らのらのhttp://rano.jp/1085 立浪姉妹の伝説 -その栄光と末路- 第五話 姉妹の約束 「ここは・・・・・・どこなのでしょう」 立浪みきは山道の途中にいた。湿った土の匂いは嗅覚を通じて、彼女の記憶と直結した。 「思い出した、私たちが育った神奈川県の田舎だあ」 懐かしい、とみきは微笑んだ。古い石造りの階段。トタン造りの民家。どこからか聞こえてくる飼い犬の吼える声。子どものころにみかと過ごした、昔懐かしい故郷の風景だった。 長い階段を上って、集落を抜けて。 「あ、見えてきた。おばあちゃんのお家」 青いペンキ塗りの屋根をした古い家が見えてきた。それは、彼女が養子としてもらわれて、育ってきた「実家」であった。 真っ白な洗濯物が、微風によってゆらゆら揺れている。ミンミンゼミがけたたましく鳴いている。うっすらと青い苔の生えた玄関の外の道は、打ち水によって濡れていた。 おばあちゃん、いるのかな。 みきはそっと、引き戸に手をかけた。 「こんにちは。みきです。おばあちゃん、ただい――ひぃっ」 彼女を出迎えたのは、天井からぶら下がる子供であった。 首に、黒いロープのようなものがきつく食い込んでいる。最期は相当怖い思いをしたのだろうか、目をかっと見開いて絶命していた。舌が大きく露出している。 「やだあ、な、な、なに、これえ!」 すると、彼女を取り巻く世界中がいっせいに反転を見せる。ぐるんと回るように切り替わった背景は、病院の一室のような殺風景な光景になった。 「きゃあああああ!」 みきは悲鳴をあげた。首を吊った少年はそのままで、その下にある机に、少年二人ぶんのバラバラ死体が山積みにされていたのである。 また、世界が反転した。今度は夜の公園。「何なの、いったい何が起こっているの」と震えるみきは、敷地の真ん中に不審な穴が開いているのを見つける。 恐る恐る覗くと、両手を口に当ててみきは驚愕を見せる。 穴の中は真っ赤だった。もはや、もともとの人物像がイメージできないぐらいに粉々になった肉塊が、血液によって浸されていたのだ。 次の瞬間、何かが落下してくる! ばしゃんと、血液が跳ね跳んでみきの頬にかかった。 血の池の中に、女子高生の死体が振ってきたのだ。首吊りの少年と同じように目を大きく見開いたまま、心臓を貫かれていた。 「もうやだあ! 何なのよこれえ! もう許してえ!」 世界は反転すると、落ち着いた昼の明かりに包まれる。みきは、実家の畳の上で座り込んでいた。最初の世界へと、彼女は戻ってきたのだ。 「うう、ううううう・・・・・・」 泣いていた。黄と青のオッドアイから、涙が留まることなく流れ出てきた。このような残酷な光景を見せ付けられる理由が、まるでわからなかったから。 ふと、左を見る。 そこには、とても見慣れた背中があった。 「姉さん・・・・・・?」 緑色のパーカー。黒の大きなキュロットパンツ。一つにまとめられた後ろ髪。 「姉さんなの? よかった、姉さんもこんなところにいたのね」 みきは立ち上がった。笑顔に戻り、安心していた。 昔から彼女はみかによって守られ、みかに対して甘えてきた。このひどい世界の中で、頼れる長女に会えたことに、心から安堵を覚えた。 「早くこんなとこから帰りましょうよう! 私もう、わけがわからなくて、どうにかなって・・・・・・」 肩に手を当てたとき。 みかは真横に、ばたんと倒れてしまう。 「え?」 転がった姉猫を見て、みきは心の底から凍りついた。 みかは、頭部を横から銃弾のようなもので貫かれて、死んでいたのだ・・・・・・。 「・・・・・・いやあああああああああああああ!」 後ろに吹っ飛ぶようにして離れ、みきはしりもちをついた。そして、半ば狂乱しながらこう言った。 「何なの? この世界はいったい何なの? どうして私はこんな世界にいるの? どうして私はこんな目に合うの? どうして私はこんなものを見せられるのお! もういや、もういやだあ! 私をここから出して、元の世界に帰してよう! うわあああああああ!」 みきは泣き喚いた。なぜ、このような死体の山を見せ付けられるのか、まったくわからなかった。登場人物は皆、みかを除けば面識の無い少年・少女ばかりである。どうして彼らがあのように死んでいて、どうしてみきの前にその死体を晒すのか、まったくわからなかった。 と、そのとき。からからと、玄関が開く音を聞いた。 「・・・・・・誰? 誰なの?」 みきは恐る恐る、玄関のほうを向く。 障子がばっと開く。そしてみきは、初めてそいつと顔を合わせたのであった。 黒い病的なドレス。黒い猫耳。黒い尻尾。 見るものを恐怖させる、血塗れた赤い瞳。 みきは彼女の姿を一目見て、すぐに理解した。 「嘘・・・・・・これ・・・・・・私?」 「・・・・・・そう。私だよ。初めまして、立浪みき」 そう、黒ずくめの少女は言った。 「私はあなたであり、あなたは私である。もうひとりの、あなた」 「どういうことなの? あなたはどういう存在なの? この世界について知っているの?」 「うん。よく知っているよ」と、黒ずくめのみきは不敵に微笑んで言う。「これはね、今後あなたが直面する未来なんだよ」 みきの目が、丸くなった。「・・・・・・何を言っているの?」 「ここで死んでいる少年少女たちはね、みんなみんな、あなた――立浪みきが手にかけたものなんだよ」 何も言葉が出なかった。それぐらい、この自分の分身が言っていることのわけがわからなくて、信じられなかったからだ。 「無残な死に方をしているでしょう? ショックを受けたでしょう? でもね、なんてことはない。こういう殺し方をしたのも、全部あなたなんだから。これからあなたがやることなんだから」 「馬鹿なこと言わないでよう! 全然意味がわからない!」 「今は意味がわからなくても、もうじきわかるようになる。宿命の時は近づいている」 そのにたりと微笑んだ自分自身に、みきはひどくぞっとしてしまった。 「もうやだあ! 元の世界に戻してえ! 私はこういうの大嫌いなのお! こういう残酷なの、本当に大嫌いで死にたいぐらい嫌なのお!」 「それはまやかしだよ、立浪みき」と、少女は不気味な笑みをたたえたまま言った。「なぜならば、その反例が『私』。その反証が『私』だからだよ。ふふふ、だからぁ、もうじきその意味を理解できるようになるって。仲良くしようよ、『私』?」 そのとき、少女は左手をぶんと振った。鋭い目つきになって、しっかり左を見て、玄関の外に向かって鞭を振ったのだ。 ぐしゃんと、何かが貫かれたような音がする。 「ちょっと、何を、何をしたの?」 と、みきが恐る恐る聞いた。 「なあに、ちょっと襲われたから、反撃しただけだよ」 みきは立ち上がって、黒ずくめの少女の隣に行く。玄関の外を見る。 そして、息を呑んだ。 表でまた一人、中学生ぐらいの少女が仰向けになって倒れているのだ。大の字になって、どんどん背中から血の海が広がっていく。手にはカッターのような短剣が握られていた。 「心臓を貫いた。いやあ、あの子は強かったね。年頃の少年少女は暴れさせると、本当、手に負えないね」 「ひどいことを・・・・・・!」 と、みきはその場に崩れて涙を零した。ぽたぽたと、畳の上に涙を零した。 「だから、これは全部、これからあなたがやることなんだよ。ひどいと言われようが、これは全部これからあなたがやることなんだよ。これはあなたの宿命なんだよ」 「嘘よ、嘘だよお・・・・・・」 倒れている少女のもとに、今度は小学生ぐらいの幼い少女が駆け寄った。姉妹なのだろうか、姉の死体に飛び込んで号泣している。 ばちんと、鞭を畳に叩いた音がした。もちろん、それはみきではない。 「あなた、まさか・・・・・・!」 「そのまさかだよ、立浪みき」 黒ずくめの少女の両目が、紅に輝く。びゅんと少女目掛けて飛んだ鞭は彼女の体をつかみあげ、こちらの部屋に引き寄せてきた。 「みくちゃ・・・・・・? みくちゃ!」 「あなたはこの子のこと、知ってるの? 私は全然面識なかったんだけど、どっか懐かしい気分がしてたんだ。やっぱり私の中の、立浪みきが知っていたんだね」 「やめて、その子をどうするの」 「どうするって、こうするの」 鞭は少女の小さなお腹に、ぐるぐる巻きにされていた。ぎりぎりと締め付けられて、とても苦しそうに泣いている。立浪みくにそっくりな少女は、苦しそうに泣いている。 その小さな口が、何を言っているのか。何を叫んでいるのか。みきにはわかった。 『お姉ちゃん、助けて、お姉ちゃん!』 「やめてあげてえ!」 みきは張り裂けんばかりの声で黒ずくめの少女に叫んだ。 「こんなのかわいそうだよお! 許してあげてよお!」 と、みきはゴシック・ファッションを思わせる大きなドレスのすそをつかんで、彼女に懇願した。 「やめてあげてなんて、あなたは随分と面白いことを言うね」 黒ずくめの彼女は、にこっと微笑んでそう言う。 それが即座に、目じりと口角を上げて牙を露出させた、ひどい笑顔に変わる。 「これはあなたがやったことなのに。これからあなたがやることなのに。あなたはやめてと言っても、あなたがこれをやることになるんだよ? あなたがこれを、やってしまったんだよ?」 めきめきと、腹を締め上げる音が強くなった。みきが「だめえええ!」と叫んだ瞬間、黒ずくめの少女の両目が赤く瞬いた。 ぶちん。 半分に切断された小さな子供の血液が、二人にかかった。 温かい健康な血液が、二人にかかった。 強制的に絶命させられた少女の体から、ダムの放水のように勢いよく血液が噴き出てきた。天井に、電灯に、壁に、障子に、テレビに、テーブルに、べとべとと降り注いでは居間を赤く塗り替えていった。 みきはもはや声も出せない。両手を畳についたまま、まず少女の下半身がテーブルに落下し、続いて上半身がテーブルに落下してから、ボトンと小さな腕を投げ出して畳に落ちたのを見ていた。 「みく・・・・・・ちゃ・・・・・・」 殺された少女は、本当に自分の妹にそっくりであった。茶色くて肩まである髪、撫でたら柔らかそうな小さな頭。 そんな子供が胴体を真っ二つにちぎられて、無残にも小さなピンク色をした臓物をさらけ出している。 「ふふふふ、子供の血はあったかくていいなあ。あなたもそう思うでしょ、立浪みき?」 「・・・・・・ふざけないで。誰なの。そもそもあなたは誰なの」 「だから、私はあなただって言っているでしょう? それ以上も以下もないの」 と、血液を全身に浴びた黒ずくめの少女は言った。黒いドレスが血に濡れて、際立っている。 彼女は血糊に人差し指を浸すと、それをしゃぶった。「ん・・・・・・おいし」と妖艶に言ってから、その場に崩れて動けないみきの背後に回り、みきの唇を指の先でなぞる。口紅をつけるように、子供の血をみきの唇につける。 「あなたはこれから、七人の無実で善良な少年少女の命を奪う。でもそれは仕方のないこと。あなたは己の役割に、愚直なまでに正直だった」 血に濡れた人差し指を、そのままみきの口に押し込む。まだ温かくて、濃厚な鉄の味。それだけ味わうと、みきの両目からさらに涙があふれ出る。 「やだよう・・・・・・そんなの、やだよう・・・・・・」 「大丈夫だよ。これも、宿命。あなたの宿命。物事は自然に運んでいくよ」 と、血塗れた彼女はみきを後ろから抱きしめてこう言う。 「あとはすべて、私にまかせてね。あなたはここで、ずっとのんびり暮らしていれば幸せなの。私があなたの宿命を果たしてあげるからね」 みきはそう、黒い自分に諭されるよう言われた。 みきは、こちらをずっと見つめ続けているみかの死体を見る。くすんだ緑をしているその両目に、こう訴えかける。 姉さん。私はこれから、どうなってしまうのですか? 姉さんはそうして、もう私を助けてくれないのですか? そんなの嫌です。姉さん、昔のように私を助けてください。 助けて、姉さん―― 「みき、みき?」 薄暗い寝室の中、立浪みきがうっすらと目を開く。輝きのある緑の瞳がそこにあった。 「すごくうなされていたうえに、大泣きしてたんだぞ? 大丈夫か?」 「姉さん・・・・・・姉さん! うわああああ・・・・・・」 みきは、立浪みかの胸元に飛び込んだ。しばらくの間、そこに確かにある肉親の温もりを感じながら、心の傷ついた彼女はひたすら泣いていた。 その隣で、妹のみくはすやすやと寝息を立てていた。 「またそりゃ悪趣味な夢だなあ。理解ができないよあたしは」 マンションのベランダに寄りかかっているみかは、そう言った。 みきはその隣でしゃがみこみ、まだぶるぶる震えている。それぐらいあの夢は衝撃的で、そう簡単に忘れられないものであったからだ。 真っ黒な衣装の、自分自身。 七人分の惨殺された少年少女。 そして、頭を撃ちぬかれて死亡していた、実姉。 「あたしを殺さないでおくれよ! もー、心底複雑すぎて、どっから感想言えばいいのかわかんね!」 「姉さん。私ね、本当にあのような未来が私たちを待ち受けているような気がしてならないんです」 みかは「はあ?」と呆れたような顔をしながら、両肘を握って涙ぐむ妹を見る。 「あの夢はすごく現実味があったの。具体的にどこがどう現実味があったかなんて言えないけど、普通の夢とは違う感触があった。夢とそっくりな、『もう一つの世界』に迷い込んだような感じだった」 「しっかりしろよ、みきー。夢はあくまでも夢なんだから、現実になるわけないじゃないか。みきが島の人たちを殺すなんて・・・・・・」 「では姉さん。おとといの熊のように暴走してしまった私が、現実に、島の人たちをこの手にかけないという保証はあるのでしょうか?」 言葉に詰まる。みかは、数日前の次女の暴走を目の当たりにしていた。 それは普通の戦闘とはとうてい言えない、常軌を逸したものであった。みきは巨大な熊のラルヴァを、己の鞭で惨殺したのだ。手足をちぎり、腹を裂き、顔面をぐちゃぐちゃかき回し・・・・・・。 そして、べっとりと血に濡れた彼女の両目。みかほどの戦士でも、あれほど慄然とした経験は過去になかった。 「現実味が感じられるってね、そういうことなの、姉さん。あのときの記憶はほとんどないんだけど・・・・・・『気持ちよかった』。血を浴びまくって、何だかすごく気持ちよかった。そんな自分が、私は怖くて怖くて怖くてしょうがないの。 ねえ、私どうしちゃったの? 私はこれから先、どうなってしまうの? 本当に島の子供たちをむごたらしく殺しちゃうの?」 「させないよ」 凛とした緑の瞳が、みきを見つめる。 「そんなことはあたしがさせないよ。あたしがお前を止めてみせる」 「姉さん・・・・・・!」 みきは姉の胸に飛び込んだ。頼もしかった。この頼もしさが、弱虫で気の小さいみきにとって、これまでどれだけ救いとなったことか。 「みき、よく聞きな」と、みかは言う。「お前が暴走を始めて島の人間に危害を加えるようなことがったら、あたしが絶対に止めてやる。お前を殺してでも、あたしが止めてやる。たとえ刺し違えてあたしが死んでしまっても・・・・・・お前を止めてやる!」 「姉さぁん・・・・・・」 強く強く抱きしめる。もう、一人ぼっちであのような世界に落とされてしまうのは嫌だった。自分にとってみかは、切っても切り離せない存在。たとえ強大な殺戮の血に目覚めてしまっても、必ずこの真面目な姉は自分の暴走を止めてくれるだろう。彼女がそう約束してくれただけで、みきはかなり気が楽になり、救われたのであった。 「島の人は絶対に守ってやりたいし、だいいち、お前は人を殺すなんて嫌だろ?」 「はい。死んでしまったほうがましです」 「なら、安心しな。あたしが止めてやるからな。この短剣で、必ず・・・・・・!」 みかの声も震えている。妹の暴走を目撃してから、実は彼女は密かにそのような決意をしていたのだ。長女として。みきの姉として。 深夜の双葉島は、自動車の一台も通らない静けさに包まれる。島の全体を照らす電灯が消えた後、みんな一斉に眠りについたかのように、暗闇に覆われている。じっと耳を澄ませば隣人の寝息が聞こえてきそうなぐらい、静かな夜だった。 「寝よう、みき。明日は日曜日だ。ゆっくり休んで盛大に寝坊しようか」 「ふふ。はい、姉さん」 みきはにっこり微笑んだ。それを見て、みかも優しい表情に戻るのであった。 次女と三女の安らかな寝顔を確認した後、みかは用を足すため洗面所に入った。 これぐらい静かだと、水を流す音がまるで滝つぼにでもいるかのような轟音に聞こえる。電球色をした強い明かりに目をしかめつつ、なんとなく鏡を見た。 「ありゃ?」 鏡を一目見てから、みかは緑のシャツのすそを持ち上げ、よく目を凝らした。 赤い、唇を付けた跡が残っているのだ。 「みきかな? あいつ、口紅でもして寝てたのか?」 そう、怪訝そうにして首をかしげる。恐らく、先ほどみきが抱きついたときに付着したものなのだろう。 「まあいいや。わけわかんね」 シャツを脱いで洗濯カゴに放った。上半身を裸にしたまま、みかは布団にもぐったのであった。 翌朝、みかは一人で外出した。 陽が昇ってもぐっすり眠り続けるみきを、そっとしておくようみくには言っておいた。みかは果物をたくさんその腕に抱えて、山を目指して歩いた。 山を切り開いている最中の、工事現場。へこんだ傷のたくさん付けられた重機が、片付けられたおもちゃのように未舗装の道路の端に並べられていた。 その工事現場を、ちょっと進んだところに。 丸太で組まれた茶色い小屋はあったのだ。 小屋はちょうど、道路の真ん中に位置していた。整備してきた道を邪魔するかのように、そこに存在していた。 「おーい。おはよー。あたしだよ、立浪みかだよー」 そう声をかけると、木のドアが開いて少年が顔を出した。 「おはよー、みか姉ちゃん! うわあ、今日も果物持ってきてくれたの?」 この茶色い体毛に全身を覆われている少年は、昨日、姉妹が倒した熊の一人息子であった。 カテゴリー・ビーストのラルヴァで、熊と人間の血が半分ずつ流れているそうだ。ふだんはこうして人間として行動しており、戦闘時や山を歩く際には熊の体となる。人間の状態でも、まるで立浪姉妹のように、頭の上には小さなけもの耳がついていた。 みかは熊の少年・マイクに案内され、手作りの木のテーブルについていた。 「君のお父ちゃんは、山を壊す人間たちを追い払いたかったのか・・・・・・」 「そうだよ。最初にこの山が造られてから、僕ら親子はずっと暮らしてきた。この山が住宅地として根こそぎ撤去されちゃうと聞いて、僕の父ちゃんは激怒した。だから工事の連中による立ち退き請求にも耳を貸さなかった」 「それで、あのように人を襲ったと」 「・・・・・・どうみても、うちの父ちゃんが悪いよね。僕らは『ラルヴァ』だから、ただでさえ人間たちの害悪なのに。人を襲ったり、傷つけたりしちゃったら、そりゃあ始末されても当然だよね」 彼は下を向いて、元気なくそう言った。 「マイク・・・・・・」 みかも、どう優しい言葉をかけてあげたらいいのか、わからない。 「だからさ・・・・・・みき姉ちゃんに言っておいてほしい。どうか気にしないでって。みきお姉ちゃんは人間たちを守るために、僕の父ちゃんをやっつけたんだよね? 異能者として、『ラルヴァ』の父ちゃんをやっつけた。ただそれだけの話なんだ」 熊の一人息子がこうして残されたことを、立浪姉妹は申し訳なく思っていた。 いくら仕方のないことであったとはいえ、こんな幼い子供を一人にしてしまい、悲しませてしまったことに、二人の良心がひどく痛んだのだ。それに、みかとみきは養子である。親のいない子供の、どうにもしようがない寂しさがわかるのだ。 「みきにはそう言っておくよ。君の言うとおり、あたしたちは異能者だ。島の住人を守るために、自分の力を使わなければならないんだ」 みかは毅然として、ラルヴァの子供にそう言った。 それでも、どこかやりきれない、もどかしい気分がしていた。 どうにもしようのない気分の悪さがあった。まるで釈然としなかった。 マイクの言ったとおり、彼の父は暴れて人間に危害を加えた『ラルヴァ』だから、自分たち姉妹が撃破した。みきが殺した。 しかし、彼の父は本当に、人間を襲いたくて襲ったのだろうか? 人間に危害を加えるために、大暴れを見せたのだろうか? いいや、違う。彼は住処を奪われたくないから抵抗を見せたのだ。人間たちの都合で立ち退くわけにはいかないから、声を荒げた。まして彼には、まだまだ幼いこの息子がいた。 果たしてあの熊は、本当に処刑されるべきであったのだろうか。 『ラルヴァ』とひとくくりにして、殺されるべきであったのであろうか。 立浪みかは、マイクの一人ぼっちで暮らす山を降りた。舗装された道に合流する。これまで数多くのダンプカーが付けたことだろう、太い黄土色の轍が合流地点に何重にも半円を描いていた。 しばらく経ったら、工事は再開されることだろう。あの山に、また何台もの重機やダンプが侵入して、山を壊すだろう。木を倒すことだろう。そうなってしまったら、マイクはそれからどこで暮らすことになるのだろう。 『ラルヴァ』だから僕らが悪いんだ。父ちゃんが悪いんだ。始末されても当然なんだ。 みかは、マイクの悲痛な表情が忘れられなかった。 &br() &br() &br()
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