相手の目を見ずとも命令を下せるメリットはあるが、暴走した際には、それは全て裏目に出る。C.C.は契約を二重に上書きすることで、ライのギアスの抑制に成功したというのだ。
俄かに信じがたい話だが、事実、身に潜む悪魔は幾分か小さくなっている。
「…私に何をしろと?」
ライは話を切り出す。
記憶を取り戻した以上、虚偽で塗り固められた安息の日々は終わる。
そして、始まる。
悲劇よりも残酷な現実の日々が。
「私たちを救ってくれ。ライ」
いきなり難解な要求をする。
「この作戦に投入した戦力が、今の黒の騎士団の総力だ。ここまで漕ぎ付けるにも、随分と苦労した。退路は、すでに無い」
「C.C.」
「…話は、後にしてくれ。頼む。私は…逃げも、隠れもしない」
目を伏せ、弱弱しい声を吐くC.C.
今の彼女を見ていると、傍若無人だった面影が薄れてしまう。
 ライは暫し黙然とした。
そして、再び、口を切る。
「……情報をくれ。現状の戦力とこのバベルタワーの構図だけでも把握したい」
 蒼い双眸が周囲を見回し、
「まずは――」
魔女の表情に微笑が入り混じる。
「ブリタニア軍のナイトメアを鹵獲する。話はそれからだ」


  〇


バベルタワーの異変に、政庁の内部は慌ただしくなった。中華連邦の大使として招かれた要人たちも、独自のルートを使い、その情報を手に入れつつある。
会食の席で、カラレスも、中華連邦の聡明な武人も、内部情報を聞きつけたのはほぼ同時だった。
「テロリストにやすやすと侵入を許すとは…」
後に続く言葉など聞くまでもない。東洋系の男の目がすっと細くなる。
人知の及ばぬ天候の機微さえ、弁舌の道具となる場でのこの不祥事は、カラレス総督、引いてはブリタニアの威信に関わる出来事である。その隙を、相手が見逃すわけもない。傍に控えていたギルバート・G・P・ギルフォードは軍からの通達を受け、総督に席を外させる。
「面白いものだろう?人間狩りは」
会食の席での鬱憤を隠しもせず、カラレスが吐いた一言がこれだった。弱者を蹂躙する征服感に味を覚えた人間。
礼節を欠いた武人は、ただの獣である――
ギルフォードの胸に、仕える君主の教えが去来する。眼前に立つ武人は、血に飢えた獣のごとく、獰猛な眼を輝かせていた。


巧みな演技力でパイロットをコクピットから引きずりだし、ギアスで奪ったサザーランドのIFF(Identify friends or Foes)を管理室のコンピュータにリンクさせる。


多面のモニターに映し出される戦況と飛び交う通信を理解し、分析し、照合する。三次元の空間が脳内に形成され、ようやく、時間軸という一次元が加わった。バベルタワーの構造はすでに把握している。黒の騎士団の活路もすでに見出している。
後は、計画を現実にしていけばいい――
ライは通信機を手に取る。
「――――よくやったQ1。次は21階に向かえ」
サザーランドの一機が、『LOST』と示される。
「P4は階段を封鎖しろ。R5は左30度。N1、そこから50m、天井に向けて斉射」 ブリタニア側の通信は筒抜けだ。敵のKMFと武兵小隊を混乱させ、または同士討ちさせ、次々と撃破していく。淡々と命令を告げるなか、胸ポケットが震える。
ハート型のストラップの付いた携帯電話。一旦、通信機を切り、通話ボタンを押した。
「…リヴァルか?どうした?」
『どうした?じゃないぜルルーシュ!今、どこにいるんだ!?』
ルルーシュ…と、ライを呼ぶ。
込み上げる激情を無理やりにでも押えつけ、平静を取り繕って言葉を紡いだ。
「軍人さんに保護してもらったんだ。戻るには少し時間がかかるかもしれない」
『…はぁー。よかった。心配したぜ。最初見たときは心臓が止まるかと思ったよ』
安堵した声が、携帯越しに伝わる。
ライは小さく笑うと、
「バベルタワーはそこから見えるか?ここから何も見えないんだが…」
『ああ。道路は通行止め。上からは、煙が出てて、あっ!ナイトメアもたくさん来てる!報道陣も詰めかけてるぞ!』
生で見ている人間の情報には価値がある
何処の放送局も規制がかけられたようで、中継の映像無しのアナウンサーと解説者の他愛無い話しか映っていない。建設的な改革は延々と先送りにされる事に対し、醜聞な雑事については、異常なほど対応が速いのが世の中の常だ。
「…ナナリーには、このことを黙っておいてくれないか?余計な心配はかけたくないんだ」
『シャーリーも、だろ!?妹想いなのは、前から知ってるけど、恋人ほったらかすのもいい大概にしろよ!』
「……すまない」
『早く戻ってこいよ。ルルーシュ。これ、貸しだからな』
「ああ。わかっ…」
背中から伝わる衝撃に、携帯を落としてしまった。ぎゅっと締めつけられる白い両手が、ライを包み込む。
 声を聴かなくても、誰だがすぐに分かった。
「…カレン」
ライは振り返り、今度は正面から抱きしめた。
「会い、たかった…」
「それは、僕のセリフだ」
 声も、肩も、震えている。
ライは腕に力を込めた。
それに応えるようにカレンも少年の背中に手を回す。
「この一年、本当に、辛かった」
「…ああ」
「ずっと、貴方に、会いたい、と、思って…」
「…ああ」
「だから、今日まで、頑張って、これた…」
ライはくしゃりと髪を撫でた。
整髪料でセットしているが、触るとわかる。一年前より、艶がない。
「カレン、少し、痩せた?」
「…うん」
「よく、頑張ったね」
「…うん」
ライは、彼女の名前を呼んだ。
吐息がかかるほどの近さで見つめ合う二人。大きな瞳から零れ落ちる涙をそっと指で拭った。
「ライ。聞いて」
カレンの真剣な眼差しが、心を捉えて離さない。
「私、貴方が好き」
「…っ!僕も、カレンのことが好きだ!でも…」
 言いごもるライ。
「シャーリー…でしょう?」
 潤った瞳を向けられ、ライは、力なく頷いた。
「僕は…記憶がない僕は、ルルーシュとしての僕は、シャーリーを…」


愛した。
抱いた。
それも、何度も。
「でも今は…ライの口から、好きって聞けただけで、十分よ」
嘘だ、とライは勘づいていた。
カレンは無理をしている。本当は、複雑な想いが巡って、どうしていいか分からないだけだ。自分が愛してやまない男が、偽りの記憶が植え付けられていたとはいえ、他の女を深く愛していた。
さらに悪いことに、相手は、彼女の数少ない友人でもあるのだから。
この1年間、カレンはどんな気持ちで観察していたのだろう。そう考えるだけで、心が潰れそうになる。
「おかえり。ライ」
 許されるなんて、思っていない。
でも、彼女は受け入れてくれた。
ならば、答えるしかないだろう。彼女の全てを受け止めて、それ以上の愛を、彼女に捧げよう。
「…ただいま。カレン」
ライは返事する。
二人は、どちらともなく、自然に口付けた。


  ◇


「エリア11の餌に誰かが食いついたようだな」
「C.C.ですか?」
「まだわからぬよ。枢木、ここにいれるのは、ラウンズでもお前が初めて。シュナイゼルたちも知らぬ場所よ」
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと共に歩む騎士は、ナイトオブラウンズの一剣。
「光栄です、陛下。しかし、どうして自分を?」
「ラウンズの中でお前だけが知っている。ゼロの正体とギアス、そして―――――狂王、ライのことをな」
 深い霧の奥に広がっていたのは、黄昏に浮かぶ神殿を思わせる世界だった。
「……ここは……神殿?」
「違うな。これはそう、神を滅ぼすための武器」
「武器?」
「アーカーシャの剣という」


  ◇


C.C.からの通信が入る。
ブリタニア側に援軍が登場したことが告げられた。
「…どうやら援軍が到着したようだね」
「上からも来てる。これじゃあ……」
 カレンはモニターに映る敵の数に呆然とした様子で呟く。
「そうだな」
ライは着ていた学生服の上着をカレンの背にかけると、焦った様子もなくモニターを眺める。
「なんで?なんでそんなに落ち着いていられるの?ライ!」
「カラレス総督が出てきた。脱出は難しいよ。だから―――――」
口元を歪め、笑いながらライはデスクに広げられていたクイーンを進める。


「私の勝ちだ」
上層から、下層からバベルタワーを制圧していくブリタニア軍。黒の騎士団に残された活路は一つに絞り込まれる。
だが、そこには間違いなく、カラレス総督の本隊が陣取っている。追い立てられて出てきたところを叩く、至ってシンプルな戦略。
「敵は勝利を確信している。あとはそちらのフロアだが…」
ライがギアスをかけて強奪したブリタニア軍のサザーランドに乗り込むのを確認すると、カレンは紅蓮弐式のコックピットに身を潜める。
『C.C.』
『もうすぐだ』
『わかった。ならば、今の配置で守りきれってくれ』
『ディートハルトの仕込みは?』
『…僕も知ってるよ。システムは生きていた。すべては作戦に基づいている』
ライはコックピット内で呟く。
「このまま、何事もなく終わればいいんだが……」
完全などものない。
どれほど綿密に組まれた作戦であろうとも、綻びはある。そんなライの思考をカレンが遮った。
『大丈夫よ』
「え?」
『私がいるから』
力強い声だった。何の根拠も理屈もないのに、胸にすっと落ちる。
これは願いではなく誓い。
どんな状況になろうとも、彼を守るという誓い。
「…それも、そうだな」
そして、数分も経たないうちに、C.C.から完了との伝達が入る。
ライは団員達全員に配置を通達し、起爆スイッチを押した。
バベルタワー内に設置された爆薬が次々と起動していく。崩れ落ちていくバベルタワー内で、瓦礫に飲まれ敵のナイトメアの姿は次々と見えなくなった。上層部から、飛行船を巻き込んで崩壊していく。
『そうか。これで上にいる敵は地面に叩きつけられて…』
「それだけじゃないよ」
『え?』
 バベルタワーは真っ二つに折れてゆっくりと崩れ、それに伴い、大量の瓦礫が零れ落ちていく。その先には、ブリタニア軍を指揮する中枢が、首をそろえて待機していた。
命が、機械の騎士が圧殺されていく。
「さようなら。カラレス総督……く、くくくっ、くははははははははっ!!」
 バベルタワーが激震する。
『すげえ…これが…学生が考える作戦かよ…』
卜部は身に起こる出来事に、畏怖を超える感情を覚えていた。
ナイトメアの操作技術も、常人を逸した身体能力も、戦局を見極める知力も、謀略も、一人の青年が持つ能力ではない。
(これが王の器、というやつなのか…)
武士や騎士は、どこまででも、一つの駒にしかすぎない。だが、彼は違う。肌で理解してしまう。人の上に立つ者は、このような人物なのだ、と。卜部は自分自身も気づくことなく、不敵な微笑をこぼしていた。




『私は、ゼロ!日本人よ、私は帰ってきた。聞け、ブリタニアよ。刮目せよ、力を持つすべての者たちよ!』
ありとあらゆる放送が乗っ取られ、ゼロの映像がエリア11に流れる。


いや、それは日本に留まらず、大国のブリタニアや中華連邦にもゼロの復活を声高に告げていく。
『私は悲しい。戦争と差別。振りかざされる強者の悪意。間違ったまま垂れ流される悲劇と喜劇――――世界は、何一つ変わっていない
 彼が真に悲しみ、怒りを抱いているのか、それを知る術は放送を見ている者には存在しない。
存在しているのはただ一つ―――――死んだはずのゼロが再び舞い戻ってきた、それだけだ。
『だから、私は復活せねばならなかった。強き者が弱き者を虐げ続ける限り、私は抗い続ける。まずは、愚かなるカラレス総督にたった今、天誅を下した』

「おやおや、いきなりやってくれるね、イレヴンの王様は。なあ、スザク」
ナイトオブラウンズの面々が集まり、全員が等しく視線を向ける先にあるのはゼロの姿だ。最後に見た姿と同じく、漆黒のマントに、漆黒の仮面。
世界が変わっていないと言った彼の言葉をそのまま使うならば、彼もまた何一つ変わっていない。ジノの声に返事を返すことなく、スザクはゼロを見つめた。ぎりっ、と両手を強く握り締め、画面越しにゼロを睨み続ける。
「なあ、死んだんだろ? ゼロは」
「……ああ」
 肩を組んで問いかけてきたジノに、スザクは画面から視線が外れない。
「じゃあ、偽者か? どちらにしても、総領事館に突入すれば…」
「重大なルール違反だ。国際問題になるぞ」
 笑いながら言うジノに、スザクはあくまで冷静に言葉を返す。
 けれど、本心を言えば今すぐにでもランスロットで中華連邦の総領事館に突入したかった。
 そして、あの仮面の下にいるのが誰なのか、この目で確かめたかった。
 だが、それはできない。以前の自分だったら、きっと己の感情のまま突っ走っていたのだろうが、今のスザクにはそれはできない。良くも悪くも、ナイトオブラウンズ、ナイトオブセブンの地位が、スザクを押し留める。
「ゼロを名乗っている以上、皇族殺しだ。EUとの戦いも大事だけどさ」
「どっちも蟻地獄……」
 手に持った携帯電話に目を落とし、ぽつりとアーニャが呟いた。どの道を選んでも、どの道を進んでも蟻地獄だと言うのならば、スザクが選ぶ道はただ一つ。


世界は変わってゆく。
運命は動き出す。
一人の王によって―――


最終更新:2011年07月12日 12:09
ツールボックス

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