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 春風に夢と願いを乗せ、歩き出す。
 信じた未来が、ここからまた始まるように。





◇ ◆ ◇



 セイバーが最初に目にしたのは、夕日だった。

「もう、全部どうでもいいかって思ってた」

 翔(かける)という名の少年と出会った時、「人間性が信頼に値するか見極めなければならない」や「宝具を使っていっそ隷属させてしまうべきか」といったような発想は、不思議と浮かばなかった。
 理由を説明するなら、なんとなく、という言葉を選ぶのが適当なのだろう。
 だから、自らの置かれた状況を何も知らない翔に対して、明かせる限りのことを明かした。
 聖杯戦争という儀式に招かれたこと。自分が翔の従者、サーヴァントであること。自らの仮の名と、真の名。セイバーの持つ能力。翔に与えられた令呪の特性。
 全てを理解させた上で、考える時間を与えた。この聖杯戦争において、何を願い、どのように立ち振る舞うのかを。
 それが、昨日の夕方のことだった。

「死んだら悲しむ人がいるとか、生きてればいいことがあるとか言われてもさ、何だよって。死んじゃえば全部終わりだろって」

 翔は、この世界でもごく普通の高校生だった。
 日中は眠くなる授業を受けて、待ちわびた休み時間には談笑して。そんな平凡な日常を何事も無く送る。友人達に、囲まれながら。
 ただ、セイバーの抱いた一つ違和感を挙げるとするならば。
 友人達に、世界に向けられた翔の瞳が、空っぽだった。

「理由は知らないけど、こうして生かされて分かった。全部無くなるなんてこと無いんだな。後悔から解放なんかされないし、皆に謝りたい、確かめたいって気持ちは消えない」
「……今まで過ごした日常じゃ、満足出来ないんだね」
「うん。やっぱり、みんなとじゃなきゃ駄目だ」

 模造品として再現された高校生活の中に、翔の知る大事な友人達は見つけられなかったそうだ。強いて言うならば「東京にいた頃の、前は友達だった人達」が周りにいたくらいだという。
 だからこそ、全てを思い出した時、歩んでいたはずの本物の日常が惜しく、愛おしく思えたのだと語った。
 後悔と絶望が積み重ねられた、一度は投げ出してしまった自らの過去が。
 「失敗してしまった」、「別の選択肢を選ぶ可能性に溢れていた」あの過去が。

「もう一度、やり直したい。母さんを一人にしたこととか、ばあちゃんを傷付けたことか、菜穂を泣かせたこととか、他にも沢山。みんなと会えたあの春から、ちゃんと選び直したい。そのためなら俺……戦えると思う」

 自らの過去を分岐させたい。その延長線上で、幸せを実現したい。
 そう願う翔の瞳は、揺れることなくセイバーを見据えていた。弱々しくとも、そこには光があった。

「マスター。昨日も言った通り、僕の宝具、完現術(フルブリング)は『過去を改変する』力だ。例えば君をこの刀で貫けば、君の過去に僕が存在したことになる。事実を都合の良い形に変える」
「うん」
「この僕がいたおかげで君は不幸じゃなかった、過去に後悔なんて無い。そういう風に、君の意識を捻じ曲げる……そして僕を戦わせるというのは、この力を君以外の他人に向けて振るうことを意味する」
「うん」
「前に戦った死神の言葉を借りれば、絆を嬲る卑劣な力。ただ命を奪うだけじゃない、人の願いを踏み躙る。でも、これが僕の唯一の戦い方だ。そんな僕と共に戦う道を歩むことになるのだとしても、本当に後悔はしないのかい? ……また、生きる辛さを強いられるかもしれないよ?」
「……生きるのが辛いのは、今だけじゃないだろうなって思ってるよ」

 問われて、しばらく口を閉ざして、しっかりと翔は答えた。
 彼の瞳は、依然として迷いの色を宿すことが無く。
 ゆっくりと、視線を横に滑らせた。

「もし勝って帰れて、本当に最初からやり直すことになったとして。それで俺の選び直した道の先が幸せに繋がってるかなんて、分からない。正直言うと、今からもう怖いよ」
「……それを分かっていて、マスターその道を行くんだね」

 広がっていたのは、オレンジ色。
 小高い丘の上から一望する街、夕焼け色に照らされた景色。
 綺麗な色だなと、率直にセイバーは思った。同時に、高層ビルが多すぎて少し風情に欠けるなとも。

「菜穂達がいない世界でこうして生きてみて。みんなとの……絆、もっと大事にすれば良かったって思った。みんなと一緒なら、この後悔も消えてくれるんじゃないか。俺は、救われるんじゃないかって」
「絆、か」
「やり直したいことならあるけど、みんなと友達にならなきゃ良かったってだけは、やっぱり言いたくない」

 特に理路整然としているわけでも無い、曖昧な理屈の理由付け。それは、自らを包む孤独に潰されたが故の判断だった。
 しかし、セイバーは笑う気など起きなかった。その短い言葉に確かな説得力を、共感を覚えていたから。
 それ以前に、彼が自らの内面を打ち明けたこと自体が既に嬉しく感じられる。
 「一人」だった翔が、セイバーと向き合うこの状況を「二人」と認めてくれた証のように思えた。

「みんなと、これよりもっと綺麗な夕日を見たい。明日も、一年後も、十年後も、みんなと一緒に生きられる未来が欲しい。それが叶うなら、どんな過去でも後悔しない」
「わかったよ」

 了承の言葉を贈ることに、一切の迷いは無かった。
 きっと本当は昨日の時点で、翔を見つけた瞬間に、もう答えは出ていたのだろう。
 セイバー自身は、救われながら生命を終えた。同じように、偶然出会ったばかりの成瀬翔という少年のことを、救いたいと。
 それが、セイバーの心に再び灯った、一条の火。

「マスター、ここに誓うよ。たとえこの刀でマスター以外の絆を壊すとしても、マスターの大切な絆を守る。マスターが救われる未来へと辿り着くまで、サーヴァントとし付き添うよ」
「うん。頼む」

 語りながら、セイバーは願う。信じたがる。そしてどこかで、未だ疑っている。
 誰かに救われ、誰かを救えなかった自分に、彼を救えるのだろうか。
 『銀城』のように、『XCUTION』のように、『獅子河原くん』のように。『一護』のように。
 彼等のように、誰かを救うことは出来るのかと。

「ああ、それとさ」
「何かな」
「俺、セイバーのこと卑劣だとは思わないよ」

 その一言に、セイバーは呆気に取られる。

「その力で、セイバーは俺を無理矢理従わせなかった。それどころか、俺のためにその力を使おうって決めてくれた。だったら俺にとっては全然卑劣じゃない」
「……そういえば、実はもう君に宝具を使っているのかもしれない、とは考えないんだね」
「考えない。他の奴が何と言おうと、俺は絶対に信じてるから」
「どうして?」
「なんとなく」

 苦笑する翔の言葉が、セイバーの疑念を一時忘れさせてしまう。
 自分は全く成長していない。
 救うと決めた矢先に、また救われているじゃないか。
 ああ、笑えてくる。同じくらい、力が漲る。
 だから。

「ありがとう。マスター……翔」

 敢えて、呼び方を変えてみる。
 従者の主の間で使うには少し不適切な、従者と主以外の関係でなら相応しいだろう呼称。
 幸い、嫌な顔はされなかった。ただ穏やかな表情で、また橙色を見つめている。

「また、見れたらいいな。夕日」
「そうだね」

 本当は、夕日よりも朝日の方が好きなんだ。その言葉を、今は胸の中に仕舞い込んだ。
 あと少しの時間が経てば、夕焼けは夕闇へと変わる。残り短い時間に水を差すのは野暮というものだ。
 自分達は、次の夕日を見られるだろうか。二人が別れを迎えるまで、あと何度の夕刻を迎えられるだろうか。今のセイバー達には見当もつかないことだった。
 だから、この景色を切に噛み締める。
 いつかは終わる期間限定の繋がりを、「二人と五人」が「一人と六人」になるまでの短い時間を、慈しむ。

 誰かと誰かで共有される、夕日を。






【クラス】
セイバー

【真名】
月島秀九郎@BLEACH

【パラメーター】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:C 幸運:B 宝具:B

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
  • 対魔力:C
魔術に対する守り。魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

  • 騎乗:D
乗り物を乗りこなす能力。大抵の乗り物を人並みに乗りこなせる程度。

【保有スキル】
  • 完現術者:B
物体を媒介に武器や能力を再現する技、完現術(フルブリング)の使い手。
現実世界の物質に元々宿っていた魂を引き出している能力である、と定義されている。
完現術者自身で全ての負担を背負っているわけではないとの解釈から、宝具解放の際の魔力消費は少量に抑えられる。
また、完現術者は死神や滅却師の闊歩する世界に生きる者達だが、彼等の能力と違って完現術は歴史の積み重ねに乏しい。
故に完現術の存在を知る者はあまりにも少ない。この事実を示すように、同ランクの「気配遮断」スキルも兼ね備える。
……もしかしたら、本当は完現術もまた数百年、数千年に及ぶ歴史に裏打ちされた能力だったのかもしれない。
しかしセイバーの知る完現術者は極少数の現代人、共に寄り添った「不適合者」達だけだった。

  • 心眼(真):-
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
本来セイバーが保有していないはずのスキルである。

  • 破壊工作:-
戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能。トラップの達人。
本来セイバーが保有していないはずのスキルである。

  • カリスマ:-
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。
本来セイバーが保有していないはずのスキルである。

  • 単独行動:-
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
最早セイバーが絶対に保有することの出来ないスキルである。

【宝具】
  • 『重なる明日(ブック・オブ・ジ・エンド)』
ランク:D 種別:対時宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1人
セイバーの持つ完現術がそのまま宝具となった。
本の栞から変換した刀を用いて斬りつけた対象の過去に自身の存在を挟み込み、相手の過去を改変させる。
また、それによって相手の過去や弱点をも把握できる。元の状態に戻すには、再度斬りつける必要がある。
また「挟む」対象は人間のみならず物質や場所、相手の経験等にさえも及ぶ。
過去を捏造することで、その場所に罠を仕掛けたり、相手の技を見切ることを可能とする。
ただ強引に過去を後から挟み込んだ場合、挟まれた人物の精神が矛盾に耐え切れずに崩壊する危険もある。
そして過去の改変とは、即ち歴史の改竄。生前の逸話をも「月島秀久郎の介在」という形で捻じ曲げることを意味する。
サーヴァントの願いの根幹を成す逸話を書き換えることで、その結論であるサーヴァントの願いを歪めてしまうかもしれない。
サーヴァントの誇りを象徴する逸話の価値を貶めることで、その逸話の昇華型としての宝具を消滅させてしまうかもしれない。
いかなる身勝手も実現し得るこの宝具は、サーヴァントを、引いては英霊を侮辱する力。

【weapon】
何の変哲も無い本の栞から変換した武器。完現術の行使に必要となる。
能力を使わず普通に切りつけることも可能。

【人物背景】
過去を歪める能力を以て戦った男。
彼を殺したのは、誰にも歪められないほど強い絆だった。
彼を救ったのも、誰にも歪められないほど強い絆だった。

【サーヴァントとしての願い】
目の前の「友人」を救いたい。



【マスター】
成瀬翔@orange

【マスターとしての願い】
もう一度、過去をやり直したい。後悔の無い未来が欲しい。

【weapon】
特に無し。

【能力・技能】
一般的な男子高校生である。

【人物背景】
高野苺著の漫画『orange』(全5巻)の登場人物。
友達に救われず、未来を得られず、後悔だけを遺して逝った少年。
当然ながら、「成瀬翔の死」という過去を変えたいと願った友達のことなど知る由も無い。

【方針】
聖杯狙い。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 13:12