バレンタインSS(964氏)

シェリルとランカ、2人揃っての写真撮影、その合間の休憩時間。
まだ名前の知らない花ばかりが咲いている中に、ランカはしゃがみ込んでいた。
人工の物ではないせいか、この星の花々はとても自由に、咲き乱れている。
写真撮影の為に用意された愛らしいワンピースが皺になっても気にしない。
ランカの意識は、手元で徐々に形になりつつある花の首飾りに集中しているからだ。

「作るの久しぶりだからかな。どうしても不格好になっちゃう……」
「こんな所にいたの。探したわよ、ランカちゃん」
「シェリルさん!」

聞こえてきた最愛の人の声に、ランカはすぐに手を止め、顔を上げた。
同じように撮影用の衣装に身を包んだシェリルが、近づいてくるのが見える。
咄嗟に花を手にしていた手を後ろに回し、ランカは曖昧な笑みをシェリルに向けた。

「ごめんなさい、勝手にこんな所まで来ちゃって」
「謝る事はないわ。どこで休憩を取ろうと自由なんだし。
 ただ、私はランカちゃんと一緒にゆっくりしたかったんだけど?」

すぐ側までやって来たシェリルが、腰を折ってランカを見下ろしてくる。
その目が、「ランカちゃんは私と一緒に休みたくないのかしら?」と問いかけていた。
勿論ランカとて、気持ちは同じだ。仕事の時もプライベートの時も。シェリルといたい。
だが、今この時だけは、そういう訳にもいかなかった。
とは言え事情を明かす事も出来ず、ランカは誤魔化すように笑いかける。

「え、えへへ」
「ランカちゃん、何を隠してるの?」
「何も隠してなんかいませんよ?」
「う、そ、つ、き。ワルイコにはお仕置きしちゃうんだから」

自分も野原に座り込んで、シェリルがランカの顎に手をかける。 
徐々に視界を占領していくシェリルの柔らかそうな唇にランカが気を取られた瞬間、背中に回していた手から、花がすり落ちた。いや、シェリルによって奪われてしまったのだ。

「あ! シェリルさん、ずるい!」
「キスぐらいで油断する位じゃ、まだまだよ、ランカちゃん。
 そこが可愛いんだけどね……って、お花?」
「はい。花の首飾りです。まだ、途中なんですけど」
「ひょっとして、私に?」

目を丸くしたまま問いかけてくるシェリルに、ランカは頷いて見せた。
まるで小さな子どものような真似を、と思われるかもしれない。
だが、ランカがシェリルと過ごす休憩時間を諦め、更に幼かった頃の記憶を手繰り寄せてまで、こうして首飾りを作っていたのにはそれなりの理由があった。

「今日、バレンタインですから。シェリルさんに、贈り物をって、思ってて。
 昨日作ったお菓子を持ってきたんですけど。それが……ダメになっちゃったんです。
 代わりの物を買おうとしても、今日中には用意できそうに無いですし。
 だったらせめて、お花をって」
「ダメになったって。失敗したって事?」
「いいえ、出来上がりは大丈夫だったんです。
 ただ、私が紙袋に入れてきちゃったから。ここに来る途中、袋の中でこんなに」

傍らに置いていたバッグから、ランカは紙袋を取り出した。
中身は、手作りのクッキー。いや、クッキーだったもの、だ。
見た目の可愛さで、ランカが入れ物としてこの紙袋を選んだのがそもそもの間違いだった。
まだ舗装が完璧ではない荒れた路面のせいだろう。
此処に来るまでの車中でクッキーが粉々になってしまったのである。

「すっかり崩れちゃったのね。元はどんな形だったの?」
「星の形とか。ハートの形とか。色々です」
「あぁ、この欠片なんか、星っぽいわね」
「本当ですね」
「折角だから、食べさせてよ、ランカちゃん」
「え?」

比較的大きなクッキーの欠片を手にしたシェリルが笑う。
食べさせてと言いながら、シェリルはその欠片をランカの口元に押し付けてきた。
星の欠片の、尖った部分を少しだけ唇で挟んだまま、ランカは目を白黒させる。
これは、どういった流れなのだろう。

「お仕置きの続きよ、ランカちゃん」
「ふぁ……」

ひどく嬉しげな顔をしたシェリルが、ランカの唇に自らのそれを重ねてくる。
いや、正確には、ランカが銜えているクッキーの欠片を、シェリルが食べているのだが。
欠片が小さいせいで、鳥のする啄ばみなのか、キスなのか、よく分からなくなってしまう。
1つ目の欠片を唾液で柔らかくしてから飲み込んだシェリルが、唇を離してまた別の欠片を取り出そうとする時、ランカは自然に問いかけていた。

「あの、シェリルさん。まだ……するんですか?」
「もちろんよ。袋の中身が空になるまで、ね」
「ええ!? でも、殆ど粉々なのに」
「じゃあ、粉々になった欠片をランカちゃんから口移ししてもらおうかしら」
「口移し!?」
「折角ランカちゃんが作ってくれたんだもの。もったいないじゃない?」

あまりの恥ずかしさに、ランカは顔を覆いたくなった。
しかし、楽しそうなシェリルの表情を目の当たりにすれば、拒否など出来るはずも無い。
渋々次の欠片を銜えさせられながら、ランカは考える。
ようやく上手く焼けたクッキーが台無しになって、とても悲しかった。
けれど無駄になったと思われたクッキーが、シェリルに食べてもらえるのは望外の喜びで。
普段のキスとは少し違う、独特な唇の感触も、また新鮮で心地良い。
思い描いていたのとは、違う形のバレンタインになってしまったけれど。
シェリルも、ランカ自身も。こんなに蕩けそうな感触に身を任せられるのなら、
これはこれでいいのかもしれない。



結局休憩時間中に欠片全てを食べる事は出来なくて、残りは翌日に持ち越される事になる。
その後撮影現場に戻ったシェリルの襟元には、少し歪んでいるものの可愛い花の首飾りが。
ランカの首元には、シェリルが贈ったペンダントが輝いていた。



バレンタインSS蛇足
シェリランのバレンタインは互いに贈り物をし合うといいと思って書いた。
ランカ→シェリルはクッキー……が粉々になったので花の首飾り。
シェリル→ランカはペンダント。
ラストでランカがつけてるのは、シェリルからのバレンタインの贈り物って事で。

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最終更新:2009年04月18日 14:24
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