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理想の現実


<1>

やがてキッチンからは瑞樹手料理の良い匂いが漂ってきた。
美和はその美味しそうな匂いに誘われるように、キッチンへ向かう。

「何作ってるの?」

瑞樹が手早く用意している背後に、そうっと美和はまわり…

「ん? 美和の好きなもの…」

と答えかけた瑞樹の背後から美和が抱きついた。

「……さっきの仕返し?」

別に驚くこともなく、クスクス笑う。
瑞樹より頭一つ分くらい低い美和は、むぅっとしつつもしっかり先ほどの仕返しとして瑞樹の腹部を確認……したが、胃の存在は分かるがたいした膨らみでもなかった。

「むぅ…つまんないの……っ」

自分ばっかり恥ずかしい思いをした気がして、美和がふくれっ面になる。
それでも、瑞樹は手を休めることなく調理を続けながら、

「だって俺、そんなに食べてないもん♪」

けして一般人のレベルではないが、瑞樹本人にしてみればかなり抑え気味だったので間違いではない。
美和の機嫌が悪くなるとは思ったが、ぷぅっと怒る表情が可愛くてソレを見るのも瑞樹の楽しみの一つになっていた。
もちろん、そんなもの料理の前では一瞬で笑顔に変わることを知ってるわけだが。

「もうちょっとで出来るから向こうで待ってて?」

「……うん」

美和の手伝いは必要ないくらい瑞樹の料理の手際はいい。
むしろ邪魔にならないように、すごすごとリビングに戻る……。
美和は何となくテーブルの上を片づけながら、料理が出来上がるのをソワソワと待つしかなかった。

……しばらくして、

「できたぞ~」

瑞樹がテーブルに出来上がった料理を次々に並べていく。
ポテトサラダに始まり、煮込みハンバーグ、豚肉と大根の煮物、エビや野菜のフライ…どれも大皿に山盛りに持ってある。
そして続けて、瑞樹は一升炊きの炊飯器と大きな鍋で作ったクリームシチュー、飲み物にお茶の2Lペット3本ほどを持ってきてテーブルの横に置く。

「わぁぁ…っ、美味しそうっ!!」

目の前の料理に美和はキラキラした笑顔で喜ぶ。
それを見て瑞樹も得意気に、

「でしょ? 足りなかったらパスタとかならすぐ出来るから言ってね」

……足りなくなることがあるのか常人には理解出来ない状況だが、二人は仲良くいただきますをして食事を始めることにした。

瑞樹はようやく本来の食欲で食べているようで、美和に勧めつつも自分でもしっかり食べていた。
もちろん、美和も目の前の手料理を幸せそうにテンポ良く食べていく。
…会話もそこそこに、たまに目が合うと“美味しいね”と意志疎通をする程度で二人とも食事を満喫していた。

テーブルに並んだ山盛りの料理たちがみるみるうちにその高さを減らしていき、皿から消える料理は瑞樹と美和の胃に確実に収められていく。
ほとんど空腹状態と変わらない瑞樹の早いペースに、美和もつられるように食べている。
ただ、胃にはすでに結構な量の食べ物が納められていることを、美和は美味しい手料理の前で忘れかけていた……。

「……っ」

ふと、美和が食べる手を止める。

「どうかした?」

分かってて聞く瑞樹に、美和は恥ずかしそうに…ソレを隠すように、

「…別にっ」

そう言って、そっと…今にもはちきれそうなスカートのホックを外し、ほぅっと一息着く。
その様子にクスクス小さく笑う瑞樹に気付くこともなく、美和は少し楽になったウエストのあたりをさする。
今までよくこの締め付けに耐えたな…と思ったが、頑張っていたのは美和ではなく、スカートの方だろう。
……やはり、外食してきた分とケーキが消化しきれてないうちに瑞樹の手料理を胃袋に叩き込むには最初から無理があったのかもしれない。
しかも瑞樹の食べるスピードにつられて、思った以上に食べている…気がする。

テーブルにある大皿の料理のほとんどは瑞樹が食べている…ハズ。それは間違いではないが、美和もけして負けてない。
2人にとっての一人前の量は一般人のソレとは規模が違うので簡単には分からないが、美和の胃にはすでに4~5kgは収まっている。
その証拠は美和のおなかを見れば一目瞭然だ。
先ほどまでは胸の下の胃の存在感だけだったが、今ははっきりと…胸の下から急角度の膨らみが臍に向かって曲線を描いている。
スカートのウエストが楽になった分、若干その重みで頂点が下にズレてはいても服の上からしっかりその膨らみは確認できるし、ホックを外したスカートのファスナーも美和のおなかの膨らみに耐えかねてこじ開けられるように全開の状態だった。
だが、美和の食欲が落ちたわけではない。
むしろキツさから解放されたことで、安心して食べることができると思っていた。
目の前にはまだ瑞樹お手製のごちそうがあるし、その見た目も匂いも美和の食欲を掻き立てるのに十分だ。
当然のように食事再開する美和を瑞樹は食べる手を止めずに笑顔で見守る。

瑞樹にとって、美和は可愛いだけではない。
一緒に食事をしていて楽しい、一緒にたくさん食べてくれる、しかも最後まで美味しく食べて幸せそう……
今までにそんな女の子は出会ったことがなかった。
やっと見つけ出した最高の彼女が美和なのだ。
また、美和にとっても瑞樹は最高の彼と言えた。
自分が今まで恥ずかしいことだと思っていた大食いを素敵だと思ってくれている、更に一緒に食べてくれる。
そして、瑞樹の作ってくれる手料理はすばらしく美味しい。それを好きなだけ食べさせてくれるのだ。
2人での食事を最高の幸せと感じられることが嬉しかった。

だからというわけでもないが…美和だけでなく瑞樹までも、付き合い始めてからだいぶ食事の量が増えていた。
瑞樹はそれでも太る様子はなかったが……美和は体重増加が若干気になり始めていた。
元々太りにくい体質であることで大食いしても気になったことはなかったのだが、やっぱり少しでも増えれば気になるのが女子というものだ。
だが、瑞樹と一緒にいればたくさん食べることになるし、瑞樹は自分のためにたくさんの美味しい手料理を作ってくれるのを食べないわけにも、我慢することもできない。
いや…瑞樹といなくても食べる量が増えている……確実に。
満腹中枢がおかしくなったのかと思えるくらいなのだが、考えるまでもなく単に胃の許容量が増大しているのだろう。
瑞樹のせいとまでは言わないが……自分でもそろそろ抑えなければとは思っている。
…… 思 っ て は い る 。
思ってはいるが、結局食欲を抑えることはできないでいた――。



最終更新:2011年11月05日 07:27