行政特区日本式典で起こった虐殺事件。
これを契機に勃発した黒の騎士団の反逆――《ブラックリベリオン》は、トウキョウ租界から遠く離れた神根島で、終止符は打たれることになる。
「スザクうゥッッ!!」
「ルルーシュゥゥツ!!」
親友だった二人は、互いに憎悪し、拳銃を向け合い、引き金に力を込めた。
ルルーシュが撃った弾丸は、スザクのインカムをかすめる。
だが、スザクの撃った弾丸は、ルルーシュの頬を抉り、後頭部を突き抜けた。被弾した体は上半身をのけ反らせ、そのまま、仰向けに崩れ落ちる。かたい音を立てて、ゼロの手からコイルガンが転がり落ち、マントを羽織った体は地面を無様に這った。
ルルーシュの手足は震えていた。立ち上がる気配はない。
スザクは知っている。
今の痙攣は、死に直面した動物の動きだ。
父親を刺殺した日から――
日本がブリタニアに敗戦した日から――
軍人になった日から――
人間の死は何度も見てきた。
だからこそ、解る。
ルルーシュはもう、助からない。
「…ユフィは、最後の、最後まで…ゼロの正体を、口に、しなかった」
ユーフェミアが起こした日本人虐殺は、インターネットを通じ、世界中に知れ渡っている。ブリタニア政府が情報統制しようとも、人の口に戸は立てられない。
「ユフィが、何をした?」
スザクは眉間に皺を寄せ、顔面の皮膚が引き攣り、心も体も、悲しみと憎しみに支配されていた。
「お前は今まで、何をしてきた?」
スザクの翠緑の瞳がぎょろりと動き、足元を映す。
ルルーシュの麗しい容姿には、黒ずんだ銃創が空いている。
「正義を驕り、皆を騙して、戦場に駆り立て、多くの人間を犠牲にしただけだろう!」
スザクはありったけの殺意を込めて、ルルーシュに銃口を向けた。
「ユフィは、お前を信じていたのにッ!」
彼女は、ブリタニアと日本の架け橋と成り得る存在だった。彼女は武器を持って互いに傷つけあうよりも、話し合うことで互いを理解し、武器を持たない戦場で、独立を勝ち取る方法を提示した。
そんな心優しいお姫様の名前は、未来永劫語り継がれることになる。
虐殺皇女ユーフェミア――、と。
「ギアスでユフィの意思を捻じ曲げて、日本人を虐殺させてッ!なぜ、なぜユフィを殺したんだよおォォおお!!」
ドンドンドンッ――!
スザクは無我夢中で引き金を引き続けた。
コイルガンから排出された空薬莢が地面に飛び散り、ルルーシュの体は、銃弾を浴びるたび、何度も跳ねる。弾倉が空になっても、スザクは、カチカチ、とトリガーを引いた。
声にならない絶叫を喉から吐き、くぐもった息をこぼす。
殺したいほど、憎かった。
だから、殺した。
「……う、うううううぅッ…」
気づけば、温かいなにかが頬を濡らしている。
両目からは、ぼろぼろと涙が溢れていた。
物言わなくなった親友の傍で、スザクは両膝から力が抜け、地面に座り込む。
「ぐふっ、うぐっ、あ、あぐぅ…」 喉から込み上げてくる嗚咽が、暗闇が広がる洞窟に響いていた。
「気は済んだかい?枢木スザク」
光に目が眩んだスザクは、第三者の声を耳にして、はっと振り返る。
「……V.V.?」
神根島は断崖絶壁の孤島。
交通手段が存在しない場所に、どうやって辿りついたのか。
一瞬でそこに現れたかのように、V.V.を含む黒装束を纏った集団がスザクの眼前に佇んでいる。
「っ!?」
違う。
V.V.が現れたのではない。
スザク自身がいた場所が、転移していた。
見渡せば、未知の空間に自分がいる。
「意外に呆気なかったなぁ、ルルーシュは。マリアンヌの子供のくせに」
V.V.は、瞳から光彩を失ったルルーシュを、足のつま先で小突く。
男の肩に担がれていた青年が、大理石の床に置かれる。
銀髪が揺れ、見知った少年の顔があった。
「………………ラ、イ?」
上半身は裸であり、ユフィに撃たれた脇腹に包帯が巻かれていた。
「彼、暴れると危ないから、拘束服できつく縛っておいて。口を塞ぐのが先だよ」
V.V.は抑揚のない声で云い、黒服の男たちは命令に従う。
「何故、彼を…?」
「あれ?話していなかったっけ?」
とぼけたような顔で、V.V.はスザクを見た。
スザクは、V.V.が外見から判断できるような、年相応の貴族の少年とは思っていない。
小さな体躯から滲み出る異様な気配に、スザクの第六感はけたたましい警鐘を鳴らしている。
「ライはね、僕やシャルルの憧れなんだ」
シャルル――
ブリタニア皇帝の名前を呼び捨てにするV.V.にスザクは面食らった。
しかし、彼の何気なく云った言葉も、スザクの思考を揺さぶるには十分な威力を持っていた。
ライは、アッシュフォード家に保護された記憶喪失の人間である。
皇帝やV.V.に興味を持たれるどころか、認識すらされない人物のはず――
「リカルド・ヴァン・ブリタニアなんて、古い血筋を持つというだけ祭り上げられた人間さ。
でもね、彼は違う。
実名共に、ブリタニアの最高の王だった」
ライが、ブリタニアの王?
ライ………ブリタニア。
スザクは、ライとブリタニアの単語を脳内で発音し、イントネーションにひっかかりを覚える。
そして、ある名前が頭を過ぎり、絶句した。
「ま、ま…まさか」
神聖ブリタニア帝国建国に際し、ブリタニア史の初期に語られる王。
実史が幾多の逸話や伝説で語り伝えられ、実在したことすら歴史家たちに疑われる幻の人物。
二〇に満たない年齢で王位についた彼は、先進的な改革を断行し、民を蛮族の侵入や飢餓から救ったと思いきや、一年後には国民を総動員させ、敵国に玉砕させた。
この大事件が、ブリタニア覇権の火ぶたを切ることとなり、帝国内では英雄と称えられるも、敵国からは稀代の暴君、《狂王》とも怖れられた若き王。
「うん、そうだよ。彼はライゼル・エス・ブリタニア。僕たちの遠いご先祖様なんだ」
「そ、そんな…だって、狂王は数百年前の人間で…!」
ギアス――
言葉だけで、どんな命令でも人を従わせることができる力。
そんな得体の知れないモノが存在するのならば…
「実はね、ライもギアスも持っているんだ。ルルーシュと同じ、絶対遵守の力を」
スザクの思考は停止した。
「…ライが、ギアス、を?」
ルルーシュだけではなく、ライも、ギアスを持っていた。
その事実が、スザクをどん底にたたき落とした。
ライの人物像が、音を立てて崩れていく。
彼の笑顔も、彼の優しさも、全てが――嘘。
「………そうか」
恋人の死。
一人の友の殺害。
もう一人の友の嘘。
大切なものをすべて失い、満身創痍になったスザクの心身に、妙な力が宿り始める。
気付けば、涙は、とっくに枯れ果てていた。
氷河のように冷えきっていた心に、凄まじい感情が突如出現し、その氷をじわじわと溶かしていく。
だが、それはかつてのように、己を律してきた正義感や情熱ではない。
全身を昂ぶらせている正体は、全身が煮えるような黒い炎。
「ライ、ルルーシュ…」
これが罰だというのなら、その罰を受け入れよう。
しかし、いくら強靭な精神を持つ人間でも、度重なる悲劇に打ちひしがれ、必ず立ち直れるとは限らない。
心は、曲がることも、折れることもあれば――壊れることもある。
「お前たちは、俺を…ずっと騙していたんだな」
無言で立ち上がったスザクは、床に倒れているライに近寄ると、乱暴な手つきで、彼の銀髪を掴んだ。
◇
スザクは友を殺し、もう一人の友を皇帝に売り払った対価に、ナイトオブラウンズの地位を手に入れた。ぽっかりと空いた心の虚空がさらに広がるだけで、後悔は微塵も無かった。
その隙間を埋めるために、人に後ろゆびを指されれば、さされるほど、任務に没頭していく。ナイトオブセブンの肩書と、積み上げてきた成果が、反対派を封じ込め、仲間を呼び寄せ、ブリタニアの中で、確固たる地位を築き上げていった。
C.C.の登場と、ゼロの復活。
もし、ライのギアスが解け、ゼロを名乗っているのだとしたら――
スザクは、この場でライを殺すことになる。
(―――これは、最終テストだ)
『もしもし?聞こえているんだろう?ルルーシュ君』
ライは後ろを振り向いたまま、言葉を発せない。
『もしかしてスザクから聞いていなかったかい?それは驚かせてすまなかったね』
「…る、ルルーシュ殿下とお話しできるなんて、光栄です」
『そんなに畏まることは無いよ。ルルーシュ君。それと、私は殿下じゃないよ。とっくの昔に皇位継承権を失っているからね。ふふっ、それにしても、変な気分だな。自分の名前で相手を呼びかけるなんて』
携帯電話から聞こえてくる声は、間違いなくライの知るルルーシュ・ランペルージだった。棄てられた皇子であり、ブリタニアに挑んだ《ゼロ》でもあった男。
そんな彼が、呑気な口調でライに語りかけてくる。
『君、チェスがとてつもなく強いんだって?スザクから聞いたよ。私がエリア11の総督として赴任した際には、一局どうかな?本国でも相手になる人がシュナイゼル兄様ぐらいしかいなくてね』
「…私も、相手になる者がいなくて、少々寂しい思いをしていたので…」
『ははっ!それは楽しみだ。総督って言っても、私はただのお飾りだからね。暇な時間はあるのさ。じゃあ、エリア11で会おう。ルルーシュ君』
プツリ、と電話が切れた直後、
「…スザクッ!」
ライが狼狽した声を出した。
スザクは身構える。
ライのギアスは聴覚に訴えるギアスだと聞いている。ならば、ギアスを発動させる前に、体を押えつけて口を封じ、喉元を斬り裂いてしまえばいい。
「びっくりしたよ。心臓が止まるかと思った!ルルーシュ様って、あの閃光のマリアンヌ様の息子だろう?」
「…え?」
「俺の腕を買いかぶりすぎだよ、スザク。俺が惨敗して、ルルーシュ様の機嫌を損ねでもしたら、どうすればいいんだい?」
ライもルルーシュと同じほど、頭の回転が速い。
少々の罠ではひっかからないどころか、たちまち、それを逆手に取られ、不利な状況を作られるかもしれない。だからこそ下手なカマはかけず、タイミングを見計らい、最大級の罠をしかけた。
死んでいるルルーシュが生きている。
ライの動揺を誘うために、これ以上の仕掛けは無いだろう。
スザクは袖に忍ばせている軍用ナイフをいつでも取り出せるようにしていたが、ライの表情を観察していて、毒気が抜かれる。
どう見ても、記憶を取り戻したような素振りではない。
「あ、ああ…その時は、僕がナイトオブセブンとして責任を取るよ。ルルーシュ様のチェスの腕を見ていたら、ライと互角なんじゃないかなって思ったんだ」
「ウソをつけ、スザクはチェス弱いじゃないか」
「まあ、得意ではないけど、棋士の力量はある程度はわかるつもりだよ」
ライは襟首のボタンを外し、右手で仰ぐ。
「…ふぅ、こんなに冷や汗かいたの、いつ以来だろう?」
「ごめん、ルルーシュ。驚かせるようなことしちゃって」
スザクはライに対し、頭を下げた。
「おいおい!簡単に頭を下げるなよ、スザク。今は立派な貴族様だろう?下手なことはするもんじゃないさ。ちゃんと貴族らしく、堂々と構えておけよ。ルルーシュ様との一局は、俺がちゃんと引き受けたからさ」
驚いた様子を見せるライに、スザクは柔和な笑顔で返す。
「僕は、友達としてルルーシュに謝っただけさ」
「…そっか、俺としてもスザクが友達であるのは、鼻が高いよ」
そういって、ライはスザクに手を差し伸べた。二人は手を握り、とりとめのないやりとりを交わすと、校舎の屋上を後にした。
スザクは、ライの拳から血がしたたり落ちていたことには気付かずに――
◇
太平洋に面した沿岸部のカリフォルニア大陸には森林、砂漠、山脈があり、環太平洋造山地帯、環太平洋火山帯の一部に含まれ、東西南北、起伏に富んだ環境を持っている。
カリフォルニアセントバレーと呼ばれる世界最大級の農業地帯が存在し、州都であるサクラメントはブリタニア一の人口数を誇る。
18世紀後半、先住民族が暮らすこの土地は、スペイン帝国の植民地となり、19世紀前半にはメキシコ統治による第一メキシコ帝国の発足し、後に共和国へと変わるが、ブリタニアとの戦争によって、領土を割譲され、現在では神聖ブリタニア帝国の属州となった。
年間を通して、温暖な気候に恵まれたサンディエゴにあるカリフォルニア基地では、ログレス級の大型浮遊航空艦を筆頭に、カールレオン級、中型級のアヴァロンが停泊し、基地全体が物々しい空気に包まれていた。
「侮ってはなりません。ゼロは、敵ながら、策謀に長けた人物です。何か仕掛けてくる可能性が非常に高い」
「弱気だな。それでも帝国の先槍と呼ばれた男か」
出発時刻が目前に迫るなか、この大艦隊を指揮するアプソン将軍に忠告する人物は、エリア11から訪れたギルフォードであった。
「ルルーシュ総督には私が付いている。貴公の出番など無い」
「しかしゼロは…」
先ほどから同じようなやりとりが続いていた。アプソン将軍はギルフォードの言葉を頑として受け入れない。
「まあ、あれほどの無様な敗北を喫すれば、ゼロが恐ろしくなるのも必然か…」
と、侮蔑を込めた視線を送る。
その途端、ギルフォードは表情を硬化させ、後ろに控えていたデヴィット・ダールトンが露骨に反応した。
中華連邦総領事館での一件は、誰もが知っている事件だ。
一対一の決闘で、帝国の先槍と呼ばれるギルフォードが、ゼロに打ち負かされた。
ギルフォードの実力を知る者は、ゼロの卑劣な策略にかかったと考え、名前だけを知る者は、彼の実力に大きな疑問を抱いた。
単なる軍の失態ではなく、ナイトメアのパイロットたちには大きな衝撃を与えていた。
「ゼロは既に死んでいる。奴はその名を騙っているだけだ。偽物におびえるなど、コーネリア皇女殿下に申し訳ないとは思わんのか!」
口を濁すギルフォードに追い打ちをかけるように、アプソン将軍はたたみかける。
名家の貴族に生まれ、軍人のエリートコースを歩んできたにも関わらず、功績らしい功績を上げず、軍務の晩年を迎えつつあった、最初で最後の任務である。
アプソン将軍の異様な意気込みは、ブリタニア皇族に対する過度の忠誠も相まってか、貴族としての品格を欠いていた。
「申し訳ない~」
張りつめた空気を打ち破ったのは、貴族の中で最も異端と呼ばれる人物の登場によるものだった。
「ロイド伯爵…」
アプソン将軍の一族にひけをとらない名家の長でありながら、作業服で会合に出席するロイド・アスプルントは、奇妙な足取りで、ギルフォードに報告する。
「ランスロットのユニット調整に手間取ってね♪遅刻しちゃいましたぁ」
「お久しぶりです。ロイド博士」
「いやぁ、皇帝ちゃんの直属になったからぁ」
「不敬であろう!皇帝陛下に対して!」
アプソン将軍はロイドを一喝するが、彼もまた同様、人の話を聞く耳を持っていない。
「相変わらずですねぇ…」ギルフォードは苦笑するが、眼鏡の奥で鋭い眼光をかたどると、彼の問いを読み取ったロイドは、後ろに控えているセシル・クルーミーに視線を流す。
「ジュナイゼル殿下のラインから確保しました」
「…感謝します」
アプソン将軍は、事前にギルフォードが手を打っておいたことに勘付き、表情が歪んだ。
アプソンも彼なりに用心に用心を重ねたうえで、カールレオン級浮遊航空艦を四機も配備したのだ。これ以上軍備を増強し、黒の騎士団が現れなければ、アプソンは《臆病者》呼ばわりされることになる。
貴族にとって名誉を汚すことは、死よりも耐え難い屈辱。アプソンは不服の感情を取り繕いもせず、部下とともに顔をしかめていた。
◇
足が、ふらつく。
頭部を強打されたように、思考がうまく機能しない。
スザクからもたらされた情報に、ライは眩暈すら覚えた。
――生きていた?
――ルルーシュが?
咄嗟にスザクから顔を隠していなければ、確実にボロを出していた。不安定な足取りで、ライは学生寮の寝室に向かう。数分もかからずに到着する廊下の道のりが、やけに長いものに感じた。
扉を開けると、
「…ルル!」
恋人のシャーリー・フェネットの姿があった。部屋の電気はつけておらず、窓から差し込む月明かりが、シルクのカクテルドレスを煌びやかに照らしている。
「もー!ダンスパーティ、終わっちゃったじゃない!一緒に踊ろうって前からメールで何度も送ってたでしょ!」
確か、ポケットの中で、何度も携帯電話のバイブレーションが鳴っていたことは覚えている。
「皆が躍っている間、ずぅーっと、一人ぼっちで…ドレスだって無理言って、ミレイさんから貸しもらったのに」
声色から分かる。
シャーリーはかなりご立腹だ。
パーティで待ちぼうけをくらうのは、自慢の彼氏のいる身としては、悪夢だろう。妙な噂が女子の間で立ってしまう恐れもある。
シャーリーは、少しヒステリック気味に辛辣な言葉を並べ立てるが、ルルーシュ――ライが、一言も云い返さないことに疑問を持つ。口を閉じると、大きな足股でライに近づいた。
「…ちょっと?聞いてるのっ!?ル―…」
俯いていたライは、突然、強引にシャーリーの体を抱き寄せると、そのまま唇を奪った。
カチッ、と二人の前歯が当たるが、ライは、シャーリーの口を無理矢理こじ開けると、温かい舌をねじ込んだ。右手で彼女の頭を固定し、左手を腰に回す。
「――ん、はぁっ…んっ!」
呼吸することも忘れ、ライはシャーリーの唇を貪った。蚕の繭で作られた質感が良く、シャーリーの体を服の上から執拗に愛撫する。シーツが整えられたベッドに二人は倒れこむと、体の絡み合いはさらに激しくなった。
シャーリーの耳元には、真珠のイヤリングがある。彼女の18歳の誕生日に、ライが送った装飾品だ。『天使の涙』と呼ばれるバロック型の真珠であり、希少性が高く、学生では到底、手の届かない代物であった。
彼女が身につけている衣服、靴、装飾品や髪型、アイメイク、マニキュア、ペディキュア、香水――など、全てをチェックし、変わったものがあれば、逐一コメントする。
だが、今のライにはそんな余裕はなかった。
凍てついた心を温めるために、生々しい人間の肌のぬくもりを欲していた。
ライは接吻を止めると、シャツのボタンを外し、制服のジャケットを乱暴に放り投げると、再びシャーリーの体に覆いかぶさった。彼女のドレスは次第に乱れ、指に引っかかったショーツを、一息に剥いだ。
「―――いやッ!」
両手でドン、と胸板を押され、シャーリーに拒絶される。
どんなに迫っても、ライの行為を拒むことの無かった恋人が、初めて拒否した。
「シャーリー…」
「…近づかないでっ!」
まくらを投げつけられた。
すると、シャーリーのすすり泣く声が聞こえはじめる。
両手で顔を拭い、美容院でセットされたはずの茜色の髪は散乱し、口紅は頬まで引き伸ばされている。
「…………僕は、誰だ?」
「……え?」
「君は、ライという男を…知っているかい?」
二人の間に沈黙が流れる。
ライは瞳孔が開き、暗闇に眼が徐々に慣れてくる。
「……ルルーシュ。携帯をかして」
無意識にパンツのポケットをまさぐった。シャーリーを押し倒した時に飛んだものだと思い、ハイヒールが転がっている床に目を移動させる。シャーリーとお揃いのストラップをつけた携帯電話を発見し、手を伸ばそうとして――
本能が刺激される。
「ぅわッ!?」
ライが身を翻した途端、ガシャン!と耳の傍で、花瓶が割れた。
シャーリーがライの頭部を狙って、花瓶を叩きつけたのだ。水飛沫がライの二の腕を濡らし、活け花が散らばった。
今の攻撃は、殺すつもりでやったとしか思えない。
ライはシャーリーの顔を凝視して、言葉を失う。
瞳が赤く縁どられている。
「…シャーリー!?」
そういえば…「携帯をかして」と言ったシャーリーの声色に違和感があった。交際を始めて、ルルーシュのことを「ルル」としか呼ばなくなっていたのに。
ベッドに上に立ち上がったシャーリーは、
「ライゼルの記憶の帰化を確認、しかし、ライゼルの殺害には失敗。よって…」
無表情に言葉を吐いた。
そして、おもむろに花瓶の破片をとると、鋭利になった部分を首筋に当てた。
このままでは、シャーリーは死んでしまう。
まるで誰かに操られているような彼女の言動に、ライは、はたと気づいた。
(…まさかっ!)
「ライが命じるッ!」
左眼に不死鳥のような印が現れる。
「私が喋ったことを、全て忘れろ!」
聴覚を媒体とするライのギアスは、シャーリーの耳に流れ込み、記憶を改変する。意識が途切れた彼女は、両足から力が抜け、ライはベッドの上で受け止めた。
数秒もしないうちに、シャーリーはライの腕のなかで、正気を取り戻す。
「…あれ?わたし、何を…?」
シャーリーを見て、確信する。
先ほどの凶行は紛れも無く、ギアスの仕業だった。
凶行のトリガーは、『ライ』。
ライがライ自身のことを問いかけると、刷り込まれたギアスが発動し、ライに襲い掛かるようになっていた。携帯を使用するという行為から察するに、ブリタニア情報部にライの記憶が戻ったことを何らかのメッセージを用いて伝えるようになっているのだろう。
また、連絡ができない場合はライ殺害を実行し、それができないと判断した時は、自決するようにギアスがかけられており、ライの近辺で隣人が不審死すれば、それは動かぬ証拠となる。
あまりにも残酷な仕掛けに、ライは胸が引き裂かれるような思いがした。
「……ルル?どうしたの?」
身に起こったことが認識できず、辺りを見回すシャーリー。
「…なんでも、無いんだ」
ライは、シャーリーの体を強く抱きしめる。
「ちょっと…!左手、怪我してるじゃない」
スザクから驚愕の事実を知らされた時のものだ。
拳を握りしめすぎて、指が皮膚に食い込んで、血が滲んでいる。
ライは、ますます、両腕に力を込めた。
「…なんでも、ないんだ。シャーリー」
シャーリーの首元に頭を埋めたまま、ライは彼女を離さない。
「……もしかして…泣いてる、の?」
ライは、何も答えられなかった。
◇
けだるい睡魔を振り払いながら、初老の男は、正門の警備室の中で椅子に座り、新聞を広げた。
ブラックリベリオンによって鎮火したゼロの報道は、バベルタワー、中華連邦総領事館の事件をおいて息をふき返き、記事の一面はゼロと黒の騎士団に独占されていた。著名な人間の根も葉もないコラムは読み飛ばし、民間メディアがどこまで掴んでいるかを確認する。
機情が得る情報と民衆が得る情報では、正確さと鮮度に関して、天と地の差があるが、これも諜報部たる人間の仕事であった。
アッシュフォード学園の正門は七時に開けなければならないが、まだ時間はある。年嵩の男は、窓を開けると、肌寒い早暁の空気に触れ、ガウンを羽織った。
人の足跡が聞こえる。
校舎の方角に目を向けると、制服姿のルルーシュ・ランペルージが警備室に向って歩いてきた。美しい銀髪、端麗な顔立ちに、女のようにきめ細かい肌をしている少年。成績は優秀で、運動も出来、人当たりも良い。
同じ男として、ルルーシュ・ランペールという男は認めたくない存在だった。一年間、監視し続けた身であるからこそ、彼をよく知っている。ルルーシュの学園生活を眺めていると、可も無く不可も無かった己の学生時代が惨めなものに思えてくる。
部下の報告によると、歓迎会の後、自室に恋人を連れ込んだらしい。
誰もが羨むような人生を過ごしている彼に、子供じみた嫉妬心を燃やしていると、
「おはようございます」
と、柔和な笑顔で挨拶をされた。
「おはよう、ルルーシュ君。今日も早いね。どこか出かけるのかい?」
言葉を交わすのは初めてではない。
ルルーシュは早朝トレーニングを日課にしており、ランニングの途中でよく顔を合わせていた。その足で朝食作りにとりかかり、七時前後には妹を起床させ、身支度を整えた後、一緒に食事を取ることが彼の日課であった。
「ええ。だから、案内してくれると助かります、――――さん」
年嵩の男は、一瞬、何を言われたのか、解らなかった。
ルルーシュが吐いた言葉を頭が理解するなり、血の気が引き、全身が凍りつく。
年嵩の男は偽名を使ってアッシュフォード学園の警備員に潜り込んでいる。ルルーシュが、彼に云った名前は、紛れもない本名。
「ライが命じる」
ルルーシュ――ライの言葉を耳にした男は、この瞬間を持って、人生は終わりを告げる。
そして、ギアスによる傀儡の余生が幕を開けた。
◇
アッシュフォード学園の地下機情特務室。
通常は、諜報員たちがルルーシュ・ランペルージの監視や本国の情報局と連絡を行う場所で、彼らは日夜交代制で職務を全うしていた。だが、今日に限って、機情の諜報員は皆無。室内に設置されているテーブルの中央の椅子には、一人の学生がふてぶてしく坐っている。
スクリーンに映る魔女と会話する少年は、銀髪の男、ライ。
「C.C.…あのルルーシュは、何者だ?」
エリア11の新総督として赴任するルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在は、すでにメディアに流れており、今朝のニュースで取り上げられていた。
『…わからない。だが、あのルルーシュに似たやつは、ギアスを…持っていない』
「なぜ、そんなことが解る?」
『解るんだよ。私には』
ライはスクリーン越しに彼女を凝視する。
表情から言葉の真偽は読み取りにくいが、声色には真剣味があった。
「ならば、あいつはルルーシュの偽物なのだな?」
『…そうとも、云い切れない』
ダンッ!
と、ライはテーブルに拳を叩きつけ、手元にあるチェスボードをひっくり返す。
「はっきりしろ!C.C.!お前の返答次第で、僕は黒の騎士団の在りようを変えなければならないんだ!」
『ルルーシュと戦うのか?』
「ルルーシュと戦う?何の冗談だ?それは。黒の騎士団は彼が作った組織だ!」
『ナナリーを守るために、な。それが黒の騎士団を発足した当初の目的だったのかもしれない―――だが、今は、お前がゼロだ』
「…何が言いたい?」
『黒の騎士団はお前の所有物だ。ルルーシュではなく、ライのものだ。だから、この組織をどうしようが、お前の勝手だよ』
すべての決定権は、ライにある――と、C.C.は言っている。
「彼が本物のルルーシュだという可能性は、どのくらいある?」
『半々…と、いったところだ。別人というには、あまりにも似すぎている』
「だろうな。僕も同じ意見だ」
『ライ、気付いているだろう?これは罠だ。お前をおびき寄せるための』
「ならば、その罠を完膚なきまでに破壊してやればいい!」
ライは椅子から立ち上がると、C.C.との通信を切る。懐から取り出した携帯電話を操作し、耳にあてた。
「卜部、私だ。ゼロだ――」
◇
アーカーシャの剣――と呼ばれる神殿。
現世から隔離された幻想的な建築物の壇上に、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアとV.V.が互いに並び立つ。外見的には、あまりにもかけ離れた二人だが、彼らは、齢を同じくした兄弟であった。
「シャルルのお願いだからやったんだよ?コードを短時間だけ譲渡し、ルルーシュを生き返らせた」
「あれには、まだ利用価値があります。ナイトオブセブンも然り」
人間としての死を捨て、歴史上から葬られ、生き続けるV.V.は、年老いた弟を見上げる。
「…うん、そうだね。ゼロが狂王なら、何らかの行動は起こすはずだ。ふふっ、狂王はどんな答えを出すかな?」
「どこか楽しそうですね、兄さん」
V.V.に語りかけるシャルル・ジ・ブリタニアは、穏やかな笑みをこぼす。
「そうかな?そうかもしれない」
◇
「き、きたのか!?黒の騎士団が!」
アプソン将軍が指揮するログレス級大型浮遊航空艦に激震が走った。
奇襲を察知した艦隊は、ナイトメアを運搬する戦闘機部隊を迎撃するが、サーフェイスフレアで、視界と熱源感知を遮断された航空艦は、黒の騎士団のナイトメアの着地を許してしまう。
ゼロの命令はただひとつ――、ルルーシュ総督を捕獲せよ。
四聖剣を率いる藤堂や、紅月カレンの駆るナイトメアが猛威を振るった。
ゼロは航空艦に降り立つと、自機のサザーランドを早々に自爆させる。
銃弾はおろか、ハドロン砲にまで、確かな防御性能を持つ屈指の電磁防壁、ブレイズルミナスが展開される前に、ログレス級大型浮遊航空艦に穴を空けたのだ。仮面の男は、易々と艦内へと侵入する。
少数精鋭のナイトメア部隊の奇襲は功を制したかに思われた。
しかし、紅蓮弐式のレーダーが捉えた敵対戦力に、カレンは息を呑む。
(まさか…あれはフロートシステムを搭載した、〈ヴィンセント〉タイプの…っ!?)
空中戦に対応した、量産化された第七世代ナイトメアフレームの一個小隊。
第五世代ナイトメアフレーム〈サザーランド〉の重厚な体格とは異なり、機敏な瞬発性を思わせるスマートなシルエットが、枢木スザクの〈ランスロット〉を想起させた。
カレンは気を引き締める。
制空権を奪われた戦局は困難を極める。
そして、追い打ちをかけるように、さらなる戦力がブリタニアに加わった。
「なっ、ナイトオブラウンズ!?」
ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグが操縦する〈トリスタン〉が朝比奈の〈月下〉を撃破し、
「せ、仙波ッ!!」
藤堂の叫びも空しく、眼前で仙波の〈月下〉が、〈トリスタン〉のダブルハーケン型のMVSを受け、爆散した。
『陸戦兵器での奇襲とは、貴公にしては杜撰な作戦だな、藤堂鏡志朗』
藤堂のナイトメアを制した〈ヴィンセント〉から、オープンチャンネルで彼に語りかける声が発せられる。藤堂と幾度も刃を交えた騎士、ギルバード・G・P・ギルフォードであった。
ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムが駆る〈モルドレッド〉はシュタルクハドロン砲でカールレオン級の航空艦を屠ると、
『隠れんぼは、おしまい』
出力の差で、千葉のナイトメアをいとも簡単に圧殺した。
部隊損耗率、三割で『全滅』、五割で『壊滅』、六割を超えると、『殲滅』。
黒の騎士団の戦力は、すでに『壊滅』の域に達していた。千葉、朝比奈のナイトメアは大破。仙波は戦死した。
「ぅわあっ!?」
刹那、
紅蓮弐式に、高出力のハドロン砲が襲いかかる。
雲を裂いて、姿を現したナイトメアは白き死神、枢木スザクが駆る〈ランスロット・コンクエスター〉。
「カレン。僕は今更、赦しは…請わないよ」
青海へと落ちゆく紅蓮弐式を目下に、スザクは抑揚のない声で呟いた。
◇
ライは、早まる心が抑えなられない。足元に転がる死体を無視し、進んでいく。
そして、一際重厚な扉を開けた時、花吹雪がライの視界を遮った。
アーチの先にある庭園に、一人の少年が呆然と立っている。
(―――――っ!ルルーシュッ!!)
ゼロの仮面をつけていなければ、ライは声のかぎり、叫んでいただろう。
彼の顔を、一度たりとも忘れたことはない。
煌びやかな服を纏い、驚愕の表情を浮かべたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、ライの目先にいた。
◇
脱出システムが作動しない。
紅蓮弐式が重力に引かれて下降していく最中、カレンはコックピット内で混乱の極地に陥っていた。
時速60㎞以上の速度で海面に叩きつけられれば、機体はコンクリートに落下した同等の衝撃を受けることになる。コックピットに内蔵されたショックアブソーバーが、多少、効果を発揮するとはいえ、タンパク質とカルシウムの塊である人間の体が耐える道理は無い。
数秒後には、良くて即死。
悪ければ、見るに堪えない肉片へと成り果てる。
カレンの運命は、まさに、白き死神の鎌に斬りおとされようとしていた。
「ごめん、ママ、お兄ちゃん…皆、ライ」
ナイトメアのパイロットになったときから、死は、覚悟していた、
だが、頭で解っていても、迫りくる死の恐怖を受け入れられるとは限らない。
『ベストポジションじゃない』
通信が入る。
「…えっ?ラクシャータさん!?」
神はまだ、彼女を見捨てていなかった。
◇
空中換装という離れ業で、紅蓮弐式は、新たな姿へと生まれ変わる。
「これが、紅蓮可翔式…」
翼を得て、機体の出力も桁違いに上がっている。
「私は、ゼロをっ…ライを守る!」
『続いて、第2カタパルト、ハッチ、オープン』
潜水艦の鋼鉄のハッチが開き、新型ナイトメアが陽を浴びた。翼を備えた、もう一機のナイトメアが姿を現し、大空をはばたく。
「…やっと、でてきた」
「ははぁ、あれがうわさに聞く、黒の騎士団の双璧か」
紅蓮可翔式の後方には、蒼きナイトメアがX型フロートユニットを煌めかせ、ラウンズの機体に迫りつつある。
(まさか、ライなのかっ!?)
スザクは一年前、日本で、幾度となく戦場であのナイトメアと対峙してきた。
(機情からの報告は無い。ライはルルーシュ・ランペルージとして、トウキョウ租界にいるはずだ。しかし、あの機体は…!じゃあ、ゼロは一体誰が…!)
飛翔滑走翼を装備した月下、とスザクは認識したが、蒼いナイトメアは、月下ではなく〈暁〉。紅蓮弐式をベースとして、月下の流れを含む黒の騎士団の機体であり、輻射波動による防御機構・輻射障壁を持つナイトメアである。
「ジノ、アーニャ、気を付けろ。紅蓮の突破力も脅威だが、蒼いナイトメアは特に油断するな、頭のきれるヤツが乗っている!」
「スザクがそこまで言うなんてな。ブリーフィングで聞いているよ、
紅蓮ってやつはあのオレンジを倒したほどの奴なんだろ?蒼いのは、それ以上に危険なのか。指揮官と戦闘員を兼ね備えたパイロットねぇ、へぇ、面白そうだな。アーニャ、蒼い奴は私がやる」
「…じゃあ、紅いナイトメアは私。スザクはルルーシュ総督の救助」
答えるまでも無い。
スザクは操縦桿を握ると、フロートユニットの右翼が煌めき、〈ランスロット・コンクエスター〉はログレス級の航空艦へと旋回した。
トリスタンとモルドレッドは、ゼロの双璧と対峙する。
◇
「驚いた…どうやって、ここに?警護兵はどうした?」
ナイトメアフレーム同士の戦闘が繰り広げられている、壁一枚の向こう側で、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、ゼロと対面していた。
ルルーシュとライは、一年ぶりの再会を果たす。
しかし、二人を取り巻く環境は、あまりにも変わりすぎていた。
『…お会いできて、光栄です。ルルーシュ総督。私を、ご存知でしょうか?』
「…超がつく有名人じゃないか…君は」
狼狽を隠せないルルーシュを見ながら、仮面の下で、ライは表情を歪める。
(…そんな答えを聞いているんじゃないっ!)
「貴方はエリア11の総督殺しと、皇族殺しで有名だ。クロヴィス兄さんや、ユーフェミアのように、私を、殺すのかい?」
『…貴方の返答次第では』
ルルーシュは震える手で、懐から拳銃を抜く。まるで、銃すら持ったことの無い子供のように。
平静を取り戻し、ライは、ゼロとして言葉を紡いだ。
航空艦が揺れる。
衝撃にルルーシュは体勢を崩した。ライは、その隙に、コイルガンを手に握ると、ルルーシュの腕にある凶器に狙い定め、引き金を絞った。
銃身が壊れたコイルガンが花壇に飛んでいき、ルルーシュは手元から消えたコイルガンに、目を白黒させる。カチャリ、とゼロは銃口をルルーシュに向けながら、云った。
『貴方は、なぜ、日本の総督になられた?』
「父上…いや、皇帝陛下に命じられたまでさ。ゼロ、君も知っているだろう?私が皇位継承権を喪失していることは。
私に、神聖ブリタニア帝国に居場所は無い。おまけに重傷で、記憶を失っていてね。私はかつて、エリア11…いや、日本、だったか?戦前はそこにいたらしい。ナナリー…という妹とともにね」
『…ナナリー!?』
(ナナリーの記憶が無い?まさか、皇帝のギアスを!?…ならば、C.C.の力でっ…!)
「私は、腐っても、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。皇族の血を引く人間なんだ。この血から逃れることは、決してできないよ」
アメジストのような輝きを放つ瞳に射抜かれ、ライは息を呑む。
ライも、ルルーシュ・ランペルージとして学園を過ごしてきたが、それでも、本物のルルーシュとは大きく異なる人物像を形成していた。
記憶を失おうとも、人の根幹は変わらない。
ライは、ライ。
ルルーシュは、ルルーシュ。
皇帝に命令されようとも、ルルーシュは、自分の意思で、総督という役職を引き受けたのだ。
(…僕のギアスで、ルルーシュの意思を曲げてしまっては意味が無い!そのうえ、ギアスを使うのは危険だ。シャーリーのように、何らかのギアス対策が施されているかもしれない。しかし、今は、C.C.と接触させる以外に、方法はっ…!)
『ルルーシュ!僕と一緒に…ッ!』
ライはルルーシュのもとに駆け出す。
突如、
庭園の天井が破壊され、突風がゼロの体に吹き付けた。
風穴が空いた外壁から、コアルミナスコーンを展開したランスロットが侵入し、空を仰いで、ゼロを通り過ぎる。
『ルルーシュ様!』
「ッ!!ス、スザクッ!」
ルルーシュは純白のナイトメアフレームに手を伸ばす。
ルルーシュは、迷いなく、スザクに助けを求めた。
その光景に、ライは雷に打たれたように硬直する。
風が強くなり、ゼロの体は航空艦から吹き飛び、宙を舞う。
(違う!そいつは、お前を殺した…)
「ル、ルルーシュゥウウウッ―――!!」
紅蓮可翔式の腕が、ゼロを包み込む。
ライの絶叫は、誰にも届くことなく、青い海と空に、霧散した。
最終更新:2011年12月05日 12:34