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【ミステルティンの寓話騎士 第二話】 - (2009/07/27 (月) 00:21:50) の1つ前との変更点
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複数ある剣道部同士の練習試合は今日も行われていた。
同じ学園でありながら複数の同じ部活。
それは特に武道系の部活では、互いを刺激し合い切磋琢磨するという点では、実に効果的であるといえる。
「あれ?」
第八剣道部の戒堂絆那は、ふと違和感を覚える。
「なあなあ、ちょっといいか?」
「うぇい?」
相手の第六剣道部の部員に声をかける。
「お前んとこにいた吉沢、いないけどどうしたんだ?」
吉沢啓一。第六剣道部のレギュラーである男子生徒。その姿が無い。
血気盛んなタイプだと覚えている。その太刀筋は荒々しく未熟ではあったが迫力に満ちていた。
「ああ、あいつでぃすか。なんか、学校に来てないらしいでぃす。ざぼりじないでぃすか?」
「ふうん……」
相槌を打つが、どうにも絆那には腑に落ちなかった。
授業をさぼるのはわかるが、あの手のタイプが部活をサボるとは考えにくい。
しかも対抗試合なのだ。何をおいても出てくるタイプだろうに。
「……まあ、いっか」
そういうこともあるだろう。
絆那は気を取り直し、自分の出番を待つ。
「胴一本! 勝者、戒堂絆那っ!」
試合が終わる。なんとか勝ちを拾った。
相手も中々の強さだった。
絆那は異能者ではあるが、身体能力は普通の人間の域を出ない。
剣士としてはそれなりの強さではあると自負しているものの、それでも人間の範疇内だ。
“奇跡の剣士”などともてはやす連中もいるが、それは奇跡の復活を遂げただけであり、奇跡のような強さを持つと言う意味ではない。
そもそも絆那の異能者としての力は、特定の状態でなければ発現しないのだ。
まあ、ある意味では、常にその異能の恩恵を受けているといっても間違いではないのだが。
「お疲れ、絆那君」
「おう」
マネージャーの譲里からタオルを受け取り、汗を拭く。
「ねぇ、前より太刀筋よくなってない?」
「そうか? そうなら嬉しいけどな」
「そうだよ。見てたからわかるよ」
「そうか、さすがはマネージャーだな」
「……」
その言葉に譲里は、何故か恨みがましい目で絆那を見る。だが絆那はそれに気付いたふうもなく、ペットボトルにいれた麦茶を煽る。
「ふぅ、この一杯の為に生きてるわ」
「……やっぱオッサンくさいよ、君」
「そうか?」
「絶対そう。20越えたらビールがぶがぶ飲むようになって、30超えると取り返しのつかないビール腹になるんだから」
「そんときゃそんときだよ、別にいいって。ピザろうがハゲようが」
「よくないのっ!」
興味なさげな絆那に譲里が怒る。
「な、なんだよ」
「もういいよ。……この剣道バカ」
「?」
何故譲里がむくれているのか、絆那にはまったく判らなかった。女というものは理不尽な生物である。
気を取り直して、絆那が他の試合を見ようとすると、
「戒堂絆那っ! 勝負しなさいっ!」
大声が響いた。
思わず静まり返る道場。
皆の視線の先は、入り口に仁王立ちしている小柄な少女。
胴着にたすきのその少女は、びっ、と絆那に指をさして高らかに宣言する。
「戒堂絆那っ! 勝負しなさいっ!」
大事なことなので二回言ったようである。
その敵意のこもった視線を受け止め、絆那は言った。
「誰?」
「忘れるなあっ!」
叫びながら竹刀を床に叩き付ける少女。
絆那は、記憶力が妙に偏っている。
こと剣道関連にいたっては、一度剣をあわせた相手は忘れない。
だがそうでなければ、よほど興味を惹かれた相手でもなければ。すぐに頭から消えてしまうのだ。
「将来は日本を制覇する超有望中学生美少女剣士!
この敷神楽刀那の名前を忘れたとは言わせないっ!」
「いや、ごめん忘れた」
「うが~~っ!」
地団駄を踏む刀那。
「だいたいボクと名前がなんか被ってるのも気に入らないのよっ! 同じ「那」がついてるしっ!」
「いやそんなこと言われても」
文句なら親に言って欲しい。いないけど。
「ほらほら、落ち着いて」
見かねた譲里が、刀那にドリンクを渡す。
「あ、どうも」
礼を言い、ごきゅごきゅとそのドリンクを飲み干す刀那。
「……ふぅ。
あらためて、今度こそ勝負をっ!」
「断る。」
「うんそうそうことわ……って、またかいっ!? なんでよっ!?」
「あのなあ……」
絆那はため息をつく。
「女子は女子と戦りなさい。中学生だっけ? なら知らないかもしれないが、高校以上だと男女の試合は禁止なの」
これは正確には、一般的には、或いは双葉学園ではそうだというだけで、地域や学校によっては男女で試合を組む所もある。
また、段位審査でも男女の区別はない。
まあ、これは今この場ではどうでもいいことではある。
「む……だったらどうすればいいのよ!」
「どうしようもないな」
「んがーっ!」
ますますいきり立つ刀那。
もはや剣道関係なく掴みかからんばかりの勢いだ。
その時……
「すばらしいっ!」
また、大声が響いた。
今度は、刀那の現われた扉とは逆方向である。
全員の首が180度旋回する。
そこに立っていたのは、白衣をカラフルに染め上げ、筆やヘラをポケットに沢山突っ込んでいる男子生徒だった。
両足を交差させ、腕もまた交差させ、絶妙なパランスで直立しながら、なにやら感動に打ち震えている。
(また何か来た……)
それが今、この道場にいるほとんどの者の心の声。
人は、語らずとも心を一つに出来るのだ。
「エクセレント! ワンダホー! そしてブリリアント!
略してエンダリアンッ! そう、君はエンダリアンだ、少女よ! です!!」
わけがわからない。
その珍妙奇天烈な男は爪先で走り、刀那の傍に一瞬で肉薄する。
「いい。その闘争心、まるで剥きだしのイノシシのような、それでいて崖から落ちようとする大蛇の翼のような!
禁止禁制禁忌を超えて戦いを挑むその姿は、実に美しい美しさを持っている!
嗚呼、やはり天上の美とは人間そのもの!
造形美、機能美、躍動美!
戦うものは……う、うう、美しい…………! びゅりホーぅ……」
いみがわからない。
周囲がドン引きしているなか、その男はなにやら喋り続ける。
「嗚呼、忘れていましたよ忘れてた。
私、塑像部所属の……宇佐皐月と申します……うふ、人は私をメーデー宇佐と……呼んだり? してます?」
疑問形で言われても困る。
皐月はくるりと首を回し、絆那に指をびしっと指す。
「貴方もうううツクシイ!
奇跡の……犬歯。いや剣士? そう、人は奇跡を尊び、それを形にしたいと切望します。
あなたこそはまさに奇跡! その復活劇、ああ、是非とも形にしたい……ろろろろ、蝋をこねくりまわして……」
のけぞりながら咽ぶ皐月。
なんというか、怖い。
(……放って置こう)
それが、ここにいた一同の出した結論だった。
「こほん。
……とにかくっ! 次こそは必ず勝負してもらうからっ!」
そう叫び、刀那は道場を出て行った。
そして、部員達も再び、練習試合や稽古に戻る。
「なんだったんだろうな、あれ」
絆那が不思議そうに言う。
「なんというか、駄目人間だよね……」
それを見て、譲里がぼやいた。
今回の対抗試合は、引き分けだった。
「くそ、あの変態の乱入で調子狂ったんだよ!」
「まあまあ、落ち着けって」
帰りの道中で、ぼやく部員たち。
まあ確かに、あんなのが乱入してきたら色々と狂うだろう。
「ま、まあさ。あれだよ、気分転換しない?」
譲里が言う。
「気分転換なあ……カラオケとか?」
「いや疲れるだろ」
「何かない?」
「んー、じゃああれどうよ。なんか美術部連の発表会とかやってるらしいぜ」
「発表会? 絵とか?」
「ああ。ゲージュツ見て心を癒すのだ」
「似合わねぇぞ、おい」
「ひどっ!?」
なんやかんやと、ワイワイと談笑して調子を取り戻す剣道部員たち。
「じゃあ、みんなで言ってみよっか」
「そうだな」
絆那も特に反対する理由はない。今日は試合があるのでバイトも入れていなかったので暇なことだし。
そして皆は、発表会の会場である美術館へと向かった。
「おおー」
色々な展示品が分類されて飾ってあった。
絵画、彫刻、CG、映像作品……実に多岐に渡っている。
「すげぇな」
「ほら、あんまりはしゃがない」
そう言いながら、皆でぞろぞろと展示品を見て歩く。
学生の作品だけあって、未熟な作品も実に多い。だが……
(迫力、なんかあるなあ)
未完成ゆえの荒々しさというか、技法を得てない故の瑞々しさというべきか。
型にはまらぬ独特な作品たちは、また違った魅力を見せていた。
(剣にも通じるものもあるな)
絆那はそう考える。
型を完璧に再現する、流れる美しさは舞踊のような、そんな剣は確かに美しい。
事実、何人かの強豪剣士の剣には見惚れてしまう。
だが、絆那の個人的な好みでいえば、型破りの剣の方に魅力を感じてしまう。
それもまた、自分自身の若さゆえだろうか?
そういえば、第六剣道部の吉沢も中々に荒っぽかった。
そう思いながら、人形の展示場に差し掛かる。
「……?」
違和感があった。いや、違和感というよりも、既視感か。
その方向を見る。
飾られているのは人形だった。蝋人形、である。
それ自体はなんでもない。
だが、その人形は……
「吉沢?」
そう、第六剣道部の吉沢に瓜二つであった。
「どした? うわ、この人形すげぇな」
部員たちがやってくる。
「生きてるみたい……」
「つーか上手いな本当、これ」
「でも、なんか蝋人形って……不気味」
「言われてみれば……なあ。なんでだろ?」
「それは、死体のような印象を受けるから、ではないでしょうか?」
横から声がかかる。小さな少女の、可憐な声だった。
「人形が喋ったっ!?」
「いや落ち着け、アレは……」
「どうも、お久しぶりです」
その声の主は、奇妙な二人組み。いや、二人組みと言うべきか。
十歳ぐらいの、ゴシックな服に身を包んだ少女、そしてそれを抱える長身痩躯の男。
篠崎宗司とリーリエであった。
「またあんたか、人形愛好癖野郎。確かに似合いの場所だけど……」
「それより死体ってどういうこと?」
「死蝋化……という話を聞いたことはありませんか?
人間の遺体の成分が蝋のようになってしまい、まるで蝋人形のように硬直してしまうのです」
「うわ……」
それを聞き、視線を人形達に移す。
その話を聞いてしまうと、いっそうに不気味に見えてしまう。
「人形とは、文字通りのヒトのガタ。
古来より、魂を吹き込み、あるいは魂が宿ると言われています。
それは、子供のぬいぐるみや人形、アニメやゲームのフィギュアでも同じ。
人の隣人であり友です。ですがこれらの蝋人形は、一転して死を連想させる。面白いものですね」
「……だからあんた悪趣味だって」
「ほめ言葉と受け取っておきます」
「勝手にしろ」
絆那はため息をつく。
「なあ、別のところ行こうぜ」
「そうだな……」
不気味さ、不安を振り切るように、皆は足を急がせる。
絆那も後に続くが、その背中に声がかけられる。
「……気をつけてください」
「何がだ?」
「今夜は霧はでません。ですが、現実と幻想の境界を曖昧にするのは……霧だけではないという事です」
「本当に……大丈夫なのかなあ」
敷神楽刀那は、夜の不気味な静けさに不安を覚えつつ、それを必死に誤魔化していた。
昼間、思い出すのも忌々しいあの男に無碍にされた後、乱入してきた変な男。
彼から、「あの男と戦いたいならいい方法があります」と言われたのだ。
そして、夜にこの場所に来い、と。
その場所――夜の美術館というのは、存外に不気味である。
(まあ、どんな変態が何か企んでても……)
刀袋に入れた木刀をぎゅっと握る。
異能者でこそないものの、剣術の腕はそこらの異能者にも負けないと自負している。
姉との勝負だっていい線いっているのだ。勝てたことはないが。
「あのー、来ましたけど……メーデーさん? メーデーさーん……?」
小声で彼を呼ぶ。
しかし、返事はない。
「……もしかして、すっぽか……ううん、騙された?」
肩をがっくりと落とす刀那。
「はあ、うまい話ないもんねー……お膳立てでもしてくれるのなら、って……」
気を抜いていたからか、
後ろから忍び寄る影に、刀那は気付かなかった。
「……っ!?」
意識を取り戻した時、刀那は下着姿だった。
下着姿のまま、直立不動の体勢でくくりつけられている。
「な、なななな、なにこれっ!?」
刀那は叫ぶ。
その時、照明がつき、男の姿を照らし出す。
「う・る・さ~い、ですよぉ……? せっかくぅ、芸術的瞬間なのに……
フフフ、だが! その暴れる姿こそが生の躍動、まさに、美ィ~ン……です、ねぇっ」
「あんた、あの変態……ボクをどうする気!? 変なことしたら、承知しないんだからっ!」
宇佐皐月は、狂気の篭った流し目で刀那を見る。
「フフフ、安心めされよ? 美しき少年少女のモチーフは! 処女に童貞と相場がきまっておるのでっす。
わざわざ題材を貶めるようなッ! ことは、ノンノン……
やるわけが、ンフフフフフ、ないでっショ!?」
体をブンブンと振り回しながら、皐月は陶酔する。
(やばい、こいつもっと別の方向に変態だ!)
刀那は改めて思い知った。
「な、何をする気……なの」
「何? 何って?
フフフ、芸術家の行うはただひとつ、美の追求です。
そう、天上の美とは人間そのもの。だぁが、ンフフ、私は未熟に尽きます。
人間の美を再現するには、何もかもが足りない……」
皐月は、蝋人形たちをその指でなぞる。
「足りない!」
そして、叫んだ。
「っ!?」
「そう、足りない! 私には才能も! 技術も! 天分も! なにもかもが足りない!
何が芸術家、ンフフフフ! 名乗れなぁイ! 名乗ることがおこがましィイ! 産み出せない!!」
皐月はその手のひらで自分の顔面を掴む。
「――!? な、に……それ?」
刀那は見た。
その掌、指の間……そこからにじみ出る、どろりとした透明の液体。
それが白く濁り、凝結する。
そう、冷えて固まる蝋のように。
それはやがて皐月の顔面を多い尽くす。
「だァが! 私は手に入れた、授かった!!」
それは、仮面だった。
蝋で出来た仮面。
醜い怪物を模した仮面。それを被った皐月の髪の毛がざわざわと伸び、唸る。
まるで、蛇のように。
「そして理解した! 造れぬのなら――そう! ンフフフ、造れぬのなら、そのモチーフである、人間そのものを!
我が芸術にすればよろしいのです!」
体もまた変質をきたす。
手足が伸び、その肌はボロボロにひび割れる。
そう、その姿は……ギリシア神話に出てくる、蛇髪の魔物に酷似している。
「私は妬む! 神を、人を造りたもうた神の美の才能を!
そしてその恩恵を受けた美しき者たちを!
だから……貴様ら全員、蝋人形になってしまえばいい!」
「あ……あ……」
その発散される憎悪に、刀那は震えることしか出来ない。
「さあ……新たなる芸術の誕生だ!!」
皐月……いや、皐月だったモノ、メデューサが唸る。
刀那の絶叫が響く。
だが、助けは来ない。
美術館の周囲は民家が無い。会社などが立ち並び、あとは公園などしかない。
このような夜には、人気が全くといっていいほど無いのだ。
そしてそもそも、今夜の狩場は皐月が入念に選んだモノ。
警備員などは、とっくの昔に気絶させられている。
だから、助けなどこない。
怪物に捧げられた生贄。それを助けに来る、都合のいい英雄など現実には存在しない。
そんなものはいない。
そう、それが現実だ。
ならば――――
その立ち塞がる現実ごと、叩き切ってしまえばいい!
「ガッ!?」
窓ガラスが叩き割られる。
月を背に、人影が木刀を持って乱入してきた。
「え――?」
刀那は知っている。その男を知っている。
噂を耳にし、会ってみたいと思った。
どれほどのものか、見てみたい、最初はそれだけだった。
そして実際に目にして――自分でも認めたくないが――その剣筋に目を奪われた。
力強い剣。だがそれよりも目を奪われたのは、右腕の傷。
あれだけの怪我、確かに噂で聞いたとおりに、剣など二度と持てるはずも無い。
あれだけの傷を負ったなら、もはや剣の道を諦めるしかないだろう。
自分が、姉という壁にぶつかり、剣を捨てようとしたように、
それが普通だ。そのはずだ。
だが、その男は舞い戻ったという。あの傷を乗り越えて。
そこに何があったのか、どうやって乗り越えたのか、それを彼女は知らない。
だから知りたいと思った。
その男の名は――
「戒堂ォ……絆那ァ……ッ!!」
メデューサが憎憎しげに、しかし歓喜の声をあげる。
「んっだ、こりゃ……」
絆那がメデューサを見上げる。
もはや人の面影など、何処にも残されてはいない。
「何故、此処に……? 我が芸術になりにきたか」
「冗談。
疼いたんだよ、腕が、な」
絆那の右腕に宿るのは、黄金吸血樹である。
吸血樹、と言うが実際には血を吸うわけではない。
その源流となったヤドリギが、大樹に根をおろして養分をもらうことから吸血植物と呼ばれる、その由縁である。
彼の手に宿るグリムが実際に喰らうのは、魂源力。
ラルヴァや異能者の力の源流、生命力や魔力などとも時には呼ばれる、命の力。
そして、強大な魂源力に、その腕は呼応し、疼くのだ。
食わせろ、吸わせろ、と。
「……カテゴリーグリム、じゃないようだな。感じが違う……何だよ、お前」
「芸・術・家ァ!!」
メデューサは叫び、腕を振るう。
絆那はそれを木刀で払い、刀那の所に走る。
「くそ、話が通じねぇ。
大丈夫か、えーと……」
「敷神楽刀那ッ! だから覚えなさいよっ!
……って、ちょっとそれ」
刀那の視線の先には、絆那の持っている木刀。
「……げ」
刀身の半分が、白い。
そう、メデューサの一撃を受けた部分が、蝋になっていたのだ。
「メデューサっつったら、石だろフツー!?」
「ボクに聞かれても困るよっ! ……ていうか、まさかここの人形って……」
「ああ、そのまさかかもな……お前も蝋人形にされてたってことか」
「うう……」
刀那は背筋が寒くなる。
「って、前、前!」
「っ!」
話している一瞬の隙を突き、メデューサの髪が伸びる。
それは絆那の全身に絡みつく。
「っ! がああああああああああっ!!」
そのまま持ち上げられる絆那。
蛇の髪の先端にうねる蛇の顔が牙を向き、絆那の体に牙を突き立てる。
「! 絆那……っ! ねぇ、ちょっと、やめてよ……っ!!」
刀那はそれを目の当たりにし、叫ぶ。
体はやはり縛られて動けない。それでも叫ぶ。
「逃げて、逃げてよ! なんで、そんな、ボクのために……いや、いやだよそんな!!」
だがその願いは届かない。
メデューサの毒が体に回り、ゆっくりと確実に蝋へと変質していく。
「いやだ……なんで! なんで来たのよ! やめて……やめてぇえぇっ!!」
その絶叫は届かない。
蛇の髪が大量にうなり、もはやボールのように絆那の体を覆いつくす。
「安心していい……次は、お前が蝋になる」
メデューサは笑う。
そして、残りの蛇が、その毒を滴らせ、刀那に伸び――
静止した。
「――?」
刀那が顔を上げる。
そして、見る。
その姿を。その光景を。
ボール状に絡まった、蛇たち。
その白蝋のような蛇身を侵食するのは、葉脈のような黒い染み。
広がる。伸びる。侵食する。
まるで根を張るように。否、それは実際に根を張っていた。
啜る。喰らう。蛇たちの存在そのものを否定し、根を張り、枝を伸ばし、その黄金の影は侵食していく。
「な、何だ……これは!? お前は、お前は一体……」
ひび割れる。砕ける。
メデューサが絶叫をあげる。恐怖と共に。
そしてそれこそが、その恐怖こそが……「それ」のもっとも好むモノ。
それは狂った寓話。
それは暗黒の恐怖劇。
それは螺子繰れた御伽噺。
すなわち――
「お前は一体、何なんだぁっ!?」
砕け散る蛇たちの中から現れたソレは、右腕に宿る黒き黄金。
黄金吸血樹を振るう、死神。
否――
寓話騎士!
絆は走る。残った蛇の上を駆け抜ける。
「ヴァアアッ!!」
刀那に向かっていた蛇が向きを変えて絆那へと襲い掛かる。
だが、その全てをミステルティンで切り裂いていく。
「何故! 何故邪魔をする!!
私は! 力を、美を産み出す崇高なる――!!」
メデューサは叫ぶ。
「邪魔するに、決まってんだろうが。
美とか何とかどうでもいい。勝手に好きなだけ作れよ。
だがな――
人を傷つけて何が崇高だ。
てめぇの汚い欲望を美というオブラートで包んで誤魔化すな。
そんな芸術は――」
ミステルティンが脈動する。絆那の怒りに呼応して、魂源力の刃を広げる。
その刀身から枝が伸び、そして――例えるなら蝙蝠の翼の被膜のように、あるいは虫の翅のように、魂源力の刃が形成される。
それは黄金の光。
それは黄金の呪い。
魂源力を喰らい尽くす、収穫の刃の一撃。
「幻想で、斬り砕く!」
仮面が砕ける。
メデューサの巨体が、両断された。
「……これ、あの変態だったのか」
「いや、知らなかったのあんた」
二人が、床に倒れた皐月を見下ろす。
死んではいない。だが、ボロボロの廃人のようになっている。
「反応感じて駆けつけたら、化物が暴れてたからな」
そう言いながら、学生服を刀那にかける。
「……あんた、異能者だったんだ」
「といっても、普段は普通の人間と変わらないけどな。
こいつは俺の右手の神経に成り代わってる。これが、俺が剣道に復活できたからくりってわけだ」
「……つらくないの? だってあんた、それ……」
「まるで化物、って?」
絆那は笑う。
「い、いや、そうじゃないよ。そうじゃないけど、でも……」
「どうだろうな。でも、確かなことはひとつだけある。
これのおかげで、俺はみんなの為に剣を握れる。
戦えるんだ。俺は、それだけでいい」
その顔を見て、刀那は確信した。
何故、この男が再び戻れたのか。
それは、血のにじむリハビリのおかげ? それとも、その怪異が右腕に宿ったから?
ううん、きっとどちらも違う。
それはきっと――
「自分じゃなくて、誰かのためなんだ。――参ったな、それじゃ確かに、最初から勝てないよ」
「ん? 何がだよ」
「ううん。なんでもない」
「そうか。ま、確かに化物かもしれないけどな。
それでも、戦える。そして守れる。助けられる」
刀那は、蝋人形たちを見る。
皐月が倒され、開放され――その体は生身へと戻り始めている。
胸が上下している。息はある。
彼らは、助かったのだ。
「お前も助けられたしな、刀那」
「え――」
その言葉を聞き、刀那は信じられないといった顔で絆那を見る。
「ん?」
「……」
呆れた。
やっと名前を覚えられた。だけど、当の本人はそれがどういうことなのか気付いてない。
本当に、この男は……朴念仁というか、ただのバカというか。
「なんでもない。なんでもないよ、絆那」
「そうか?」
「うん」
そう平然を装って返しながらも、刀那は心に決める。
この馬鹿を、いつかとっておきに、ぎゃふんと言わせてやる、と。
この、都合のいい英雄(ヒーロー)を。
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複数ある剣道部同士の練習試合は今日も行われていた。
同じ学園でありながら複数の同じ部活。
それは特に武道系の部活では、互いを刺激し合い切磋琢磨するという点では、実に効果的であるといえる。
「あれ?」
第八剣道部の戒堂絆那は、ふと違和感を覚える。
「なあなあ、ちょっといいか?」
「うぇい?」
相手の第六剣道部の部員に声をかける。
「お前んとこにいた吉沢、いないけどどうしたんだ?」
吉沢啓一。第六剣道部のレギュラーである男子生徒。その姿が無い。
血気盛んなタイプだと覚えている。その太刀筋は荒々しく未熟ではあったが迫力に満ちていた。
「ああ、あいつでぃすか。なんか、学校に来てないらしいでぃす。ざぼりじないでぃすか?」
「ふうん……」
相槌を打つが、どうにも絆那には腑に落ちなかった。
授業をさぼるのはわかるが、あの手のタイプが部活をサボるとは考えにくい。
しかも対抗試合なのだ。何をおいても出てくるタイプだろうに。
「……まあ、いっか」
そういうこともあるだろう。
絆那は気を取り直し、自分の出番を待つ。
「胴一本! 勝者、戒堂絆那っ!」
試合が終わる。なんとか勝ちを拾った。
相手も中々の強さだった。
絆那は異能者ではあるが、身体能力は普通の人間の域を出ない。
剣士としてはそれなりの強さではあると自負しているものの、それでも人間の範疇内だ。
“奇跡の剣士”などともてはやす連中もいるが、それは奇跡の復活を遂げただけであり、奇跡のような強さを持つと言う意味ではない。
そもそも絆那の異能者としての力は、特定の状態でなければ発現しないのだ。
まあ、ある意味では、常にその異能の恩恵を受けているといっても間違いではないのだが。
「お疲れ、絆那君」
「おう」
マネージャーの譲里からタオルを受け取り、汗を拭く。
「ねぇ、前より太刀筋よくなってない?」
「そうか? そうなら嬉しいけどな」
「そうだよ。見てたからわかるよ」
「そうか、さすがはマネージャーだな」
「……」
その言葉に譲里は、何故か恨みがましい目で絆那を見る。だが絆那はそれに気付いたふうもなく、ペットボトルにいれた麦茶を煽る。
「ふぅ、この一杯の為に生きてるわ」
「……やっぱオッサンくさいよ、君」
「そうか?」
「絶対そう。20越えたらビールがぶがぶ飲むようになって、30超えると取り返しのつかないビール腹になるんだから」
「そんときゃそんときだよ、別にいいって。ピザろうがハゲようが」
「よくないのっ!」
興味なさげな絆那に譲里が怒る。
「な、なんだよ」
「もういいよ。……この剣道バカ」
「?」
何故譲里がむくれているのか、絆那にはまったく判らなかった。女というものは理不尽な生物である。
気を取り直して、絆那が他の試合を見ようとすると、
「戒堂絆那っ! 勝負しなさいっ!」
大声が響いた。
思わず静まり返る道場。
皆の視線の先は、入り口に仁王立ちしている小柄な少女。
胴着にたすきのその少女は、びっ、と絆那に指をさして高らかに宣言する。
「戒堂絆那っ! 勝負しなさいっ!」
大事なことなので二回言ったようである。
その敵意のこもった視線を受け止め、絆那は言った。
「誰?」
「忘れるなあっ!」
叫びながら竹刀を床に叩き付ける少女。
絆那は、記憶力が妙に偏っている。
こと剣道関連にいたっては、一度剣をあわせた相手は忘れない。
だがそうでなければ、よほど興味を惹かれた相手でもなければ。すぐに頭から消えてしまうのだ。
「将来は日本を制覇する超有望中学生美少女剣士!
この敷神楽刀那の名前を忘れたとは言わせないっ!」
「いや、ごめん忘れた」
「うが~~っ!」
地団駄を踏む刀那。
「だいたいボクと名前がなんか被ってるのも気に入らないのよっ! 同じ「那」がついてるしっ!」
「いやそんなこと言われても」
文句なら親に言って欲しい。いないけど。
「ほらほら、落ち着いて」
見かねた譲里が、刀那にドリンクを渡す。
「あ、どうも」
礼を言い、ごきゅごきゅとそのドリンクを飲み干す刀那。
「……ふぅ。
あらためて、今度こそ勝負をっ!」
「断る。」
「うんそうそうことわ……って、またかいっ!? なんでよっ!?」
「あのなあ……」
絆那はため息をつく。
「女子は女子と戦りなさい。中学生だっけ? なら知らないかもしれないが、高校以上だと男女の試合は禁止なの」
これは正確には、一般的には、或いは双葉学園ではそうだというだけで、地域や学校によっては男女で試合を組む所もある。
また、段位審査でも男女の区別はない。
まあ、これは今この場ではどうでもいいことではある。
「む……だったらどうすればいいのよ!」
「どうしようもないな」
「んがーっ!」
ますますいきり立つ刀那。
もはや剣道関係なく掴みかからんばかりの勢いだ。
その時……
「すばらしいっ!」
また、大声が響いた。
今度は、刀那の現われた扉とは逆方向である。
全員の首が180度旋回する。
そこに立っていたのは、白衣をカラフルに染め上げ、筆やヘラをポケットに沢山突っ込んでいる男子生徒だった。
両足を交差させ、腕もまた交差させ、絶妙なパランスで直立しながら、なにやら感動に打ち震えている。
(また何か来た……)
それが今、この道場にいるほとんどの者の心の声。
人は、語らずとも心を一つに出来るのだ。
「エクセレント! ワンダホー! そしてブリリアント!
略してエンダリアンッ! そう、君はエンダリアンだ、少女よ! です!!」
わけがわからない。
その珍妙奇天烈な男は爪先で走り、刀那の傍に一瞬で肉薄する。
「いい。その闘争心、まるで剥きだしのイノシシのような、それでいて崖から落ちようとする大蛇の翼のような!
禁止禁制禁忌を超えて戦いを挑むその姿は、実に美しい美しさを持っている!
嗚呼、やはり天上の美とは人間そのもの!
造形美、機能美、躍動美!
戦うものは……う、うう、美しい…………! びゅりホーぅ……」
いみがわからない。
周囲がドン引きしているなか、その男はなにやら喋り続ける。
「嗚呼、忘れていましたよ忘れてた。
私、塑像部所属の……宇佐皐月と申します……うふ、人は私をメーデー宇佐と……呼んだり? してます?」
疑問形で言われても困る。
皐月はくるりと首を回し、絆那に指をびしっと指す。
「貴方もうううツクシイ!
奇跡の……犬歯。いや剣士? そう、人は奇跡を尊び、それを形にしたいと切望します。
あなたこそはまさに奇跡! その復活劇、ああ、是非とも形にしたい……ろろろろ、蝋をこねくりまわして……」
のけぞりながら咽ぶ皐月。
なんというか、怖い。
(……放って置こう)
それが、ここにいた一同の出した結論だった。
「こほん。
……とにかくっ! 次こそは必ず勝負してもらうからっ!」
そう叫び、刀那は道場を出て行った。
そして、部員達も再び、練習試合や稽古に戻る。
「なんだったんだろうな、あれ」
絆那が不思議そうに言う。
「なんというか、駄目人間だよね……」
それを見て、譲里がぼやいた。
今回の対抗試合は、引き分けだった。
「くそ、あの変態の乱入で調子狂ったんだよ!」
「まあまあ、落ち着けって」
帰りの道中で、ぼやく部員たち。
まあ確かに、あんなのが乱入してきたら色々と狂うだろう。
「ま、まあさ。あれだよ、気分転換しない?」
譲里が言う。
「気分転換なあ……カラオケとか?」
「いや疲れるだろ」
「何かない?」
「んー、じゃああれどうよ。なんか美術部連の発表会とかやってるらしいぜ」
「発表会? 絵とか?」
「ああ。ゲージュツ見て心を癒すのだ」
「似合わねぇぞ、おい」
「ひどっ!?」
なんやかんやと、ワイワイと談笑して調子を取り戻す剣道部員たち。
「じゃあ、みんなで言ってみよっか」
「そうだな」
絆那も特に反対する理由はない。今日は試合があるのでバイトも入れていなかったので暇なことだし。
そして皆は、発表会の会場である美術館へと向かった。
「おおー」
色々な展示品が分類されて飾ってあった。
絵画、彫刻、CG、映像作品……実に多岐に渡っている。
「すげぇな」
「ほら、あんまりはしゃがない」
そう言いながら、皆でぞろぞろと展示品を見て歩く。
学生の作品だけあって、未熟な作品も実に多い。だが……
(迫力、なんかあるなあ)
未完成ゆえの荒々しさというか、技法を得てない故の瑞々しさというべきか。
型にはまらぬ独特な作品たちは、また違った魅力を見せていた。
(剣にも通じるものもあるな)
絆那はそう考える。
型を完璧に再現する、流れる美しさは舞踊のような、そんな剣は確かに美しい。
事実、何人かの強豪剣士の剣には見惚れてしまう。
だが、絆那の個人的な好みでいえば、型破りの剣の方に魅力を感じてしまう。
それもまた、自分自身の若さゆえだろうか?
そういえば、第六剣道部の吉沢も中々に荒っぽかった。
そう思いながら、人形の展示場に差し掛かる。
「……?」
違和感があった。いや、違和感というよりも、既視感か。
その方向を見る。
飾られているのは人形だった。蝋人形、である。
それ自体はなんでもない。
だが、その人形は……
「吉沢?」
そう、第六剣道部の吉沢に瓜二つであった。
「どした? うわ、この人形すげぇな」
部員たちがやってくる。
「生きてるみたい……」
「つーか上手いな本当、これ」
「でも、なんか蝋人形って……不気味」
「言われてみれば……なあ。なんでだろ?」
「それは、死体のような印象を受けるから、ではないでしょうか?」
横から声がかかる。小さな少女の、可憐な声だった。
「人形が喋ったっ!?」
「いや落ち着け、アレは……」
「どうも、お久しぶりです」
その声の主は、奇妙な二人組み。いや、二人組みと言うべきか。
十歳ぐらいの、ゴシックな服に身を包んだ少女、そしてそれを抱える長身痩躯の男。
篠崎宗司とリーリエであった。
「またあんたか、人形愛好癖野郎。確かに似合いの場所だけど……」
「それより死体ってどういうこと?」
「死蝋化……という話を聞いたことはありませんか?
人間の遺体の成分が蝋のようになってしまい、まるで蝋人形のように硬直してしまうのです」
「うわ……」
それを聞き、視線を人形達に移す。
その話を聞いてしまうと、いっそうに不気味に見えてしまう。
「人形とは、文字通りのヒトのガタ。
古来より、魂を吹き込み、あるいは魂が宿ると言われています。
それは、子供のぬいぐるみや人形、アニメやゲームのフィギュアでも同じ。
人の隣人であり友です。ですがこれらの蝋人形は、一転して死を連想させる。面白いものですね」
「……だからあんた悪趣味だって」
「ほめ言葉と受け取っておきます」
「勝手にしろ」
絆那はため息をつく。
「なあ、別のところ行こうぜ」
「そうだな……」
不気味さ、不安を振り切るように、皆は足を急がせる。
絆那も後に続くが、その背中に声がかけられる。
「……気をつけてください」
「何がだ?」
「今夜は霧はでません。ですが、現実と幻想の境界を曖昧にするのは……霧だけではないという事です」
「本当に……大丈夫なのかなあ」
敷神楽刀那は、夜の不気味な静けさに不安を覚えつつ、それを必死に誤魔化していた。
昼間、思い出すのも忌々しいあの男に無碍にされた後、乱入してきた変な男。
彼から、「あの男と戦いたいならいい方法があります」と言われたのだ。
そして、夜にこの場所に来い、と。
その場所――夜の美術館というのは、存外に不気味である。
(まあ、どんな変態が何か企んでても……)
刀袋に入れた木刀をぎゅっと握る。
異能者でこそないものの、剣術の腕はそこらの異能者にも負けないと自負している。
姉との勝負だっていい線いっているのだ。勝てたことはないが。
「あのー、来ましたけど……メーデーさん? メーデーさーん……?」
小声で彼を呼ぶ。
しかし、返事はない。
「……もしかして、すっぽか……ううん、騙された?」
肩をがっくりと落とす刀那。
「はあ、うまい話ないもんねー……お膳立てでもしてくれるのなら、って……」
気を抜いていたからか、
後ろから忍び寄る影に、刀那は気付かなかった。
「……っ!?」
意識を取り戻した時、刀那は下着姿だった。
下着姿のまま、直立不動の体勢でくくりつけられている。
「な、なななな、なにこれっ!?」
刀那は叫ぶ。
その時、照明がつき、男の姿を照らし出す。
「う・る・さ~い、ですよぉ……? せっかくぅ、芸術的瞬間なのに……
フフフ、だが! その暴れる姿こそが生の躍動、まさに、美ィ~ン……です、ねぇっ」
「あんた、あの変態……ボクをどうする気!? 変なことしたら、承知しないんだからっ!」
宇佐皐月は、狂気の篭った流し目で刀那を見る。
「フフフ、安心めされよ? 美しき少年少女のモチーフは! 処女に童貞と相場がきまっておるのでっす。
わざわざ題材を貶めるようなッ! ことは、ノンノン……
やるわけが、ンフフフフフ、ないでっショ!?」
体をブンブンと振り回しながら、皐月は陶酔する。
(やばい、こいつもっと別の方向に変態だ!)
刀那は改めて思い知った。
「な、何をする気……なの」
「何? 何って?
フフフ、芸術家の行うはただひとつ、美の追求です。
そう、天上の美とは人間そのもの。だぁが、ンフフ、私は未熟に尽きます。
人間の美を再現するには、何もかもが足りない……」
皐月は、蝋人形たちをその指でなぞる。
「足りない!」
そして、叫んだ。
「っ!?」
「そう、足りない! 私には才能も! 技術も! 天分も! なにもかもが足りない!
何が芸術家、ンフフフフ! 名乗れなぁイ! 名乗ることがおこがましィイ! 産み出せない!!」
皐月はその手のひらで自分の顔面を掴む。
「――!? な、に……それ?」
刀那は見た。
その掌、指の間……そこからにじみ出る、どろりとした透明の液体。
それが白く濁り、凝結する。
そう、冷えて固まる蝋のように。
それはやがて皐月の顔面を多い尽くす。
「だァが! 私は手に入れた、授かった!!」
それは、仮面だった。
蝋で出来た仮面。
醜い怪物を模した仮面。それを被った皐月の髪の毛がざわざわと伸び、唸る。
まるで、蛇のように。
「そして理解した! 造れぬのなら――そう! ンフフフ、造れぬのなら、そのモチーフである、人間そのものを!
我が芸術にすればよろしいのです!」
体もまた変質をきたす。
手足が伸び、その肌はボロボロにひび割れる。
そう、その姿は……ギリシア神話に出てくる、蛇髪の魔物に酷似している。
「私は妬む! 神を、人を造りたもうた神の美の才能を!
そしてその恩恵を受けた美しき者たちを!
だから……貴様ら全員、蝋人形になってしまえばいい!」
「あ……あ……」
その発散される憎悪に、刀那は震えることしか出来ない。
「さあ……新たなる芸術の誕生だ!!」
皐月……いや、皐月だったモノ、メデューサが唸る。
刀那の絶叫が響く。
だが、助けは来ない。
美術館の周囲は民家が無い。会社などが立ち並び、あとは公園などしかない。
このような夜には、人気が全くといっていいほど無いのだ。
そしてそもそも、今夜の狩場は皐月が入念に選んだモノ。
警備員などは、とっくの昔に気絶させられている。
だから、助けなどこない。
怪物に捧げられた生贄。それを助けに来る、都合のいい英雄など現実には存在しない。
そんなものはいない。
そう、それが現実だ。
ならば――――
その立ち塞がる現実ごと、叩き切ってしまえばいい!
「ガッ!?」
窓ガラスが叩き割られる。
月を背に、人影が木刀を持って乱入してきた。
「え――?」
刀那は知っている。その男を知っている。
噂を耳にし、会ってみたいと思った。
どれほどのものか、見てみたい、最初はそれだけだった。
そして実際に目にして――自分でも認めたくないが――その剣筋に目を奪われた。
力強い剣。だがそれよりも目を奪われたのは、右腕の傷。
あれだけの怪我、確かに噂で聞いたとおりに、剣など二度と持てるはずも無い。
あれだけの傷を負ったなら、もはや剣の道を諦めるしかないだろう。
自分が、姉という壁にぶつかり、剣を捨てようとしたように、
それが普通だ。そのはずだ。
だが、その男は舞い戻ったという。あの傷を乗り越えて。
そこに何があったのか、どうやって乗り越えたのか、それを彼女は知らない。
だから知りたいと思った。
その男の名は――
「戒堂ォ……絆那ァ……ッ!!」
メデューサが憎憎しげに、しかし歓喜の声をあげる。
「んっだ、こりゃ……」
絆那がメデューサを見上げる。
もはや人の面影など、何処にも残されてはいない。
「何故、此処に……? 我が芸術になりにきたか」
「冗談。
疼いたんだよ、腕が、な」
絆那の右腕に宿るのは、黄金吸血樹である。
吸血樹、と言うが実際には血を吸うわけではない。
その源流となったヤドリギが、大樹に根をおろして養分をもらうことから吸血植物と呼ばれる、その由縁である。
彼の手に宿るグリムが実際に喰らうのは、魂源力。
ラルヴァや異能者の力の源流、生命力や魔力などとも時には呼ばれる、命の力。
そして、強大な魂源力に、その腕は呼応し、疼くのだ。
食わせろ、吸わせろ、と。
「……カテゴリーグリム、じゃないようだな。感じが違う……何だよ、お前」
「芸・術・家ァ!!」
メデューサは叫び、腕を振るう。
絆那はそれを木刀で払い、刀那の所に走る。
「くそ、話が通じねぇ。
大丈夫か、えーと……」
「敷神楽刀那ッ! だから覚えなさいよっ!
……って、ちょっとそれ」
刀那の視線の先には、絆那の持っている木刀。
「……げ」
刀身の半分が、白い。
そう、メデューサの一撃を受けた部分が、蝋になっていたのだ。
「メデューサっつったら、石だろフツー!?」
「ボクに聞かれても困るよっ! ……ていうか、まさかここの人形って……」
「ああ、そのまさかかもな……お前も蝋人形にされてたってことか」
「うう……」
刀那は背筋が寒くなる。
「って、前、前!」
「っ!」
話している一瞬の隙を突き、メデューサの髪が伸びる。
それは絆那の全身に絡みつく。
「っ! がああああああああああっ!!」
そのまま持ち上げられる絆那。
蛇の髪の先端にうねる蛇の顔が牙を向き、絆那の体に牙を突き立てる。
「! 絆那……っ! ねぇ、ちょっと、やめてよ……っ!!」
刀那はそれを目の当たりにし、叫ぶ。
体はやはり縛られて動けない。それでも叫ぶ。
「逃げて、逃げてよ! なんで、そんな、ボクのために……いや、いやだよそんな!!」
だがその願いは届かない。
メデューサの毒が体に回り、ゆっくりと確実に蝋へと変質していく。
「いやだ……なんで! なんで来たのよ! やめて……やめてぇえぇっ!!」
その絶叫は届かない。
蛇の髪が大量にうなり、もはやボールのように絆那の体を覆いつくす。
「安心していい……次は、お前が蝋になる」
メデューサは笑う。
そして、残りの蛇が、その毒を滴らせ、刀那に伸び――
静止した。
「――?」
刀那が顔を上げる。
そして、見る。
その姿を。その光景を。
ボール状に絡まった、蛇たち。
その白蝋のような蛇身を侵食するのは、葉脈のような黒い染み。
広がる。伸びる。侵食する。
まるで根を張るように。否、それは実際に根を張っていた。
啜る。喰らう。蛇たちの存在そのものを否定し、根を張り、枝を伸ばし、その黄金の影は侵食していく。
「な、何だ……これは!? お前は、お前は一体……」
ひび割れる。砕ける。
メデューサが絶叫をあげる。恐怖と共に。
そしてそれこそが、その恐怖こそが……「それ」のもっとも好むモノ。
それは狂った寓話。
それは暗黒の恐怖劇。
それは螺子繰れた御伽噺。
すなわち――
「お前は一体、何なんだぁっ!?」
砕け散る蛇たちの中から現れたソレは、右腕に宿る黒き黄金。
黄金吸血樹を振るう、死神。
否――
寓話騎士!
絆は走る。残った蛇の上を駆け抜ける。
「ヴァアアッ!!」
刀那に向かっていた蛇が向きを変えて絆那へと襲い掛かる。
だが、その全てをミステルティンで切り裂いていく。
「何故! 何故邪魔をする!!
私は! 力を、美を産み出す崇高なる――!!」
メデューサは叫ぶ。
「邪魔するに、決まってんだろうが。
美とか何とかどうでもいい。勝手に好きなだけ作れよ。
だがな――
人を傷つけて何が崇高だ。
てめぇの汚い欲望を美というオブラートで包んで誤魔化すな。
そんな芸術は――」
ミステルティンが脈動する。絆那の怒りに呼応して、魂源力の刃を広げる。
その刀身から枝が伸び、そして――例えるなら蝙蝠の翼の被膜のように、あるいは虫の翅のように、魂源力の刃が形成される。
それは黄金の光。
それは黄金の呪い。
魂源力を喰らい尽くす、収穫の刃の一撃。
「幻想で、斬り砕く!」
仮面が砕ける。
メデューサの巨体が、両断された。
「……これ、あの変態だったのか」
「いや、知らなかったのあんた」
二人が、床に倒れた皐月を見下ろす。
死んではいない。だが、ボロボロの廃人のようになっている。
「反応感じて駆けつけたら、化物が暴れてたからな」
そう言いながら、学生服を刀那にかける。
「……あんた、異能者だったんだ」
「といっても、普段は普通の人間と変わらないけどな。
こいつは俺の右手の神経に成り代わってる。これが、俺が剣道に復活できたからくりってわけだ」
「……つらくないの? だってあんた、それ……」
「まるで化物、って?」
絆那は笑う。
「い、いや、そうじゃないよ。そうじゃないけど、でも……」
「どうだろうな。でも、確かなことはひとつだけある。
これのおかげで、俺はみんなの為に剣を握れる。
戦えるんだ。俺は、それだけでいい」
その顔を見て、刀那は確信した。
何故、この男が再び戻れたのか。
それは、血のにじむリハビリのおかげ? それとも、その怪異が右腕に宿ったから?
ううん、きっとどちらも違う。
それはきっと――
「自分じゃなくて、誰かのためなんだ。――参ったな、それじゃ確かに、最初から勝てないよ」
「ん? 何がだよ」
「ううん。なんでもない」
「そうか。ま、確かに化物かもしれないけどな。
それでも、戦える。そして守れる。助けられる」
刀那は、蝋人形たちを見る。
皐月が倒され、開放され――その体は生身へと戻り始めている。
胸が上下している。息はある。
彼らは、助かったのだ。
「お前も助けられたしな、刀那」
「え――」
その言葉を聞き、刀那は信じられないといった顔で絆那を見る。
「ん?」
「……」
呆れた。
やっと名前を覚えられた。だけど、当の本人はそれがどういうことなのか気付いてない。
本当に、この男は……朴念仁というか、ただのバカというか。
「なんでもない。なんでもないよ、絆那」
「そうか?」
「うん」
そう平然を装って返しながらも、刀那は心に決める。
この馬鹿を、いつかとっておきに、ぎゃふんと言わせてやる、と。
この、都合のいい英雄(ヒーロー)を。
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