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まず初めに言っておこう
大は小を兼ねる、という諺は誰もが耳にした事があるだろう
ましてや、様々な新素材やら魔術道具やら危険薬品やらにまで需要があるこの学校である
需要に合わせて品揃えを充実させていった時、結果的にその規模が増大するのはやむを得ないと、俺は思うんだよ
「それはそうだけど、これを購買と呼ぶには無理があると、僕は思うよ」
分かっているとも。ちょっとだけ現実に抵抗してみただけなんだ
まず一本道がある。その道幅、軽く2Km。道先に地平線が見えるのは最早言うまでもない
壁面にはASや襲撃艦などの大型商品が展示されていて、そういった物がよく見えるようにと、吹き抜けになっている各階層
にも関わらず見えない天井
虫網の如く張り巡らされた空中回廊と、その回廊の両脇を埋め尽くす店舗の数々
この規模は購買とは言うまい。世界最大級の屋内商店街と言うべきだろう
「『級』はいらないかもね」
「初めて来た者達は皆、この広大さに多かれ少なかれ驚嘆ものだよ。稀に驚かない異常者もいるがね」
「じゃあ、副会長さんはきっと驚かなかったんだろうね。キョン」
異常者だからな。鋭い推理だ、佐々木
「はっはっは他人様への罵倒で仲睦まじさをアピールしないでくれたまえ馬鹿ップル
私に宙返りをさせて地面に落下させられたいのかね?」
言い忘れていたが、この広い購買区域を効率的に移動するために無料で貸し出しされているフライヤーを利用するのが、購買利用者の常識であり、俺達は今、そのフライヤーに乗っている
フライヤーは各種あり、俺達が乗っているのは手動操作四人乗りタイプだ。運転は佐山
何故この奇人にハンドルを任せているのかと言えば、俺はフライヤーの操縦などした事が無く、全自動式のフライヤーを利用する
しかし転校して日が浅い佐々木は、機械が完全操縦するこのタイプを
「キョンとの二人乗りなら、機械に身を委ねるメリットもあるかもしれないけど」
とか訳の分からない事を言って不安がったため、手動操作式を選択せざるを得なかったためだ
「この購買での私のお薦めはやはりマロ茶だが、それ以外でも好きな者を所望して構わんよ転校生君
プラスチック爆弾から機動時空爆雷まで何でも揃っているから、君が欲している物品が例えスーツケース状の核融合爆弾だとしても、必ず入手出来るだろう」
全部爆弾じゃねえか。そんな例では品揃えが幅広いのか狭いのか分からんぞ
「ふむ、時に気付いているかね?」
何をだ
「我々が監視されている事にだよ。二人...いや三人。こちらを先ほどから尾行している」
「監視?僕らを?何のために?」
「尾行している一人は坂井悠二だね。それで尾行の理由は分かるだろう?」
「分かるの?キョン」
いや、分からん。何で坂井が?
「君が彼を二股だのと言ったせいだろう」
ますます分からんぞ。それがどうして俺達を監視する理由になるんだ?
「......人から言われる事は何故か多いが、私が人に向かって言う事はこれが初めてかもしれんよ?鏡を見ろ。貴様」
???????
相変わらず訳の分からん事を言うな
「本当に分からないなら脳外科に行く事を強く勧めよう。で、どうするかね?
君達に被ストーキング趣味があるのなら放っておくが」
俺にそんな趣味は無い
「僕も無いよ」
「では彼らを排除しよう。まずは坂井君を、あの菓子パン屋へ誘導しようか」
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「ふう、監視って結構キツいな。気を抜くとすぐ見失っちゃうもんなー」
「悠二?」
「あれ、シャナ!?どうしてこんなとこに!?」
「あの店で食料を補給するため。悠二は?」
「菓子パン屋....あ、そのビニル袋の中身メロンパンなんだね」
「そう。悠二はどうしてここに?」
「僕?あー.....えっと僕は....ってしまった!見失った!」
「悠二?」
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「意図的に注意を逸らさせて捲いたのか。鮮やかな手並みだね」
「交渉役には人の心理を誘導する技術が必要なのでね」
つーか、何であの菓子パン屋に赤髪ポン刀娘がいるって知ってたんだ?
もし知ってなきゃ、あそこに誘導なんてしないだろ
「
生徒会として、生徒の生活を把握しておくのは最早義務ですらあると言えるのではないかね?」
もういい。聞かなきゃ良かった
「それで、残りの追跡者もこうやって捲くのかい?」
そういや、尾行してる奴がまだ二人いるのか。誰と誰だ?
「前者の答えは否。後者の答えは....相良宗介だ。あのプロフェッショナルに先の手は通じまい」
「それじゃあ、どうするんだい?」
「こうするのさ」
そう言って佐山は、懐からレーザーライトを取り出した
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「目標。副会長と接触中.....これは、副会長を脅迫しているのではないか?
『私の隣にいる奴を殺されたくなければ、この学校の機密を吐け』などと.....」
「あのー、あなたそんな物陰で何を見てるんですか?それも双眼鏡で」
「いや、気にしないでく...れ...いかん!!」
「へ!?何で私を急に押し倒してんですかあなた!イヤ!止めて!!」
「駄目だ!今は伏せているんだ!狙撃されるぞ!」
「何言ってんですか!?このレイパー!!」
「暴れるな!レーザーポインタが君の頭を....」
「ソースケ!!何やってんのあんたはーーー!!!」
「千鳥!?いや、これはレーザーポインタが」
「やかましい!この女の敵!くぬ!くぬくぬ!!」
「痛い。止めろ千鳥、レーザーが」
「黙れこの戦争ボケ!」
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........哀れな
「最後の一人だが....これは無視しても構わんかもしれん。こちらへの関心があまり無さそうだ
どうも先の二人に付き合っていただけのようだね」
そうなのか?
「そうなのだよ。それに、余計な小細工を仕掛けずとも勝手に不幸に見舞われて我々を見失うだろう
彼はそういう人物だ」
最後の追跡者が誰だか分かって来たぞ。確かにあいつなら、佐山の予言通りになるだろう
「じゃあ、もう尾行は振り切ったも同然なのかい?」
佐山の話を信じれば、そのはずだ
「それは良かった。じゃあそろそろ、副会長さんにプレゼントしてもらいに行こうか」
そういやそのために来たんだったな。忘れてたぜ
とその時、俺の腹が『ぐぅ』と鳴った
「うん?何だね空腹かね?昼食を食べなかったのかね?」
いやちゃんと食ったが....おかしいな
「くっくっく、僕に学校内を案内したからじゃないか?広い学校だからかなり歩いたしね
実は僕も、小腹が空いてるんだよ」
「ほう、ならば喫茶店で一食、二人に奢る事にしようかね?
ちょうど、ある人に面白い喫茶店を紹介されたのでね」
「それがいいな。キョンも良いかい?」
『面白い』喫茶店という部分に不気味さを感じないでもないが、そうだな。そうしよう
「では、あの回廊に接岸するよ。この地図によればあの近くだ」
地図?ナビがなくてか?
「ああ、このマッチ箱に書かれた地図だよ」
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『面白い喫茶店』はやたらと分かりにくい場所にあったようで、空中回廊を歩いて10分後に佐山が発見した
その喫茶の名は『無名庵』。名無しなのか名があるのかどっちだ?
俺達三人はその『無名庵』に入店し、一番奥の隅にある四人用のテーブルに座った
俺と佐々木が入口側の席に、佐山は壁側の、通路に接した席にそれぞれ座っている
「何を頼むかね?私は紅茶を頼むが」
俺は....サンドイッチでも頼むか
「僕もそうするよ」
注文が決まったので、俺達はテーブルに備え付けてある呼び鈴を鳴らしてカウンターの方を向く
「ご注文はお決まりですか」
とマスターが穏やかに聞いた
「紅茶一つに、サンドイッチ二人分」
俺は全員分の注文を伝え、俺は正面に向き直り 驚愕した
佐山の隣、二つの壁の交点、この建物の角部分にある席に、先ほどまでいなかった人が座っていたからである
俺はそいつが座る所はおろか、このテーブルの近くに来た所を見なかった。絶対に見えるはずなのに
そいつは、青白い顔に丸眼鏡と三日月のような弧を描く口を乗せ、黒の....いや『夜色』のマントを着ている
「なるほど、これは面白い」
そいつは、どろりと絡み付くような声色で、俺と佐々木の方を見てそう言った
「この巡り合わせは実に面白い。君達の再会が新たな物語を生み出したのだね
すでに劇場の幕は開いた。どんな物語を紡ぐのかね?」
そいつは完璧に意味不明な事を言い立てる。質問ならこっちがしたいぜ。お前誰だ
「....神野陰之、だね?」
俺の質問に、佐山が答える。お前には聞いてないぞ
「いかにも。私が『夜闇の魔王』神野陰之だ」
そいつ...神野が答えた
「かの『魔女』の協力者だそうだね、一度会ってみたかったのだよ」
「魔女....て誰だい?」
佐山の独白を聞いた佐々木が俺に聞く
...この場合の『魔女』は間違いなく、あの『十叶詠子』先輩だろうよ
あの人の協力者か。それだけで、神野って人とは関わり合いになりたくなくなるね
おいこら佐山。会ってみたかった、だと?じゃあこの喫茶に来たのはお前がこいつと会うためか?
「そうだ。詠子君に彼の話を聞いてね。彼と対面してみたくなったという訳さ」
「....私は君に会いに来たのではないがね。『悪役』の少年よ
私がここにいるのは、新しい物語に惹かれたからだ」
最終更新:2007年06月02日 13:57