【双葉学園レスキュー部の軌跡 蛟の一】

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双葉学園高等部2年1組の菅 誠司はレスキュー部の部長で、変人である。
このような認識から、同級生たちは彼女が予算編成時期を前にして双葉学園生徒会…醒徒会に呼び出しを受けたことを、あまり意外と感じていないようだった。どうせ何か問題を起こしたのだろう、と。
このあたりは当の本人も同様で、いつかこうして呼び出されることもあるだろうと考えてはいた。が、
「……醒徒会は暇なのかしらね」
醒徒会室前の廊下。壁に貼られた掲示物を眺めながら誠司は呟いた。醒徒会からの呼び出しは放課の30分後を指定してあった。他に用事もないため、まだ時間がある。
誠司には、在籍部員わずかに2名の部に対し、わざわざ時間を割いて査問を行う時間と価値があるとは思えないのだった。
自分が創立した部に対する評価としてはあまりに後ろ向きだが、彼女は真っ当な評価だと考えている。
確かに彼女たちは部活動の一環として、ラルヴァの出現区域での避難誘導や救出活動をほぼ独断で行ってきた。
だが誠司は、細心の注意を払って活動しているつもりである。避難誘導は火事や事故を理由にしているし、自分たちの所属は隠蔽。戦闘部隊の邪魔をする気はないし、事実そうならないように努めていた。正直なところ問題になったら部が存続できないだろうと考えてもいる。
ラルヴァの情報は秘匿すべし。その大原則はきっちりと守っているから、校則には抵触しない。
そもそも、総員2名でできることは高が知れていた。当の戦闘部隊からすれば、数も可能性も予想しづらいという点から、戦闘区域に迷い込む民間人のことを懸念する方が建設的だろう。
…もっとも独断専行していることは事実だから、その点について(言いがかりや悪意ある捏造を含め)苦情が挙がっている可能性は否定できない。
思考に没入し、誠司の目は壁の掲示物を上滑りしていく。平時であるせいか、醒徒会室前は人通りもまばらだった。
やがてこれ以上は無意味と考えたか、短くよし、と気合を入れて、誠司は醒徒会室の扉をノックした。


結果として、彼女の予想は半分当たっていたと言えるだろう。
査問は醒徒会長、藤神門御鈴が上座に座り、会計監査、エヌR・ルール、そして書記の加賀杜紫穏が左右に陣取って質問を行う形となった。
加えて言えば、藤神門御鈴は興味なさげに髪を弄んでおり、実質ルールのみが口を開いた。
わざわざ呼び付けたにしては醒徒会側のやる気がない。誠司はそう感じ、やはり苦情から渋々時間を割くことになったのでは、と考えた。
だがルールの質問は的確だ。
「この先月の戦闘区域における活動、如何なる根拠で行っていいと判断したのか?」
「行為の根拠でしょうか。それとも出動そのものの根拠でしょうか」
「後者だ。ぼくが言いたいことが分かるか」
誠司は答えない。答えてやるのは、有利な行動ではない。
「…我々はラルヴァに対する作戦行動の指揮を任せられている。君たちの行動は我々によって制限されるべきだっただろう」
「醒徒会はラルヴァに対する戦闘部隊の編成、作戦立案と実施を担当する。あくまで戦闘行為に関する指揮権能力だと認識していましたが」
誠司は詭弁を述べることが苦手ではない。
「我々は部の活動の一環として救助活動を行い、それは我が部が有する顧問によって担保されるものと解します」
そして、いざという時に権威をかさに着ることを厭うこともない。
ルールの対面で記録を付けていた加賀杜紫穏が、誠司の言に棘を感じてか顔を上げる。が、何も言わずに再び書面に目を落とした。
ルールはサングラスの下でわずかに瞑目し、上座の藤神門へと視線を向ける。
その時誠司はようやく、幼き醒徒会長からの視線に気付いた。先刻までの雰囲気とは違う、何かを洞察するかのような眼。
しかし藤神門御鈴は何も言うことはなく、ルールに目で返事をする。そして再び興味を失ったように髪を弄り始めてしまった。
「…まあいい。菅くん、きみの意見についてはこちらでも吟味することにしよう。次にレスキュー部が副部長を置いていない件についてだが―」
追求はなかった。査問はうって変わって、当たり障りのない内容へと移っていく。
そうして結局、殆ど何も結論せぬままに、査問はお開きとなった。


「…それで会長。帰してしまって構わなかったのですか」
誠司が退出してしばらく。ルールは結局一言も発することがなかった会長へと言葉をかけた。
実はルールからすれば、藤神門のアイコンタクトの意味を計りかねていた。
というのも、今日になって『会長たるものがゆうべんであっては、言葉がかろんじられる』と会長が言い出したのが、そもそもの始まりだ。
そうは言っても査問は円滑に進めなければならず、結果的にルールだけが喋る形になってしまった。
「かまわん」
今日一日は同じ方針で行くのか、藤神門はそれだけ言って再び口を噤む。僅かに沈黙が降りる。
「…あ、ええーと、随分とズケズケ言うコだったね!」
加賀杜がなんとか間を持たせるために口を開いた。
自分で言い出した手前がんばってはいるが、本来藤神門御鈴にとって、黙っているのは暇で仕方がないのだろう。
威厳を出そうとするのはいいが、暇つぶしに髪を弄くっているようでは本末転倒だ。
退屈を紛らわす会話を続けることが、加賀杜に出来るせめてものフォローだった。
「そうだな。だがルールを犯す人間ではないようだ」
「そりゃまたどうして?」
「菅くんは決められたルールを利用した。もしぼくがノーを突きつけていれば、彼女は表向き従っただろう」
彼女はあくまで合法的に活動することを望んでいるし、その利点を理解している。
…ある意味では、レスキュー部は醒徒会の下につくことを良しとしていたのかもしれない。
ルールはそう分析した。醒徒会という後ろ盾は、彼女たちにとって悪いことではないからだ。だからこそ。
「うーん、よくわかんないな。校則って都合のいいときにだけ利用したりしない?」
「……。まあ、彼女に問題はないだろう。それで会長、例の件ですが―」
ルールは本題の裁可を仰ぐべく上座へと目を向ける。が、
「にゃー?」
「にゃー」
…耐え切れなかったのか。会長は、遊んでいた。


<蛟の話/1>


「というわけで菅くん、よろしく」
「もう少しマシな冗談でないと笑えませんよ。平たく言うとお断りです」
「あなたが…すいません、名前で男の方だとばかり」
「女性とは思えないほど愛想がないから気にすることはないよ、秋津くん」
「大丈夫、女性だと思う方がむしろ異常だから。あと、他の人はまだしも先生に言われたくありません」
「この通り優しい先輩だから何でも尋ねるといい。それじゃ、頑張るんだよ」
「ですから嫌です。拒否します」
「特待は正式な決定だよ。それに醒徒会の方からもお願いされているんだ。まあ、前例がないわけではないし。君自身にも悪い話ではないはずだよ?」
「……」
「秋津 宗一郎です。よろしくお願いします」
醒徒会の呼び出しから大体一週間後の昼休みのこと。
以上のようなやりとりの末、私はこの少年の世話をすることになった。非常に納得いかない。
「…あの、ご迷惑だったですか?」
職員室を出てからしばらくの後。
午後の授業へと向かう途中で、後ろからついて来ている秋津くんがそう言った。
「…私にとっては実のある話かもしれないそうだから。だから、気にすることじゃない」
そう誤魔化しておく。
本当は、今すぐにでもはっきりと言ってやるべきだった。
私が特待生の指導が出来るような、ご大層な生徒ではないのだということを。
「そうですか」
だがその僅かに安心したような微笑みと、またすぐに表れる張り詰めた様子が、私に言葉を躊躇わせている。
…彼、秋津 宗一郎は今年から中等部2年に転入した生徒で、成績優秀であるから特待生として高等部実技授業への一部参加を認められた。ついては指導相談役として君を指名する。というわけで頑張って。
春出仁先生の話を総合するとこんなところだ。正直人選ミスか、書類か何かの手違いだとしか思えなかった。
私はからかわれているのだろうか。とんでもない難物の管理を押し付けられた可能性も否定できない、と思う。

結果として、懸念は半分が当たっていた。ただし、より厄介な方向で。


秋津くん初の参加となった能力開発の授業は、別に私のような無能力者だけのものではない。
異能力はラルヴァ同様、その種類は千差万別だ。そして能力の殆どは本人の精神、意志によって制御されるものだとされている(少なくとも、無意識状態で発動する異能力は稀であるそうだ)。
そして人が精神でコントロールするということは、機械のように定常出力を得ることが困難なケースが多いということでもある。
異能力を利用可能なものとするためには、何よりも人類にとって制御可能な力であることが求められる。故に、異能力に関する授業は、その半分がそのコントロール能力を養うことを目的としていた。
ところがその研究といえばろくでもないものも多々ある。
カリキュラムには、それこそ前時代的なPK・ESP養成訓練のようなものまであった。
もっとも、確認された異能力者の数が十分なものになったのはここ10年程度のことだ。未だ研究途上だとしても仕方のないことだろう。
今回の授業も、私にとっては今ひとつ合理性に疑問のあるやり方で、コップの水に対して何か能力で働きかける、という訓練だった。


アツィルトを視ることの出来ない私に、冷気の残像を見せるほどの極低温。
およそ有機生命が生きることの出来ない、凍える死の世界を一瞬で作り出す力。
その力はうねり狂う龍の姿をしている。それが秋津 宗一郎の異能力だった。
「……」
教室内が霧で煙り、周囲がにわかに浮き足立つ。授業担当の先生まで呆気に取られているところを見ると、彼の能力について詳しいことは知らなかったようだ。
コップの水には波紋さえできていない。
霧状の何かが通り過ぎたと見えた刹那、凍り付いてしまっていた。
懸念は半分外れていたようだ。
彼の素質は、私へのからかいなどという冗談で済まされるものでは断じてない。
「おい、見えたか今の」
「いや…」
「…蛇?」
大体そんなところだと思う。
そして、彼はコップに軽く視線を向けただけでそれを成していた。
もっともその力は、実際にはコップのみならず周囲の大気や、コップの置かれたテーブルも凍てつかせてしまっている。
コントロールを養うという観点から言えば若干マイナス点。他人からすればちょっとした恐怖。
そして存分にその能力を見せ付けた秋津くん当人は、こんな授業は時間の無駄だとでも言いたげな顔をしていた。
幼いゆえの優越感でも感じていればまだ可愛げがあった。ほめてほめてという顔でもしていた方がいくらかまともに見えただろうに。

私は、その様子に一抹の危うさを感じると同時に、少なくとも『難物』という予想は正しかったな、などと考えていた…。

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