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ver3/~黄昏の咆哮~ - (2017/01/26 (木) 14:16:32) の編集履歴(バックアップ)
~黄昏の咆哮~(R)
- 基本情報
名前 |
~黄昏の咆哮~ |
真名 |
フェンリル |
種族 |
降魔 |
ジョブ |
アタッカー |
初期カルマ |
5 |
カルマ取得速度 |
MELT |
<タイプ> |
<聖魔> |
タイプ |
アスガルド |
HP |
600 |
ATK |
180 |
DEF |
220 |
ハイアーツ |
有 |
CV |
??? |
カルマアビリティ |
カルマ1個 |
スロウレデュースAS |
攻撃力と移動速度が上がる。さらに、ディフェンダーから受けるスロウアタックの速度低下効果が下がる。 |
カルマ3個 |
スロウレデュースAS |
攻撃力と移動速度が上がる。さらに、ディフェンダーから受けるスロウアタックの速度低下効果が下がる。 |
カルマ5個 |
魔狼牙 |
ダッシュアタックの距離と速度が上がり、敵ユニットに与えるダメージが上がる。 |
|
ハイアーツ |
世に有り得ざる咆哮 |
一定時間、自身のカルマ◆が最大になり、攻撃力が上がる。ただし、効果時間終了時に自身が死滅する。 |
効果時間 |
60秒 |
効果量 |
ATK-?? |
- ステータス
カルマ所持数 |
融合体数 |
HP |
ATK/DEF |
カルマ5個 |
0体 |
??? |
???/??? |
7体 |
??? |
???/??? |
カルマ所持数 |
HP |
ATK/DEF |
カルマ5個 |
600 |
???/??? |
カルマ3個 |
600 |
???/??? |
カルマ1個 |
600 |
???/??? |
- DATA・イラスト・フレーバーテキスト
-
+
|
Ver3.5 DS |
全長 |
13[meter] |
重量 |
13[t] |
転醒の瞬間 |
少女が果て、世界が混沌に喰われた時 |
好む |
ひとりでいること |
目的 |
友の救済 |
真名 |
フェンリル |
イラストレーター |
タナカケルビン |
フレーバーテキスト |
special episode 1 ◆『罰と、それに至る罪』◆
「……どう? 何か見える……?」 少女は手にした占札に片側が紅色の瞳を向けたまま、木の上の少年におずおずと話しかけた。 「何も……見えないかな」 「……ホントに“来る”のかな?」 少年は遠くに目線を置いたまま、少しの間を開けて、 「……わからない」 とだけ言ったが、その返答が招いてしまった沈黙に責任を感じたのか、チラリと横目で少女を見てから付け加える。 「けど俺たちが来たんだ、安心しな――てかさ、あんたいつも見てるな、その札」 「うん……これでね、占いをするの」 「ふぅん。占いでは“来る”って?」 「うん……でも、あなたは戦わないんでしょ?」 「た、戦うさ! 俺だって傭兵団の一員だ!」
大陸北方の山岳地帯、サガン地方に位置するここアコヤ村は、アーグリン中央都の報せに大きく揺れていた。 南方の内海から溢れだした“怪物の群れ”が、とうとうこの辺境の村にまで迫っているというのだ。 噂は聞いていた。既に大陸の各国が襲われ、壊滅的な状況だともいう。しかし皆、すべて遠い国の出来事だと思っていた。 報せが届き、事態がこの辺境にまで及ぶことを知った村の上役たちは、慌てて傭兵団を雇い村の守りに当てたのだった。
「これお夜食、置いておくね」 少女が差し出した包みから覗くこの地方独特の料理を見て、少年は一瞬だけ目をしかめ、再び遠くへと目を向けた。 「……それよりさ、そろそろ帰らないとまた親に叱られるんじゃないか?」 少女は少しだけ困った顔をして、 「…そうだね」 と笑った。 突然二人の目に眩しい光が差し込む。見ると、いつの間にか側に来ていた男が、カンテラを掲げて二人を照らしていた。 少年は、ほらね、といった顔を少女に向け、男に挨拶をした。 「こんばんは、ヒースランドさん」 しかし男は答えず、まっすぐ少女に歩み寄る。 「またかヒルダ……夜食を運ぶのは叔母さんに任せるようにと言ったろう? お前にもしものことがあれば、私は兄さんに申し訳がたたん」
――フン、どうかな。 少女の肩がビクンと揺れた。 ――こいつが大事なのは、お前自身じゃない。
男は木の上の少年にカンテラの明かりを向けると、その赤い左目をじっと見つめ、 「バルドとか言ったな。辺鄙な村だが、この子はお前のような流れ者が軽々しく口を聞いていいような人間ではないんだ。へルマン団長にも言っておくが、くれぐれも勘違いのないようにな」 そう言って、少女の腕をつかみ歩き去る。 少女はすまなそうに少年の方を振り返りながら、居住区へと続く林道の暗闇へと消えていった。
* * * *
「今日はどう?」 その夜も、少女は少年が見張る木の下にいた。 「変わりないかな。あんたの占いは?」 「うん……変わらない」 月明かりに照らされた森に静寂のみが流れていく。 ふと、少女は意を決したように少年の紅い瞳をじっと見て尋ねた。 「ねぇ、あなたも……何か変わったものが見えたり、聞こえたりするの?」 虚をつかれ、少年は目を見開く。 「あなたもって……あんたは見えるのか?」 「……うん、たまに……あなたもわたしと同じ変わった目だから、どうなのかなって……」 少年は一度目をつぶり、落ち着いた表情で、 「俺の右目はさ、“風”が見えるんだ。こう……色がついてるみたいに。空気の変わった動きなんかはすぐにわかるし、だから見張りを任されてるんだ。このことは団長と俺だけの秘密なんだけど、赤目仲間ってことで特別にあんたにも教えてやるよ」 そう答え、木の上でニヤリと笑った。
その夜、二人は、様々な話をした。 少女の両親は事故で亡くなり、叔父夫婦に世話になっていること――少女の高祖父は宮廷占術師であり、叔父はそれをとても誇りに思っていること――少年は孤児であり、傭兵団に拾われ育てられたこと――。 そんな二人の暖かな時間を、夜の闇が優しく包んでいく――
遠くにカンテラの明かりが揺れた。 「ほら、そろそろ時間だ。叔父さんたちが来たぞ……あれ? 」 しかし少女たちの前にやってきたのは、腰に剣を差した壮年の男だった。 「団長、どうしたんだよ。まさか見張りやってくれんの?」 「ケッ、そのまさかだよ」 「こんばんは、ヘルマン団長」 「こんばんは嬢ちゃん、この馬鹿が迷惑かけてないかい?」 少女はぶんぶんと首をふり、にこりと笑顔を見せる。 「ナジが酔い潰れちまってな……ほれ交代だ、とっとと帰って寝な。あぁ……それとも嬢ちゃんとまだ一緒にいてぇかな?」 「ば、ばかいうなよ!」 少年は木から飛び降りると、顔をそむけて少女に包みを差し、 「……全部食べたよ。ありがとな」 そう言って、駆け去っていった。
「話が違うな。私はあの少年とヒルダが近づかないようにしてくれと頼んだはずだが?」 夜の闇に低く響く声。 見ると、木陰に少女の叔父が立っていた。 「そうだっけか? ヒースランドさん、確かに俺らはあんたにご指名頂いたがよ、雇い主は村だ。そんな細かい注文にまで従う義理は無いね」 何かを言いかけようとする叔父を、ヘルマンが目で制する。 「心配しなさんな。この子はオレが送ってくよ――それとも、この子を一人にしておけない特別な理由でも?」 「――フン、その子にケガでもさせたら承知せんぞ。ヒルダ……あれはお前が言った言葉だ――分かっているな」 叔父は忌々しげな表情を浮かべ、小さく悪態をつきながらその場をあとにした。
「……ごめんなさい」 「嬢ちゃんも大変だなぁ。あんな叔父さんと一緒じゃ息が詰まるだろ? 謝るこたねぇよ、むしろこっちはバルドの奴と仲良くしてもらって礼を言いてぇぐれぇさ。なんせこの傭兵家業だ、あいつにゃ同じ年頃の友達がいねぇからよ」
――こいつに教えてやらないのか? お前の占いじゃ……。
少女の肩がピクリと揺れる。 「嬢ちゃん、どうした?」 「ううん、なんでもないよ」
――フン、好きにしろ。しかしあの子供……“本物”か……。
少女は“声”に答えることなく、占札を掲げて月に透かし、 「――占い、外れたらいいな」 そうつぶやいた。
* * * *
村は騒然としていた。 少女の思い空しく、とうとう村に怪物の群れが現れたのだ。 傭兵団の活躍でなんとか第一波は退けたものの、傭兵たちの負傷も著しいものだった。 そんな中少女たちは、逃げ遅れた村人や傷ついた傭兵たちと共に村の集会所に集まっていた。
「ヘルマン団長、状況はどうだ?」 少女の叔父が、偵察に向かおうとするヘルマンを呼び止める。 「良くないな。あんな化け物、相手にしたことねぇよ。次はいったいいつ来るか……」 「……なら、あの少年を斥候に行かせたらどうだ――目が、いいのだろう?」 「団長、オレ行くよ」 少年が立ち上がる。
「ダメ……絶対にダメ!!」
少女が叫んだ。
「何で……そんなこと言ってる場合じゃ……!」 いきり立つ少年をなだめるように、団長が少年の頭に手を置く。 「落ち着け、今偵察は危険だ。村の西側は無事逃げられたと思うが、こっちは麓への道を断たれてる。一旦村を明け渡すしかねぇな。どこかにこれだけの人数が身を隠せる場所があれば、だが」 「……なら 山の上の洞窟がいい。そこなら食料の備蓄もある」 「――良し、その洞窟に隠れてしのごう。そこで怪物共が居なくなるのを待つ」
――フン なんともまどろっこしいことだな……。 ――やっぱり占いの通りに……私のせいなの? 怖い……怖いよ……。 耳を塞ぎうずくまる少女。 少年はそんな少女を、複雑な表情で見守るしかできなかった。
* * * *
洞窟に閉じこもり数日――怪物たちは、まるで何かを探しているかのように村に居座り続けていた。 その間、数度行われた傭兵団の掃討作戦も全て徒労に終わり、村人も傭兵たちも、ただ憔悴していく一方だった。
少女が恐る恐る占札をめくる。 ――やっぱり、変わらない……。
「またその札見てるのか? 心配するなよ、俺たちが絶対守ってやる。占いにもそう出てるだろ?」 濃い疲労の色を見せつつも明るく語りかける少年に、少女は困ったような笑顔で答えるのみ――。
――どうした……教えてやらぬのか? ――言えないよ……言ったらきっと“本当”になる……あの時みたいに……
さらに数日が経った。 食料も尽き、腹をすかし草をはむ者、洞窟から奇声を上げて逃げ出す者――皆が限界に達する中、その日も、少女はやつれた顔で占札を見ていた。 少女は目を疑った――そんな……! しばらく吸いつくように札を眺め、何度も占いをやり直してみたが、どれだけ繰り返せども“結果”は変わらない。 少女はおもむろに立ち上がると、少年に言った。 「バルドさん、占札に東側から怪物たちが来るって……見てきた方が……いいと思う」 「……? なら、むしろここに居なきゃダメだろ? 俺もここで皆を護る」 「バルド、行って来い」 その様子を側で見ていたヘルマンが口をはさむ。 「でもさ……」 「お前ならすぐ帰れるだろ? ヘルマン傭兵団自慢の斥候バルドさんよ」 「ちぇっ、なんだよ団長まで」 少年はきしむ体に鞭を打ち洞窟を後にした。 その背中を見送り姿が見えなくなったことを確認すると、ヘルマンは頭を掻きながら下を向いて言った。 「……嬢ちゃんは賢いな。全部、分かってるってわけか……」 少女の手は震えていた。 気付くと、二人の後ろに叔父が立っていた。 「ヘルマン団長……あのバルドという子はどこだ?」 「やぁ、ヒースランドさん。お互い酷い顔色だな。うちのバルドに何か用かい?」 陽気な口調とは裏腹に、叔父に鋭い視線を送るヘルマン。 叔父もまた、強張った表情で見返している。 「――限界だ。あの子を渡せ」 「……どういう、意味かな?」 叔父とヘルマンの異様な雰囲気に、洞窟内の空気が凍りつく。 「意味などどうでもいい……あの少年はどこだ」 「やっぱりそうか……ヒースランドさん、あの怪物たちは――“赤い目の子供”を探してるんだな?」
――フン…やはり人間とは斯くあるものか。
少女の肩がビクッと揺れる。
「お嬢ちゃんの目を見た時ピンと来たんだ。辺境の傭兵団なんて幾らでもいるのに、あんたはあえて俺たちを指名した――あんた、あの時紹介所でバルドのことをじっと見てたな……この洞窟の準備といい、あんたはこうなる事を知ってた――違うか?」 二人の会話が響き、洞窟内にざわめきが広がる。 叔父はこめかみにじわりと冷や汗を浮かべると、ふぅとため息をつき、ゆっくりと語り出した。 「……これはヒルダが予言したんだ。この子の占術は本物だ。あの時確信したんだよ――この子は、自分の親の死も言い当てたんだ」 その目は、ひどく虚ろな眼差しで――。 「ちっ、そういうことか…」 ヘルマンが忌々しげに舌を打ち、叔父に悟られないよう後ろ手に仲間に指示を出す。 「だから私は中央都にヒルダの予言を送った――この村が怪物に襲われるという予言さ。この予言が成され、予言により無事我々が生き延びればヒルダの力は認められる。私達はこんな田舎で終わる血筋じゃない……この子の力があれば、ヒースランド家は再び宮廷に帰り咲き再興を果たせるんだ。なぁヒルダ お前は――」 ――ダメ…やだ…言わないで……! 「――お前は言ったよな? 『赤い瞳の子供を探して怪物が来る……子を捧げなければ大勢死ぬ』と……さぁ、あのバルドとか言う子供を渡せ……あの子を……赤い目をもつ子供を差し出せば皆助かるんだ!」 洞窟内のざわめきが次第に大きくなる。 「……下らねぇ、胸糞悪ぃ話だぜ」 ヘルマンが苦々しい表情で唾を吐き、剣を引き抜いた。 「つまりあんたは、うちのバルドをご自分の夢の為に生贄にしようとしたって訳だ。だがね、本当に赤目の子を差し出せばいいのなら――この子でもいいんだろ?」 ヘルマンが目をつぶり震える少女の首を掴む。それを見た村人たちが、憔悴しきった目で幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、 「……その子を……ヒルダを生贄にすれば……助かるのか?」 口々にそう呟いて少女へと歩み寄っていく。 「違う! 殺すなら傭兵のガキだ! ヒルダとは価値が違う!!」 叔父が叫ぶ。 いつの間にか、ヘルマンと少女を囲うように移動していた傭兵たちも次々と剣を抜く。 「それはあんたにとっての価値だろ? あいつは俺たち全員の息子だ、やれるものかよ。俺たちは何度も手を汚してきてる。“これ”くらい訳ねぇさ……生贄は、この子だ」 ヘルマンはそう威嚇しながらも、そっと少女に囁いた。 「嬢ちゃん、悪いな……黙って死んでくれとは言わねぇ。できれば死ぬ気で抵抗してくれ……それで嬢ちゃんが生き残ったら――あいつを頼む」 自分を利用するために他人を殺そうとする者、その者を護るために自分を殺そうとする者――いったい、どうして……恐怖か、怒りか、絶望か、自分には抱えきれない感情に打ち震え強く目をつぶる少女――。
――さもしいな…もう、限界だ
「ダメ……ダメだよ……」
――オレを“使え”。オレは“二度”もお前を失うのはごめんだ。お前はいいのか? ここで死ぬのか? 生きることを、諦めるのか?
「……わたし……わたしは……」
――簡単なことだ。こいつらも、お前も、神や魔であってもそれは変わらぬ。
ざわめきがどよめきに変わり、洞窟内にあふれた喧騒が少女を包む。
――それは全ての者に与えられた権利だ。挑んだ者のみが勝ち得るものだ――さぁ言え、ならばオレは力を貸そう……オレを、解放しろ!
その場所に正気は存在しなかった。 飛び交う怒号。それぞれの主張を巡り、殺し合う人と人。少女に伸びる無数の――手――手――手――。
「わたしは――!!」
何かを呟く少女――瞬く閃光、吹き荒れる風、そして――静寂。
そこには美しい銀のたてがみを持つ、漆黒の魔狼が立っていた。 「――了解した」
魔狼の咆哮に、山が震えた。
* * * *
異変を感じとり、駆け付けた少年が洞窟で目にしたもの――それは、おびただしい数の死だった。 そしてその中でただ一人、赤く染まった少女が呆然と立ち尽くすんでいた。 少年の絶叫が木霊し、その声に反応した少女が後ずさる。 「……なぁヒルダ……いったい……何が……」 少女は震えながら、絞り出すように何かを言おうとしたが、その口からはヒューヒューとかすれた息が漏れるのみ――。
その時、魔狼の気配に引かれた怪物達の行軍の音が近づいてきた。 少年は、少女の手を取り走り出す。 「ちくしょう……誰がやった!? 団長……みんな……なんでオレが……オレが絶対仇を――絶対……殺してやる!!」 虚ろな目で少年の呪詛を聞く少女。その頭に、魔狼の声が響く。
――お前は生き残り、そいつも生き残った……悔いるな、それが全てだ。
しかし、少女にはその言葉の意味も、今の状況も、何も理解する事ができず、只々自分の腕を掴む少年の手を見つめる事しかできなかった。 自分という罪に、いつか罰を与えるであろう少年の手を――。
――fin
---------------
special episode 2――from “ver 3.2 フェンリル” ◆『魔狼の哀歌』◆
それは、ある『黄昏』の最中――。 この世界に現れた災いの世界樹――『煉獄塔』の頂を目指して飛ぶ特異点たる聖竜、それを追う巨人の群れの前に魔狼は立ち塞がった。 “繰り返される黄昏”に新たな終焉をもたらすため、そして刹那に得た蒼翠の友を守るため、魔狼は押し寄せる幾千もの巨人を噛み砕き、引き裂き、もはや敵のものか、己のものかもわからぬ赤色を無限に浴びた。 巨人たちは、世界中のそれが集まったのかと思うほどにどこまでも湧き続け、同胞の亡骸を押し退け、ともすればそれすらも武器にして、魔狼に襲い掛かった。 いくつもの日が落ちては昇ったが、構わず、休むことなく戦いは続いた。 しかし、どれほどの時が経った後であろうか、魔狼は今しがた頭を噛み砕いた巨人が、最後の一匹であることに気付いた。 「終わったのか……ならば、今ゆくぞ」 これでしばらく大事はないだろう。今頃、聖竜は頂に辿りつき、運命の敵と対峙しているやもしれない。あの者に組すると決めたからには、疾く参じ、この牙を貸さねば――。 歩を踏みだそうとした時、ぐらりと世界が回った。 そしてそのまま、煉獄塔の中腹から――落ちた。 魔狼の体は既に限界を迎えていたのだった。声ひとつ出せず、指一本動かすことが出来ない。 ――“ここまで”だと……? 情けなかった。 ――世界の終焉を前に、このオレが終わるだと……? 戦神を喰らうこともなく、友の敵に一牙を穿つこともなく……! 高速で流れる景色の中で、魔狼は顔を歪めた。 ――すまない……お前の心に、応えることができなかった……。 薄れゆく意識の中で刹那の友を思ったそのとき……煉獄塔の宿した洪大なアルカナが、魔狼の身体を絡め取った――。
光と闇が集まってねじれ合い、想いや、ヴィジョンを伴って激しく紅い川が流れていく。 アルカナの奔流の中で瀕死の魔狼が目にしたものは、宇宙が秘めた無限の『記憶』だった。 様々な世界が実際に辿ってきた過去――辿るかもしれなかった過去――人、神、魔、あらゆる存在の視点から紡がれた記憶が視覚化され、高速で展開されていく。 記憶の波は次から次へと瞬時に移り替わりながら目の前を流れて行ったが、ふと、ひとつの『記憶』が魔狼の前でぴたりと止まった。 そこに見えたものは、まっ白な雪原。 魔狼は何を思うでも、感じるでもなく、朦朧とした頭でそれを眺めていたが、やがて力尽きて目を閉じた。
どしゃり、という衝撃とともに魔狼は目覚めた。 次いで感じたものはじんわりと身に染みわたる冷たさと、目の前に広がる白銀の眩しさ。 全身に刻まれた傷口から染み出す赤色が、じわじわと純白の地面を染めていく。魔狼は自分が広大な雪原に投げ出されたことを悟った。 ――これは、幻ではないようだが……。 未だぐらぐらと揺れる意識を無理やり繋ぎ止め周囲を伺うが、先程まで魔狼を包んでいた強烈なアルカナはもはや感じられない――いや、その存在だけは感じるが、今のそれは、先ほどに比べ限りなく弱い。 つまり、あの“世界樹”を宿したレムギアという世界の、『過去』のどこかに放り出されたということか。 「……雪、か……」 一面を覆う白い色は、魔狼にある『記憶』を呼び起こさせた。
どれほど昔のことであっただろうか。つい昨日のようにも、遥か昔のことであったようにも思える。それは魔狼がこの世界に渡る以前――神々の造りし枷『グレイプニル』によって、アケローン大陸の凍てつく谷の底に封じられていたときの記憶。 強く思い起こされるものは、降り積もる雪の冷たさと魔狼が縫い留められていた『叫び岩』の感触、春の花の香り、そして――。 「……ふん、なぜ今……このオレが弱ったものだ……」 にわかに、脳裏に浮かんだ『彼女』の記憶と、黄昏で得た友の影が重なる。 同時に、体の内より熱い何かが“感じろ”と訴えかけてくる。まだ僅かに体に残るアルカナの影響か……それとも……。 「……これは、いったい……?」 その時、あちこちに赤く開いた傷口に降り注ぐ雪を感じながら、魔狼は、時の向こうに友の叫び声を聞いた。 悲しみと痛みに満ちた、無垢なものが穢されていく、哀れな叫びを。 「……!!」 時の向こうで、黄昏はまだ続いていた。友たる聖竜は未だ戦い続け、そして傷ついている――! 友のもとへ駆けつけんと足に力を込めるが、傷ついた体はもはや言うことを聞かず、いくらかの血を新たに噴き出しただけだった。 再び“あの記憶”が蘇る――血にまみれ、花を握り締めたままこと切れた『彼女』の最期……。
――また、失われる……!
魔狼は目を血走らせ、咆哮を上げた。 血が絡み、途切れ途切れの、もはや咆哮ともいえぬ無様な声だった。 弱々しいその雄叫びは、やがて降り積もる雪に吸い込まれて消え、魔狼の頭は力なく地に落ちた。 やはりこのまま、何もなすことなく果てるのか……。 しかし、誰に届くはずもない無念の叫びに、たったひとつ、答える声があった。
「ほう、“このオレ”にな……それほどまで執着し、嘆くものがあったとは……」
横たわる魔狼を覗き込む影――見下ろしていたのは、身体を巨大な楔や杭に貫かれ、切れ切れになった鎖が幾つも身体に絡みついた――魔狼『黄昏の咆哮』――すなわち――。 「……お前……は……」 「そうだ、“オレ”はこの『時』を生きる“お前”だ。別の『時』から来たオレよ」
過去を生きる魔狼は、横たわるもう一人の自身の身体にその鼻先を当てた。そして噴き出す血といくつもの傷をじっと見つめると、何かを悟り、尋ねた。 「蒙昧な巨人どもの匂いがこびりついているな……お前の生きる『時』では、オレは神どもに付き、敗れたとでも?」 「……確かに巨人どもとは袂を分かったが、このオレがあの胸糞悪い神々などに付くはずは無かろうよ。だが……ああ、オレは敗れた……そして、世界樹から堕ちて時空を彷徨い、こうしてここに流れ着き――死ぬのだ」 「……そうか……ならば別の『時』を生きるオレよ、死ぬ前に答えよ。お前の抱く、その底知れぬ無念と未練は一体何だ? 神々への憎悪と憤怒、そして混沌への激情しか知らぬオレが、なぜそんなものを抱いている?」 魔狼は少し言いよどみ、遠くに目を向けて答えた。 「……友を救えぬ、己の非力さよ」 その言葉に、『黄昏の咆哮』は牙を見せて唸った。 「笑わせる! “神殺しの魔狼”たるオレが、そのようなことを考えるものか! オレよ、失望したぞ。オレとお前の間にどれ程の隔たりがあるかは知らぬが、このオレの魂が、よもやそのような脆弱な感情を持つことになろうとはな……!!」 「……そうだ……オレにも、お前同様それしかなかった……そう思っていた……だが、違った……」 魔狼は苛立つもう一人の己を見上げ、静かに言った。 「お前も同じだ……お前の砕けた『グレイプニル』が告げている。思い出せ、お前もまた知ったはずだ……『グレイプニル』が砕けたあの瞬間……“あの娘”が死んだときに、友を失う意味を……その感情を……その痛みを……」 「……!」 魔狼の言葉に、『黄昏の咆哮』は目を見開いて口を噤んだ。 魔狼も黙った。返ってくる言葉がなくとも、彼の思いは理解できていた。 しばらくの沈黙のあと、ようやく魔狼は口を開いた。 「わかったよ……オレがこの『時』に来たのは……いや、お前がオレを“呼び寄せた”のは……オレを通して、お前があの痛みの片鱗を感じたからだ。オレも、お前も、既に憤怒と憎悪に満ちた神殺しの魔狼などではない。現に、再びあの痛みを恐れ、こうしてお前はオレの前にやってきたのだから……頼まれてくれるな?」 口の端から熱い血がこぼれ、伏せた魔狼は苦しげに言葉を切った。 『黄昏の咆哮』は、血にまみれた魔狼を見つめ続け、やがて、言った。 「その友とやらは、どこにいる」 「『時』の向こう……幾億と繰り返した黄昏が、筋書きと違う終末を迎えようとしている『時』に」 『黄昏の咆哮』は魔狼に背を向けた。 その目は真っ直ぐ天を見つめ、時を、次元を越えて、“まだ見ぬ友”を救いに行く覚悟を宿していた。 「……いいだろう。ただし、すべてはこのオレの魂の矜持のためよ。死にゆくお前のことは知らぬ。その傷を癒すアルカナなどオレには無いからな。ここで果てる運命ならば、そのまま受け入れて眠るがいい」 「それでいい……充分だ……」 そうして、『黄昏の咆哮』は走り去った。 後には一面の白と、自らの体から流れ出で、その白の上に染め広がる赤を見つめる、魔狼だけが残った。
* * * *
染み入るような静寂の中、ほろほろと降り始めた粉雪がうっすらと魔狼の体を包む。 もはや冷たさも痛みもなかった。 魔狼はまどろみに近い終わりを感じながら、再び凍てつく谷の底で繋がれていたときのことを思い出していた。 そういえば、初めてあの娘に会ったあの時も、その身は粉雪と霜にまみれていた。 獣に追われ、魔狼のもとに迷い込んだ少女――その無垢な魂は、死の国の女王たる妹が大切に迎えてくれたはずだ。 こうしてこのまま果てたなら、かの国でまた出会うこともあるだろうか――。
「……なぁ、ヒルダよ……」
つい、小さく彼女の名がこぼれた。 すると魔狼のすぐ傍で、どさり、と何かが地につく音がした。 うっすらと目を開くと、そこには少女が、怯えた表情で震え、座り込んでいた。 毛皮の防寒着に着膨れた、ふわふわとしたミトンをはめた少女――。 記憶の彼女を思い起こさせる姿……まとう無垢な空気……まさか、そんなはずはない……。
「……どうして、わたしの名前を知ってるの……?」
魔狼は驚愕した。
そして――笑った。 この地に落ちたのは……“そういうこと”でもあったか……運命が、笑わせる。 魔狼は少女を見つめながら、ひとしきり一人で何かを悟ったように目を細めると、 「ヘルめ……丁重に迎えると言っていたが――あのいたずら者め……やはりあいつは親父殿に一番似ているな……」 そう小さくつぶやき、目を閉じてまどろみのままに身を任せた――その小さな体から感じる、強大なアルカナの片鱗に。
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- 考察
- キャラクター説明
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