震災後、三日目に知人を訪ねて、被災地に向かった。
取敢えず、必需品をバックパックに詰めて。
阪急西宮駅までしか足はなかった。駅前の店や家々は、一階が押しつぶされた光景。
通りの先は倒壊した民家が、行き場を塞いでいるから、迂回を余儀なくされた。
国道は車の渋滞でピクリとも動かない、ヘリコプターの騒音が空を引き裂いている、
無言で行き交う人の群れ、舗道はがれきの障害物、こんなに家々が固まって潰れる
ものなのかと目を疑った。
爆弾でも落とされた様な黒焦げの廃墟、御影の知人宅は新しい家であったので、
原型は留めていたが、周りは傾いた家、解体作業をされたような無人の家屋。
隣の家人は、救急車で運ばれる折、背骨が折れた痛みで、動かすのにも大変だったとか。
帰途、三宮まで歩いて惨状を見ておきたくなった、昔、二宮に住んでいた伯父の家、
子供時代、懐かしい町並み、商店街がどんなになってしまったか、見ておきたかった。
辛うじてその周辺の被災は軽微だったが、生活必需品が手に入らない、街になっているためか、
ゴーストタウンみたいな無味な雰囲気。
三宮の広い道路に大きな箱の塊が横倒し、ビルの横転とは。
デパートのひしゃげた階、道路の隆起とひび割れたすき間、車も通過出来ない場所、
異次元の世界が現実に広がっていた。
現場を離れ、帰途の電車に乗りながら、その先に続く何事もなかった風景が、
今目にして来た世界は何だったのか、戦場から平和な世界に引き戻された。
この時期が来ると、鮮明に蘇るものである。
最終更新:2010年01月17日 09:33