041-300 コードギアス 反逆のルルーシュ L2 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(後編) 01~ @ライカレ厨



 小気味良い足音を響かせながら、一体の着ぐるみが学園中を闊歩していた。
 その中で、額に汗を垂らしながら紅月カレンは一人愚痴る。
 「もうちょっとマシな変装するんだった……暑苦しいったらありゃしないわ」
 そう言って額から流れる汗の感触にカレンは不愉快そうに顔をしかめた。
 事の発端は、今朝の事。
 「C.C.。あんた何時まで寝てるのよ」
 領事館内にあるC.C.の部屋にノックせずに入ったカレン。が、部屋の中は蛻(もぬけ)の殻だった。
 「……何処行ったのかしら?」
 カレンは辺りを見渡すと、机の上に一枚の紙があるのが目に留まった。
 どうやら書き置きらしいと判断したカレンは手に取ると読み始めると、直ぐにその顔から血の気が引いていった。

 ――アレを取りに少し学園に行って来る――

 「……何よ…これ……」
 カレンは何かの間違いだろうと目を擦るが、文字が形を変える事は無かった。
 「何考えてんのよ!!」
 思わず紙に向かって怒鳴りつけると部屋を飛び出したカレンは頼りになりそうな存在、藤堂達の元に一目散に駆け出した。
 その藤堂はというと、部屋で四聖剣と慎ましやかな朝食をとっていた。因みに卜部は不在だ。
 藤堂の部屋に駆け込んだカレンは手に持った紙を渡すと開口一番問う。
 「どうしましょう?」
 「どう、と言われてもな。連れ戻す以外に方法は無いだろう」
 やや困惑した様子で言った藤堂は朝比奈が入れたコーヒーを一口含むと、口元を真一文字に結んで渋い顔をする。
 それを思慮してくれている思うカレン。だが、藤堂の右隣に腰掛けた朝比奈は「どうです?」とでも言いたげな笑みを浮かべていた。
 仄かに漂う醤油の香りに、彼の真向かいに座る千葉が抗議の視線を送ると、朝比奈の左隣に腰掛けていた仙波が独り言のように言う。
 「ですが、大勢で押し掛ける訳にもいきませんな」
 その言葉に反応した千葉と朝比奈は、無言でカレンに視線を移した。
 「わ、私ですか?」
 二人の視線に気付いたカレンが素っ頓狂な声を上げるが、千葉は燐とした声で諭すかのように言う。
 「学園の地理に詳しいのはお前しか居ないだろう?」
 それでもカレンの動揺は治まらなかった。
 「どうやって潜入すれば……」
 「変装するしか無いんじゃない?」
 朝比奈が苦笑しながら言うと、カレンは思わず眉を顰めた。
 「変装…ですか?」
 「そう、変装」
 「で、でも学園には知り合いが居るし、ちょっとやそっとの変装じゃ……」
 「今日は学園祭なんでしょ?人が多いし潜り込むには丁度いいんじゃない?」
 「な、何で知ってるんですか!?」
 カレンは昨晩C.C.から聞いたばかりの話がもう知れ渡っている事に驚いた。すると、朝比奈は再び苦笑した。  
 「昨日の晩、ニイガタに向かう前に卜部さんが言ってたんだよ。ついでに、C.C.は何か良からぬ事を考えている。気を付けろ、ともね。
まさか昨日の今日で行動に起こすなんて思ってもいなかったから、気を付ける時間なんて無かったけどさ」
 「はぁ……」
 朝比奈の説明を聞いたカレンが短く呟いた時、唐突に藤堂が口を開いた。
 「ところで、紅月君。彼女は一体何を取りに行ったんだ?」
 「えっ!?」
 思わぬ問いにカレンは瞳を見開いた。
 ゼロの正体を知った彼女からしてみれば、C.C.が学園に縁があるのは当然と言える。
 しかし、藤堂達からしてみれば理解出来ない事だった。
 良い言い訳が思いつけなかったカレンが言葉に詰まっていると、不意に仙波が指口を挟む。
 「いえ、中佐。この場合、彼女が学園と接点を持っていた事の方が重要ではないですかな?」
 それを聞いた千葉と朝比奈。二人は思いついたように席を立った。
 「そういえば……」
 「ねぇ、ひょっとしてゼロの正体って………………学生?」
 朝比奈の問い掛けにカレンは心臓が飛び跳ねるのを感じた。
 一時期、C.C.はゼロの愛人では無いかと騎士団内で話題になった事がある。そして、今現在ゼロは領事館内には居ない。
 朝比奈の問いはそれらを念頭に推理した結果、導き出されたものであったのだがそれは見事に当たっていた。
 だが、事実とは言えカレンが肯定出来る筈も無い。
 「そ、そそそんな訳無いじゃないですかっ!!!」
 「紅月、声が上擦っているぞ?」
 「う~ん。違うとしたら、何故彼女は学園なんかに行ったのかなぁ?」
 ジリジリと詰め寄る二人から逃れるように後退りながら、カレンはチラリと藤堂達に視線を移す。
 しかし、こういった時窘めてくれる筈の二人は興味深げな視線を送るのみ。
 オマケに、自分達以外で唯一ゼロの素顔を知る卜部は今は遠くニイガタの地。救いの手は望めそうも無かった。
 「そ、それは……」
 「「それは?」」
 見事にハモって見せる千葉と朝比奈。
 遂に壁際にまで追い詰められたカレンは、一人でどうにかするべきだったと悔やんだが後の祭り。
 だが、今は後悔している場合では無かった。
 何とかこの場を乗り切るべく冷や汗をかきながら模索した結果、カレンは心の底より詫びながら言葉を紡いだ。
 「その……C.C.はライの部屋に……」
 「「ライの部屋!?」」
 驚愕に瞳を見開いて再びハモる二人。それを好機と捉えたカレンは捲し立てるかのように言う。
 「そ、そうです!C.C.ったら騎士団のアジトだけじゃ飽きるからって、ライの部屋に何度か遊びに……」
 当の本人であるカレンは苦し紛れの一言だとの認識でいたが、彼等には効果覿面のようだった。
 「成る程、戦闘隊長殿は彼女とも仲がよろしかったですな」
 「そういう事か。それならば彼女が学園に縁があるのも頷けるな」
 藤堂と仙波は互いに顔を合わせて納得していた。
 「済まなかったな、変に勘繰ってしまって……」
 「ごめんね……」
 千葉と朝比奈もライ絡みとあればカレンに対してこれ以上の追求等出来る筈もなく、バツの悪そうな顔で謝罪した。
 「い、いえ!誤解が解けたみたいで良かったです」
 そんな彼等に向けてカレンは笑みを浮かべるが……。
 ――C.C.。怨むわよ。
 こんな事でライを引き合いに出したく無かった事もあり内心穏やかでは無かった。
 その後、擦った揉んだあった結果、朝比奈が何処からか見つけて来た巨大なラッコ、タバタッチの中に入ると地下階層を抜けて学園に潜入を果たしたカレン。
 彼女は今、クラブハウス内を彷徨っている最中だった。
 何故クラブハウスなのかと言うと彼女には確信があったからだ。

 ――やはりあれでないと駄目だな。坊やの部屋に置きっぱなしにしたのは不味かった――

 それは逃亡の最中、寝床で膝を抱えたC.C.が幾度となく言っていた言葉だった。
 「全く、覚えときなさいよね。あの女……」
 文句を言いながらもカレンはルルーシュの部屋に向かう。だがその途中、不意に彼女の足が止まった。
 カレンの左手には見慣れた扉があった。彼女は知っていた。それが誰の部屋だったかという事を。
 カレンは物を掴むようには出来ていないタバタッチの手を必死に操って、何とかドアノブを回すと部屋の中に足を進める。
 途中、入口で着ぐるみが詰まったりしたが無理矢理押し入った。
 「すっかり…変わっちゃったわね……」
 部屋の中を見たカレンの第一声がそれだった。
 今日の学園祭に使う為に運び出したのだろう。倉庫となっていたその部屋の中は散乱していた。
 カーテンは開いており、そこから差し込む日光が部屋の中を明るく照らしていた。
 そこは嘗てライが居た部屋であり、彼女にとって思い出が詰まった部屋だった。
 この部屋でカレンはライとたわいもない会話をし、時には愛を語ったのだから。
 だが、今は当時の面影は微塵も無い。
 戸棚も無ければそこに在った紅と蒼のお揃いのカップも、一緒に写っている写真立ても無い。
 ライが居たという物証は全てが幻であったかのように消え失せていた。
 だが、例えこの部屋に無くともライが居たという証拠は確かに有るのだ。カレンの心と左手に……。
 しかし、分かっているとは言えそれでも一時カレンは目に映った現実に悲しんだ。
 「生きてるなら……何で……」
 自分の元に戻って来てくれないのか。
 カレンは今すぐにでも着ぐるみを脱ぎ捨てて叫びたかった。
 だが、それが出来ない事を知っていたカレンは覚束無い足取りでフラフラと歩む。
 そして、窓際に至ると徐に窓の外へと視線を向けた。
 そこから見える景色は多少変わってしまってはいたものの、彼女にとっては一年ぶりに見る景色だった。
 不意に、カレンの脳裏に結納前日この部屋でライと交わした言葉が過ぎる。

 ◇

 ――カレン、外なんて眺めて…何を黄昏てるんだ?
 ――そんなんじゃないわ。
 ――じゃあ、どうしたんだ?
 ――えっとね……明日、ライと一緒になれるんだって考えるとね……。
 ――考えると?
 ――し、幸せだなって思ってただけ!
 ――なら、僕も窓の外を見ないといけないな。僕も……幸せだと思ってるから。

 ◇

 「ライ…今の私は幸せじゃないわ……」
 そう呟いて項垂れるかのようにカレンは視線を落とす。
 すると、その瞳に飛び込んで来たのはクラブハウス裏に置いてあるコンテナと、その上で何やら会話をしている二人の姿。
 「見付けた!!しかもルルーシュまで!」
 言うや否や、カレンは着ぐるみを勢い良く反転させると扉に向かって一目散に駆け出した。
 途中、再び詰まるが同じく何とか通り抜けると、最後に名残惜しそうに一瞬だけ部屋の中に視線を送る。
 が、それを打ち消すかのように勢い良く首を左右に振ると、彼女はC.C.を捕まえるべく再び駆け出していった。

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 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 ~ TURN03 ナイトオブラウンズ(後編)~
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 学園でスザクの復学祝いが始まっていた頃。
 世界の三分の一を支配する超大国、新生ブリタニア帝国本国には夜の帳が落ちていた。
 その帝都、ペンドラゴン。
 そこは各地のエリアより吸い上げられた富が集まる場所でもあり、帝都では常日頃より至る所で貴族達の晩餐会が開かれている。
 ブリタニアを憎む者が訪れれば、さながら貴族達の見本市だと皮肉めいた言葉の一つでも吐き捨てる事だろう。
 だが、その帝都の中に在って訪れる来賓の品位が別格とも言える場所がある。
 各地の領主や貴族達が皇帝に謁見を求める為に訪れる皇宮だ。
 来賓もさることながらその警備も並々ならぬものがあり、皇宮は普段から人の往来が途絶える事はまず無い。
 だが、一年程前のある日の事。
 皇帝シャルルの命により月に一度だけ、皇宮はごく限られた者以外一切の人の往来を拒むようになった。
 当初、その勅命に貴族達は大層訝しんだが、それを皇帝に問う事が出来るような勇気ある輩は一人として居なかった。
 皇帝もまた明確にその理由を説明する事も無く、やがて貴族達はその日を「月の日」と揶揄するようになった。
 今日が正にその日だった。
 静まり返った皇宮の一室では、長大な机を挟んで二人の人物が食事をしていた。
 一人は老いに片足を突っ込んだかのような白髪。だが、その容姿と相反して男の持つ薄紫色の瞳は一切の老齢を感じさせぬ程に若々しい。
 男の名はシャルル・ジ・ブリタニア。この皇宮の主であり、世界の3分の1を支配する帝国の主でもある。
 そんな男と相対するのは灰銀色の髪に蒼い瞳をして、端正な顔立ちをしたうら若き青年、ライの姿だった。
 二人の間に会話は無い。
 各々、全くの無言で食事を口元に運ぶ作業を繰り返している。
 部屋の中には彼等以外にも数名の人影が映える。だが、人かどうかと問われれば怪しいものだ。
 ライの直ぐ脇に控える銀色の仮面、カリグラは直立不動のまま一切の言葉を語る素振りを見せない。
 また、壁伝いに控えている女中達は人形のように一切の言葉を発する事無く、各自の役割を果たす為、ただそれだけの為に控えていた。
 これは実質シャルルとライ、二人だけの晩餐会と言えた。
 だが、皇帝が催したにしては日頃帝都の各所で催されている貴族達のそれと比べると余りにも質素と言える。
 しかし、この光景を目の当たりにすれば貴族達は大層驚くとともに羨望の眼差しをライに送る事だろう。
 かの皇帝と晩餐を共にする事を許されているのだから。
 やがて、食事も一通り終わったライは口元を軽く拭いた後、口を開く。
 「ナナリーの出立は明後日だったか?」
 問われたシャルルは杯の中身に口を付けた後、応じた。
 「それが何か?」
 「……いや、何でもない……」
 この異様に静まりかえった状況を打開すべくライは口を開いたのだが、続く言葉を思い付けなかった。
 普段は決まってV.V.が二人に話を振るのだが、生憎今日は参加していない。
 ライはたわいもない世間話は苦手だった。特に目の前に居る男、シャルルに対しては。
 黄昏の間で饒舌に話しているのは、話題があるからなのだ。
 ――これ程、彼奴に居て欲しいと思った事も無いな……。
 ライが心中でV.V.の有用性を実感していると、今度はシャルルが口を開いた。
 「時に、御主はナイトメアを所望したと聞いたが?」
 シャルルの方から話を振って来た事にライは内心安堵しつつ、杯を手に取ると答えた。
 「ああ、それがどうかしたか?」
 「丁度、その頃には完成するとの報せを受けておる」
 「何故お前がそれを言う?嚮団の技術者が造っているのでは?」
 ライが眉を寄せると、シャルルは口元を僅かに綻ばせた。
 「手に余るそうでな。今はキャメロットに作製させておる」
 「キャメロット…枢木の機体を造ったところか……」
 キャメロット。旧称を特別派遣嚮導技術部という。嘗て、そこが造り上げた一機のナイトメア。
 現在、敵国よりブリタニアの白い死神と恐れられている機体、ランスロットのスペックを思い起こしたライは「楽しみだ」と続けた後、杯の中身を飲み干した。
 すると、壁伝いに控えていた女中の一人が歩み出て注ぐ。
 注ぎ終わった女中は、一礼するとまた元の位置に下がっていった。
 ライは満たされたばかりの杯を遊ばせて、その中で揺れる紅い液体を眺めながら話題が出来た事に口元を緩める。
 因みに、杯の中身は酒精ゼロの葡萄酒だ。
 「確か、その者達もナナリーと共に日本に向かう予定だったな?」
 シャルルはライの意図に気付いたのか、何も答えず眉を顰めると続きを待った。
 「受け取るついでに私も同行する事としよう」
 「御主がエリア11に降り立つ事を認めた覚えは無い」
 予想通りだったのか、シャルルは「委細認めぬ」といった口振りで断じたが、ライは愉快そうに返す。
 「分かっている。途中で引き返せば問題は無いだろう?」
 そう言ってライは再び杯を口元に運ぶ。そんなライの様子をシャルルが鋭い瞳で見つめていると、杯を置いたライは理由を告げた。
 「ゼロがルルーシュなら、ナナリーを警備が厳重な政庁に入られる前に奪いに動くだろうからな」
 「現れれば確定となる、か……」
 どこか感慨深げな表情を浮かべるシャルル。だが、ライは同意しなかった。
 「どうかな?ゼロの力を再び内外に誇示する為に先手を打ったとも考えられる。若しくは、再び活発化しつつある他のテロ組織に対する鼓舞か……」
 そこまで語ると、ライは一息入れるかのように背もたれにその身を委ねた。
 「何れにしても、今はあの仮面を剥ぐ以外にゼロがルルーシュであるかどうかを確認する手立ては無い。最も、私が確信出来うるだけの状況証拠でもあれば別だがな」
 「今は疑惑を積み重ねておる最中という訳か……その為に、増員も控えたのだな?」
 「ああ、中々尻尾を見せないからな。監視を緩める事で変化があるか探っている所だ。同時に、C.C.の出方もな。総領事館の地下階層は全くの無防備にしてやった。通りたければ通るだろう」
 目元を緩ませながら、ライは更に語る。
 「だが、そもそもルルーシュにはギアスが有る。既に目覚めていればの話だが、増員は相手の手駒を増やす事に成り兼ねない……いや、ロロのギアスの前では杞憂か」
 愉快そうに口元を歪めるライを見て、シャルルは咎めるかのように問う。が、彼の口元も同じく歪んでいた。
 「楽しんでおるな?」
 「駄目か?」
 「いや、良い」
 愉悦を含んだ口調で告げたシャルルは一拍置くと再び口を開く。
 「良かろう。乗艦許可の件、ナイトメアと併せて手配しておこう」
 シャルルがライの望みを聞き届けた時、扉をノックする音の後に扉越しに渋い男の声が響いた。
 「皇帝陛下。御迎えに上がりました」
 「入れ」
 声の主を認めたシャルルが許すと重厚な響きと共に扉が開く。扉の向こうには、騎士の装いをして白い外套を身に纏った一人の男が立っていた。
 静かな足取りで入って来た男の姿を認めたライは、微笑を浮かべると彼なりの労いの言葉を掛ける。しかし、その瞳は笑ってはいなかった。
 「毎度の事ながらご苦労な事だな、ビスマルク」
 「ライゼル……」
 ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。
 名実共に帝国最強の騎士として君臨する彼は、その挑発めいた響きを含んだ言葉に剣呑な表情を貼り付ける。すると――。
 「そうだ、時と場所を辨えて使え」
 ライは愉快そうに目元を緩ませた。

 ――ライゼル・S・ブリタニア――

 その名は帝国にとって神聖なものであり、普段は皇族であっても口にする事は許されない。
 では、何故ビスマルクは敢えてその名を呼んだのかと言えば答えは簡単だ。
 ライという呼び名は嘗て彼が心許した者にのみ呼ぶ事を許した名。最も、嘗てその名を呼べたのはたった2人だけだったが……。
 だが、普段その名で呼んでいる皇帝とV.V.に対しても、ライは完全に心を許した訳では無い。
 なし崩し的に認めざる負えない状況になった結果、大層不満ではあったが許可したに過ぎない。
 一方で、ビスマルクに関しては公の場で呼ぶ事を除けばライは二人のように許可してはいなかった。
 ライとビスマルク。
 あの日以来、二人の仲はお世辞にも芳しいとは言えなかった。
 ライがルキアーノを危うく殺し掛け、ビスマルクがそれを間一髪といった所で止めたあの日だ。
 あの後、ビスマルクは厳重に注意したがこの尊大な王が聞く筈もなかった。
 二人は暫しの間互いに無言で視線をぶつけ合う。
 すると、不意にビスマルクの表情が曇った。
 ライの座る椅子に立て掛けてある白鞘に収まった刀と、カリグラの仮面を被る者が腰に据えている深紅の剣を見たからだ。
 ビスマルクの瞳が鋭さを増した。
 自身が崇拝して止まないシャルルの前で帯刀する事が許せなかったからなのだ。
 が、ここに持ち込んでいるという事はシャルルもそれを許可しているという証明でもある。
 シャルルを差し置いて咎める事等出来る筈も無かったビスマルクは、瞳に批難の色を浮かべるに留めた。
 しかし、ビスマルクはライを批難する為に入室した訳では無い。
 何時までも睨み合っている訳にもいかなかった彼は、視線を逸らすとシャルルへ向けて頭を垂れる。
 「直に定例報告が始まります」
 「相分かった」
 シャルルは短く答えて席を立つ。
 すると、ライも椅子に立て掛けてあった批難の元を手に取り腰に据えると後に続いた。
 「では、私も準備をするとしよう。行くぞ、カリグラ」
 「Yes, Your Highness」
 ライの命に機械的に返すカリグラ。
 ライはカリグラを従えてビスマルクの脇を通り過ぎると扉を開いたところで足を止めた。
 「宵のうちに空港へ向かう。件の件、忘れるな」
 シャルルに念を押したライはカリグラと共に扉の奥に消えていった。 

――――――――――――――――――――――

 人気の無い皇宮の廊下を騎士の装いをした三人の人物が歩いていた。各々の色に染め上げられた外套を翻しながら。
 不意に中央を歩む者が口を開く。
 「全く、こうも静かだと不気味だな」
 「聞き飽きたぞ、ノネット」
 ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム。
 ラウンズの女性メンバーの中では最年長に当たる彼女だが、普段は猫のように自由奔放な性格が目立つ。
 が、その反面、面倒見の良い性格も持ち合わせており、軍内部や他のラウンズからも慕われている。
 だが、今はその普段の性格が面に出ていた。彼女は同僚の苦言をあっけらかんとした口調で右から左に聞き流したのだ。
 「そりゃ済まなかったなぁ、ドロテア」
 ナイトオブフォー、ドロテア・エルンスト。
 ノネットとは士官学校で2つ下の後輩に当たる。
 その為、ラウンズを拝命した当初は敬語で接していた彼女だったが、ある日「同じラウンズとして肩を並べているんだ。堅苦しい敬語は止めよう!」とノネットに提案された。
 規律を重んじる性格だった彼女は、その提案に大層困惑したが「止めないなら、あの事バラそうか?ん?」と満面の笑みで問われて以降、使う事は無い。話が逸れた。
 ドロテアが相変わらず自身の忠告など意にも返していない様子のノネットを見て軽く溜息を吐いていると、最後の一人が憂鬱な表情のまま呆れたように呟いた。
 「貴女は気楽でいいわよね」
 「どうしたんだモニカ?随分とご機嫌斜めなようだが……あの日か?」
 ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキー。
 3人の中では一番年下に当たる彼女だが、今就いている要職の影響か。精神年齢は案外一番上かもしれない。
 彼女も拝命当初ノネットに同じ事を言われたのだが、ドロテアと違い二つ返事で承諾して今に至る。
 「オヤジみたいな事言わないでくれない?」
 モニカはノネットの軽口に大層気分を害したようで、ムッとした表情でピシャリと言い切ったが、直ぐに表情を戻すと手に持った分厚い書類に視線を落とした。
 一方、ドロテアは自身の手にある数枚の書類と彼女のソレを見比べて苦笑した。
 「モニカはロイヤルガードの責任者だからな。報告する事も一番多い。良くやっていると思う」
 「毎回してるじゃないか」
 感服した様子でいるドロテアとは対照的に、砕けた口調で語るノネット。モニカは深い溜息を吐いた。
 「何度やっても緊張はするのよ」
 「そういうものか?」
 「そういうものなのっ!!」
 モニカが断言すると、ノネットは肩を竦めて戯けた仕草を見せながら相手を代えた。
 「ドロテアは?」
 「今回は衛生エリアの視察だったからな。特に問題も無かった事だし、30分もあれば報告は終われるさ」
 短くて30分。モニカは一体何時間話す羽目になるのだろうか。
 終わったとしても、その後はビスマルクと一対一の協議が待っているのだ。モニカの憂鬱さも納得出来るというものだろう。
 厳つい上司の表情を思い起こしたモニカが軽く溜息を吐いていると、ドロテアは一瞬だけ何処か羨ましがるかのような視線を送った後、隣で悠々と歩んでいる先輩兼同僚に視線を向けた。
 「ノネット、お前こそどうなんだ?」
 「ん?あぁ、私か?そうだな……今回はEU戦線に少し顔を出したが、張り合いの無い連中ばかりだ。報告する事は何も無いなぁ。ルキアーノは楽しんでいた様だが……」
 「そんな事を言って。またコーネリア殿下を探しに行ったのだろう?」
 「ハハッ!バレたか。あぁ、そのついでだ。殿下は何処に行かれたのだろうな……」
 ノネットは物思いに耽るかのような瞳で虚空を見やる。
 そんな彼女をドロテアが「やれやれ」といった様子で見つめていると、モニカが疑問を口にした。
 「ルキアーノはまだEUに?」
 「あぁ、彼奴は報告書を作成するような柄じゃ無いしな。私もだが」
 所在無さげに両手を軽く振って見せるノネットを見て、ドロテアは苦言を呈する。
 「ノネット。そういった所を直しさえすれば、お前の実力ならもっと上の――」
 「私はナインの称号が気に入ってるんだ」
 苦言を遮るかのように言うノネットに向けて、ドロテアは心底呆れた様子で言った。
 「名前と同じだからだろう?」
 「当たりだ」
 「全く……モニカも何か言って――」
 破顔するノネットに対して、ドロテアはほとほと困り果てた様子で助けを求めたが返答は無かった。
 「どうした?」
 気になったドロテアが彼女を見ると、モニカは少し緊張した面持ちで正面を見据えていた。
 続いてドロテアは、直ぐ傍を歩くノネットにも視線を向ける。すると、先程までとは打って変わって彼女は剣呑な表情を貼り付けていた。
 そんな二人に釣られるかのようにドロテアが正面を向くと、遥か前方より向かって来る二つの人物の姿が見えた。
 彼女達とその者達は、互いに歩みを止める事無く歩み寄る。
 やがて、彼女達は相手の姿が視認出来る距離まで近づいた時、歩みを止めた。
 向かって来る人物の正体は、豪奢な皇族の衣服に身を包み純白の外套を翻しながら歩むライと、銀色の外套を翻して彼の背後を付き従うかのように歩む仮面の男、カリグラの姿だった。
 彼女達は誰からという訳でも無く、廊下の端に寄ると軽く頭を垂れる。
 期せずして道を譲られた格好となったライ達ではあったが、見向きもせずに傍を通り過ぎると廊下の奥に消えて行った。
 姿が見えなくなったのを確認した彼女達は再び歩き始める。すると、不意にノネットが言った。
 「いつ見ても思うが、珍しい組み合わせだな」
 「あぁ……」
 「どうしたの?」
 ドロテアの生返事が気になったモニカが問うと、問われた彼女は渋い顔をしながら言った。
 「少し……やり過ぎだとは思わないか?」
 「カリグラの事?」
 ドロテアが首肯すると、ノネットはやれやれといった様子で彼女の頑固さを嘆きつつも口を挟んだ。
 「随分と悪どい事をしてたんだから仕方ないさ。情状酌量の余地は無いだろ」
 「そうよ。よりにもよって麻薬を密売するなんて、貴族の風上にも置けない連中よ」
 「だが、裁判を受けさせる事もしないとは……」
 彼女達が話しているのは、カリグラの所業についてだった。
 機情の長として噂が流れ始めた当初、カリグラはモニカが言ったように裏でその取引を仕切っていた貴族を粛清したのだ。
 粛清と言うだけあって、それはアッシュフォード家が今現在味わっているような没落では無く、家そのものの消滅だった。
 尤も、これは内容が内容だけに今もなお箝口令が敷かれており、一部の者達を除いて一般市民には知らされていない。
 当然、ラウンズとして帝国中枢に席を置く彼女達は知っていた。
 序でに言うと、摘発から刑の執行、その後の情報操作までの一切を取り仕切ったのが機情だという事も。
 しかも、ドロテアが言ったように裁判等の法的手続きを一切取らず、主犯格であった当主達は逮捕された3日後に処刑台へと送られた。
 ドロテアも、儲ける為に麻薬を蔓延させようとした貴族の罪は赦されるものでは無いとの考えでいる。
 だが、彼女はラウンズの中でも堅物な性格で有名だった。それは、ノネットから女ビスマルクとまで揶揄される程だ。

 ――尤も、当の本人は表向きは畏れ多い事だと言いつつも、裏では密かにそれを気に入っていたりするのだが――

 彼女の心中には、せめて公正な裁きの場で然るべき処罰を下すべきでは無かったのか、との思いが未だに燻っていた。
 それを察したのか。ノネットはドロテアの肩に軽く手を添えると宥めるかのように問う。
 「しかしだ、裁判をすっ飛ばした結果、植民エリアで同じように手を染めていた連中は手を引いたぞ?証拠に各エリアの治安状態も向上してるだろ?」
 「それはそうだが……」
 一部、未だにその甘い汁が忘れられずに続けている連中も居るには居たが、以前と比べると出回る量は格段に落ちていた。
 奇しくもノネットに指摘される形となってしまったドロテアは、不承不承といった様子ではあったが頷いた。
 彼女も良く分かっていたのだ。
 モニカにラウンズ以外にロイヤルガードの責任者という職務があるように、ドロテアにも職務があった。
 彼女の職務は、各エリアの治安状況並びに軍事拠点を視察する査察官。
 他にも各地のエリアを治める総督達に軍事的指導を行ったり、軍部の規律が乱れていないか。乱れていた場合は律するといった職責も背負っている。
 当然、エリアを訪れる回数もラウンズの中では突出していたし、件の件以降、各エリアの規律が正されつつある事は彼女自身その目で見て十分に理解していた。
 視線を落としたドロテアが心の内で葛藤していると再びノネットが口を開く。
 「私はお前の行動は正しかったと思う」
 「私もよ」
 「えっ!?」
 慌てて顔を上げたドロテアの目に飛び込んで来たのは、微笑を浮かべる二人の姿。
 ドロテアは機情が動く前から幾度か現場を摘発しており、最初に尻尾を掴んだのは彼女だった。
 ある時、摘発した者の中に軍関係者が数名含まれていた事を知ったドロテアは憤慨した。
 だが、取り調べを行った結果もたらされた情報には、ドロテアは怒りを忘れてただただ唖然とするばかりだった。
 関係者の一人がとある公爵家の関与を示唆する供述を始めたからだ。
 当初、背後に居るのはマフィア辺りだろうと推察していた彼女にとって、これは予想の範囲外。
 判断しかねた彼女がシャルルに報告すると、シャルルは機情に調査を命じた。
 その後の事は、ドロテア達も詳しくは知らない。
 知っている事と言えば、カリグラが名前の挙がった公爵に参考人と称して事情聴取を行った結果、相手が全面的に罪を認めた事と、異例のスピードで刑が執行されたといった事ぐらいだ。
 それを思い出しのかノネットが呟く。
 「しかし、あれだな。よくもまぁ簡単に罪を認めたよな」
 「罪の意識に苛まれてたんじゃないの?」
 モニカは自身の考えを告げたが、ノネットは「あの公爵に限ってそれは無い」と断言してみせた。
 すると、ドロテアは不意に一時囁かれた噂話を思い出した。
 「確か、機情は自白剤でも使ったのでは無いかと噂になっていたな」
 「それは私も聞いたわ。でも、宰相府が薬物検査をしても反応は出なかったらしいじゃない」
 「そうだったな」
 モニカに否定されたドロテアは、噂話を気に掛けるなど自分らしく無いと思ったのか、微苦笑を浮かべながら同意した。
 当初、公爵側は当主に掛けられた嫌疑を全くの濡れ衣であるとして強く抗議した。
 対する機情は取り調べの際のテープを証拠として送り付けたが、公爵側はそこに映っていた淡々と罪を語る当主の姿に今度は自白剤の使用を疑い出す始末。 
 帝国法においても、自国民に対して薬物等を用いた自白の強要は重罪であった事から、公爵側は宰相府に手を回すとシャルルに刑の執行を取り止めるよう嘆願させた。
 これを受けてシャルルは立場上公正を期す為か、宰相府に薬物検査の実施を指示。だが、2日後に出た結果は全くの白。

 ――それは当然の帰結だ。ライが使った自白剤は薬物などでは無いのだから――

 同日、報告を聞いたシャルルの「如何に力有る貴族、公爵であろうとも帝国に汚れた力は不要」との言葉の元、刑は執行された。
 ここまでならドロテアも納得しろと言われれば出来ない事では無かった。
 だが、その後の展開だけは例え上司であるビスマルクに言われても、そう簡単に譲るつもりは無かった。
 「その後の機情の一連の行動。あれだけはどうしても腑に落ちない」
 ドロテアが瞳を細めて断言すると、二人は同じように瞳を細めて同意した。
 「まぁ、あれはな……」
 「確かに、あなたの言うようにやり過ぎかもね」
 ドロテアの言う機情の行動は、結果として公爵家の取り潰しと取り巻きであった数人の貴族の失踪という事件にまで発展した。
 が、彼女達はその原因がカリグラたるライの私情によるものだったとは知らない。
 最終的に公爵の刑の執行は執り行われたが、途中、検査結果が出るまでの間ストップしたのは事実でこれがライの怒りを買っていた。
 元々、ライは興味が無い事や契約に関する事以外で動く気はなかったのだが、麻薬密売という台詞を聞いた瞬間、何故かやらなければとの半ば使命感めいた感情に突き動かされていた。
 言うなれば、公爵家の行動はライの行動を阻害したに他ならなかった。
 邪魔をした相手にライがどのような行為に出るかは、ルキアーノの一件で証明済みである。
 怒り狂ったライは公爵家を焼き払おうとしたが、「理由無しには認めぬ」とのシャルルの言葉に止められた。
 その為、ライは機情を使って20年以上前に起きたシャルルに対するクーデター。俗に言う血の紋章事件の関与をでっち上げたのだ。
 無論、そんな事実は無い。
 だが、シャルルはそれを認めた。V.V.の「認めないとライの怒りは静まりそうにも無いよね」との言葉も影響したのだろう。
 しかし、抜け目は無かった。
 シャルルは認めるにあたって、他の皇族に紹介する場に出席する事を条件とた。
 紆余曲折あったが、最終的にライがこれに同意した事で公爵家は取り潰された。
 と、本来ならここまでで済む話だったのだが、その後の公爵家の取り巻きたる貴族達の行動も拙かった。
 全く躊躇する事無く公爵を死刑台に送っただけでは無く、皇帝に公爵家そのものを取り潰させた機情の長。その発言力に並々ならぬ興味を懐いた貴族達。
 彼等の中の数家がその長を引き込むべく動いた。あろう事か機情の長、カリグラの素性を探ろうとしたのだ。
 だが、それは直ぐに中止となった。
 彼等が手配した密偵は2日と経たないうちに消息を絶ち、更にその3日後には当主達が相次いで失踪したからだ。
 時を同じくして、静観者を気取っていた者達の手元には差出人不明の分厚いファイルが数冊届けらた。
 その中身を見た貴族達は震え上がったという。
 そこには、それまで彼等が失踪した当主達と共に荷担した犯罪行為が、数多の証拠と共に示されていたからだ。
 誰が送って来たのか考えるまでも無かった。
 そしてその意図が明白に伝わった事により、貴族達は機密情報局。その長たるカリグラに畏怖の念と怨嗟を向けた。
 最も当の本人、ライは全く気にしていなかった。
 貴族からの恨み辛みなどライは当の昔に経験済みであり、悠然と受けて立つ程の心構えで事に当たっていたのだから。
 彼女達が押し黙ると、重苦しい雰囲気が周囲を覆った。彼女達は暫しの間、無言で歩みを進める。
 だが次の瞬間、ノネットは一人、カリグラ以上に気になっている存在の名前を呟いた。
 「ライ殿下、か……」
 「殿下がどうかしたか?」
 突然の呟きを不思議に思ったドロテアが問うと、ノネットは先程まで決して見せる事の無かった剣呑な表情を浮かべながら口を開いた。
 「いや、あの方は普段は一体何処に居られるのかと思ってな」
 その台詞に首を傾げるドロテア。
 一方で、ノネットの言わんとしている事に気付いたモニカは思い出したかのように語る。
 「そういえば、お姿を拝見するのは決まってこの日よね」
 「普段は御住まいの離宮に籠って居られるんだろ?」
 相変わらず首を傾げたままのドロテアを見たノネット。その表情が僅かに緩む。
 「引き籠もりの皇族に仕えたくは無いなぁ。それに忘れたか?ドロテア。殿下はルキアーノを組伏せる程の膂力をお持ちの方だぞ?」
 「その事だが、未だに私達を騙してるんじゃないか?」
 ドロテアは露骨に訝しんでみせた。
 ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー。
 ブリタニアの吸血鬼とまで言われる程の異名を持つ彼は、性格はさておきラウンズの一角を担うだけあって確かな実力を持っていた。それはドロテアも十分知っていた。
 しかし、そんな異名を持つ程の戦闘狂が突然現れた華奢な皇子に組み伏せられた等、ドロテアは普段ノネットに遊ばれている事も相まって俄に信じられないでいた。
 モニカも同じく追従するかのように小さく頷くが、ノネットは特に気にした素振りは見せなかった。
 「一体何者なのかな……」
 「そんなに気になるの?」
 普段とは打って変わって、慎重な態度を崩さないノネットを不思議に思ったモニカが問うが、ノネットは逆に問い返した。
 「……私達が殿下の歳の頃は何をしていた?」
 その問いに二人は少し思慮する為に間を置いた後、徐に口を開いた。
 「丁度、士官学校を卒業した辺り…そういえば、教官連中にはこっぴどく扱かれたな。だが、今ではその教官達も部下だが」
 「士官学校の話は止めてよ。あまり良い思い出は無いんだから」
 ドロテアはここまで上り詰めた自分が誇らしいのか胸を張る。が、余程嫌な事を思い出してしまったのか、モニカは首を振って忘れようとする。
 そんな二人の様子に、ノネットは自身の意図している事が伝わっていないと理解した。
 「以前一度見せられたあの雰囲気を思い出せ。私達があれを纏えるようになったのはいつからだ?戦場に出るようになってからだ。だが、殿下はあの歳で既にそれをお持ちになっている。それも、一度も戦場に出る事無く、だ。不思議じゃないか?」
 ノネットの指摘を聞いて、ハッとなった二人は重々しい口調で呟く。
 「……確かに」
 「それも…そうね」
 そんな声を聞きながら、ノネットは徐に腕を組むと思いを語る。
 「シュナイゼル殿下とは違ったタイプの御方だが、何れにしても初めてだよ。私が関わり合いになりたく無いと思うなんてな……」
 「待て待て、何故ここで宰相閣下の名が出て来るんだ?」
 ドロテアは突然シュナイゼルの名が出てきた事に驚いた。すると、彼女の表情を見たノネットは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 「分からないのか?」
 「あ、あぁ……」
 「本当に?」
 焦らすかのように問うノネットに、痺れを切らしたドロテアは抗議の声を上げた。
 「勿体振るのはよせ。一体何なんだ?」
 ノネットは口をへの字に曲げる同僚に満足げな視線を送った後、告げた。
 「ライ殿下にシュナイゼル殿下。奇しくもお二人は共に同じ王の名をその身に刻んでおられる」
 「それって……」
 ノネットの指摘に、傍で二人のやり取りを無言で聞いてたモニカは瞳を見開いた。一方でドロテアは声も出ない。
 そんな二人の驚きが余程愉快だったのか、ノネットは先程の笑みを更に深くした。
 「あぁ、ライゼル王だ」
 「お、おい、口には出すな。王の御名が汚れる」
 普段、皇族であっても口にする事は許されないその名を簡単に言ってのけるノネットに、ドロテアは周囲を見回すと狼狽した様子で咎めるかのように言った。
 が、ノネットはそんなドロテアの態度が愉快だったようだ。
 「失礼な奴だな。私は汚くは無いぞ?」
 「そういう意味じゃない!!」
 「分かってるさ。迷信だよ」
 ドロテアの反応が予想通りだったのか、ノネットはそう言うと快活に笑った。
 そんな漫才のようなやり取りをしている二人の横で、モニカは一人懐かしむかのように語る。
 「子供の頃、枕元で幾度となく母から聞いたわ」
 「独りぼっちの王子様、か……」
 「偉大な御方だ」
 彼女の呟きが聞こえたのかノネットはポツリと呟く。方やドロテアの口調は何処か憧れにも似た響きを持っていたが、それを聞いたノネットは釘を刺す。
 「ブリタニアに住む者にとってはな」
 その言葉を聞いた二人は、英雄以外に何と呼ぶのかとでも言いたげに再び首を傾げると、ノネットはゆっくりと語り始めた。


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最終更新:2009年07月02日 00:03
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