火花が散り、けたたましい金属と金属の擦れる音が山々に響きわたるがその音は人を不快にさせ、時には恐怖すら植えつける。
激しい火花が収まりガタン!!とひときは激しく揺れながら停車したオリエント、止まった瞬間何が起きたのかと乗客達は窓を開け前を見る。
「何が有ったんだ?と言うより大丈夫かライ、思いっきり顔面ぶつけたろ?」
「は、はい。大丈夫ですけど、どうしたんだろういきなり急ブレーキなんて」
ライとノネットは窓を開けて前を見ていると
「「・・・・・まいったな、これは」」
と途方に暮れてしまった。
「アーニャ、一体どうしたの!?」
「何があったんですかアーニャさん!?」
車掌2人が無線で呼びかける、するとアーニャから
「ミレイ、ナナリー・・・・列車が立ち往生しちゃった」
「「・・・・はい?」」
ライ、ノネットと同じ様に途方にくれた声とその内容に?が頭を飛び交うミレイとナナリー。
「・・・・トナカイの大移動に線路塞がれちゃったの」
無線から数分後・・・・
「むぅ、どうしたものかな。これでは進む事が出来んぞ」
「困りましたね、見たところ300はゆうに超えてるような感じが有りますよ」
「汽笛で驚かすわけにもいかないしな、どうしたものか」
「どうにかしないと後続の影響が大きくなる」
ジェレミア、ライ、ノネット、アーニャの機関士達はそれは困ったものだ。
体長はゆうに2mはあるトナカイの大移動に線路を遮断されてしまい動こうにも動けない状態なのだ。
アーニャは前方300m手前でこの光景をモヤモヤではあるが察知し急ブレーキをかけたのだ、通常人が前方の物を識別できるのは600mが限界とされている。
故に列車は急ブレーキを掛けて600m以内で止まれるように設計されている。
「それにしては凄いブレーキ性能だな、C62は」
「感心してる場合じゃないぞジェレミア、これをなんとかせにゃどうにもならん」
ノネットはミレイとナナリーに詳しい状況を無線を通じ説明する。
「弱ったわね・・・・とにかく報告しなきゃ。ナナリーは車内放送お願い、私は司令室に連絡するから」
「解りました!」
ナナリーは車内無線で今起きた出来事を、ミレイは無線で総合司令室へと報告していく、乗客のパニックは無かったのが幸いし怪我人は出なかったが乗務員は途方に暮れていた。
「とりあえず対向列車がもうすぐここに来るはずだから信号立てないと」
「そうだな、私が設置してくる」
1号車の車両全体のうち前の20%は貨物室となっている、その中でこういった立ち往生を対向列車に知らせるために赤い信号を持っているのだ。
ノネットはそれを取り出し対向車に良く見える場所に配置する。
それから10分、C.Cとルキアーノ、ミレイにナナリーと主要な乗務員総出で打開策を練ろうにも全く良い案が浮かばなかった。
それもそのはず、なにしろ乗客達はナナリーの説明放送のせいで “ミレイが発案したドッキリイベント!!”と思ったらしくトナカイとの触れ合いタイムと化してしまっている。
(運良くトナカイは全部、「スノーマウンテン」に飼育されている動物達)
「アイディアマンって言うのも案外考えものね」
「そんな事はないですよ、たまたまです」
「しかしだなナナリー、何度も言うがどうにかしないと本気でまずいぞ」
ルキアーノの言葉はいよいよ深刻な事態にまで追い込まれて来た事を意味している。
ポーーーーーーーー!!
反対方向から光と共に汽笛が鳴った。
「遅かったか」
C.Cが悔しそうに呟く
「仕方ないと言えば仕方ないのか?これは」
「対向列車が来る前に何とか出来れば良かったのに、迷惑をかける結果になるな」
ミレイとノネットの言葉には全員同じ思いだ。
イタリア方面に向かう急行は実はもう一本ある、走り始めてから今年で30年と老骨ではあるがオリエントと人気を二分するほどの列車が今反対方向から来た。
急行「ブリティッシュ プルマン」、イギリスを代表する豪華列車でその歴史は1882年までさかのぼるほど。
本来は寝台車は存在しないのだがこの長い道程を行くために全車寝台として改造されている。
車体はクリーム色に真紅、機関車は日本国内で一番多く作られ現在もJR東日本が所有する「D51」、スピードこそライ達が乗るC62に劣るも牽引力では負けない。
オリエントの25m手前で停車すると機関車から運転士が降りてきた。
「ものの見事にはまったな、ライよ」
「何年ぶりの珍事だ?これは」
「面目ありません、ダールトンさん、ビスマルクさん」
D51もと言いブリティッシュ・プルマンエクスプレス機関士のダールトンとビスマルクは勤続30年の大ベテランでライとアーニャの師匠に値する人、生涯機関士を貫き通している人でも有り、シュナイゼルが1番に信頼を置く人物なのだ。
「お久しぶりです、ダールトン先生、ビスマルク先生」
「久し振りだなアーニャよ、元気そうで何よりだ!」
「ライとも上手くいってるか?毎日大変だろうがな」
アーニャにガハハハと笑いながらダールトンが、ニヤリとビスマルクが返事を返し
「おいおい、あんまりアーニャをからかわないほうがいいんじゃないのか?茹でダコが出来上がるぜ?」
「いやいや違うぞルキアーノ、熟したリンゴができるんだよ。茹でダコじゃ品がない」
「ルキアーノ、C.C、2人とも風穴開けられたいの?」
わなわなと震え銃を本気で抜こうとするアーニャは地獄の底から聞こえてくる様な呻き声をあげる。
「ほらほら、そんな怖い事言わないのアーニャ!」
「止めないでモニカ、一発思い知らせないと気が済まない」
目がもうマジになりかけているアーニャを見てモニカはやれやれと苦笑い、ブリティッシュ・プルマンエクスプレス車掌でアーニャとナナリーの同期入社の元気ハツラツ娘。
「お久しぶりですモニカさん!」
「ナナ!元気にしてたーー?」
「もちろん、モニカさんも元気そうで何よりです!」
「それにしてもどうしたものかしら、ってさっきから同じ事しか言ってないわね私達」
先ほどまでワナワナ震えていたアーニャも一気に今自分達が置かれている状況に冷静さを取り戻す。
その解決策は意外な所にあった。
「ん?君、何をあげてるの?」
「クッキーだよ、ロビーで売られてるやつ!トナカイさん達お腹減ってるのかな?」
クッキーをあげている少女に何頭かのトナカイはついていっている、彼女があげているのはC.Cら女性スタッフ手作りのミルククッキーだ。
「「「「これだ!!」」」」
女性陣(モニカは除く)は8号車まで全力で駆けて行きありったけのクッキーを乗客に配りトナカイを誘導させてほしいと頼み込む。
すると面白いようにそれが的中し線路から綺麗サッパリ退避してくれた。
「これで出発できるな、行こうかライ!!」
「はい、それではダールトンさん、ビスマルクさん、また会いましょう!」
「「もちろんだとも!」」
5分たらずで出発の準備を整え其々の機関士は汽笛を鳴らし発車する、ブリティッシュ・プルマンエクスプレスはフランスへ、オリエントエクスプレスはイタリアへ向けて。
すれ違いざまに手を振る両急行の乗客、こういった交流が出来るのもこのブリタニアならではの出来事であった。
「ビスマルクやダールトンと話が出来なかったのは残念だが、元気で良かった」
「お二人とも充実した毎日を送っていて、ほっとしますわ」
「カラーズ」でお酒を楽しむシャルル、マリアンヌの2人は当然の事、周りも穏やかな空気が流れていく。
それは機関車でも同じ、アーニャは急ブレーキで怪我(とはいってもおでこが赤くなっただけ)をさせたライに
「ごめんねライ、痛くさせて」
「気にする事ないよアーニャ、仕方ないんだから」
いつもの癖でアーニャをナデナデすると
「はぅ・・・・」
うっとりとした表情で仕事そっちのけになってしまう。
すっかり目が覚めてしまったライとノネットは機関車でアーニャ、ジェレミアの手伝いをする事に。
「しかし懐かしい再会と言うのは突然やって来るものだな」
「そうだな、あのトナカイ達には感謝せねばならんよ」
ニシシシと笑うノネットとジェレミア、この良い空気を無線のアラームがぶち壊しにしてしまう。
「こちら機関車C62のアーニャです」
(総合司令室の千葉だ、久しぶりだなアーニャよ)
「千葉もお久しぶり、どうしたの?」
(あまり言いにくい事なんだが・・・・次の60番ポイントで引き込み線に入ってくれ、後続を先行させる)
その言葉にアーニャは固まってしまう。
「・・・・後続って、ゼロ?」
(・・・・・ああ)
そのたった一言に手にしている無線を握りしめるアーニャは悔しさで胸が張り裂けそうになる。
「・・・・了解」
無線をきったアーニャを見てライはそれが何を意味するかを悟った。
「引き込み線に入るのか?」
「うん・・・・ゼロが先行するって」
ノネットとジェレミアもそれを聞き固まる。
「他の列車に追い抜かれるなんて・・・・オリエントの恥じゃないか」
「悔しい、そして情けないな」
4人の機関士は口々に言う、さっきまでの空気は一気に氷点下まで下がってしまう。
「ミレイさん、ナナリー、皆さん聞いてましたか?」
「ええ、バッチリね・・・・」
「はい、朝比奈さんからも連絡が有りました」
ミレイとナナリーが乗務員全員の気持ちを代弁させたかのような沈んだ声で話す。
オリエントはその3分後、引き込み線にその重い脚を引きずりながら行くようにゆっくりと停車した。
創業から今に至るまでただの一度たりとも他の列車に追い抜かれた事はないオリエントの栄光に泥を塗ってしまったのだ、沈んでしまうのも当たり前だろう・・・・。
あろうことか毛嫌いしているゼロに・・・・。
停車した場所は小さな駅、そこは急行が絶対に止まらない様な本当に小さい駅。
その駅舎の所では一つの光と2人の人影が出迎えてくれた。
「めずらしいのぅ、オリエント急行が停車するとは」
「こんな夜遅くに申し訳ありません、エドワードご夫妻」
「いえいえ、賑やかが一番ですからね。コーヒーでも飲んで温まりなさい」
このエドワード夫婦はかつてオリエントの機関士と車掌をしていた先達、温厚で人望も厚くシャルルとマリアンヌの師にあたる方で今は隠居生活をかねてここで巨大なプラネタリュウムを開いている。
連日連夜の満員であると大変人気なのだ。
「エドワード先生・・・・」
「久しいなシャルル、マリアンヌ、良き部下をたくさん育てているようだ」
「申し訳ありません、オリエントの栄光に泥を塗ってしまう事に・・・・」
「良いんだ。時代は変わる、大切なのは人の心を運ぶ事と教えたはずだぞ?栄光は二の次だとな」
マリアンヌの謝罪にエドワード婦人は優しく説く。
「エドワードさん、せっかくなのでプラネタリュウムを見させて頂けませんか?あと30分位時間有りますから・・・・お願いできませんか?」
その場に遠慮がちにミレイが頼み込むと
「ええ、もちろんですとも!案内いたしましょう」
ニコッとエドワード婦人が言い乗客を案内する、シャルルとマリアンヌもその列に続いて行く。
機関車では先ほどもらったコーヒーをすする4人がいる。
「ところで玉城ってどうしてるんだろう?」
「たぶんこの先10kmの待避線にいるんじゃないかな?僕達が先行するはずだったから今でも待機してるんじゃない?」
「ねぇライ、この旅が終わったらデートしよ?ローマに美味しいお店見つけたんだ」
「良いね!僕もアーニャとデートしようと思ってたから、行こう!」
コーヒーカップを片手にするライと両手でもつアーニャ、その2人を1号車のドアで見守っているジェレミアとノネットは
「しばらくは冷やかせるぞ、ニシシシシ!」
「よさないかノネット、だがそれも面白そうだな」
と、何やらよからぬ事を企んでいるいるのであった。ローマでも2人だけで過ごす事は出来無さそうだ。
「ノネットさん、ジェレミアさん、司令室から連絡です!!」
ナナリーが電報を持って来た、その内容に目を通した2人は
「まぁ想定の範囲内だな、2日前まであんな天気だったし」
「ライとアーニャにも伝えてこ―――」
ジェレミアはライとアーニャの所に行こうとしてその足を止めた。
「どうしたんです?」
「いや、風がおかしくて」
辺りを見渡すジェレミア、一方「カラーズ」のある8号車の外でも
「何か近ずいてるな、しかももの凄いスピードだぞこれは」
「ああ、何だ?これは・・・・」
ルキアーノとC.Cも異変を感じたらしくキョロキョロとしている・・・・と
「ライ、光が」
アーニャは自分達が来た方角の本線に光を見た
「ほんと―――」
全ての言葉を言いきらないうちにゴーーーー!!!ともの凄い勢いでライ達の横を駆け抜けていった何かは、あっという間に過ぎ去ってしまった。
「なんだ!?今のは」
「ゼロか?にしては早すぎるぞ、200以上は出てたな」
ルキアーノとC.Cはあまりの速さに仰天し、ノネット達の所に何が通過したのかを聞きに行く、そのノネット達はと言うと
「・・・・どういう事だ?」
「なぜ、あんなスピードを?」
「報告は全車に届いているはずだぞ」
ノネット、ナナリー、ジェレミアは驚愕し唖然とする
「大丈夫ライ、吹き飛ばされなかった?」
「ああ、平気だよ・・・・あれ?あそこに湯気が立ってる」
3つ有る動輪の先頭から2つめの所、その近くに湯気が立ち込めていた。ライとアーニャが近ずいてみるとそれは三日月の形に似ていた金属の様な物。
「アーニャ・・・・これって」
「うん・・・・こんな事あり得ないよ」
「どうした2人共」
ノネットが尋ね、後にジェレミア、ナナリー、ルキアーノ、C.Cが続く
「これ、何に見えます?皆さん」
ライが落ちている物体を指さす。
「「「「・・・・まさか」」」」
4人共信じられないと言わんばかりの表情、だがこれはまぎれもない現実。
「ブレーキそのもの」
アーニャの答えはまさに信じられない事態だった、ライ達はその物体が通過した先を見る、深い闇をたたえた夜の先を・・・・。
科学の進歩は人の生活に豊かさをもたらしてきた、しかしそれと同時に忘れてはならない事がある。
過信してはいけない事だ
人が泣き叫び、助けを求める場面、それは地獄へと落ちて行く過程の1場面に過ぎない。
「助けて、お願い!!」
「だれか止められないの!?何とかしてよ!!」
「事故など起こる筈はないんじゃないのか!?」
「あたし達、どうなるの・・・・」
悲鳴と絶叫がその場を包みこむ、我先にと逃げようとする人の波、だが完全な密室の中では逃げる事は出来ない。
いくら窓を打ち破ろうとも、壁を壊そうとも、びくともしないこの密室・・・・
閉じ込められ、脱出する術も無くもがき苦しみ続けるしかない人は、生にしがみつこうともがくが、それすらも無意味、生界への乗車券を持たない人々に生きる事は出来ない。
「何故だ・・・・こんな事は・・・・想定しては!!」
「どうして・・・・俺は、俺は!!」
「お兄ちゃん・・・・助けて」
「お姉さま、誰か!!」
轟音を響かせ、その巨体を大きく揺らしながら行くそれは止まることない、否、止められないのだ。ただ走ることしか出来ない、止まる術を持たない物にはどうする事も出来はしない、何も有りはしない。
ただ有るのは、解っているのは・・・・彼等は“死ぬ”と言う事だけだ。
To Be Continued 「鉄の道 第7章 地獄行きの乗車券 」
はたして死ぬと定められた人々の運命を変えられる者は、現れるのだろうか?
最終更新:2009年07月11日 07:33