【タブレット・3rd piece】

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[[ラノで読む>http://rano.jp/1288]] *『始動』  転校初日の事件がきっかけで風華は、文乃とペアとして見られることが多くなってしまった。  初日はうまく避けた学校案内も、結局断りきれずこうして文乃に連れられている。 「この学園もバカ広いから、一日で見て回るってのも無理なんだけどねぇ」  文乃は頭の後ろで手を組みながら、ややめんどくさそうに歩いている。 「だったら案内なんてしてくれなくても……」 「まあそう言わずに、もうちょっとで終わるからさ」  風華も面倒に思うのなら案内してくれなくてもいいと言っているのだが、文乃はなんだかんだと案内をやめるつもりはないようだった。  この強引さや風紀委員という立場から、文乃にはあまり親しい友人がいないのが風華にとって多少の救いではあった。  要は文乃にさえ注意していれば良いのだから、隠し事をするには楽な状況といえる。  そして二人は渡り廊下を出て、部活棟の方にやって来た。昨日二人が――同じクラスではあるのだが――お互いを初めて認識した場所である。 「結局昨日行けなかったんだけどさ、この先に私の部の部室があんのよ」  何を気に入ったのか、文乃はやたらと風華を文芸部に誘ってくる。 「文芸部の話なら、再三断っているハズだが」  聖痕《スティグマ》のスナイパーとして、未だにニュースを騒がせている連続狙撃事件の犯人として、後暗い所がある風華はあまり人との関わりを持ちたくはないのだ。 「見学だけでも良いから、ね」  断ろうとする風華の背中を、文乃が押していく。  他人――特に同世代の人間とあまり接した経験の少ない風華は、こういった押しにうまく対応出来ないのだった。 (どうする? いっそこのまま逃げてしまうか?)  狙撃が専門だったとはいえ、風華も兵士としての基本的な訓練は一通りこなしている。単純な追いかけっこならつかまる事はまず無いだろうが、文乃には文章具現化という能力がある。風紀委員という立場上、加速能力など捕り物に適した文章は既に用意しているだろう。  当身を入れて昏倒させるという手も考えたが、それをやった瞬間に別の風紀委員に追われる事になるので却下した。  そんな事を考えつつダラダラと歩いている二人に向かって、木刀を持った少女が駆け寄ってきた。  一歩走る度にその大きな胸をたわわに揺れる。  文乃はその様子を見て小さく舌打ちするのを、風華は見逃さなかった。 「束司センパイ、ここにいたっすか」  彼女の名前は、神楽《かぐら》二礼《にれい》風紀委員の見習いとして働いている一年生だ。 「アイス委員長がお呼びっすよ」 「逢洲委員長が? 何で?」  現在双葉学園の風紀委員は逢洲《あいす》等華《などか》と山口《やまぐち》・デリンジャー・慧海《えみ》の二人の委員長によって運営されている。  そのため所属する班によってどうしても、どちらかの委員長とはあまり関わらないという事になる。  文乃もどちらかといえば、デリンジャーとよく関わる班に所属していた。 「それはアイス委員長に聞いてくださいっす」  二礼は自分には関係無いという風に、涼しげな顔をしている。そんな事だから単純な伝言しか任せられないのだが、二礼はどうも意図的にそう振舞っているような節があった。 「わかった、すぐ行くわ」  文乃はポケットから腕章を取り出した。 「それじゃ、聖さん。また明日」 「あ、ああ」  慌てて駆けていこうとする文乃に、二礼が声をかける。 「あと出来れば昨日の喧嘩の原因になったっていう転校生さんも連れて来て欲しいそうっす」 「私も?」  突然言われて思わず反応してしまう風華。 「あなたがそうだったっすか。丁度良かったっす。それじゃ、よろしくって事で」  言うだけの事は言って、二礼はまた風紀委員室とは反対方向に歩いていった。 「ちょっと、あんたは行かないの?」 「私は呼び出すように言われただけっすからー」  二礼はそのまま去っていった。本当にどこまでも適当な性格のヤツである。  結局風華と文乃の二人は、連れ立って風紀委員室にやってきた。 「失礼します。逢洲委員長なんですか?」 「すまなかったな、束司君、聖君。呼び出したりして」  風紀委員長、逢洲等華は不可解な呼び出しに戸惑う二人を深刻な様子で出迎えた。 「一体何があったんですか? 私はともかく聖さんまで」 「そうだな。……まずは座ってくれ」  いつに無く歯切れの悪い逢洲の様子に首を傾げる文乃と、状況がわからずに身構えて辺りの状況を見回す風華の視線が不意に重なる。  とりあえずお互いに、何となく相手を促しつつすすめられた椅子に座った。  その様子を見た逢洲は、一つ息をついて重々しく口を開いた。 「……昨日、君が指導した火野拳児が、今朝亡くなった」 「な……」  突然のことに文乃は言葉が出なかった。 「反省房で能力を使い暴れ、押さえに入った風紀委員を二人病院送りにしたあげく、最期は自分の能力の炎に焼かれてな」 「そんな、ありえないでしょう!」 「ああ、通常ならありえない事だろうな」  逢州は文乃の言葉をゆっくり受け止める。 「すまない、どういう事だ?」  学園に来るまで自分以外の能力者を見たことも無かった風華は、文乃と逢洲の会話の意味がよくわからなかった。風華自身経験は無いが、能力が暴走するというのはそんなに珍しいことなのだろうか。 「ああそっか。聖さんは知らないんだっけ? 学園には能力を使えなくする反省房って特殊な部屋があるの」  説明をする事で文乃は、少し落ち着きを取り戻したようだ。 「そこで、能力が暴走するのはおかしいと?」 「それ以前に、能力の暴走で本人が焼かれるというのがまずおかしいの」  文乃の言葉を継いで逢洲が説明を続ける。 「自分でも能力の制御が出来ない能力者は、少数だが存在する。しかし火野は、それまで拳に炎を纏ってラルヴァ討伐の任務に就いていたし、戦績だけを見れば優秀な能力者だった」  それが能力の制御を失って死んだ訳か、確かに異常な事態だと風華はやっと理解した。 「そこで調べた結果、これが絡んでいる事が判明した」  逢洲は机の引き出しから紙束とビニールに包まれた何かをゆっくりと差し出した。 「タブレット?」  資料のタイトルにはそう書かれている。ビニールに包まれているのも、ラムネ菓子のような物だった。 「今学園の地下で不正流通している物だ。これを飲めば能力が強くなる、といってな」 「こんな物、とても効果があるとは思えませんけどねえ」  納得出来ないという様子で、文乃はビニールを適当に摘み上げる。 「ところが全くのまゆつばでも無らしい。一般人や大半の能力者にとってはただ味の無いラムネ菓子だが、数パーセントの確率で興奮作用を発揮し、極稀な適合者は本当に能力が強くなるとの事だ」 「ちょっと、そんな危険な物、どうして私達に知らされてないんですか!」  文乃は手に持ったビニールを握り占める。 「学園側は、独自に処理すると言っている。風紀委員は、所持者からの没収のみ許可されるそうだ。その一粒も本来なら学園への提出義務がある物だ」  逢州の顔が、何よりその決定は不本意だと雄弁に語っていた。 「だが私は仲間が傷付き、生徒が亡くなった事件で大人しく引き下がる気は無い」 「逢州委員長……」 「今回の事はあくまで非公式だ、チームでは動かせない。だから君のような器用な能力を持った人物に頼みたいんだ」  文乃と逢洲が頷き合う。 「それで聖君、昨日の火野の様子について何か気付いた事は無かったか?」  二人の視線が風華に向かう。 「いや、特に薬物を摂取したような兆候は見られなかった」 「聖さん、そういうのわかるの?」  風華は言ってしまってからマズさに気が付く、普通の女子高生ならば薬物なんかには詳しくないだろう。  何となくこの逢洲という人物には、師匠と同じような雰囲気を感じて、ついいつもの感覚で話してしまった。 「その何だ、専門事なものではなくて……そう、目が血走ったりだとか息が荒かったりといった、明らかな異常は無かったということだ」  慌ててごまかしてみるものの、かなり不自然なものになってしまったのは否めないだろう。 「そうか、なら良いんだ。すまなかったな聖くん。それとこの事は口外無用に願う」  しかしその不自然さには特に触れられず、風華は退場を言い渡された。 (さて、どう動くのが得策か……)  風華は今後の自分の立ち居地を計算していた。  このまま、やり過ごしてただの生徒として隠れてしまうか、或いは……。 「私にも協力させてくれないか?」  謎の薬物事件に風紀委員の非公式捜査、これをきっかけに風紀委員に自分の存在を売り込む事にした。  この双葉学園には、実績さえ上げていれば多少の無茶には目を瞑るような風潮が存在する。  現に学生全体の代表である醒徒会で、書記を務める加賀杜《かがもり》紫穏《しおん》も記憶喪失であることを公表しているが、それが問題になったり、過去を詮索される事もないという。  そういった意味で風紀委員は、とても魅力的な組織である、なっておいて損は無いだろう。 「いきなり変な話を聞かせてしまったのは、こちらの配慮が足りなかったが、君のような一般の生徒に協力を要請する訳には……」  突然の申し出に、逢洲が戸惑いを見せる。 「軽い気持ちではないつもりだ。私は学園にやってきて日は浅いが、ここを守ろうというあなたの気持ちには賛同する」  風華は真っ直ぐに逢洲の顔を見つめた。  短いやり取りを聞いた中でこの逢洲という人物が好みそうな言葉を並べてみたがこれで取り入れるかどうか、賭けて見たのだ。  逢洲は顔をしかめたまま動かない。  少し露骨過ぎたのが見透かされたのだろうか。 「良いんじゃないですか? 逢洲委員長、私も何かあった時の連絡役くらいは欲しいですから」  横から文乃が助け舟を出した。  何を気に入られたかわからないが、文乃は積極的に風華を引き入れるつもりらしい。 「……わかった! それではこれより、聖風華を風紀委員見習いに任命する」  逢洲は少し考える素振りを見せたが、次の瞬間にはハッキリと意思のこもった表情になった。 「よろしくね。聖さん」  満面の笑みで手を差し出す文乃。  いまいち何を考えているのかわからないが、今回は助けられたのは事実だ。  文乃は差し出された手を握り返した。  こうしてとりあえずではあるが、風華と文乃のコンビが誕生した。 「じゃあ、早速情報収集にでも行きますか」  ということで風華は文乃に連れられ、商店街にやって来た。夕暮れ時の今頃は夕食の買い出しで一番賑わう時間である。  異能や超科学の研究をしている学園とは思えない、どこか懐かしさを感じさせる光景だった。 (……懐かしい? 私は過去にこんな風景を見た事があるのか?)  聖痕によって記憶を消された風華は、慣れない感覚に思わず立ち止まる。 「どうかした、聖さん?」 「いや、何でもない」  いくらなんでも自分の過去が学園と関係あるはずが無い。ただこういう場面が懐かしいというイメージに過ぎないだろう。  風華は首を振って、文乃に追いついた。 「しっかし、聖さんが風紀委員になりたかったとはねぇ」  先を歩く文乃は、手を頭の後ろで組んでおどけた様子で言った。 「あんな話を聞かされたら、私だってやれることはやりたいと思うさ。特別風紀委員になりたかった訳じゃない」  先ほどのやり取りから不自然にならないよう、風華は言葉を選んで口にした。 「ふぅん、まあ良いけどさ」  文乃はあまり気にしていないようで、軽い足取りのまま進んでいく。 「なあ、なぜこんなに自分に構うんだ?」  風華は今日一日ずっと疑問だった事を聞いてみた。 「好きになれそうだから、聖さんの事」  何気ない様子で文乃が答える。 「……すまないが、そういう趣味は」  二、三歩無言で歩いたところで、風華は距離を取った。 「別に私にだって無いわよ!」  文乃が慌てて否定する。  そして恥ずかしそうに頭を掻きながら話しだした。 「そういうんじゃなくて、私いかにも女の子って感じが好きじゃなくてさ、聖さんはそういうの無いし面白そうだったから」 「はあ、なるほどな」  風華は転校初日、教室で本ばかり読んでいた文乃を思い出した。自分もクラスにいる他の女子のテンションには付いていけないので、何となくその気持ちはわからなくも無い。  もっとも、今日の強引な勧誘などはそれ以上にうるさかったのだが。 「しかし、ずいぶん奥に行くんだな。まだ先なのか?」  商店街も半ばを過ぎて、肉・魚・野菜といった生鮮食品を中心にしたブロックから、服や雑貨などのブロックに移ってきていた。 「もうちょっとだから」 「そう言えば、聞き込みはしなくていいのか?」  ここら辺のブロックは若者も多く、かといって若者の中心街でもない。下手な繁華街よりこういう場所の方が薬物などが出回りやすいのだが、文乃は一向に歩を緩める様子はない。 「聞き込み? そんな面倒な事はしないわよ」  驚いた様子で文乃が答える。  しかし驚きたいのはむしろ風華の方である。 「じゃあ何でこんな所に来たんだ?」 「あれ、言ってなかったっけ? ごめん、ごめん、こっちには島内の事にやたら詳しい知り合いに会い来たのよ」  文乃は誤魔化すように笑って、 「ダメよ。そういうのはちゃんと確認しないと」  完全に自分の事を棚上げして言った。 「ここよ」  そして突然文乃が足を止めた。商店街はもう外れの方に差し掛かったいた。 「定食屋大ちゃん」  目の前にはテナントビルの一階に入っている定食屋があった。お世辞にも流行っているとは言い難い雰囲気の店である。  もしかしてここに、決まったメニューでも頼むと現れる情報屋でもいるのだろうか。  風華は、テレビか何かで見た情報屋を想像して少しおかしくなった。 「違う違う。用があるのはその上」 「ああ、何だ。そ、そうだよな」  見上げた先には、BOKUジャーナルという雑誌社か何かの看板が出ていた。  情報を扱うところとしては、定食屋よりずっとそれらしい場所である。 「決まった場所で特別なメニューでも頼むと現れる奴でもいると思った?」 「う、そんな事はないぞ」  図星を突かれ、風華は少し顔を赤らめた。 「流石にそんなベタな情報屋は無いわよね。知らないけど」 「しかし、こんないかにも情報を扱っている所なら他の風紀委員、特にあの逢洲委員長は利用しているんじゃないのか?」  確かにそれらしい場所なのだが、それだけにあまり期待できない気がする。逢洲の出してきた情報も、それなりにまとまったモノだったのだ。一般の情報機関にそれ以上の情報があるとは思えなかった。 「それは大丈夫よ。取材に行かないでも書けるって専らのウワサのネタメールマガジンだから。ま、それも間違いじゃないけどね」  文乃は真っ直ぐ、入り口横の階段に向かって行った。  だったら何故そんな場所に行くのか、風華は疑問に思ったが文乃に付いて行くのがやっとで口に出来なかった。  ビルに入ってみると、行くてを阻むように階段に男が座り込んでいた。 「誰だ、アンタ」  ダボっとしたヒップホップ系の格好をしているので断言は出来ないが、かなり体格の良い男だ。太いというよりガッシリしているという言葉が似合う。 「下の定食屋の娘よ」 (大ちゃんの娘だったのか)  流行っていなさそうという感想を口にしないで助かった。  本当に短い付き合いだが、そんな事を口走ろうものなら文乃がもの凄い勢いで噛み付いてくるだろう事は容易に想像できる。 「カオルかシュウにでも確認してくれればわかるから」  文乃はガラの悪い男に臆する事無く答える。 「カオル?」  男が怪訝そうに顔をしかめる。 「アンタんトコのボスよ。知らないの?」  文乃の口角が男を馬鹿にするようにつり上がる。 「とにかく、俺はここを通さないようにって言われてんだ。アンタ達を通す訳にはいかない」  男は立ち上がって身構えた。重心が割と高い位置にある立ち技系の格闘技の構えだった。 (下策だな)  それを見ただけで、風華は相手が格下であると確信した。  階段という狭い空間では、備えが無い限り下の方が有利だ。ただの肉弾戦では上側は攻撃手段が蹴りに限定される。だがそれは下側の掴みや投げの恰好の餌食だ。下側は常時低いタックルをしているような状態で戦えるのである。 「やらせてもらってかまわないか?」  風華は文乃が動き出すより早く、前に踏み出した。 「ちょ、ちょっと無理しないでよ。聖さん、転校してきたばっかりでろくに戦い方なんて知らないでしょう?」 「入団試験だとでも思ってくれれば良い。制圧くらいはやってみせるさ」  完全に文乃の方へ向き直って答える、風華なりの挑発だ。 「っのアマ、あんまり調子乗ってると痛い目見るぞ」  面白いくらいあっさり乗せられた男がナイフを構える。  学園の生徒はナイフの心得があるので、街のチンピラのように間抜けに棒立ちという事はないが、風華から見れば隙だらけも良いところだった。  余裕を見せ付けるため、わざとゆっくりと階段を上がっていった。  そんな風華の元に、届くはずの無い白刃が迫る。 「伸びる腕《ビヨンドアーム》」  紙一重でかわした風華が見上げると、男はへっと得意そうに笑って言った。  階段の下側が有利というのはこれで解消したつもりらしい。  ズボンの造りを見るに、脚も伸ばせると思った方が良いだろう。 (だが初手で仕留められなかったのは、致命的だったな)  一気に距離を詰めるため風華は階段を駆け上がった。しかし、男もナイフを上手く使って牽制してくる。  トリックさえわかれば大した事はないと思いきや、男の能力は階段という限られた空間では中々に手強いものだった。  伸縮の比率は任意にできるようで肘と手首だけとは思えない程トリッキーな軌道でナイフが襲ってくる。  スピードも拳を突き出すより断然速い。 (さすが異能者を集めた特区だな、相手の身のこなしだけでは実力がわからないという事か)  約五段分の距離を隔てた風華と男の攻防は、一進一退のまま両者ともこれ以上先になかなか押し込めないでいた。 「おい、いい加減帰らねぇとマジで痛い目見んぞ」  先に焦れた男が、安っぽい脅し文句を口にした。 「そういうセリフはせめてかすり傷くらい負わせてから言うものだ」  ナイフを振り回す男とそれをいなす風華、両者共に相手に手傷を負わせられていない。 「っのアマ!」  小細工無しで真っ直ぐに風華めがけて、ナイフが迫る。  風華は避けるそぶりを見せず、男に向かって拳を放った。 「ぐぁ」  男の手が伸びるよりも速く、拳圧が男の顔を打ち抜く。  何とか鎌鼬以外の力を取り戻そうと努力した結果習得した、遠当てである。  一度拳を構えて打ち出すという動作が必要になるため、まだ完成には程遠い。 「痛ってぇ……」  男の顔に鼻血が垂れる。  威力もせいぜい牽制《ジヤブ》程度で、一発ノックアウトという訳にもいかない。 「テメェ、もう許さねぇ」  顔にハッキリと青筋を浮かべ、男が伸ばしていた腕を引き戻す。 「ふぅスッキリしたぁ」  そんな緊張した空気を壊すように、奥の扉から細身の男が現れた。ギロっとした目とその体つきが蛇を思い出させる。 「遅ぇんだよ、高橋」  毒気を抜かれたのか男は風華達への警戒も忘れ、出てきた男の方へ向き直った。 「あれ、ソイツ等誰よ、中島。知り合い? つーかお前それ、鼻血? ダッセぇ」  状況をよくわかっていないのか、ヘビのような男――高橋は一人おかしそうにしている。 「テメェが居ない間に、変なヤツらが来たんだよ!」 「うるせぇ! トイレくらいゆっくりさせろってんだ」  おなかに手をあてて高橋と呼ばれた男は、急に声を荒げた。 「ったく、女の一人や二人、とっとと追い払っちまえば良いじゃねえか」 「だから今やってんだろ! テメェも手伝え」  少し冷静さを取り戻して元からいたガタイの良い男――中島が、ナイフを構えなおす。 「しゃーねーなー」  高橋が面倒臭そうに肩を回した。 「二対二って訳ね」  文乃が好戦的な笑みを浮かべる。 「いや、悪いが二対一でやらせてもらう」  風華は階段を上ってこようとする文乃を片手で制す。 「さっきだってあんなに手こずってたのに、さすがに二対一なんてやらせる訳にはいかないわよ。戦闘だって慣れてないのに」 「先ずその認識を改めてもらわないとやりづらくて敵わん」  素性を出来るだけ隠すために大人しくしていたが、風紀委員として動くためには戦力として計算に入れられた方が何かと動きやすい場面も増えるはずだ。 「任せておけ。私は強い」 「危ないと思ったら助けに入るからね」  少し不満を残した様子で、文乃はその場に踏みとどまった。 「おいお嬢ちゃん、あんまりナメてんじゃねぇぞ」  高橋がヘビのような目をギロリと見開く。 「巨人の腕《ギガントアーム》」  突き出された男の腕が、拳で通路を埋め尽くす程に巨大化する。限定された空間での足止めには持ってこいな能力である。  そのまま巨大化した指をでこピンの要領では弾く。人一人程もある指が弾き出されるさまは、単純な肉弾戦ではかなりの脅威である。  一振りで生じる拳圧も風華の遠当ての比ではない。 「くう」  風華は思わず後ろに飛びすさった。  その着地のタイミングを狙いすましたように、中島のナイフが襲ってくる。 「コンビネーションフラッシュ!」  小突かれただけでかなりのダメージになるだろう巨大な拳と、その隙間かはいつ襲ってくるかわからないナイフ。  確かにまともにやっては、なかなか近付けない布陣である。 「だが甘い」  風華はナイフを紙一重で避けると、鎌鼬の能力でいとも簡単にその刃を切り裂いた。 「な、っテメェ何しやがった?」  柄の部分だけになったナイフを見て、中島が叫ぶ。  大声を出して自分は強いと思い込まないと、戦えないタイプなのだろう。 「まだやるというなら、今度は腕をいくぞ」  そういうタイプは、冷静にプレッシャーを与えていればいずれ自滅する。  風華は師匠の教え通りに、ゆっくりと階段を上がっていく。 「冗談じゃねぇぞ」  手を巨大化させたままだった高橋も、慌てて腕を縮めた。 「くっそぉ」  焦った中島が、能力も使わずに殴りかかってきた。技術も何も無い、ただでたらめに手を振り回すだけのパンチだ。  風華はその手を掴み取り、背負い投げの要領で中島を下に投げ飛ばした。  そのままもう一人に駆け寄ったところでドアが開く。 「はい、そこまで」  中からはお坊ちゃんというか、見張りの二人と一緒にいたらカツアゲの現場にしか見えないような、大人しい印象の少年が出てきた。 「その二人は、ボスのお客さんだ。お通しして」  少年は見た目の印象とは裏腹に、見張りの男達に命令を下す。 「え? でもシュウさん……」 「いいから」  明らかに年下の少年の言葉に従い、高橋は腕を下ろした。 「それじゃ、どうぞこちらへ」  敵意たっぷりの視線を背中に感じつつ、風華と文乃は少年に通され中に入っていく。  見張りの男達はついて来なかった。 「やあ、久しぶり」  そこで二人を出迎えたのは、風華の想像の斜め上を行く風貌をした人物だった。                                                つづく ---- [[タブレットシリーズ]] [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]
[[ラノで読む>http://rano.jp/1288]] *『始動』  転校初日の事件がきっかけで風華は、文乃とペアとして見られることが多くなってしまった。  初日はうまく避けた学校案内も、結局断りきれずこうして文乃に連れられている。 「この学園もバカ広いから、一日で見て回るってのも無理なんだけどねぇ」  文乃は頭の後ろで手を組みながら、ややめんどくさそうに歩いている。 「だったら案内なんてしてくれなくても……」 「まあそう言わずに、もうちょっとで終わるからさ」  風華も面倒に思うのなら案内してくれなくてもいいと言っているのだが、文乃はなんだかんだと案内をやめるつもりはないようだった。  この強引さや風紀委員という立場から、文乃にはあまり親しい友人がいないのが風華にとって多少の救いではあった。  要は文乃にさえ注意していれば良いのだから、隠し事をするには楽な状況といえる。  そして二人は渡り廊下を出て、部活棟の方にやって来た。昨日二人が――同じクラスではあるのだが――お互いを初めて認識した場所である。 「結局昨日行けなかったんだけどさ、この先に私の部の部室があんのよ」  何を気に入ったのか、文乃はやたらと風華を文芸部に誘ってくる。 「文芸部の話なら、再三断っているハズだが」  聖痕《スティグマ》のスナイパーとして、未だにニュースを騒がせている連続狙撃事件の犯人として、後暗い所がある風華はあまり人との関わりを持ちたくはないのだ。 「見学だけでも良いから、ね」  断ろうとする風華の背中を、文乃が押していく。  他人――特に同世代の人間とあまり接した経験の少ない風華は、こういった押しにうまく対応出来ないのだった。 (どうする? いっそこのまま逃げてしまうか?)  狙撃が専門だったとはいえ、風華も兵士としての基本的な訓練は一通りこなしている。単純な追いかけっこならつかまる事はまず無いだろうが、文乃には文章具現化という能力がある。風紀委員という立場上、加速能力など捕り物に適した文章は既に用意しているだろう。  当身を入れて昏倒させるという手も考えたが、それをやった瞬間に別の風紀委員に追われる事になるので却下した。  そんな事を考えつつダラダラと歩いている二人に向かって、木刀を持った少女が駆け寄ってきた。  一歩走る度にその大きな胸をたわわに揺れる。  文乃はその様子を見て小さく舌打ちするのを、風華は見逃さなかった。 「束司センパイ、ここにいたっすか」  彼女の名前は、神楽《かぐら》二礼《にれい》風紀委員の見習いとして働いている一年生だ。 「アイス委員長がお呼びっすよ」 「逢洲委員長が? 何で?」  現在双葉学園の風紀委員は逢洲《あいす》等華《などか》と山口《やまぐち》・デリンジャー・慧海《えみ》の二人の委員長によって運営されている。  そのため所属する班によってどうしても、どちらかの委員長とはあまり関わらないという事になる。  文乃もどちらかといえば、デリンジャーとよく関わる班に所属していた。 「それはアイス委員長に聞いてくださいっす」  二礼は自分には関係無いという風に、涼しげな顔をしている。そんな事だから単純な伝言しか任せられないのだが、二礼はどうも意図的にそう振舞っているような節があった。 「わかった、すぐ行くわ」  文乃はポケットから腕章を取り出した。 「それじゃ、聖さん。また明日」 「あ、ああ」  慌てて駆けていこうとする文乃に、二礼が声をかける。 「あと出来れば昨日の喧嘩の原因になったっていう転校生さんも連れて来て欲しいそうっす」 「私も?」  突然言われて思わず反応してしまう風華。 「あなたがそうだったっすか。丁度良かったっす。それじゃ、よろしくって事で」  言うだけの事は言って、二礼はまた風紀委員室とは反対方向に歩いていった。 「ちょっと、あんたは行かないの?」 「私は呼び出すように言われただけっすからー」  二礼はそのまま去っていった。本当にどこまでも適当な性格のヤツである。  結局風華と文乃の二人は、連れ立って風紀委員室にやってきた。 「失礼します。逢洲委員長なんですか?」 「すまなかったな、束司君、聖君。呼び出したりして」  風紀委員長、逢洲等華は不可解な呼び出しに戸惑う二人を深刻な様子で出迎えた。 「一体何があったんですか? 私はともかく聖さんまで」 「そうだな。……まずは座ってくれ」  いつに無く歯切れの悪い逢洲の様子に首を傾げる文乃と、状況がわからずに身構えて辺りの状況を見回す風華の視線が不意に重なる。  とりあえずお互いに、何となく相手を促しつつすすめられた椅子に座った。  その様子を見た逢洲は、一つ息をついて重々しく口を開いた。 「……昨日、君が指導した火野拳児が、今朝亡くなった」 「な……」  突然のことに文乃は言葉が出なかった。 「反省房で能力を使い暴れ、押さえに入った風紀委員を二人病院送りにしたあげく、最期は自分の能力の炎に焼かれてな」 「そんな、ありえないでしょう!」 「ああ、通常ならありえない事だろうな」  逢州は文乃の言葉をゆっくり受け止める。 「すまない、どういう事だ?」  学園に来るまで自分以外の能力者を見たことも無かった風華は、文乃と逢洲の会話の意味がよくわからなかった。風華自身経験は無いが、能力が暴走するというのはそんなに珍しいことなのだろうか。 「ああそっか。聖さんは知らないんだっけ? 学園には能力を使えなくする反省房って特殊な部屋があるの」  説明をする事で文乃は、少し落ち着きを取り戻したようだ。 「そこで、能力が暴走するのはおかしいと?」 「それ以前に、能力の暴走で本人が焼かれるというのがまずおかしいの」  文乃の言葉を継いで逢洲が説明を続ける。 「自分でも能力の制御が出来ない能力者は、少数だが存在する。しかし火野は、それまで拳に炎を纏ってラルヴァ討伐の任務に就いていたし、戦績だけを見れば優秀な能力者だった」  それが能力の制御を失って死んだ訳か、確かに異常な事態だと風華はやっと理解した。 「そこで調べた結果、これが絡んでいる事が判明した」  逢洲は机の引き出しから紙束とビニールに包まれた何かをゆっくりと差し出した。 「タブレット?」  資料のタイトルにはそう書かれている。ビニールに包まれているのも、ラムネ菓子のような物だった。 「今学園の地下で不正流通している物だ。これを飲めば能力が強くなる、といってな」 「こんな物、とても効果があるとは思えませんけどねえ」  納得出来ないという様子で、文乃はビニールを適当に摘み上げる。 「ところが全くのまゆつばでも無らしい。一般人や大半の能力者にとってはただ味の無いラムネ菓子だが、数パーセントの確率で興奮作用を発揮し、極稀な適合者は本当に能力が強くなるとの事だ」 「ちょっと、そんな危険な物、どうして私達に知らされてないんですか!」  文乃は手に持ったビニールを握り占める。 「学園側は、独自に処理すると言っている。風紀委員は、所持者からの没収のみ許可されるそうだ。その一粒も本来なら学園への提出義務がある物だ」  逢州の顔が、何よりその決定は不本意だと雄弁に語っていた。 「だが私は仲間が傷付き、生徒が亡くなった事件で大人しく引き下がる気は無い」 「逢州委員長……」 「今回の事はあくまで非公式だ、チームでは動かせない。だから君のような器用な能力を持った人物に頼みたいんだ」  文乃と逢洲が頷き合う。 「それで聖君、昨日の火野の様子について何か気付いた事は無かったか?」  二人の視線が風華に向かう。 「いや、特に薬物を摂取したような兆候は見られなかった」 「聖さん、そういうのわかるの?」  風華は言ってしまってからマズさに気が付く、普通の女子高生ならば薬物なんかには詳しくないだろう。  何となくこの逢洲という人物には、師匠と同じような雰囲気を感じて、ついいつもの感覚で話してしまった。 「その何だ、専門事なものではなくて……そう、目が血走ったりだとか息が荒かったりといった、明らかな異常は無かったということだ」  慌ててごまかしてみるものの、かなり不自然なものになってしまったのは否めないだろう。 「そうか、なら良いんだ。すまなかったな聖くん。それとこの事は口外無用に願う」  しかしその不自然さには特に触れられず、風華は退場を言い渡された。 (さて、どう動くのが得策か……)  風華は今後の自分の立ち居地を計算していた。  このまま、やり過ごしてただの生徒として隠れてしまうか、或いは……。 「私にも協力させてくれないか?」  謎の薬物事件に風紀委員の非公式捜査、これをきっかけに風紀委員に自分の存在を売り込む事にした。  この双葉学園には、実績さえ上げていれば多少の無茶には目を瞑るような風潮が存在する。  現に学生全体の代表である醒徒会で、書記を務める加賀杜《かがもり》紫穏《しおん》も記憶喪失であることを公表しているが、それが問題になったり、過去を詮索される事もないという。  そういった意味で風紀委員は、とても魅力的な組織である、なっておいて損は無いだろう。 「いきなり変な話を聞かせてしまったのは、こちらの配慮が足りなかったが、君のような一般の生徒に協力を要請する訳には……」  突然の申し出に、逢洲が戸惑いを見せる。 「軽い気持ちではないつもりだ。私は学園にやってきて日は浅いが、ここを守ろうというあなたの気持ちには賛同する」  風華は真っ直ぐに逢洲の顔を見つめた。  短いやり取りを聞いた中でこの逢洲という人物が好みそうな言葉を並べてみたがこれで取り入れるかどうか、賭けて見たのだ。  逢洲は顔をしかめたまま動かない。  少し露骨過ぎたのが見透かされたのだろうか。 「良いんじゃないですか? 逢洲委員長、私も何かあった時の連絡役くらいは欲しいですから」  横から文乃が助け舟を出した。  何を気に入られたかわからないが、文乃は積極的に風華を引き入れるつもりらしい。 「……わかった! それではこれより、聖風華を風紀委員見習いに任命する」  逢洲は少し考える素振りを見せたが、次の瞬間にはハッキリと意思のこもった表情になった。 「よろしくね。聖さん」  満面の笑みで手を差し出す文乃。  いまいち何を考えているのかわからないが、今回は助けられたのは事実だ。  文乃は差し出された手を握り返した。  こうしてとりあえずではあるが、風華と文乃のコンビが誕生した。 「じゃあ、早速情報収集にでも行きますか」  ということで風華は文乃に連れられ、商店街にやって来た。夕暮れ時の今頃は夕食の買い出しで一番賑わう時間である。  異能や超科学の研究をしている学園とは思えない、どこか懐かしさを感じさせる光景だった。 (……懐かしい? 私は過去にこんな風景を見た事があるのか?)  聖痕によって記憶を消された風華は、慣れない感覚に思わず立ち止まる。 「どうかした、聖さん?」 「いや、何でもない」  いくらなんでも自分の過去が学園と関係あるはずが無い。ただこういう場面が懐かしいというイメージに過ぎないだろう。  風華は首を振って、文乃に追いついた。 「しっかし、聖さんが風紀委員になりたかったとはねぇ」  先を歩く文乃は、手を頭の後ろで組んでおどけた様子で言った。 「あんな話を聞かされたら、私だってやれることはやりたいと思うさ。特別風紀委員になりたかった訳じゃない」  先ほどのやり取りから不自然にならないよう、風華は言葉を選んで口にした。 「ふぅん、まあ良いけどさ」  文乃はあまり気にしていないようで、軽い足取りのまま進んでいく。 「なあ、なぜこんなに自分に構うんだ?」  風華は今日一日ずっと疑問だった事を聞いてみた。 「好きになれそうだから、聖さんの事」  何気ない様子で文乃が答える。 「……すまないが、そういう趣味は」  二、三歩無言で歩いたところで、風華は距離を取った。 「別に私にだって無いわよ!」  文乃が慌てて否定する。  そして恥ずかしそうに頭を掻きながら話しだした。 「そういうんじゃなくて、私いかにも女の子って感じが好きじゃなくてさ、聖さんはそういうの無いし面白そうだったから」 「はあ、なるほどな」  風華は転校初日、教室で本ばかり読んでいた文乃を思い出した。自分もクラスにいる他の女子のテンションには付いていけないので、何となくその気持ちはわからなくも無い。  もっとも、今日の強引な勧誘などはそれ以上にうるさかったのだが。 「しかし、ずいぶん奥に行くんだな。まだ先なのか?」  商店街も半ばを過ぎて、肉・魚・野菜といった生鮮食品を中心にしたブロックから、服や雑貨などのブロックに移ってきていた。 「もうちょっとだから」 「そう言えば、聞き込みはしなくていいのか?」  ここら辺のブロックは若者も多く、かといって若者の中心街でもない。下手な繁華街よりこういう場所の方が薬物などが出回りやすいのだが、文乃は一向に歩を緩める様子はない。 「聞き込み? そんな面倒な事はしないわよ」  驚いた様子で文乃が答える。  しかし驚きたいのはむしろ風華の方である。 「じゃあ何でこんな所に来たんだ?」 「あれ、言ってなかったっけ? ごめん、ごめん、こっちには島内の事にやたら詳しい知り合いに会い来たのよ」  文乃は誤魔化すように笑って、 「ダメよ。そういうのはちゃんと確認しないと」  完全に自分の事を棚上げして言った。 「ここよ」  そして突然文乃が足を止めた。商店街はもう外れの方に差し掛かったいた。 「定食屋大ちゃん」  目の前にはテナントビルの一階に入っている定食屋があった。お世辞にも流行っているとは言い難い雰囲気の店である。  もしかしてここに、決まったメニューでも頼むと現れる情報屋でもいるのだろうか。  風華は、テレビか何かで見た情報屋を想像して少しおかしくなった。 「違う違う。用があるのはその上」 「ああ、何だ。そ、そうだよな」  見上げた先には、BOKUジャーナルという雑誌社か何かの看板が出ていた。  情報を扱うところとしては、定食屋よりずっとそれらしい場所である。 「決まった場所で特別なメニューでも頼むと現れる奴でもいると思った?」 「う、そんな事はないぞ」  図星を突かれ、風華は少し顔を赤らめた。 「流石にそんなベタな情報屋は無いわよね。知らないけど」 「しかし、こんないかにも情報を扱っている所なら他の風紀委員、特にあの逢洲委員長は利用しているんじゃないのか?」  確かにそれらしい場所なのだが、それだけにあまり期待できない気がする。逢洲の出してきた情報も、それなりにまとまったモノだったのだ。一般の情報機関にそれ以上の情報があるとは思えなかった。 「それは大丈夫よ。取材に行かないでも書けるって専らのウワサのネタメールマガジンだから。ま、それも間違いじゃないけどね」  文乃は真っ直ぐ、入り口横の階段に向かって行った。  だったら何故そんな場所に行くのか、風華は疑問に思ったが文乃に付いて行くのがやっとで口に出来なかった。  ビルに入ってみると、行くてを阻むように階段に男が座り込んでいた。 「誰だ、アンタ」  ダボっとしたヒップホップ系の格好をしているので断言は出来ないが、かなり体格の良い男だ。太いというよりガッシリしているという言葉が似合う。 「下の定食屋の娘よ」 (大ちゃんの娘だったのか)  流行っていなさそうという感想を口にしないで助かった。  本当に短い付き合いだが、そんな事を口走ろうものなら文乃がもの凄い勢いで噛み付いてくるだろう事は容易に想像できる。 「カオルかシュウにでも確認してくれればわかるから」  文乃はガラの悪い男に臆する事無く答える。 「カオル?」  男が怪訝そうに顔をしかめる。 「アンタんトコのボスよ。知らないの?」  文乃の口角が男を馬鹿にするようにつり上がる。 「とにかく、俺はここを通さないようにって言われてんだ。アンタ達を通す訳にはいかない」  男は立ち上がって身構えた。重心が割と高い位置にある立ち技系の格闘技の構えだった。 (下策だな)  それを見ただけで、風華は相手が格下であると確信した。  階段という狭い空間では、備えが無い限り下の方が有利だ。ただの肉弾戦では上側は攻撃手段が蹴りに限定される。だがそれは下側の掴みや投げの恰好の餌食だ。下側は常時低いタックルをしているような状態で戦えるのである。 「やらせてもらってかまわないか?」  風華は文乃が動き出すより早く、前に踏み出した。 「ちょ、ちょっと無理しないでよ。聖さん、転校してきたばっかりでろくに戦い方なんて知らないでしょう?」 「入団試験だとでも思ってくれれば良い。制圧くらいはやってみせるさ」  完全に文乃の方へ向き直って答える、風華なりの挑発だ。 「っのアマ、あんまり調子乗ってると痛い目見るぞ」  面白いくらいあっさり乗せられた男がナイフを構える。  学園の生徒はナイフの心得があるので、街のチンピラのように間抜けに棒立ちという事はないが、風華から見れば隙だらけも良いところだった。  余裕を見せ付けるため、わざとゆっくりと階段を上がっていった。  そんな風華の元に、届くはずの無い白刃が迫る。 「伸びる腕《ビヨンドアーム》」  紙一重でかわした風華が見上げると、男はへっと得意そうに笑って言った。  階段の下側が有利というのはこれで解消したつもりらしい。  ズボンの造りを見るに、脚も伸ばせると思った方が良いだろう。 (だが初手で仕留められなかったのは、致命的だったな)  一気に距離を詰めるため風華は階段を駆け上がった。しかし、男もナイフを上手く使って牽制してくる。  トリックさえわかれば大した事はないと思いきや、男の能力は階段という限られた空間では中々に手強いものだった。  伸縮の比率は任意にできるようで肘と手首だけとは思えない程トリッキーな軌道でナイフが襲ってくる。  スピードも拳を突き出すより断然速い。 (さすが異能者を集めた特区だな、相手の身のこなしだけでは実力がわからないという事か)  約五段分の距離を隔てた風華と男の攻防は、一進一退のまま両者ともこれ以上先になかなか押し込めないでいた。 「おい、いい加減帰らねぇとマジで痛い目見んぞ」  先に焦れた男が、安っぽい脅し文句を口にした。 「そういうセリフはせめてかすり傷くらい負わせてから言うものだ」  ナイフを振り回す男とそれをいなす風華、両者共に相手に手傷を負わせられていない。 「っのアマ!」  小細工無しで真っ直ぐに風華めがけて、ナイフが迫る。  風華は避けるそぶりを見せず、男に向かって拳を放った。 「ぐぁ」  男の手が伸びるよりも速く、拳圧が男の顔を打ち抜く。  何とか鎌鼬以外の力を取り戻そうと努力した結果習得した、遠当てである。  一度拳を構えて打ち出すという動作が必要になるため、まだ完成には程遠い。 「痛ってぇ……」  男の顔に鼻血が垂れる。  威力もせいぜい牽制《ジヤブ》程度で、一発ノックアウトという訳にもいかない。 「テメェ、もう許さねぇ」  顔にハッキリと青筋を浮かべ、男が伸ばしていた腕を引き戻す。 「ふぅスッキリしたぁ」  そんな緊張した空気を壊すように、奥の扉から細身の男が現れた。ギロっとした目とその体つきが蛇を思い出させる。 「遅ぇんだよ、高橋」  毒気を抜かれたのか男は風華達への警戒も忘れ、出てきた男の方へ向き直った。 「あれ、ソイツ等誰よ、中島。知り合い? つーかお前それ、鼻血? ダッセぇ」  状況をよくわかっていないのか、ヘビのような男――高橋は一人おかしそうにしている。 「テメェが居ない間に、変なヤツらが来たんだよ!」 「うるせぇ! トイレくらいゆっくりさせろってんだ」  おなかに手をあてて高橋と呼ばれた男は、急に声を荒げた。 「ったく、女の一人や二人、とっとと追い払っちまえば良いじゃねえか」 「だから今やってんだろ! テメェも手伝え」  少し冷静さを取り戻して元からいたガタイの良い男――中島が、ナイフを構えなおす。 「しゃーねーなー」  高橋が面倒臭そうに肩を回した。 「二対二って訳ね」  文乃が好戦的な笑みを浮かべる。 「いや、悪いが二対一でやらせてもらう」  風華は階段を上ってこようとする文乃を片手で制す。 「さっきだってあんなに手こずってたのに、さすがに二対一なんてやらせる訳にはいかないわよ。戦闘だって慣れてないのに」 「先ずその認識を改めてもらわないとやりづらくて敵わん」  素性を出来るだけ隠すために大人しくしていたが、風紀委員として動くためには戦力として計算に入れられた方が何かと動きやすい場面も増えるはずだ。 「任せておけ。私は強い」 「危ないと思ったら助けに入るからね」  少し不満を残した様子で、文乃はその場に踏みとどまった。 「おいお嬢ちゃん、あんまりナメてんじゃねぇぞ」  高橋がヘビのような目をギロリと見開く。 「巨人の腕《ギガントアーム》」  突き出された男の腕が、拳で通路を埋め尽くす程に巨大化する。限定された空間での足止めには持ってこいな能力である。  そのまま巨大化した指をでこピンの要領では弾く。人一人程もある指が弾き出されるさまは、単純な肉弾戦ではかなりの脅威である。  一振りで生じる拳圧も風華の遠当ての比ではない。 「くう」  風華は思わず後ろに飛びすさった。  その着地のタイミングを狙いすましたように、中島のナイフが襲ってくる。 「コンビネーションフラッシュ!」  小突かれただけでかなりのダメージになるだろう巨大な拳と、その隙間かはいつ襲ってくるかわからないナイフ。  確かにまともにやっては、なかなか近付けない布陣である。 「だが甘い」  風華はナイフを紙一重で避けると、鎌鼬の能力でいとも簡単にその刃を切り裂いた。 「な、っテメェ何しやがった?」  柄の部分だけになったナイフを見て、中島が叫ぶ。  大声を出して自分は強いと思い込まないと、戦えないタイプなのだろう。 「まだやるというなら、今度は腕をいくぞ」  そういうタイプは、冷静にプレッシャーを与えていればいずれ自滅する。  風華は師匠の教え通りに、ゆっくりと階段を上がっていく。 「冗談じゃねぇぞ」  手を巨大化させたままだった高橋も、慌てて腕を縮めた。 「くっそぉ」  焦った中島が、能力も使わずに殴りかかってきた。技術も何も無い、ただでたらめに手を振り回すだけのパンチだ。  風華はその手を掴み取り、背負い投げの要領で中島を下に投げ飛ばした。  そのままもう一人に駆け寄ったところでドアが開く。 「はい、そこまで」  中からはお坊ちゃんというか、見張りの二人と一緒にいたらカツアゲの現場にしか見えないような、大人しい印象の少年が出てきた。 「その二人は、ボスのお客さんだ。お通しして」  少年は見た目の印象とは裏腹に、見張りの男達に命令を下す。 「え? でもシュウさん……」 「いいから」  明らかに年下の少年の言葉に従い、高橋は腕を下ろした。 「それじゃ、どうぞこちらへ」  敵意たっぷりの視線を背中に感じつつ、風華と文乃は少年に通され中に入っていく。  見張りの男達はついて来なかった。 「やあ、久しぶり」  そこで二人を出迎えたのは、風華の想像の斜め上を行く風貌をした人物だった。                                                つづく ---- [[タブレットシリーズ]] [[トップに戻る>トップページ]] [[作品保管庫に戻る>投稿作品のまとめ]]

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