第六話 『追跡! ピクシィミサの正体を追え!』
今、まさに日が落ちようとしている夕暮れ時。
鳥とウサギ―――留魅耶と魎皇鬼は、塀の上で何かを話し合っていた。
……話し合うと言っても、留魅耶が強引に付き合わされた形なのだが……。
「なー留魅耶ー、ミサの正体教えてくれよー」
まるで親友の好きな子を聞き出すかのような軽い調子で尋ねる魎皇鬼。
「嫌だよ」
「そう言わずにさー。ほら、こっちもサミーの正体教えるからー」
魎皇鬼は他人の秘密を勝手にチラつかせてまで、留魅耶から情報を引き出そうとする。
「別に興味ないよ。サミーが誰だろうと、僕には関係ない」
あくまでそっけない態度を取る留魅耶。
それでも魎皇鬼を無視して飛び去らない辺り、律儀な性格の彼らしい。
「そんなこと言わないでー、ほら頼むよ、教えてよー」
とうとう理屈でも取引でもなくなった。単なる駄々っ子のゴリ押しである。
「何と言われたって言わないよ。彼女に迷惑がかかる」
「なんだよぉ、みんなに迷惑かけてるのはミサの方じゃん。てゆーか、自分が魔法を与えた子が悪いことをしてるのに、何とも思わないのかよ?」
「……………………」
痛いところを突かれ、流石に留魅耶も押し黙ってしまう。
が、ほどなくして口を開く。
「……僕は、余命幾許も無い身だ。その残りの人生、全部彼女のために使うって決めたんだ」
「…………留魅耶、おまえ…………」
彼らジュライヘルムの住人は、10歳を越えたら地球でその生命を維持することはできなくなる。
そして……留魅耶がその誕生日を迎える日まで、既に1ヶ月を切っていた……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「現われたわね、プリティサミー!」
留魅耶と魎皇鬼が話し合っているのとほぼ同じ時間。
最寄り駅から数駅ほどにある電気街……というかオタク街の一角で、
漆黒のボンテージを着込んだ金髪少女と、青髪の和服(?)少女が対峙していた。
「ミサ……もうこんなことはやめてよ!」
複雑な表情でミサを睨みつけるサミー。
背景では大小様々なラブラブモンスターが破壊活動を行っている。
以前のミサに比べ、明らかに迷惑行為のレベルが上がっている。
「街を壊したりしたら、色んな人に迷惑がかかるんだよ! だから、もうやめようよ!」
「やーなこった! ミサはスーパーなマジックガールなんだから、普通の人間と違ったスリリングでエキサイトなエンジョイライフを送るのよーだ!」
「ねぇ、あたしの言うことを聞いてよ!」
「なぁーんであたしがアンタの言葉をヒアリングしなきゃいけないの。べーっ、だ!!」
下まぶたを指で押さえ、完璧なまでに憎たらしいあっかんべーを決めてみせるミサ。
「ミサ、お願いだから話を……!」
「しつこいわよ! さぁ、カメラ女!」
「ラジャー!」
「きゃっ!?」
カメラ女が放ってきた黒いフィルムを巻き付けられ、身動きが取れなくなるサミー。
「にょっほっほっほ、他愛ないわねー」
「く、くぅっ……」
「カメラ女、例の作戦よ!」
「ラジャー!」
頭がそのままドラマ撮影用のカメラになったようなカメラ女は、サミーを縛り上げたまま彼女の四方八方からフラッシュを炊きまくる。
何で動画カメラでフラッシュが炊かれるのかは気にしてはいけない。
「ちょ、ちょっと! 一体何をしてるのよ!?」
「知れたこと! アンタの恥ずかしい写真を盗撮しまくって、ネットに公開してやるのよ!」
「こ、この……!」
無理やり縛り上げた状態の撮影を盗撮と呼ぶべきか否かは定かじゃないが、
プライバシーに直接ダメージを与えるえげつない攻撃に、流石のサミーも堪忍袋の緒が切れる。
ブチブチッ!!
「こんなフィルムッ!!」
「むっ!?」
サミーは青筋を額に浮かべて撒きついたフィルムを力任せに引きちぎると、すかさず必殺技の体制に入る。
「プリティー・コケティッシュ・ボンバー!!!」
「あぁーーー!!! アナログフィルムは光に弱いのよーーー!!!」
ハートの弾丸に撃ち抜かれ、カメラ女は善良なカメラ小僧の姿に戻った。
「あーらら、折角のお宝写真が全部ダメになっちゃったわね」
ざーんねん、と言った感じで信号機の上に腰掛けているミサ。
「じゃ、ミサは飽きたからゴーホームするわねぃ。後よろしく」
「待ちなさいよっ、まだ話は終わってないんだから!」
そのまま空中を歩いて立ち去ろうとするミサを追おうとするサミーだったが……。
見ると、電気街ではまだコミック女とカラオケ女の二体が暴れていた。
「くっ……ミサよりも残ったラブラブモンスターを先に倒さないと!」
急いでラブラブモンスターを倒したサミーだったが、当然のことながらミサの姿は完全に見失ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ミサを撃退し、使命を果たした砂沙美は帰路についていた。
しかしその足取りはとぼとぼと頼りなく、肩も落としている。
「今日も……ミサとちゃんと話をすることが出来なかったなぁ……」
前話でミサの心の断片を見てしまった砂沙美は、一方的に彼女を敵とみなすことが出来なくなってしまい、
一度でいいからミサと本音でぶつかりあってみたくなったのだ。
「砂沙美ちゃん!」
「あ、リョーちゃん!」
足元にやって来た魎皇鬼を、砂沙美は待ってましたとばかりに抱き上げる。
「どうだった!? 留魅耶くんにミサのこと聞き出せた!?」
「ダメだったよ、思ったより口が堅かった」
「うーん、留魅耶くんなら強めに押せば素直に教えてくれると思ったんだけどなぁ……」
そこまで気が弱いと思われてる留魅耶も哀れである。
「後をつけるのも考えたんだけど、あいつ建物の上を飛んで行くから、追跡は無理だね」
「そっか……」
「もう諦めなよ。悪の魔法少女を説得するなんて、端から無理だったんだって」
「説得なんて大げさな物じゃなくて……お互いにもっと分かり合いたいと言うか……」
「それも十分大げさな表現だと思うけど」
「そ、そうかなぁ」
「何にしろ、いつ何処に現われるか分からない上、すぐに逃げちゃうんじゃ、話し合いどころじゃないよ」
「……だよね……」
砂沙美はしょんぼりしてしまう。自慢のツインテールもしおしおだ。
「だからさー、ミサの事情なんて気にしないで普通にやっつけちゃえばいいんだって。
そうすれば街は平和になるし、善行ポイントも溜まるし、万々歳だろ?」
「でも……」
『絶対に許さない……私の大切な人を侮辱する奴は、絶対に……!』
強い怒りに満ちつつも、何処か辛そうだったミサの心の声が、未だに砂沙美の耳から離れない。
「……ダメ……やっぱりこんな気持ちのままじゃ、砂沙美はミサと戦うことなんて出来ない……」
「砂沙美ちゃん……」
砂沙美は考えれば考えるほどドツボにハマっていってしまい、家に付く頃にはすっかり失意の底に沈んでしまっていた。
二人が家に到着した時、萌田家の母・津名魅はテレビを見ながらお茶を飲んでいた。
「ミャアン!」
「あら、おかえりなさい魎皇鬼」
魎皇鬼を抱き上げて頭を撫でる津名魅。
「……ただいま……」
「あら、砂沙美ちゃんも一緒だったの。おかえりなさい」
「…………」
無言で自分の部屋に入ってしまう砂沙美。
津名魅は少し不安そうな瞳で閉まったドアを見つめた後、魎皇鬼に向き直る。
「最近の砂沙美ちゃん、何かを悩んでいるみたいなの。魎皇鬼、何か知らない?」
「……ミャァン……」
色んな意味で、答えられる訳が無かった。
「……魎皇鬼……側に居て、砂沙美ちゃんを支えてあげてね」
じっと魎皇鬼の目を見てそう言う津名魅。
魎皇鬼は困惑しつつも、娘を想う母の強い気持ちをその瞳の中に感じ取った。
(そうだ……僕が砂沙美ちゃんを助けなきゃ!)
留魅耶がミサの為に尽くすのと同じように、自分も全力でサミーを助けなければ。
そんな強い使命感に駆られ、魎皇鬼は砂沙美の部屋に飛び込む。
―――はずだったのだが、ドアノブに手が届かなかった為、
そっと津名魅に開けてもらった。
砂沙美はベットに寝転んで枕に顔をうずめていた。
その横に飛び乗って、魎皇鬼は砂沙美に語りかける。
「砂沙美ちゃん、悩んでても仕方ないよ! こうなったら聞き込み調査だ!」
「……聞き込み調査……?」
「ミサの目撃情報などを収集して、ミサの活動範囲を絞り込むんだよ!」
「……………………」
魎皇鬼の話に興味を持ったのか、砂沙美は枕から顔を起こす。
「……そんなこと、できるのかな?」
「僕が思うに、ミサは砂沙美ちゃんの近くにいる人間の可能性が高いと思う。
そうじゃなければ、あんなに都合よく砂沙美ちゃんの活動範囲に現われないと思うし」
「……言われてみれば……」
「だから、近所の人達の話を総合すれば、必ずミサに辿り着けるはずだよ!」
「……………………」
少々虚ろだった砂沙美の瞳が、徐々に輝きを取り戻す。
「だよね……だよねっ!! まだ諦めるには早いよね!」
ガバッと身を起こす砂沙美。
その全身に新たな決意が漲っている。
「砂沙美ちゃーん、ご飯できたわよーっ」
「はーい、すぐ行きまーす!」
タイミング良くかかった津名魅の呼び声にも元気良く答える。
「よーし、そうと決まればたっぷり食べてたっぷり寝て、明日から思いっきり頑張ろうね、リョーちゃん!」
「ミャアン!」
互いに相槌を打つと、二人は居間へ向かった。
二人は元気良くご飯を食べ、元気良く風呂に入り、(風呂嫌いの魎皇鬼は嫌がったが)
ニンジン柄のパジャマに着替えると、そのままバタンのQで二人並んで寝てしまった。
様子を見に来た津名魅はその屈託の無い寝顔に安心し、
寝相の悪さでズレてしまった布団を砂沙美の肩にかけなおしてあげた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日の朝。
美紗緒は薔薇の手入れを終えると、外出の支度をしていた。
「さて、と……今日はどんな悪いことをしようかしら。
宝石泥棒? ビデオジャック? UFO騒ぎ?」
バトンの汚れを拭き取りながら様々な悪事に想いを馳せ、心を躍らせる美紗緒。
そこへバサバサと飛んでくる緑の鳥、留魅耶。
「待ってよ美紗緒、もうすぐピアノの練習の時間じゃないか」
「何言ってるの、ルーくん? もうそんなことする必要ないじゃない」
「えっ?」
「だって、私には魔法があるんだもん。
練習なんてしなくても、魔法を使えばいくらでも凄いピアニストになれるわ」
そう言って振り向いた美紗緒の目を見て、留魅耶は戦慄した。
エメラルドグリーンだった瞳は、今やすっかり真紅のルビー色に染まっている。
美紗緒の心身は、どんどんミサに……つまり、完全な魔女へと近づいているのだ……!
(……今の美紗緒は、完全に魔法の力に魅せられて正気を失っている……。
魎皇鬼の言うとおり、僕が美紗緒に魔法を与えたのは間違いだったのか……?)
留魅耶は未だバトンを磨き続けている美紗緒を見る。
あのバトンさえ取り上げれば、美紗緒はミサに変身できなくなる。
そうすれば、美紗緒は何事も無かったかのように普通の少女に戻れるのでは無いか?
(……いや、ダメだ! 今の美紗緒から魔法を取り上げるわけにはいかない!
今の美紗緒は魔法が全てなんだ……そんな彼女から魔法を取り上げたりしたら……!)
全てに絶望して抜け殻のようになった美紗緒の姿を、留魅耶は容易に思い浮かべることができた。
(……今の状態が健全とは思わない……。だけど今魔法を失ったら……それこそ美紗緒の心は壊れてしまう!)
「それじゃ、行ってくるね。ルーくん、お留守番よろしく」
何処か暗さを秘めた表情でニコリと笑うと、美紗緒は靴を履いて外に出て行く。
留魅耶は、それをそっと見送ることしか出来なかった。
同じ頃。
砂沙美と魎皇鬼は、聞き込みの為に近所を走り回っていた。
「ピクシィミサ?」
「前にゲームセンターでリアルもぐら叩きで遊んでたの見たなぁ」
「洋服屋でケバケバしいコーディネート作って悦に浸ってた」
「公園のベンチで寝てたよ」
聞けば聞くほどロクなことをしてないが、それでも目撃場所の情報はそれなりに役に立った。
「ふむふむ……」
魎皇鬼は地図上で目撃情報をまとめ、中心点を割り出す作業に取り掛かる。
「どう?」
「……うん、誤差はあるかもしれないけど、多分この辺だよ!」
「あれ、この辺りって確か……」
紙地図ではよく分からないが、Googleマップで見れば巨大な高層マンションがそびえ立っているはずの場所である。
「……やっぱりそうだ、美紗緒ちゃんが住んでるマンションがある辺りだよ!」
「へー、それなら道とか分かる?」
「うん、行ってみよう!」
砂沙美の案内で、二人は美紗緒の住むマンションまで向かった。
「美紗緒ちゃんが住んでるマンションはここだけど……」
マンションの前についた砂沙美は、とりあえず周囲をキョロキョロしてみる。
……が、都合よくミサが見つかるわけも無い。
「……それで、これからどうするの?」
「う~ん、ミサがこの辺りを拠点にしてるのは間違いないはずだけど……」
「じゃあ、やっぱりこのマンションに住んでるのかな?」
じーっとオートロックの扉を睨みつけてみる砂沙美。
―――と、その時。
その扉が開いて誰かが外に出てきたのだ。
「あ、美紗緒ちゃん!」
「え…………さ、砂沙美ちゃん!?」
ぼーっと物思いに耽っていた美紗緒は、呼び止められて初めて砂沙美に気付く。
「あ、あれ……ゴメン、今日遊ぶ約束してたんだっけ!?」
「あはは、違うよ。今日ここまで来たのは別の用事」
「そ、そう……ゴメンね、変な早とちりしちゃって……」
妙に狼狽する美紗緒を魎皇鬼は不審に思ったが、砂沙美の方は気にする気配も無い。
「それで、砂沙美ちゃん……今日は、また誰かのお手伝い?」
「いや、今日はそうじゃなくて……そうだ、美紗緒ちゃんにも聞いておこう!」
ポン、と手を叩くと、砂沙美はメモ帳を取り出す。
「美紗緒ちゃん、ピクシィミサって知ってる?」
「!」
美紗緒が警戒して身体を強張らせたのに気付いたのは、やはり魎皇鬼だけだった。
「……知ってるよ、最近町を騒がせている魔法少女でしょ?」
「うん、そのミサについて何か知らないかな?
いつ何処でどんなことをしてたとか、些細なことでもいいから知りたいの!」
「……………………」
鉛筆を握りなおし、インタビューの用意は万全の砂沙美。
美紗緒は少しだけ考え込むと……逆に砂沙美に問い返した。
「……ミサのことを知って、砂沙美ちゃんはどうするの?」
「えっ……」
砂沙美は、思わず美紗緒の目を見る。
理由は分からないが、美紗緒は真剣に聞いているように見える。
少し間をおいて、砂沙美はそれに答えた。
「……ミサが悪いことするの、やめさせたいんだ」
「……どうして? ミサが悪いことをしても、砂沙美ちゃんには関係ないでしょ?」
「そんなことないよ……ミサが悪いことをすると、みんなが傷つくんだよ?
幸い、今のところはあんまり大きな被害はないみたいだけど……。いつかママや天地兄ちゃんや美紗緒ちゃんも傷つけられちゃうかもしれない」
「……………………」
「砂沙美、大切な人がいっぱいいる……大好きな人がいっぱいいる……。だから、誰かを傷つけようとするミサのことは、許せない」
砂沙美が表情を強張らせたのを見て、美紗緒は思わず顔を逸らした。
しかし次の瞬間、砂沙美はふっと気の抜けたような表情になる。
「……だけどね、砂沙美……ある時、思ったんだ。大切な人を傷つけられると悲しいのは、ミサも同じなんじゃないかって。
だから、ミサが悪いことをすることで傷ついてしまう誰かが、他の誰かにとっての大切な人だってことを、ミサにも分かってもらえたら……。
誰かを傷つけるのはとっても悲しいことだってこと……。……ミサも、きっと分かってくれるんじゃないかって……」
「…………うん、分かる……分かるよ……。そう……だよね」
美紗緒は、少し悲しそうに目を伏せる。
「私も、もし砂沙美ちゃんが誰かに傷つけられたとしたら……。きっと……とっても悲しくなると思うもの……」
「えへへ、ありがとう」
砂沙織は無邪気な笑顔を見せる。
「……ごめんね、変なこと聞いて。ミサ探し、頑張ってね」
「うん!」
美紗緒は無理やりに笑顔を作ると、砂沙美に手を振りながらマンションの中へ帰っていった。
それに答えるように満面の笑みで手を振り続ける砂沙美に、肩の魎皇鬼がつぶやく。
「……ねぇ、ミサについて訊ねるんじゃなかったの?」
「あ」
今頃気が付いても既に時遅し。
オートロックの扉は閉まってしまった。
「……せめて中に入れてもらえば良かった……」
このままマンションの入り口でウダウダやっていても仕方ないので、二人は今日のところは家に帰ることにした。
(あの子……もしかして……?)
魎皇鬼の中で美紗緒に対する疑念が膨らんで行ったが、
それを裏付けるものは何一つとして無かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガチャ……
「ただいま……」
「あれっ、美紗緒、もう帰ってきたの?」
出て行ったばかりの美紗緒が帰ってきたことに驚く留魅耶だが、美紗緒の様子がおかしいことに気付いて表情を曇らせる。
「どうしたんだい美紗緒、何かあったのか?」
「……………………」
問いには答えず、美紗緒はベッドにその身を埋めた。
留魅耶は心配して近くで見守りつつも、美紗緒を気遣って何も言わない。
そんな留魅耶の気持ちを知ってか知らずか、美紗緒は独り言のようにポツポツと話し始めた。
「私……最低だ……。魔法の力に溺れて……砂沙美ちゃんに、あんなこと思わせちゃったんだ……。
大切な人が傷つけられることの辛さは…………私、良く知っていたはずなのに……」
「……………………」
若年ながらも人の気持ちを汲み取る術に長けている留魅耶は、その一言だけで何があったかを大体察することが出来た。
だが、留魅耶は何も言わない。
じっと美紗緒の次の言葉を待つのみだ。
訪れるしばしの静寂……。
数分の後、美紗緒は再び口を開いた。
「ルーくん……バトン、返すよ……。私、このままじゃダメになっちゃう……」
「えっ!?」
前向きな言葉が聞けることを期待してはいたが、これには留魅耶も驚いた。
「そんな……いいのかい、魔法が使えなくなっても!?」
「みんな、魔法の力なんて無いのに頑張ってるんだものね……。私だけこんなズルをしてたら、砂沙美ちゃんに合わせる顔が無いもの」
「みっ、美紗緒……」
若干9歳にして、まるで娘を想うがごとく感情が目から溢れ出す留魅耶。
「……ぼ、僕は嬉しいよ……美紗緒が自分でその結論に達してくれるなんて……!」
留魅耶は羽毛でゴシゴシ涙を拭う。
びしょ濡れになった羽根は酷い有様だが、まぁ今は言うまい。
泣き止むまで少々時間がかかったが、時が経って落ち着きを取り戻した留魅耶は、改めて美紗緒に言う。
「……でも、美紗緒……バトンは、やっぱり君が持っていて欲しい」
「えっ?」
「そのバトンは、あくまで僕が美紗緒にプレゼントしたものなんだ。それに今の美紗緒なら魔法を乱用することは無いと思うから……そうだろ?」
「…………うんっ」
美紗緒は改めてバトンを眺めてみる。
このバトンは、魔法の象徴である以前に留魅耶の優しさの結晶なのだ。
そっとバトンを抱きしめてみる美紗緒。
そうすると、魔法の力とは違う、暖かいエネルギーを胸に感じることができた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ、美紗緒ちゃん!」
翌日、クラシックの新盤を買いに商店街にやってきた美紗緒。
そんな彼女に話しかけてきたのは砂沙美だった。
やはりいつものように魎皇鬼を肩に乗っけている。
「砂沙美ちゃん、今日もミサ探し?」
「うん、今日はこっちの方で聞き込みしてみようと思って」
「そう……」
砂沙美を騙しているような状況に心を痛めつつも、美紗緒は本当のことを言う気にはなれなかった。
このままピクシィミサの存在なんて風化してしまえばいい。
ミサは私の憧れ、願望の体現者。
でも同時に、悪くて卑怯な、私の最も醜い部分。
時が経ち、全ての人の記憶から消えてしまえばいい。
……それでもきっと、自分の心にだけは永遠に残り続けるだろうけど。
「それじゃ、またね!」
「うん、バイバイ」
手を振って駆け出していく砂沙美を見送る美紗緒。
その時……。
「え…………っ!!?」
砂沙美が渡ろうとしている青信号の横断歩道に、居眠り運転のトラックが突っ込んでいく。
このことは砂沙美本人を含め、美紗緒以外の誰も気付いていないようだ。
「砂沙美ちゃん、危ない!!!」
「えっ!!?」
砂沙美はやっとトラックの存在に気付くが、もう遅い。
トラックのバンパーは完全に砂沙美を射程圏内に捉えている。
(ダメ、間に合わない!! こうなったら……!!)
ドギャアーーーーーーン!!
激しい炸裂音が、交差点に響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
トラックの進路は大きく曲がり、交差点脇のテナントに突っ込んでいた。
変身した美紗緒―――ミサが、猛スピードでトラックに体当たりをしたのだ。
おかげで砂沙美はトラックの暴走から無傷で逃れることが出来たが、
事態がなかなか飲み込めず、動揺と混乱が隠せない様子だ。
「な、な、な…………なんでミサが、砂沙美を…………!?」
そのミサは、砂沙美から少し離れた所で倒れて気絶している。
慌てて駆け寄る砂沙美。
「……よ、良かった……大した怪我は無いみたい」
あれほど凄い衝撃だったにも関わらず、ミサはほぼ無傷だった。
「き、きっと魔法の力が働いたんだ。衝突する瞬間に咄嗟にバリアでも張ったんじゃないかな?」
動揺しつつも冷静に分析する魎皇鬼。
改めて砂沙美は、やはり魔法の力はとんでもない物だと思った。
「……ん?」
突然、ミサの身体が光り始めた。
……いや、正確には光の粒子がどんどんミサの身体から放出されている。
「―――あっ、バトン!!」
見ると、バトンは激突のショックでミサの手元から離れた所に落ちてしまっていた。
「バトンが身体から離れた状態で気絶したから、魔法が―――つまり、変身が解除されようとしているんだ!」
「と、いうことは…………ミ、ミサの正体がっ!!?」
刮目して成り行きを見守る砂沙美と魎皇鬼。
そして……。
「!!!」
ミサの髪から金色の輝きが失われた先に現われたのは、黒い髪をした砂沙美の親友だった。
(美紗緒ちゃんが……ピクシィミサ!?)
「う……ううん……」
美紗緒が目を覚ます。
「砂沙美ちゃ……―――あっ!?」
手元にバトンが無いのに気付き、美紗緒は慌てて周囲を見渡す。
やがて転がっているバトンを見つけると大急ぎで駆け寄り、拾って抱きしめた。
「……良かった……無くしちゃったらどうしようかと……」
「あ、あの……美紗緒ちゃん……」
「……!」
砂沙美に呼びかけられた事により、美紗緒はようやく状況を理解した。
「さ……砂沙美ちゃん……これは、その……」
あわててバトンを後ろに隠す美紗緒だが、今更そんなことをしても手遅れだ。
「美紗緒ちゃん……えっと、その……」
砂沙美の方も目が泳ぐばかりで、次の言葉が出てこない。
そんな中、魎皇鬼一人が厳しい目で美紗緒を見つめている。
次第に、周囲に集まってきた野次馬がざわつき始める
(あの子がピクシィミサの正体なのか?)
(この辺りに住んでる子なのかしら)
(今まで好き勝手した責任はちゃんと取ってもらわないとね)
「……………………」
こんな状況では落ち着いて話も出来ない。
とりあえず場所を変えたほうがよさそうだ。
「と、とりあえず美紗緒ちゃんの家まで行こう! ほらっ!」
「あっ……」
砂沙美は強引に美紗緒の手を取り、そのまま無理やり引っ張るように駆け出した。
高層マンションの5階にある、美紗緒の家。
美紗緒に招き入れられる砂沙美だが、家まで来たのは久しぶりなのと、何より状況が状況な為にどぎまぎしてしまう。
「お、おじゃましまぁーす!」
「砂沙美ちゃん……今、この家には私しか住んでないの……」
「そ、そーなの? ご、ごめんね」
「……………………」
そんな二人を、部屋にいた留魅耶は黙って見ていた。
留魅耶は魎皇鬼の存在に気付くと、そこに飛んでくる。
(おい、魎皇鬼……。おまえが居るってことは、あの子もしかして……?)
(しーっ! 余計に話がこじれるから、砂沙美ちゃんが自分で言い出すまではそのことは黙っててくれ!)
(……そうだな。でも、何があったかは教えてくれよ)
(ああ、かくかくじかじかで―――)
魎皇鬼が留魅耶に説明をする一方で、砂沙美と美紗緒の会話もぎこちなく始まっていた。
「そ、それにしても互いに大した怪我が無くてよかった!」
「……魔法のおかげだよ……」
「ま、魔法って凄いよねぇ、あはは!」
「……………………」
「…………あはは…………」
(うぅ……空気が重いよぉ……)
長い沈黙……。
数分の後、美紗緒がゆっくりと口を開く。
「……軽蔑、してるでしょ? 私のこと……」
「え、ええっ!? 美紗緒ちゃんのことを軽蔑する理由なんて無いよ!」
その言葉を聞いて、美紗緒の語気が少々強まる。
「嘘……だって、私はピクシィミサだったのよ? 砂沙美ちゃん、ミサが悪いことしてるのが許せないって言ってたじゃない!」
「う……確かに言ったけど……」
未だにミサの悪行を許容できたわけではない。
だが、それとこれとは話が別なのだ。
砂沙美は美紗緒ちゃんがミサだなんて知らなかったのだ。
というか今でも二人のイメージが砂沙美の中で重ならない。
どうしても重ならないのだ。
「で、でも……今日は砂沙美を助けてくれた! つまり、あの時の砂沙美の気持ちを分かってくれてたって、そういうことなんだよね?」
「……………………」
「砂沙美、確かに魔法少女ピクシィミサのことは詳しくは分からない。
でも、砂沙美が知ってる天野美紗緒ちゃんは、とっても優しい砂沙美の友達。それだけじゃダメ?」
「……………………」
(違う……違うの……。私は砂沙美ちゃんが思ってるような良い子じゃない……)
砂沙美がフォローの言葉をかけるたび、無言で表情を曇らせていく美紗緒。
その一連の流れが先ほどから四順ほどループしている。
傍から様子を見続けていた魎皇鬼は、このままでは一向にラチが明かないと思い、砂沙美の肩に飛び乗ると頬をつついて、帰宅を促す。
(砂沙美ちゃん、今日はもう帰ろう)
「でも……!」
(お互いに今は間を置いた方がいいよ。時間が経って頭が冷えてから、また話し合ったほうがいい)
「……………………」
魎皇鬼の言う通りかもしれない。
砂沙美は家に帰ることにした。
「……美紗緒ちゃん、あたし、今日は帰るね」
「そう……今日はありがとう、砂沙美ちゃん……」
「ううん、こっちこそ。また明日ね。」
砂沙美は後ろ髪を引かれる想いだったが、チラリとだけ美紗緒の方を見ると、玄関のドアから出て行った。
「……ふぅ、なんだか疲れちゃったなぁ」
自宅のベッドに飛び込んで、大の字に身体を伸ばす砂沙美。
「でも良かった、ミサが美紗緒ちゃんで。これなら何の心配も要らないよね」
その言葉は、どこか自分に言い聞かすように言っている。
魎皇鬼にはそんな風に感じた。
「……ねぇ砂沙美ちゃん」
「ん、なにリョーちゃん?」
寝返りを打って、軽い気持ちで魎皇鬼に向き直る砂沙美。
だが、魎皇鬼の表情は思いのほか真剣だった。
「美紗緒ちゃんに……大事なことを言ってないんじゃないの?」
「えっ? なんのこと?」
「分からないの?」
追求するような目で砂沙美を見る魎皇鬼。
「うっ……」
魎皇鬼の妙な迫力に押され、砂沙美はたじたじしてしまう。
「ねぇ、本当に分からないの?」
「も、もうっ……もったいぶらないで教えてよ!」
「……………………」
魎皇鬼は目を伏せると、つぶやくように言った。
「……ピクシィミサの敵、プリティサミーは…………萌田砂沙美だってこと」
「あっ!」
そうだ。
美紗緒がミサだと知った以上……。
友達として、それが真っ先に伝えるべき事柄だったはずだ。
なのに、何故そのことから目を逸らしていたのか。
「……怖かったんだろ?」
ドキン!
魎皇鬼に核心を突かれて、砂沙美の胸が鳴る。
「自分がサミーだって、美紗緒ちゃんに知られるのが怖かった…………違う?」
「だ、だって……」
砂沙美は魎皇鬼から目を逸らす。
「だってだって……それを言っちゃったらどうなるの? 美紗緒ちゃんは砂沙美がサミーと知っても、友達のままで居てくれるの?」
「……………………」
「……もしも、ミサとなって砂沙美に襲い掛かって来たりしたら……」
いざ言葉に現してみると、その想像は強い現実味を持って、砂沙美に襲い掛かってくる。
「ヤダ……そんなの、絶対ヤダよ……っ!」
頭を抱えてうずくまってしまう砂沙美。
「砂沙美ちゃん……」
砂沙美が内心でこれほど苦悩していたとは……。
魎皇鬼は強い語調で問い詰めたのを後悔し、言葉を和らげて再び砂沙美に問いかける。
「落ち着いて、砂沙美ちゃん……。君はミサが美紗緒ちゃんだって知った時、敵だから倒さなきゃって考えた?」
「……………………」
「友達だから戦いたくない……そう思ったんじゃない?」
「……そうだよ……美紗緒ちゃんと戦うなんて、砂沙美には考えられない……」
「だったら、それは美紗緒ちゃんだってきっと同じだよ。だって、二人は仲の良い友達同士なんだから。違うかい?」
「……………………」
二人の間に長い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは……。
prrrrrrrr...
prrrrrrrr...
鳴り始めた電話だった。
が、誰も出ない。
津名魅は買い物に行っているようだ。
砂沙美は仕方なく重い腰を上げ、受話器を取る。
「はい、萌田です……」
『ねぇねぇ砂沙美ちゃん、今時間あるっ?』
「えっ、美紗緒ちゃん?」
電話をかけてきたのは美紗緒だったが、砂沙美はその声を聞いて少々戸惑った。
何故なら、美紗緒の声は先ほどの様子からは考えられない快活さだったからだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
少々、時は遡る。
美紗緒は、陰鬱な気持ちで毛布にくるまっていた。
(砂沙美ちゃんは優しすぎるよ……。
こんなことになっても、私を友達と呼んでくれるなんて……)
砂沙美に優しい言葉をかけられるのは嬉しかった。
だが、その度に美紗緒は己への失望を強く抱いた。
(砂沙美ちゃんはあんなにも強くて優しい……。なのに、私は何も出来ない……)
正義感が強く、人助けのためなら苦労を厭わない砂沙美。
いつも元気で明るく、運動神経も抜群な砂沙美。
両親や恋人、友達に囲まれていて、いつも幸せそうな砂沙美。
それに比べ、自分は身体が弱くて、性格も暗い。
かろうじて特技と言えることは、まだまだ未熟なピアノと…………魔法ぐらいだ。
その魔法も、美紗緒にとって一番大事な人を悲しませる結果になってしまった。
(これ以上、砂沙美ちゃんを裏切りたくない……砂沙美ちゃんを傷つけたくない……)
自分が砂沙美だったらいいのに……。
そんなことすら考えてしまう。
(これからどんな顔をして砂沙美ちゃんと会ったらいいんだろう……)
そんな辛そうな美紗緒を見守り続けている者がいる。
止まり木から彼女を見つめる留魅耶だ。
美紗緒を何とか助けてやれないかと思考を巡らせた留魅耶は、あることを思い出す。
「……そうだ美紗緒、さっき手紙が来てたからそこのテーブルの上に置いておいたよ」
「えっ、手紙?」
留魅耶の言葉通り、テーブルの上に封筒が置いてあるのに気付く美紗緒。
美紗緒は布団を抜け出し、手にとって見る。
その封筒には『美紗緒へ』と書いてあった。
「パパからだ……」
その筆跡は、確かに彼女の父親が書いた物だった。
多忙であまり会うことの出来ない父とは、よくこうして手紙をやり取りしているのだ。
しかし、美紗緒にとっては直接会えないのではやはり寂しい想いが募った。
美紗緒は、ペーパーナイフで綺麗に封筒を開け、中身を見てみる。
『美紗緒、元気にしているかい?
なかなか家に帰ることが出来なくて悪いと思ってる。
……この前の手紙を読んだよ。
体育を見学ばかりしてることで、同級生から悪く言われるそうだね?
気にするな……と言っても無理だろうけど、こればかりは気にしてもしょうがない。
美紗緒は身体が弱いんだから、激しい運動は出来ない。これは仕方の無いことだ。』
「……………………」
美紗緒はいつも元気な砂沙美を思い出す。
バイタリティーに溢れた彼女は、美紗緒と違って体育が大好きだった。
そんな水を得た魚のように縦横無尽に駆け回る砂沙美を、校庭や体育館の脇でちょんと座り込んで寂しげに眺めるのが美紗緒の日常だった。
(分かってる……私には無理だって、分かってる……でも……)
美紗緒は手紙の続きに目を通す。
『でもね、いいかい美紗緒?
美紗緒には運動が出来ない代わりに、他の子に出来ない何かが出来るはずなんだ。
だから自分が他の子に出来ることが出来なくても、恥じる必要は無い。
他に何か出来ることを見つけて、美紗緒を悪く言った子を見返してやればいい。
美紗緒なら…………僕の娘なら、それが出来る子だと信じているよ。
美紗緒のパパ、天野茂樹より』
「…………パパ…………」
パパは自分をいつでも心配してくれている。
美紗緒にはそれが嬉しかったが、同時にパパが側に居ないことが恨めしかった。
(……会いたい……パパに会いたいよ……)
美紗緒の目に涙が溜まり、零れ落ちそうになる。
……ふと、美紗緒は手元の手紙の尺がまだ余っていることに気付く。
広げてみると、まだ何か書かれているようだ。
それに目を通してみる美紗緒だが……。
「……ルーくんっ、パパがっ!」
そう言って振り返った美紗緒のエメラルドグリーンの瞳は、溜まった涙を吹き飛ばすほどの喜びに満ち溢れていた。
「ど、どうしたの? 何て書いてあったの?」
「見てっ!」
『追伸:
来週の日曜日に海の星ホールで僕の演奏会があるんだ。
良かったら、友達を誘って一緒に見に来てくれないか?』
友達を誘えと書かれていた通り、封筒にチケットは2枚入っていた。
「そ、それじゃあ……」
「パパに会えるのっ!」
「良かったね、美紗緒!」
「うんっ!」
微笑んだ美紗緒の目じりから僅かに水滴が落ちる。
先ほどの涙がこぼれたか、もしくは新たに湧き出た嬉し涙か。
(これなら砂沙美ちゃんと二人で行ける……。ありがとう、パパ! 私、絶対に見に行くよ!)
心の中で父親に感謝を述べる美紗緒。
そして、砂沙美を誘うために受話器へ急行する。
prrrrrrrr...
prrrrrrrr...
『はい、萌田です……』
「あ、砂沙美ちゃん、今時間あるっ?」
『えっ、美紗緒ちゃん?』
「うん!」
『えっと……今はヒマだけど、どうしたの?』
「うふふ、それがね……。今度の日曜日、パパが近くのホールで演奏会をやることになったんだって!」
『え、美紗緒ちゃんのパパさんが?』
「うん、チケットも置いていってくれたんだよ!」
『良かったじゃない、美紗緒ちゃん前からパパの演奏を見に行きたがってたもんね!』
「うん、それでね……実は、チケットは2枚あって……。砂沙美ちゃんも一緒にどうかなって思ったんだけど……」
『え、ホントっ!? 行く行く、絶対行くよ!』
「良かった! じゃあ今からチケットを届けに行ってもいい?」
『分かった、待ってるよ美紗緒ちゃん!』
「うん、今すぐ行くから!」
美紗緒はガチャンと勢いよく受話器を置くと、鍵をかけるのも忘れて家を飛び出していった。
残された留魅耶は鳥足で苦労しつつも鍵をかけたが、美紗緒は鍵を持っていくのも忘れていたため、後でまた苦労して開けることになってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
砂沙美は美紗緒の勢いに気圧されつつも、そろりと受話器を置いた。
「美紗緒ちゃん、ウチに来るの?」
「うん。でも、どうせだから迎えに行こうかな。美紗緒ちゃんが使う道は分かってるし」
そうと決めると、家を出て美紗緒を迎えに行く砂沙美。
その足取りは軽い。
ここしばらくは少々あれこれと思い悩む日々が続いていたが、嬉しそうな美紗緒の声を聞いていたら、陰鬱な気持ちもスッキリしてしまった。
『砂沙美ちゃん、君はミサが美紗緒ちゃんだって知った時、倒さなきゃって思った?』
『友達だから戦いたくない……そう思ったんじゃない?』
『ならそれは美紗緒ちゃんだってきっと同じだよ。だって、二人は友達なんだから!』
「……うん、うん……そうだよね! 美紗緒ちゃんは砂沙美の友達、だから大丈夫!」
(やっぱり、正直に美紗緒ちゃんに言おう。プリティサミーはあたしだって。
それで、戦うのはやめて魔法少女としても仲良くしようって……そうお願いするんだ!)
そう、決意を固める砂沙美。
その時……。
「ひったくりよーーー! 誰か捕まえてーーー!」
見ると、婦人から高そうなバッグをひったくって逃げる男がこちらの方に逃げてくる。
正義の魔法少女の出番だ!
砂沙美は魎皇鬼を引っ掴みつつ、裏通り脇のゴミ箱の裏に身を隠す。
「リョーちゃん、バトン!」
「いいけど……美紗緒ちゃんの方はどうするの?」
「素早く変身してとっとと退治しちゃえば大丈夫だよ! 美紗緒ちゃんはいつもゆっくり来るから、まだ時間あると思うし」
砂沙美はバトンを受け取ると、即座に呪文を唱える。
「よし……プリティミューテーション! マジカルリコール!」
砂沙美は光に包まれてプリティサミーに変身すると、ひったくりを退治するために表通りに飛び出していった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美紗緒は演奏会のチケットを胸元で抱え、砂沙美の家に向かって走っている。
これは大事なチケットなのだ、決して落としたり傷つけたりは出来ない。
急いで砂沙美のところまで行きたかった美紗緒は、近道を使うことにする。
あまり人の通らない裏通りだ。
色々なことを考えながら走っていると、 美紗緒の心にとりとめのない想いが溢れてくる。
(砂沙美ちゃん……私は、砂沙美ちゃんが大好き……。
いつも、いつまでも、砂沙美ちゃんと一緒にいたい……。
だから、砂沙美ちゃんと居ても恥ずかしくない子になろうって、ずっと思ってた……。
だけど本当の私は弱くて、ズルいから……。
そんな私を知られちゃったから……。
もう一緒には居られない……そう思った。
でもね……パパのおかげで気付けたの。
自分が出来ないことがあるなら、自分の出来ることで埋め合わせればいい。
そう……私には、他の誰にも使えない力、魔法がある。
だから、私はこの力を使ってみんなを助けてあげればいい!
そうすれば、私は……砂沙美ちゃんの前でも、胸を張れる!)
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
魔法の力があれば、どんなに困っている人も助けることが出来る。
そして悪用でないならば、魔法を使うことを自粛する必要も無い。
(魔法の力で助けられる誰か……)
そのことで真っ先に美紗緒の脳裏に浮かんだのは、留魅耶のことだった。
留魅耶は、このままジュライヘルムに帰れないと死んでしまうのだ。
彼にはいつも世話になっているし、何とかしてあげたいのだが……。
ジュライヘルムの場所すら知らない彼女には、どうすることもできない。
(でも、今よりもっと魔法の力を強くすることが出来ればもしかしたら……)
魔法は何でも出来るのだ、留魅耶を救う方法だってきっと何かあるに違いない。
魔法の力を強化する方法を考えてみる美紗緒。
(そう言えば、前にルーくんがそんなことを言ってたような……なんだっけ……?)
「……あっ」
そろそろ裏通りを抜けるという辺りで、美紗緒はゴミ箱の脇で屈んでいる砂沙美の姿を見つけた。
「―――まだ時間あると思うし」
砂沙美は何かをブツブツ言っていて、美紗緒の存在には気づいていないようだ。
美紗緒は、そんな砂沙美に声をかけようとする。
「砂沙美ちゃ―――」
「よし……プリティミューテーション! マジカルリコール!」
砂沙美は光に包まれてプリティサミーに変身すると、ひったくりを退治するために表通りに飛び出していった。
後に残された美紗緒は、呆然としていた。
目の前の現実が、いまいち理解できなかった。
数十秒の後……美紗緒は、今見た事実を反芻する。
「そんな……砂沙美ちゃんが……プリティサミー……!?」
声という形で表してしまったことで、それが紛れも無い現実であることを、美紗緒はやっと理性で理解した。
そして……その次にやってきたのは、その現実に対して巻き起こる感情であった。
「砂沙美ちゃんがプリティサミーだなんて……そんな……それじゃあ、あたしは……」
美紗緒は、身を振るわせる。
そして……搾り出すように、その心中を吐露した。
「……………………ズルい……………………」
彼女の口をついて最初に出た言葉は、後悔でも、安堵でもなく――――明確な、嫉妬だった。
「あたしには…………何も…………。…………魔法の力しか…………無いのに…………。
それすら…………砂沙美ちゃんは持ってるんだ…………全部、持ってるんだ…………」
美紗緒の振るえが増す。
ワナワナと、震える両腕が頭を抱える。
「…………ズルい…………ズルいよ…………っ。
砂沙美ちゃんは何でも出来るのに…………。
ママも……友達も……恋人も…………何だって持ってるのに…………。
なのに…………どうして、魔法の力まで持ってるの…………?
…………ズルい…………そんなのズルすぎるよっ!!」
いくらか時を費やすことで、やっと美紗緒の震えは収まる。
そうして顔を上げた美紗緒の紅い瞳には、歪んだ決意が浮かんでいた。
「…………負けられない…………。プリティサミーにだけは…………絶対にっ!!!」
美紗緒が手にしていたチケットは、グシャグシャに握り潰されていた……。
~ 第七話へ続く ~