040-447 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(中編)~ @ライカレ厨



 ある所に、一人の少年が居た。
 その少年には親が居なかった。いや、それだけでは無い。少年には名前も無かったのだ。
 有ったのは名前と呼ぶには余りにも限定的なもの。任務の時にだけ与えられる仮初めの名、コードネーム。それだけしか無かった。
 しかし、少年はその名で呼ばれる事に至上の悦びを感じていた。
 一方で、普段はその名を呼ばれる事は決して無い。当然だ。それは名では無いのだから。
 だからこそ、日に日に想いは募る。名前が欲しいと……。
 決して口には出せないその想い。
 少年は分かっていたのだ。
 少年を拾った存在、主にとって自分はただの駒なのだと。
 主に命じられるがままに人を殺す。
 普通の人生を歩む者にとっては異質なそれも少年から見れば普通の日々。いや、普通の者が歩む人生こそ少年にとっては異質に映る事だろう。
 その日も、普段と変わらず少年は主より任務を授かった。
 しかし、その任務は今までとは少しだけ違っていた。
 命じられたのは殺害では無く監視。そして対象は嘗ての魔人、ゼロ。その抜け殻とはいえ期限は不明のオマケ付き。
 それでも命じられた当初、少年の心に波風は立たなかった。だが、後にそれは揺らぐ事となる。
 翌日、少年は一人の若き王に出会う。それは少年にとって運命の出逢いと言えた。
 その王は少年がどれだけ渇望しようとも、決して与えられる事が無かった名前をいとも簡単に、当然のように与えたのだから。
 その時からだ。
 少年の空虚な心に、自身を拾ってくれた主よりも大きな楔が打ち込まれたのは。
 それは、名前と言う名の楔。
 王と過ごした僅かな日々。だが、それは少年にとっては幸せな日々だった。
 王が微笑む度に、少年の心に暖かい何かが広がる。
 やがて、少年は次第に任務に付く日が近づくのを疎ましく思うようになっていった。
 任務に就くという事。
 それ即ち王の袂を離れる事を意味するものであり、オマケにそれは何時終わるとも知れないものなのだから。
 少年は悩んだ。だが、拒む事は出来なかった。
 主だけでは無く、王もそれを望んでいたのだから。
 後ろ髪引かれる思いで王と別れ、任務に就いた少年。
 当初は苦痛でしか無かった。だが、そんな少年の心に次第に変化が訪れるようになる。
 初めて送る普通の人生。初めて出来た甘えられる存在。その存在より与えられる無償の愛情。
 自分でも気付かぬ内に、少年は任務を楽しむようになっていった。
 そして、運命のその日。
 少年はささいな事から王の怒りを買ってしまう。
 王はそれ程に怒った覚えは無い。自分を裏切れる筈がないとの絶対の自信があったからだ。
 そして、それはその通りなのだが少年の心は痛く傷ついた。
 が、ここで王は一つミスを犯した。
 王は知らなかったのだ。魔人が目覚めてる事に……。
 同じ頃、目覚めた魔人は少年を籠絡するべく情報を集めていた。
 その時、偶然にも見たのだ。画像の中に映る少年の笑みを。
 決して演技には見えなかったその笑み。魔人は少年自身もまだ気付いていない内なる想いにいち早く気付いた。
 仮に王もその画像を見ていれば気付いただろう。だが、ここでも王はミスを犯した。
 王にとって少年個人の学園での生活態度等どうでも良かった。元々、王はこう考えていたのだ。
 「少年は生来の暗殺者。そう簡単にその心に変化が起きる訳が無い」と。

 ――慢心――

 それはこの王の唯一の弱点と言えた。
 一方で、見限られたと思い絶望し疲弊していた少年。その心の隙を魔人が見逃す筈もない。
 魔人は言葉巧みに王が打ち込んだ楔をへし折ると、王以上に大きな楔を打ち込んだ。
 誕生日と家族という二つの楔を。
 その王、ライに名を与えられ、魔人、ルルーシュには誕生日と家族を与えられた少年、ロロは遂にライの意に反する事を決意する。
 だが、ロロの心の奥底には未だライに打ち込まれた楔。その切っ先が残っていた。
 それが、ロロの心を引き留めた。
 優先順位はルルーシュとなったものの、ロロにとってはライもまた大切な存在だという事は変わらなかった。それ程にライが与えたインパクトは大きかったのだ。
 一方で、ロロがライに嘘を吐いている事に変わりは無い。
 ロロの心を引き留めたその切っ先は、同時に彼の心に鈍い痛みも覚えさせた。
 その痛みに必死に耐えながらもロロは考えた。自分に名を与えてくれた名も知らぬ王の為に。
 考えた結果、裏切った事が自分を拾った存在、V.V.に知られれば王にも危険が及ぶとの結論に至った。ロロはV.V.の非情さをよく知っていたからだ。
 しかし、そこでふと思う。
 このままシラを切り続ければ、少なくともV.V.が王に危害を加える事は無いのでは無いか?と。
 痛みに後押しされながらも悩み抜いた結果、ロロは「王を護りつつ自分の居場所も護る」そんな端から見れば出来る筈も無い道を選択した。
 だが、ロロは知らない。
 名も知らぬ王、ライの存在理由を知ったV.V.が、彼には決して危害を加えまいと心に誓っているという事を……。

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  
 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(中編)~

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 「先生。俺とロロに関する全てのイレギュラーを見逃してもらえますか?」
 ルルーシュが命じると、紅い鳥に心を蝕まれた監視員は頷いた。
 「分かった。そうしよう。二人とも、余り外を出歩くなよ?」
 「「はい」」
 そうして、何事も無かったかのように立ち去っていった。
 「残るメンバーは、ヴィレッタ先生だけだな?」
 最後の監視員にギアスを掛け終えたルルーシュが問うと、ロロは小さく頷きながら言った。
 「はい。しかし、枢木スザクが居ます。殺しますか?」
 「そういう事はもうやめろ。あぁ、それと……」
 「はい」
 「変な言葉使いは無しにしないか?俺達…兄弟だろ?」
 その言葉にロロの心の内に暖かい何か広がる。そして、それが後押しする。
 物言いたげな瞳で見つめるロロ。気付いたルルーシュが問う。
 「どうした?」
 「実は……もう一人居るんだ」
 「もう一人?二人以外にか?」
 思わぬ言葉にルルーシュが驚いた様子で尋ねると、ロロはそれ以上の言葉を告げた。
 「うん……でも、あいつにギアスは効かない」
 「なっ!?ギアスが効かない?どういう事だ?」
 「学園…というか、エリア11には居ないんだ」
 エリア11に居ないという答えに平静を取り戻したルルーシュは再び尋ねる。
 「そいつの名前は?」
 しかし、返事は無い。
 「ロロ。教えてくれないか?」
 怒る事無く柔和な笑みを向けるルルーシュ。その笑みに後押しされたロロは、一瞬躊躇したかのように言葉に詰まったが遂には告げた。
 ルルーシュが機情を掌握するに当たって最大の障害に成りうる男の名を。
 「……機密情報局長官、カリグラ。機情のトップに居る男だよ」
 「カリグラ…暴君の名前だな。どんな男だ?」
 「……」
 「ロロ?」
 再び黙り込んだロロに対して、ルルーシュは少々訝しみながら問うた。
 すると、ロロは視線を逸らすかのように俯くと言った。
 「そっくりなんだ。兄さ…ゼロに……」
 「何だと?」
 それはルルーシュでさえも全く予期していない答えだった。
 ルルーシュは詳しく尋ねるべく歩み寄る。すると、ロロは突然顔を上げると必死な形相で懇願した。
 「で、でも、心配しないで。彼奴は僕が抑えるからっ!!」
 ロロ自身、カリグラをどうにか出来るという明確な自信は現時点では無かった。
 そもそも、ロロは嚮団から派遣されて機情に席を置いているに過ぎない。
 その上、これまでのカリグラとの関係はお世辞にも円満とは言い難く、早急な関係の改善を図る必要があった。
 当然、それを知っていた訳では無いが、ロロの必死な形相を見たルルーシュは、果たして任せられるのか?と疑問を懐いた。
 そしてルルーシュが何事か語ろうと口を開きかけた時、不意に明るい女性の声が周囲に響いた。
 「あーっ!!二人ともこんな所に居た!会長、こんな所に居ましたよーっ!」
 「やぁ。シャーリー」
 声の主、シャーリーの姿を認めたルルーシュは咄嗟に普段の笑みを貼り付けるが、シャーリーは「今日は許さないっ!」といった様子で膨れっ面をしたまま詰め寄った。
 だが、その頬が少し紅潮してるのはお約束。
 「もうっ!最近は授業にも真面目に出るようになったと思ってたのに、こんな所で油売って!スザク君の歓迎会が近いんだよ?」
 「済まない。ちょっと用事があってさ。なぁ、ロロ?」
 突然話を振られた事に、ロロが「えっ?」と少々驚いた表情を浮かべると、それを見たシャーリーは勘違いした。
 「ロロのせいにしないの!ロロも無理に付き合う必要無いんだよ?」
 「そ、それは誤解――」
 ロロは慌てて否定しようとするが、生来、思い込んだら一直線な彼女に通じる筈もなく……。
 「いいから、いいから。駄目でしょ?ルル」
 最早、ルルーシュは苦笑するしかなかった。既にこの場はシャーリーが支配しており、撤退は容易では無い。
 それを理解していたルルーシュは、何とか上手く逃れられないかと話題を逸らす。
 「それにしても、良く俺達が此所に居るって分かったな」
 だが、ルルーシュには見えていなかった。絶対支配者が近づいている事に……。
 「そりゃあ、ねぇ?シャーリーはルルーシュの事になったらぁ……」
 突然響いたシャーリーとは別の女性の声。
 その声を聞いたルルーシュは、内心天を仰ぎたい気分になった。
 声の主は言わずもがな。この学園の首魁にしてルルーシュがコントロール出来ない唯一の存在、ミレイ・アッシュフォード。
 ニンマリと笑みを浮かべながら、その豊かな胸を強調するかのように腕を組んで仁王立ちしている彼女の姿を見たルルーシュは、瞬間、心の内で諸手を挙げて降参した。
 「な、何言ってるんですか!会長っ!!」
 慌ててミレイの元に走り寄ると顔を真っ赤にして抗議の声を上げるシャーリー。対するミレイは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
 「照れない、照れない」
 「べ、別に照れてなんか……」 
 そんなキャアキャアと騒ぐ二人を余所に、最早全てを諦めていたルルーシュはロロにだけ聞こえる声で呟いた。
 「ロロ。その男の事を詳しく話してくれないか?」
 「う、うん。でも、目と耳は至る所にあるから……僕の部屋でなら……」
 「ああ、それじゃあ夕方にでも――」
 「何話してるの?行くよー?」
 遮るかのように告げられた声。
 先程までの照れていた姿は何処へ行ったのか。ルルーシュ並の切り替えの早さを見せるシャーリーに、ルルーシュは軽く相槌を打つ。
 「ああ、今行く」
 そう言って二人は彼女達の元まで歩み寄ると、不意にミレイが言った。
 「そうそう、ロロ。さっきヴィレッタ先生が探してたわよ?」
 「先生が…ですか?」
 「ええ、何でも"相談"したい事があるって言ってたわね」
 その言伝にロロは一瞬だけ眉を顰めると、何を意味しているのか瞬時に思い至ったルルーシュが背中を押す。 
 「行って来い。こっちは俺達でやっておく」
 「ありがとう。兄さん」
 ロロは一言礼を言うと彼女達に会釈した後走り去って行った。
 ミレイはロロを見送ると残った二人に号令を掛ける。
 「それじゃあ、私達は準備に戻るわよっ!」
 「はーいっ!」
 「はいはい」
 元気一杯に返すシャーリーと、苦笑しながら返すルルーシュ。
 最後にルルーシュはロロが立ち去った方向に一瞬だけ視線を移した後、何事も無かったかのように彼女達の後を追った。

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 機情の地下施設に入ったロロは、そこでヴィレッタと会話している人物を見て少々驚いた。
 ――枢木…スザク……。
 「ロロ、遅いぞ」
 ヴィレッタの指摘を聞き流しつつロロは椅子に腰掛けると、ヴィレッタは再びスザクに向き直る。
 「それで、接触されてみて何か気付かれた点は?」
 「いえ、特に……」
 「ではやはり、対象の記憶は戻っていないと判断して――」
 「待って下さい。もう暫く調査が必要です」
 慎重な姿勢を崩さないスザクに、ロロは僅かに身を乗り出すと抗議の声を上げる。
 「僕達の監視が信用出来ないと?」
 「C.C.の件もあるだろう?君は今まで通り弟役を頼む」
 「…Yes, My Lord」
 ロロは面倒な相手だと思いつつも下手に勘繰られるのを避けるべく短く返すと、ヴィレッタが今後の予定を告げた。
 「生徒会主催で枢木卿の歓迎会を行うようです。そこで再度確認を」
 「分かりました」
 そこまで言った後、スザクは考え込むかのように瞳を閉じる。が、次の瞬間、意を決したかのように瞳を見開いた。
 「一つ、お願いしておきたい事があります」
 「何でしょうか?」
 不思議そうに問うヴィレッタと、無言で続きを待つロロ。
 スザクは一拍間を空けた後、重々しい口調で告げた。
 「今後、自分にも報告を上げて頂きたいんです」
 「それは……」
 予期していなかった頼み事にロロは内心舌打ちし、ヴィレッタは露骨に眉を寄せる。と、彼女の仕草をスザクは不思議に思った。
 「何か、問題でも?」
 問われたヴィレッタは背筋を正すと自身の考えを告げた。
 「貴卿は私共よりもルルーシュと接触出来る機会は多いかと思います。その上更に報告せよ、とは……失礼ですが、そこまでの必要性は無いのでは?」 
 「自分には軍務もあります。毎日のように学園に出席する事は出来ないんです。ヴィレッタ卿、お願い出来ますか?」
 「……どれ程の精度をお求めなのでしょうか?」
 「委細洩らさずにお願いします」
 スザクの注文にヴィレッタは少々困ったような表情を浮かべた。理由は簡単だ。
 機情の監視対象者には、確かにルルーシュも含まれているのだが第一目標はあくまでもC.C.なのだ。
 そのC.C.は、彼女の上司から直々に総領事館に居る旨の一報が画像と共に送られて来ていた。これはどうやって撮られたのか、ヴィレッタ自身未だに謎の部分なのだが……。
 故に、今重きを置くのはC.C.の動向であり、機情の戦力はほぼ総領事館周辺に傾注されていた。
 今のような多少緩めの監視報告ならば問題は無い。緩めと言っても、C.C.接触に対処するだけの人員は揃っていた。しかし、スザクは精密な報告を希望した。
 それを行うには今の人数では足らなかった。かといって、C.C.に充てている人員を順位の低いルルーシュに割り振る事は、余り好ましいとは言えなかったからだ。
 一方で、二人の会話を無言で聞いていたロロは内心苛立っていた。
 ロロも機情の実情は把握していた。
 スザクの願いを聞く事になれば手が足りなくなる。そして、その希望を叶える為には増員は必要不可欠だという事も重々承知していた。
 だからこそ苛立っているのだ。折角、ルルーシュが監視員にギアスを掛けて回ったばかりなのだから。
 要求を受け入れさせるのは避けさせたかったロロは行動を起こした。
 「それは僕達だけで判断出来る事じゃないですね」
 それだけ告げて、ロロは絶対に断るであろう男に連絡を取らせるべくヴィレッタを見やる。
 ヴィレッタは直ぐにロロの言わんとしている事に気付いた。
 そもそも。彼女も当初よりそのつもりだった。そういった裁量権は与えられて無かったのだから。
 「……少々、お待ち頂けますか」
 ヴィレッタは一言断りを入れてスザクに背を向けると、コンソールパネルに指を走らせ始めた。
 すると、それを再び不思議に思ったスザクが尋ねる。
 「何を?」
 だが、その頃には彼女の指は止まっていた。ヴィレッタは再びスザクに向き直る。
 「ロロも言ったように私共には決めかねますので、上の許可を――」
 「必要無い!!」
 突然の怒号。
 ヴィレッタは思わず後退り、ロロでさえも思わず目を見張る。
 先程までの平静さも何処へやら。「上の許可」という言葉に過剰反応したスザクは声を荒げた。
 「どうしてもと言うのなら、ナイトオブセブンとして命じる!ヴィレッタ・ヌウ!」
 「Y、Yes, My Lord!!」
 直立不動の姿勢で答礼するヴィレッタを見て、落ち着きを取り戻したのかスザクは軽く頭を垂れた。
 「すいません。声を荒げてしまって……」
 「く、枢木卿。どうか面を上げて下さい」
 よもやラウンズから謝罪されるとは思ってもいなかったヴィレッタは心底慌てた。
 だが、彼女がどれだけ頼み込んでもスザクが顔を上げる事は無かった。
 「お願いします」
 ただひたすらに頼み込む姿勢を崩さないスザクに、どうするべきか悩み続けるヴィレッタ。
 そんな二人の姿をロロが興味深げに見つめていると、ヴィレッタはとうとう根負けした。
 「分かりました。ラウンズである貴卿のご命令となると、私個人は拒否出来る立場には御座いません」
 ロロは思わず目を見張るが、その言葉にスザクは面を上げると謝辞を述べる。
 「有り難うございます」
 「い、いえ」
 そんな二人のやり取りを聞いていたロロは、文句の一つでも言ってやろうとヴィレッタを睨む。が、その時、部屋の中に聞き慣れた着信音が響いた。
 ヴィレッタは反射的に身体を震わせてスイッチに視線を落とすと、彼女の態度に相手を悟ったスザク。その瞳が薄暗い色を帯びる。
 「どうぞ、出て下さい。彼には俺から話を付けます」
 「た、助かります」
 ヴィレッタは安堵した表情を浮かべてスイッチを押すと、程なくしてその男は現れた。
 「何ガアッタ?」
 モニターに映る銀色の仮面。スザクは怨敵に瓜二つの仮面を被る男、カリグラをジッと睨み付ける。
 同時にカリグラもスザクの存在に気付いた。
 「ヴィレッタ、何故コノ男ガ其処ニ居ル?」
 「枢木卿は学園に復学されたとご報告――」
 「知ッテイル。私ガ言イタイノハ、何故コノ男ヲソノ部屋ニ入レタカトイウ事ダ」
 頬杖を付いて不機嫌極まりないといった様子で語るカリグラを尻目に、ロロは内心ほくそ笑む。
 その時、スザクが動いた。
 「入ってはいけなかったのか?」
 「無論ダ、私ハ貴様ノ入室ヲ許可シタ覚エハ無イカラナ」
 「君の許可が必要とは知らなかった」
 「デハ、二度ト其処ニハ入ルナ」
 「それは出来ない相談だ。それに、俺は君に命令される謂われは無い」
 「……ダロウナ。私モ"ラウンズ"ニ命令サレル謂ワレハ無イノダカラ」
 機情の長とナイトオブラウンズ。互いに皇帝直属である彼等に命を下せるのは文字通り皇帝以外存在しない。
 静寂が部屋を支配する。
 このまま牽制し合うだけの時間が流れるかと思われたが、それを無駄な時間だと理解していたカリグラは相手を変えた。
 「ヴィレッタ、用件ヲ」
 「はい。実は枢木卿がルルーシュの監視報告を要望されてまして、つきましては卿のご裁可を頂きたく通信致したのですが……」
 彼女は丁寧に説明するが、そこまで言って言葉に詰まる。すると、続きを請け負うかのようにスザクが告げた。
 「けれど、それはもう必要無くなった。そうですね?」
 「は、はい」
 短く同意するヴィレッタを見て、カリグラはスザクが言わんとしている事を理解した。それは、ある程度は予想していた事でもあったからだ。
 「………"ラウンズ"トシテ命ジタカ……」
 「そうだ」
 簡潔な肯定の言葉に仮面の下でライはスザクを睨み付ける。
 同時に、自身の懸案事項が現実の物となろうとしている事に歯噛みした。
 「勝手ナ真似ヲ……」
 「断るなら断るで構わない。だがその場合、俺は勝手にやらせてもらう」
 「………」
 頑として譲る素振りを見せないスザクの瞳。
 その大切な何かを失ったかのように暗く光る瞳を仮面越しに認めたライは思慮に耽る。
 勝手に動かれる事はライにとって好ましい状況では無かった。しかし、認めなければ面倒な事になることは請け合い。
 十分理解してはいたものの、簡単に認めてしまうのは何となく不愉快だった。
 ライは咄嗟にどうするべきか模索する。最も簡単な方法は直ぐに思い付いたのだが、生憎と手も声も届く距離には居ない。
 結果として、スザクの行動をある程度コントロール出来る方法等、一つしか無かった。
 だが、答えが出ているにも関わらずプライドが邪魔をするのか。彼にしては珍しく長考していると、この殺伐とした空気に耐えれなくなったのかヴィレッタが動いた。
 「あ、あの…カリグラ卿?」
 それが切っ掛けとなった。ライはカリグラの仮面を力無く左右に振って見せると結論を出した。
 「要望ハ"ルルーシュ"ノ監視報告ノ提供。ソレダケダナ?」
 「それと自分が軍務で居ない時、ルルーシュに何か変化があれば直ぐに知らせて欲しい」
 「……"ヴィレッタ"。要望通リニシテヤレ」
 「よ、よろしいのですか?」
 ヴィレッタは驚いた。よもやカリグラが許可するとは思ってもいなかったからだ。だが、それ以上に驚いたのはロロだった。
 ――不味いことになった。
 ロロが何と言うべきか言葉に悩んでいると、彼女の驚きを目の当たりにしたカリグラは軽口を叩く。
 「断ッテモイイゾ?」
 が、彼女にそのような事が出来る筈も無い。
 「い、いえ!その通りに」
 ヴィレッタが慌てて断りを入れると、スザクが謝辞を述べた。
 「協力感謝する」
 「貴様ガ私ニ礼ヲ言ウトハナ」
 「それぐらいは辨えてる」
 少々意外だったといった様子で語るカリグラにスザクは釘を刺すが、蒼い瞳は全てを見透かしていた。
 「本音ハ?」
 「……君の存在は不愉快だ」
 一瞬、間が空いたが、さして悪びれた様子も無く吐き捨てるスザク。対して、今度はカリグラが釘を刺しに掛かる。
 「ダロウナ。ダガ、コノ私ガ譲歩シタノダ。呉々モ言ッテオクガ、私ノ邪魔ダケハスルナ。邪魔ヲスレバ"ラウンズ"デアッテモ許シハシナイ」
 それは脅し以外の何物でも無い言葉だったが、スザクは怯まなかった。
 「その言葉、そっくりそのまま返す」
 再び睨み付けるスザクに対して、仮面の下ではライが妖艶な笑みを浮かべていた。
 「……貴様ヲ殺シテヤリタクナッタ」
 「でも、それは出来ない。違うかい?」
 「本当ニソウ思ッテイルナラ、愚カノ極ミダナ……」
 「君命に逆らう気か?」
 スザクが目敏く問い詰めるが、カリグラは無視して続ける。
 「……一ツ答エロ。貴様ノ目ニ"ルルーシュ"ハドウ映ッタ?」
 「どう、とは?」
 「何カ気付イタ点ハ無カッタカ?」
 「いや、今の所は何も無い。だが、三日後の歓迎会で全てを明らかにするつもりだ」
 薄暗い瞳に決意の光を宿すスザク。それを仮面越しに探るかのような瞳で見つめていたライ。不意にその心に嗜虐心が湧いた。
 「歓迎会ノ中心メンバーハ、"ミレイ・アッシュフォード"、"シャーリー・フェネット"、"リヴァル・カルデモンド"、ダッタカ?"ロロ"」
 ロロは突然話を振られた事に内心驚きつつも無言で頷く。
 「何が言いたいんだ?」
 一方で、カリグラの意図を理解しかねたスザクが問うと、仮面の下でライは今度こそ壮絶な笑みを浮かべながら口を開いた。
 スザクにとって、決して聞き流す事が出来ない言葉を……。
 「純粋ニ貴様ノ復学ヲ祝ウ仲間達ヲ欺キナガラ、嘗テノ友ヲ監視スル。今ノ気分ハドウダ?」
 「っっっ!!!」
 バンッ!!とスザクは両手を勢いよく机に叩き付けて立ち上がると、鬼のような形相で睨み付けた。
 その表情に背筋が凍るヴィレッタと一貫して無表情のままのロロ。
 一方、今のライにとってスザクのそれは愉快な見せ物でしか無かった。
 「精々、偽リノ友情トヤラヲ楽シムガ良イ」
 「カリグラァァッ!!」
 刃のように辛辣なその一言は、スザクの緒を容易く断ち切った。
 スザクは床に固定されている筈の椅子を力任せに引き抜くと、次の瞬間、モニター目掛けて投げ付けた。
 「く、枢木卿っっっ!?」
 ヴィレッタは慌てふためきながら、ロロは相変わらずの無表情でそれぞれ咄嗟に机の下に身を隠す。ロロはギアスは使わなかった。ヴィレッタと二人だけの極秘事項と思っていたからだ。
 ガシャァァァン!!という凄まじい音と共にモニターは破壊された。
 火花を散らすモニター画面。だが、通信機器は健在なようでスピーカーからはカリグラの哄笑が響く。
 「クハハハハッ!!ソレガ貴様ノ選ンダ道ダ。耐エラレナイノナラバ去ルガイイ……ソレト"ヴィレッタ"。早々ニ復旧サセロ」
 「Y、Yes, My Lord!!」
 ヴィレッタが机の下から這い出ながら応じる一方で、スザクは何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったのだ。スザクは、拳を固く握りしめると怒りに肩を震わせる事しか出来なかった。
 「当日、私ハ所用デ席ヲ外ス。タダ、何カアレバ一報ハ入レルヨウニシロ。報告ヲ楽シミニシテイル。デハ――」
 と、カリグラはそう言って通話を切ろうとする。
 だが、その時ヴィレッタよりも早く机の下から這い出したロロが呼び止めた。
 「待って下さい!」
 普段なら聞く筈もない。だが、強い口調で懇願するロロを怪訝に思ったカリグラは手を止めた。
 「……何ダ?」
 「監視員はどうするつもりですか?ルルーシュの監視を強化するのなら今のままでは人数が足りません」
 ロロは制服に付いた埃を叩きながら問うた。増員を決定する気なら直ぐにでもルルーシュに伝えなければと思っていたからだ。
 しかし、カリグラにその気は無かった。 
 「ソレニツイテハ現状維持デ良イ」
 その言葉に拍子抜けしつつも、増員しないに越したことは無いと思ったロロはそれ以上何も言わなかった。
 だが、それは又してもスザクには聞き流す事が出来ない言葉だった。
 「どういうつもりだ?」
 批難の色を隠すこと無く問うスザクの声を聞きながら、カリグラは語る。
 「C.C.捕縛ハ陛下ヨリ賜ッタ至上命題。居場所ガ明ラカトナッタ今、餌ニ対シテ増員スル理由ハ見受ケラレナイ」
 「だが――」
 「ソレニ言ッタ筈ダゾ?私ハ"ラウンズ"ニ命令サレル謂ワレハ無イ、ト。ソレトモ何カ?貴様ハ私ノ裁量権ニマデ踏ミ込ンデ来ル気カ?」
 「君はルルーシュを…ゼロを甘く見ている」
 「甘ク見テイレバ、貴様ノ要望ヲ受ケ入レタリハシナイ」
 「…………」
 スザクは思わず押し黙った。再び沈黙が辺りを漂う。すると、カリグラはそれを終了の合図と判断した。
 「話ハ終ワリノヨウダナ。デハ――」
 カリグラはそう告げると通信を切った。
 だが、言い返せなかったとはいえ納得出来なかったスザクはヴィレッタを問い詰める。
 「出来るんですか?今の人数で……」
 「それは…何とも……」
 出来ない等と言える筈も無い。
 ヴィレッタが言葉に詰まっていると、代わりにロロが口を開く。
 「出来ますよ」
 驚いた様子で振り向いたスザクに対して、ロロは少し言葉を変えて重ねるかのように言う。
 「やります」
 すると、ロロの瞳から滲み出る力強い光。それを決意と受け取ったスザクは小さく頷いた。
 「……分かった。君の言葉を信じる。それとヴィレッタ卿――」
 「何でしょうか?」
 「モニターの件申し訳ありません。修理に掛かった費用は自分に回して下さい」
 最後にそれだけ告げたスザクは踵を返すと部屋を後にした。
 そんなスザクの後ろ姿をヴィレッタと同じく無言で見送るロロ。その瞳が怪しく光る。
 ――残念ですけど、僕はあなたの期待に応える気は無いですよ?

――――――――――――――――――――――

 その日の夕方。
 歓迎会の準備からやっとの思いで解放されたルルーシュは、ロロから様々な情報を聞きだそうとロロの部屋に来ていた。
 だが、生憎ロロはミレイに捕まっており、まだこの部屋には戻っていない。
 今、ルルーシュはロロが来るまでの間、携帯片手にC.C.と連絡を取っていた。
 『そうか、学園は支配下に置いたか。流石だな、坊や』
 「詰めの部分が残ってはいるがな。ところで、そこに卜部は居るか?」
 『生憎、今は席を外している。藤堂達とトレーニング中だ』
 「そうか……なら詳細は後で伝えるとして、卜部にはニイガタでの物資受け取りに出向くよう準備を進めておけと伝えておいてくれ」
 1年近く拘束されていた他のメンバー達は今のニイガタ、いや、エリア11の現状を詳しくは知らない。
 方や卜部は1年間ブリタ二アの追跡から逃げ続けた実績がある。ルルーシュはこの任務に彼以上の適役は居ないと考えていたのだ。
 ルルーシュがそこまで考えている事を知っていたのか。または、さして興味が無かったのか。
 C.C.は『分かった』とだけ返した。 
 話が一段落したところで、ルルーシュは問う。自分にとって、目下最重要課題となっている二人の行方を……。 
 「何か分かったか?」
 だが、帰って来たのは落胆する結果だった。
 『いいや、何も。相変わらずお前の妹に関しても、ライの事に関しても。何も分からず仕舞いだ』
 「そう…か……」
 C.C.が一拍の間も置かずに返した事にルルーシュは、本当に探しているのか?と思いながらも、それを口に出す事無く少し暗めの口調で返した。
 すると、C.C.は何故か自分が悪いかのように思えてきた。
 『そういうお前はどうなんだ?』
 咄嗟に問い返すと、ルルーシュは慎重に言葉を選びながら言った。
 「一人、気になる男が居る…らしい」
 『らしい?』
 C.C.は何とも煮え切らない発言をするルルーシュを珍しく思った。
 「ゼロと同じ仮面を被った男。機情のトップに居る男だそうだ」
 『ギアスを使えば早かろう?』
 何を手を拱いているのかと思ったC.C.が一番手っ取り早い方法を提示したが、ルルーシュはあっさりと否定した。
 「このエリアには居ない。まだ俺も見た事は無いが、普段はモニター越しに報告を行うそうだ。ギアスは使えない」
 『……その男が学園に監視網を敷いたのだな?』
 言葉尻に不快な色を滲ませるC.C.をルルーシュは不思議に思った。
 「恐らくそうだろうな。だが、それがどうかしたか?」
 『いや、あの監視網には随分と苦労させられたと思っただけだ』
 「愚痴か?魔女らしくないな」
 『それ程に付け入る隙が無かったんだよ。だが、話を聞いているとその監視網も最早ザルに近いな』
 冒頭にルルーシュより今の学園の状況を聞いていたC.C.は素直な感想を口にしたが、ルルーシュは慎重な姿勢を崩さなかった。
 「表向きはそうだが、恐らくは……俺の変化を窺っている」
 『疑われているのか?』
 まるで他人事のように問うC.C.。ルルーシュは思わず眉を顰めた。
 「その可能性は否定出来ないが、忘れたのか?」
 『何をだ?』
 「機情の標的はお前だぞ!?お前が喰い付くのを待ってるという可能性もある!!」
 思わず声を荒げてしまったルルーシュだったが、C.C.はあくまでもC.Cだった。
 『やれやれ、モテる女は辛いな』
 彼女の軽口を聞いたルルーシュは、先程まで歓迎会の準備に追われていた事も影響したのか一気に虚脱感に襲われた。
 最早、文句を言う気力も失せてしまったルルーシュは、盛大に肩を落としてみせると話題を変えた。
 「兎に角、今は好機なのは間違いない。奴らに隙を見せたのが仇になった事を教えてやろう。この学園は、もうすぐ俺の自由の城になる」
 ルルーシュは自分を元気付けるかのように、口角を吊り上げて陰惨な笑みを浮かべると、不意にC.C.が呟いた。
 『そうか。それは…………頼もしいな』
 「……おい、今の間は何だ?何を考えている?」
 気になったルルーシュが追及するが、C.C.は何事も無かったかのように惚けて見せる。
 「ん?何も。あぁ……物資受け渡しの件は卜部に伝えておく。それじゃあな、おやすみ、ルルーシュ」
 「おい!まだ話は――」
 ルルーシュの引き留めも空しく、C.C.は通話を切ってしまった。
 「何なんだ?あの魔女は……」
 先程のC.C.の含みを持たせる態度を疑問に思うルルーシュだったが、答えは出なかった。
 ルルーシュは携帯から視線を移すと部屋の窓を見やる。外は茜色に染まっていた。
 「あいつはこんな時間から寝る気なのか?」
 そう呟いた後、ルルーシュはロロが戻るまでの間、ただ無言で夕陽を眺めていた。

――――――――――――――――――――――

 C.C.とルルーシュが話していた頃、政庁ではちょっとした騒ぎがあった。
 それを止めに入った同僚の姿を認めた騒ぎの元凶、ジノ・ヴァインベルグ。
 「おぉ!スザク」
 彼は自身の駆るナイトメア、トリスタンのコックピットから身を乗り出すと嬉しそうな声で名を呼んだ。
 そして、コックピットから降りたジノは破顔しながらスザクの元に駆け寄ると、対するスザクは少々呆れたように言う。
 「ジノ。ランスロットを持って来て欲しいと頼んだのに……」
 「あぁ、来週ロイド伯爵と一緒に来るよ。それより何だい?この服――」
 「学校帰りだからね、制服」
 「へぇ、これが……」
 興味津々といった様子でいるジノにスザクは苦言を呈する。
 「ジノ。幾ら名門貴族とは言え少しは普通の――」
 だが、ジノはそれを聞き流しながら背後に回るとスザクを抱き締めるかのように体を預けた。
 それはジノなりのスキンシップだった。
 それを理解していたスザクはその行為を拒否する事は無かった。いや、何度言っても聞かない事から半ば諦めに近い感情を持っていたと言う方が正しいかもしれない。
 しかし、自分よりも大きな相手に凭れ込まれては堪らない。
 「あの…重いんだけど――」
 スザクが抗議の声を上げた時、一帯に一人の女の声が響いた。
 『お仕舞い?』
  同時に一機のナイトメアが二人の前に降り立つと、その姿を認めたスザクは思わず呟いた。
 「モルドレッド…アーニャまで来ていたのか」
 『お仕舞い?』
 声の主はアーニャ・アールストレイム。
 彼女は、先程の自分の問いに対して答えが返って来なかった事からか今一度問うた。するとスザクの代わりに彼から身体を離したジノが答える。
 「終わりだってさ、スザクが」
 『ふーん………………つまんない』
 心底残念そうに呟いたアーニャはコックピット内で携帯を弄り始めた。
 ジノとアーニャ。
 二人の実力を良く知っているスザクにとって、軍事面でこれ程頼りになる援軍は無いだろう。
 スザクは、モルドレッドを見つめながら一人思う。
 ――これで、戦力は十分過ぎる程揃った。ルルーシュ、3日後の歓迎会で全てを明らかにしよう。

 ◇

 スザクが一人決意を懐いていた頃、通路の天上に巧妙に隠匿されていたカメラが三人の姿を捉えていた。
 それから送られて来る映像をモニター越しに眺めながら、彼等の会話に聞き耳を立てている人物が二人。
 その内の一人が言う。
 「盗撮と盗聴。共に感度は良好みたいだね」
 すると、もう一人はその言葉を少々不快に思ったようだ。
 「何となく嫌な響きだな……諜報活動と言え。V.V.」
 だが、指摘されたV.V.は愉快そうに笑みを溢すのみで反省の色を見せないかった。
 「ライ、君は妙な所に拘るよね。でも、政庁の至る所に取り付けるなんてさ……よく気付かれなかったね」
 「設置した者達は皆、元は優秀な鼠だったからな」
 関心した様子でいるV.V.を尻目にライはさも当然のように返した後、手に持ったティーカップに視線を落とすと感慨深げに言った。
 「しかし、便利な時代になったものだ」
 「それ、何だか古くさい台詞だよ?」
 軽口を叩きながらクスクスと笑うV.V.を余所にライは語る。
 「今も昔も、情報というのは鮮度が命だ。あの頃は早馬を出しても手元に届くにはそれなりの時間が掛かったからな」
 「人の歴史は戦いの歴史。戦争が通信技術を進歩させたんだよ」
 V.V.の指摘にライは成る程な、と思うと同時にその元凶の名を口にしようとする。が、V.V.の言葉がそれを遮った。
 「それをさせているのが神。でも、僕は思うんだ。人々を争わせる神なんて必要無い。そんな神様なら……殺してしまおうって」
 「それがお前の願いだったな」
 陰惨な響きを持ったその言葉に、思い出したかのように呟くライ。そんな彼の言葉をV.V.が補足する。
 「それだけじゃないよ。これは君の母親と妹の仇にもなるんだから」
 「ああ、だからこそ私はお前達と共に歩んでいる。その為ならば、どれ程汚れた事であっても行うまで。これもその一環だ」
 モニターに映る彼等の姿を眺めながら、ライは平然と告げた。
 今のライの行為は所属が違うとはいえ仲間を監視している事に他ならない。
 いや、ライ自身は仲間だとは思ってはいないが、それでも盗み見ているという事実に代わりは無い。
 端から見れば良心の欠片も無いと思われるに足る行為。
 だが、V.V.はそう思ってはいなかった。
 「諜報機材を設置したのは公の場所だけだよね?」
 「公室にも有る。だが、それがどうした?」
 「つまり私室には設置していないという事だね……僕はそこに君の最後の良心を感じるよ」
 良く分かってるでしょ?とでも言いたげに満面の笑みを浮かべるV.V.。
 だが、ライが真面目な表情を崩す事は無かった。
 「私は必要と認めれば私室であっても行うが?」
 「折角褒めてあげたのに……」
 呆れたように告げるV.V.を見て、ライは僅かに口元をつり上げた。
 「それは気付かなかった」
 「……嘘吐き」
 V.V.が軽く溜息を吐いてモニターに視線を戻すと、ライも同じように視線を戻す。
 「しかし、枢木一人でも億劫なのだが……よもやラウンズが増員されるとはな……」
 「君ならどうとでも出来るでしょ?頑張ってね。ライ」
 先程の事を引き摺っているのか、他人事のように語るV.V.。
 ライは、少々やり過ぎたと思いつつ、微苦笑を浮かべたその口元にゆっくりと紅茶を運んでいった。


最終更新:2009年05月31日 21:37
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