“ゲームとは、クソであり、悪である”。
アナログなもの。トランプ、ウノ、花札、オセロ、将棋、チェス、囲碁。
前提として、これらは競う相手がいなければ成立しない。
これは世の中の殆どのゲームというものが、勝敗を決めるための
ルールや環境、
または他人との相互作用を元にした楽しみのために行なわれる活動、という目的で作られているからである。
当然、その時点でゲームなど俺達ぼっちにとっては苦行に成り下がる。
そもそも、ぼっちには勝敗などさして興味がない。
何故なら負ける事はぼっちの必要最低限条件だからだ。
何かに負けていなければ、ぼっちにはなれない。
負け=ぼっち。故にぼっちは他人と勝負する前に勝負が終わっていると言っても過言ではない。
どうせ負ける。だから、勝ち負けを競う意味自体がないのだ。
そんな事をドヤ顔で言うなって? おいおい、お前は何もわかっちゃいねえな。
「無駄だな……もう勝負はついている」おっ、ほらこう言うとなんか強キャラっぽくて格好良いだろ?
兎にも角にも、ぼっちは始まる前から結果が分かっている。だから無駄な争いはしないのだ。
言わば超絶平和主義である。ノーベル平和賞はぼっちに与えられるべき。
ぼっち、最強。
少し話が脱線したが何が言いたいかというと、アナログゲームはカスである、という事だ。
さて、ではデジタルはどうだろう。
広義でのテレビゲームは幅が広いので、日本で一番売れているジャンル、RPGについてにしようか。
……先ず最初に言っておく。RPGはクソである、と。
RPGの大半は、主人公に感情移入する事でより楽しめるものだが、まず主人公がイケメン高スペックリア充の時点で、俺的にアウトだ。
何故なら感情移入が出来ないからである。感情移入できないゲームは楽しめない。
むしろどちらかというと、俺達は孤独な敵側を好きになってしまう。
しかし主人公側はいつだって鬼畜だ。そんな敵側をフルパーティでアイテム使いまくりでフルボッコ。
相手が一人なのにだぜ? どんだけ勝ちたくて必死だよ。スポーツマンシップも騎士道も何もねぇよ。
敵側は戦闘中はすげぇ紳士なんだぞ。アイテムも使わないし、手下も連れてこないし、文句一ついわない。
これは最早イジメとイジメられっ子の構図だろ。
敵側はやろうと思えば、主人公の誰かを適当に人質に取り、誰かを無理矢理自殺させる事だって出来る筈だ。なのにそれをしない。
主人公側はいつだって夜は宿屋でいびきをかきながら平和に寝ているし、敵側はいつだってわかりやすい時間に登場して、正面から勝負を挑む。
ラスダンに至ってもそうだ。ボスは最深部に一人でいつ来るのかも分からない主人公側を一日中待ち構えている。
軍隊を持っている癖に部下一人置かず、その代わりに扉を開ける鍵を御丁寧に置いて。
どんだけ健気で優しいんだよ。何だ? 聖母か? ラスボスよ、お前は聖母なのか?
これは最早、逆説的にラスボス側が正義と言っても良いのではないだろうか。
ラスボス側から見れば、主人公側の戦い方は悪の諸行である。
折角部下にアイテムや金を持たせてドロップしてあげているのに、その恩を仇で返してどうするのか。
ダンジョンにだってわざわざ宝箱を用意して、最寄りの町では手に入らない強い武器や、丁度良いレベルの敵を配置してるんだぜ?
でも結果的に孤独なラスボスはいつだって負けるし、ヘラヘラして緊張感のないパーティは笑顔でエンディングを迎える。
人を、殺しておいて。
裁かれる事すらなく。
罪を感じることなく。
これぞ、現代社会のリア充とぼっちの縮図みたいなものではないか。
対戦ゲーだって友達がいなければ出来ないし、オンもコミュ障であれば満足に出来ない。
そもそもゲーム機にコントローラー差込口が2つ以上ある事がまずぼっちを馬鹿にしている。
俺の家のGCなんか、コントローラーの代わりにたまりにたまった埃がプラグに差し込まれてるぞ。いや、マジマジ。
2P機能付けるなら鈍器機能でも付けてくれよ……いやGCはそれがデフォだけど。
まぁでもマシなゲームは沢山あるんだけどな。
ラブプラスとか、ラブプラスとかラブプラスとか……あと、そうだな……ラブプラスとかな。
とどのつまり、やはり最初に言った通り、ゲームはクソなのだ。
しかしどうやらこの聖杯戦争とやらも、言わば一種の“ゲーム”になるらしい。だがゲームである以上は、必ず勝者と敗者がある。
俺達の様に生まれながらにして既に敗者の人間からすれば、そりゃあ最悪だ。
自分が勝つイメージがそもそもできないからだ。負けは、必然。
ならばどうするか。至極簡単だ。“戦わなければいい”。
ゲームに参加していても、盤から降りれば負けも勝ちもないのだから。
クラスで始まる文化祭。クラスで戦う体育祭。クラスで挑む合唱コンクール。クラスで挑むレクリエーション。
保健室で休み、学校自体を早退すれば、ゲームの参加者であろうがなかろうが、負けることも勝つことも叶わないのは道理である。
「即ちこのゲームで生き残る条件は、必ずしも全ての敵を倒し、全てに勝つ事がイコールではない」
ぎしり、とベッドが軋む音。誰も居ない小さな部屋の中、くぐもった声で少年は呟いた。
「要は、死ななければいいわけだ」
少年は口元で手を組むと、肩で息を吐くように大きな溜息をつく。
「単純な話だが、見落としがちだ。最後まで生き残ればいい、それだけの事を」
部屋の電気はついていない。水色のカーテン越しに漏れる宵の光を見ながら、少年は背を埃っぽいベッドに預けた。
冷めた空気と一緒に塵が舞い上がり、光を浴びて騒がしく踊り出す。
少年は腕を頭の後ろで組むと、口をへの字に曲げて天井を見た。
……よく知っている天井だった。
飴色の杉板も、小さい頃エアガンで開けた穴も、人の顔に見えて怯えていた節も、天井どころか、部屋の匂いさえも。
とても此処が“偽物の自宅の部屋”だとは思えない再現度だった。
けれども、此処はあくまでも偽物。虚構の世界だ。
「そう、生き残ればいい。それだけなら俺はゲームが終わるのを、もといリア充どもが焦って自滅していくのを盤外から眺めて待てばいいだけだ。
そこで問。そうする為にはどうすればよいか?」
限りなく本物に近い紛い物の腹の中で、少年は目を閉じながら天に問うた。
疑問は埃が踊る中空を漂い、瞼の裏側にちかちかと漂う砂嵐に混ざり合い、けれどもやがて重力に従うように、
或いは最初からそうなる事が解っていたかのように、少年へと還る。
彼は一人ではなかったが、しかし独りだった。問うべき相手に天を選ぶなど、烏滸がましい。最初から、相手は自分自身以外に何処にも居なかったのだ。
少年はくつくつと自嘲すると、瞳を開いた。
「解。逃げて逃げて、NPCとやらを利用して……平たく言やあ、引きこもればいい。
なにせ俺には戦う力と気力と勇気とリア充パワーがない。
友情、努力、勝利……少年ジャンプとか夕方アニメじゃあそれが定石でも、俺には死ぬまで縁がない言葉だからな」
……悪い夢なら覚めてくれ。
甘くも心の何処かで少年はそう思っていたが、やはり瞳を開いても現実は何一つ変わらない。
この世界に“本物”など、何処にもありはしなかった。
遠く広がるあの空も、窓から見えるあの街も、黄昏に染まるあの教室も、日々の思い出も。
昨日のバラエティだとかドラマだとか、下らない話題で盛り上がるクラスの人間も、その深いようで薄く浅い関係も、喜怒哀楽も、大切な家族も、長年過ごしたこの家さえも。
全てが。
全てが虚構だった。
あるものは虫に喰われた林檎の様に、スタイロフォームで作られた舞台のように、ただひたすら中身の無い、空虚な紛い物。
........
自分はホンモノか?
少年は声に出さず、思考の泥の中で問う。果たして自分だけが本物なのだと声高く言えるのだろうか。
紛い物だらけの世界の中でぽつんと生きている自分こそが、“偽物”なのではないか?
世界が偽物を正とするならば、その世界に居る自分は何だ?
「……」
そこまで考えて、少年は思わず眉を顰めた。これ以上は自己言及のパラドクスだ。
「……下手な考え休むに似たり、って言うもんな。
ま、あれもそれも難しいことはなんとなく、ルールを聞いてるとわかったけど、な。
ふわっとだが理解したぜー。“聖杯戦争”とやらの仕組みは」
少年はそう言うと、後ろで組んだ手を伸ばし、ぱきぱきを指を鳴らしながら大きな欠伸をする。
疲れている。少年は本能的にそう感じた。
身体が異様に重い。水底を服を着たまま歩いているような、そんなずっしりとした灰色の感覚だった。
少年はやれやれと溜息を吐く。この世界が虚構だなんて与太話をそう簡単に受け入れられるほど、自分は人間が出来ていない。
にも関わらずこうして漫画のような現実を少年が享受しかかっているのは、彼に心当たりがあったからだ。
彼自身、おかしいとは思っていた。
解決したクラスの問題が解決してない事になっていた事。少しは良好になったかと思っていた人間関係が悪化していた事。
故に成程、少年の目の前に突然現れた“サーヴァント”の囁く世迷言を受け入れざるを得なかったのだ。
「夢じゃあ、ねェんだよな? “ルーザー”さん」
少年は肺の底から息を吐きながら、掠れた声で問うた。
上半身を持ち上げ、ベッドに座り直し、少年は口角をにたりと上げる。
掠れた声はしかし馬日雑言を吐き捨てるような響きで、世界か、或いは“ルーザー”への行き場の無い不快感に満ちていた。
しかし少年が睨む先には話し掛ける人など影も形もなく、ただのよくあるチープな勉強机と椅子だけ。
だが、次の瞬間、
『モチのロン』
机から、声がした。
いいや、違う。万に一つも机が喋るはずはなく、故に声の主などそこには居なかった。
机の上にあるものは、飲みかけのまま冷めた缶コーヒーと、腹に手垢のついた国語辞典と、
ドッグイヤーがたらふくついた長編小説に、埃のかぶったプラスチックのデスクライトだけだ。
『虚構“フィクション”じゃあない』
ならば声の主は何処だと考えるより早く、二の句と共に机の上の空間が“螺子れた”。
朧月夜の湖畔、黒い水面に石を落とした時のように。缶コーヒーが、辞典が、小説が。右回転、左回転。歪んで廻って、淀んでゆく。
少年が、瞬きを一回。
瞳を開いた時には机の上に歪みなど毛ほども無く、寧ろ最初からそこに居たかのように、彼の“サーヴァント”が、天板に座していた。
『これは間違いなく、正真正銘確かに紛う事無く狂わず相違なくしっかりばっちり寸分違わず明々白々―――――――――現実“ノンフィクション”だぜ』
真冬の闇夜が溶けた様な黒髪、夕暮れの影を縫い付けた様な黒い学生服、光の届かぬ深海の様に底見えぬ黒い瞳。
およそ想像し得る凡ゆる“負”を体現するかの如く、ルーザーは……“球磨川禊”は、漆黒という漆黒にその身を染め、そこに存在した。
『で』ルーザーは呟く。べったりと張り付いた能面のような笑顔に、少年は思わず眉間に皺を寄せた。『どうするの? ヒキタニくんは』
「別に」少年は肩をすくめて間髪入れず答える。「なにもしない」
少年は足を解くとあぐらをかき、背を丸めて頬杖をつく。目線の先には不服そうに唇を尖らせるルーザー。
ステレオタイプ、という単語が思わず浮かぶ。
……漫画かよ。わざとらしさもここまでくれば拍手でも送りたくなるってぇの。
『叶えたい夢とかないわけ?』ルーザーが小首を傾げながら少年へ質す。『リア充になりたい、とかさあ』
少年は少しだけ腕を組み考えるような素振りを見せたが、やがて苦笑しながら肩を竦めた。
「……俺にそんな大それたモンはねえよ。勘違いしてやがるだけだろ。俺はあいつらみたいになりたいわけじゃねぇよ。
あいつらになれないんだって証拠が欲しいだけだ。夢も希望も、見なくて済むように。
だいいち夢なんてもんを語る奴は俺の経験上、決まって夢を叶えられる才能と力がある奴か、
莫迦みてえに口開けて、何も考えずに見れるアニメの主人公だけなんだよ」
ルーザーは足を組み直すと、にたりと嗤った。今までのそれとは少し違う、嘲笑が僅かに混じった嫌らしい笑みだった。
『ひゅーひゅー』『格好良いね。格好良すぎて僕の台詞から『』が取られそうだ』
ぺちぺちとやる気の無い拍手をすると、ルーザーは机から降りてどかりと椅子に座る。めきり、と背もたれが悲鳴を上げた。
『でも僕には羨ましがってひねくれてる、厨二病の餓鬼の台詞に聞こえるぜ』
ルーザーは低い声で脅すように呟いた。少年は僅かに狼狽えたが、すぐに反駁せんと口を開く。
『夢を見るたび、諦めるのが辛いから、そう思い込んでるだけじゃないの?』『ヒキタニくん』
しかしそれよりも早く、或いは敢えて科白を被せるように、ルーザーは言う。少年の顔に黒い影が落ちた。
……怖いなあ。むっとするその面を見て、ルーザーが茶化すように呟く。
「言ってろよ。俺からすればお前の方がよっぽど厨二臭い餓鬼だ。なーにが“ルーザー”だよ。ハナっから勝つ気ゼロじゃねぇか」
『へぇ』『じゃあ君は、クラスのみんなを守りたいとか、そんな小さな正義感すら湧かない冷酷な奴なのかな?』
「どうせニセモンなんだろ? 興味ねぇよ。俺が欲しいのは偽物の平穏でも偽物の友達でも何でもねえ」
『あ、そ』
会話の応酬が終わると、ルーザーは静かに立ち上がる。やれやれ、と両手を上げるその様子に少年は内心で苛立ち、舌を打った。
ルーザーはそんな少年を尻目に背を向けると、閉まったカーテンをさっと開く。
光が、部屋に満ちた。
黄昏時。地平線に沈む斜陽。
高層ビルの窓ガラスが、遠く見える学校の壁が、電柱が、アスファルトが、部屋が。
真っ赤に、そう、いつもよりも世界がずっと真っ赤に。
少年ははっと息を呑んだ。それはまるで、血の海のようだったから。
じわり、と背筋に油汗が浮かぶ。得体の知れない悪寒がぞわりと首筋を蠢動した。
虫の知らせ、予感。
いや、違う。もっと絶望的で、明確で。それは形容するなら、言葉で表現するなら。
運命、或いは、確信。
少年は乾いた唇を舐める。御世辞にも自分は勘は鋭い方ではない。
あくまで屁理屈を捏ねたがるだけの中身の無い理論屋で、直感はそう強くないのだ。
ならば何故嫌な予感がしたのか、と少年はルーザーの背から目を離し、部屋を見た。
壁に掛けた何の変哲もない時計が、目に入る。見覚えのある時間だった。
瞬間、脳天からばちりと一閃、電光が走る。網膜の裏側で星が散った。
可能性と一つの予感を理解するよりも早く、息を呑むよりも早く、鼓動が鳴るよりも早く、少年はベッドの上から飛び降りた。
夕方、下校時間。
夕御飯、買い物、家には一人。
導き出されるものは一つしかない。
……窓の外が、目に入る。
『じゃあ、ルーザーってクラスを馬鹿にされた腹いせに、僕が誰を殺そうが――――――――――――――――――――――――――文句は無いよね』
窓の外には、女の子が一人。中学生。制服。少し跳ねた黒髪、よく知った端正な顔。家に入ろうとしているそいつは、紛れもなく。
「おま、待っ……『待たねぇよ。』……!!」
裏返った声に割り込み、ルーザーが斬首刑を宣告するように冷酷に言う。
少年が窓を開け身を乗り出すと同時に、その少女は、少年の妹、比企谷小町は―――この世界から完全に“消えた”。
その三文字で、全てが完結していた。
確認のしようも何もありはしない。消失。銷失。喪失。シャボン玉が弾けるように跡形も無く、少女はこの世から綺麗さっぱり“なかったこと”になったのだから。
『大嘘憑き(オールフィクション)』
『比企谷小町を』
『“なかったことにした”。』
ルーザーは淡々と、訃報を読むニュースキャスターのように呟く。
けれども、あまりに―――その表情は、あまりに現実から乖離していた。
口元は確かに笑っているにも関わらず、ルーザーの双眸は少しも笑ってはいない。
べったりと張り付いた悪魔の微笑みは、プラスチックのように硬く無機質で、鉛のように冷たく、人形のように何処までも感情が欠落していた。
数拍置いて、乾いた風が窓から部屋を駆け抜ける。少年は青褪めた面のまま立ち上がると、無我夢中でルーザーの胸ぐらをがばりと掴んだ。
へらへらと笑うルーザーごと、そのまま壁の本棚へと雪崩れ込む。体当たりの衝撃で、ばさばさと小説が本棚から落ちた。
間髪入れず少年は煮えたくる腹の底から息を吸い、そして、
「―――――――――――てめぇ、小町に何をしたッ!!!!!!!」
言いたい事は数あれど、まず始めに言うべきそれを叫んだ。
『別に、何も。』
ルーザーは首を傾げながら、悪びれもなく応える。胸ぐらを掴む少年の手に力が入った。
「答えろ……」
少年は険しい面のまま、ルーザーの身体をがくがくと揺らす。非力な腕力での、精一杯の火事場の馬鹿力だった。
『嫌だ。』
しかしルーザーは答えない。少年は歯を剥き出しにして体の底から呪詛を吐くように唸った。
「答えろ…………!」
『断る。』
されどルーザーは答えない。黒く澱んだ泥色の双眸が、ぶれる事無く少年を真っ直ぐに見つめていた。
「答えろよッ…………!!」
『僕は悪くない。』
ルーザーのその白々しい態度に、怒りを通り越して少年は思わず嘲った。
これ以上は時間の無駄だ。そう悟り、少年はルーザーの胸倉から手を離す。傾いた本棚がごとりと戻る拍子に、ばさばさとまた小説が床に落ちた。
少年はそんな事には意を返さずふらふらと後退ると、溜息を吐きながら左腕の袖を捲る。
ルーザーの眼の色が僅かに変わった。その行為が意味する未来を理解しているからだ。
令呪。
聖杯からマスターに与えられる、三画の絶対命令権。
右上腕に染み付いたその魔術刻印を少年は掲げ、そして叫んだ。
「令呪で命令する!!!!!!! 答えろッ!!!!!!!!!!!!!! ルゥザァアアァァァァァ
『おっと残念。そいつは通らないぜ。』
…………………………………………………………………………………………………………………ぁ?」
しかしルーザーはそんな絶対の命令を“通らない”と宣言し、肩を竦め、涼しい顔をしてみせたのだ。
半秒の沈黙。一瞬の静寂。少年は絶対の呪いが効かなかった理由を理解する前に、震える目線を自らの右腕に落とした。
瞬間、絶句する。そこに在るはずのその令呪は、マスターの証であり、サーヴァントに対する絶対の魔法であるはずのそれは。
しかし綺麗さっぱり“なかったこと”になっていたのだから。
『ヒキタニ君の令呪を“なかったことにしました”。』
ルーザーは吐き捨てる様に彼の耳元で呟き、続ける。
『君はもう僕に命令することも、助けてもらうことも出来ません。』
『まったく危ないなぁ』『やれやれ、僕のマスターがこんなに馬鹿だとはね。』
『……こんな下らない事に大切な令呪を使うなよ、社会負適応者(引き篭もり)。』
『そんなだから大切な妹も、こうやって亡くすんだぜ。』
がくりと膝を折り床にへたり込む少年の頭を、ルーザーはくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
そうしてくるりと身を翻し少年に背を向け……指を鳴らした。
『……なんてね』
ぱちん、と音がすると同時に、階下の玄関から帰宅を知らせるドアの音。
はっとして少年が俯いていた顔を上げると、肩を竦めたルーザーは窓に腰掛けていた。
『ちょっとしたジョークだよ、ジョーク』『嫌だなあ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しちゃって。』
『本気にしないでくれよ』『君の妹は“なかったこと”にはなってないぜ。』
「…………………へ?」
思わず少年が間の抜けた表情で呟く。
目前のルーザーはくすりと小馬鹿にするように笑うと、懐から――明らかに彼の着る学生服の懐の許容量を超えている大きさの――先端の潰れた螺子を取り出した。
『僕の宝具、“安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)”!!』
『三分間だけ、現実“すべて”を虚構“なかったこと”にする』『三分経てば元通り。』『安心だろ?』
……腕を見てみなよ。ルーザーはそう締めると、顎で少年を促す。
言われるがまま少年が腕を見ると、さっきまでは無かった令呪が復活していた。階下でも物音がする。妹は無事帰ってきたのだ。
『どう? ちょっとした退屈凌ぎにはなっただろ?』『ダメージも与えられない、回復さえしない、まったくもって弱過ぎて嫌になる宝具だけど』
少年は思わず眉間を揉んだ。
“なんだこれは”。それが素直な彼の感想で、同時に“ふざけている”とも思った。
「あー……なんつうか、なぁ……はぁ、お前……あのなぁ……。あ、これアレだわ……うんうん、アレだ……。
……やっていい冗談とよくない冗談が…………あー……おま……はぁ~~……ったく、マジか……笑えねぇし、キレる気力もねぇわ……」
どかりと尻餅をつくと、少年は大きな溜息を吐きながら頭を掻いた。“安心”とはよく言ったものだ。皮肉にしても酷過ぎる。
そもそもだ、と少年はかぶりを振りながら思う。
宝具だの戦争だの、令呪だのサーヴァントだのマスターだの何だのって言葉が先ず未だに胡散臭過ぎて実感が湧かない。
何が“安心大嘘憑き”にルビを振って“エイプリルフィクション”だよ。あれか? 厨二か? お前は厨二病なのか?
材木座の下手な小説の方がまだ幾分かマシだろコレ。
これじゃあまるで、最近よくあるラノベの“魔王がいきなり普通の世界に~”とか“或る日突然異世界に~”みたいな常套的アレじゃないか。
ファンタジー、という言葉が少年の脳裏に浮かんだ。否定しようがないくらいに、今目の前で起きた事や、この状況はファンタジーだ。
これではまるで漫画やラノベ、アニメの世界の話ではないか、と少年は思った。
欺瞞に満ちたルーザーの言動一つ取ってもそうだった。挙句この世界はゲームの舞台であり、正真正銘偽物であるときている。
“本物”は、この世界に果たしてあるのだろうか?
少年は咀嚼するように、或いは見失ってしまわぬように腹の中で再び呟く。“本物は、何処へ行ってしまったのだ?”
NPCは何処から見てもかつての知り合い。妹は何処から見ても妹で、性格も、言動も、何もかもが瓜二つだ。何一つとして今までと変わらない。
いいや、違うか。唯一変わってしまったものがある。
“俺がマスターとなった事“だ。
あの時、部室でくだらない夢を無様に泣きながら吐露したからか。それとも、俺を哀れに思った女神の悪戯か。
何れにせよ、こんな思いをしなければならないのも全てこの下らないゲームのせいだ。
だが、ならばこのゲームが最初から無かったとして、比企谷八幡が街の雑踏に飲まれるごく普通のNPCの一人だったとして。
俺にとって一体何が変わるのだろうか。
……解っている。何も変わらないのだと。
登校し、一人で飯を食い、上っ面の会話をし、薄っぺらい人付き合いをし、部活で馴れ合い、烏滸がましくも癒しを感じて、問題解決という決められた役割を履行する。
ならば逆説的に、偽物でも本物でも、そこにさしたる違いはないとは言えないだろうか。
世界は欺瞞で満ちている。その中で本物を探そうだなんて戯言は、やはり最初から海に映る月を求める様な、莫迦が見る叶わぬ夢だったのではないだろうか。
ならば俺は……俺の願いとは、この聖杯戦争に望む夢とは……。
『くだらねー考えに更けてるとこ悪いけど』
そこまで考えて、少年はルーザーの一言にはっとする。ルーザーは窓に凭れながら、ゆっくりと人差し指を立てた。
『一つ、忠告させてもらうぜヒキタニ君。君には……致命的に“自覚”が足りない。』
ルーザーは続ける。少年は黙って彼の底なしの双眸を見つめた。
『僕も君も、今までは絶対に主人公にはなれなかった。』
『だけどこの物語は君と僕が主人公だ。』
『この戦争は君と僕の戦争だ。』
『そしてここは戦場だ。命を賭ける場所なんだよ。』
ひゅん、と風を切る音。
少年が瞬きをすると、次の瞬間目の前5センチ前にはルーザーが、否、何処からともなく取り出された螺子が向けられていた。
『―――――――――――言葉だけじゃなくて、格好だけじゃなくて、腹も括れよ、負幸せ。』
少年の喉奥が、ごくりと鳴る。ルーザーは少年の額に浮かぶ冷や汗を見ると、満足気に表情だけでにたりと笑い、螺子を“消した”。
ルーザーはくるりと身を翻すと、少年に背を向け、ひらひらと手を振った。窓を、血の色をした夕焼け空を背景に、ルーザーはなおも口を開く。
『だけど安心しなよ』『君も僕も、主人公』『主人公補正って魔法は』『主人公になった瞬間から掛かるんだぜ。』
「……主人公……」
少年が俯きながら呟く。“そんなものに俺がなれるわけがない”。あちこちに泳ぐ目はそのままその科白を物語っていた。
『君も僕も、被害者じゃない。加害者だ。内輪揉めの内輪に入りたくないのは分かるけどさ。』
『君はもう、戦争の“内輪”に片足入ってるんだ』『内輪じゃないとは言わせない』『知らないなんて言わせない』『関係ないとは言わせない。』
『……戦うまで、負けましたとは言わせない。』
『初めから勝敗の解りきった、下らない戦争ではあるけれど、』
さあ、剣を取れ、命を捧げろ。
右に砕けた鋼の刃を。左に錆び付く鉄の盾を。心に濁った泥の血潮を。胸には淀んで歪みし魂を。身体に朽ち行く土の鎧を。
汚れた騎士は、嘗てはただの名も無き民。拍手も脚光も浴びる事なく、螺子伏せられ草臥れ果てる影の住民。
けれどもこれは、そんな君だけの、君の為の物語。
『けれども矢張り悲しいかな、僕はまこと残念ながら――――――――――――――――――――――――――――――負け戦なら、百戦錬磨。』
既にして賽は投げられた。幕間はこれにて終劇。歪な盃をその手に求め、血で血を洗う戦争を始めよう。
【クラス】
ルーザー
【真名】
球磨川禊@めだかボックス
【パラメーター】
筋力E- 耐久E- 敏捷E- 魔力E- 幸運E- 宝具EX-
【属性】
『中立・善(僕は悪くない。)』
【サーヴァントとしての願い】
『特に無いよ』『負け犬は負け犬らしく、無様に負けるとするぜ。』
『ああ、でも』『これはゲームなんだっけ』『だったら勝者も出るんだろう?』『それはそれで気にいらないし』『すっげー暇だから』
『勝者も敗者も全部ごちゃまぜにして』『台無しにするとしよう!』
【クラススキル】
過負荷(マイナス):A-
全てのパラメーターとスキルにマイナス補正をかけ、更に保有スキルに“虚構”を付加するスキル。
虚構を付加されたスキルは、その性質を“負”方向に反転・変質させる。
また戦闘の際、宝具以外の全てのパラメーターは、相対するサーヴァントのランクより全て下になる。
ルーザーは常に他人より劣っていなければならない。それは生物が息を求めるような、至極当たり前の摂理である。
ルーザーとは、つまり全くそれでよいのだ。
初既敗北(ブレイクファースト):A-
遊戯、戦闘、賭博、試験。古今東西ありとあらゆる勝負事に“勝つことが出来ない”スキル。
このスキルはルーザーが“これは勝負である”と主観で認識して初めて効果があるスキルであり、対する人間の主観や、周囲の客観には左右されない。
しかしながら、“初既敗北”は“負けなければならない”スキルでもなければ、“勝負から逃げられない”スキルでもない。
されども戦いに勝てず初撃で撃破され、無様に敗退する事は、負け戦に慣れたルーザーにとっては朝飯前、当然の結果なのだ。
【保有スキル】
カリスマ(虚構):A-
本来は大軍団を指揮・統率する才能であり、団体戦闘において自軍の能力を向上させる稀有な才能だが、彼の場合はクラススキル“過負荷”により効果が変質する。
彼は仲間が出来れば出来るほど、自軍及び己の能力を著しく低下させる呪いに蝕まれている。
裏を返せば、孤独になる程、仲間が居ない程、彼のステータスにランク補正がかかり、強くなるスキルでもある。
また、この呪いは周囲のみならずマスターに対しても有効であり、彼がマスターの元を離れるほど、ステータスに補正がかかる。
曰く、人は一人では生きられない。しかし、一人であれば死に絶えるとは誰も彼も言わなかった。
なればこそ、人は一人では死にきれないのだ。
戦闘続行(虚構):A-
本来は耐久力の高さを示す才だが、彼の場合はクラススキル“過負荷”により効果が変質する。
彼はその命が散る瞬間まで、手足がもがれようが致命傷を浴びようが何度でも立ち上がり、走り、喋り、笑顔のまま敵に対峙することが出来る。
但し彼は体力があるわけでも、防御力が高いわけでも、痛覚を遮断する能力があるわけでもない。
彼はこの世界の全てのサーヴァントの中で最も体力が低いのだ。即ち、これは“嘘”で固められたスキルである。
だが、それが彼のあるべき姿だ。
幾ら転ぼうが、貶されようが、汚れようが、それでもへらへら笑うのが、過負荷が過負荷たる所以なのだから。
【宝具】
『安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)』
ランク:A- 種別:対界宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:∞
“現実(すべて)”を“虚構(なかったこと)”にする概念宝具。対象を目視さえすれば宝具はいつでも発動できる。
世界のルールから根本的に書き換えてしまいかねないその宝具の本質は、因果を逆流させることであらゆる現象・事象・概念の結果を消したように見せる異能である。
但し効果は三分間であり、時間が過ぎれば虚構は消え、現実は元に戻る。
逆を言えば、三分間はルーザーが消えようが魔力が尽きようがマスターが死のうが、絶対に虚構は解除されない。
しかし、ルーザーが“虚構に出来ない”、“虚構にしても面白くない”と思ったこと、そして“強い想いが込められた事象”は虚構には出来ない。
また、この世界では生きているマスターやサーヴァント、加えて戦争自体を虚構にすることは出来ない。
『却本作り(ブックメーカー)』
ランク:EX- 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:3
鋭く長いマイナス螺子を模した宝具。
その宝具で貫かれた者は、クラス・宝具以外のパラメーター・属性・クラススキルを全て失い、
宝具を発動した時点のルーザーのステータスや防御力・体力・精神力等で全てを上書きされる。
保有スキル・宝具のみが元のまま残るが、保有スキルは“過負荷”により“虚構”が付加され、真逆のスキルへと変質する。
また、宝具も威力と共にランクが著しく下がる。
この宝具は、彼から性質や力がかけ離れた性格の者であればあるほどより強力な呪いとなり、対象の心を折り尽くし、力を封印する。
但し、この宝具により肉体を貫かれたとしても、対象はダメージを受けない。
当然だ。敗北者に他人を傷付ける宝具など、分不相応なのだから。
『虚数大嘘憑き(ノンフィクション)』
ランク:A- 種別:対界宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:∞
“虚数(なくなったこと)”を“虚構(なかったこと)”にする概念宝具。言い換えれば、“無くなったものを復活させる宝具”。
即ち、過去に無くしたものを復活させる、または『安心大嘘憑き』により虚構にした現実を、三分経つ前にあるべき姿に戻す異能である。
従って夢や妄想の類を具現化することは出来ない。
対象を認識さえすれば宝具はいつでも発動できるが、効果は三分間であり、時間が過ぎれば虚構は消え、虚数は元に戻る。
逆を言えば、三分間はルーザーが消えようが魔力が尽きようがマスターが死のうが、絶対に虚構は解除されない。
『安心大嘘憑き』と異なり、この宝具は対象を視認する必要がない。
無くなったものを見ることなど、決して叶わないのは道理である。
【Weapon】
具現化した大小種類様々な螺子。
【人物背景】
『本編の文字数も多いことだし』『割愛するよ。』
『ま』『知りたい奴はWikipediaでもピクシブ百科事典でも西尾キャラwikiでも見ればいいさ。』
『君が今使っているのは便利な便利なインターネットなんだろう?』
『……おいおい、なんだよその目は』『こっちはwiki収録文字数を減らしてあげてるんだぜ?』
『だから』『僕は悪くない。』
【方針】
『色々思うことはあるけれど』『基本的にはマスターを守るし、従うよ』『僕はこれでも優等生なんだ。』
【マスター】
比企谷八幡@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
【マスターとしての願い】
本物が、欲しい。
【能力・技能】
他人の言葉や、問題の裏を読む事ができる特技がある。
それ故、他人の思考や物事の本質を見抜く力に長けているが、反して自分に対しての感情・意見の考察が致命的に下手。
根本的に人付き合いが苦手で斜に構えた、所謂“ぼっち”である。
大抵の事はそれなりにこなす事が出来る器用さはあるが、全て歳相応の人並みのレベルの話であり、これといった突出した才能は殆どない。
【Weapon】
屁理屈が達者な口、そして貧弱な拳、希薄な存在感。
【人物背景】
高校二年生の少年。これまでに作った幾多のトラウマにより、常に斜に構えた偏見的な見方をする高二病的な考えを持っている。
彼の行動概念は基本的に自分がどう思われているのか、どう思われたいのかを軸にしている。
それ故に他人の言葉の裏を読む癖があり、特に好意やフラグ的なものを疑い、内心で予防線を張ってしまう。
しかしながらクラスメイトの戸塚や妹の小町に対しては非常に甘く、2人の事には最優先で取り組む。
将来の夢は「専業主夫」。趣味は読書で好物はハニーローストピーナッツ、ドライみそピー、ラーメン、MAXコーヒー。
特技はクイズ、なぞなぞ、独り言、問題の解決。得意教科は国語と日本史。嫌いなものは数学、労働、優しい人、他人の成功、欺瞞。
座右の銘は「押して駄目なら諦めろ」。
【方針】
ひとまず様子を見る。極力戦闘はしないし、派手な行動はせず仲間も作りたくない。
バレない限りはNPCに溶け込み、慎重に行動する。
候補作投下順
最終更新:2016年03月12日 21:42