うちの座敷わらし
<3>
しばらく茉莉華のおなかをさすってやっているうちに、茉莉華がうとうとしてくる……だいたいいつもそうだ。
高貴は茉莉華が完全に眠るまではそのままにしておいて、その後にそっと抱き上げて茉莉華用の布団に運ぶ。
――のだが、高貴が不意に着けたテレビ、ちょうどそれが料理を紹介している番組だった。
それに気付いた茉莉華はパッチリと目を開けると、一生懸命起き上がろうとする……が、おなかが邪魔で起き上がれない。
それをクスクスと笑いながらも高貴が手助けしてやって、やっとの思いで起き上がった茉莉華。
もう番組で紹介されている料理に釘付けだ……。
番組は、食欲の秋特集と題していろいろな料理やスイーツを紹介していく。
おなかが苦しい所為で普通に座るのもつらいはずなのに、レポーターが美味しそうに食べている様子に茉莉華の口も自然と開いている…?
「……茉莉華…ヨダレ垂れそうだぞ?」
高貴に言われてハッと我に返る茉莉華に、高貴は笑いが堪えきれなかった。
「しょっ…しょうがないでしょ!? おいしそうなんだもんっ!」
顔を真っ赤にして言う茉莉華がまた可愛くて、高貴はいじめずにはいられなくなる。
「そんなおなかして…よく言うよ、まったく」
高貴の言っていることは間違っていない。
さすがに、それは茉莉華も分かっているようで、言葉に詰まった。
「……少しは楽になったの?」
高貴の言葉に、茉莉華は自分のおなかを…改めて具合を確認するように撫でながら、
「……うん、たぶん」
見た目には少しも変わった様子はないのだが、本人がそう言うのなら先ほどよりは楽になったのだろう。
説得力は皆無だが。
とりあえず、料理番組を見てヨダレを垂らしそうになるくらいの食欲は健在らしい。
テレビで新しく料理の画面が写るたびに熱い視線を向けているし。
「……まだ食べたいのか」
溜め息混じりの高貴の言葉に、
「美味しいものなら、いつだって食べたいよ?」
と真顔で答えた茉莉華。
「せめてその目立つおなかをひっこめてから言ってくれよ……」
「うう~…そんなこと言ってもすぐには無理だもん」
そう言いながら茉莉華は自分のおなかを一生懸命さすっている。
その言葉どおり、急にすべて消化するなんてさすがに出来ないようだが、それでも食欲は旺盛らしい。
「ていうか、食べれるのか?」
「え?」
高貴の質問の真意を分かりかねる様子の茉莉華に、
「食べたいんだろ?」
「それは…うん」
その言葉を聞いて、高貴は口元に意地悪そうな笑みを一瞬うかべると、
「なら、なんか用意してやろうか?」
「……え???」
思いもよらなかった高貴の言葉に、茉莉華はビックリした表情のまま戸惑っている。
「いらないならいいけど…ね」
「ちょ…っ、本当に食べさせてくれるの!??」
せっかくのチャンスを逃すまいと聞き返す。
その答えが最初から分かっていたように、高貴は笑いを堪えつつ、
「……食べられるならね」
溜め息混じりの言葉に、茉莉華は即答した。
「食べれるよ!!」
……自信満々で答えてはいるけど、無理だろ?
そう言いたいところを高貴はぐっと我慢し、
「じゃあ、ちょっと待ってて?」
そういい残し、台所へ向う。
その後姿を唖然とした表情で見送る茉莉華。
答えはしたが、本当に食べれるのかどうかは…自分でも自信がなかった。
さっきまで息をするのもつらかったくらいだし、相変わらずおなかはパンパンに膨らんでいる。
少し動くことすらつらいのに……。
だが、今更食べれないなんて言う気はなかった。
「だって…食べたいもん……っ」
ぽそりと呟きながら、高貴が戻ってくるのをおとなしく待つことにした。
まるで自分のおなかに言い聞かせるのように…少しでも食べ物を受け入れる隙間を作るべく、必死でおなかをさすりながら――。
しばらくして、台所から甘い匂いが漂ってきた。
これは…茉莉華が好きなおやつの一つ、ホットケーキの匂いだ。
茉莉華は、それに気付いた瞬間から食欲中枢を刺激された…気がした。
もう頭も口もホットケーキを期待している。
問題はこのおなかに詰め込めるかどうか、だ。
夕食から少し時間が経ったので、楽にはなったが……とても更に食べられる状態ではないだろう。
茉莉華本人がどう感じているかは別として。
それでも高貴が運んできてくれるであろうホットケーキを心待ちにしている。
おなかをさすりつつ、テーブルに向かい座り直す茉莉華。
おなかがつかえるので少しテーブルとの距離はあるが、そんなことは問題ではない。
わくわくしながらホットケーキを待つ茉莉華は、もうすっかり食べる気満々である。
食べれるだけ、詰め込めるだけ…食べたいものを食べたいだけ食べる、食欲に支配された茉莉華のそんな思考は高貴には筒抜けだ。
高貴は手早くホットケーキを焼き、三枚重ねに皿に盛るとバターとメープルシロップをかける。
そして、紅茶を煎れて大きめのマグカップに注ぎ…ホットケーキと共に茉莉華の前へ置いた。
ふわっと甘い香りと紅茶の良い香りが漂う。
「本当に食べれるのか?」
一応訊ねてはみたが、茉莉華はすっかり食欲全開の笑顔で頷いた。
「うん! いただきまぁす」
器用にフォークとナイフを使って切り分けると……大きく口を開け、ぱくんと一口。
もごもごしながらも幸せそうな満面の笑顔になる。
「……すごいな…」
感心しているわけではなく、呆れているのだが…まぁ、すごいことには変わりない。
三枚を重ねたまま切って食べている様子は、満腹状態を微塵も感じさせない。
高貴も一緒に紅茶をすすりつつ、しばらく茉莉華の食べっぷりに見入っていた。
が、茉莉華の食べるペースがどんどん遅くなり、
「…う…っぷ……」
半分くらい食べたところで茉莉華の手が止まった……?
やはりそう食べれるはずもなく、苦しそうな表情に変わっていく。
高貴もそれを見越していつもより少な目に作ったが、それでも思った以上に食べてくれた方だろう。
「もう無理だろ?」
「そ…そんな…こと…げふぅぅ…ぅぷっ」
言い返そうにも言葉にすらならない。
実際、口に入れても喉と胃が受け付けないような状態のようだ。
茉莉華も認めざるを得ない――もう限界だと。
「…はぁ…はぁっう…はぁ…」
皿に残るホットケーキを見つめつつ、苦しそうに息をする茉莉華。
手に持ったフォークの一口がどうしても入らない状況らしい。
「はいはい、もうそのくらいにしておけ…茉莉華」
見かねた高貴は、茉莉華からフォークを取り上げ、残りのホットケーキの皿も下げることにした。
「え…はぁ…ま…まだ…た…食べれ…ぅぷっ」
「無理だろうが」
どうしようもないくらい食欲の化身のような茉莉華には、言い聞かすより限界まで食べさせた方が早い。
そう思ったのだが…どうやら逆効果だったかもしれない。
かえって食欲を煽ってしまった……そう考えつつもさっさと皿を片づける。
当然茉莉華はその場から動くことも出来ず、
「……げぇふぅぅぅ…っ」
大きく苦しそうに一息吐き出すと、そのままパタンと倒れるように横になった――。
最終更新:2011年12月30日 20:57