市原仁奈&キャスター ◆lb.YEGOV..


少女は孤独だった。
海外から滅多に帰らない父と、仕事に追われ自身を省みない母親。
生きるため、養っていくためと納得するには齢8にしか満たない少女はあまりにも幼い。
それでも、彼女は聡明な方だったろう。
親の言いつけを守り、夜には買い与えられたコンビニのご飯を文句も言わず食し、祝い事の日に祝われずとも不平不満を呟く事はなかった。
親にとって、なんて都合のいい子供だろうか。
社会にとって、なんて哀れむべき子供だろうか。
そんな彼女の母親が、急に少女を連れて出かけると言った。
一緒に出かけたのがどれくらい前だったかはわからないが、久々のお出かけに彼女は心を踊らせた。

「どこへいきやがりますか?」

そう訊ねる少女に向けて、母親はにっこりと微笑んだ。

「アイドル事務所よ、これから仁奈をアイドルにしてもらうの」

アイドルと言われてもピンとは来ない。
仁奈はアイドルがどういうものなのかは知らなかった。
そんなものになるよりも一緒にいる時間を増やしてほしいと思うが、口には出さない。
我が儘を言えば怒られる。
怒られるのは痛くて怖いから黙っている。
8年の人生で彼女が得た経験だった。

ただ、アイドルというものになれば母親は喜んでくれるのだろうという漠然とした予感はあった。
母親は喜んでくれれば優しくしてくれる。
キグルミを来てる時などはそれが顕著だった。
ならば気は進まなくともアイドルというものになってもいいかもしれないと仁奈は考える。
着いた先はまるでお城の様なところだった。
ここで自分はアイドルにしてもらえる。
もっとママに喜んでもらえるのだと、輝かしい未来に心が浮かれる。

だが、浮かれていられたのはここまでだった。
受付で母親が口論をしている。
"すぐ会えないとはどういうことだ""こちらは僅かな時間を押して来ているのに"と、受付の人間に食ってかかる母親を仁奈は不安げに見上げる。
平謝りする受付に舌打ちを1つすると母親は仁奈の手を引っ張り、受付に連れられて応接室へと向かう。

こちらでお待ちください、と機械的な対応をし、受付が去っていく。
扉を閉める間際に、仁奈へと向けられた気の毒そうな視線が彼女の心へと突き刺さった。
重い沈黙。
不機嫌さを隠そうともしない母親に対し、仁奈は何も話しかけない。
今の母親に何かを言ったとしてもロクな結果を生まないことを経験が知っていた。

不意に、勢いよく母親が立ち上がった。
何事かと戸惑う仁奈の手を勢いよく引き、扉を開いて部屋を出る。
不味いのではないかと伝えようとした仁奈の口が、母親の冷たい視線で封じられる。
びくりと震え、仁奈は押し黙って母親に従う。それ以外に出来る事はなかった。

やがて1つの部屋のドアの前に止まる。
漢字だらけで仁奈にはよくわからなかったが、母親は"ここね"と一言口にして、扉を開ける。
部屋の中は無人、勝手に人の部屋に入るのは悪いことだと仁奈は理解していたが、剣呑な雰囲気を放つ母親を恐れ、指摘する事が出来なかった。
仁奈を椅子に座らせ、優しく両手を仁奈の肩にかけて母親が微笑みかける。いつも浮かべる笑顔だった。

「ママね、お仕事があるからそろそろ行かなくちゃいけないの」

その言葉に、反射的に"え?"と声を出す。
予想外だった。ここまで一緒に出かけたのだから、今日は一日休みをとり、一緒に家に帰るものだとばかり思っていたのだ。
そんな仁奈の言葉と表情を笑顔で無視し、母親は続ける。

「今からここに偉い人が来るの、その人が仁奈をアイドルにしてくれるわ。だから、必ずアイドルにしてもらってから帰ってきなさい、いいわね?」

仁奈の肩に置かれた手にギュッと力が籠る。
仁奈に何かを言い聞かせる時にいつも母親がやっている事だった。
断ればどうなるかを知っている仁奈はにべもなく首を縦に振る。

「わかりやがりました!任せてくだせー!」

虚勢で作り上げた笑顔を浮かべる。
それに気付いているのか、気付いていないのか、母親はうんうん、と頷き、仁奈を置き去りに扉を出た。
そして見知らぬ部屋に一人ぼっち。
ぎゅっ、と着ていた着ぐるみを仁奈は強く握りしめる。
アイドルになりたいという気持ちはすっかり萎れ、早くここから帰りたいと思うものの、言いつけを破ってアイドルになれなかった場合の母親の態度を想像すると恐くて動く事が出来なかった。
涙が出そうになった両目をキグルミをまとった腕でガシガシと乱暴に擦る。
待ってる内に孤独と気疲れからか、急激な睡魔が襲ってきた。
起きていなければと心の片隅で思うのだが、疲労がそれを許さない。
しだいに微睡む意識の中で"おぎゃあああ"と赤子のような、それでいて恐ろしげな鳴き声を聞いた気がした。

その日、一人の少女が行方不明になった。
少女の母親は最後に少女を預けた芸能事務所、美城プロダクションを糾弾したが、8歳の幼女を置き去りにした事が明るみに出たことを皮切りに、次々と彼女が娘にしてきた事が顕になり非難を浴びた。
そこから先、母親がどうなったかは語る必要もないだろう。

聖杯を奪う殺し合いの舞台に、気づけば仁奈はいた。
ある時、出掛けた折に見た美城プロダクションが、現実の世界で最後に体験した記憶を思い出させたのだ。
急に現れた痣に怯え、なにがなんだかわからず、逃げ帰るように戻った家には一人の女がいた。

「私はキャスターのサーヴァント、あなたが私のマスターかしら?」

にっこりと、母親と同じ笑みを浮かべる女だった。

それから仁奈は色々な事を聞いた。
曰く、これは願いを叶えるゲーム。
サーヴァントというパートナーと一緒に勝ち抜いた最後の一人はどんな願いでも叶えてもらえる。
怪我をしたりする可能性はあるが、負けた人は元の世界に帰るだけでそこまで危ない催しではないこと。
参加する人間は聖杯が選び、この会場に招待されるということ。

「仁奈は、選ばれたでごぜーますか?」
「ええ、仁奈ちゃんに叶えたいお願いがあったから、聖杯が仁奈ちゃんにチャンスをプレゼントしてくれたのよ」

叶えたい願い。
その言葉に仁奈の表情が沈む。
願いは、ある。
だが、それをパートナーとはいえ知り合ったばかりの相手に口に出していいものか。

「仁奈ちゃん」

優しく、キャスターは仁奈の小さな手に自分の手を重ねる。
ハッとする仁奈にキャスターは優しく微笑みながら続ける。

「叶えたい願いがあるなら、言って構わないのよ?
お姉さんはね、仁奈ちゃんのお陰で大切な人とまた会えるかもしれないチャンスを貰ったの。
だから、できるなら仁奈ちゃんのお願いも叶えてあげたいと思うわ」

そう言って、慈しむようにキャスターが仁奈の手を両手で包む。
母親とは違う、とても優しい握りかただった。
ぐらり、と仁奈の心が揺れる。
孤独な少女が誰にも打ち明けられずにいたその感情が、優しい言葉を受けて沸き上がる。

「仁奈、仁奈、は……」

堪えきれず言葉が溢れる。
それが決め手だったのだろう。
堰を切ったのかように感情が止められなくなっていく。

「ママにいつも一緒にいてもらいてーです」

溢れる感情は言葉だけでは収まりきらず、涙となって表出する。

「パパにお家に帰ってきやがってほしーです。ママの作ったご飯が食いてーです。お休みの日には一緒にお出かけがしてーです。誕生日の日には"おめでとう"ってお祝いしてもらいてーです。仁奈は……仁奈は……」

そこから先は言葉に出なかった。
ぐしゅぐしゅとしゃくりをあげて泣く事しか出来なかった。
ずっと押し殺してきた自分の感情に任せ、仁奈はただ泣いていた。
不意に、暖かいものが仁奈を包んだ。

「そう、大変だったのね」

柔らかく、暖かな感触と、自分の頭の上から聞こえる優しげな声。
それで仁奈は自分が抱き締められているのだという事に気が付いた。

「は、離れてくだせー!お洋服がよごれちまいます!」
「気にしなくていいわ」

慌てて離れようとする仁奈だがより強い力で引き留められる。

「辛かったのね」

優しく背を叩かれながら聞いたその言葉に、驚きで一瞬引いた感情がまた沸き上がってくる。
とめどなく溢れでる涙に呼応するように嗚咽が漏れ始める。
大声で泣いたのはいつぶりだったろうか。
キャスターに抱き締められ仁奈はひたすらに涙を流す。
嬉しさと悲しさがごちゃ混ぜになった感情が涙と声に形を変えて尽きることなく流れ出してくる。

「今は好きなだけ泣きなさい。ここにいるのはお姉さんだけ、誰も何も言わないわ」

どこまでも優しげな声でキャスターが囁く。
服が汚れるのも構わず仁奈を抱き寄せ、あやすように慰める彼女の浮かべる表情はどこまでも……





陰惨なものだった。





仁奈がその顔を見ることがないのは幸かそれとも不幸か。
それは獣のような笑みと形容するのが相応しい笑顔であり、キャスターという反英霊の本性を表すに相応しい笑顔だった。

女の名は斗和子といった。
陰の気より産まれた大化生、白面の者の尾の一本にして、敵対する光覇明宗と獣の槍の伝承者を策謀をもってあと一歩の所まで追い込んだ奸知に長けた化け物。
自分に抱き締められ涙を流す少女に人知れずほくそ笑む。
これで、この幼きマスターは自分を信頼するだろう。かつて、自分が作り出し、手駒とした少年のように。

(ああ、それにしてもとてもいい陰の気ね。この年でここまで溜め込むだなんて、どれだけ素敵な環境だったのかしら)

キャスターには1つの固有スキルがあった。
かつて、人や妖の恐怖や怒りを自身の糧とし、自身が取りついた男から溢れだす憎しみを取り込んだ、主である白面の者の逸話から生じたスキル。
それは他者から自己へ向けられた負の感情、あるいはマスターの抱く負の感情を自身の魔力へと変換するものだった。
8年の歳月で溜め込んだ仁奈の負の感情を受けて、キャスターは自身の魔力が充足されていくのを感じると同時に、このような幼子がここまでの感情を抱くまでに育て上げた愚かな親に嘲笑を浮かべる。
そうして、仁奈が来るまでにこの家で魂を食らった女性、即ち仁奈の母親を模したNPCを思い出す。
不幸にも仁奈が聖杯戦争の資格を得た時と同じくして、彼女はたまたま家におり、召喚されたキャスターと居合わせてしまったのだ。
キャスターの顔が喜悦に歪む。
この聖杯戦争において、もう己がマスターは母親に会うことはない。
捨てられたと思うだろうか。
何か事件に巻き込まれたと思うだろうか。
どちらにしろ、その心により負の感情を溜め込んでいくだろう。
それが愉しくて堪らない。

(一緒に願いを叶えましょうね、仁奈ちゃん。私の願いが叶えられたなら、あなたの家族を真っ先に御方様に会わせてあげるから)

泣き声をBGMに女が嗤う。
泣きはらす少女がその笑顔に気づくことは、ついぞなかった。

【クラス】
キャスター

【真名】
斗和子@うしおととら

【属性】
混沌・悪

【ステータス】
筋(D)C 耐(D)B 敏(D)C 魔A 運C 宝B
※()内は変化適応中の能力値

【クラススキル】
陣地作成:B
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
"工房"の形成が可能

道具作成:B
魔術を帯びた器具を作成できる。
戦闘用のゴーレムやホムンクルス、魔力を通す事でサーヴァントへの攻撃が可能になるエレザールの鎌が作成可能。

【保有スキル】
妖術:A
極めて高度な妖術の使い手である。
特に変化や火に関する妖術に長ける他、尾から放つ棘が刺さった相手の運を除く各パラメータに-を付与する。

扇動:B+
話術を用いて他者を自分の思う通りに動かせるスキル。
陰の気に敏感なキャスターは相手の負の感情を利用しての扇動を行う場合、判定に有利な補正を得る

変化:C
人間体へとその姿を変える、人間に化けている際は筋力と耐久のランクを()のものに偽装する

力場反射:B
対城以上の宝具、あるいは同ランク以上の宗和の心得かそれに類するスキルの持ち主以外の、自分に向けられたありとあらゆる攻撃をその相手へと跳ね返す。
また属性や特性も相手へ向けて跳ね返されるので、結界による捕縛なども全てが術者へとその効果が向けられる事になる。

陰の化身:B
恨み、怒り、恐れ、悲しみ。
自身へと向けられた負の感情を常時、キャスターの魔力へと変換する。また、キャスターのマスターが抱く負の感情を魔力の代替えとして転用する。
陰の気から生まれた大妖の一尾であるキャスターにとって、彼女に向けられる負の感情はその力の源にしかならない。

【宝具】
『眩まし偽る虫怪の尾(くらぎ)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:60
白面の者の尾の一つであるくらぎと融合する。筋と敏のランクをBに変更し、変化と扇動をスキルから削除する。
この状態のキャスターを他者が視認した場合、クラス名は???になり、素性は完全に隠ぺいされる。
この宝具が破壊された場合に限り、キャスターは無傷で戦闘から離脱する代わりにこの宝具を戦争中は二度と使用できなくなる。

【Weapon】
妖術、尾による刺突と礫の射出

【人物背景】
大妖、白面の者の尾が変じた妖怪。人の心の弱みに付け入り策謀と暗躍を得意とする。
天敵である獣の槍を破壊する為、槍を管理する光覇明宗を破門された僧に取り入り、内乱を起こす事で獣の槍破壊を画策する。
自身の作り出したマテリア、引狭キリオともう一つの白面の分身であるくらぎを使い、光覇明宗を二分する事には成功したが、獣の槍伝承者である蒼月潮らの手により計画は水泡に帰した。
最後は自身が裏切ったキリオの手によって塵と消える。その間際まで虚偽を口にしながら

【サーヴァントとしての願い】
白面の者を蘇らせる

【方針】
仁奈と共に優勝を狙う。当分は陣地で戦力の増強

【マスター】
市原仁奈@アイドルマスター シンデレラガールズ

【マスターとしての願い】
家族と仲良く暮らしたい

【weapon】
なし

【能力・技能】
なし

【人物背景】
変わった口調が特徴的で着ぐるみが大好きな美城プロ所属のアイドル
……になれた筈の少女。
プロデューサーと会う前に聖杯戦争へと招聘される。
アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージにて母親にプロダクション内に置き去りにされるという衝撃の加入エピソードが明かされた。
本作では加入エピソードを過大解釈しているので、本来の彼女の母親がここまで酷いということはないだろう、多分、きっと。

【方針】
キャスターのおねえさんと一緒に優勝を目指すですよ
※キャスターからは負けても元の世界に帰れると教えられています



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 11:54