とある山中を走る車が一台。 「これなら、なんとかお昼には間に合いそうですね」 ハンドルを握る女性がにこやかにそうつぶやいたとき、その瞳に追い越しをかける車の姿が映った。 「あっ、追い越し」 表情が一変する。 「いい度胸してますね……」 彼女の中で何かのスイッチが入った。 踏み込まれるアクセル。 後部座席の女の子は声をあげることすらできずに、恐怖で固まった。 ・ ・ ・ ・ ・ 眩いばかりの日差し。 砂浜は多くの海水浴客で賑わっていた。 「よっしゃー、泳ぎで勝負だ! 負けた方がジュース奢りだぜ!」 八重歯の女の子が右手の人差し指をビシっとつきつけた相手は、長い髪を二つのお団子にまとめた釣り目の女の子。 「おまえはほんとガキだなぁ」 「気合入れていくぜ!」 「聞いてないし」 「じゃあ、私がゴールポストな」 「あまり遠くまで行っちゃ駄目よ」 「分かってるって! スターター頼むぜ」 彼女は、そういって飛び込むと沖合いまで泳いでいった。 二人が波打ち際で待機している。 「いいぜ!」 沖合いのゴールポスト役から、OKのサインが出される。 「じゃあ。よーい、スタート」 バシャン! 二人が勢いよく海に飛び込んだ。 「へぇ~、妹ちゃんもお料理できるんだ」 「うん、今日のお弁当も一緒に作ったんだよ」 「私も今日のお弁当作るの手伝ったんだけどね」 「楽しみだね」 「うん」 頭に黄色いリボンをつけた女の子と、前髪をカチューシャであげて後ろの長い髪を団子にまとめた女の子が、浮き輪で波間に漂っている。 「あっ、お姉ちゃんたち、泳ぎの競争してるみたい。お姉ちゃん、頑張ってぇー!」 泳ぎの勝負は結局引き分けで、その後、沖合いで三人でじゃれあっている。 いや、一人は巻き込まれているといった方が正しいのかもしれない。 そんな様子をビーチパラソルの下で眺める視線が二つ。 「まったく、あいつもガキだな。あれじゃ、どっちが子供か分からんぞ」 「それがみさきちのいいとこじゃん。あれはあれでいい母親だと思うよ」 「まあ、それは否定しないけどな」 そこに、スターターを務めたあやのが戻ってきた。 「柊ちゃん、泉ちゃん。お弁当もってくるから、あの子たちよろしくね」 「量があるなら私も手伝うわよ」 炎天下のもとでは悪くなってしまうので、お弁当はクーラーをきかせた車の中に置いてある。それをここまで運んでこなければならない。 「柊ちゃんはここにいて。みさちゃんや泉ちゃんだけじゃ、ちょっと心配だし」 確かに、みさおやこなただけに、子供たちを任せておくのは心配だ。 ちなみに、つかさも一足先にお弁当にとりにいっていた。そのときも、手伝うといったかがみに返したセリフは、今のあやのとほとんど同じ。 とことん信用のないみさおとこなたであった。 二つの浮き輪はのどかに波間を漂い続けている。 「へぇ、お菓子も作るんだ」 「お母さんに教えてもらいながらだけどね」 「しかし、まあ、いい歳した独身女が二人して、子連れの海水浴に付き合ってだべってるってのもどうなのかしらね」 「いや、こうしてれば、かがみも子連れに見えるんじゃないかな」 かがみは、こなたに視線を移した。 濃紺のスクール水着。胸に縫い付けられた白い布には「6-3 泉こなた」の文字。 「おまえは、本当は何歳だ? 正直に白状しろ」 「ハッハッハッ、この泉こなた、とっくに三十路は越えておりますよ」 「初対面の人間は、絶対に信じないだろうな」 「ロリはステータスだ、希少価値だぁ」 「価値があるかは知らんが、希少なことは確かだわな」 「このー! やったな!」 「「おお! 反撃かぁ!?」」 バシャ! バシャ! 沖合いでは、三人のじゃれあいが続いている。 「それにしても、つかさのとこのお姉ちゃんは、ほんとかがみにそっくりだね」 「そうね」 「なんていうか、かがみを数倍にパワーアップした感じ? スーパーかがみんR2みたいな」 「ひとの姪をロボットみたいにいうな」 「まあ、かがみ以上のかがみポジションだし、そうなるのも無理はないよね」 四人家族で、仕事の関係で父親は不在がち、母と双子の妹があんな感じじゃ、かがみ以上にしっかり者になってしまうのも無理はなかろう。 「こなちゃん、お姉ちゃん。お待たせ」 つかさとあやのがそれぞれ大きなバスケットをもって戻ってきた。 「みんな、お昼ごはんよぉ~」 あやのがみんなに招集をかける。 「「おお、メシか!」」 沖合いのみさお母娘が真っ先に反応した。 そのあとをつかさの娘(姉)が続く。 浮き輪の二人がゆっくりと戻ってくるのを、みさおの娘とつかさの娘(姉)が押してあげた。 ビーチパラソルの下でのお昼ごはん。 「「あやの(おばさん)のミートボール、うめぇ~」」 みさお母娘はさっそくご満悦で。 あやの母娘はそれをにこにこと見守っていて。 「あっ」 双子の妹がサンドイッチを取り落としたのを、姉が見事にキャッチして。 「もう、気をつけなさいよ」 「ありがとう。お姉ちゃん」 つかさは、そんな双子をにこにこと見守っていて。 「かがみん。そんなに食べたら太るよ」 「昼からは動くから大丈夫よ」 「その油断が悲劇を招く」 そして、独身女二人は、相も変わらずの応酬を繰り返していた。 「みなさん、楽しそうですね」 突然ふってきた声にみんなが一斉に振り向くと、そこには超絶グラマー美人さんとその手につながれた女の子が立っていた。 「おお、みゆきさん」 「早かったじゃない。午後になるって聞いてたけど」 「ええ。昨夜の当直は急患もなく、引継ぎがスムーズにすみましたので。さっそくご一緒させていただいてよろしいですか?」 「もちろんよ」 「では、失礼いたします」 みゆきの眼鏡っこではない娘も、 「こんにちは」と丁寧に頭を下げて、その場に加わった。 その顔に涙の跡が見えたのは、たぶん気のせいだ、たぶん……。 みゆきたちも加わって、午後はみんなで遊びまくった。 子供世代対抗ビーチフラッグスは、みさおの娘とみゆきの娘の決勝戦となり、みゆきの娘が優勝。 親世代対抗ビーチフラッグスは、みさお対こなたの決勝戦で、みさおが優勝。 母娘でワンペアとなったビーチバレー対戦では、かがみ-つかさの娘(姉)ペアが優勝。優秀ペアは母娘ではないが、実の母娘以上に似ているので誰も気にしなかった。 夕方、旅館に戻った一行は、風呂に入ってから、料理に舌鼓をうった。 そして、遊び疲れのためか泥のように眠りについた。 こうして、楽しい海水浴は終わりを告げた。 翌日のお別れは、みんな名残惜しそうにしていたのはいうまでもない。