045-550 コードギアス LOST COLORS R2 神逆のライ TURN 04 「偽りのルルーシュ」@龍を食べてみたい人



日は暮れ、闇夜に輝く星が日本の空を彩っている。
黒の騎士団の団員たちが踏む領土は、日本ではあって日本ではない土地だが、彼らの両眼に広がる夜空は、日本の空だ。
200を超える黒の騎士団の幹部たちは、檻の中からでも、星が煌めく空を眺めていた。
しかし、天空を覆う闇は、沈鬱な気持ちを象徴するものであり、あと何回、この夜を迎えることができるのであろうか――と、日々、死と非人道的な拷問におびえる毎日だった。
だが、今日、目にする空は、同じ空でも別格だ。
闇を照らす星々が、明るい未来を象徴する道しるべに思えてならない。視界に入るもの全てが、希望に満ち溢れている。燃え盛るような野心のみが、団員たちの胸に去来した。
団員たちは、己の体臭が染み付き、悪臭を放つ囚人服を忌々しく脱ぎ捨てると、軍用トレーラーに設置された大浴場で体中の垢を洗い落とす。
「おおっ!懐かしの団員服!」
「やっぱりこれじゃないとなぁ。拘束服なんて二度とごめんだぜ」
彼らはサイズごとに揃えられている新品の黒の騎士団の制服に袖を通し、用意された飲食物に手当たり次第、腹に詰め込んだ。
酒も食事も、決して良質なものとはいえない。紙コップに注げられた日本酒は悪酔いする安物であって、つまみとなる軽食も、大衆用に作られた雑把な料理である。
だが、涙が出るほど美味い。四方からは嬉々とした声が飛び交い、笑いが絶えずに湧き、大声を張り上げるだけの稚拙な合唱も聞こえた。一方で、そんな彼等とは一線を画すかのように相も変わらず剣呑な表情を浮かべる一団の姿も見受けられる。
一八年前のブリタニアとの戦争で、開戦以来、ブリタニアに最初で最後の黒星を飾った「奇跡の藤堂」と名高い豪傑、藤堂鏡志朗を含む、黒の騎士団の幹部たちである。
「そうか、桐原翁は……」
「はい、キョウト六家の方々は神楽耶様を除き皆様……」
 藤堂の呟きに、彼の忠臣である四聖剣の面々は沈痛な心情を露わにし、最年長の老侍、仙波峻河は言った。
「その神楽耶様は?」
「ラクシャータ達と共に中華連邦へ難を逃れられたと」
「一先ずは安心という事か」
 仙波は腕を組むと、安堵したかのように溜め息を一つ溢す。
「いずれにせよ、これからの戦いは更に厳しいものになるな」
 それを聞いた人々は一様に口を噤んだ。
一年前のように、キョウト六家の支援はもう望めない。周囲を敵に囲まれた、まさに陸の孤島とも言えるこの領事館から全てを始めなければならない。 皆一様に渋い顔を浮かべるとそれっきり押し黙ってしまった。
 所変わって少し離れた場所では、そんな壮年の男達の姿を心此処に有らずといった様子で見つめる一人の女性の姿がいた。四聖剣の紅一点、千葉凪沙だ。
 すると、不意に彼女の側に居た朝比奈昇吾が悪戯っぽい笑みを浮かべながら背中を押す。
「告白しちゃえばいいのに…」
「な、何を告白しろとっ!」
 慌てて否定する千葉。そんな時、周囲に声が響いた。
「ゼロだ!」
 隊員の誰かが言った言葉に二人の目付きが鋭くなる。
 千葉は我先にとゼロの元へ集まる隊員達へ向けて、牽制の言葉を発した。
「待て待て!ゼロ、助けてくれた事には感謝しよう。だが、お前の裏切りがなければ私達は捕まっていない」
「一言あってもいいんじゃない?」
 遅れ馳せながら朝比奈も援護射撃を行う。
 しかし、ゼロは一言で切り捨てた。
『全ては、ブリタニアに勝つ為だ』
 玉城が尋ねる。
「ああ、それで?」
「それだけだ」
 傲然と言い放ったゼロに、隊員達の間でどよめきが起こった。しかし、ゼロ――ライはいまひとつ、彼らの反応に理解できずにいた。
実は、組織全体の問題に対して、上層部に謝罪を求める文化は日本特有のものであって、国によっては、己の非を決して認めてはならない風習もあれば、裁判での決着がすべての判断基準となる国柄もある。

「やめろッ!」
 団員たちが騒ぎ出す前に、藤堂鏡志朗は大喝した。
一年の牢獄生活を過ごし、藤堂の精悍な顔に、多少のやつれは見えるが、体に纏う覇気はいまだに衰えていない。
「…もう一つ聞きたい。あの時も勝つための策を練ろうとしたんだな?」
『私は常に結果を目指す』
 ゼロの言葉に、藤堂は、
「分かった」
 と短く答えた後、ゼロが佇む壇上に並び立ち、眼下に群れる団員たちに振り向いた。
「作戦内容は伏せねばならない時もある。それに今は争いごとをしている場合では無い。我々には彼の力が必要だ。私は、彼以上の才覚を――」
 そこまで言った時、藤堂の脳裏に一人の青年の姿が過った。ふと、言葉を途切らせた藤堂の心中に気付いたのか、朝比奈は、辺りをきょろきょろと見回す。 
「…そういえば、ライ君は、どうしたんだい?」
ライ。
黒の騎士団の幹部、作戦補佐兼戦闘隊長。
赤鬼と呼ばれるほどの腕前を持つ紅月カレンと同等のナイトメア操縦技術を持ちながら、指揮能力はゼロに次ぐと言われた、事実上、黒の騎士団のナンバー2。

『死んだよ。彼は』

団員たちに衝撃が走る。
「…どういうことだっ!?」
朝比奈は眉をぴくりと震わせ、大声を張り上げる。
『文字どおりの意味だ。ライという男は、もう、この組織には存在していない』
「ッ!説明になっていないぞ!ゼロ!」
「死んだ?ライ隊長が!?」
幹部をはじめ、他の団員たちの動揺は、想像をはるかに超えていた。
苦渋に満ちた表情で、仙波は吐く。
「なんということだ。日本の旗印となるべき御方を…みすみす死なせるなど…ッ!」 
ライが皇(スメラギ)家の血を引く遺児であることは、幹部を含め、彼に近しい人間には公然の秘密として知れ渡っていた。扇要はカレンを目視する。
虚を衝かれたような表情をした彼女に対して、扇は下唇を噛みしめた。肩を落とし、泣き崩れる団員達まで現れている。
藤堂が握りしめる愛刀が、軋む。
「…そうか……彼は…逝ったか…」
藤堂は、一瞬だけゼロに視線を移すと直ぐに向き直る。
そして、軽く咳払いをした後、
「彼以上の才覚を持つ者はこの場には居ない!」
団員達の絶望を払拭するように、藤堂は叫んだ。後に続くように壇上に上った扇は一人気を吐く。
「そうだ、みんな!ゼロを信じよう!」
 だが、以前のような盲信は危険だと思った南が苦言を呈する。
「でも、ゼロはお前を駒扱いして……」
 それでも、扇はめげなかった。
彼は一人の旧友に狙いを定めた。
「…彼の他に誰が出来る?ブリタニアと戦争するなんて中華連邦でも無理だ。EUもシュナイゼル皇子の前に負け続けてるらしいじゃないか。俺達は全ての植民エリアにとって希望なんだ。
独立戦争に勝つ為にも、俺達のリーダーはゼロしか居ない!」
「―――そうだぁ!ゼロッ!ゼロッ!ゼロッ!」
 玉城が呼応する。
両目にうっすらと涙をためていたが、玉城は大声を張り上げることによって、己の脆弱な心を征し、疎らながらも半数近くの隊員達が後に続く。次第に、ゼロを称える声は大きくなり、夜空に轟く叫びとなる。
黒の騎士団はこの時を以て、復活を果たしたのだ。

    ◇


黒の騎士団の指令室となった、中華連邦領事館の一室に舞い戻ったライは、ゼロの仮面を外し、マホガニー製のテーブルに置く。演説は想像以上に体力を要するものであり、ライは万感の思いを胸に、回転椅子に深く腰を下ろす。
ライ…と、自分の名前を呼ぶ声に反応し、彼は振り向く。燃え盛る炎のような紅い髪をした少女の顔が、ライに迫った。
「カレン?」
「…どうして、あんなこと、言ったの?」
 互いの唇が触れ合いかねない距離で、カレンはライに問う。
心なしか彼女の頬は紅潮している。
生温かい吐息が肌を撫で、カレンの女の匂いに、ライの官能は疼いた。
恋人であるシャーリー・フェネットも、今のカレンのように﨟たけた表情をすることがある。
その時は、ライは有無を言わず、シャーリーの体を抱いた。
 カレンはライを愛している。
 その愛情が、痛いほど肌を通して、伝わってくる。
 数センチ、顔を前に動かせば、彼女の唇を簡単に奪えるだろう。カレンは拒むことはない。むしろ、彼女が待ち望んでいたことだ。唇を吸ってしまえば、カレンはライを受け入れる。    
ライの理性の崩壊が秒読みにさし迫った時、指令室に来客があった。
妖艶な空気は一瞬で消え、カレンは夢から覚めた少年のように両手で頬を叩き、正気に戻る。ライも軽く頭を揺らし、思考回路を改める。
 扉から現れた男女はC.C.と卜部という、珍しい組み合わせだった。共通する点は、ゼロの正体を知っていることにあった。
「…納得のいく説明をしてほしい。あれはどういうことだ?」
 卜部の追究する用件は、先ほどの演説での言葉だ。ライが死んだ、と、本人が言ったのだ。 
長いソファに身を乗り出したC.C.とは異なり、卜部は直立したまま、軍人らしく率直に切り出した。仮面を外したままのライは、卜部の視線から眼を逸らさずに応える。
「僕がゼロになる以上、一人二役を演じることは不可能です。それに、素顔の僕は、極秘裏に、ブリタニア側にマークされています」
「つまり、素顔を晒すことは、デメリットが大きいと言いたいのだな?」
 ライはゆっくりと頷く。
「では、本物のゼロは…」
「処刑されたかは定かではありませんが…死亡したものと、考えて良いでしょう」
 シャルル・ジ・ブリタニアがスザクに問いかけた言葉を、ライは脳裏で反芻した。ゼロを殺した褒美をよこせ―――、と。
 ライの表情から、沈痛な心情を感じ取った卜部は、
「…以前から、ライ君は、ゼロの正体を知っていたのか?」
 言葉を選ぶように、云った。
 ゼロの衣装を纏ったライは、
「はい。親友…でした」
 と、重々しく吐いた。

ルルーシュ・ランペルージ。
 ライが生まれて初めて、親友と呼べる存在だった。二人とも、皇族に生まれ落ち、時代に翻弄され、大切なものを守るために、血の分けた兄弟を殺す――ライとルルーシュの生い立ちは、あまりにも似通っていた。
同種のギアスを持ち、同じ過ちを犯し、時を超えた偶然の出会いですら、運命と思えるほどに。
「…あえて聞く。作戦補佐、いや、ライ。君は一体、何者だ?」
 卜部は、ライに抱いていた疑問を口にする。
ライは目を伏せた。
「……時がくれば、いずれ話すことになるかもしれません」
 多くを語らずとも、卜部はそれ以上追究をしない。
「ありがとうございます」と、ライが礼を述べた瞬間、本能が危険を察知した。
 卜部は携えていた刀を抜き放ち、ライの首筋を狙った一閃を放ったのだ。
思いがけぬ事態にカレンも対処が遅れ、C.C.は手に取っていたピザを落としてしまう。
 鋭利な刃は、ライの首を刎ねることなく、数センチ手前でぴたりと止まる。卜部の眉間には、コイルガンの銃口が突きつけられていた。
「…流石は作戦補佐兼戦闘隊長だ。感覚も、鈍っていない」
 卜部は薄く笑った。
刀を持つ握り拳には、ライの左手が添えられていた。つまり、卜部はライの首を斬りつける前に、ライに頭を撃ち抜かれることになる。
「う、卜部さん!いったい何を!?」 
カレンは慌ててホルスターから銃を引き抜いた。卜部は抵抗せず、刀を退き、パチン、と鞘に納める。
「ライ…君はゼロだ。日本の希望であり、俺たちのトップだ。部下に感謝の言葉などいらん。ただ、命令すればいい。それが人の上に立つ者の役目だろう?」
 卜部は一旦、言葉を区切った。
「人を率いていく者は、常に冷静沈着で、時には味方をも欺く、権謀術数に長けた人間ではなければならないのかもしれない。しかしな、俺のような武人たちは、純粋に、武芸に秀で、礼節を弁えた人間に対して好意を抱く。
人を率いる力と、人を惹きつける力は、似通っていて、相反するものだ。君は、幸運にも、その二つを兼ね備えている」
 ようやく、ライは卜部の本意を知る。
「C.C.や紅月と共に逃亡生活を続けていて、心底思い知った。俺は人を率いる器じゃない。俺は死ぬまで、人に扱き使われる一平卒の兵隊だ。
だが、俺たち兵隊たちも血の通った人間だ。意地がある。理想がある。使えるべき主君を選ぶ権利は、あるはずだ。
正直…俺は、ライ君がゼロとなって良かったと思っている。最後の最後で、俺は、主君に恵まれたらしい」
 ライに刃を向けた男の表情は、穏やかであった。
差し出された手を、ライは固く握る。
「最期じゃありません。今から、始まるんです」
 二人は、どちらともなく、互いに笑った。
 ゼロの正体は、藤堂や四聖剣の人々にも内密してほしいという約束を、卜部は快く承諾すると、しっかりとした足取りで指令室を後にした。その後ろ姿にC.C.は眼もくれず、カレンは呆然と見送る。
カレンは、男同士に通じ合う物騒なコミュニケーションが、いまいち理解できないでいるようで、そんな彼女の様子を見ながら、ライは、
「この一年間、僕もただ無為に過ごしてたわけじゃない」
 コイルガンを懐に仕舞い、再び回転椅子に座った。
「いくら記憶を書き換えられても、僕が持つ情報では、現代の感覚に、ズレがあった」
 ライ――ライゼル・エス・ブリタニアは、この時代の人間ではない。
彼が生きていた時代は、高度に発達した通信技術が無ければ、大地を縦横無尽に駆けまわるナイトメアも無かった。手紙のやりとりで情報を得、兵士は、訓練された馬に乗り、重い金属製の鎧をまとって槍や弓矢を用いて争っていた。
その時代を生き抜き、染みついた物事の常識や感覚は、現代ではどうしても齟齬が出る。
「いくら考えても、学んでも、人と語り合っても、そのズレが一体何からくるものなのか、記憶が戻るまで分からなかった――そのせいもあってか、必要以上に様々な物事に取り組んで、学んだよ」
ランペルージ兄妹の金銭面はアッシュフォード家にすべて賄われているとは言え、ライは賭けチェスやその他の内職で、小遣いの域を超える収入を得ていた。
 ライはこの一年で、アッシュフォード学園の図書館にある本は殆ど読み尽くし、教科書以上の知識は、インターネットを駆使し、ブリタニア内外の事情は大まかに把握している。
学校の行事には進んで参加し、気付けば、生徒たちの圧倒的な支持を受けて生徒会長に上り詰めたほどであり、結果的に、それは必要以上に人の目と関心を惹きつけてしまっていた。

「カレン、C.C.…近いうちに、僕たち三人だけで、中華連邦に向おう」
 ピザを食べ終えた魔女が答える。
「目的は?」
「大宦官たちに会うためだ。黒の騎士団の発展のために役立ってもらう。中央集権国家の官僚は、世界に類を見ないほど、権力と富を牛耳っている。ありがたく有効活用させてもらおう」
 言外にギアスで事を運ぶ、ということを意味していた。C.C.は表情を変えず、云った。
「星刻という男、お前はどう思った?」
 中華連邦の若き執政官だ。
この領事館で、ライはゼロの姿で、数度、顔を合わせている。
「カレンが指摘した通り、油断のならない人物だよ。想像以上に頭がきれる」
 C.C.は内心で、お前ほど油断ならない人間はいない、と含み笑った。
「今、ブリタニアと中華連邦は急速に近づきつつある。大宦官たちの詳しい内部情報は、ディートハルトが掴んでいる」
 カレンは今一度、ライという人物に畏怖を覚えた。
 一年前から、彼は頭が回る人間だと認識していたが、直に話を聞いただけでも、その聡明さが理解できる。カレンも、学生時代の学業は優秀な部類であったが、ライの頭脳の良さは、群を抜いている。
 だからこそ、カレンは思う。
 黒の騎士団を率いるのは、ルルーシュのほかにおいて、ライしかいないのだと。
 今や、自分が盲信する《ゼロ》は、自分が素直に恋い焦がれる人物でもあるのだ。そう考えるだけでも、カレンは、胸の高揚が抑えきれなくなりそうだった。

ライは、小さく呟く。
「――私は、ゼロだ」
 その言葉は、亡き友と、自分自身に対する、絶対遵守の誓い(ギアス)だった。



     ◇


その翌日の朝。
「本日付を持ちまして、アッシュフォード学園に復学することになった枢木スザクです。よろしくお願いします」
 思わぬ人物の登場に、ライは驚愕する。くせのある栗色の髪、翠色の瞳を持つ少年、枢木スザクは、生徒会のメンバーであり、かつては軍人と学生を両立する名誉ブリタニア人であった。
一介の軍人から、ナイトメアフレームのパイロット、皇族の専任騎士と肩書を変え、現在では帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズの一角、ナイトオブセブンまで上り詰めた、空前絶後の出世街道を駆け抜けた稀代のブリタニア貴族だ。
名誉ブリタニア人、イレヴンなどと忌み嫌っていた人々も、色眼鏡をかけ、スザクの評価は一変している。

スザクは、ルルーシュの初めての友達だった――らしい。
だからこそ、ルルーシュは、スザクにギアスを使わなかった。それを知ると、ゼロのスザクに対する不可解な勧誘と、ルルーシュの複雑な心境が、手を取るように分かってしまう。
だが、ルルーシュ・ランペルージは、もうこの世にいない。
このアッシュフォード学園で、《ルルーシュ・ランペルージ》として存在する人間は、ギアスで偽りの人格を植え付けられている、真っ赤な他人だ。
皇帝がギアスで書き換えたライの記憶は三つ。
深い眠りから覚め、ライとして生きた記憶。
《狂王》ライゼル・エス・ブリタニアである記憶。
そして、ブリタニア皇族としての自覚が無い、ルルーシュ・ランペルージという記憶。今の《ルルーシュ・ランペルージ》は単なる、妹想いの、文武両道の優等生でしかない。
「久しぶりだね、ルルーシュ」
「本国では、元気にしていたか?スザク」
 再会を喜び、柔和な笑顔を浮かべながら握手で迎える二人の心には、他人には計り知れない溝があった。


     ◇


アッシュフォード学園の地下に、秘密裏に建設された機密情報部の管理室。
学生服姿で訪れたスザクの表情に、笑顔は微塵も無い。潜入捜査として教師に扮した諜報員に案内されたスザクは、年嵩の諜報部長を見るなり、口を開いた。
「ルルーシュの動向に変わったところは?」
「今のところ、何も…」
皇帝陛下から勅命を受け、アッシュフォード学園の警備員を装っているこの男は、身なりは下級階層の人間に見えるが、機密諜報部をとりまとめる人物であり、彼の三白眼は異様な迫力を帯びている。
 一年前から、この地下室を根城にC.C.の確保を目的として活動し、彼女のエサとなるライを二十四時間体制で監視していた。スザクは女性員から数枚のコピー用紙を手に取った。
ライの最近の行動を詳細に表した情報であり、読み終われば、すぐさまシュレッダーにかけられる資料だ。
「…品行方正、学業は主席を争うほど優秀で、身体能力も非常に高く、大会のおりには運動部各部の誘いを受け、試合に出場し、チームを勝利に導いたこともあります。
未成年法に触れる違法賭博に関わっている節はありますが、表沙汰になる事態には至っていません。
また、女性関係におきましては、様々な異性との交遊はありますが、生徒会の役員であるシャーリー・フェネット以外との肉体的な『交渉』はありません」
 年嵩の諜報員は、手元にある資料をテーブルに置き、話を続けた。
「枢木卿がご指摘された二件の事件ですが、バベルタワー崩壊事件では、ゼロの演説中継の際にルルーシュは、アッシュフォード学園に帰還しておりますし、中華連邦領事館事件に関しましても、C.C.と接触する機会は皆無であります」
「…情報員として、ルルーシュに対する、率直な意見を聞かせていただきたい」
「絵に描いたような優等生…といったところでしょうか。社交性もあり、頭脳も明晰と言っていいでしょう。ただ…」
「ただ?」
「優秀すぎて、少し、不気味なくらいです。天才、と一言で言ってしまえば、それだけですが、あまりにも人間として完成されすぎている」
 液晶パネルに映るライを、スザクは険しい表情で睨みつけた。
 ルルーシュ並みの頭脳、スザク並みの身体能力、ブリタニア皇族と日本貴族の血を引く血統、そして、絶対遵守のギアス――神にも悪魔にも愛された男。
 年嵩の諜報員は、驚くべきことを口にした。
「もう少し、個人的な意見を述べさせていだだけるのであれば――…この際、どうでしょうか。彼、ルルーシュ・ランペルージを我が諜報部にスカウトしたいのですが…」
「…正気か?」
「思想の偏りはありませんし、休日に知識を蓄え、体を鍛え、自己研鑚にも励んでいます。一個人としては、とても優秀な人材で…」
「――ふざけるなっ!」
 スザクは凄まじい剣幕で怒鳴る。コンピュータを操作していた他の諜報員も肩を震わせ、手を止めてしまった。
ルルーシュ・ランペルージはC.C.をおびき寄せる付け餌であり、黒の騎士団はその撒き餌という認識しか、情報部は持っていない。

スザクの激昂に、呆気にとられていた年嵩の諜報員であったが、顔を引き締めると、
「枢木卿、お言葉ですが、この一年間、陛下の命を受け、我々、帝国諜報部はルルーシュ・ランペルージを二十四時間体制で監視してきました。この意見は我々の総意なのです。諜報部をあまり舐めないでいただきたい」
 三白眼に凄みをきかせて、スザクに言った。 
あらゆる財界人の黒い人脈を調べ上げ、必要なときは、大掛かりな自作自演テロすらでっち上げた情報部は、世界有数の精鋭部隊だ。シャルル・ジ・ブリタニアの皇帝即位の際に起きた『血の紋章』事件でも、彼らの暗闘無くしては語れない。
これは、彼らの本音である。
情報局の仕事は、過酷だ。権力や武力が渦巻く世界の中で、いくつもの試練を乗り越え、生き抜いてきた。そんな猛者たちが、勅命の任務に就いてみれば、一年間、一人の学生を観察するだけの仕事だったのだ。
百獣の王たる獅子も、餌に困ることの無い環境に慣れてしまえば、その牙を磨くことなく、鈍らせてしまう。
凡人にとって退屈は人生であるが、彼らにとって、平和は毒以外の何物でもない。
獣は、荒涼とした自然界を生き抜くことによって、獣になるのだ。
スザクは歯噛みした。
確立された組織の中で、人を従属させるためには、地位こそが、最も重要である。ナイトオブラウンズという肩書は、スザクにとって、大きな武器だ。しかし、それだけは人を動かすことはできない。
スザクは、筋や理屈では通らない社会を、今、目の当たりにしていた。


    ◇


トウキョウ租界の政庁では、ひと騒動が起こる。
ナイトオブラウンズの一角、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグの粋な計らいによって、彼の愛機、可変型ナイトメアフレーム《トリスタン》が政庁を急襲し、エリア11の最大要塞の防衛線を軽々と突破してしまったのだ。
飛行形態のトリスタンを不明MRF(Multi Role Fighter)と認識し、迎撃したグラストンナイツは赤子のように弄ばれた。
スザクが仲裁に入らなければ、グラストンナイツの面子は中華連邦領事館事件に相次いで、ことごとく潰され、ヴァインベルグ卿もただでは済まない状況に陥っていたが、ジノ・ヴァインベルグも一流の武人であり、名門貴族の人間だ。
負傷者を出すことなく、最後の一線は弁えており、事なきを得る。
史上最年少でラウンズ入りを果たしたナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムもナイトメアフレーム《モルドレッド》を率いて、ジノと時期を同じくして入国する。
枢木スザクを含む三人のラウンズが、エリア11に集結することになった。
 長身のジノに寄りかかられているスザクは、トリスタンとモルドレッドを見据える。
(これで、戦力は十分すぎるほど整った。あとは――)
 銀髪の少年の姿が、スザクの脳裏をかすめる。
 そして、アッシュフォード学園での歓迎会の日を、迎えた。

枢木スザクの奇妙な掛け声から、祭りの幕は開ける。部員やクラスがまとまって、出し物をし、学生の保護者だけではなく、様々な年齢層の人々が集い、予想以上の盛況を見せていた。
その成果は、娯楽行事に如何なき才能を発揮するミレイ・アッシュフォードの差配によるところが大きい。校門に溢れかえるほどの来客が、数々のイベントに目を白黒させている頃、生徒会のメンバーは裏方で馬車馬のように働き、学園中を走り回っていた。
「…ごめんなさい、お兄さま」
「何を謝っているんだ?ナナリー」
 インカムをつけたライは、ネコ耳のカチューシャをつけた妹に答えた。
「…本当は、シャーリーさんと、一緒に歓迎会を回りたかったんですよね」
「まさか。生徒会のメンバーは歓迎会を楽しむ時間は無いよ」
 ルルーシュ――ライの言っていることは本当だ。運営の仕事量は凡人には激務であったが、要領が良い彼はそつなくこなし、車椅子をおしながら、比較的静かな校庭を散歩している。
「私、実はシャーリーさんに、酷いことを言ったことがあるんです」
「…え?」
「シャーリーさんは、お兄さまにはふさわしくない…って」
 ナナリーは口元を締め、両手でスカートを握りしめた。
「だって…お兄さまが、取られるようで。どこか…遠くに行ってしまうような気がして、シャーリーさんと付き合うって聞かされた時、私、私…すごく落ち込んで、いやな気持になって…」
 震える声を発するナナリーに対し、ライは、妹の眼前に経つと、そっと手を包み込み、「ナナリー」と名前を呼んだ。
「僕は…どこにもいかないよ。ずっと…ナナリーの傍にいる」
 ライの心からの言葉に、ナナリーは、
「……僕?」
「…あっ」
 クスリと笑って、落ち着きを取り戻した。
「…ふふっ、お兄さまが「僕」なんて、初めて聞きました」
 ライは小さな手を握りしめながら、思う。
 自分は、ナナリーの本当の兄ではない。しかし、ルルーシュが彼女を大切に想っていたように、自分もまた、彼女を本当の妹として、守っていこうと。
 はるか昔、ギアスで殺してしまった自分の妹とナナリーを、心の中で重ね合わせながら。

日当たりのよいテラスでナナリーと共に昼食を取り、ドレス姿のミレイと合流した時だ。
大勢の人で賑わうアッシュフォード学園のなかで、見知った顔を見つけたライは、飲んでいたあやうく紅茶を吹きだすところだった。
ライはインカムを素早くきると、ナナリーをミレイに任せ、一目散に走り去る。
中華連邦領事館にいるはずの魔女、C.C.がアッシュフォード学園の制服を着て、我が物顔で練り歩いていた。チーズ君人形を抱いたC.C.の手を引き、ライは人気のないところまで連行する。
「目的は…そのぬいぐるみ?」
「ああ」
 魔女は、こくんと首を縦にふった。
ブリタニアの機密情報局に狙われていることは彼女自身がよく理解しているはずだ。勿論、この学園が、敵の巣窟であることも重々承知している。
「…本当にそれだけのために、アッシュフォードに?」
「ああ」
「V.V.に関して何か分かったとか、そういう話じゃないのか?」
「…くどい。しつこい男は嫌われるぞ」
C.C.はまるで子供のようにへそを曲げ、そっぽを向く。
ライは中華連邦領事館で、二人きりの時に、C.C.から出来る限りの情報を聞き出していた。だが、核心をつく部分を、彼女は口を閉ざす。
シャルル・ジ・ブリタニアの実の兄をV.V.といい、彼が皇帝にギアスを与え、ギアスに関する組織や情報を持っているという。また、皇帝とV.V.は、ある計画を秘密裏に進めているらしい。
神を殺す――という、お伽噺のような計画を。

「ルルー?」
 トレーラーの台に立つライとC.C.は、互いに顔を見合わせる。
 (マズい。C.C.の姿が他人の目に触れるわけには…!)
二人の背後から、のしのしと迫る着ぐるみから異様な意思を感じたライは、咄嗟にC.C.の華奢な体躯を抱き上げた。
「きゃっ!?」
『…はあッ!?』
 ライは、C.C.を抱えたまま、着ぐるみの頭を足蹴にして3階のテラスへと飛び移る。ライの驚異的な身体能力を目にした着ぐるみ――もとい、カレンは開いた口が塞がらなかった。
 トレーラーの側面に設置された階段を上ったシャーリーの目に飛び込んできた光景は、尻餅をついたファンシーな着ぐるみの姿だった。
「…あのー、ここに、誰かいませんでしたか?」
『し、知らないのにゃ?最初から、僕一人なのにゃ』
 一年ぶりに再会した友人に驚きつつも、カレンは、着ぐるみのキャラクターを演じる。3階のテラスを見上げるが、ライの姿はどこにもない。
(…ああっ!もう!)
領事館を勝手に抜け出した魔女(バカ)を引き戻すために、危険を承知でカレンは、かつて、通っていたアッシュフォード学園に忍び込んだのだ。あろうことか、カレンの目の前で、意中の男がC.C.をお姫様のように抱いた。
その上、真正面に立っている、奇妙なコスプレをした同級生は、ライの恋人。
言いようのない鬱憤がカレンの体を駆け巡る。
其の時だった。
トレーラーに積まれたコンテナが、一機のガニメデに持ち上げられた。
建物の角から、何かを探しているような素振りをする少年は、ガニメデに乗っているはずの枢木スザクだ。3階のテラスからその状況を見ていたライはインカムの電源を入れる。
「離せ!ライ」
「君は少し黙ってくれ!C.C.!」
テラスの窓ガラスは外側から開かないようになっている。ライは胸板にC.C.の頭を押し付けたまま、
『ガニメデに乗っているパイロット。応答しろ。誰が乗っている?』
 と通達した。操縦席にちらりと見えた人影は、ライの記憶にない人物だ。しかし、かえってきた答えは快活な笑い声だけで、ガニメデはランドスピナーを回し、急発進する。
ライは、C.C.にこれ以上学園を歩き回るなと念をおし、3階のテラスから飛び降りた。建物の壁と樹木を蹴って、何事も無く着地すると、ガニメデの後を追いかけるスザクと合流する。
「…っ!ルルーシュ!?」
「スザク!ガニメデが誰かに奪われた!それに、コンテナの使うイベントはまだ一時間先だ!」
 ライとスザクは、常人を逸したスピードで、校舎を走り抜けていく。
「…その、ガニメデに乗っている人には、僕に心当たりがあるんだけど」
「誰だ?」
 ガニメデは今や、このアッシュフォード学園にしか存在しない幻の機体だ。初めての操縦で速度を落とさずに角を曲がる技術は、並の人間にできることではない。
「ッ!とりあえず僕はアーサーを追いかけているんだ!ガニメデのほうは、ルルーシュに任せた!」
 スザクがガニメデから遠ざかると、ライは脳内でアッシュフォード学園の構造図を思い描き、目的地に至るために最短のショートコースを導き出す。
 時には路面店の天井をつたい、やっとの思いでたどり着く一歩手前で、トラブルは起こった。
 猛スピードで走るライに驚いた子供が、階段を踏み外し、背中から転げ落ちようとしている。
(――危ない!)
 ライはすぐさま足先を切り替え、空中で小さな子供の体を抱きとめた。だが、足元が狂い、不安定なステップで、階段に転がる。それを見た人々から悲鳴があがった。ライは背中から痛みを抑えつつ、腕に包まっている少年に微笑みかけた。
身に起こったことを知覚し、安堵したのか、少年の瞳が湿っぽくなる。
背後から血相を変えて階段を下りる母親は、ライに何度も感謝の意を述べた。すると、周囲に集まりつつあるアッシュフォードの学生から、拍手と称賛の声が沸き起こった。
ライの目の先では、トマトを乗せたコンテナがガニメデによってシェイクされている。
司会進行役のリヴァル・カルデモンドがマイク越しに戸惑いの声を発していた。
パーティの幹事役は多忙だ。
この事態を収拾するために、ライは苦笑ぎみにインカムを手に取った。

    ◇

日が暮れ、辺りは暗くなり、星々が夜空に輝くころ、キャンプファイヤーを囲んだダンスパーティを以て、歓迎会はフィナーレを迎える。オーケストラが奏でるリズムと、ゆるやかな野風に人々は身を委ねている。
校舎の屋上から、その光景を見渡している二人の影があった。
「今さらだけど、生徒会長の就任、おめでとう。ルルーシュ。それと、シャーリーとは付き合ってるんだって?」
「ああ。それに、ミレイさんは名誉会長に就任したよ。ラウンズの情報網も、結構甘いな」
 スザクは、どきりとした。アッシュフォード学園に潜む機密情報局を、暗に言われたと思ったからだ。そんな彼の心中をよそに、ルルーシュ――ライは、話を切り出す。
「何だい。こんなところに呼んで。咲世子さんがいない今、ナナリーの世話は…」
「話があって…」
 スザクは、両手を硬く握りしめると、
「僕はナイトオブワンになるつもりだ」
 真剣な表情でライに、己の目標を宣言する。
「おいおい。それは帝国最強の騎士…」
「特権に、好きなエリアを一つ選ぶというのがある。僕はこのエリアを…日本をもらうつもりだ」
「…間接統治か。保護領を目指して…」
気の遠くなる長い話だ、ライは毒づいた。
確かに、スザクがナイトオブワンになり、日本復興に、自らが着手できるのならば、今の状況よりも、ある程度は改善されるかもしれない。年月をかければ、戦前の日本の姿は取り戻せるだろう。
だが、スザクは十分に理解していない。一度植民地にされた国家は、支配している国に勝たない限り、真の繁栄は在りえないことを。
半世紀前、エリア1と呼ばれる、神聖ブリタニア帝国誕生以来、初めての国家的植民地となったイギリスは、ブリタニアとの戦争で、ことごとく都市は破壊され、国土は一度、焦土と瓦礫の山となった。
数年の時を経て、矯正エリアから脱したものの、ブリタニア指導の英国憲法の下、国防省解体、軍隊と完全武装解除という、戦争破棄の異例の国家に成り代わった。
しかし、隣国で勃発した二度の代理戦争で空前の特需景気が起こり、ナイトメアの前身となるロボット産業の黎明期に伴い、EUと中華連邦すら凌ぐ、世界第二位の経済大国へと成長を遂げた。
国民の生活水準は、戦前よりも向上し、GDPはブリタニアと大差ない数値を保持している。この驚愕の経済成長に、他の国々は「奇跡の国家」と誉めそやしたが―――事実上はブリタニアの金融植民地だ。
小さな領土で莫大な利益を上げながらも、生活水準が広大な土地を持つブリタニアに劣っている現実を鑑みても、その事実は明白である。
エリア1の財務省を訪れたシュナイゼル宰相に対して、イギリスの財務省長官が「ここはブリタニアのイギリス支店です」と答えたのは、知る人ぞ知る裏話だ。

「スューマ・アウィラム・イーイン・マール・アウィラム」
 ライは、唐突に云った。
「え?」
「ハンムラビ法典の一節だよ」
ライは眼下でにぎわうダンスパーティから目を離し、スザクを正面から捉えた。
「世界で最も古く、そしてもっとも有名な法律だ。『眼には眼を、歯には歯を』という言葉を古代バビロニアでいうと、そうなるんだ」 
「…それなら、僕も知ってるよ。やられたら、やり返せ、ということだろう?」
 スザクはライの話に疑問を持ったが、中断せず、次の言葉を促す。
「間違ってはいないけど、正解でもないんだ。正確には、こう訳す。『持てざる者が、持てざる者の眼を潰した時、持てる者は、持てざる者の眼を潰すことができる。
これは同態復讐法といって、やられたらやり返せ、というより、やられたこと以上の仕返しをしてはならない、と規制しているんだ。
とすれば、奴隷が貴族を恨んで眼を潰せば、奴隷を捕まえた貴族はどうすればいいと思う?」
「眼を潰してもいいが、殺してはいけない――つまり、やりすぎるな、ってこと?」
 スザクの解答に、ライは静かに頷く。
「はるか4000年前に作られたハンムラビ法典は先進的だった。だけど、同態復讐法の適用はあくまでも同一身分に限られていた。別の条文では、奴隷が主人のものを盗めば死刑とある。
この法律はこう言っているんだ。自分が相手の奴隷でないのなら、眼を潰された時には、相手の眼を潰して、奴隷でないことを証明しなくちゃならない。潰さない限り、それは奴隷と一緒なんだ」
黙って耳を傾けるスザクに、ライは言った。
「スザク、君はブリタニアに日本を奪われた。名誉ブリタニア人になった後でも、理不尽に殺されそうになった。君にふりかかった苦難は、紛うことなき、戦争だった。イレヴンは、名誉ブリタニア人は、奴隷じゃない。君はそれを証明したんだよ」

「戦争だったんだ。戦争、……殺されてもいい、だから、殺してもいい」

 ライの言葉に、スザクは息を呑む。
「スザク、君の行く道は、間違ってはいないと――俺はそう思うよ」
 唇の先を噛んだスザクは俯き、前髪を揺らす。
 二人の間に、沈黙が流れた。
 屋上にふく風が、大きな音を立てる。
 先に沈黙を破ったのは、携帯電話を手に取ったスザクだった。ルルーシュに会わせたい人物がいると言い、ボタンを操作する。
「はい。枢木です。はい、目の前に…」
ライは眉をひそめた。
皇帝直属の騎士、ナイトオブセブンであるスザクが敬語を使っている。
「困るんだけどなぁ…そんな偉い方に」
 翠色の瞳に、深い闇をたたえたスザクが無言で、ライに携帯電話を差し出す。
 何らかの思惑があると気付いたライは、表情から感情を悟られないようにするため、スザクに背を向けた。
「もしもし、電話、変わりました。私は――」
『君か?スザクが言っていた、ルルーシュ君というのは?』
 その声を聞いた途端、ライの体に、稲妻が走った。


『偶然だな。私の名前もルルーシュというんだよ。私は、神聖ブリタニア帝国第一七皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ』


最終更新:2011年07月12日 12:23
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