PM12:30
「早く…早く帰らないとっ…!」
20XX年、都会の大きな電気街。少女は家までひた走る。目的の物が手に入ったのだ。
AM11:00
彼女、水上七乃(みなかみ ななの)はとある学園に通っていた少女である。彼女自身は成績が優秀で、他の先生に将来を期待されていた。彼女のことを過大とも言える評価をする者たちの裏で、彼女を妬む者もあり、謂れのない疑いをかけられ、次第に学園で孤立してしまった。そして、嫉妬する生徒を中心にした大きなグループから攻撃を受けるにつれ、自分の存在を疑うようになり、ついには不登校になり現在に至る。
自分の居場所を奪われ、途方に暮れていた彼女は次第に電脳の世界にのめりこむようになり、そこであるゲームを発見することになる。
「サイバーランド・サーガ~サヴァイブ・ワールド~オンライン」…
興味本位でプレイしてみた彼女は新しい技術や攻略法を考えたり調べたりするのが楽しくなり、あっという間にはまっていき、その世界でも期待や尊敬を集める伝説のプレイヤーになっていくのであった。
そうしていくうちにプレイヤーのレベルやスキルが磨きに磨かれたころ、新しいアカウントを作ってまた成長させようと考えていた時、とある侵入者が
襲撃してきた。
「なーのちゃん!あそぼーよ!」
その襲撃者の名は、緑ヶ岡琉華(みどりがおか るか)。七乃の親友を自称する少女である。
「琉華!部屋に入るときはノックぐらいしなさい!」
「ごめーん!ゆるしてー。」
彼女は不登校になった七乃を信じる数少ない友人の一人である。こうして不定期的に部屋に襲撃する彼女と他愛のない話を済ませたところで学園の話にシフトする。
「それでね、メロンちゃんがまた変な機械を見せびらかしてさー、その機械がちょっと暴走して学園が軽くパニックになってさー…」
「ふふふ、それは面白いわね。」
学園の出来事を話す琉華は、七乃にとってとても素敵なように見えたのだった。
そんな時、事件が起こる。
「なのちゃん!これ何かっこいい!」
琉華が手にしたのはあのゲームのログインに必要である、電気街で購入したヘッドギア(通称:電脳コントローラー)である。なんと彼女はそれを装着したではないか。
「あなたに使いこなせるかしら、それを…。」
「デンジャラスイッチ・いぐにっしょーん!」
高らかに宣言してヘッドギアの電源を入れると、彼女が電脳世界にダイブする。その状況は彼女が実況中継してくれる。
「すごーい!なにこれすごーい!」
「どーよ、すごいでしょー。」
語彙力が10年ほど若返っているぞと思った七乃が、顔をほころばせた刹那、
「え!?何これ!?こんなのと戦ってるの!?」
「どうしたってのよ…」
七乃はデスクトップの電源をつける。このゲームの映像はそれでモニタリングすることができる。もっとも、ヘッドギアに映像が映るため、ゲーム中は無用の長物となるのだが。そこには彼女が理想郷とする光景とは似て非なるものであった…。
偽りの空が燃えている。かりそめの陸が蝕まれている。作られた海から集団の魔物が進撃してくる。
「え!?何これ…」
思わず友人の言葉を借りる七乃。
「なのちゃん…助け…っ」
琉華は糸が切れた操り人形の如く、ふっと意識を失った。
「琉華!しっかりして!」
こんなことは起こりえなかった為、いくら成績優秀な彼女でもどうしたらよいかわからない。自身が追い詰められていくのを感じ始めたその時、
「どーもー、ナノンさーん。お元気ー?」
見慣れない黒い甲冑の騎士がデスクトップに映り、その声と思しき野太くて感じの軽い男の声が音声としてスピーカーから流れてきた。
「誰よあんたは…!」
「私はねぇ、あなたを知るものですぅ。お友達は預かりましたー。」
「なっ…」
「わかっているとは思うけどー、その電脳コントローラーを外したらいかんからねー。」
『使用中はこのコントローラーを外さないでください。(中略)大変危険です。』などと注意喚起がされていることを七乃は知っている。彼女は今すぐ殴りに行く気持ちをぐっと抑えた。
「返してほしければ、とりあえずこのイベントを乗り越えてねー。そんじゃーねー。」
男がデスクトップから消える。
「どこに行っても、いくら困難を乗り越えても、結局は同じ運命か…。それでも、私の友達を巻き込んだのは許せない…!」
仕様のない運命を感じた後、久々に感じた湧き上がる怒りという感情を受け入れた七乃は、少し落ち着いてから、今の状況を整理する。ネット上で情報を整理すると、こんな状態になっているのは自分の友人だけだと、確信した上で
「琉華、ちょっと待っててね、すぐ助け出してあげるから!」
彼女は部屋を飛び出した!
PM13:40
新しいヘッドギアを購入した七乃は、すぐにサーバーに接続する。
『あなたの分身となる…』「あああもう!うるっさい!」
慣れた手つきでパパッと
アバターを作成し、とりあえずそこんじょそこらの魔物をバッタバッタと
狩り、お金で買えるそれなりに良い装備を整え、ギルドに殴り込み、
レイドボス討伐イベントに参加するのであった。
こうして、大切な友人を救うべく
ナノ・スプリームの冒険が始まった!
———サイバーランド戦記、開幕。