※
ライゼルに纏わる伝説。
僅か2年でそれまで数十年に及ぶ蛮族との戦いに勝利し北の地に追いやったライゼルは、次に当時のブリタニアと対立関係にあった周辺諸国へと進軍を開始した。
何故そんな国々があったかと言うと、時のローマ皇帝アウグストゥスが後にブリタニアの始祖となるアルウィンⅠ世に領土として認めたその島は、当初、様々な民族が住まう島であり、領地と言うよりは
やっかみ払いの為に与えた封土のような位置付けだった。
そして、ライゼルが即位した当時ローマは既に力無く、島は多様な民族が各々建国し覇を競い合う時代だった。
当初、何年も掛かると思われた進軍であったが、驚くべき事にライゼルは半年もしないうちに島の大部分を平定し時の皇帝に領地として献上したという。
当時としてもそれは異常な速度だったとある。どのような策を駆使したのか。年代記の中にはこう示されていた。
ライゼルは先の蛮族との戦勝祝いにおいて、当時対立関係にあった諸国の王達を招いた。
その席でライゼルの高説に心打たれた諸国の王達は、次々と頭を垂れると忠誠を誓った、と。
何カ国かは出席を拒んだが、彼等が宴での出来事を知った時には既に島のパワーバランスは崩壊していた。
圧倒的な軍事力を支配下に置いたライゼルは、時の皇帝に対して島の平定に乗り出すべきと上奏したという。
やがて、あらかた島を平定し終えたライゼルは、次にその牙を大陸に向けた。
これについては、何故かと言う事までは伝わってはいない。
ある歴史学者が言うには、本国への更なる忠誠の証だったとか、当時の皇帝が味を占めて大陸を強く望んだからだとか憶測は様々だった。
一方で、ある軍事評論家はこう語る。
当時のブリタニアは島国であったとは言え、大陸との間にあるのは海と呼ぶには余りに狭い海峡であり、当時の帆船技術を用いても攻め入る事は十分に出来た。
引くも攻めるも容易であった事から、防衛面では島国特有のアドバンテージは無いに等しい。
更には、僅か半年足らずで島の大部分を手中に収めた当時のブリタニアの姿は、大陸の者達には異常な存在に映った事だろう。
当時、大陸側でも同じように国家が乱立し小競り合いをしていたが、そんな最中に海峡を挟んで直ぐの位置に突如として強大な軍事力を誇る国が現れたとしたらどうだろうか?
畏怖の念を抱くには十分。何よりも、恐怖とは伝染するものだ。
恐れを懐いた国々が対抗する為に仮に共同戦線を張った場合、先手必勝とばかりに攻め入って来る事は十分想像出来る。いや、指導者であれば想定しておかなければならない。
当然、この王がその可能性を考えていなかったとは思えない。
だからこそ、そう簡単に攻め入られないよう大陸沿岸を支配下に置く為に先手を打とうとしたのでは無いか、と。
――その評論家の仮定は限りなく事実に近かった。当時のライは、既に自身の領土内で不穏な動きをする者は粛清し終わっていたが、それでも母親と妹を護るという強い決意を背負った彼の不安は消えなかったのだ――
結果、時の皇帝に文を送りながら水面下で沿岸部を統治していた貴族。
彼等を表向きは貿易と称して幾度か自領に招いていたライゼルは、皇帝の許可を得ると直ぐさま海峡を越えた。
その侵攻の矢面に立ったのが、当時、海峡を挟んで島の南側に位置していた国、後のフランスだった。
当初、ライゼルと共に海峡を渡った兵士達や本国で知らせを待つ皇帝でさえも、それなりの抵抗を受けるだろうと予想していた。
が、実際は何の抵抗も起きなかった事に驚いたばかりか、その場に居合わせた兵士達は目に映る光景に唖然とした。
沿岸を警備する敵国の貴族は、予め話が付いていたかの如く一切の抵抗を見せなかったからだ。
こうして、苦せずして大陸沿岸部を支配下に置いたライゼルは、次に内地への進軍を決めた。
最も、そこからは流石に相手も抵抗したが長くは続かなかった。何故か?
進軍を進めるライゼルに対して幾度と無く戦端を開いた貴族連合。
が、戦場でライゼルの声を聞いた兵士達は皆が皆、掌を返したかのように忠誠を誓ったのだ。
軍を送ればすべからく相手の力となり自らに跳ね返って来るのだ。
得体の知れない異様な力、悪魔が乗り移ったかのような力を見せつけたライゼルに、貴族達が恐怖した事も一因だった。結果、指揮系統は乱れに乱れた。
そうなってしまえば最早勝敗は決したも同然。
ライゼルに蹂躙され尽くした敵国は縋る思いで近隣諸国に援軍を求めたが、それも大した成果を上げられる事無く僅か二ヶ月足らずで陥落した。
その後は凄惨の一言に尽きる。
ライゼルは敵国に与したという理由で、近隣諸国にまで戦火を拡大した。
が、それは長くは続かなかった。
ある時、ライゼルの余りの苛烈さを咎めるべく時の皇帝が彼を呼び戻した。
呼び戻されたライゼルは本国に向かう前に一時自分の領地に帰還したのだが、その時、突然蛮族の再侵攻が始まったのだ。
これ程までに軍略に長けた王が何故蛮族を討ち滅ぼさなかったのか。これは歴史家達の間でも度々議論になっている事だった。
情けを掛けたと言う者もいれば、当時の皇帝に窘められたのだと言う者も居る。が、明確な答えは年代記の何処にも記述は無い。
だが、その後は明確に記されていた。
攻め入って来た蛮族に対して、兵士のみならず領民までも戦いに駆り出して迎え撃ったライゼルは、全てを焼き尽くすと自らも炎の中に消えた、と……。
その後、ライゼルという絶対の剣を失ったブリタニアの国力は次第に衰えていったともある。
また、それに比例するかのように大陸の植民地も息を吹き返し、遂にブリタニアは大陸からの撤退を余儀なくされた。
だが、それだけでは済まなかった。
当時から続く本国での皇位継承争いに乗じて各地で再び民族が蜂起した結果、島は再び数多の国々が覇を競い合う時代に逆戻りしてしまった。
この後、その戦いにも敗れ、ブリタニアという国は一度歴史から消える事になるのだが、年代記は語る。
ライゼルの残した爪痕は深かった、と。
後にブリタニアに代わって島を平定した国が国号をイングランドと変えた後でも、ライゼルの行った行為は後に大陸との間に100年戦争や薔薇戦争といった戦火をまみえる火種として燻り続ける事になるのだから。
しかし、それはまた別の話。
年代記は更に語る。
唯一残った嘗ての国の名を冠した小さな領地を護り続けた先祖達は、皇歴1807年。
エディンバラにおいて当時のブリタニア領主、リカルドがエリザベスⅢ世の窮地を救う事で再び歴史の表舞台に舞い戻った、と。
※
ノネットはそこまで一気に語ると少々疲れたのか一呼吸置いた後、言った。
「当時の…侵略された側にとっては忌むべき名だ。行ってみて思ったが、EUでは未だにそれが根強い。フランス辺りじゃ、北の海から来た悪魔とまで言うそうだぞ?」
長々としたノネットの語りを無言で聞いていたドロテアは、ようやっと何かを思い出したのか納得した様子で言う。
「確かにエリア1では面だっては無かったが、裏では賛否両論といった所だったな」
エリア1。旧国名をイギリスと言う。
嘗てEUの盟主を自負していたその国も世界進出の際には意の一番に攻め落とされ、今ではブリタニアの植民エリアとなっていた。
「あそこには元々あの王が統治した領地があったんだ。それと、当時真っ先に侵略された国もな。そうなるだろうさ」
ノネットが即答してみせると、ドロテアは顎に手を当ててポツリと呟いた。
「英雄にして狂気の王、か……」
「明けの明星にして狂える暴狂星とも言うな。だが、さっき言った話はお伽噺みたいなもんだ。年代記自体には他にも色々と齟齬する箇所があるからな。何よりも、声だけで他人を従わせられる力なんて有る訳ない。まぁ、王が実在したって事だけは事実みたいだが……」
「王の力については同意するが、それは皇族の神秘性を表したかったのかもしれないだろう?」
「それにしては、歴代の皇帝に関してそういった記述が一切無いのは何故だ?まるで、かの王だけが別格のような扱いだ」
これにはドロテアも反論出来なかった。
その言葉を最後に、二人が互いに思慮するかのような表情を浮かべていると、不意にモニカがこれ以上聞いていられないといった様子で口を開いた。
「ねぇ二人とも……さっきから不敬とも取れる発言を連発してるって分かってるの?同じラウンズとしても見過ごせないんだけど?」
「冗談に決まってるじゃないか。なぁ?ドロテア?」
「えぇっ!?冗談だったのか!?」
ジト目で追求するモニカに対して、ノネットはしれっと言い放つ。だが、ドロテアが彼女のような態度を取れる筈もない。
相変わらずの反応に苦笑するノネットに対して、ドロテアが額に汗を浮かべていると……。
「残念ね、報告する事が増えちゃったわ。あぁ、可哀想なドロテア。でも、私は帝国の為にも敢えて心を鬼にするわ」
モニカは天を仰ぐと仰々しいまで台詞を浴びせたが、その口元には微笑が浮かんでいた。
ノネットは直ぐに悪ノリしていると気付いたのだが、真に受けてしまったドロテアは真っ青な表情を浮かべていた。
すると、これ以上は流石に可哀想だと思ったのかノネットが割って入った。
「まぁ、待て待て。なぁ、モニカ。最近帝都に出来た人気の店。知ってるか?」
「……奢りかしら?」
その会話を聞いたドロテアは買収する気か?とも思ったが、ノネットが救いの手を差し伸べてくれた事に内心で感謝した。
が、残念ながらノネットにその気は更々無かった。
「勿論!ドロテアの奢りで」
「んなっ!?ま、待て、ノネット!私だけ――」
「無理ならモニカはお前を告発するぞ?」
そう言ってノネットが再びモニカに視線を移すと、モニカもモニカで再び天を仰ぐ仕草を見せる。
すると、ドロテアは半泣きに近い表情で縋るかのように指摘した。
「うっ!……モニカ!大体お前も名家の出じゃないか!奢って貰う必要なんて無いだろう?」
「あら、知らないの?経験上、人に奢ってもらうのって美味しさ3割増しなのよねぇ」
開いた口が塞がらないとは正にこの事なのだろう。
モニカの経験談を聞いたドロテアが呆然としていると、ノネットが更に詰め寄った。
「で、どうするのかな?ド・ロ・テ・ア?」
ハッと我に返ったドロテアは困ったような、それでいて何処か気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「いや……今月はちょっと色々と出費が嵩んで……厳しいというか何と言うか……」
「だから?」
「割り勘に……して……」
諸手を挙げて降伏したドロテア。すると、そんな彼女背中を楽しそうに叩きながらノネットは告げた。
「まぁまぁ。安心しろ。元からお前一人に奢らす気は無いさ。アーニャなら甘やかすのは駄目とでも言うだろうがな」
すると、ドロテアは若干咳き込んだ後、今この場には居ない同僚に思いを馳せる。
「あいつは、こういう事には容赦無いからな……そういえば、今はエリア11か」
「今一番厄介なエリアだな」
そう言ってノネットは急に真顔になると、モニカも後に続いた。
「そうね、もしエリア11が墜ちるような事にでもなれば今後の展開如何では――」
「全エリアで蜂起が起きる可能性も有る、か……」
再び呟くノネット。すると、彼女の憂いを帯びた瞳が気になったドロテアが問う。
「その為に陛下もラウンズを三人も遣わしたのだろう?」
「それは分かるんだけどなぁ……あの3人だぞ?」
「ノネットが行くよりは遙かに真っ当な人選だ」
思わぬドロテアの反撃に、一転して瞳を丸くしたノネットがモニカを見やると――。
「異議無し」
「ハハハッ!酷い言われようだ」
モニカにあっさりと肯定されたノネットだったが、彼女は実に楽しそうに笑った。
その後、彼女達は雑談をしながら廊下の奥に消えていった。
――――――――――――――――――――――
皇宮の外に待たせてあった車に乗り込んだライは、カリグラと共に一路離宮を目指していた。
ライは窓の外で煌びやかに光る帝都の町並みを全くの無感動といった表情で眺めていた。
彼等の後を一定の距離を空けて一台の車が追う。
すると、直ぐさま尾行されている事に気付いたライだったが珍しく何もしなかった。
「シュナイゼルも余程人員不足と見える。優秀であれば貰ってやってもいいが……不要だな」
追跡者の力量を推し計ったライは冷笑を浮かべた。
一方、期せずして難を逃れた追跡者達。その車内では助手席に座っていた男が指揮所と連絡を取っていた。
「対象は想定ルートを通って北上中。目的地はやはり離宮かと」
『例の皇子も一緒か?』
「はい」
『分かった。尾行を継続せよ』
「Yes, My Lord」
追跡者達は気取られている事も知らずに、一定の距離を取りながら追跡し続けた。
やがて、ライとカリグラ。二人を乗せた車がある通りに差し掛かると彼等は追跡を止めた。
『対象はセントダーウィン通りに入りました。これ以上の追跡は不可能』
セントダーウィン通り。そこはつい100年程前までは皇族専用の私道だった。今でも許可を得た車両しか走る事は許されていない。
知らせを聞いた揮官は苛立ちを隠す事無く告げた。
「これまでと全く同じか……分かった。お前達はその場で待機しろ」
『Yes, My Lord』
肯定の言葉を聞いた指揮官は、背もたれに身を委ねると腕を組み瞳を閉じて報告を待った。
一方、離宮に到着したライはカリグラを従えたまま脇目も振らずに自室に向かった。
途中、宮仕えしている従者達とすれ違ったが、彼等はライ達の姿を見ても無言で道を譲ると恭しく頭を垂れるのみ。
やがて、自室に辿り着いたライは扉を開けると部屋の中へ歩みを進めた。
部屋は皇族が住まう離宮にしては少々殺風景と言えた。入って右手には巨大な黒塗りの机と座り心地の良さそうな黒皮の椅子。
その正面の壁には巨大なモニターが埋め込まれていた。
ライは扉をロックすると、ここまで全くの無言で付き従っていたカリグラに向き直る。
「お前は着替えて本来の仕事に戻れ」
「Yes, Your Highness」
ライの命に短く答えると仮面を外すカリグラ。その下から現れたのはライに近い歳をして背格好も同じ程の青年。
この離宮に従者見習いとして使えていた彼は、人形のような表情そのままに着替え始める。
やがて、普段の服装に戻った青年はライに一礼した後、部屋を後にした。
「全く、面倒な事だな」
青年が去った後、ライは溜息を一つ吐くと同じように着替え始めた。
最後に仮面を被り終えると、机に埋め込んであるコンソールパネルに視線を落とす。
そこでは、紅く光るボタンが規則的なリズムを刻んでいた。
気付いたライは、椅子に腰掛けると頬杖をつく。
続いて、もう片方の手でパネルを操作するとモニターは低い起動音を室内に響かせるながら光を宿らせる。
対照的に、部屋の照明はその光度をゆっくりと落としていった。
――――――――――――――――――――――
時は少しだけ前に戻る。
ライが離宮の門を潜った丁度その頃。
「ナイトオブスリーも無茶をなさる……」
学園内の機情の地下施設では一人ボヤきながら、コンソールパネルを操作するヴィレッタの姿があった。
彼女は、学園で何かあった場合は直ぐに一報を入れるようにとの上司の命令通りに行動していた。
今、彼女が報告している事項は、先程の消火装置の誤作動の件だった。
ボヤくぐらいならば他の者に任せれば良いのだろうが、これは彼女のみに許された…もとい、彼女に課せられた義務のようなもの。
やがて、入力し終わったヴィレッタは椅子に座り上司からのコールを待っていると、突然横に人の気配を感じた。
驚いて立ち上がったヴィレッタが視線を向けると、そこには一人の少年、ロロの姿があった。
扉を開いた音も聞こえなかった事から、彼女は咄嗟にロロはギアスを使ったのだろうと理解したが、何故使う必要があったのかまでは理解出来なかった。
「ど、どうした?」
不思議に思ったヴィレッタが問うが、ロロは何も答えない。
代わりに、彼の手に持った銃が全てを告げていた。
自身に照準を合わせているその銃口を見た時、ヴィレッタは全てを理解した。
「まさか……お前……」
だが、ロロは相変わらず何も答えない。薄暗い光を秘めた瞳で見つめるのみ。
「ロロが……裏切った……」
信じられないといった様子で呟くヴィレッタに対して、ロロが冷え切った表情を崩す事は無かった。
だが、続け様に呟いたヴィレッタの言葉には少々眉を曇らせる。
「予測が現実になるとは……」
「何ですって?」
ロロの口から疑問が零れた時、不意に扉が開き片手に手提げ袋を持ったルルーシュが入って来た。
入って来るや否や、ルルーシュは雄弁に語る。
「ヴィレッタ・ヌウ。ゼロの正体を突き止めた功績を認められ、男爵位を得た女。だが、裏では黒の騎士団と通じていた」
「そのような背信を――」
「扇要」
咄嗟に否定しようと口を開くが、ルルーシュが告げたその名前にヴィレッタの表情が強ばる。
「彼との関係を知られれば、折角得た爵位を失う事になる。新しいあなたに生まれ変わりませんか?これシャーリーから預かってたんですが丁度良かった」
そう言うとルルーシュは手提げ袋を机の上に置いた。
が、ヴィレッタは尚も抵抗して見せる。
「私はあんな男の事など知らんっ!!」
「あんな男?」
白々しい様子でルルーシュが反芻する。その時になってヴィレッタは「しまった」といった表情を浮かべるが、もう後の祭り。口元に三日月を浮かべたルルーシュが問う。
「どうやら詳しくご存知のようですね。どんな男なのか教えて貰えますか?」
ヴィレッタは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべると、最後の抵抗か。黙りを決め込んだ。
だが、彼女が陥落寸前である事は目に見えていたルルーシュは、C.C.のアドバイスだという事に若干納得出来ない点はあったものの、笑みを浮かべた。
そんな時。それまで黙っていたロロが口を開く。
「ヴィレッタ。さっきの言葉はどういう意味です?」
薄々は感じ取ってはいたものの、ロロは尋ねずにはいられなかったのだ。そして、その勘は正解だった。
「あの方は、お前が裏切っている可能性も考慮しておられた」
「まさか……」
感じ取ってはいたものの、ロロの心に動揺が走る。
ロロは機情の情報は自分に名を与えてくれた王にも知らされている事は理解していた。バベルタワーの一件で、その日のうちに叱責されたのだから。
当然、今回の考えも王に伝えられている可能性は十分にある、と思った。よもや機情の長が当の本人だという事は夢にも思ってはいなかったが……。
ロロの額にうっすらと汗が滲むが、それを拭う事も忘れてただ呆然と立ち尽くすロロ。
一方で、一人置いてけぼりを食らっていたルルーシュが不愉快そうに問う。
「一体何の話だ?」
そんな彼の問い答えたのはヴィレッタだった。
「先程の学園での騒ぎは既に報告済みだ。直に連絡が――」
言うや否や、突如として部屋に短い着信音が鳴り響くと、ヴィレッタは瞳に絶望の色を浮かべながら呟いた。
「もう……終わりだよ……お前達も私も……」
ヴィレタがスイッチに手を伸ばした時、不意に銃声が響いた。
その事に、ルルーシュもヴィレッタも思わず動きを止めると音がした方向に視線を移す。
そんな二人が見たのは、銃口を天井に向けたロロの姿だった。驚いたルルーシュが問う。
「ロロッ!?お前いきなり――」
「兄さんは隠れてて!!」
「何を言って――」
「大丈夫だよ。上手くやるから!」
ルルーシュを説得するロロを尻目に、ヴィレッタは再びスイッチを押そうと手を動かすが、それを見咎めたロロは咄嗟にギアスを発動させた。
訪れる王の時間。
ロロは動きの止まったヴィレッタに歩み寄るとその背中に銃口を押し付けた。時は再び動き出す。
「ヴィレッタ……少しでも妙な真似をすれば……」
恫喝されたヴィレッタは背中に感じる冷たい感触も相まって、スイッチを押す一歩手前といった所で動きを止めた。
「騙し通せる事が…………出来ると思っているのか?」
「やらなければ、死ぬだけです。あなたは死にたいんですか?」
「………」
「助かりたかったら、僕の言う通りにシラを切るしか方法は無いんですよ」
ヴィレッタは躊躇したが依然として背中に感じる冷たい感触に押し黙らされてしまう。
対して、深く深呼吸して意を決したロロ。
彼は不承不承といった様子でいながらも、ルルーシュが願い通りにカメラの死角に身を潜めたのを確認すると……冥界へと続くスイッチを押した。
「ドウシタ?」
モニターには、スザクの時と同じように頬杖を付くと心底苛ついた様子でいる銀色の仮面が現れた。
その姿を部屋の隅より見たルルーシュは、驚愕に瞳を見開いた。
その瞳に映るのは、ゼロである時の自分に瓜二つの存在。同時に思い出す。
――こいつかっ!!
この男こそ以前ロロが言った男、カリグラ。機情のトップに君臨する男なのだという事を。
だが、不意に部屋の温度下がったような錯覚に陥ったルルーシュは僅かに身震いした。
それはヴィレッタ達も感じていた。だが、二人の場合はそれがカリグラからもたらされているものだという事を良く知っていた。
「さ、先程報告致しました通り、学園で騒ぎがありました」
「内容ハ?」
相変わらずな態度でカリグラが問う。
すると、モニターから漂って来る覇気に気圧されたヴィレッタ。その口から真実が零れ落ちそうになる。
「そ、それが……」
だが、それを察知したのか。ロロが即座に銃口を彼女の背中に強く押し当てた結果、ヴィレッタは言葉を呑み込んだ。
「っ!……消火装置の……誤作動だったようです」
「ソレニ至ッタ原因ハ?」
「目下調査中ですが、本来、枢木卿が乗る予定だったナイトメアに……ヴァインベルグ卿が乗った事も一因かと……」
ヴィレッタは、部下から知らされたばかりの報告を頭をフル回転させて繋ぎ合わせるともっともらしい言葉を紡いだ。
一見すると見事な芸当だが、彼女は元来優秀だ。
そうでなければ、一年近くカリグラに仕える事など不可能。
カリグラは使えぬ者は早々に切り捨てる。そんな性格の持ち主だったのだから。話を戻そう。
兎に角、それが甲を奏した。ヴィレッタ達の失態では無い事を知ったカリグラは、やや態度を軟化させた。
「"ヴァインベルグ"……"ナイトオブスリー"カ」
「はい」
先程までの覇気が消えた事にヴィレッタが内心胸を撫で下ろしつつ短くもハッキリとした口調で返すと、姿勢を正したカリグラは愚痴めいた言葉を発した。
「不快ナ連中ダナ。イッソ居ナイ方ガ清々スル。ソウ思ワナイカ?」
「私は、何も申し上げる事は……」
これにはヴィレッタは何と答えるべきか分からず、困惑した様子で返す事しか出来なかった。
だが、それは正解だった。カリグラは元から彼女に同意を求める為に問うたのでは無いのだから。
「下ラナイ事ヲ聞イタ。デ、"ルルーシュ"ニ変化ハアッタカ?」
「いえ」
「依然トシテ変化無シカ。……ソノ"ルルーシュ"ハ今何処ニ居ル?」
「そ、それは……」
予期していた質問とはいえ、問われた瞬間ヴィレッタは戦慄した。
この問いに困惑で返せば待っているのはカリグラからの叱責だからだ。
だが、この部屋に居るなど言える筈もなかった。
言うたが最後。暴君より報奨を賜る前に、背後に取りついた死神から死をもたらされるのだから。
この場合、ヴィレッタは先程のように何とか上手い理由を告げなければならないのだが、これについては部下からの報告も無く、ましてや暴君と死神に板挟みにされたような状況でまともな思考が出来る筈もない。
一方、死角で息を殺して事の成り行きを伺っているルルーシュも気が気では無かった。
だが、遂にヴィレッタは何も言えなくなってしまった。
その事を仮面の奥で目敏く認めたライが瞳を細めて追及するべく口を開く。
が、その前に流石に限界が来たと悟ったロロがフォローに入った。
「今は生徒会室で先程の騒動の事後処理に追われてますよ」
「……事後処理ダト?」
「ええ、消化装置の誤作動だと言ったでしょう?そこらじゅう泡だらけだったんで」
「……成ル程ナ」
出鼻を挫かれた形となり、ライとしては面白く無い。だが、淡々として一切の感情を面に出さずに告げたロロ。
普段と全く変わらないその態度は、ライのヴィレッタに対して懐いた疑念を払拭させるには十分なものであった。
一方、納得している様子でいるカリグラを見たロロはこれ幸いとばかりに問う。
「貴方は未だに疑ってるんですか?」
「藪カラ棒ニドウシタ?」
突然のロロの問いに、カリグラは少々拍子抜けしたかのように首を傾げるが、ロロは、尋ねるには今しか無いとの思いを胸に再び口を開いた。
「枢木卿も疑ってました。でも、あの人は今までの僕達の活動を知らないから――」
「知ッテイル筈ノ私ガ何故疑ウノカ。ソレヲ聞キタイトイウ事カ?」
「えぇ」
これ程までに疑うからには何かしらの理由がある筈。それが分かればルルーシュに注意するように言う事が出来る。
即ちルルーシュの役に立つ事が出来る。
少々危険な行動ではあったものの、ロロはリスクを背負わなければカリグラからは何も聞き出せないとの結論に至っていた。
一方、仮面の下で瞳を細めたライはロロの意図を探ろうとする。が、珍しく予測出来なかった。
結果、これぐらい告げても問題は無いだろうとの結論に至ったライは、要望に応える事にした。
「良イダロウ……"ヴィレッタ"」
「は、はい!」
「"ルルーシュ"ノコレマデノ"スケジュール"ハ手元ニアルカ?」
「御座いますが……」
「デハ、"ナイトオブセブン"復学ノ日付デイイ。読ミ上ゲロ」
その言葉を死角で聞いていたルルーシュは、何か気取られる態度など見せただろうか?と自身の行動を振り返るが、彼の頭脳を以てしても皆目見当がつかなかった。
同じく、カリグラの意図不明の発言にロロは眉をしかめると抗議の声を上げる。
「どういう事です?」
が、こういった場合のカリグラは鰾膠(にべ)も無い。
「黙ッテ聞クガイイ」
ロロの抗議があっさりと切り捨てられると、それを合図とするかのようにヴィレッタが読み上げ始める。
起床時間から朝食に至り、やがて学園での授業態度に差し掛かった時、カリグラは再び口を開いた。
「ソコダ」
「は?」
ヴィレッタは思わず素っ頓狂な声を上げ、ロロも首を傾げる。だが、部屋の隅ではルルーシュが一人戦慄していた。
「随分ト真面目ニ授業ニ出ルヨウニナッタナ?」
「それが何か?」
理解出来ないといった様子でヴィレッタが問うと、カリグラは静かに語り始めた。
「ソノ日ダケデハ無イガ、普段授業ヲ"サボリ"ガチダッタ"ルルーシュ"ガ急ニ真面目ニナッタ。遡ッテ行クトソレハ"バベルタワー"ノ一件以来、顕著ニナッテイル。私ハソレガ少シ引ッ掛カル」
――こいつっ!!
想像通りの言葉にルルーシュが冷や汗をかきながら柳眉を逆立てていると、ロロが再びフォローに動く。
「それは、危険を感じたからでは?」
「何ダト?」
これには、カリグラはロロの言わんとしている事が理解出来ず疑問の声を上げた。それを受けてロロは尚も語る。
「つまり、バベルタワーでの一件はルルーシュにとって今までの生活を改めさせる、それ程の大事件だったのでは無いかという事です」
ロロの言葉を聞いた瞬間、カリグラは似たような事例を思い出した。
「死刑囚ノ心理ニ近イナ。ダガ、一理アル……」
カリグラが肯定するとロロはここぞとばかりに畳み掛ける。
「何よりも、あの日以来ルルーシュにはずっと僕が付いてます。領事館の時も一緒でした」
「オ前ハ目覚メテイナイト自信ヲ持ッテイル。ソウ言イタイノダナ?」
「何なら、命も賭けましょうか?」
冷えきった瞳で告げるロロを見て、ルルーシュに対する疑念が氷解していくのを感じたライ。しかし、彼の心中には新たな疑念が沸き始めていた。
だが、それはライにとっては有り得ない事であり、彼は心中でそれを一蹴しながらも口にした。ロロに対する皮肉を込めて。
「デハ、最後ニ一ツ」
「何ですか?」
「今日ハ随分ト饒舌ダナ、"ロロ"?」
「っ!?」
「何ガアッタ?学園祭トヤラガ余程新鮮ダッタカ?」
カリグラの問いに一瞬度肝を抜かれたロロ。
だが、続いて問われた言葉に遊ばれているのだと受け取った彼は、カリグラを睨み付けると吐き捨てるかのように言った。
「あなたには関係の無い事です」
その行為もまた、正解だった。
――フッ。やはり思い過ごしか。
普段と何ら変わらぬロロの態度を見て、心中で結論を出したライは再び告げる。
「良イダロウ。ダガ、忘レルナ。学園ハアクマデモC.C.ヲ招ク為ノ狩場ダ」
すると、不意にヴィレッタが尋ねた。
「その事ですが、C.C.が現れなければ学園はこのままなのでしょうか?その……私の任務も……」
「現レナケレバナ。シカシ、目覚メタ場合、ソノ前提ハ覆ル。ソノ場合、最早ソノ学園ニ用ハ無イ。"ルルーシュ"ヲ捕ラエタ後ニ消去スル」
「消す?この学園を?」
カリグラが平然と告げた言葉に、ここに来て初めてロロは瞳を見開いた。
一方で、ヴィレッタは剣呑な表情を張り付ける。
「生徒達は如何なさるおつもりですか?」
「サァ?」
問われたカリグラがおどけた様子で首を傾げると、ロロが食い付いた。
「殺す気ですね……」
「………」
「なっ!?幾ら何でもそれは!!」
ロロの言葉を聞いても否定しなかったカリグラの態度にヴィレッタは慌てた。
すると、カリグラは再び首を傾げると問うた。
「ドウシタ"ヴィレッタ"、情デモ移ッタノカ?」
「そ、そういう訳では……」
ヴィレッタが言葉を濁すと、カリグラは呆れたように溜息を一つ吐いた後、言った。
「アレハコノ世デ一番無駄ナ感情ダ。覚エテオケ」
「それは……経験から来るものでしょうか?」
「……私ノ過去ガ知リタイノカ?」
値踏みするかのようなカリグラの問いに、ヴィレッタは一瞬聞いてみた衝動に駆られた。誰も知らない仮面の奥底に一体どんな過去があるのか、と。だが、直に思い直した。
触れてはいけない。聞いてはいけない。人には分相応な生き方がある。とてもでは無いがカリグラの過去に踏み込める程の器は自分には無い、と彼女は直感的に悟ったのだ。
「い、いえ。ですが、一般の生徒達には何卒寛大な処置をお願いします」
「クハハッ!ソウダナ。オ前ノソノ謙虚サニ免ジテ考エテオコウ」
ヴィレッタの申し出を聞いたカリグラはそう言って肩を揺らした後、話題を変えた。
「トコロデ、近々新総督ガ着任スル。当日ニ至ッテハ、"ルルーシュ"ノ監視ニ機情ノ戦力、ソノ全テヲ傾注シロ」
「どういう事です?」
スザクに対しては、増員はしないと宣言していたカリグラが急に方針転換した事を不思議に思ったロロが問うたが、カリグラは言葉を濁した。
「何レ分カル。目覚メテイレバ、コノ総督着任ヲ見過ゴス事ハ決シテ出来ナイ」
「まだそんな事を――」
「疑念ハ払拭サレテイル。コレガ最後ノ"テスト"ダ」
カリグラは普段と同じようにロロの言葉を遮ると通信を切った。
ロロが銃口を下ろすと緊張が一気に解けたのか。ヴィレッタは肩で息をしていた。
そんな彼女を尻目にロロは振り返ると部屋の角に居たルルーシュに声を掛ける。
「もう大丈夫だよ、兄さん」
すると、ロロに促されるかのように現れたルルーシュが現れた。だが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「何なんだ…彼奴は……」
「あれがカリグラ。枢木スザクよりも厄介な……僕達の敵」
手提げ袋の紐を力強く握り締めたルルーシュは、先程のカリグラの発言を思い起こして再び震えた。
極力目立つ行動は控えるようにしていたルルーシュは、授業にも真面目に出るようになっていた。まともに受けてはいなかったが。
実際、ヴィレッタはルルーシュが真面目に授業に出るようになった事について、特に疑問には思わなかった。
だが、カリグラはそんな些細な変化さえも逆に不自然だと思ったのだ。
「危険過ぎる……」
その異様な洞察力に危機感を抱いたルルーシュが呟くと、励ますかのようにロロが言う。
「でも、やるしか無いんだよ」
ロロの言葉を聞いたルルーシュは、一度大きく息を吸い込むと次には意を決したかのように言った。
「そう……だな。ロロ、お前の言う通りだ。やるしかない。それに、頼もしい仲間も増えた事だしな」
ルルーシュは手に持った袋を再び机の上に置くと、ヴィレッタに視線を向けた。
気付いたヴィレッタは思わず声を荒げた。
「ま、待て!私は――」
「ヴィレッタ、今更何を言うつもりです?あなたはあの男に嘘を吐いたんですよ?」
が、ロロの指摘にカリグラの性格を良く知っていた彼女はもう何も言えなかった。
仲間という言葉を嘲り笑い、部下を駒のように使い捨て、情さえも不要と吐き捨てる。冷徹非情な存在、カリグラ。
そんな男に向けて脅されていたとはいえヴィレッタは嘘を吐いた。一時的なものだったとしてもルルーシュ達の片棒を担いでしまったのだ。
ヴィレッタは「後で正直に告げて庇護を求めるべきか?」と悩んだが、直ぐに諦めた。
正直に話したところで、許しを得られるというイメージが一切浮かばなかったのだ。
「ヴィレッタ先生」
「な、何だ……?」
ルルーシュの言葉にヴィレッタは我に返る。
その時、彼女の瞳に映ったのは包装されたリボンを引きながら、薄紫の瞳に冷たい色を浮かべる魔人の姿。
「Happy birth day」
この日より、魔人と暴君に板挟みにされる事となるヴィレッタ。彼女の苦悩の日々が始まった。
最終更新:2009年09月28日 23:15